[掲示板へもどる]
一括表示

  [No.3682] ギフトパス(一) 投稿者:メルボウヤ   投稿日:2015/04/06(Mon) 21:06:15   121clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:BW】 【サンヨウ】 【送/贈】 【捏造】 【俺設定】 【批評はご勘弁を…
ギフトパス(一) (画像サイズ: 449×571 39kB)

※捏造や俺設定がターボブレイズ
※筆者はBW2をプレイしておりません。2と辻褄の合わない箇所があっても、目を瞑って頂ければ幸いです。










 夢の跡地への往路で、私は一人のポケモントレーナーとすれ違った。
 まだ糊が落ち切っていなさそうな服を着た、ポニータテールが可愛い女の子のトレーナー。その足下を、彼女が履いているブーツを追うようにして、橙色のポケモンが歩いて行く。
 あれは確か……そうそう、火豚ポケモンのポカブね。
 女の子の衣服とポカブの毛艶がぴかぴかなのを見る限り、つい最近旅立ったばかりなんだろう。どちらも「旅が面白くてしょうがない!」と言わんばかりの、見ているこちらまで楽しくなってくるような、きらきら輝いた表情だった。
 それにしてもこのタイミングで、炎タイプのポケモンを連れたトレーナーと会うなんて。なんだかこの出会いが偶然の産物だとは思えなくて、私は無性にドキドキしてきた。
 あの二人に頼んだように、この子にも彼の望みを、託してもいいだろうか? この子は彼の願いを、叶えてくれるかな。
 ――まぁ、話してみないことには通る提案も通らないわよね。
 そう自問自答した私は、街へ向かおうとしている女の子に駆け寄ると、こう声をかけた。

『ねえねえ あなた
 この ヤナップが ほしい?






 イッシュ地方東の陸地に点在する市町村の一つ、サンヨウシティ。
 私はこの街でポケモンジムと同等の注目を集める場所、カフェレスト『三ツ星』に勤めている。勤めていると一口に言っても、私は実質、下働きなんだけどね。
 三ツ星専属料理人を両親に持つ私は幼少からこの店に慣れ親しみ、営業に支障を来さない程度の――主に掃除を手伝っては、試作品をご馳走になったり、時にはお小遣いを頂いたりして過ごしていた。
 その流れで現在も、幼少期に比べたら高度な、それでいて正式な従業員からすれば雑用に分類される、微々たる仕事をいくつか任されている。

 多分これから先も私は、この街この店で、こういう仕事をして生きて行くんだろうなーって、至極当然のように……だけど、どこか釈然としない気持ちで、平凡な日々を送っていた。


「それじゃあメイちゃん、薔薇の棘とかに気をつけて行って来てね」
 と、緑の髪の男の人がにっこり笑顔で言えば。
「チョロネコにちょろまかされんなよ、オレら責任持たないかんな」
 と、赤い髪の男の人が悪戯っぽい笑みで続け。
「寄り道せずに、ミーティングの時間までには戻って来るんですよ」
 と、青い髪の男の人が口元に微笑を浮かべた。

 私に課せられた本日一番の仕事は、街外れの林へ食材を調達しに行くこと。その指示を出したのが、店を発とうと裏口を出た私に声をかけてきた、このカラフルヘアーの三人組。オーナーの息子さんであるデントさん、ポッドさん、コーンさんだ。
 店に馴染みがあるのと同様に、私は彼らとも小さい頃からの顔馴染み。私より二歳年上の彼らは、街の女の子たちからは『イケメントリオ』だなんて持て囃されているけど、私からして見れば精々『近所の気の好いお兄さんたち』だ。と、いうようなことを以前友達に話したら、「贅沢」とか「損してる」とか言われた。損してたんだ、私……。
 って、そんなことはどうでもいいのよ。

「分かってますよ。じゃ、行って来まーす」
 忠告は勿論、わざわざ見送りに来てくれたことにも礼を言うと、ポッドさんとコーンさんが同時に頷き、遅れてデントさんが鷹揚に二度頷いた。
 顔立ちや体形なんかはそっくりな三つ子なのに、こういうちょっとした場面で息が合わないのを不思議に思いつつ(合ってないのはデントさんだけだけどね)、ヨーテリー二匹分くらいの籠が付いた荷車を押して、私は街の東、郊外へ向けて歩き出した。


 聳え立つ塀に一点だけ空いた隙間から場内へ入ると、鉄筋が剥き出しになったコンクリート壁と対面する。赤茶色く錆びた空のドラム缶があちこちに転がっていて、わずかにひび割れた階段の先には、屋根の大半が崩落した二階部分が取り残されている。それら人工物を全て飲み込む勢いで植物が葉を広げており、何匹かのミネズミが、その陰からこちらの様子を窺っていた。

 緑に囲まれたこの工場跡――通称『夢の跡地』は、廃止されて十数年が経っていて、掃除する人も居ない敷地内は草がぼうぼう、伸び放題。今ではポケモンたちの遊び場兼、駆け出しトレーナーの修行の場となっている。
 瓦礫混じりの草むらの中、何度も往復する内に自然と開通した砂利道を辿り、私は跡地の奥へ立ち入った。轍のでこぼこに揺られる度、荷車がカタンコトンと音を立てる。

 五分ほど林間を進行すると、乱立した木々が徐々に疎らになり、前方が明るくなってくる。その先の開けた空間に出れば、甘い香りや爽やかな香り、何種類ものいい香りがふうわりと漂ってきた。
 この香りの正体は、様々な種類のハーブ。ここは知る人ぞ知る、知るポケモンぞ知る秘密の場所。三ツ星の先代オーナー――デントさんたちのお祖父さんが見つけた、天然の香草園なのだ。

「さてと」
 荷車を適当な場所に停め、エプロンの胸ポケットから発注書を摘み出す。
 ヨモギにタイムにローズマリー、オレガノにカモミール、チャイブを十把ずつ。書かれた通りのハーブを花鋏で摘み取り、膝に抱えたバスケットに並べていく。これらは今日の日替わりランチに使用するものだ。
 それから食べ頃の果物も幾つか採って来てほしいと頼まれていたので、香草園より少し奥にある、こちらも天然の果樹園へ足を運ぶ。なんでも、新作デザートの試作品に使うんだとか。
「むにゃあ」
「むにぃ」
 実を生らした低木を眺め歩いていると、不意に四匹のムンナが姿を見せた。始めは遠巻きに警戒しているようだったけど、私がよくここに来る人間だと判ると、ふわふわと飛んで来て傍らの木の実をもぎ取り、集まってむにゃむにゃ食べ始めた。
 急な動作や声で驚かせないようになるべくゆっくり、何事も無かったかのように私は作業を続ける。
 ここは野生のポケモンたちと私たち人間が共有する空間だから、お互いに居心地のいい雰囲気を作らなきゃいけない。人の勝手な都合で、ポケモンを振り回しちゃいけないものね。
 ムンナたちの挙動を横目で観察しつつ、熟した果実をバスケットにしまっていく。程良く重くなってきたそれを抱え直した時、左手首の腕時計が目に入った。
「今日も来るかな?」
 そう呟いた次の瞬間、ムンナたちが現われたのとは違う方向から草が揺れる音がして、直後に紫色のポケモンが三匹、跳び出して来た。
「みゃおーう」
「みゃうん」
「みぃ」
 サンヨウ周辺で一番強い……というか、厄介だと言われる猫のポケモン、チョロネコ。その親子だ。
 可愛らしい仕草で油断させておき、人間や他のポケモンから物をちょろまかす習性が、人々がチョロネコを厄介だと評する理由。私もこの林にお使いに来るようになってすぐの頃は、彼らの手に見事に引っかかってしょんぼりがっくり、店に戻ったら『ポッドさんの いかりのボルテージが あがっていく!』なんてことが何度かあったのよね。
「おはようチョロネコ。これ、いる?」
 バスケットをチョロネコ親子へ差し出す。いつものように代表で近寄って来た父ネコは、後ろ足で立ち上がって籠の中の木の実を三つ取り、母ネコと子ネコに一つずつ手渡した。
 受け取った木の実にまず子供がぱくつき、次に母がゆったりと食べ始める。美味しそうに頬張る二匹を嬉しげに眺め、父ネコは私に「ありがとう」と言う風に目配せしてから、ようやく自分も木の実を口に含んだ。彼らに譲っても構わない分をその場に並べ、作業を再開する。
 打ち解けたとは言っても結局は野生のポケモンだし、必要以上の馴れ合いはしないことにしている。チョロネコ一家もこういう付き合い方に満足してるようだし。節度を守らなきゃ。

「これでヨシっ、と!」
 それから採取を何分か続けた後、注文通りの材料が揃ったかどうかの最終確認を済ませた。朝食を終え、草むらで毛繕いし合っているチョロネコ一家に小さく手を振り、結構な重量になったバスケットを抱え上げる。
「みゃ! みゃおんっ!」
 すると、急にチョロネコの声が投げかけられた。焦ったような驚いたような、鋭い鳴き方。
 何かしら? 何か私の行為に不満でもあったかな。とっさにそんな思考を巡らせながら振り返る。
 その瞬間、視界に映り込んだ生き物。それは私が想像していた紫色の猫たち――ではなくて。
「なっ」
 三つの鮮やかな影が、目にも止まらぬ速さで次々と私に飛びかかって来た!
「えっ? ちょっ……きゃああああ!!」
 飛びかかって来た何者かの重みに耐え切れず、バランスを崩し、真後ろへと倒れていく私……。

 悲鳴に驚いたらしい、マメパトの群れが周囲の木立から一斉に飛び立ったのが、後頭部を草地に打ちつける寸前に見えた光景だった。





「そうですか。帰ろうとした直前に突然彼らに襲われて地面に頭を強打し、のたうち回っている間に果物を食べ尽くされてしまった。と」
 コーンさんが呆れ果てた表情、冷ややかな眼差しで、淡々と私の報告をオウム返しする。
「はい……」
「んで、まとわりついてくる三匹を払いながら採取し直した。けど予想以上に時間がかかって、こんなに遅くなっちまった。って訳か?」
 口調は沈着だけど、ポッドさんのボルテージが上昇しているのは、火を見るより明らか。
「…はい…」
「それは大変だったねぇ、メイちゃん」
 冷静と情熱の狭間で縮こまる私へ、唯一優しく話しかけてくれるデントさんにほっとしたのも束の間。
「でも、どうしてその子たちが、ここにいるのかな?」
 攻撃力ゼロ、純粋に疑問だけを含んだ言葉をかけられた私の胸からは、ただただ罪悪感が溢れた。
「す…すみませーんっ!!」
 へこへこと、頭を下げて上げてを繰り返す私。その背後では三匹のポケモンが、ガツガツモリモリという擬音がぴったりな食べっぷりを披露している……。


「いぃっ……たぁーーーっ!!」
 時は遡って夢の跡地。
「いたたた……なに?! 何が起きたの?」
 強かに地面に打ちつけた後頭部を両手で押さえながら上半身を起こし、訳が解らないまま周囲を見回す。心配してくれているらしいチョロネコ一家とムンナたちが、私の傍に集まっていた。
 彼らは私の無事を確認すると一斉にある方向へ視線を移した。従って私も、痛む頭を撫でながらそちらを見る。
 恐るべき光景がそこにあった。
「わああああーーーっ!!!」
 私と共にひっくり返ったバスケットに色とりどりの三匹のポケモンがたかっており、中に入れてあった果物を貪り食っていたのだ!
「ちょっちょっと、それ私の! って言うかお店の! だめだってば、ヤメ…! あ、あぁぁぁ……」
 絶叫している間にもみるみる果物たちは痩せ細っていき、私の声が消え入るのと 比例して、全て芯と種だけを残した情けない姿に成り果ててしまった。
 げふっ!
 三匹が仲良く揃って気持ち良さげにげっぷをする。
「…………」
 一瞬の悲劇に呆然とする私。と、チョロネコ一家とムンナたち。
 小さな体に似合わず大食らいなこのポケモンたちを、私はよくよく知っていた。私のよくよく知っている人たちがパートナーにしているポケモンたちが、まさしくこの三匹と同じ種族だったから。
 そう、彼らの名前は――

