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  [No.2194] 日常にひそむ貰い火 投稿者:逆行   投稿日:2012/01/13(Fri) 17:57:47   86clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

そのイスは薄青色で塗られていた。細長いそれの下からは、暖かい空気が流れていた。

 イスに座ったマスターは、本を取り出して読んでいた。その本は、封筒みたいな色の紙で覆われていた。何の本を読んでいるのか、周りに隠しているらしい。けれど下から見上げたぼくには、うっすらと中身がすけて見えていた。字は見えないけれど、何か十字架みたいな絵がかいてある事は分かった。

 電車の中は揺れていた。ちゃんと線路の上を走れているのか、心配なくらい揺れていた。けれど誰もよろけてはいなかった。立っている人は、天井にぶら下がっている輪っかの中に、しっかりと手を入れていた。ぼくは床まで伸びている銀の棒を、前足でつかんで、転ばないように気をつけた。
 電車の中は、そんなに混んでいるわけじゃなかった。けれど立っている人が多かった。みんな遠慮して座らないので、細長いイスの上には、まだたくさんの薄青色があまっていた。
 ぼくの見える範囲には、学生さんがけっこういた。学生さんは大きいかばんを床において、股に挟みながら立っていた。どうして股に挟むのか、前から疑問に思っていた。盗まれないようにするためだろうか。
 ぼく以外にポケモンはいなかった。少しさみしく感じた。

 窓の外に視界をずらした。無限の静止画が右から左へと、通過していった。中途半端ないなかの風景がそこにあった。田んぼと畑が少しずつあって、家と工場がほとんどだった。ときどき大型のスーパーが、ドヤ顔でその地にそびえ立っていた。
 外の景色を眺めていると、いつの間にか変な妄想をしていた。家の屋根から屋根、建物から建物へやたらと跳躍力のある人間が次々と飛び越えていき、電車と同じスピードで並走して走っている、という妄想。電車に乗っている時、これは必ずやっていた。(ような気がする。よく覚えていない。)こんなおかしい事をやっているのは、ぼくだけだろうきっと。妄想に出てくるのは、電車と同じスピードで走れそうな、素早いポケモンである事が多かった。今日はサンダースだった。マルマインは無理。どうやって飛び越えるのか、分からないから。

 背中に当たる暖かい風が、だんだんうっとうしく感じてきた。ぼくは、炎タイプのロコンなので、十分暖かい。これ以上あぶられても困る。座席の下にたくさんの穴があって、そこから暖かい空気が流れてくる。電車の中の暖房は、こうなっている事が多いけれど、これがどういう仕組みなのか分からない。

 もしかしたら、ぼくみたいな炎タイプのポケモンが中に閉じ込められていて、その子がかえんほうしゃやひのこを使っているのかもしれない!
 ……さすがにそれはないか。

 中はどうなっているのだろう。どうやって暖かくしているのだろう。それを確かめようと思った。たくさんの穴からひとつを選び、そこに片目を近づけた。
 するとどうだろう。

 アチッ。

 額がものすごく熱かった。いや、炎タイプだからやけどはしないんだけど。それにしても熱かった。このなんていうか鉄? ステンレス? 穴のあいた銀のかべ。ここに額が当たって、ものすごく熱い。
 炎タイプでも熱いという事は、人間だったらとんでもなく熱いんだろう。足もやけどする人がいそう。
 結局、中がどうなっているのか分からなかった。一瞬だけのぞく事ができたけれど、暗くてよく見えなかった。

 なぜだろう。体が熱い。炎タイプだからもともと熱いのだけれど、それにしても自分で少し異常だと思う。額の熱がじわっと全身に広がって、体が燃え上がりそうな感じ。もしかしたら風邪をひいたのかもしれない。

 後でぼくの特殊攻撃力が、1.5倍上がっていた事が発覚した。



【何をしてもいいのよ】