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  [No.2327] さくらのはなし 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2012/03/29(Thu) 23:46:04   103clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

たまにはお題に沿って書こうと思いまして、とりあえず二編。
続くかどうかはわからない。

2013/02/02
ちょうどいいものがあったのでひさびさに更新。


  [No.2329] (一)二度桜 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2012/03/30(Fri) 02:59:23   136clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


二度桜



 ホウエンで、桜は二度見られる。

 一度目は山の桜。
 三月下旬に見られる木に咲いた桜だ。
 古来より豊縁人は山の桜を楽しんだという記録が地の民の記録に遺されている。
 土地の支配者達は、しばしば山に桜を植えさせた。
 大きなポケモン達に桜の苗を運ばせて、木を司るポケモン達に育ませたということだ。
 それは自身が愉しむ為であり、民に力の大きさを示す為でもあった。
 彼らは言う。
「我々は一番先に桜を楽しめるのだ」と。
 薄い紅に染まった山を背景にして彼らは語る。
 
 そして、二度目は海の桜。
 山の桜が散ってしまった頃、海に桜が舞うのだ。
 海の民はそれを花弁魚と記している。
 花弁魚は今で言うラブカスである。この時期、繁殖期を迎えたラブカス達は群れをなして、浅瀬に集まってくる。この時期の彼らは婚姻色と呼ばれるいっそう鮮やかな色に染まっており、一年の中で最も美しい。そんな彼らが集まると海が鮮やかに染まるのだ。
 そんな時だけ、彼らは漁と渡り以外で船を出す。
「二度目の桜は、山の桜より鮮やかで美しいのだ」
 花弁に染まった海を背景にして、そう彼らは語る。


 陸と海には共通の言い伝えがある。
 山から流れてきた桜の花びらが花弁魚になるのだ、と。
 そう彼らは長い間信じてきた。
 実際、陸地から流れ込んだ栄養が、海の生き物を育てていることを考えれば、あながち間違いではないだろう。

 そして今、ホウエンの人々は年に二度の桜を楽しんでいる。


  [No.2330] (二)ある裏山の話 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2012/03/30(Fri) 03:00:07   232clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



