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  [No.2766] 黒羽根と紫影 投稿者:teko   投稿日:2012/12/01(Sat) 17:13:42   74clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 六枚の黒い翼と三つの頭をもつそれは、チャンピオンロードの奥の奥深くに眠っていた。
 彼は夢の中ですら考える。自分は――。


 彼の寿命は長く、人間の寿命とは比較できないほどの長さのものである。もちろん、龍族は人間だけでなくどのポケモンと比べても長い寿命を持っている。
 しかし、彼らの難点は寿命が長いがための成長速度の遅さである。非常にゆっくりと、長い時間をかけて彼らは成長する。当然、成長しきる前に死ぬ個体数も多い。自力で餌をとることが出来るまでに死ぬ個体数が大半である。餌をとることができるようになったとしても、強い力を持たず、僅かな環境の変化によって弱り死んでしまったり、時には他のポケモンに襲われて死んでしまうこともある。
 さらに言えば、彼らの生息できる場所は年々減少の一途を辿るばかりである。そして、彼らは卵を産み、あたため孵すまではするがその後、子供には全く関わらない。龍族の中でも凶暴なことで知られる彼らは偶然出会った同族が自分の子だと知らず、噛み殺してしまうケースも珍しくはない。
 そんなことで、今日サザンドラ一族の個体数は目に見えるように減っている。

 彼は幸運な固体だった。運良く、頭を一つ、二つと増やし、サザンドラへと成長することが出来た。サザンドラになってしまえば、餌の有無や他のポケモンのことなど気にする必要はない。その強い力でどんなものでも圧倒することが出来る。怖いものなど何一つないのだ。
 
 しかし、彼は不満だった。彼は仲間が欲しかった。しかし、サザンドラはこのチャンピオンロードに自分しかいないことはもう分かっていた。昔は数匹のサザンドラが生息していた。一時期は十数匹のサザンドラが同時に生息していたこともあったくらいだ。
 変り始めたのはいつからか。洞窟の中に道路のようなものが出来、人が大勢行き来するようになった。洞窟の生態系はそこで一気に変わった。彼ら一族はここにしか生息していなく、個体数も少ないせいもあり、人々は彼ら一族の多くを捕獲した。そこでさらに個体数が減った。捕獲した人間は、非常に敏感である彼ら一族を育てきれず殺してしまうか、その凶暴さに手がつけられず逃がしてしまった。逃げた先で環境になじめず命を落とした彼らが、やむを得ず射殺された彼らが、一体どれくらいいるのだろうか。
 新たなサザンドラ――彼の伴侶となるべくサザンドラが現れなければ、野生の同族は恐らく絶滅してしまうことだろう。

 いや、彼は伴侶となるものでなくともよかったのだ。幼き同族を求めていたわけでもない。彼はただ、仲間が欲しかったのだ。共に過ごしてくれる仲間が欲しかった。けれど、長く生きてきた彼はすでにとっくに気づいてはいたのだ。自分に近づいてくる者などいないということを。

 六本の翼はまるで熾天使のような美しいシルエットだ。けれど、黒く塗られた翼はそのイメージを一気に堕天使へと変える。口からのぞくその鋭い牙は何百もの生物を屠ってきた。太く、長い尾をゆらゆらと揺らし、空を泳ぐ姿に恐怖を抱かずして何を抱くであろうか。
 双頭であった頃にあれほど見たいと懇願したこの世界は、はっきりと見えるようになった今ではもう見たくもない世界に変わっていた。自分の姿を見た者の表情が怯えで強張る瞬間を誰が見たいと思うだろうか。近づけば、悲鳴を上げて去っていく後姿を誰が見たいと思うだろうか。

 彼は小さくため息をついた。
 壁にあいた穴に身体をすりこませ、洞窟の外へと出る。そのまま、チャンピオンロードを見下ろすかのように高い高い空へと上昇していく。
 満月の夜。星の煌く夜空溶け込むように彼は飛んだ。羽音も、声もたてず、ひっそりと。彼は上空から大地を見下ろして、もう一度ため息をついた。

 大地はこんなににも広いのに、自分と関わる者は一人もいないのか――。そう考えて彼は悲しくなった。



「何してるの?」
 突然、彼の耳に飛び込んできたのは陽気な明るい声であった。もちろん、ここは空中。それもかなりの高度の場所。普通の鳥ポケモンがいて普通な場所ではない。彼は耳を疑った。
「まだ、僕の姿見える?」
 声のしたほうへと彼は視線を向ける。もともと洞窟住まいで、目の隠れていた彼は、今でこそぱっちりと目は開いているがそこまで視力は良くない。目をこらして声のした方向をじっと見つめると、夜の闇に混じるように、そこにいたのは紫の影であった。
「見えたか。よかった」
 影は笑った。
「お前は――?」
「僕?僕のことなんてどーでもいーよ。それより、どうしたの?ため息なんかついちゃってさ」
 彼は戸惑っていた。誰かと話すなんてほとんど初めての経験だったからだ。彼の左腕は思いっきり身体のほうによりきり、戸惑った表情を浮かべている。けれど、彼の右腕は震えつつも僅かな笑みを浮かべていた。
 彼は確かに戸惑っていた。だが、それ以上に彼は嬉しかったのだ。誰かに話しかけられることが。自分を怖がっていない者が、この世界にいることが。
「お前、俺が怖くないのか……?」
「怖いよ」
 影ははっきりと言った。表情を変えることなく、笑顔のままで。そして、影は続けた。「だって、僕ゴーストタイプだもん。牙は怖いんだよ」と。
「なぁ、お前はどうしてこんな場所にいるんだ。何をしている」
「旅だよ」
「旅?」
 旅は人間のするものだ。旅をするポケモンなど、人間について回っているポケモンくらいしかいないだろう。野良のポケモンが旅をするメリットなど一つもない。環境に順応できなければポケモンは死ぬ。行く場所が安全とは限らないし、人間に捕まり駆除される可能性だって高い。 
 ポケモンとして、ただ毎日食べ、眠り、暮らしていけばいい――いい。

「旅はいいよぉ。いろんな世界が見られる。いろんな世界を見て、全部見るのが僕の夢」
 まぁ、実際無理なんだけどね! と、影は照れくさそうに笑った。その笑顔がとても俺には眩しく見えた。毎日、ただ過ごしている俺と違って、毎日をきちんと生きている。そんな気がした。
「君はここ以外の場所を知ってる?」
「知らん。行ったことがない」
「そんな、キレイで立派な翼を持ってるのにぃ? 宝の持ち腐れじゃん」
 
 キレイだなんて言われたことなどなかった。自分を褒められたことのない彼にとっては、この影の言葉だけで人生で一番幸せとも思える感じであった。
 ずっと、一人で閉じこもっていた彼には衝撃的なことだった。

 自分を怖がらない者が世界にいるという発見。
 誰かと関わることができる嬉しさ。


「旅に出ようよ。世界は、ここだけじゃない」


 そして、広い世界があるということ。


 必要なのは、背中の翼で羽ばたき始めることだけ。



 夜の澄んだ空気を切り、彼は生まれ育った故郷へ背を向けた。そびえたつ荒々しい山が飛び立つ彼を見送っているように見えた。三対の翼が大きく羽ばたき、顔に風が当たる。その風にはかいだことのない、初めての香りが混じっていた。
 知らない土地へ、知らない者へ――。彼の顔は未だ不安に満ちている。けれどその下の双頭は、希望に満ち溢れた目をしていた。




投稿したことあるんでしょーか?なんか、はっくつしたので久しぶりに投稿してみました
ダブリだったらごめんなさい