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  [No.2524] 短編 お題『夏』 投稿者:神風紀成   投稿日:2012/07/24(Tue) 13:32:41   73clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「――ねえ、なにやってるの?」

イッシュにも田舎はある。ライモンシティから電車で三十分も下れば、そこはカナワタウン。役目を終えた列車が眠る場所として知られている。
ここにも一般の人間は住んでいて、俺もその人間の一人に飼われているポケモンだ。
俺の主人はここで仕事をしながら趣味で木の実を育てている。植物だけは自給自足にしようと頑張っているらしい。ちなみに牛乳はミルタンクがいないため週に一度、ホドモエに買いに行く。
今日がその買出しの日で、俺は朝から主人に頼まれて玉蜀黍の皮と髭を取っていた。
開始から早一時間半。ここに住む者だけでなく、列車マニアも使う電車の音が聞こえてきた。

「今年も綺麗にできたな」

市販の玉蜀黍……そりゃ、パックされているのとそのまま売られているのはものすごい差がある。今ではもう、前者は食べられない。そして後者も、今食べている物の味を知ってしまったら、誰も食べなくなるろう。
とにかく獲れたて……髭が茶色くなるまでついていた物は、甘い。砂糖入ってるんじゃないかってくらい、甘い。ちなみに玉葱も生で食べると甘いらしいが、うちは育てていない。
こんな物を食べられるのも、主人が育ててくれているおかげなわけで。

「――ねえ、なにやってるの?」

汗を流しながら最後の茎を折り終わった俺の前に現れた、涼しげな色の影。ポケモンの癖に白い帽子を被っている。マリンブルーのリボンが鮮やかだ。
触れれば何でも切れそうな、鋼の羽。足はその種類独特の形。頭に生えた、王者の風格。目が鋭いのにどこか愛嬌があるように見えるのは、睫が長いからだろう。
そいつ――エンペルトは、帽子の縁を器用に持って振って見せた。

「玉蜀黍の皮と髭取ってんだよ」
「育ててるの?」
「俺の主人が」

カナワタウンにある小さなログハウス。そこが、俺と俺の主人の家だ。エンペルトとの距離は、俺が今テラスにいるということで五メートルくらい。階段を探すソイツに、俺は顎でしゃくってみせた。
二分後、距離が十センチにまで縮まる。

「観光客か」
「そうね、そんな感じね」
「ご主人は」
「あそこで写真撮ってる」

あそこ、とはおそらく車庫のことだろう。列車をぐるりと一周するように作られた高台。橋の上は絶好の撮影場所になる。
新聞紙の上に乗せられた玉蜀黍と、皮と髭。ギッシリと実が詰まったそれを見て、エンペルトは目を輝かせた。

「形は悪いけど……おいしそうね」
「そりゃ、採られる寸前までついてた物の方が美味いに決まってる」
「そうよね。売られている物は悪くならないように早い時期から採られるものね」

太陽が雲から出てきて、周りの気温が一気に上昇する。遠くから聞こえるのは、蝉だろうか。

「ねえ」
「何だ」
「一本もらってもいい?」

俺は玉蜀黍を見つめた。今日収穫したのは全部で十本。これを近所に少しずつ分けながら、自分達も食べる。全ては食べきれない。だけど、大地の恵みに敬意を払って、捨てることは絶対にしない。
分けるか、食べるか。その二択。
――だけど。

「ギブアンドテイク」
「!」
「何もしていない奴が、何かしたやつから貰うには、それ相当の何かを預けなくてはならない」

エンペルトはなるほど、という顔をした。そしてそうだ、という顔をして帽子から何かを取り出す。

「はい」
「……これは?」
「ライモン遊園地、プール無料チケット」

ライモンシティに巨大な遊園地があることも、そこに多数のアトラクションがあるプールが出来たことも自分は知っている。ただ、行こうと思えばサザナミタウンへ行けるため、ピンと来ない。
そもそも川の匂いに慣れているため、カルキ臭い、人が多いプールに自ら行く気にならないのだ。

「ダメ?」
「……」
「ダメなら他にもあるけど」

そう言って帽子の中から色々取り出す。どこぞの四次元ポケットのようだ。だがそれはほとんどチケットや引換券の類だった。たとえば、『マウンテンバイク引換券』『ライモンミュージカル無料観覧券』『リトルコート招待券』『ライモンジム主催・ファッションショーチケット』など、何処から手に入れたんだと突っ込みを入れたくなる物の他に、『ロイヤルイッシュ号年間フリーパス』など、このエンペルトの主人がどんな人物なのか何となく分かるような物まであった。

