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  [No.2492] 絵画『悲しい少年』 投稿者:神風紀成   投稿日:2012/06/30(Sat) 14:18:35   113clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

※アテンション!
・BW2に登場する『ストレンジャーハウス』のネタバレを多少含みます
・捏造バリバリ入ってます
・毎度のことながらアブノーマルな表現があります
・苦手な方はバックプリーズ










――――――――――――――――――――

火山に近い田舎町。植物は特定の種類しか育たず、赤い岩石や土、独特の暑さが訪れる人間を拒む。雨が降る日より火山灰が降る日の方が多い、とはこの土地に昔から住む人間の談である。そこは活火山に面した場所であり、訪れる人間を選ぶ場所であった。
だがそういう土地なわけで、学者やバックパッカーはひっきりなしに訪れる。彼らが落としていくお金でその交通も何もかも不便なその町は成り立っていた。

「暑いし、熱い」

不機嫌そうな声で郊外を歩く一つの美しい人影。夜になると白い仮面で片面が隠れるその顔は、今は深く帽子を被ることで顔を隠している。腰まである長い髪は、頭の高いところで一つにまとめている。こうでもしないと辿り着く前に倒れてしまいそうだったからだ。
彼女――レディ・ファントムは地図を取り出した。フキヨセシティからの小さな旅客機にのって四十分と少し。同乗していた客はこぞって火山に向かったが、彼女はこんな暑い日にそんな熱い場所に行くほど酔狂な人間ではなかった。
行く理由があったのは、とある廃屋だった。

『たぶん霊の一種だろう』

体の両サイドを大量の書物に囲まれながら、マダムは煙管をふかした。執事兼パシリであるゾロアークが、淹れた紅茶にブランデーを数滴垂らし、レディの前のミニテーブルに置く。一口飲む。本場イギリスのアフタヌーンティーでも通用する美味しさだが、イライラはおさまらない。
今日はゆっくりホテルの一室で過ごそうと思ったのに、突然現れた男(ゾロアークが化けた姿)に無理やりここ……黄昏堂に連れて来られたのだ。
モルテが側にいないことも入れておいたのだろう。ポケモン、しかもマダムの我侭を全て聞くことの出来る者の力は凄まじかった。
あれよあれよと椅子に座らされ、苦い顔で無言の抗議をしたが全く効かない。ふと横を見れば、ゾロアークが疲れた顔をしていた。相当こき使われているのだろう。なんだか哀れに思える。

『ここ最近、ある廃屋となった屋敷で怪奇現象が起きているという噂がある。入った者の話では、昼間だというのに家具がひとりでに動いたり、別の部屋から入ってまた出た時では家具の位置が違ったりしていると』
『で?』
『そんな事が起きているということは、何らかの力は働いているんだろう。まだ幽霊の類の目撃情報はないが』

ほら、と渡された地図に示された場所は見たことの無い町の近くだった。ドが付く田舎すぎて、認識していなかったのだろう。説明文を読めば、活火山のふもとにあり、その熱で作る伝統的な焼き物が有名だという。
そしてその屋敷は、悲しい事件があったとされ、誰も寄せ付けないと言われている。異邦の家―― 通称、『ストレンジャーハウス』。
紅茶をもう一口啜る。地図を机の上に投げ出す。

『行ってやるよ』
『よろしい。原因解明とその源を持って来てくれ』
『幽霊捕まえんの』
『ゾロアーク、お前も行ってこい』

そんなやりとりがあったのが数時間前。今レディは土壁で造られた、ここらの土地独特の家の前に立っている。他の家は皆町にあるというのに、ここだけ離れた場所に建てられていた。
ふとゾロアークを見ると、不思議な顔をしていた。苦い顔、とでも言うべきだろうか。こんな顔を見るのは初めてだ。

「どうしたの」
『いや…… どうも気分が優れなくてな』
「ああ、確かにこの家からは変なオーラが漂ってくる。何かいることは間違いないだろ」

さび付いたドアノブを捻る。耳を塞ぎたくなるような音が響く。数センチあけて中を確認。よく見えない。
そのままドアを半分ほど開け、持参した懐中電灯のスイッチを入れた。灯に照らされ、埃が漂っているのが見えた。
どうやらしばらく誰も入っていないらしい。床に降り積もった埃には、足跡は無かった。

