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  [No.2841] 弱い犬ほどよく吠える 投稿者:WK   投稿日:2013/01/11(Fri) 18:05:02   139clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「犬が吠えて、何が悪い」

ドーベルマンの横顔のシルエット。目の部分は少し鋭い三角。周りは円が囲み、ぐるりと文字が記されている。
『The watch dog of a net』
彼らは単独で行動する。飼い主からの命令には背いてはならない。時々背く者……というか、ほとんどが好き勝手に行動するので、忠実とは言えないかもしれない。
だが、彼らは犬だ。世界に張り巡らされた網を守る、番犬だ。
迂闊に手を出せば―― 噛み付かれる。それが、どんな目的であろうとも。


バタバタと階段を上がってくる音を感知し、レディ・ファントムはモニタの中で目を開けた。スマートフォンに変えてからしばらく経つが、ここの住み心地は抜群だ。少なくとも、ガラケーよりずっと体が軽い。今だって音楽と同居しているのに、散歩することだって可能だ。
バキッ、グシャッという音と共に、キナリが部屋に入ってきた。スマートフォンの充電器を引き抜き、そのままパソコンから伸びているコードに繋げる。ふと彼女の足を見ると、ジグソーパズルのピースが数個ひっついていた。以前弟が作っていた物だろうと思い、やれやれと首を振る。
そんなレディの仕草に気づいているのかいないのか、キナリはしきりにキーボードを叩いている。その瞬間、レディはスマートフォンからパソコンの内部へと移動していた。

「朝から騒々しいな。事件か」
「ヒイラギさんに頼まれた仕事、期限今日までだったの忘れてて……」
「……内容は?」
「第三地区に巣食っているウイルスと、そのウイルスの製作者を探知すること」
「……」

首と手を鳴らす。こういうのを人間臭い、と言うのだろうなと思う。『頭脳』を入れられて早一年半近くが経過しようとしていた。正しくは一年五ヶ月と二十五日十六時間二十三分四秒。人はここまで正確には出さないし、出せない。出そうともしないだろう。

(三ヶ月くらいまでは自然と正確な数字を出すことを優先してたんだけどね……)

ネットワークにアクセスし、そこに自分をインストールするまでレディは暇だった。立ち上がり別のサイトを開く。本来ならば容量オーバーでダウンするところだが、このパソコンは最新型だ。そこまで重くなることはない。

「レディ!変なサイトは開かないでよ!」
「分かってるよ」

釈迦に説法。レディはフリーアクションゲーム『F×F』を呼び出した。あらかじめ音量は最小にしてある。目がチカチカする。
『使用アバター』のページに入り、目を閉じている少年を呼び出した。

「morning、リン」
「……」

返事はない。レディと違って、呼びかけられた時に反応するプログラムは持ち合わせていないからだ。
誰かがキーボードで操らない限り、動かない。動けない。
所詮はマリオネットに過ぎないのだ。

「レディ、準備して!繋がったから」
「了解」

名残惜しげにページを閉じ、デスクトップに戻る。用意されているプロテクトや攻撃プログラムを装備し、ネットワークへの侵入を試みる。

「『シークレットネットワーク、アクセス開始。0……20……50……90……
complete』」

キナリが一旦立ち上がった。部屋のドアを閉めたのだ。ここから先は、このコンビしか知らない空間となる。
誰も、知ってはならない。

「『go!』」

黒のトンネルの中を、緑の流星たちが走っていく。彼らの流れに逆らって、レディは飛ぶ。
長い髪が靡く。
着いた場所は、既にウイルス達によって占拠されていた。念の為ガスマスクを装着する。

「『ナウシカ』みたい」
「冗談言ってる場合じゃない。とりあえずこれを焼かないと、倒せる物も倒せない」
「火炎放射器でいいかな」

コードが打ち込まれたらしい。腕の中に火炎放射器が落ちてきた。火力を最大にして、スイッチを入れる。
爆発音と共に炎が噴射された。みるみるうちに胞子が燃え尽きていく。このまま放置しておけば、万が一どこかに亀裂が走った時にそこからウイルスが漏れ出てしまう。
ここは広大なネットワークの遥か端っこだが、油断はできない。