ある裏山の話



 私の学校の裏山は春になるとそりゃあ見事なものです。
 というのも昔、この土地を治めていた殿様が桜を植えさせたらしく、毎年三月にもなると山が薄いピンク色に染まるのです。
 だからこの時期になると学生も先生達もみんなお弁当を持って、競うように裏山に行きます。
 桜の咲き具合が綺麗な場所をみんなして争うのです。
 この為に四時限目の授業を五分早く切り上げる先生がいるくらいです。
 けど、今日の先生はハズレでした。数学の先生は時間きっちりに授業を終わらせるから、今日はいい場所がとれませんでした。おまけに私のいる二年五組ときたら、学校の玄関からは学年で一番遠いのです。
 案の定、山を歩いても歩いても、いいところはすでに他学年や他クラス、先生達に占拠されていました。
 私は落ち着く場所を求めて、裏山を上へ上へと登っていきました。
 けれども上に登っても登っても、良い場所はもう陣取られているのでした。
 あまり高くはない山でしたから、結局私は一番上まで行ってしまいました。
「ここは咲きが遅いんだよなぁ」
 私はぼやきました。
 山の一番てっぺんのあたりは、麓とは種類が違う桜であるらしく、満開の花が咲くのがしばらく後なのです。今はようやく蕾が膨らんできた程度でした。幹が立派な桜が多いのですが当然あまり人気がなく、人の姿は疎らでした。
 しかし贅沢も言っていられません。私はそこにあるうちの一本の下に座り込むと、弁当の包みを解き、蓋を開けました。
 今日のお昼ご飯は稲荷寿司です。それは母にリクエストして詰めてもらったものでした。
「今日はいい天気だなぁ」
 私はそう呟いて、稲荷を一つ、口に入れました。
 そうして、頭上で何かが揺れたのに気がついたのは、その時でした。
 稲荷を頬張りながら上を見上げると、黄色い大きな目が印象的な緑色のポケモンが桜の枝の上からこちらを見下ろしています。
 それはキモリでした。初心者用ポケモンとして指定されているだけあって、我々ホウエン民にはなじみのあるポケモンです。
 弁当狙いだな、と私は思いました。学校近くに住む野良ポケモン達はみんな学生の弁当を狙っているのです。スバメやオオスバメに空中から、おかずやおにぎりをとられたなんて話はよく聞きますし、私もやられたことがあります。ましてや学生達が自ら進んで裏山に入るこの時期は彼らにとっては絶好のチャンスなのです。
「悪いが食べ盛りなんでね」
 私はそう言うと弁当の蓋で残り五つほど並んでいた稲荷をガードしました。
 キモリは不満そうな視線を私に投げましたが、それ以上はしませんでした。てっきり技のひとつも打ってくるかと思って少々身構えたのですが、そこまでする気はないようでした。技を使って強奪するまでは飢えていないということでしょうか。
 それならば場所を変える理由もあるまいと、私は蓋を少し上げて、二個目を取り出し、口に入れました。
 その時、
「ふーむ、今年も駄目だのう」
 不意に後ろから声が聞こえて、私は声のほうに振り向きました。
 見ると、古風な衣装を纏った男が一人、一本の桜を見上げながら呟いているところでした。
 変な人だなぁ、と私は怪しみました。
 男の衣装ときたら、なんとか式部やなんとか小町が生きている時代の絵巻の中に描かれた貴族みたいな格好なのです。その一人称がいかにも麻呂そうな男が、地味な衣を纏った男を一人伴って、葉も花も蕾もついていない桜の木を見上げているのでした。
「もう何年になるか」と、麻呂が尋ねると「十年になります」と従者は答えました。
「仕方ない。これは切って、新たに若木を植えることにしようぞ。新しい苗木が届き次第に切るといたそう」
 しばらく考えた後、麻呂は言いました。従者と思しき男も同調して頷きます。
「では、さっそく若木を手配いたそう」
「できれば新緑の国のものがよいのう。あそこの桜は咲きがいいと聞く」
 そのような相談をして、彼らはその場を去っていったのでした。
 後には裸の桜の木が残されました。
 私はなんだかその桜の木がかわいそうになりましたが、咲かないのでは仕方ないかなとも思いました。
 改めてその木を見上げましたが、葉もついていませんし、花はおろか蕾もついていません。周りの桜は満開なのに、ここの木だけ季節が冬のようなのです。この木が春を迎えることはもうないように思われました。
 立派な幹なのになぁ、と私は思いました。きっと最盛期には周りにの木にまけないくらい枝にたくさんの花をつけたに違いありません。私の視線は幹と枝の間を何度も何度も往復もしました。
 そして、何度目かの上下運動を終えた頃に幹の後ろで蠢く影に気がついたのでした。
「おや」
 と、私は呟きました。幹の後ろから姿を現したのはジュプトルでした。
 ジュプトルはキモリの進化した姿です。その両腕には長くしなやかな葉が揺れていました。
「ケー」
 ジュプトルは沈黙を守る桜の木に向かって一度だけ高い声で鳴くと、ひょいひょいと跳ねながら颯爽と山を下りていきました。
 森蜥蜴の姿が消えた時、いつの間にかここは夜になっていました。あれから何日かが経ったようで、月に照らされた山の中で周りの桜が散り始めていました。まるで何かを囁くように花びらが風に舞い散っていきます。穏やかな風が山全体に吹いていました。けれど老いた桜は裸の黒い幹を月夜に晒したまま、沈黙を守っているのでした。
 山の麓のほうから何者かがこちらに登ってきたのが分かったのは、月が雲に隠れ、にわかに風が止んだ時でした。それは、先ほどこの場を去っていたジュプトルの駆け足とは対照的な、落ち着いた足取りでした。そうして、月が再び天上に姿を現した時、その姿が顕わになりました。
 花の咲かぬ桜の木の前に現れたのは、背中に六つの果実を実らせた大きなポケモンでした。その尾はまるで化石の時代を思わせるシダのようでありました。
 それはジュカインでした。キモリがジュプトルを経て、やがて到る成竜の姿でした。
「ケー」
 ジュカインは低い声で桜に呼びかけました。
 そうして、自らの背中に背負った種を引きはがしにかかりました。まるで瑞々しい枝を折るような、枝から果実をもぐような音がしました。密林竜は一つ、また一つ、全部で六個の果実を自らの手でもいだのでした。
 もがれた果実は桜の木を囲うようにその根元に埋められました。ジュカイン自らが穴を掘り、丁寧に埋められました。
「ケー」
 ジュカインは再び低い声で鳴きました。
 その時急に、止んでいた風がびゅうっと強く吹きました。
 嵐のように、桜の花びらが一斉に飛び散ります。花びらが顔面にいくつも吹きつけて私は思わず手で顔を覆い目をつむりました。
 そして再び風が止んだ月夜の下、再び目を開いた私は、不思議な光景をまのあたりにしたのでした。
 先程まで蕾のひとつもついていなかったあの裸の桜の木が、満開の花を咲かせていました。
 月夜の下で、まるで花束を何本も持ったみたいに枝にたっぷりの花が咲き乱れているのです。
 ついさっきまで、見えていた月が桜の花に覆い隠されているのです。
 あまりに劇的な変貌を遂げたその光景が信じられず、私は目何度も瞬きをしました。
「ケー」
 ジュカインが満開の桜を見上げ、鳴きました。
 風が吹きます。まるで答えるように桜の枝がざわざわと鳴りました。
 桜の花びらがひらりと舞って、密林竜の足下に落ちました。