「ヤナップ、バオップ、ヒヤップ」
「なぷっ?」
「おぷー?」
「やぷぅ?」
 呼んだ? とでも言うように、私の方へ振り向く緑、赤、青の小猿ポケモン。少しは悪いことをした、と感じて反省してくれないかしら……そんな無邪気な瞳で見つめてくるだけでなく……。
 とは思うものの、それはちょっと無理な話かもしれない。
 この子たち、同じ『小猿』だけど、デントさんたちの三匹より体が小さい。生まれてからそんなに経っていないのかも。それじゃあ責任が何たるかを解るはずも無い。彼らに責任を求めるのは潔く諦めた。
 そんなことよりも、これ。これよ。この食欲は一体
「どういうことなの…」
 まだ微かに痛む後頭部をさすりつつ、小猿たちの前の、綺麗にすっからかんになった――ついさっきまでポケモンフーズがギガイアス盛りだった――皿を三枚、重ねて手に取った。
「うわすげえ。あれ全部食べたのかよ!?」
「よっぽどお腹が空いてたんだね」
 私の愕然とした声を聞きつけ、テーブルにやって来たポッドさんとデントさんが順番に言い。
「これでようやく帰せますよ」
 コーンさんがわざとらしく首を横に振り、やれやれと息を吐いた。

 第一なんでここに三匹がいるのか、そしてあれだけ食べた上でどうしてギガ盛りフーズを平らげるに至ったのかと言うと。

 例の悲劇の後、大急ぎで果物を採り直すことにした私は、味を占めたみたいでまとわりついてくる三匹を押しのけて押しのけて、採取後もくっついて来るから押しのけて押しのけて、跡地を出ても離れないから追い払って追い払って、それでもやっぱりついて来るから追い払って追い払って…………切りが無かった。
 これ以上タイムロスする訳にはいかないから、以降は追い払うのをやめてしまった。もうどうにでもなれと、ついて来るのを黙過した。
 仕方ないよね? あのまま懲りずに何度も追い払っていたら、益々帰りが遅くなってしまったんだし。だから『ひとまず帰還』を優先した。その結果が次の通りです。

 まるで私が帰還するのを予知したかのごとく裏口で待ち伏せていたカラフルヘアートリオに、と言うかポッドさんとコーンさんに、ひとしきり四十分の遅刻を責められた後(モーニング用の材料調達じゃなくて本当に良かった)、話題は小猿たちへと移行した。
 恐ろしいことにこの三匹。私が一抱えしていたバスケットいっぱいの果物を消化したというのに、まだ足りなかったらしく、怒れるポッドさんと冷ややかなコーンさんを前に項垂れる私の足下で、グウグウグウとお腹を鳴らし続けていたのだ。
「なぷぷ…」
「おぷー…」
「やぷぅ…」
 事情はともかく切なげに声を絞って空腹を訴える三匹を見兼ね、それまでひたすら傍観者だったデントさんが、自分たちの相棒用のポケモンフーズを分けてあげる、と言い出した。
「野に帰すにしたって、お腹を落ち着かせてもらってからでないと、被害に合う人やポケモンが出るかもしれないからね」
 それはまぁ確かに、と当初は餌付けにいい顔をしなかったポッドさんとコーンさんも了承。こうしてギガイアス盛りポケモンフーズが三匹の前に出され、瞬く間に食べ尽くされた、という訳だ。

 遅刻の理由を報告し終えた私は、予期せぬ事態であったということで大目に見てもらった。はずなんだけど。
「しかし、野生のポケモンを引き連れて戻るとは……。本当にしょうがない子ですね、あなたは」
「いっそゲットしちまえば良かったのによ。……あ。おまえ、ポケモンも取扱免許も持ってなかったっけ?」
 青鬼と赤鬼が……あ、いや。コーンさんとポッドさんがなおも口撃してくるの。
 それはもういいですって。すみませんって。
「それよりも皆さん、お仕事しなくていいんですか?」
「他のスタッフに任せてあります。我々には我々の、すべきことがあるので」
「おー。心置きなく、ご指導ご鞭撻されやがれ!」
 二人して勝ち誇った顔してきた。
 まだ口撃されるの!? なんでこの人たちはこうも私に厳しいのか! もう嫌この二人。助けてデントさん!
 普段は大抵傍観してるけど、いざとなったら一番頼りになる三つ子の良心に助けを求め、その人がいるであろう方向を見たら……今まであまり見たことのない必死の形相で、足をばたつかせている小猿たちをまとめて腕の中に取り押さえていた。
「デントさん何してるんですか」
「え、あぁ。この子たちさ、急に動き回り始めちゃって」
 訊ねてみるといつもの穏やかな顔に戻る。
 しかしその刹那! 拘束された三匹が、デントさんの腹部を同時にキック!
 個々の力は弱くても『×3』は流石に痛いのか、呻き声を上げて頽れるデントさんの緩んだ両腕から、バチュルを散らすようにお騒がせトリオ、逃走。
 うーん、ひどい。恩を仇で返すとはこのことを言うのね。
 ――なんて感心している場合ではないと知るのは、その直後のことだった。

 ホールへ続く通路の方に突撃するヤナップ。
「あッ、オイコラそっちには行くな! 行くなってーッ!」
 窓際の深紅のカーテンをよじ登るバオップ。
「ヒィッ! それオーダーメイドの一級品なんですよ!?」
 ワゴンに乗せてあった食器で遊ぶヒヤップ。
「だ、ダメダメ…それで遊んじゃダメだよ。危ないから…」
 辺りは一時騒然となった。
「…えぇぇ〜…」
 人間にしてもポケモンにしても、お腹が膨れたら今度は眠くなって、おとなしくなるものだと思う。なのにこの子たちと来たら、逆に動きが激しくなってきちゃった。並々ならぬ食欲といい、満腹になったら活発になる点といい、この三匹の体のメカニズムは一体どうなっているんだろう。
 それとお三方。そんなに大声張り上げたら「何事か」ってお客さんを驚かせちゃうだろうに、そんなことには構っていられない、と言うか、そもそも気づいていなさそうね……。
「ぐあーッ、ちょこまかと! 全然捕まえられねえ! バオップ、オレの代わりにヤナップを止めてくれっ!!」
「おぷっ!」
「そんなに上まで行かれたらコーンにはもうどうしようもない! ヒヤップ、バオップを連れ戻してください!」
「やぷー!」
「いつつつ…脇腹にいい蹴り貰っちゃったよ…。ヤナップ、ヒヤップから食器を返してもらってくれるかな…?」
「なぷぅ!」
 自分たちでは太刀打ち出来ないと判断した三つ子は、それぞれパートナーのポケモンを繰り出し、小猿たちの暴走を阻止したみたい。

 一方その頃私は何をしてるかと言うと、メインの厨房とは離れた所にある小さなキッチンで、料理してます。

「おまえなんで手伝わないんだよッ!?」
 ポッドさんが、小ヤナップの腕をがっちり掴んだ大バオップと一緒にやって来て、予想通りのコメントをした。
「いえあの、スープを作ってまして」
「はあああ?」
 さっき個人的に使おうと思って採って来たハーブと、昨日の残り物の野菜とを使って、と。
 遅れて大ヒヤップと小バオップ、大ヤナップと小ヒヤップを連れて現われた、若干疲労した顔つきのコーンさんとデントさんにも、同じような台詞を返しておいた。
 怪訝そうに見つめてくる三つ子を(でもデントさんだけはなんとなく合点がいった様子だった)、適当にあしらいながら調理すること数分。
「これ! 飲んでみて」
 出来上がった物をプラスチック製の平らな容器に注ぎ、少し冷ましてから小猿たちに勧めた。しばし不思議そうに眺めていた三匹は、匂いにつられたのか、やがて容器に顔を突っ込みこくこく飲み始めた。
「メイ。これはなんなんです」
「何のスープなんだ?」
 徐々に三匹の飲みっぷりが勢いづいてきたのが気になったのか、コーンさんとポッドさんが相次いで私に問い質す。
「リラックスするスープ、だよね」
 私が言おうとしたことを、デントさんが代わりに答えてくれた。
 そう。私が作ったのは、高ぶっている三匹の気持ちを落ち着かせられるような――静かな森をイメージしたスープなの。
「思いつきで、なんですけどね」
 その一言が余計だったのか、二人は訝しげな顔の眉間にギュギュッと皺を寄せる。なんか、そのー……ごめんなさい。
 思わず謝罪を口にしそうになったところで「論より証拠だよ」と、デントさんが小猿たちを示した。ついさっきまでの溌剌ぶりが嘘みたいに、まったりとした顔でその場に座り込み寛いでいる!
 してやったり! …なんちゃって。
「上手く出来たみたいです!」
 私は笑顔で三つ子の方へ視線を戻す。
 デントさんは私と同じくらいの満面の笑みで。ポッドさんとコーンさんは驚きと感心の顔で、それぞれ私を見返した。


 思いつきで作ったリラックススープが功を奏し、すっかりおとなしくなった三匹の小猿に、私たちは改めて向き直る。
「それじゃ、夢の跡地に帰して来ましょうか」
 お腹も心も落ち着いた今なら、もう外に放しても大丈夫でしょう。テーブルの上に行儀よく座っている三匹を抱え上げようと、私は両手を伸ばす。
「待って、メイちゃん」
 そこへ。デントさんから待ったがかかった。
「なんですか?」
「うん。あのね、サンヨウ周辺にはヤナップ、バオップ、ヒヤップは棲息していないはずなんだ。生態系が崩れる危険性があるから、跡地に帰すのはよした方がいいと思う」
「えっ、そうなんですか」
 言われてみれば確かに、この辺りでお騒がせトリオ以外の野生の小猿を見かけたことは一度も無い。ちなみにデントさんたちが連れている三匹は、三人のお父さんが、隣町シッポウシティの先で仲間にしたのを譲り受けたのだと、以前耳にしたことがあった。
「でもそうすっと、こいつらどこから来たんだ!? って話になるぜ。こいつらの棲息地でここから一番近い場所って言うと、ヤグルマの森だよな。やっぱ迷子か?」
 続いてポッドさん。そうそう、シッポウシティの先にあるのがヤグルマの森ね。「ちょっとそこまで」感覚で森を出て、道を外れて迷い込んじゃった、っていう可能性は高そう。
「いえ、それにしては不安な様子が窺えませんよ。独り立ちするにはまだ幼いようですし。……もしかすると、元は人に飼われていたポケモンかもしれません」
 けれど、後に続いたコーンさんの推測によって迷子説の信憑性は下がり、新説が浮上した。コーンさんの意見を参考にすれば、三匹が私について来たのも人間に慣れているから、という理由で納得がいく。でも捨てられたという感じには見えないのよね、なんとなく。
「ポケモンの言葉が解ればいいんですけどねー…」
 現実味に欠ける発言を試みる。どうせすぐに「何言ってんだおまえ」とか「解る訳無いでしょう」とか突っ込まれるだろうけど、私は切実にそう思って――
「ああっ!」
 と……出し抜けにデントさんが声を上げた。シュバッと席を立って、そそくさと部屋を出て行く。急にどうしたんだろ?
 そして一分経つか経たないかの内に『ポケモンのきもち』と銘打たれた、大きくて薄い本を持って戻って来る。お客さんの忘れ物で、一月経っても落とし主が現われなかったのを、デントさんが処分せず保留にしておいたのだとか。コーンさんが「そっ、それは」と口の端を引き攣らせた。
 事情が解らず首を捻るポッドさんと私の前で、デントさんはぱらぱらと本を捲り、「この辺かな。あったあった」などと言って目的の頁を見つけると、それを片手に小猿たちへ話しかけ始めた。

「きみたちはどこから来たの?」
「なぷっなぷっ」
「ふむふむ。人々の大きな歓声……くるくる廻る乗り物……夜もぴかぴかきらきら……あっ分かった。ライモンシティだね!」
「おぷぷー」
「うんうん。近くの森から……驚きな橋を……白い森と黒い街があって……」
「やぷぷぷぅ!」
「山間の深い森を彷徨って……お腹が空き過ぎてふらふらで倒れそうだったところに、美味しそうな果物をたくさん持った人間が。なるほど!」

 ?