「……よし、こんなもんかな」
「レディ、前!」
「!」

焼き尽くしたと思ったら、その当事者達が現れた。どれもカラフルな風船のような形をしている。

「どうする?」
「多分こいつらは元じゃない。もっと奥にデカいのがいるはずだ」
「だよね」

言いながら装備しているブーツで一つ一つ割っていく。割った時に出る破片は火炎放射器で焼き尽くす。
レディが戦っている間、キナリはあまりすることがない。危険な時にはセキュリティを強化したり、本部の方に現状報告をしたりするが、今のところ順調である。
何を思ったのか、キナリはiTunesを開いた。

「……」

割尽くしたレディは、ギターの音が聞こえてくるのに気付いて眉をひそめた。続いてタップとクラップ。頭の中にあるデータを組み合わせると、フラメンコに使う音楽の一種かと思われる。いや、そんなことはどうでもいい。

「何やってんの」
「いや、雰囲気が必要かと思って」
「……私、時々アンタのこと分からなくなる」

無駄口を叩いていると、一際大きな影が蠢いていることに気付いた。ハッとして振り向く。緊張が走る。
その姿を見た時、げ、と嫌そうな声を上げたのはキナリの方だった。すぐにキーボードの音が聞こえてくる。分析しているらしい。
パシン、とエンターキーを押す音が響いた。

「……新種だ」

データに無いウイルスが現れた場合、二人には削除の他にもう一つ、仕事が自動的に与えられる。それは難易度を上げるものであり、とても面倒なものでもある。
データ採取。
そのウイルスが『俗世間に』認知された時のために、ワクチンを作る必要があるのだ。進化したウイルスでは、元々のワクチンでは対抗できない。そのため、彼らには『ウイルスハンター』の別名もある。

「どうする?一旦引く?」
「いや、向こうは既にこちらの存在を認識してる。ここで引いたら、すぐに私の力量を調べて対策を練ってくる」
「それはこっちも同じだけどね」
「まあね」

レディが構えた。相手は何もしてこない。自我は無いのだろう。『侵入し、ウイルスを撒き散らせ』―― それしかインプットされていない。
飛び跳ねた。ブーツの踵が相手の頭にクリーンヒットする。血の代わりにウイルスが飛び散る。なるほど、と二人は同じことを考えた。自分が攻撃されても、中身を飛び散らせればいいわけだ。
火炎放射器はまだ持っていたため、炎を出しながら攻撃していく。散々蹴り上げ、見る形もなくなった相手を見て、レディはため息をついた。
この光景を、製作者は何処かで見ているだろうか。見ていたとしたら、何を思っているだろうか。
全てが飛び散った。最後に何処を見ているか分からない目を潰して、焼き尽くす。それと同時に、周りが明るくなった。ウイルスを除去した証拠だ。

「ウイルス消去、100%を確認。お疲れ」
「今回の件、どう報告する?」
「新種にしては簡単だったから、多分向こうも暇つぶしの引きこもりが作ったって判断するんじゃないかな。……ま、それにしたって面倒事を押し付けてきた落とし前はしないとね」


数分後、キナリは本部に報告メールを出していた。返ってきた答えはただ一言―― 『了解』。
これから彼らはログを確認し、製作者を割り出すのだろう。だがその働きが俗世間に騒がれることは一切無い。

「……『網の番犬』、か」

痛くなった指をほぐし、キナリはポツリと呟いた。


網の番人。
大企業『柊財閥』の下で動く、主にコンピュータ関連の仕事を扱う組織のこと。
ただしそれは世間一般には公開されておらず、柊財閥の人間も知っている者はごくわずかである。
そしてその人間の中でも、AIの研究者が考え出したあるプロジェクトに関わる子供を、網の番犬と呼ぶ。
キナリも、その一人だ。

レディ・ファントムとは、キナリが育てているAIの名称である。正確にはAIをインストールしたアバターの名前がレディであり、それによってレディは自力で話すことも動くこともでれる。喜怒哀楽を持ち、キナリをパートナーとする。

番犬は、機密とされているAIを育てる人間に抜擢されるのと引き換えに、ネッツとワークに巣食うウイルスやハッカーを潰すことを命じられる。
それは決して、誰にも話してはならない。もし話したりするとどうなるのかは――

誰も知らない。


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ワードの方で書いているオリジナル話をちょっと投稿してみる。
みんなの反応が見たい。