 それからはまるで早送りのようでした。
 みるみる花が散っていき、葉桜となることなく、再び木は裸になったのでした。そうして沈黙を保ったまま、今度はもう二度と答えることがありませんでした。
 瞬きをする度に時が移って、いつのかにか木は切り株となっていました。いつのまにかその隣に新たな苗木が植えられたことに私は気がつきました。
 桜はいつか散るが定め。
 最後に大輪の花を咲かせた後、老いたる桜はこの山を去ったのでした。



 昼休みの終わりを告げるベルが聞こえて、私は薄く目を開けました。
「……あれ?」
 いつの間にか木の下でうたた寝していたことに気がついて、私は間抜けな声を上げます。
 キンコンとベルが鳴っています。
「やべ、戻らないと」
 すぐに五時限目が始まってしまいます。
 私は、すっかり空になった弁当箱に蓋を乗せると元のように包みで来るんで、校舎に向かって駆け出しました。









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「ある裏山の話」は能のジャンルで言う「夢幻能」を意識しています。
その土地の精霊やら、そこで死んだ人が登場人物の前に現れて歴史や出来事を語り、そしてまた去っていくという形式ですね。
能はこういうのが多い。

くはしくは
http://www2.ntj.jac.go.jp/unesco/noh/jp/noh_play.html 夢幻能と現在能について

(引用)
夢幻能では、神、鬼、亡霊など現実世界を超えた存在がシテとなっています。通常は前後2場構成で、歴史や文学にゆかりのある土地を訪れた旅人(ワキ)の前に主人公(シテ)が化身の姿で現れる前場と、本来の姿(本体)で登場して思い出を語り、舞を舞う後場で構成されています。本体がワキの夢に現れるという設定が基本であることから夢幻能と呼ばれています。


  [No.2877] (三)風、一陣――豊縁昔語より 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2013/02/02(Sat) 16:46:39   145clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



風、一陣



 昔、豊縁に新緑の国と呼ばれた場所がありました。
 学問が栄え、豊かな国でありました。
 山が多く、樹の緑が燃えるこの国には、春には美しい桜がたくさん花を咲かせます。
 国を治める領主も、民も、桜の名所に出かけていって花を愛で、楽しんだのでございます。


 さて、この国に領主の寵愛を受ける一人の女がおりました。
 女の名をユヤと申しました。
 彼女はここより東にある「赤」の都に住む有力者の娘で、この国に嫁いできたのでございます。
 今、この国の主である領主は「赤」の出身。先の戦にて勝鬨を上げ、この国の主に収まったばかりでした。

 領主は三人の側室を迎えました。
 一人は自らが新たに治めるこの国から、もう一人は隣の国から、そしてもう一人が本国たる東の赤の都からでした。
 今の領主は国を平定したばかり。悪く言えば余所者でございました。
 早くから国の者達を懐柔したいと考えていた領主は、まずこの国の女と交わりました。
 また外交のことを考え、隣国の女を迎えました。
 そしてこの国より東にある本国のつながりも重くみて、最後にユヤと契りを結んだのです。
 三人の側室には三者三様のよさがございましたが、見目美しく、和歌を嗜み、舞の上手であったユヤは特にかわいがられておりました。
 しかしながら都育ちであるユヤはこの国のことがあまり好きではなかったようです。
 文化も考え方も信仰する神様も違うこの国には染まりきれずにおりました。