「えっとデントさん? 何を言って……?」
「ん? この子たちの話を訳したんだよ」
「言ってることがよく解んねーぞ」
「……読むとポケモンの言葉が解るようになる本なんです。それ」
 頭上にはてなマークをいっぱい浮かべている私たちに、コーンさんが解り易く教えてくれた。
 へぇ、そうなんだ。ポケモンの言っていることが解るようになる本…………
「え゛え゛え゛え゛え゛っ?!!」
 吃驚して大声が出た私に、すかさず静かに! とコーンさんの一喝が入る。さっきは自分たちの方が騒いでたのに。
「そんなに簡単にポケモンの言葉が解るようになるなんて、魔法みたい!」
 私は興味津々で本を覗いた。するとそこには

 トモダチの瞳の奥に広がる無限の光に明かされぬ遥かなる時の創世の数式に想いを馳せながらピュアでイノセントな心の空をさぁキミも共に飛べ未来へ羽撃け!

 ……というような内容が延々と綴られていた。
 意味不明。理解不能。思考回路はショート寸前。
「得手、不得手がありますよ…」
 ぼそりとコーンさんが言う。コーンさんはデントさんとは違って不得手だったようだ。私も後者だと自信を持って言える。どうしてこんな抽象的にも程がある文章で理解に及ぶんですかデントさんは。
「本読んだくらいでポケモン語が解るんなら、初めっから苦労しないぜ!」
 胡散臭そうな顔をしたポッドさんが、デントさんの手から乱暴に本を引ったくり、巻末を開いた。するとそこには

 【発行】チーム・プラズマ
 【監修】N
 【編集】七賢人

 ……などなど、奇妙奇天烈摩訶不思議な文字の羅列が踊り狂っていた。
 どちらからともなく顔を見合わせるポッドさんと私。
「なぁ、これ……どう思う?」
「すごく……電波です……。」
 コーンさんがハァ、と溜息を漏らした。

 ま・まぁ、奇っ怪な本はそっちに置いておくとして。

 小猿たちから異論(?)が無いのでデントさんの翻訳を信じることにした。要約すると、彼らはサンヨウより遥か西北西にあるライモンシティ近郊の森から、三匹きりで旅をして来たのだという。恐らくさっきの大暴走は、これでまた元気に旅が出来る! って嬉しくなっちゃったからなんだ。
 それにしても旅をしてるだなんて、小さいのに見上げた行動力ね。ポッドさんデントさんも「凄いな」「勇敢だね」だなんて褒めそやしている。でもコーンさんだけはちょっと冷めていて、
「腹が減っては旅は出来ませんよ。そんなに空腹だったのなら、この辺りで少し休んで行かれてはどうですか?」
 だって。
 三匹はウンウンウンと頷いた。ここが飲食店だって解ってるのかしら?
「じゃあメイちゃん、お世話してあげてね」
 残る二人も同意し、なら私も賛成と、つられてデントさんの台詞に頷きそうになった。
「え、私がですか?! ヤナップたちのことなら、三人が詳しいじゃないですか!」
「おまえが連れて来たんだから、おまえがするのはトーゼンだろ。それにオレらはおまえと違って忙しいんだッ!」
「彼らは“あなたに”懐いているんです。極めて順当な結論だと思いますが」
 畳みかける赤鬼と青鬼…いやいや…ポッドさんとコーンさんに、そんなはずは、と言いかけた途端。まるで仕組んだようにお騒がせトリオが私の足下にすり寄り、タネボーまなこ(ヒヤップはちょっと違うか)で見上げてきた。

「なぷっ」
「おぷ〜」
「やぷぅ」

 可愛い。
 素直に可愛い。
 可愛いけど……なんかモヤッとする!!!

「………………」
 しかし、私に懐いているという事実は覆りそうもなく、お店やデントさんたちにご迷惑をおかけした負い目から、反抗もし難くて。
「………………はーい」
 渋々、了承する。
「うん! 決まりだね」
 デントさんのこういう時の笑顔って、ポッドさんの激怒よりもコーンさんの冷眼よりも、余程威力があるわ…。
「後はよろしくね。メイちゃん」

 こうして、私の仕事は雑用から、小猿の世話へとシフトされてしまったのだった。


  [No.3683] ギフトパス(二) 投稿者:メルボウヤ   投稿日:2015/04/06(Mon) 21:09:52   81clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:BW】 【サンヨウ】 【送/贈】 【捏造】 【俺設定】 【批評はご勘弁を…


 あれは私が五歳か六歳くらいの頃だったかな?
 コーンさんがポッドさんに子供らしい悪戯を仕掛けて逆襲に合い、わんわん泣きじゃくるという、今の紳士っぷりからはとても想像出来ない珍事件が多発してたっけ。
 なんで急にそんなことを思い出したかって言うと。
「おぷッ! おぷおぷおぷおぷー!!」
「や…やぷぅ〜! やぷぷぷぅ〜!!」
 この状況が、当時のそれにそっくりだからだ。
「またか…飽きないわね…」
 バオップに後ろからちょこっと水鉄砲をかけて驚かせてみたヒヤップが、猛烈な反撃に合ってわんわん、もとい、やぷやぷ泣きじゃくっている。今日だけでもう三度目。ほんと飽きない子たちだ。
 一度目こそ間を取り持ったものだけど、見ている内にこれは放っておいても大丈夫そうだと気がついて、今は完全に放置してる。だってしばらくすれば、絶えず号泣するヒヤップにバオップが先に折れて、なんとか泣き止んでもらおうと慌てて謝り始めるから。
 この、なんだかんだで結局ヒヤップに甘いバオップの姿も、昔のポッドさんを見ているようで懐かしい気持ちになる。ポッドさんはコーンさんに泣かれると物凄く弱かったのよね。
 少ししてヒヤップが声を収めていき、バオップがもう怒っていないか窺い始める。バオップは常時困っているような顔を綻ばせて、ヒヤップを安心させようと努める。その結果、二匹はあっと言う間に仲直り。ぎゅっと握手を交わした。
 そんな光景を見つめていた私は途端に、現在のコーンさんの十八番・白け顔になる。そんなに仲良しなら最初からちょっかい出したり怒ったりしなきゃいいのにね、と、もっともなことをヤナップに向けて溢してみた。
「なぷ♪」
 隣に立つ木の枝からぶら下がって、同じく二匹を眺めていたヤナップが、私を見て嬉しそうににこにこ笑った。この傍観具合はまさに、デントさんだ。

 昨日、三つ子から小猿の世話係に任命された私は、食事や就寝は自宅で面倒を見て、他の時間は夢の跡地などの町外れに赴き三匹を遊ばせる、というサイクルを現在進行形でこなしている。
 急にポケモンを――それも三匹も家に連れ込むことになってしまい、両親から何を言われるかと心配だったのだけど、二人の反応は随分とあっさりしたものだった。
「父さんたちは全然構わんぞ。一所懸命、頑張ってごらん!」
「メイは自分のポケモンを持ってないし、いい経験になるわねぇ!」
 なんだろう。非常に淡泊。他にもっと言うことあるだろうに。もしかしたら三つ子と裏で何かしら通じていたのかもしれない。現に店の裏(と言うか奥)で常時通じているけども、無論そういうことじゃなく。
 何はともあれ結果オーライだし、勘繰るのはそれくらいにした。

 さて。丸一日一緒にいれば、三匹それぞれの性格や対応を粗方把握出来る。
 ヤナップは一見おっとりしてるんだけど、三匹の中で一番好奇心が旺盛。大体いつも最初に事を起こすのはこの子だ。
 バオップは常に体を動かしている行動派。じっとしてるのが苦手みたいで、せっかちなのかな。あと少し怒りっぽい。
 ヒヤップはお利口さんに見せかけておいて、内実かなり甘えん坊で泣き虫。何かあると真っ先に私の所に飛んで来る。
 彼らは始めから私に懐いていたし、チョロネコの時とは進展の速度がまるで違った。もう、この子たちのことならなんでも聞いて、って感じ。
 今までこれほどの長時間、ポケモンとすぐ傍で過ごしたことは無かったから、色々と発見があったりして(モンスターボールって便利なんだな〜とか、ポケモンって結構臭いんだな〜とか)、なんだか少し楽しくなってきちゃった。
 昨日のあの時点では不承不承だったのに、変化するものだなぁと、我ながら感心してしまう。

「おい、メイ!」
「へ? あ、ポッドさん!」
 跡地の階段に三匹と並んで座り、果樹園で採って来た果物をおやつ代わりにかじっていたら(三匹の食欲と言ったら相変わらず凄まじい。朝も昼もたっぷり食べたのにまだまだ入るみたい)、ざくざくと雑草を踏みしめて、ポッドさんが顔を出した。
 と同時に、すぐ近くまで来ていたミネズミたちがさっと瓦礫の後ろに逃げ隠れ、尻尾を立てた警戒体勢を取る。
「なんだよッ。オレそんな怪しいか?」
 小鼠たちの反応に少々傷ついたのか、どことなく寂しそうに言うポッドさん。
「あんまり見ない人だから驚いただけですって」
 とりあえずそうフォローしておく。
 ミネズミは元々警戒心がポケ一倍強いらしいから、仕方ないと言えば仕方ない。ちなみに私は頻繁にここへ来るので顔を覚えられていて、ポッドさんほどは警戒されなかった。
 数秒経てば、ポッドさんが着ているウエーターのユニフォームから(そんな格好で来たら汚れちゃうのになぁ)美味しそうな匂いが漂って来るのに気がついて、ミネズミたちは鼻をくんくんと蠢かせ、ゆっくりこっちに戻って来た。ついでにお騒がせトリオも食べかけの果物片手に吸い寄せられて行く。ポッドさん、急にモテモテ。
「あの、どうしたんですか? 何かあったんですか?」
 わざわざ訪ねて来るなんて、何か深刻な相談事があるのか、重大な事件なんかが起きたのか。事によってはお騒がせトリオそっちのけで応援に行きますよ。
「別に? 手透きになったから見に来ただけだぜ」
「……そうですか」
 由々しき事態予想は不発に終わった。

