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  [No.2667] 王者のプライド 投稿者:イケズキ   投稿日:2012/10/06(Sat) 22:29:43   88clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



 イッシュ地方。この地に来るのは何年ぶりになるだろう。男は飛行艇の窓から、久しぶりの光景を見渡した。ヒウンシティは多くの人で相変わらずの賑わいだ。
 やがて飛行艇が港に着陸すると、男は船を降りた。すると背後から彼の後を追ってくる足音。男はいい加減うんざりしていた。
「誰も付いてくる必要はないと言っただろう」振り向きざまに、思い切り顔をしかめて言った。
「しかし……この頃のイッシュ地方はプラズマ団とかいう危険な輩が横行しているとの話もありますし、大切な御身に大事があっては……」この真夏でもピッチリとした黒のスーツに身を包み、まるで定規を当てたかのようなみごとな七三ヘアーのこの男は、彼のボディガードをしている。
 ――何がボディガードだ。
 男は彼が、父親の差し金により、自分の見張り役として寄越されていることを知っている。
 父上の会社から離れてホウエン地方のチャンピオンリーグマスターになると決めた日、確かにきっぱりと会社を継ぐ意思はないと話したはずだが、未だに僕を放っておいてはくれない。そのせいで、どこへ行くにも、この僕を追いかけて離さないようにプログラムされた“人間ロボット”が付いて回る。
「君は僕を誰だと思っているんだい? 僕は先のホウエン地方チャンピオンリーグマスター、ダイゴだよ。はっきり言って君がいるとむしろ邪魔だ。君を庇ってチンピラ相手に勝負なんて面倒、僕は御免だからね」
 男――ダイゴはそう言うと、ボディガードの言葉を待たずにヒウンの雑踏へ駈け出して行った。
 彼はすぐに父上から激しい叱責をくらうだろう。もしかしたらこの件が原因でツワブキコーポレーションをクビになるかもしれない。
 しかし、ダイゴにとってそんなこと頭の片隅にも残らないほど、どうでもいいことであった。


 やっとボディガードを撒いてくると、ダイゴはポケモンセンターに向かうことにした。……が、目の前まで歩いてきてやはりやめた。もし、さっきの男が私を探したら真っ先にやってくるのはこの町のポケモンセンターだと思ったからだ。
 仕方なくそこからさらに少し歩くと徐々に人通りは減っていった。ダイゴは「この先モードストリート」と書かれた看板の前でいったん立ち止まると、タウンマップを開いた。
 ――えーっと……。
 目的の施設はすぐに見つかった。ホドモエシティのすぐ南、周りを大きく海に囲まれた半島の中に新しくできた施設PWT(正式名称をポケモンワールドトーナメントという)が、今回僕がこのイッシュ地方に呼ばれた理由だ。
 このPWTは全国各地から強力なポケモントレーナーを集めて競い合う、ついこの間までは夢のような、まさしくドリームマッチが繰り広げられる施設だ。
 今回このPWTのゲストトレーナーとして今のホウエン地方チャンピオンのミクリと並んで、すでに引退した僕にまで声がかかるのは、少し照れくさいような、よけい期待が大きいような気がして緊張するような、妙な気分だ。
 PWTの開催は明後日だ。二日前に来たのは手持ちのポケモンたちをイッシュの空気に慣れさせるため……でもあるが、一番の理由はイッシュ一の鉱山でPWT主催者ヤーコンさんの所有する、ネジ山を見せてもらうためだ。実をいうと、ダイゴにとってネジ山の見学をすることは、密かにPWTに参加することよりも大切な目的であった。
 イッシュだけに生息するポケモン、ホウエン地方にもいるポケモンも生息していると聞いている。一ポケモントレーナーとして、ポケモンの生態はとても興味深い。だが、なにより楽しみなのが、ネジ山の鉱物だ。石だ。
 ダイゴはまだ見ぬネジ山に眠る石たちを思い浮かべて笑みを浮かべた(はたから見たら、何もないところでニヤついている変な人だ)
