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  [No.2167] 旅路 投稿者:moss   投稿日:2012/01/02(Mon) 21:01:47   101clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 青空のような瞳をして、真新しい黒いコートだか何だか着て、小さな肩が埋もれそうなくらい大きなリュックを背負い、じいさんーーもというんちゃら博士から俺の入ったボールをしっかりと握って受け取って。ポーカーフェイスを気取りながらもボールを持つ手が震えていたのは緊張か、興奮か。流れる漆黒の髪の下、俺は確かにうざそうなやつだと思った。お前は俺をハシバミと呼んだ。
 どうせこいつもむちゃくちゃな指示ばかりすんだろうなと思っていたら、はじめての勝負ーー町のチンピラにからまれ挑まれた(これをはじめての勝負といっていいのだろうか)とき、はじめてにしては慣れた手つきでボールを投げ、「とりあえずひっかく」と何と呑気な指示か。相手のチンピラが出したラッタには到底勝てそうになかったが、指示されたようにとりあえずひっかいたが倒れなくて。ラッタが凄いスピードで突進してきたときはあまりに無謀だと思った。だけどお前は違った。「壁まで走れ!」と今まで聞いたことの無い真剣な声。全力で駆けた俺はそこで「伏せろ!」地に伏せる。ゴシャっと音がして見たらラッタが壁に突っ込んで目を回していた。俺らの初勝利だった。
 それからというもの俺らの旅は順調に進んだ。はじめて来た町で傷ついた鳥を一匹お前は拾った。人目も気にせずに、慌てることなくポケモンセンターへ行って「あなたがやったんですか!?」と疑われていたのはさぞ笑えた。結局その鳥はお前が引き取り、ポッポという種族名にらしからぬアサギと名付けた。その翌日ジムを制覇した。
 その後も二つ三つとバッヂを集め、俺は濃いオレンジ色の前より少々ゴツい姿になり、アサギも冠羽と尾羽が色付いて大きくなって仲間も増えた。ラプラスという種族の大人しい彼女はベニと言った。
 四つ目のジムで俺らは負けた。手持ち最強の俺と相性が悪かった。最後に俺が敵のカメックスから波乗りを受けて倒れたとき、お前は真っ先に俺の元へ来て抱き締めた。耳元で「ごめん」なんてカッコつけて。でも悪くなかった。ジムリーダーに「惜しかったね」などと言われてカチンときた俺らは三日三晩修行して、俺が進化して火竜になってから再度挑戦した。圧勝だった。
 それからものんびりまったりとジム巡りの旅をした。仲間も手持ち限界まで増えジムを制覇しては強くなっていった。そしてとうとう八つのバッヂを集め、リーグへの出場権を得た俺らはそれまでの間、強敵の出るところでそれなりに危険なダンジョンで修行することにした。恐ろしく強い野生ポケモンやそこを訪れるトレーナー。時に負けたがその分勝利した。さあいよいよ本番は近い。そんなある日のことだった。
 お前は馬鹿みたいに無表情で不器用で呑気で優しい。そんなことはもう十分な位見てきた。だからーー
 その日俺らは修行していた山の中で悲鳴を聞いた。お前は「……行くよ」と勇敢に駆けつけた。そこは崖で、悲しいことに見知らぬ女性が見知らぬ女性をポケモンを使って突き落とそうとしていた。普通なら自分も危険だから人を呼ぶなり警察に通報するなりする。それなのにお前はその細い体で突き落とそうとする女性を横に突き飛ばし、落下しそうな女性の腕を引っ張った。まあ落ちたら俺が飛んで拾いに行くだけだが。そんなことも無く無事なのを見て不覚にも安堵してしまった。だから気付けなかったのだ。突き飛ばされた女がギラリと光るナイフを片手に立ち上がったのを。
 そこから先はあまり正確には覚えていない。ただナイフの女が奇声を発しながらお前の横の女性を刺そうとして、それをかばったお前が崖から落ちた。その瞬間最大限に加速してあまり長くない腕を必死に伸ばして凄い速さで落ちていくお前の手を掴もうとした。けどお前は「ごめん、ハシバミ」とだけ言ってベルトに装着された六つのボールを一斉に俺へとパスをした。反射的にそれらを受け止めてから追いかけたがそこはもう崖の下で、それなりに危険なダンジョンであったために尖った岩肌に頭をぶつけて盛大に血を流していた。青空のような瞳に光はなかった。
 あれから丁度一年が経った。俺以外のアサギやベニ達はそれぞれ野生に返った。たまに俺達が全員で作った小さな墓に俺のいないときに誰かしら来ているらしく花や木の実が耐えない。恐らく二ヶ月ほど前に俺がお前の家族に伝えたからかもしれないが。
 俺は今でもここにいる。お前の墓が荒らされたら困るし何より俺はお前のパートナーだ。俺は死ぬまでここにいる。俺は最期までお前の片割れであり続ける。