 季節は春、日に日に暖かくなってきております。
 三分咲きだった桜は、五分になり七分になろうとしております。
 ユヤに生まれ故郷からの文(ふみ)が届いたのはそんな頃でした。
 使いの者から文を受け取ったユヤは驚きました。
 届けられた文は母の加減が悪い、という内容だったからです。
 もともと病気がちの母ではありましたが、ここのところは特によくないというのです。
 文の最後は、今一度会いたいという母の切々たる想いが書き付けてありました。
 こうなるとユヤはもう母のことが心配で心配でなりません。
 そこで、さっそく夫である領主に帰郷の許しを請いに行ったのでございます。

 そんなユヤの姿をどこから見守る者がございました。
 それは豊縁の諸国を流浪する旅人でした。
 春の訪れに誘われるようにして、ついこの間この国にやってきたのです。
 故郷を持たず、流浪の旅をする一行を率いる頭領であった彼は、ひとたび跳躍すれば、誰よりも高く飛びあがり、遠くまで見渡せる目を持っていました。
 ですからユヤのことも、屋敷から遠く離れた樹の上から覗き見ておりました。
「ずいぶんとあの娘のことが気になっておられるのですね」
 隣に座って見ていた、身体の小さい小姓がひやかします。
「この国に来てからずっとです」
「五月蝿い」
 頭領はぶっきらぼうに言います。
「まぁ無理もございません。美しい女子ですものなぁ」
 頭領が睨みつけてきましたが、小姓は気にする様子もありません。
「今は桜の季節にございますれば、あの娘も花見に出かけましょう。そうしたらもっと近くでお目にかかれますよ」
 と、小姓は続けました。

 さて、娘のほうに話を戻すと致しましょう。
 まず領主の答えは否でありました。
 故郷の母に会いに行く為、暇を願い出たユヤに領主が返した返事は冷たいものでした。
 暇(いとま)はならぬ。それが領主の答えでした。
 なぜかと問うユヤに対し、領主は今は大事な時期なのだと言って聞かせました。
 自分は今この国を平定し、新しく側室を迎えたばかり。
 迎えたばかりの側室が早々に国に帰ってしまうとあっては格好がつかないと言うのです。
 ましてやユヤは本国から迎えた側室、ユヤが帰ってしまうとあっては、厳しい周りの目は領主と本国の関係をそのように見るかもしれません。
「近々花見の宴がある故、同行するように」
 そう言い残して、領主はその場を去りました。
 今一度母に会いたいというユヤの願いは聞き入れられなかったのです。

 桜はいよいよ旺盛に花開きました。
 人々は重箱にごちそうを詰めて出かけ、桜を見上げて花と酒を楽しんでいます。
 人々が思い思いの場所で楽しむ桜の咲く山を緩やかな坂道が二つに分けています。
 そこを輪の模様のある赤い駱駝(らくだ)の引く牛車が通ってゆきました。
 領主の花見の一行でした。
 山上の、古くからこの国にある寺社で宴を催そうというのです。
 牛車の簾の間からは山にかかるうっすらと紅の入った白が垣間見えます。それは皆桜であって、まことに美しい光景でした。
 ですが駱駝の引く車に揺られ道を行くユヤの心は重く沈んでおりました。
 故郷で自分を待つ母のことばかりが気にかかっていたからでした。
 車の横では、都からユヤの迎えに来た使いのアサガオが歩いておりました。
 領主がユヤに帰郷の暇を許さなかった為に帰ることもままならず、宴に同行していたのです。
 母の命はもう長くは無いのだ。
 ユヤはそのように感じておりました。
 都からわざわざ侍女のアサガオが迎えが来た、それが何よりの証拠でした。

「どうやらあそこで花を見るようですね」
「そのようだ」
 牛車と列成す一行の様子を高い樹の上から眺めながら、旅の頭領とその小姓は語りました。
 それにしても気になるのは娘の元気のなさです。
 せっかくの花見日和だというのに塞ぎこんでいるのが頭領の目から見てもわかりました。
「少し様子を探って参れ」
 頭領は小姓に言いました。

 やがて一行は牛車を降りると、宴の席へとつきました。
 寺では何人もの従者が領主の到着を待っておりました。
 優雅な琴の音が響き始き始め、きらびやかな衣装を纏った侍女たちが集まった男達に酒をついで回ります。
 桜を見上げての宴が始まりました。
 今の領主がこの国を治めてからはじめての花見です。
 領主は宴の席へ呼んだ者達に次々に声をかけ、日頃の働きを労って回りました。
 そして、民の様子はどうだろうか、今年の作付けはどうだろうか、あの役割にはあの者がどうだろうか、などと話を聞いたり、自らの様々な意思を伝えて回ったのでした。
 咲き誇る桜を背景に女達の舞う姿を見て、来客たちは皆楽しそうにしておりました。