「なぷぷーっ!」
「おぷぷーー!」
「やぷぷーぅ!」
 お腹が満たされ体力を取り戻した三匹が、再び跡地の中を遊び回り出すのを、私はぼんやり眺める。小猿たちがいなくなって空いた箇所に、ポッドさんがどっかと腰を下ろした。そうして、私と同じように彼らの方を見る。
 三匹は、辺りに立ち並んだドラム缶を飛び石みたいにして順番に飛び移ったり、屋根を形作っていたはずの鉄筋を綱渡りのようにして、跡地の中を端々まで探険して行った。
「楽しそうだなー」
「楽しそうですねー」
 実の無い受け答え。だけど本当にそうとしか言葉が出て来ないのよ、あの子たちの動き回る様子を見ていると。
 一体、何があの子たちをあそこまでうきうきとさせているんだろう? 考えてみると、昨日デントさんを介して聞いた彼らの経緯が思い出された。

 旅――。

 彼らは独立するにも早い時分で、独立以上に難しい挑戦をしているのだっけ。
 そうは言ってもまだまだ子供な訳だから、高度な判断力は持っていなくて、お陰で行き倒れになりかけたけど……それでも、ライモンシティからここまで三匹だけで来たと言うのは、充分賞賛に値すると思う。
 旅と言う、夢中になれるものがあるから。色々な場所へ行きたい、という目標があるから。三匹はあんなにきらきらしてるのね。
 そんな答えを私は導き出す。
 そして次に考えるのは――そういうものを私は持ってないんだなぁ、という現実。

「目標があるのって楽しそう」
 ふっと、ポッドさんが不可解そうな表情でこっちを見た。
 あ。今の、声に出てた?
 聞かれても問題無い呟きだったので、後に言い訳とか補足だとかは続けなかった。だけどポッドさんは変わらず、食い入るような眼差しで私を見て来る。そんなに変なこと言ったかな?
 互いに一言も発さず、不思議そうな顔を睨めっこのごとく向かい合わせる。十秒くらいそうしたら、観念したのか相手が先に目を逸らし、表情を改めてから口を開いた。
「おまえさ。自分のポケモンを持って、勝負したいって思わねーの」
 想像の網に掠りもしなかった言葉が繰り出され、一瞬「?」となったけど、素直な気持ちで答える。
「思わないですねー」
 私は人並みにポケモンが好きだけど、トレーナーとか勝負とか、そういったことにあまり興味が無い。トレーナーの指示通りに戦うポケモンの姿を見て、かっこいい! とは思うのだけど……自分がそれをやりたいかって言うと、答えはノー。
 勝負を持ちかけられても片っ端から断っちゃうかも。でもそれは相手に失礼だよなー、なあんて考えちゃって……だから私は自分のポケモンを持とうとは思わないんだろう。
 ポッドさんからの問いを受け、私はこの時初めて自分の、ポケモンへの考えというのを掘り下げた。野生のポケモンを観察したり、人が連れているポケモンと触れ合うくらいが、私には合ってるんじゃないかな。
 急に何故そんなことを言い出すのか不思議に思った。けど、直後に思い当たる節があることに気がついた。私の両親だ。
 両親は近頃、私の将来が心配らしい。私がいつまでも、昔とさほど変わらないことを漫然と続けているから。周囲の同年代の子はみんなそれぞれに夢を持って、それを実現するため動き始めているというのに。
 宅の娘は悪い意味で、ちっともブレないんだから――なんて風に案じているのだとか。……そう言われましてもねえ。
 そういった二人の嘆きを、ポッドさんは小耳に挟んだのかも知れなかった。
 だけど、どうして『トレーナー』なんだろう?
「だっておまえ、チョロネコ手懐けたんだろ。あいつらもすっげえおまえに懐いてるし……トレーナーの才能ありそうじゃんか?」
 あいつらも、という所でポッドさんは場内を駆け回る小猿たちを顎で指し示す。
 直ちに「チョロネコは手懐けたんじゃなくて打ち解けたんです」と訂正するも、「似たようなもんだろ」と即切り返された。似てないですって。似て非なるものですって。
「簡単にしてのけたみたいに言いますけどね。チョロネコとの戦いはそんなに甘くなかったんですよ?」
「へー。そうなのか」
 ポッドさんの返答ではたと気がついた。そう言えば、私とチョロネコとの交戦録を誰かに話したことは無かったわ、と。
 折角の機会だし、私はポッドさんに一部始終を話すことにした。

「始めはホント大変でしたよ…」

 ある朝突然カラフルヘアートリオから、夢の跡地へ食材の調達に向かってほしい、との指令が下され、右も左も分からない林へ一人きりで入る羽目になっただけでも泣けるのに――
 愛想良く近づいて来たチョロネコとじゃれていたら、その仲間のチョロネコに採ったばかりの果物を全部盗まれてしまったのだ。去り際に私の注意を引きつけていたチョロネコが、開いた口が塞がらない私に向かって、まるで人間みたいに「あっかんべー」って…………今思い出しても腹が立つッ!!
 店に帰ればポッドさんに散々詰られるし、踏んだり蹴ったり。あそこにはもう行きたくない、チョロネコに会いたくないと訴えてみても、翌日にはまた向かわされてしまうから、さあ困った。あの時ばかりは「頑張ってね〜」なんて暢気に吐くデントさんが恨めしくてしょうがなかったのを覚えてる。

 二度と騙されるもんかァ――!

 決意を固めた私はチョロネコをいち早く発見して回避するために、跡地内では常に睥睨しながら歩くことにした。万が一チョロネコが愛らしく近づいて来ても、「お前たちの手口はお見通しだ」とばかりに睨みを利かせ、諦めさせる。作戦は完璧……のはずだった。
 “あの”チョロネコを造作も無く追い返す、という挙動が余程恐ろしく映ったのか、ミネズミやムンナが必要以上に私から遠ざかってしまって……これじゃいけない、他の策を講じないと、と思い直した。
 避ける方法ではなく、仲良くなる方法。それを見つけなければ!

「それで、チョロネコの関心があるものを探ろうと思って、観察を始めたんです」

 休み時間に跡地へ赴き、遠くからこっそり観察し続けた結果、この辺りに棲むチョロネコたちは爽やかな香りと酸味を特に好むことが解った。跡地の林にはそういった香草や果実が数多く自生しており、それらに囲まれて育ったからなんだろう。私たちが言うところの故郷の味だ。
 そこで早速彼ら好みの食材を用い、ポケモン用のお菓子を拵えて持って行った。彼らは一斉に「なんのつもりだ」と怪しむ目つきを見せたけど、匂いを嗅いで考えを改めたらしい、ひょいひょいとお菓子を持ち去ると全部、みんなで美味しそうに食べてくれたんだ。
 それから一週間ほどの間、お菓子の他にも彼らが好きそうな花をプレゼントしたり、同じ目線になって同じ景色を眺めたりして、毎日少しずつ距離を縮めた。彼らが私に対してそう感じていたように私の方も、彼らに抱いていた警戒心が少しずつ薄れ、消えていった。
 初めて会った日から三週間くらい経って、やっと私は彼らに騙し討ちをされること無く、食材を一つも欠かすこと無く、お店まで届けられるようになった。こうして私はチョロネコたちと信頼関係を築き、彼らとの間に丁度好い距離を作り出すことに成功したのだった。

「仲良くなりたい場合、食べ物を譲り渡すのが一番効果的なのは、人間もポケモンも同じかもしれないですね」
「あー。かもな」
「…………」
 って。ポッドさんてば、人が真面目に話してるのに「へー」とか「ふーん」とか「はーん」とか、気持ちが籠ってない返事ばっかり!
 旧知の仲だからか遠慮が無くて、私に対してお心遣いが結構な勢いで欠けてるのよね、この人。三ツ星のお客さんや私の友達なんかへの対応とは、明らかに温度差があるもの。その三分の一くらいでいいのでもう少し心を籠めて接しては頂けないでしょうか。
 ……話を戻そう。
 大体、私はトレーナー業に関心が無い訳で。
「そう好きでもないことをやるだなんて、なんだかおかしいじゃないですか?」
 そのように異議を申し立てる。
「そりゃあ、そうだろ……うん」
 が、歯切れの悪い一言しか戻って来なかった。
「……あのー……?」
 今日のポッドさん、なんか変だ。さっきから薄々変な予感はあったけど、いよいよ変だ。
 階段に座した自分の両膝辺りに眼差しを注ぐポッドさんの横顔は、何かを躊躇っているかのよう。コーンさんが私に「服が裏表逆ですよ」的な発言をする前の表情、と表現するのが適切かな。でもそういう顔はコーンさんだから決まるのであって、元気溌剌・直情径行のポッドさんには似つかわしくない。
「ポッドさん。言いたいことがあるならハッキリ言ってくださいよ。ポッドさんらしくないですよ!」
 このまましばし言い淀みそうだったので、助け船を出すつもりで指摘してみたら、ポッドさんはぽかん、とマメパトが豆鉄砲食らったような顔つきになった。
 そしてぶるぶる頭を振ったかと思うとガバッ! と立ち上がる。

 えっなに?!

 思わず身構える私に、吹っ切れたような面差しでポッドさんは言い放った。
「アーもーいーや!!」
「…………へっ?」
 今度はこっちが呆気に取られる番。
「オレの知ったこっちゃないしッ。よし! オレもう店に戻るぜ!」
 すっかりいつものポッドさんに元通り。それはいいけど……こちとら何が何やらちっとも分からないんですが?
 混乱している私を放かってウンウン頷き、「そんじゃ!」なんて軽いことこの上無い別れの挨拶を置くと、ポッドさんはすたこらさっさと跡地を出て行った。
「なんだったの」
 取り残された私は一人呟く。当然、応える声は無い。離れた所で三匹が、楽しげな声を上げているのがわずかに聞こえて来るだけだ。
「…………」
 あれほど煮え切らない態度のポッドさんを見たのは……私が知る限りでは、多分これが初めて。

 本当は何かあったんじゃないか?

 不審に感じながらも、私はまだまだ元気いっぱいな小猿たちの監視、及び観察を再開した。





 お騒がせトリオとの共同生活、二日目。

 今日はまだ薄暗い内から――六時にアラームがセットされてる目覚まし時計が鳴り出すより前に――三匹が私のベッドで跳ねまくって煩わしくてしょうがなかったので、仕方なく起きた。
 父の提案を受け、今日は街の西にある公園へ行くことにすると、母が昼食にとお弁当を持たせてくれた(料理人作と言っても、サンドイッチに卵焼きにコロッケと、至って普通のラインナップよ。果物の量が異常なだけで)。小猿たちに急かされつつ家を出る。
 出発は通勤ラッシュが始まるにも早い時間帯だったけれど、目的地へ到着する頃には、急ぎ足のビジネスマンやOLさんをぽつぽつ見かけるようになっていた。

 辿り着いた公園は中央に大きな噴水が陣取り、周囲を滑らかに刈り揃えられた芝が占める。芝の上には点々とマメパトのトピアリーが立っていて、更に池が周りをぐるりと囲んでいる。
 そこで、ランニングシューズを履いたお兄さん、ヨーテリーやハーデリアを連れたお爺さんお婆さん、それに野生のポケモンたちが、思い思いに過ごしていた。
「なぷっ!」
「おぷー!」
「やぷぅ!」
 夢の跡地とはまた違った雰囲気の広場に、三匹はテンションが高まったようで、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「周りに迷惑かけないように遊んでおいで」
 言うやいなや、ヤナップ、バオップ、ヒヤップの順で走り出す。それを感心と呆れの五分五分で眺め、噴水の縁に、背負っていたリュックをどさっと置いた。
 こんなに重量感があるお弁当、お弁当とは呼べない。と言うか、どうして私が全部持って来てるのよ。半分以上はあなたたちが食べるんだから、あなたたちが持って来てよね。ブツブツ呟いてしまう私をよそに、三匹は散り散りになったり集まったり、抜きつ抜かれつ競争のように園内を駆け回る。かと思えば、進行方向から散歩中のムーランドがのっしのっしと威厳たっぷりに歩いて来ると、慌てて引き返して来たりもした。
「ふぅ…」
 リュックの隣に座る。小猿たちが自分たちだけで遊んでいる間、私には平穏な……または、暇な時間が訪れる。時間を潰すための何かを用意して来た訳ではないので、当然の帰結と言うべきか、考え事に耽った。