 この石好きのせいで、ダイゴは一部の人間から変人呼ばわりまでされている。凄腕のトレーナーでありながら、石が好きで年がら年中各地を渡り歩き、彼がホウエン地方のチャンピオンであった時ですらその石さがしの旅は変わらなかった。
 ダイゴは目的地を確認すると、タウンマップをバックにしまった。本当はこのヒウンシティから迎えの車に乗ってホドモエシティのホテルまで行くはずだったが、抜け出してきたので、タクシーでも探さないといけないが、その前にこの町をぶらぶら歩いてみることにした。時間はまだまだある。
 とりあえず、目の前のモードストリートに入ってみた。さすがはイッシュ一の大都会。大勢の人たちがまるで拳銃の乱れ撃ちのように、行き来している。
「おっと、すみません」
 のんびりした町の多いホウエンでは滅多に見られない光景に圧倒されてぼーっとしてたら、サラリーマン風の男にぶつかってしまった。しかし、男はダイゴの謝罪を聞くでもなし、振り向いた時にはすでに雑踏の中へ消えかけていた。
 ――なんだよ、アレ。
 少しばかりむっとして、先へ進むと今度は長い行列ができているのが見えた。アイス屋さんらしい。行列の中にちらりと見覚えのあるブロンドのロングヘアーを見た。
 アイスなんて全く欲しくない。行列まであるとなればなおさらだ。それにあの女……。
 構わず先へ進もうとすると、
「あら! ダイゴ?」
 足早に、逃げるように行列の横を通り過ぎようとしたが見つかってしまった。
 ダイゴは気づかないふりをして先へ進もうとしたが、あの女にがっちり腕を掴まれてしまった。
「無視することないじゃない? ちょっと待ちなさいよ」
 目一杯腕を伸ばし、行列から半身を乗り出しながらも女は片足だけで器用に順番を保っていた。通行人は道を塞がれてあからさまに嫌な顔をしているし、その不格好な体勢を笑う声も聞こえる。テレビや雑誌で最強の美女と謳われた、シンオウチャンピオンリーグマスターとしての風格は、ここでは微塵も感じられない。
「シロナ、君はもうちょっと周りの目を気にしたらどうだ?」
 ダイゴが呆れて言う。
「あら……みなさーん! お気になさらずにー」
 気にするも何も通行の邪魔なのは事実だ。ダイゴは一度はぁとため息をつき、シロナの元へ寄って行った。


 モードストリートを進んだ先にセントラルエリアと呼ばれる公園がある。噴水の先にあるベンチに二人はやや距離を空けて……、というかダイゴがシロナを避けて座った。
「あなたがここにいるってことは、あなたもPWTに招待されたのね」
 そういってアイスを一口、シロナ。
 結局ダイゴはアイスを買い終えるまでシロナの元を離してはもらえず、約30分ほど買う気のないアイスの為に待たされた。
「まったく、ミクリだけで十分だろうに……」
 そういってアイスを一口、ダイゴ。……待たされたのだからついでだ。ついで!
「ふふふ……美味しいでしょ? ヒウンアイス。この町の名物ですって」
 アイスを舐めるダイゴにシロナがにやにや。
「ま、まぁ……」
 まるで子供扱いされているような気分で恥ずかしい。……うまい。
「って、今そんな話じゃなかっただろ!」
「あら、ごめんなさい」
 悪びれるでもなくシロナは言う。
「私は、あなたも招待されて当然だと思っていたわ。ミクリだけじゃ不十分ってわけじゃないけど、あなたもホウエンを代表する素晴らしいトレーナーだから」
 さらりと言って、またアイスを一口。
「あ、ありがとう」
 ダイゴもまた一口アイスを舐めて、顔をあげられずにさらにもう一口舐めた。
「ふふふ、ホントあなたって素直じゃないわねぇ……」
「うるさい!」
 ダイゴは残りのアイスを一気に食べて、コーンの部分までばりばりたいらげると、席を立ち逃げるように去って行った。
「あなたとの勝負楽しみしてるわよー!」
 後ろの方から大きな声がした。


 その後は街の北の通りでタクシーを捕まえてまっすぐホドモエシティに向かった。PWTがゲストトレーナーのために用意しているという宿泊施設に泊まる予定だったが、そっちまで行けば確実にあの人間ロボットに見つかるだろうし、あそこにはシロナも泊まるはずだ。シロナと同じ場所で一泊だなんて、例え一日でも嫌だった。そこで、適当な安ホテルに泊まっておこうと思ったのだが……。
 ――何だ、これ!?