「よくこんな所取り壊さずに放っておいたな」
『取り壊せないらしい。何度か試みた会社もあったようだが、そうする度におかしな事故が起きる』
「ありがち」

今レディ達が立っている場所が、リビング兼玄関。家具はソファ、テーブル、ランプ、観賞用の植物。どれもこれもひっくり返ったり倒れていたりして乱雑なイメージを与えてくる。
向かって両サイドが二階へと繋がる階段になっていた。ソファが倒れていたが、これくらいなら飛び越えていける。
地下へと続く階段は、図書室へと繋がっているらしい。本好きなレディが目を輝かせた。

「ここっていつから建っているんだろうね」
『はっきりしないが、二十年は経っているだろう。建物の痛み方から大体の時間が推測できる』
「ふーん。……とりあえず二階に行こうか」

ソファを飛び越え、階段を上ろうとした時何かの視線を感じた。振り向くと、どうやって飾ったのか一枚の人物ががこちらを見ている。いや、『見ているように』見えるだけだ。ゾロアークも気付いたらしい。技を繰り出そうとする彼を、レディはとめた。流石にこんな辺鄙な場所に近づく物好きはそうそういないだろうが、万が一気付いて近づく一般人が出てきては困る。
絵の中にいたのは男だった。自画像だろうか。年齢は二十代前半。そう描いたのか本当にそうなのかは分からないが、女とも取れるくらい美形だ。
ふと、気付いたことがあってレディはゾロアークに話を持ちかけた。

「ここに住んでいた人間って?」
『さあ……。マダムは知っているかもしれないが、俺は知らん。ただ、空き家になってからの時間の方が長いことは確かだ』

絵からの視線は消えない。どうやら本当にここには何かいるらしい。それも相当に高い力を持った物。自分だけでなく『あの』マダムに仕えるゾロアークも見えていないのだから、そこらの未練がましく街をさ迷っている普通の霊とは違う。
モルテの顔が浮かんだ。彼は今日も、このクソ暑い中で魂の回収を行なっているのだろうか。そういえばこの時期は海難事故や熱中症で特定の年代の魂が多くなるって言ってたな。特に彼らは自分が死んだことを気付いてない場合が多いから、説得にも苦労すると――

『レディ』

ゾロアークの声で我に返った。三つある入り口のうちの一つ。真ん中。そこで彼が手招きしている。

『ここから気配を感じる』
「確かにね。……でも」
『ああ。さっきの絵画とはまた違う気配だ』
「やだな。まさか別々の霊が同じ家に住み着いてんの」

ありえない話ではない。だがそうなると厄介なことになる。同じ屋根の下にいても、同じ考えを持つ霊などいないのだから。そこらは生前と同じである。
そっとドアノブに手をかける。特に拒絶うんぬんは感じない。そのまま開ける。

「!」

流石に驚いた。ドアを開いてまず目に入ったのは、キャンバスに描かれた少年の絵だったからだ。台に立てかけられ、その台の前には椅子がある。床には木製のパレットと絵筆。ただし埃が降り積もっていて、絵の具も乾いていた。
美術室のような匂いがする。長い間開けられていなかったのだろう。様々な匂いが混じった空気が、一人と一匹の鼻をついた。
ハンカチで口と鼻を押さえ、ドアを全開にして中に入る。キャンバスの中の少年は美しかった。美少年、という言葉が正に相応しい。イッシュ地方では珍しい、黒い髪と瞳の持ち主。少し寂しげな、悲しげな瞳がレディを見つめている。

『……美しいな』
「やっぱ君でもそう思うか。マダムが見たら絶対欲しがるだろうね」

いささかもったいない気もするけど、という言葉をレディは飲み込んだ。マダムが美しい物や人に並々ならぬ関心があるのは、以前の『DOLL HOUSE』の件で分かっている。というか、分かってしまった。あまり知りたくなかったが、知ってしまったものは仕方がない。
ぐるりと部屋内を見渡す。描きかけのキャンバスが積まれていた。今まで使っていたであろう油絵の具のセットもある。その中の一つのキャンバスを手に取り――声が詰まった。

