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  [No.2591] father 投稿者:神風紀成   投稿日:2012/08/29(Wed) 13:18:54   85clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



「……何があったの」

午後十時十分前。もうじき今日の開店時刻は終わるというところ。店内もお客の姿はまばらで、隅っこでゼクロムを飲んで粘っているサラリーマンしかいない。
従業員、バイトがユエと目の前のカウンター席に座っている少女を交互に見つめる。その目が周りの同じ立場の人間に向かって『おいどうなってるんだよ』『おいお前聞けよ』『やだよお前が行けよ』と会話している。
バクフーンが『やってらんねー』と彼らを見て大あくびをした。

「目元が腫れてる。右頬に部分的に赤い跡」
「……」
「どうせまた、お父さんと喧嘩でもしたんでしょ」
「ユエさん!」

少女が顔を上げた。男性陣がおお、と顔を歓喜の色に染める。彼女はとんでもない美少女だった。
イッシュには珍しい黒い髪と瞳。肌はぬけるように白く、染み一つない。これで泣き顔でなければもっと美しく見えるだろう。
男達の視線を一瞥して、彼女ははっきり言った。

「格闘タイプ使いが、悪タイプ使うのって、いけないことでしょうか」
「……は?」

気の抜けた声を出したのは、男達だった。周りの女性達の射抜くような視線に、強制的に『ちいさくなる』を使うハメになったが。

「別に私は良いと思うけど」
「ですよね!格闘タイプだけじゃ勝てない相手もいますよね!」
「エスパータイプとかね」

たとえ相手に有利なタイプの技を持っていたとしても、得意不得意がある。それに相手のタイプが有利だということは変わらない。例外もあるが、それでも相手の苦手な技を出したが耐えられて逆に返り討ちにされました―― なんて話も少なくない。
話を聞いていたバイトの一人が、少女に声を掛けた。

「ねえねえ、貴方は悪タイプが好きなの?」
「え…… あ、はい」
「どうして?」
「えっと…… 好きな物に理由なんていりますか」

変な所でしっかりしている子だ。バイトがおののく。ユエは話しても大丈夫?と彼女に促した。
頷いたのを見て、周りに説明する。

「この子はミユ。お父さんが有名な格闘タイプ使いで、幼い頃から格闘タイプ使いになるように言われてきたの。でも最近悪タイプに興味を持ち始めて、それで時々お父さんと喧嘩してここに来るようになったのよ」
「初めまして。マコト ミユと申します。マコトは真実の真です」

腰まである長い髪が揺れる。男達の頬が緩んだのを女性陣は見逃さなかった。顔が般若のそれになる。
バクフーンはポケッターをやっている。

「悪タイプに興味を持ち始めたのは六年生の時で…… 偶然、テレビでジョウト四天王のカリンさんのバトルを見たんです。それがすごく素敵で、バトルの仕方だけでなく使うポケモンもかっこよくて……
私もああなりたいって」
「それは、カリンさんみたいな女性になりたいってこと?」
「え?……いえ。私は悪タイプ使いになりたいな、と」
「あ、そうなの」

『ああ良かった』『ほんとに』『アンタ達何を想像してんのよ』という会話を無視し、ユエは続ける。

「それで、こっそりモノズを捕まえて育てていたんだけど、お父さんにバレちゃったのよね」
「モノズは餌代が結構かかって…… それで自分のお小遣いで買う薬やフーズだけでなく、家に置いてあるミカルゲ用の餌も少し拝借してたら、ある日見つかっちゃって」
「何でミカルゲ?」
「従姉妹がホウエン地方にいて、しばらく預かってるんです」

ペナルティは三時間の正座と同時進行のお説教。ただひらすら嵐が過ぎるのを待っていたミユだったが『あのモノズは知り合いのブリーダーに引き取ってもらう』と言われた途端、反撃した。いきなり動いたため足が吊ったが、それでも口は動かしていた。
結果、道場が半壊する惨事になった。

「でもよくモノズなんて捕まえられたね」
「リオルに手伝ってもらいました」
「格闘タイプも持ってるんだ?」
「この子だけですが」

そう言って出したリオルは、普通のより少し小さかった。聞けば幼い時に脱走してしばらく病気だったことが原因だという。

「塀がその日来た嵐で一部壊れてて……」
「随分大きい家みたいだけど」
「はい。母屋と離れ、そして庭園があります」

サラリと言う辺り、自慢している様子はない。住む次元が違うと言うことが痛いほど分かる。
リオルはバクフーンの気配に気付いたのか、裏からカウンター下へ回っていった。数秒後、『グエッ』というガマガルの断末魔のような声が聞こえた。

「結局モノズだけは死守して、育てられることになったんですけど……」
「良かったじゃない」
「でも私は悪タイプ使いになりたいんです!出来ることなら悪タイプのパーティで旅もしたいし、……そう、チャンピオンにだってなりたい!」
「……」

沈黙の渦が店内を包む。それを破ったのは、ドアに取り付けられているベルの音だった。いらっしゃいませ、と言いかけたユエの口が止まる。ミユが立ち上がった。

「父上」
「え!?」

今度こそ男性陣は驚いた。が、目の前の男に一睨みされてズササササと後ずさりする。
男がユエに頭を下げた。

「ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ。とんでもない」
「ミユ、帰るぞ」

だがミユはカウンターに突っ伏したまま動かない。痺れを切らした男がミユの腕を引っ張った。

「迷惑だということが分からんのか!」
「いやー!」
「はいはい騒ぐなら外に行ってくださいね」

流石カフェのマスター。そこらへんはキチンとしている。そして容赦ない。


「……そこまで悪タイプを使わせたくない理由ってあるんですかね」

親子が帰った後、バイトの一人がぽつりと呟いた。ユエが掃除しながら答える。

「ミユのお母さんは、ミユがまだ小さい時に、捨てられて野生化したヘルガーに火傷を負わされて、それが原因で亡くなったの」
「そんな重度の火傷だったんですか」
「ヘルガーの吐く炎には微量だけど毒素が含まれていて、火傷するといつまでも疼く。……授業でやらなかった?」

たとえ軽い事でも、場合によっては何を招くか分からない。ミユの母親は、その犠牲者になった。

「それが元であの子のお父さんは悪タイプを嫌っている、と?」
「嫌っているかどうかは分からないけどね。彼だって一応大人よ。全ての悪タイプがそういうことを招くわけじゃないってことは、理解していると思うわ」
「じゃあどうして」
「……」

淀んだ空気が、夜のライモンシティを包み込む。
夜明けはまだ遠い。