 ホドモエシティについたダイゴは、一瞬行き先を言い間違えたのかと思った。それほどまでにホドモエシティの様子は変わっていた。
 ダイゴの記憶にあるホドモエシティは地元民とホドモエのマーケットにやってくるまばらな客しかいないものという、イメージがあった。
 それが今やあちこちにホテルが立ち並び、人の数もずっと増えて、あのヒウンにも負けない活気のある都市になっている。
 安ホテルは無かった。しかもどのホテルも満杯で、ダイゴは唯一空いていたホドモエでも最高級ホテルのスイートを一人で借りることにした。ちょっと痛い出費ではあるが、それでもあいつらに見つかるよりよっぽどましだ。
「よぉ、お前がダイゴか?」
 今、目の前で立っている、カウボーイハットを被った一見強面な中年男性がこの街をこれだけ大きくした立役者で、今回このPWTを開催した主催者でもある。
「ヤーコンさんですね。初めまして」
 ダイゴが挨拶する。
「あぁ」
 ダイゴはホテルにチェックインするとすぐにこの町のポケモンジムにやってきた。もちろん挑戦に来たわけではない。ヤーコンはこの町のジムリーダでもあるのだ。
 ダイゴは初対面のこの男にあまりいい印象を持たなかった。町の名士で会社の社長もしているという男だからてっきり、父上のような上品さの漂う紳士かと思いきや、無愛想なうえ妙に土臭いオッサンじゃないか。
「お前なぁ、ウチの宿泊施設に泊まらないなら、先に連絡入れてくれねぇと困るんだよ」
 ヤーコンがやれやれという風に言う。
「はい?」
 ダイゴはいきなりの苦言と、なぜ自分がPWTの宿泊施設に泊まる気がないことがこの男に知れているのかという疑問で混乱していた。
「ツワブキ家の坊ちゃまには、ウチの宿なんかとても泊まれるもんじゃなかったのかもしれねぇけどよ、他あたる気なら先に連絡入れておいてくれねぇと、向こうのスタッフたちが動けなるだろ」
「は、はぁ……すみません」何か腑に落ちずあいまいな謝罪をしてしまった。
「まったく、金持ちのボンボンはこれだから……人の迷惑ってのをちぃとでも考えたことあんのかねぇ」そういって、これでもかとばかりにため息を吐く。仮にもゲストとして招かれたはずの相手への態度とはとても思えないほどだ。
 あんまりの態度にダイゴもむっとした。
「僕はここまでPWTのゲストトレーナーとして着ました。僕の家のことはここでは関係ないでしょう。それに僕がまだ会場に挨拶へ言ってないなんてどうして言えるんです? イライラするのは結構ですけど、憶測でそこまでよくも言えるもんですね。……田舎モンが小金稼いだくらいでエラそうしてんじゃねぇよ」
 この世界規模の大会を開いたヤーコンが稼いだ金は決して「小金」程度ではないだろうがもう口が止まらなかった。
 ――沈黙。
 ヤーコンは先ほどまでと打って変わって黙っている。表情からも何も読み取れない。ダイゴは少し後悔していた。本当はこっちが悪いのについついキレてしまった。気まずい。
「ちょっとついてきな」
 沈黙を破りヤーコンが言った。表情は相変わらず読めない。
「……はい」
 そう言うほかなかった。

 ヤーコンに従ってついて行った先は洞窟だった。
「ここは俺の会社が作ったトンネルでネジ山まで続いている。お前の探し物は、ネジ山でもこのトンネルの中でもそこいらじゅうに転がってるだろう。さっきも言った通り、このトンネルもあとネジ山も俺の会社のもんだ。気に入ったのがあったら好きなだけもってけ。遠慮はいらん」
 ヤーコンはそれだけ言うと踵を返し、ダイゴを置いて出ていこうとした。
「ま、待ってくださいヤーコンさん! どうして急に……?」
 ダイゴにはヤーコンがどういうつもりでいるのか全く分からなかった。彼のスタッフには迷惑をかけ、彼に向かって暴言まで吐いてしまって、それがなぜこんな親切になって返ってくるんだ?