『どうした』
「……なるほどね、そういうこと」

こほんと咳払いをする。彼女の常識人の一面が現れた瞬間だった。裏返しにして、ゾロアークに渡す。少々訝しげな視線を送っていた彼の顔色が変わった。
その少年の絵であることに変わりはない。だがそこに描かれた少年の下書は、裸だった。別室だろう。ベッドの上でシーツにくるまり、妖艶な笑みを向けている。そこまで細かく描けるこの作者にも驚いたが、少年がそんな顔を出来ることが驚きだった。
何故――

「天性の物か、調教されたか。いずれにせよ、この絵の作者は相当その少年に御執心だったみたいだな」
『……』
「どうする?マダムにお土産に持って帰る?」
『冗談だろ』

レディが笑った。それに合わせて、もう一つの笑い声が聞こえてきた。部屋の窓際。その少年が笑っていた。同じ黒髪に黒い瞳。身長はレディの胸にかかるくらい。一五〇といったところか。
白いシャツにジーパンをはいている。視線に気付いたのか、こちらを見た。

「こんにちは」
『こんちは』

少年が歩み寄ってきた。美しい。絵では表現しきれないほどのオーラを纏っている。どんな人間でも跪きそうな、カリスマ性。プチ・ヒトラーとでも呼ぼうか。
少年が横にあった絵を見た。ああ、という顔をしてため息をつく。

『この絵、欲しい?』
「くれるならもらいたいかな。私の趣味じゃないけど、知り合いにこういうの好きな奴がいるんだ」
『ふーん。ねえ、アンタ視える人なんだね』
「だからこうして話してるんだろ」
『それもそうだね』

飄々としている。ゾロアークは二人の会話を見つめることしかできなかった。比較的常識を持ち合わせている彼は、彼女のように『視える者』として話をすることが出来ない。おかしな話だが、この少年が持ち合わせているオーラに圧倒されていた。

「名前は?私はレディ・ファントム。そう呼ばれてる」
『綺麗な名前だね。俺は特定の名前はないよ』
「どうして?」
『分からない?その絵を見たなら分かると思ったんだけど』

ゾロアークの持っている絵。それを聞いて彼は確信した。おそらく、この少年は――

『娼婦、のような立場だったのか』
『そーだよ。地下街で色んな人間を相手にしてた』
「両方?」
『うん。物心ついた頃にはそこにいた。昼も夜も分からない空間でさ。唯一時間が分かることがあったら、お客が途切れる時だよ。今思えばあれが朝から昼間だったんだろうね。皆地上で仕事してくるんだから』

昼と夜で別の顔を持つ。街だけでなく、人も同じらしい。聞けば、彼はある一人の男に見初められてここに来たらしい。その男は画家で、また本人も大変な美貌の持ち主だったという。
そこでレディはあの肖像画を思い出した。この家は、あの男の家だったようだ。

「で、何で君は幽霊になったの」
『ストレートだね……まあいいや。あの人は一、二年は俺に手を出さなかった。毎日のように絵のモデルにはなってたけど、それもそういう耽美的な絵じゃない。色々な場所に連れて行ってもらったよ。向日葵が咲き誇る高原とか、巨大な橋に造られた街とかさ。そこでいつもキャンバスを持って絵を描いてた』
「その絵は?」
『そこに積み重なってるキャンバスの、一番下の方』

ゾロアークが引っ張り出した。向日葵の黄色と茎の緑、空と雲のコントラストが美しい。その向日葵の中で、彼は微笑んでいた。
絵によって服装も違った。春夏秋冬、季節に分けて変えている。相当稼ぎはあったようだ。

『二年半くらい経った頃かな。あの人が親友をこの家に連れてきたんだ。同い年らしいんだけど、全然そんな雰囲気がなかった。むしろ二十くらい年上なんじゃないの、っていう感じ』
「老け顔だったの?」
『うん。でもとってもいい人だった。頭撫でられてドキドキしたのはその人が初めてだったよ』

