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  [No.3637] 灰色のピアニスト 投稿者:WK   投稿日:2015/03/19(Thu) 21:06:42   96clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ポケモンだって、人と同じ仕事をしている。
 何言ってんだお前、と言われるかもしれない。だけど考えてみて欲しい。格闘タイプのゴーリキー。彼らが引っ越し屋さんや運送業者で働いているのを、一度は見たことがあると思う。
 人からしたら、ポケモンの手を借りているわけだけど、ポケモンからすれば、人と同じ仕事をしているのだ。
 他にも発電所で働いているコイルやエレブー、花屋で働いているフシギバナ、工事現場で働いているワンリキー。職場の人がゲットしたポケモンではあるけれど、彼らは人と同じ仕事をしている。
 休憩時間もあるし、お給料という名のエサもある。
 でもこれらの例は、誰もが考え付く物だ。人の手が入っている。

 私は前に、孤高のピアニストとして生活しているポケモンを見たことがある。

 彼の演奏は素晴らしい。その太い指と短い腕と、ペダルを踏む足がないのを物ともせず、美しいメロディを奏でる。後で知ったけど、ペダルを操るのは自分の技”かげうち”だ。ペダルを壊さないように、絶妙な力加減でペダルを押す。
 その一つの赤い目は、鍵盤を弾く自分の手と、目の前の楽譜を交互に見る。楽譜を捲るのはやはり”かげうち”だ。影を器用に操り、演奏に支障の出ないように素早くページを捲る。
 聞き惚れている観客は、そのうち弾いているのがポケモンだということも忘れてしまう。天才ポケモンピアニスト、という肩書きなどどうでも良くなってくる。ただ、その演奏を一音漏らさず聴きたいという思いに駆られるのだ。
 彼は人の言葉は話せない。しかし、筆談できる程度の言葉は知っている。演奏が終わった後、スタンディングオベーションを受け立ち上がり、一礼をする。傍の机にあったスケッチブックを手に取り、文字を書く。
 その文字は感謝の言葉だったり、次の曲名だったりする。そして静かにそれを置き、再び鍵盤に向かう。
 手がまごつくことは、ない。

 彼にトレーナーは存在しない。かつて、彼にピアノを教えてくれた人間はいても、自分を所持している人間は誰もいない。マネージャーという存在もいない。
 いつもピアノがある場所に現れ、勝手に弾いて帰って行く。それが調律されていなければ、弾かずに帰って行く。ホールに鍵が掛けてあっても、気にすることじゃない。
 彼はゴーストタイプだ。彼の前では、障害物など無いに等しい。
 ホールだけじゃない。放課後の音楽室に現れたこともある。
 それがその学校の七不思議として認定されたのは、そこの生徒なら誰もが知っていることだ。『放課後、誰もいないはずの音楽室からピアノが聞こえて来る』と。
 ちなみにそれを聞いた音楽室の先生曰く、曲目は『幻想即興曲』だったらしい。

 私は、彼と会話したことがある。演奏が終わればそれこそ幻のように消えてしまう彼を追って、どうにか話をすることができた。
 熱心に感想を語る私に、彼は少しだけなら、と私の質問に答えてくれた。
 沢山聞きたいことがあったが、三つに絞って聞かせてもらった。
 一つ。どうしてピアニストとして生活しようと思ったのか。
 二つ。一番好きな曲は何か。
 三つ。誰からピアノを習ったのか。
 彼はその質問に答えてくれた。見せてくれたスケッチブックには、カクカクした文字でびっしりと答えが書いてあった。
 次の文は彼の解答そのままだ。

『一つ。これは単純にピアノが好きだからだ。いや、音楽が好きなんだ。
 知られていないだけで、演奏できるポケモンは割と多い。私は各地を回って来たが、歌を歌うだけでなく、ドラムやフルート、中にはコントラバスが弾けるポケモンもいた。
 しかし彼らは、その特技を出すと大好きな曲が自由に弾けなくなると考えている。その才能に目を付けた人間によって、金儲けの道具にされることを嫌がっているのだ。
 しかし私は、あえて人前で演奏することを選んだ。観客がいた方が演奏に身が入るからだ。
 ポケモンに金は必要ない。食事さえあればいい。演奏が終わった後、木の実を投げてくれればそれでいい。
 ホールに度々現れるのは、たまには良い場所で弾きたいと思う時があるからだ』

『二つ。一番好きな曲。これは難しい。ペトリューシュカもいいし、幻想即興曲もいい。しかし弾くのではなく、ただ聴くだけなら夜の女王のアリアがいい。
 一度、これを歌ったムウマ―ジがいた。終わった時には、観客だけでなく演奏者全員がその場に倒れていた。本人はとても楽しそうだったがね』

『三つ。』

 私が彼が書くのを見つめていたが、ここで筆が止まった。何かを書こうとしては止め、書こうとしては止めを繰り返している。しきりに考え込んでいるようにも見える。
 もしかして、触れてはいけない琴線に触れてしまったのだろうか、と思った矢先、彼が少しずつ書き始めた。

『習ったのではない。彼女が弾いているのだ』

 最後の質問の意味が、未だに私はよく分かっていない。
 ただ、ピアノを弾いている時の彼の表情は(分かるのかって話だけど)、とても幸せそうだ。ピアノを弾けることが何よりも幸せという顔だ。
 そういえば、この前招待状が来た。今度カロスで行われる、コンサートの招待状だ。ミアレシティの巨大なホールで行われるらしい。
 演奏者は全員、ポケモンだという。マスコミはおろか、一般客さえ立ち入り禁止の、完全なる招待制コンサートらしい。
 ピアニストとして彼が出るという。とても楽しみだ。


  [No.3644] 素敵なお話 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2015/03/21(Sat) 06:31:27   62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「彼」の生き様がいいなあと思います。金などいらない、木の実を投げてくれればそれでいい。というのが。
ポケモンだって人と同じ仕事をしているという書き出しも好きです。
こういう視点が変われば……みたいなものの見方は世界がグッと深まる気がします(ちょっと大げさかもしれませんが)
「彼」はまたどこかでピアノを弾いているんでしょうね。


  [No.3645] Re: 素敵なお話 投稿者:WK   投稿日:2015/03/21(Sat) 16:06:12   65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 コメントありがとうございます!

> 「彼」の生き様がいいなあと思います。金などいらない、木の実を投げてくれればそれでいい。というのが。
> ポケモンだって人と同じ仕事をしているという書き出しも好きです。

 弾きたいから弾いている、人の価値観などいらない。でも時々観客が欲しい、みたいな心中なんでしょうね。
 こう考えると、ポケモンって大変ですね。自分では普通のことをしているつもりなのに、それが人の目から見るとびっくりすることだったりして。


> こういう視点が変われば……みたいなものの見方は世界がグッと深まる気がします(ちょっと大げさかもしれませんが)

 小さい頃に考えていた話に近いです。ポケモンの世界で、ポケモン同士話したり演奏したり料理したり。
 人がやっている『当たり前』のことを、ポケモンにさせてみました。楽しいです。

 高校時代に思いついてから、形にまとめるまで実に三年近くが経過してしまいました。もう少し掘り下げたかった。

 ありがとうございました!