 今の時間帯、三ツ星ではモーニングとランチに向けての下準備が行われている。
 本日の日替わりランチのメインは、ケチャップライスにチャイブの葉を混ぜた、ふわふわエルフーン風オムライス。あっさりシンプルな味付けで、カロリーも普通のそれより抑えてあるから、女性にも人気がある。私もお気に入りのメニューなの。
 今日は誰が跡地へ行くんだろう。チョロネコにちょろまかされないといいけど。
 ハーブの調達であれば、あの子たちの面倒を見ながらでも充分可能だと思う。それくらいはお手伝いしたいのに、私の気持ちとは裏腹にお店からの連絡は皆無。私はいなくても構わない、ってことなのかなぁ。そんな風に考えてしまって、ちょっぴり寂しくなった。
 それと同時に、こんな考えも浮かぶ。

 もし三ツ星で働いてなかったら、私は今頃どこで、どんな生活を送っていたんだろう……。


  [No.3684] ギフトパス(三) 投稿者:メルボウヤ   投稿日:2015/04/06(Mon) 21:12:59   115clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:BW】 【サンヨウ】 【送/贈】 【捏造】 【俺設定】 【批評はご勘弁を…



 コロモリが一匹また一匹と、帰路を辿る私と小猿たちの頭上を飛び去って行く。
 もうじき日暮れの時刻。行きとは段違いに軽くなったリュックを背負う私の前を、三匹が横一列になって行進している。
「なっぷぷ♪」
「おーぷぷ♪」
「やぷぷぅ♪」
 朝からたっぷり遊びしっかり食べてまたまたどっさり遊んだというのに、なおも軽いこの子たちの足取りが信じられない。いつの間にか鬼ごっこやら隠れん坊やらに巻き込まれちゃった私は完全なるグロッキーなのに!
 そんなようなことを心中でぼやきつつ、橙色の陽射しを背に受けて朝来た道を戻る。その途中、道路を挟んだ向こう側の通りにある建物から、馴染み深い男の人が現われるのを目撃した。
「あ。デントさんだ」
 店外なのにウエーター姿のデントさんが出て来た建物の名は、トレーナーズスクール。ポケモントレーナーを志す子供たちが義務教育の学校とは別に通う塾のような施設、そのサンヨウ分校だ。
 デントさんはここの講習会に、月に何度か特別講師として招かれている(当初は残りの二人も交代でやってたのに、いつの間にかデントさんに一任になっていた。私の推理では、あの二人は自分が先生に向いてないと自己判断した結果、だ)。
 ちなみにデントさんが教えるのは、ポケモン勝負の基礎と言われるタイプ相性。今日は地面と飛行、毒と鋼の二種類の相性がテーマだったみたいで、校舎から続々と出て来る子供たちの大半が、辺りに憚らず大きな声で復唱していた。
「メイちゃん!」
 ぼんやりのほほんとしているようで存外鋭いデントさんが、私を目敏く見つけ、呼びかけてきた。すぐさま横断歩道を渡って駆け寄って来るので、私も小猿たちを呼び止めて(遊んで大分落ち着いたのか素直に従ってくれた)、そちらへ歩み寄る。
 なんだか久しぶりだねと笑顔で言われ、そうですねーと私も笑う。実際はほんの二日ぶりなのだけど、これまでは毎日長時間顔を合わせていたから、実数よりも長く感じた。
 それから小猿たちへ視線をやり、元気そうだねと、やっぱり笑顔で言うデントさん。腹部にトリプルキックを食らったにも関わらず。いい人過ぎやしませんか。
 通行の邪魔にならないよう歩道の隅に寄りながら、更に雑談を交わす。疲れた顔してるよと突っ込まれた折りには、公園で遊んで来た帰りなんです、と苦笑混じりに答えた。
「そっか〜。メイちゃんと遊べて良かったねー」
 小猿たちはデントさんに対して少しも悪怯れた様子を見せず、コクコクコクと相槌を打った。腹部にトリプルキックを噛ましたにも関わらず。さてはデントさんのリゾートデザート並の度量の広さに甘えてるわね…。
「そうだ、デントさん。お店で何かあったんですか?」
「ん? どうして?」
「ポッドさんの様子がなんか変だったので」
 ふと昨日の出来事を思い出したので、訊ねてみる。デントさんは数秒思案したのち、
 「ああ! ポッド、結局言えなかったんだ」
 と、顔を閃かせた。
 やっぱり。思った通りだ。
「実はねメイちゃん。今だから言えるけど、夢の跡地に君を行かせようって提案したの、ポッドなんだ」
 ほうらね! 由々しき事態予想、不発じゃなかったじゃない。ポッドさんてば、なんでそんな重大な事をすぐに言ってくれなか……って
「エエエーーー!?」
 なななな、なんですってーっ!!?
「えっなっちょっマジですか!」
「うん。残念ながら」
 それじゃあ昨日、聞くも涙語るも涙の私の話に気持ちの籠ってない返事ばっかりだったのは、そういう訳だったの? もおお! 私がどれだけ苦心したと思ってるのよ、あの赤鬼わーーっっ!!

 …………あ。でも待って。

「ということは、ポッドさんがなんだかぐずぐずしてたのは、そのことを謝ろうと」
「いや、そうじゃないよ」
 なにィィーッ! 違うのっ?! 思わせ振りも甚だしいわよ、なんなのよマッタクあの赤鬼わアーーっっ!!
「メ、メイちゃん落ち着いて。そうなったのには歴とした理由があるんだよ」
 衝撃の事実発覚で思わずエキサイトしちゃった私の顔面がナゲキのような色になっているのだろうか、デントさんにしては珍しく慌てた様子で続ける。
 曰く――林への食材調達は、私が担当になる以前はデントさんやコーンさん、他の従業員が請け負う日もあったけれど、敏速に定評のあるポッドさんが赴くことが大半だったらしい。
 ポッドさんは私とは違い、林に踏み込む前からチョロネコの習性を知っていたから、安易に騙されたりはしなかった。だけど頻繁にちょっかいを出されたので、内心苛立たしさを感じながらも、パートナーのバオップと協力してあしらっていたのだそうだ。
 しかしある日。ついにポッドさんのイライラメーターがマックスに達する、どころか、臨界点を突破する出来事が起きた。チョロネコ軍団が総出でポッドさんに襲いかかり、食糧をバスケットごと奪って行ったのだ。おまけに去り際、集団あっかんべーを噛まされたとか噛まされなかったとか。
 髪も服もぐしゃぐしゃで戻って来たポッドさんは、一頻りチョロネコへの悪態を吐き散らかすと「もうオレ絶対やだかんな!!」と叫び、それ以降、二度と跡地へ食材調達に出向くことは無かったという。
 ……言われてみれば、怒り心頭って感じのポッドさんがぐしゃぐしゃな格好で、裏口でなく正面玄関から店に帰還したのを、ちらっと見かけたことがあった。あれはちょうどその時だったのね。
「あいつすぐカッとなるから、チョロネコたちからしたら、からかい甲斐があって楽しい相手だったのかもね」
 デントさんは高らかにあははははと笑った。そんなに愉快げに笑っていい所なんですか、そこって。
「で、それが、私が交代要員にされたのとどんな関係があるんですか? 八つ当たりな気がしてならないんですけど」
 頬を膨らませて物申す私へ、デントさんはぱちりと右目でウインクを寄越す。
「メイちゃんを見込んでの考えさ。メイちゃんならチョロネコとも上手くやれるんじゃないかって、ポッドは考えたんだよ」
 そうは言われましても……意味が解らない。ポッドさんは私の一体何を見込んだと言うのか。
「君には才能があるんじゃないか、って。前兆はいくつかあったからね。メイちゃんにはそういう才能がある、っていう兆しは。偶然かとも疑ったけど、チョロネコの件と今回のこのヤナップたちの件とで、確信したよ」
 建物と建物の間にあるちょっとした空間で立ち話をする私たちの足下を、ちょこちょこと行き交う小猿たち。彼らに微笑みを投げかけて、デントさんは話を進めていく。
「君には、ポケモンとの付き合い方を即座に把握して適当な距離感を掴む、というような才能があるんだ。それも、食べ物を使って。個々のポケモンの好物を理解したり、その時そのポケモンに必要な食べ物を判断し提供したりして、どんなポケモンとでも仲良くなれる。そんな才能をね」
「………………」
 驚いた。私にそんな能力があったなんて、全然知らなかった…………訳じゃない。
 実は私自身なんとなく、どんなポケモンとでも仲良くなれるような気は、少ししていた。でも結局は『なんとなく』というだけの漠然としたもので。
 自分自身で確信を持てていなかった力を、ポッドさんはしっかり見抜いていた――そのことに、私は驚いていた。
 気抜けした私に微笑ましげな表情を向け、デントさんはなおも話を続ける。
「君はハーブや果物の選択もとても上手。同じ料理でもさ、他の人が調達して来たものと、メイちゃんが調達して来たものとじゃ、風味が全く異なるんだ。メイちゃんは自分で気づいてないみたいだけど」
「……はあ……」
 こっちは、本当に気づいていなかったことだった。あからさまな返事に、デントさんはふふふと小さく笑う。
 自分のことは、自分が一番よく解っている。殆どの人間はそのように考えているけれど、周りにいる人間の方がその人のことをようく解っている時もある――そう、デントさんは話した。
「……と、こんな感じのことをポッドは伝えたかったんだろうって、僕は思うな」
 そして腰に手を当て一つ頷き、にっこり頬笑んだのだった。

「あ、そうそう」
 不意に何か思い出したという風に、デントさんは肩に掛けているバッグを覗く。それからガサゴソと中をあさり始めることは無く、ぱっと目的の物らしい何かを取り出した。それは大きくて薄い、一冊の本。……言わずと知れた『ポケモンのきもち』だ。
 あの時のコーンさんよろしく私の口の端が引き攣る。それに気づいているのかいないのか(いないんだろうな)、デントさんは、ポケモン語の翻訳は直前にこの本を読まないと出来ないことを教えてくれた。
 別に知りたくなかったのにまたこの奇っ怪な本の謎を一つ知ってしまった。一体どんな魔力が籠められているのだろうか、この本には……怖いからもう何も突っ込まないけど……。
 うんざりした顔をしてるんだろう私とは対照的に、私たちの周囲をちょこまかしていた三匹が一斉にデントさんの手元、電波本に注目した。自分たちの言葉を訳してもらったことが嬉しかったみたいで、みんな(ヒヤップはちょっと違うか)、目を輝かせている。
「一昨日のこの子たちの話の中で、訳しそびれてたことがあったんだよ。それを伝えたくてね」
「訳しそびれてたこと?」
 デントさんとは違って『不得手』な私たちからすれば、ポケモンたちが何を言っているのかは非常に気になる所だ。先日の件で、かなり細かい部分まで翻訳を可能にしてみせたデントさんだ。彼らが他にどんなことを言ったのか、私はとても興味が湧いたので、デントさんに話してもらうよう促した。
「彼ら、これからもイッシュの色んな所へ旅をしたいって思ってるんだ。でもね本当は……人間と、一緒がいいんだって」
 その台詞を耳にした瞬間、何故か胸がドキッと高鳴って、私は戸惑った。