色白の頬に少しだけ赤みが差した。年相当の可愛らしさに頬が緩みそうになるのを押える。一方、ゾロアークは嫌な空気を感じていた。何と言ったらいいのだろう。嫌悪感、憎悪、歪んだ何か。そんな負の感情を持った空気が、何処からか流れ込んでくる。
レディも気付いていた。だが彼を不安にさせないため、話を聞きながらも神経はその空気の方へ集中させている。

『それで、時々その人に外に連れて行ってもらうことが多くなった。その人が笑ってくれる度に嬉しくなった。――今思えば分かる。俺、その人が好きだったんだ』
「……」
『気持ち悪い?』
「ううん。誰かを好きになるのは素敵なことだと思う。だけど」
『分かった?その通りだよ。その時期からあの人の様子がおかしくなった。今までとは違う絵を描くようになった。当然、モデルとなる俺にも――』

思い出したのか、肩を少し震わせる。裸でシーツを纏い、妖艶に微笑む絵。だがその心の中は何を思っていたのだろう。想像できない。

『痛かった。熱くて、辛かった。でもあの人の顔がとんでもなく辛そうで、泣きたいのはこっちなのに拒めなかった。そのうち外に出してもらえなくなって、ただひたすらあの人の望むままになった』
「……」
『この絵』

悲しげな光を湛える瞳。その瞳は、今レディが話している少年がしている目と同じだった。

『この絵は、俺が死ぬ直前まで描かれていた。あの日、俺はものすごい久しぶりに服を着せられてそこに立っていた。あの人の目はいつになく真剣で、何も喋らずに絵筆を動かしてた。
俺はどんな顔していいか分からなくて、ずっとこの絵の表情をしてた。
そして何時間か経った後――」

彼は立ち上がった。そのまま自分の方へ近づいてくる。ビクリと肩を震わせる自分を彼はそっと抱きしめた。予想していなかったことに硬直し、自分はそのままになっていた。
首にパレットナイフが押し付けられていたことに気付いたのは、その数分後だった。悲鳴を上げる前に彼が耳元で呟いた。

『――愛してるよ、ボウヤ』


「……歪んだ愛情の、成れの果て」
『その後は覚えてない。ただ、俺が死んだ後にあの人も死んだ。それは確かだ。ただ何処にいるのかは分からない』
「……」
『レディ』

ゾロアークの声が緊張感を纏っていることに気付く。と同時に、空気が重くなった。ずしりと体にかかる重圧。少年も気付いたようだ。
火影を取り出す。そのまま部屋の入り口に向ける。彼は自分の後ろに庇う。
入り口から吹き込む風。その感覚に、レディは覚えがあった。

「……『あやしいかぜ』」

突風が吹いた。不意をつかれ、そのまま後ろにひっくり返る。一回転。体勢を立て直して前を見据えれば、何か黒い影がこちらを見ているのが分かった。さっき肖像画から感じた物と同じだ。ということはやはり――

「しつこい男は嫌われるよ」

ゾロアークが『つじぎり』を繰り出した。相手はポケモンではない。だが攻撃しなければまずいことを本能が察知していた。効いているのかいないのか、相手は怯まない。
念の塊。そう感じた。死んで尚、この少年への執着を捨てきれない、哀れな男の――

「こいつの本体って何処」
『肖像画じゃないのか』
「……」

分かってるならやれよ、とは言えなかった。この塊が邪魔なのだ。レディはカゲボウズを連れてこなかったことを後悔した。彼らにとってはさぞ甘美な食事になっただろう。彼らの餌は、負の念。恨み、憎悪、悪意。挙げればキリがない。人の思いというのは、奥が深い。深すぎて自分でも分からなくなることがある。
おそらくこの男も――
レディが駆け出した。塊が一瞬怯んだ隙をついて斬りかかる。真っ二つに割れ、また元通りになる。本体を倒さなくてはならないようだ。
そのまま二階の踊り場へ。肖像画の顔が醜く歪んでいるように見えるのは気のせいではないだろう。