 一方のユヤはとても宴を楽しむ気分にはなれません。
 宴が盛り上がる中、ユヤの姿はアサガオと共に同じ寺の仏前にありました。
 ユヤの目の前に立っているのは、この国の主が今の領主に変わる前からある古い古い彫像でした。
「ずいぶん古いようですけど、おかしな形をしておりますこと。やはりこの国は変わっておりますねぇ」
 と、ユヤと同じように都育ちであるアサガオが言います。
 それは彼女達の故郷の神とはまるで違う形をしておりました。
 慣れ親しんできた信仰とは異なる教えの象徴がそこにあったのです。
 けれど、いつのまにかユヤは仏前に手を合わせていたのでした。
「どうかあの方が暇をくださいますよう」
 と彼女は願いを口に致しました。
 色が違うとか、形が違うとか、そんなことにはこだわっていられませんでした。
「お願いです。母がこの世を去ってしまう前に今一度、顔を見たいのです」
 彼女は続けます。
 たとえどんな色の神であっても、母を想う気持ちであれば、通じる気がしたのです。
 ユヤはなんとしても、一刻も早く母の元へ行きたかったのでございます。
「アサガオや、私は悪い側室ですね」
 と、ユヤは言いました。
「母会いたさにこうして名も知らぬ異形の神にまで願をかけてしまいました。こんなことでは私を送り出した父上に怒られてしまいます」
 そう続けて苦笑致しました。
 本当は彼女にもわかっていたのです。
 自分の夫は、まったく色の異なるこの国を、信じる神も考えも違うこの国を一刻も早くまとめようとしているのです。
 そのことに必死なのです。
 先の戦で片腕とも呼べる部下を失い、様々な犠牲を払って、彼女の夫はこの国に入りました。
 今日の宴席には元来からこの国にいた者達もたくさん呼ばれています。
 彼らから見れば侵略者たる自身の夫は、もしかしたら殺されるかもしれない危険を背負いながら、この国をまとめようとしているのです。
 そこを妻たる自分が留守にするわけにはいかないのです。
 本当はわかっているのです。
「参りましょう、アサガオ」
 彼女は身を翻すと、宴の席の大広間へと戻ってゆきました。
 自分達をそっと見守っていた小さな影には気がつきませんでした。

 寺の大広間から見える桜は今こそ盛りと満開です。
 酒宴の席には鼓の音が響き、杯を手にした男達の視線は、満開の桜、そしてその下で舞うユヤへと向けられておりました。
 舞の得意なユヤに夫たる領主が一曲所望したのです。
 ユヤはそれを快く引き受けました。
 それが妻たる自分の役目と考えたのでございます。
 琴の音が流れるようにして響き、笛の音が染み渡ります。
 ユヤは衣を翻し、今まさに扇子を大きく広げ、舞を締めんと致しました。
 その時です。

 突然、一陣の大きな風が吹き抜けました。

 思わず目をつむってしまう程の強い風でした。
 それは大広間を一巡するようにして吹き抜けました。
 まるで意思を持ったような風でございました。

 強風が通りすぎてユヤはそっと目を開きます。
 すると大広間から見える桜の樹の花の花弁が風に巻き上げられて、ひらひらと散っていく様が目に入ったのでした。
 領主も、大広間で酒を酌み交わしていた者達もしばしその様子を呆然と眺めておりました。
 まるで目の前で雪が降っているのかと見紛うほどに、それはそれはたくさんの花びらが舞い散っていたのです。
 花びらがひとひら、またひとひら、ユヤの足元に舞い落ちました。
 唐突に、ユヤの目から涙が溢れました。
「アサガオ、筆と短冊をここへ」
 ユヤは静かに言いました。
 そうして使いのアサガオから筆と短冊を受け取ると、彼女はさらさらと何かを書き付けたのでございます。

"いかにせん都の春も惜しけれど、馴れし東の花や散るらん"

 和歌の得意なユヤはそう書き付けて、領主に渡しました。
――貴方と離れるのも辛いですが、今は東にある母の命が散ってしまうことが惜しいのです。
 ユヤはそのように母への想いを詠ったのでした。
 彼女は舞い散る桜の花の中に、今まさに命散らさんとする母の面影を見たのでありました。