「……住む次元が違うな」
「これとかそうそう手に入らないわよ」
「使う機会も無いだろうな」

ため息をついてふと、帽子の影に隠れている一枚に目が留まった。白だったため、持っている本人も気がつかなかったらしい。

「それは」
「あ、忘れてた。えっと……『モーモーミルク一ダース無料券』」
「それがいい」

即答したことに驚いたのか、一瞬ぎょっとした目を向けられた。だが今俺がしていたことを踏まえて納得したのだろう。コクリと頷いて券を差し出した。
ついでにこちらも玉蜀黍を差し出す。

「はい。等価交換、ね」

微笑むエンペルトを見て、少しだけ自分が見ている世界が広がったような気がした。

―――――――――――――――――――

青の世界。
肌を撫でる感触は真水とはまた違った物。それは太陽の下に出れば小さな針のように肌を突き刺す。
目を開ければ、それは時に光を失わせる。

「……」

向こうから水色とピンクの群れが泳いできたのを見つけ、ミドリはさっと身を翻した。なるべく波を立てないように静かに泳ぐ。
足に絡みつくような感触がないことをないことを祈りながら、少しずつ浜辺の方へ戻っていく。二十メートルほど進んだところでそっと振り返れば、二色の影はどこにも見当たらなかった。
少し安堵の息を漏らし、再び進む。
やがて、足がつく場所まで来ると、ぷはっと水面に顔を出した。

「ふう……」

シュノーケルを外す。空が青い。雲が白い。水は体を押し、時折飛沫を上げる。目を少し凝らせば、ポケモンセンターの赤い屋根が見えた。
ここはサザナミタウン――のビーチから少し離れた場所。丁度サザナミ湾に面した、下に海底遺跡が沈む、いわゆる『穴場』の浜辺だ。
ブイはないため、その気になれば何処まででも泳いで行けるが、先ほどのように海難事故につながらないとも限らない。そのため、『自己責任』という言葉がつく。
ジャローダを連れて来ても良かったのだが、高貴という言葉が相応しい彼にとって、海水は自分の体を蝕む天敵。
かと言ってフリージオを連れて来ても、水蒸気になるだけで役に立たない。
そこで、多少の危険を覚悟でボールを預けて一人で来ていたのだ。

「ユエさん誘ってもよかったんですけどね」

浜辺に上がり、持参していたサイコソーダを口に含む。脳裏に浮かぶのは、コンクリートで囲まれた街の一角で珈琲を入れる一人の女性の姿だ。
あのバクフーンもさぞかしへばっているだろう。だが彼女には仕事がある。ミドリは既に手に職をつけているため、卒業してそのままデザイナーの道を進むことにしていた。
高校三年の夏。思えば、あれから五年ちょっとが経っていた。

「……暑いなあ」

パラソルの下は比較的涼しい。風も弱く、波は穏やか。髪から滴り落ちる雫が、砂に跡を作る。

「水タイプ、か」

鞄から空のネットボールとダイブボールを取り出し、ミドリは立ち上がった。


―――――――――――――――――――――――
目の前には実が全てこそぎ採られた玉蜀黍。×二本。そして今、三本目に手が伸びた。一心不乱に齧り続ける姿は、さながらネズミのようである。

「……紀成」
「ん?」
「食べれるの?それ」
「うん」

紀成の好物。季節によってそれは変わるが、夏は玉蜀黍に限る。祖父が育てているのもあって、夏休みは毎日のように食卓に並ぶ。今日も十本近く収穫し、三本は紀成の腹に綺麗に収まる。
しばらくして、もう一本茎が皿の上にごろりと転がった。

「ごっそさん」
「……はい」

受験が書類を残すだけとなった夏休み。宿題はゼロに近い。かと言って一人旅もできない。もっぱらペンとキーボードと携帯を相手にする毎日だ。
音楽選択者なら文化祭のミュージカルの練習があるが、美術選択者はそんな物は無い。
……少々退屈である。

「ポケモンの数匹も描けるようになっとくかー」
「ダイエットもするんでしょ」
「してるよ。毎日走ってる」

家族旅行の予定もある。八月上旬に友人との予定も入っている。
さて、最後の夏はどうなるのか。