「ゾロアーク、その子頼んだよ!」
『ああ!』

肖像画との距離は約五メートルというところ。躊躇いはない。手すりに飛び乗り、右足を軸にして左足を前に出す。そのまま斬りかかって――
ガシャン、という音と共に一階の床に落ちた。痛む腰を抑えて一緒に落ちてきた肖像画を見つめる。裏返しになっているのを見てそっと表へ返す。そして寒気がした。
思わずその目に一の文字を入れる。

「……」
『レディ!』

塊が消えたのだろう。ゾロアークと少年が降りてきた。もう澱んだ空気は消え去っている。少年の顔も幽霊にしては血の気があった。目を切られた肖像画を見て、なんとも言えない顔をしている。
この絵どうしよう、という言葉に答えたのはゾロアークだった。

『こんな出来事を引き起こすほどの絵だ。まだ怨念が残っているかもしれない。これこそ持って帰ってマダムに預けた方がいいだろう』
「受け取るかな」
『修正は不可能だろうな。これだけザックリやられていては……美貌も台無しだ』
「言うねえ」

その時の感情で動いてしまう。それが本人も自覚している、レディの悪い癖だった。直さなくてはならないと分かっている。現にカクライと遭遇するとそのせいで余計なトラブルを招いてしまうことも多い。今回もそれが発動してしまい、思わず火影を手に取ってしまった。
あの時、最後の視線が自分を貫いた。哀しみに良く似た、憎悪。可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったものである。彼に触るな、彼と話すな。そんな言葉が聞こえたような気がして、レディは口を押えた。
ふと彼を見れば、思案気な顔つきになっている。どうした、と聞く前に向こうから話を切り出した。

『あのさ……』

マダムは上機嫌だった。ゾロアークの声も聞こえないくらいに。そしてレディの蔑みの視線も全く気付かないくらいに。黄昏堂の女主人の威厳も形無しである。
その少年が提案したこととは、二階にある自分をモデルに描かれた絵を全て渡す代わりに、あの最後の絵を修正してくれないか、ということだった。何故とゾロアークに彼は頬をかきながら言った。
その絵を、見てもらいたい人がいる―― と。
そんなわけで恨みの肖像画を回収ついでにそのキャンバスを黄昏堂に持ち帰って来たのである。ちなみに少年本人は『行かなくちゃいけない場所がある』と言ってそのまま屋敷を出て行った。聞けば肖像画が自分がいる部屋の目の前に壁にあったせいで、その怨念が邪魔して外に出られなかったのだという。
絵を見たマダムはなるほど、と頷いた。

「相当長い間念を込めて描いていたらしいな。ほら、この赤黒い部分。自分の血を使ってる」
「ゲッ」
「それで、この絵は私が貰っていいんだな?」
『おそらくは』
「新しく飾る部屋を用意しないとな。名前は……」

浮かれたマダムなんて滅多に見られるものではないが、別に目に焼き付けておこうとは思わない。ため息をついて再び最後の絵を見つめる。悲しげな顔。おそらく二つの意味で悲しんでいたのだろう。一つは、主人の痛みを知った悲しみ。もう一つは―― いや、やめておこう。他人のことに干渉するのは愚か者のすることだ。
自分が出来ることをするだけ。それだけだ。

そしてこれは、後日談。
ある街の小さな美術館に、一枚の絵が寄贈された。添付されていた手紙には『よろしければ飾ってください』と書かれていたという。
一応専門家を呼んで鑑定してみると、それは若くして亡くなった有名な画家の物であることが分かり、すぐさまスペースを取って飾られることとなった。
だが一つだけ分からないことがある。
それは、一度描かれてから十年以上経った後にもう一度修正されていたのだ。てっきり他人が直したのかと思ったが、タッチや色使いは全て本人の物であり、首を傾げざるをえない。それでも本物には違いないということで、その絵は今日も美術館で人の目に触れている。
その絵のタイトルは――

『幸せな少年』

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神風です。久々のレディです。モルテじゃなくてゾロアークと組ませるのは初めてですね。
やっぱこのシリーズが一番書いてて楽しい。
私の趣味が分かります。