 三匹がまだ旅に出る以前、故郷の森へ人間が一人、迷い込んで来たことがあった。
 隣接する娯楽都市ライモンが辺りの土地を占めているためか、森は小規模。しかし、複雑に入り組んでいる訳でもないのに何故か迷ってしまう……と人間たちの間で噂される不可思議な場所で、『迷いの森』と呼ばれているそうだ。
 例の人間はポケモントレーナーであったようで、まだ見ぬポケモンを探しにやって来て、案の定迷ってしまったらしかった。
 森に棲む野生ポケモンたちとしては、ずっと棲処をウロウロされて荒らされては困る。襲いかかる振りで出口へ誘導しようかと相談していたら、その人間はどうして迷ったのか合点がいっていたようで、適当な場所にテントを張ると仲間ポケモンたちをボールから解放し、のんびりし始めたんだって。
 なんだなんだと遠巻きに様子を見ていたポケモンたちに、人間は言った。
 自分には空を飛べる仲間がいるから、いざとなれば一瞬でこの森を抜け出せる。でも折角こうして迷い込んだのだから、もう少しこのまま迷っていてもいいだろうか。
 人間は迷ってしまったという焦燥するべき状況を、むしろ楽しんでいる風だった。
 人間はそれから五日間ほど森に逗留した。初めは人間も森のポケモンたちも警戒し合っていたけれど、人間が連れていた仲間ポケモンたちの媒介により、日を追って慣れ親しんでいった。

「別れの朝、前日まで鬱蒼としていた木々が跡形も無く消えていたから、人間は森を真っ直ぐ抜けて行った。仲良くしてくれてありがとう、という言葉と……この子たちの心に、一つの願望を投じてね」
「願望?」
「トレーナーの仲間ポケモンが、今よりも幼かった三匹に、これまでの旅の話を聞かせてくれてさ」

 旅は面白い。
 様々な景色を、様々なポケモンを、様々な人間を見ることが出来る。
 楽しいと思えるのは、きっと人間と一緒に旅をしているからだ。
 人間は我々を様々な場所へ連れて行ってくれるし、様々なことを我々に教えてくれる。
 人間と共にする旅ほど、面白いものは無い――。

「その話を聞いてから、三匹は旅をすること、人間と一緒に旅をすることに憧れ始めた。そして数ヶ月後、それぞれの親の反対を押し切って、三匹きりで故郷の森を出たんだ」
 本を閉じ、合ってる? と言いたげにデントさんは小猿たちに目配せする。勿論三匹は、同時にコクン! と頷いた。

「へぇぇ…」
 この子たちが旅しているのには、そんな理由があったんだ…。
 人間と一緒に旅をすること。それこそが彼らの夢。願い。望み…。
「チョロネコともいい関係を築けたメイちゃんに跡地へ行って貰って、僕たちみんな本当に助かってた。調達自体も上手だったから、君がいなくなってしまうのは本音を言えば、とっても名残惜しいよ」
 寂しげに言うデントさん。思わず謝りそうになっちゃったけど、いやいやいや…。私が店を辞めることが決まってるみたいな物言いじゃないですか? それは。
「私、そんなつもり無いですよ?」
 そう返した所で、デントさんは微笑むだけで何も言わない。こういうソフトな対応がデントさんの良い所であり、やりづらい所でもある。他の二人みたいに何かしら言い返してくれた方が安心するというか腑に落ちるというか、なんというか。
 優しい笑顔に不安を感じるのはなんでだろう。私の言い分を全部聞き入れてくれているようで、根っこでは全く受け容れてくれていない、とでもいうのか…。

「大分暗くなっちゃったね」
 気づけば西の空は見事な朱色に染まり、黄昏時の風情を醸していた。私たち二人と三匹の影は限界まで引き伸ばされ、背後の地面に張り付いている。
 デントさんは私たちを引き留めたことを謝ってきた。いえ、と私は首を振る。
「家まで送るよ」
 それじゃ私たちはこれで…と挨拶してお暇しようとした矢先のご厚意。本当は一人で考え事をしながら帰りたい気分だったんだけど、折角申し出て頂いたことを無下に断る訳にもいかず。お言葉に甘えて、私が住むアパートの前まで付き添ってもらった。
 こういうの、一般的な女子が言うところのドキドキシチュエーションなんだろうけど、贅沢で損している私にはよく分からなかった。

 その時の私は、デントさんに言われた件を反芻することで、頭の中がいっぱいだった。


  [No.3685] ギフトパス(終) 投稿者:メルボウヤ   投稿日:2015/04/06(Mon) 21:25:36   118clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:BW】 【サンヨウ】 【送/贈】 【捏造】 【俺設定】 【批評はご勘弁を…

 お騒がせトリオとの共同生活、三日目。
 
 ふと目覚まし時計を見ると、設定時刻を一時間も過ぎていた。うっひゃあ寝坊だーーっ!
 慌てて飛び起きたら布団の上に乗っかっていたらしい小猿たちが「ぷきゃ!」と悲鳴を上げて床へ転がった。我に返る。
「ああ…お店行かなくていいんだった…」
 私に振り落とされてぷりぷり、もとい、おぷおぷ怒っているバオップ。しくしく、もとい、やぷやぷ泣いているヒヤップ。それから一匹転落を免れたらしいヤナップを順繰りに見渡して、息を吐く。
 目覚まし時計にもお騒がせ三重奏にも気がつかないほど熟睡していたらしい。昨日なかなか寝付けなかった所為かな。なんとなく頭がぼーっとする。
 三匹(正しくはバオップとヒヤップ)を宥めすかしながらリビングへ向かう。ちょうど両親が出勤の支度をしている所だった。キッチンテーブルに私の分の朝食が用意されており、お昼ご飯は冷蔵庫にあるから、と母が言った。
「行ってらっしゃーい」
 二人が仲良く家を出るのを見送る。それから朝食を済ませ服を着替え、私たちも我が家を後にした。

 アパートの階段を下りて北へ、通い慣れた道筋を辿る足。交差点の横断歩道を渡れば、三日前まで毎朝通っていた三ツ星は目と鼻の先だ。
 あそこへ行かなくなってからたったの三日。なのに、もう何週間も行っていないような感覚だ。ずうっと続いていた習慣を突然断絶すると、こんなにも心がそわそわして落ち着かなくなるのね。
 渡ろうとしていた横断歩道の信号が赤に変わったので、立ち止まる。待つ間、ぼんやりと慣れ親しんだお店を眺めた。
 窓にはカーテンが引かれ、中の様子は判然としない。開店まではまだ時間があるし、スタッフも集まり切っていないんだろう。正面玄関も堅く閉ざされている。
「……行こうかな」
 三ツ星に。
「追い出されることはまず無いだろうし」
 アパートを出るやいなや無意識にあそこを目指していた体に対して、そんな風に言い聞かせる。気になるなら行っちゃいなよ私。うん。
「みんな、お店では静かにしててね!」
 そう言って振り返れば、そこには「分かった!」とでも言うように私を見上げて来る三匹の小猿が……
「いなーーい!!」
 いなかった。
「アレッ、どこ行ったの? ヤナップ? バオップ? ヒヤップーー?」
 朝っぱらから大通りで大音声を張り上げる私に通行人が驚愕の表情を向けてきたが、構っていられない。
 一気に冴えた頭をぶんぶん振り振り辺りを見回す。西へ続く別の横断歩道の向こう側に、緑赤青のカラフルな影が走って行くのを発見した。待ってェーーー!
「やぷっ!」
「おぷー!」
「なぷぅ!」
 加速するお騒がせトリオ、追跡する私。必然的に三ツ星からはどんどんどんどん遠ざかる……。

 行き先を鑑みて、公園でまた遊びたいのかと思いきや、どうも違うようで。三匹は公園内の通路を次は北へと突っ切る。木香薔薇が絡まった木製のアーチをくぐると、隣町シッポウシティへと繋がる三番道路に出た。
 丘に建つ幼稚園と育て屋の前を通り過ぎ、前方と左方とに分かれた道をかくんと左折。木立を抜けるとやがて池が見えて来た。向こう岸との間に架けられた小さな橋に差し掛かった所で、三匹の暴走はようやく終止符を打つ。
「やっ、やっと、止まった…!」
 ぜーぜーと肩で息をする私の真ん前で平然と、どころかすごく嬉しそうに跳ねているヤナップバオップヒヤップ。もう怒る気力が湧かないわ……。
 ひとまず切れ切れになった息を整えようと、深呼吸していると。
「我々への挨拶も無しに旅に出るつもりですか? メイ」
 聞き慣れた涼しい声が背中に投げかけられ、私は勢いづいて振り向いた。
「コーンさん! 違いますよ…旅になんか出ません。この子たちを追いかけて来ただけです」
 背後には予測通りコーンさんの姿。腰掛けた自転車を左足で支え、立っていた。少々困り顔で。
「一緒に行こうと、あなたを誘っているのでしょう」
「そんな。私にはお店のお手伝いがあるし……」
 そのように返しつつ三匹の様子を窺うと、期待に満ちたキラッキラの眼差しに迎えられた。……そんな顔されましてもねえ。
「コーンさんはどうしてここに?」
 訊けばシッポウシティに用事がある、とのこと。
 それとこれとは関係無いけど、自転車での外出だと言うのにコーンさんも前日の二人と同様のウエーター姿だ。むしろこれが彼らの普段着と言っても差し支えない着用率。まぁ、私もいつもならエプロンと三角布を着けたままその辺を歩き回るから、人のことを言えない(今は休みだから私服だ)。
「はあ。店の手伝い、ね…」
 先の私の返答に首を傾げたコーンさんは、自転車を降りて傍らに停めると、私の目を真っ直ぐに見、口を開く。
「それは本当に、メイが心から追い求めた願望なんですか?」
「え…」
「彼らを見ている内に気づいたんじゃありませんか? あなたの願いや望みが、あの場所には無いことに」
 不意の問い掛けでとっさに返す言葉を見つけられず、私は茫然としてしまう。
 あの場所って三ツ星のこと…よね。
「まだ余裕があります。一つ、為になる話をして差し上げましょうか」
 左の袖口を捲り腕時計を確認したコーンさんは、私のぼんやりした態度に構わず話を進める。
「メイ。あなたはコーンたち三人が、この先もずっと共に、あの場所にいるものだと思っていますか?」
 またしても唐突な質問。とりあえず頷いてみると、コーンさんは少しだけ悲しそうに頭を振り、足下の小猿たちへと目線を落とす。
「我々は決して運命共同体ではありません。デントはイッシュ各地の色、味、香りを追究し味わうため、自由気ままな一人旅がしたいと願っていますし、ポッドは一般トレーナーと同じようにジムバッジを集め、いつかはイッシュリーグへ挑戦することを望んでいるんですよ」
 コーンさんは三匹の前に膝をつき、彼らの頭を撫でながら、続ける。
「このコーンも、いずれは修行の旅に出向こうと考えています。もちろん一人でね。ポケモンもそうですが、コーン自身のレベルも上げることが出来るでしょう。それが、コーンの夢なんです」
「…………」
「デントもポッドもコーンも目指す夢は違い、向かう道は異なります。三つ子だからと言って、いつまでも三人、一つ所には留まっていませんよ」
 お騒がせトリオが私たちの周りを跳ね回っている。とても楽しそうなその姿に、コーンさんはふっと口角を上げた。