 遠くから見守る旅人達の目に、急ぎ山を降りていくユヤとアサガオの姿が入りました。
 その軽やかな足取りから、ついに彼女は暇を手にしたのだと、彼らは確信いたしました。
 きっと急ぎ故郷に戻るつもりなのでしょう。
 後ろからはまだ宴の華やかな楽奏が聴こえて参ります。
「それにしても白髭様、少々やりすぎではありませんか」
 頭のてっぺんから木の枝を生やした鼻の高い小姓が言いました。
「仮にも貴方様は樹の化生なのですから少しは加減をしてください。せっかく桜が半分以上散ってしまったではないですか」
 そのようにいさめる小姓の横には、彼より一際大きな身体をした頭領の姿があります。
「五月蝿い。こういう時の加減がわからなかったのだ」
 大きな顔から突き出た長い長い鼻、にょきりと生えた長い耳、全身に白い毛皮を纏ったような姿をしたそのポケモンは、扇のような、楓の葉のような形をした自ら手を見てそう答えました。
 娘とその侍女の姿が遠ざかってゆきます。
 彼らはしばしの間その姿を見守っておりました。


 東路さして行く道の。やがて休ろう逢坂の。

 関の戸ざしも心して。明けゆく跡の山見えて。

 花を見捨つるかりがねの。それは越路われはまた。

 あずまに帰る名残かな。あずまに帰る名残かな。


 かつてこの豊縁には、あまたの色があり、あまたの神々が住んでおりました。
 ユヤはそれを「異形の神」と呼んでおりましたが、もしかするとこの白髭という大天狗もそんな「異形の神」のうちの一人だったのかもしれません。
「羨ましいものよのう。あの娘には帰ることの出来る故郷があるのだ」
 そのように白髭は呟きました。

 風が一陣、春の山を吹き抜けてゆきました。







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出典:能演目より「熊野(ゆや)」

(三)風、一陣――豊縁昔語より (画像サイズ: 600×372 36kB)


  [No.3719] (四)悲恋抱き合い桜 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2015/04/15(Wed) 01:46:02   102clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

昔、ホウエンのある村の川に二匹のポケモンの死体が流れ着いた。
二匹はまるで抱き合っているようだった。ザングースの身体にハブネークが巻き付いているのだが争ったような傷も無い。
もしやこの二匹は敵わぬ恋を嘆いて共に死んだのではないか。
村人達はそのように考え彼らを一緒に埋めてやった。
そしてその上に日本の桜の苗を植えたのだった。

するとどうしたことだろう。
二本の桜はまるで抱き合うように絡みつき、一本となった。
それぞれ種類の異なる桜だったから、花の時期になると二種類の花を咲かせるのだという。
それを見た村人達はそれを「悲恋抱き合い桜」と呼んだ。

<補足>
伝説ではこのように伝わっているが、これに関しては異説がある。
本当は人間の男女ではないのか、という説だ。
この時代、心中は重罪だったので、死んでも同じ墓には入れなかった。
だから、一緒の墓に入れてやる為にわざとポケモンという事にしたのではないかという説だが、真実ははっきりしない。



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元ネタは武蔵野の伝説の「悲恋抱き合い桜」。
これはちゃんと男女です。


  [No.3720] (五)蛇桜 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2015/04/15(Wed) 01:48:57   114clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ホウエンのある村には「蛇桜」と呼ばれる大変美しい桜の名木がある。
これには悲しい伝説があるという。

昔このあたりにもザングースやハブネークが住み着いていて、なわばり争いをしていた。
そして、ハブネークの群れの中にはひたすら長い身体を持つ雌のハブネークがいた。
名前をヤマカガシといった。

きっかけは分からないが、ヤマカガシはあるザングースの雄を好きになってしまったらしい。
ところがその雄には毛づやのよい番となる雌がすでにあった。
恋が実らないと知ったヤマカガシは「春の短い間だけはあなたの目を惹くようになりましょう」と言って、細い桜の樹に長い身体をぐるぐると巻きつけた。

それ以来、細く頼りなかった桜の木はヤマカガシの巻き付いた分だけ立派な太い幹となり、長い枝に大きな花をしだれるように咲かせるようになったという。
その桜にはハブネークもザングースも争いを忘れて見入ったと伝えられている。



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ハブネーク&サングースでもう一話。
樹って時々蛇が巻き付いたような幹がありますよね。