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  [No.2154] 黄昏堂のよくある一日 投稿者:紀成   投稿日:2011/12/27(Tue) 20:56:22   85clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

※多少残酷・グロテスクな表現が含まれています。苦手な方はバックプリーズ















「お前の願いを言え。どんな願いも叶えてやる。お前が払う代償は一つだけ――」
絶世の美女、と言ってもオーバーな気がしなかった。長くて美しいプラチナ色の髪。時折フードの隙間から見え隠れする瞳は、果てしなく深い灰色。まるで吸い込まれていくようだ。
裾の長いドレスを着、長い脚を器用に組んで椅子に座っている。写真の一枚でも撮りたいくらいだ。
「どうした?あまりにも美しいから、見惚れてしまったか?……心配しなくても、私は逃げやしないさ」
薄いルージュを引いた唇から、声が漏れる。隣に立っている狐が、苦い顔をした。目の前に座った女は、ハッと我に帰って目の前の美女から目を逸らす。
人を魅了する何か。『力』と言ってもいい。時代に名を残してきた人物は皆、それに魅入られていたのかもしれない。何に使うかは各々の勝手だが、独裁者として名を馳せた者も多いようだ。
そしておそらくは、この美女も――


彼女……名前は明かさないでおこう。一ヶ月前まで一児の母親であった。夫はいない。所謂シングルマザーである。子供が出来てからその男に逃げられ、一人で育ててきた。
だが一ヶ月前に子供が失踪した。まだ六歳の子供が。警察に通報したが、見つからなかった。最悪の事例―― 殺されたかもしれないということも考えて捜査してくれたが、未だに遺体の類も見つかっていない。もしそれが本当にあったとしたら、一刻も早く見つけて欲しい。
女は疲れきった顔をしていた。目の下の肉が落ち、頬はたるんでいる。まだ若いようだが、表情のせいで十歳は年を取っているように見える。流した涙のせいで頬が赤い。
髪は染めているらしい。明るい茶髪。染める薬のせいで少々毛先が痛んでいる――というのが、美女の隣で立っている狐の観察した結果だった。
彼女は悩み、苦しみ、喘ぎ、そしてここに導かれた。
隣の女…… マダム・トワイライトが主人をつとめる店、『黄昏堂』に。


黄昏堂。知る人ぞ知る店。主に曰くつきの商品を扱い、表沙汰に出来ないような物ばかりが並ぶ。ただし普通の『非合法』『闇オークション』『裏ショップ』と呼ばれている店とは、少々……かなり違う。それを証明できる理由は主に二つあり、

一つは、たとえ『非合法』だとしても、『闇オークション』だとしても、『裏ショップ』だとしても決してそれらに扱うことの出来ない品が商品になっているということ。

二つは、もしもそれらの店がその品を扱ってしまった場合、下手すれば命に関わる大事になるということ。

これら二つが主な理由だが―― 論外として外されている理由が、もう一つ。
三つ目。

本当に必要としている者の前にしか、その店は姿を表さない。
そしてその表す時間帯は、必ず黄昏時…… 夕日が沈みかける時間だということ、だ。

「つまり、アンタはその息子が生きているのか死んでいるのかを知りたいわけだ」
『くたばっている』と言わなかったあたり、マダムも少しは人間の心理という物を理解してきたように感じる。店を出した頃は全く相手の心情を理解せずにとんでもないことを口にし、服の襟を掴まれたこともあった。まあそのようなややこしい物を持たないマダムにとっては、人間の心情など厄介なことこの上ないのだろうが。
「ええ…… なんとかなりませんか」
消え入るような声だ。ずっと下を向いたままで、マダムの顔を見ようとしない。それに…… 気のせいだろうか。妙な感じがする。言葉では言い表せない、変な何か。
「解決してやってもいいが、その前に私からも一つだけ」
「え?」
いつものようにパズルを出すのかと思ったが、どうやら違うらしい。煙を吐き出し、口元を引き締める。
「アンタの旦那がいなくなったのは、何年前だ」
突拍子もない質問だった。女も目を丸くしている。マダムが白けた顔をした。
「質問の内容が分からなかったか。アンタの」
「どうしてそんなことを聞くの!?……アイツのことなんて、関係ないじゃない」
「答えなければ、息子の体の行方は永遠に分からないままだぞ」
こちらは切り札を握っているんだ、というような口調。その通りなのだが。女はなにやらブツブツ言っていたが、諦めたように口を開いた。
「五年前よ。急にいなくなったの。あの子が出来たと知らせた後だったから、逃げたのね」
「……」
「これでいいでしょ。あの子は今何処にいるの?」
マダムが隣の狐に目配せした。狐が一回転する。あっという間にそれは台付きの電話になった。さきほどの狐と同じ色合いの電話。かなり古いタイプだ。昭和の庶民が使っていたような黒電話を思い出させる。
「これは」
「黄昏堂の必需品。心と心を繋ぐ電話だ。会いたい人間を強く思えば、その人間にかかる。
……さあ、かけてみろ」
マダムが言い終わる前に、女は受話器を手に取った。震える手で耳に持っていき、息子の顔を思い浮かべる。コール音が耳の奥で鳴り響く。

コールコール キルキルキル
コールコール キルキルキル
コールコール キルキルキル

ガチャ

『……はい』
酷いノイズの中、聞きなれた幼い声が女の耳に届いた。女が歓喜の声を上げた。
「ああ!良かった、無事だったのね。今何処にいるの?すぐ迎えに行くから、そこで待ってて」

『これないよ』

落ち着いた声が、耳を貫いた。

『おかあさんは、これない。ぼくのいるところには』
「何を言っているの?だってこうして電話できているじゃない」
『ううん。これはこころをつなぐだけ。それはあいてのからだがなくても、はなすことができる』
「え……」

『ぼくはもう、いないんだよ』

マダムの吐き出す煙が、女の顔の周りに纏わりつく。電話は既に狐に戻っている。女は顔に煙がかかっても何も言わない。この世の者とは思えない表情で拳を握り締めている。
「騙した、のね」
「私は『心と心を繋ぐ』と言っただけで、『死者とは繋がらない』とは言っていない。良かったじゃないか。愛する息子の居場所が分かって」
「良くないわよ!死んだことは認めるけども、遺体の場所までは分からなかったじゃない!」
鬼の形相だ、と狐は思った。これは夢に出るだろうな、とも思った。だがマダムは表情一つ変えない。まるで相手がそこに存在していないかのように。
「教えなさい。あの子の遺体は何処なの?これは代償なしでも教えられるはずでしょ!」
「……」
「教えなさい!」

マダムがフードを外した。女が後ずさる。女の手を取り、相手の腹に当てた。

「ここ、だろう?」



「精神疾患・記憶障害、カニバリズム……
あの女はそれだったのか?」
「簡単に言えば、そうなるな」
マダムが紅茶を啜った。オレンジ・ペコ。味より香りを楽しむためのお茶だ。しかし、と狐――ゾロアークはげんなりする。この場でわざわざ飲むこともないだろうに。
先ほどマダムに掴みかかった女は、既にその報いを受けていた。その証拠に、高級そうな絨毯に点々と赤い染みが付着している。
「とてつもないストレスが原因だろう。夫が出て行ったというのも」
「喰ったのか」
「おそらくは」
マダムが左手を出した。その行動の意味が分からないゾロアークは一瞬首を傾げる。
「時の糸と、鋼の針を」
「……もう解れてきたのか。最後にやってから三十年しか経っていないぞ」
「そろそろ限界に近いらしいな。この身体も」

そう言って、マダムは何事もなかったかのように紅茶を啜った。