「夢……」

 アイドル。美容師。教師。イラストレーター。パティシエール。
 友達はみんな確かな未来像を持っている。将来はどうしたいと問われれば、彼女たちは迷わず即答するだろう。それは、彼女たちが自分にとって最も素晴らしいと考える毎日を形作る、土台となるものだから。
 私の両親も子供の頃に料理人になりたいと願い、望み――今は、ずっと夢見ていた毎日を送っている。
 そしてコーンさんたちも。今は一緒に仕事をしているけれど、いつかはそれぞれに思い描く素敵な日々を送るために、三ツ星から…サンヨウから、旅立つんだ。

 コーンさんはそこですっくと立ち上がり、私を見た。
「あなたのご両親もコーンらも。あなたの才能がより強く美しく開花し、それを存分に奮うことの叶う未来を求めるならば、それがどんな旅になるとしても、全力であなたを応援する心積もりですよ」
「……でも」
 戸惑い。躊躇い。迷い。恐れ。心の中に入り乱れ、靄のように蟠るそれらの感情に抗えず、目を伏せる。
 ひゅうと吹いた強い風が、私とコーンさんの髪や服を揺らし、木々の葉をざわめかせ、水面を波立たせる。けれど私の胸にかかった靄までは、払い除けてくれそうもない。
「ポッドがあなたを夢の跡地へ行かせる、と言い出した時には驚きましたが……しかしメイならもしかしたらと、このコーンも思ったんです。そしてあなたは我々の期待を裏切らず、見事チョロネコと打ち解けてみせた」
 コーンさんは再度足下にいる小猿たちに視線を転じ、左手全体で三匹を指し示す。
「彼らが何故あなたの採取した果物を盗ったのか、解りますよね? 林の奥にはそれこそ、至る所に果物が生っているにも関わらず。何故、あなたの持っている物を奪ったのか」
 それは、チョロネコたちが自分では果物を採らず、私が譲る物を手にするのと同じ。あの子たちは私が選んだ果物が必ず美味しいことを、知っていた。この子たちにもそれが判ったんだ。
「生まれ持った才能を、成り行き任せに組み立てられた退屈な暮らしの中に埋没させるなんて、勿体ない。さして好ましくもない行為に、限りある体力を心血を、未来を費やすなんて、これほど味気ないことは無いとは思いませんか?」

 ポッドさんに、私は言った。
 私はトレーナーに興味が無い。そう好きでもないことをやるなんて、おかしくはないか、と。

「退屈だなんて私…」
 三ツ星での仕事が好きじゃない、合っていない、とは感じない。探してみても一つも不満は無い。
 だけど……ただ一つ、あの場所に何か足りない物があるとしたら、それはたぶん、
 充実感。

「…………」
 私は前から漠然とそれを感じていた。明確な言葉にする機会が無かっただけで。真っ向から自分の気持ちを見つめようとしなかっただけで。
 だって、“平凡だけれど安定した生活”から脱するには、新しい一歩を踏み出すには、勇気が要る。覚悟を強いられるから……。
「惰性であの場所に居続けるのは、コーンはあまりお勧めしませんね」

 デントさんは、私に言った。
 自分のことは自分が一番よく解っていると、殆どの人間は考えているけど、周りの人間の方がその人を理解している時もある、と。

 みんな、そう思うんだ。
 私は外へ出た方がいいんだ、って。

「ま。周りがどうこう言っても結論はメイ、あなたが出すんです。あなたがこの先どういう日々を送りたいのか、それはあなたにしか解らないし、あなたにしか決められないことなんですよ」
 直立不動で黙りこくる私を、小猿たちが静かに静かに見つめていた。



「いけない。そろそろ行かなければ」
 私が発言するのを待っていたんだろうか。
 声も無くそっぽを向いていたコーンさんが、ふと時計に目をやるや呟いた。スタンドを蹴って解除しサドルに腰を降ろすと、視線を私へ移す。
「それではまた。はしゃいで池に落ちないよう、気をつけて帰るんですよ」
 この辺りには凶暴なバスラオが沢山棲息していますからね。
 そう言い残し、一路シッポウシティへ向けて、コーンさんは自転車を走らせて行った。

「………………。」
 いくらはしゃいだって、十五にもなって池ポチャする訳が無いのに…あの青鬼…子供扱いして…!
 しかし、可能性が全く無いとも言い切れない(私はともかくお騒がせトリオは何を為出来すか判らない)。余計なことを始められる前に、ここから離れなきゃ。





「なぷぷぷっ!」
 バニラビーンズを煮出し終え、色とりどりの果物をカットする作業に移る。
「おぷおぷー!」
 片手鍋に注いだ水が沸騰したら、そこへミントを入れて。
「やっぷぅ〜!」
 隣で火にかけられている大きめの鍋では、ミネストローネがふつふつと煮立ち始めた。
「ぁいたっ。向こうで遊んでよ、もう」
 キッチンテーブルの周りを追いかけっこしている三匹に、時折ぶつかられ小言を溢しながら、私は調理を続ける。

 今日は両親が早く帰って来る日なので、私が夕食を用意することになっていた。メインはたっぷりの野菜とハーブを効かせた特製ミネストローネ。煮込み終わるまでの間、小猿たちの食後のおやつとしてフルーツゼリーを作ることにした。
 バニラとミントで香り付けしたお湯に、グラニュー糖とゼラチンを加え泡立て器で撹拌。火を止めたらオレンジリキュールを少々。粗熱を取ったら平らなカップに流し入れて、とろみがついたら細かく切っておいた果物を沈める。あとはラップをかけて冷蔵庫に入れ、固まるのを待つだけ、っと。
「ハイハイ、もう少しあっちで遊んでてね」
 作業が一段落したのを感知し、まとわりついて来る三匹をリビングへ追い払う。
 次はサラダを作ろう。
 胡瓜とプチトマト、サニーレタスを洗って水を切る。プチトマトはへたを取って、胡瓜は薄く斜め切り。レタスは手で一口サイズに千切っていく。
「…………」
 そんな単純作業の傍ら。
 私はコーンさんの言葉を思い出していた。

 才能を存分に奮うことが出来る未来を求めるなら、それがどんな旅になるとしても――。

「旅…か…」

 仮に私が旅に出るとして。
 私は旅から何を得ようとする?
 何を得るために、私は旅に出ればいい?


 キッチンの椅子に座り、リビングに敷かれたラグの上でポケモンフーズを食べるヤナップたちを眺める。その間にも思考は巡っていた。

 あの子たちはサンヨウへ来るまでの間、色々な人やポケモンを見て来ただろう。
 その人たち、ポケモンたちは、みんな生まれた場所も育った環境も違っていて、そして物の考え方や味の好みも違うんだろう。

 私はイッシュ生まれのイッシュ育ち。
 だけど私が知っている範囲は、イッシュのほんの一部分に過ぎない。

 サンヨウの外には、一体どんな人やポケモンが住んでいるんだろう。
 そこに住む人たちは、ポケモンたちは、どんな料理が好きなんだろう?


 そこまで考えた所で、はたと気づく。


 私はそれを知りたい。
 見てみたい。探してみたいのだと。


「………………そっか。」

 答えは思いの外呆気なく導き出され、私の胸にすとんと落ちた。



 洗い物をしていると、冷蔵庫に付属したタイマーが鳴った。と、小猿たちが食後とは思えない素早さを以て駆け寄って来る。
「そこどいてー!」
 占拠される足下に用心しつつ冷蔵庫からカップを取り出し、ラップを外す。それぞれの小皿にひっくり返し、ローテーブルに置く。
「はい、どうぞ!」
 瞬間、待ってましたとばかりにゼリーに食らいつく三匹。
「…………。」
 うーん…もうちょっと落ち着いて食べられないものか。メンタルハーブでも盛りつければ良かったかな。

 しかし、つくづくこの子たちは凄い。
 ああいや、食べっぷりのことじゃなくて。

 その幼さで、ここまで三匹きりで旅をしてきたという、事実が。

「勇気あるよね。あなたたち」
 感嘆の声に反応し、三匹が皿から顔を上げる。直向きで無邪気な三対の瞳が、私の姿を捕らえる。
「私も、覚悟を決めなきゃいけないけど……」
 ここから旅立とうとしているのは私だけじゃない。デントさんたちも同じ。それには確かに勇気づけられる。
 でも。
「やっぱり不安になる。ちゃんとやっていけるかって考えると……どうしても、怯んじゃうわ」
 三匹はゼリーの残りを平らげると、こちらへ歩み寄って来た。そして私をじい、と見つめると。
「なぷぷっ!」
「おぷおぷ!」
「やぷぷぅ!」

 そう言って、ニコッと笑った。

「……………………」

 勇気は、ほんのちょっとでいいんだ。
 覚悟は、何度だって決められるんだ。
 要はやるか、やらないか、なんだよ。

 彼らの目はまるで、そう言っているようだった。



「……………………うん。」

 少しの沈黙の後、一つ頷いて。
 つられて、私もにっこり頬笑んだ。

「そうね…………ありがと!」

 背中を押してくれて。




 ガチャ、と扉が開く音がして、ただいま、と二人分の声が聞こえた。
 私は勢いに身を任せ、玄関へと直走る。そしておかえりを言う代わりに、力強い宣言で二人を出迎えた。

「お父さん、お母さん! 私、決めた。旅に出るっ!!」

 突然過ぎる宣誓に二人はしばらくぽかんとしていたけれど――やがて揃って破顔し、大きく頷いた。





 次の日の昼下がり。
 三人に会いにお店へ顔を出すと、私が声をかけるよりも先にカラフルヘアートリオがやって来た。大体予想はしてたけど、両親は出勤早々、いの一番に彼らに報告したらしい。そんなに嬉しかったんですかお父様お母様……。
 私は三人(と言うかポッドさんとコーンさん)にせびられ、事の顛末を簡潔に伝えた。ヤナップたちのお陰で決心がついた、と。
「彼らがメイちゃんに、将来について考えるきっかけと勇気をくれたんだね」
 デントさんの台詞に頷きながらも、私は心の中でううん、と頭を振る。
 この子たちだけじゃない。デントさんとポッドさんとコーンさんが、平凡な場所に逃げ込もうとした私を引き留めてくれたんです。
 ……なあんて、照れ臭くて本人たち(と言うかデントさん以外)には言えないけどね。

 その後、私たちは夢の跡地へと向かった。
 この子たちに、ある話をするために。





 夕暮れ時、鮮やかな橙色に全身を包まれてアパートへ戻ると、我が家の扉の前に人影が佇んでいた。
 燃え盛る炎のような形状の髪型。間違えようも無い。赤鬼だ。
「ポッドさん?」
 呼びかけると少しの間、そして怒声が返って来た。
「おまえおっせーぞ! 何分待たせんだよッ」
「は、はい?」
 聞くところによると、三十分ほど前から私たちが帰って来るのをずうーっとここで待っていたんだとか。ポッドさんの割には気の長いことで。
「用件はなんですか?」
 事務的に問うと、あーだのうーだのと言いながら視線を彷徨わせ始めた。
 挙動不審だ。怪訝に凝視する私とお騒がせトリオ。
 一分くらいそんなことを続け、ポッドさんは苦々しい顔つきでようやく開口する。
「チョロネコの件……わ、悪かったな」
 刹那、数日前この人が見せた腹立たしい言動の数々がフラッシュバックした。
「ほんとですよっ!!」
 勢いで憤慨してみせたら予想外に大声が出た。柄にもなくビクッと肩を震わせたポッドさんがちょっぴり可哀想になり(ついでにヤナップたちも驚いて飛び跳ねた)、「でも良い経験になったので今は感謝してます」と続けると、怖じ気づいたまま「お、おう…」と返事をした。
「あと、コレ」
 小脇に抱えていたクラフト紙の封書から何やら取り出し、こちらに差し出す。どうやら本のようだ。薄い…………本?

 ピュアでイノセントな心の空が脳裏をよぎった。

「なっ、なんでそんな本を私に寄越すんですかっ!!」
「はー!? おまえが旅に出るって言うからわざわざ持って来てやったんだろ! ポケモン取扱免許持たずに旅するつもりかよッ!?」
「え。ポケモン取扱免許?」
 ポッドさんの台詞に違和感を覚え、よくよく本を見てみれば。
 あれよりも大分小さくて、表紙に『ポケモン取扱免許取得の手引き』と書かれていた。
「な、なぁ〜んだ……すみません。電波な例のあの本かと思って。ありがとうございます」
 非礼を詫び、お礼を言って本を受け取る。
「ああ、アレ…。アレはデントの私物に昇格したから安心しろ」
 果たしてそれは安心していいものなのやら。
 ポッドさんの声を聞きながら、早速頁を捲る。
「特別勝負がしたくなくっても、旅するってんならポケモンと一緒の方が断然ラクだし、楽しいかんな。前にも言ったけど、おまえかなり素質あると思う。いっそトレーナーとして旅に出ちゃえよ」
 手引き書を一通り流し読みすると、サンヨウシティに在住している人の場合、トレーナーズスクールに申し込めば、いつでも希望者の好きな時に講習を受けられることが解った。
「こいつら、おまえと旅したがってんだろ? こいつらのことだったら、オレらが色々教えてやれっしさ」
「あ…えっと、ポッドさん」
 三匹の前にしゃがみこんで、両手使いで彼らの頭をわしわし撫でまくっているポッドさん。上機嫌な様子で、私は少し申し訳なく思いながら話しかける。
「そのこと、なんですけど。実は、私……」
 遠慮がちに切り出す私に、ポッドさんは案の定、訝しむように眉根を寄せた。


 ――昨日、三ツ星へ顔を出した後のこと。
 夢の跡地をのんびり歩きながら、私は三匹に、自分の心からの願望を話して聞かせた。
「旅をするには、トレーナーになるのが一番いいみたい。無料でポケモンセンターに宿泊出来たり、色々と特典があるらしくて」
 香草園へ続く轍の道に差し掛かってすぐ、木陰からチョロネコやムンナが現われて、私を取り巻いた。会わない日が続いていたから気にしてくれていたのかもしれない。
「でも私、勝負には疎いから、ポケモンのことを一からしっかり勉強したいの。勉強不足でポケモンを傷つけることにならないように、ね」
 チョロネコたちにちょっかいを出したり出されたりしつつも、三匹はしっかり私の声に耳を傾けてくれている。
 草むらに点々と姿を見せ始めるハーブ。その香りを楽しみながら進んで行くと、頭上からマメパトの鳴き声が降って来て、目の前を数匹のミネズミが横切った。
「その間、あなたたちを待たせたくない。あなたたちと行けたら最高なんだけどね、早く旅を再開したいでしょ? だから、私が責任を持って、あなたたちと色々な場所へ行ってくれる人を探すわ」
 香草園の入口に辿り着いて私は、後ろを歩いていた三匹に振り返った。
「私の目利きよ? 素敵なトレーナーを見つけるから、期待して!」
 私の言葉が、意図した通りに彼らに伝わったかは、判らない。 
「…なぷっ」
「おぷー!」
「やぷぅ〜」
 でも、三匹がこくんと頷いて、にこにこと笑ったから。
「良かった。解ってくれて。」
 ありがとう、と言って、笑顔で飛びついてきた三匹を力いっぱい抱きしめた。





 三匹とのお別れ。そして彼らの、新たな旅立ちの日。
 朝の陽射しを受けるサンヨウの街並み。その間を歩いて行く私の後ろには、小猿は一匹だけ。他の二匹は、さっき出会った二人のポケモントレーナーの元へ、送り出して来たところだ。

 最初に見つけたのは、眼鏡をかけた、真面目そうな黒髪の男の子。ミジュマルを連れていたから、そのミジュマルが苦手な草タイプに対抗出来る、バオップを託した。彼なら、怒りっぽいバオップ相手でも冷静に対応出来るだろう。

 次に見つけたのは、ツタージャと追いかけっこをしていた、緑の帽子の、眼差しが優しい女の子。草タイプのツタージャの弱点、炎タイプに有利なヒヤップを託した。彼女なら、ヒヤップの一挙一動に、一喜一憂してくれるだろう。

 三匹離れ離れになるのは嫌がるかなと思っていたけど、そんなことは全く無かった。むしろ、誰が一番楽しい旅が出来るか勝負、という感じのノリで、別れ際、バチバチ火花を散らしていたように私には見えた。

「おぷおぷー!」

「やっぷぷぅ!」

 バオップもヒヤップも、私が見込んだトレーナーを気に入ったみたいで、とっても嬉しそうな顔で歩いて行って。
 残るヤナップは心なしか、だんだんとそわそわし始めた。

「大丈夫。あなたにも、きっといいトレーナーを見つけてみせるから!」
「なぷー」

 そんな会話をしながら、私とヤナップは再び夢の跡地を訪れた。ここならトレーナーが修行に来ることも多いから、ヤナップを託すのに見合うトレーナーとも出会える気がして。
 そうしたら、やっぱり居た。ヤナップと同じように、好奇心に満ちた面差しをした女の子が。それも狙ったかのように、炎タイプのポケモンと一緒だ。

 この子だ。この子しかいない。
 運命のようにも感じる出会いに胸を高鳴らせつつ、女の子に声をかけた。

「ねえねえ、あなた。このヤナップが欲しい?」
 私の台詞に、えっ、と言って振り返ったその子。服装もそうだけど、目ぱっちり歯真っ白で、とても健康的だ。何故かきょっとーんとした顔してるけども。
 ……あ、私の所為か。
「ごめん、唐突過ぎたよね」
 仕切り直し。女の子に謝り、順を追って説明する。
「あなたポケモントレーナーでしょ? 私はサンヨウのカフェレストで働いているんだけど……このヤナップをね、あなたの旅に連れて行ってもらえないかな、と思って声をかけたの」
「なぷー!」
 後ろに控えていたヤナップが、待ち切れないとばかりに女の子の前に進み出る。すると女の子よりも先に、彼女の足下にいたポカブがぱっとヤナップに近づいて来て、挨拶するみたいに一声鳴いた。
「私は事情があってポケモンを持てないの。あなたが良ければ、このヤナップを仲間にしてあげてほしいんだけど……どうかしら?」
 いいんですか、と女の子が驚き半分喜び半分といった体で私に訊ねる。
「うん! この子、あなたを気に入ったみたいよ。それにポカブも、かな?」
 私の発言にふと視線を落とし、ポカブとヤナップがすっかり打ち解けてじゃれ合っているのを見た女の子は、ははは、と男の子みたいに白い歯を覗かせて笑った。私もつられてくすくす笑う。
「この子は草タイプだから、あなたのポカブが苦手な水タイプに相性がいいわよ」
 エプロンのポケットに一つ残った紅白色の球体、モンスターボールを、「はい、どうぞ!」と差し出す。私の意図を汲み取り、女の子は私の手からボールを取ると、よろしくね、と言って、ヤナップの頭上にそれをかざした。
「なぷ!!」
 光に包まれた緑色の小猿は、彼女が持つボールの中に瞬く間に吸い込まれる。
 これで、ヤナップの親トレーナーの登録は完了だ。
 直後、女の子はボールからヤナップを解放したかと思うと、うーんと頭を垂れて考え込んで……しばらくして、ぱぁっと表情を明るくさせた。どうやら、彼に付ける名前を閃いたらしい。
 満開の笑顔でヤナップを抱き上げ、彼女は思いついたばかりの真新しいニックネームで、何度も彼を呼んでいた。



「…あっ! 大切なこと忘れてたわ!」
 私に礼をして背を向けた女の子に、一番重要なことを話し忘れていたのを思い出して、慌てて呼び止める。
 女の子は私のその言葉に神妙な表情で振り返り――そして。
「あのね、その子ものすっごく食いしん坊だから、ご飯の時は他の子の分を取らないように、しっかり見張ってね!!」
 大口を開け、笑った。


 焦茶色のポニータテールを楽しげに振って、女の子が去って行く。彼女の足下をポカブ、そしてヤナップが歩いて行く。
 意気揚々と歩き出したヤナップに、彼と同じように旅立ったバオップとヒヤップの面影を重ね、その前途が希望に満ちたものであるように願う。

 空っぽな日々を送っていた私に、歩みたい道を見出すきっかけを贈ってくれた、あなたたちへ。
 今度は私が、あなたたちに最高の旅をプレゼントしてくれるトレーナーたちとの出会いを、贈る。
 次に会う時には、あなたたちが心から願い、望んだ日々を送ることが出来ていますように。

「私も、そんな日々の中にいますように。」


 私はまだ『やりたいこと』を見つけただけで、目標と言えるほど明確な形をした物は手に入れていないけれど。
 旅をしていく内に、この漠然とした願望の中から「これが私の夢だ」と即答出来る物を、必ず見つけられると、そのことだけは確信していた。


「いつかどこかで、また会おうね」

 あの、小さくも勇ましい三匹の小猿の背中を、私は祈りを込めて、見送った。












 ――それから、数日後。

 カフェレスト『三ツ星』兼『サンヨウシティポケモンジム』にて、新人トレーナートリオ&お騒がせトリオに早々に再会することになるのは……

 また別の、おはなし!















――――――――――――――――――――――

二度目の投稿がまさかの三年後…だと…?
……気を取り直してもう一度。
初めまして! メルボウヤと申します。

冒頭にある通り、超個人的な理由でBW2はまだプレイしていません。と言うかBW以降、ポケモン関連に全く手を出していません(サイトは畳み、アニメもBW2からは見なくなり…あまり関わるとゲームをやりたくなってしまうので´`)。
今後何本かBWの話を投稿するのが当面の目標です。求ム…プレッシャー…!

この話は13年3月21日に、(三)の小猿トリオが旅に出た理由を話すシーン(〜〜勿論三匹は、同時にコクン! と頷いた。)までを故サイトに載せていました。切りが悪過ぎる。
実はポケスコ第三回のお題が発表された直後に書き始めた代物だったりします(始めから応募しない方向で。何故って絶対一万字内に収まり切らないんですTT)。完成するのが遅過ぎる。
絵もこれまた年代物ですが(11年10月30日作)折角なので一緒に。ええいもう、チミは何もかもが遅過ぎるんじゃっ(一人芝居)。

とにもかくにも…ここまで読んで下さり、ありがとうございました!*´∀`*



おまけ
・メイの名前は三つ子に倣い、イギリス英語でトウモロコシの『メイズ』から。私は三つ子ではコーンが一番好きです(何
・三猿がギフトパスを覚えられないなんて口惜しや…
・チェレンとベルが連れているお猿はヒウンジム突破後に初登場することから、それぞれ野生をヤグルマの森で捕まえた設定なのでしょうが、私の中ではあの通りです。これくらいの俺設定ですとまだまだ序の口レベルです←
・それよりデントがプラーズマーされてることに対する謝罪は無いのか(無いです)。



追記
この記事を間違えて(三)に返信してしまいました…以後気をつけます…!