「嫌なら構わん。さっさとホテルにでも帰りな」
 嫌なわけがない。願ったり叶ったりだ。
「いえ……決してそういう訳ではないのです。僕は生来の石好きで――」
「知ってる」とヤーコン。
「えっ?」
「お前なんか勘違いしてるんじゃないのか。えっ? ダイゴさんよ。お前は俺にとってもお客様だ。お前を含め、ゲストトレーナーを歓迎するためずっと俺もスタッフも準備してきた。何を用意すれば喜ばれるか下調べもしてる。だから、お前にはこのもてなしが最適だと思って案内した。さっきはつまらねぇこと言ってすまんかった。だがな、俺はダイゴ、お前を歓迎してるんだよ。さっきのは……まぁあれだ、俺はポケモンと自分に正直をモットーにしててな、イライラしてたのをついついクセで言い過ぎちまった。すまんかった」
 ずっと無表情だったヤーコンがぎこちない笑みを浮かべていた。照れくささと、慣れなさの混じった、初めて見るオッサンの笑顔だった。
 ダイゴは困惑していた。ころころと変わる状況とヤーコンの態度にどう対応したらいいのか分からなかった。
「あ……ありがとうございます」とりあえず感謝を伝えた。それ以外なんと言うべきか思い浮かばなかった。この男は不器用なだけだっただけということなのか。
「ま、楽しんでってくれや」最後にそういうと再びヤーコンはダイゴを置いて出ていこうとした。
「あっそうそう」本日二度目、出ていかないパターン。
「はい?」
「お前さっき、なんで俺が、お前がうちの施設に泊まってないってこと分かったか気になってたろ?」
「えぇ……」気になってはいた。今となってはどうでもいいことだが。
「あれはな、お前の様子をみて分かったんだ。もともとゲストトレーナーが来たら施設からすぐに連絡がくるように指示してあったんだがな、ダイゴがきたという連絡はなかった。なのにお前は手ぶらで荷物を持ってる風ではない。表に車が停まってるのも見えねぇし、それで分かったわけよ。あぁ、こいつはどっか別のホテルに荷物おいてきて、そっから歩いてきたんだなってな。どうだ? 俺の推理? なかなかなもんだろ?」ヤーコンは満面のしたり顔で言った。
 言われてみれば当然の流れだ。一つ一つの状況を追って考えてみればすぐにたどり着く結論だ。だが――
「さすがです……」ぼそり言った。我ながらそっけない相槌だった。
 だが、この当然の流れを当然にこなせる人間は少ない。人間はそもそも何でもない時に周りの状況にいちいち頓着しない。何でもない時、それら状況は馬耳東風といった具合に頭の中を素通りしていく。
 ダイゴはなんだか打ちのめされたような気分だった。ヤーコンは企業の社長でジムリーダもしている男だ。それくらいの観察眼、状況判断能力があるのも不思議なことではない。
 ――じゃあ、俺は?
 俺だって元チャンピオンだ。刻一刻と戦況の変化するポケモンバトルを、ギリギリの試合を何度も勝ち抜いてきた。ヤーコンにも負けない……いやそれ以上の「眼」を、俺は持っているはずだ。
 ――あなたもホウエンを代表する素晴らしいトレーナーだから。
 あの女――シロナならヤーコンのように察することができたろうか? 俺の立場だったら彼の本当の感情や意図に気付くことができただろうか。
 ――あなたとの勝負楽しみしてるわよ。
「くそっ」

 ヤーコンは明日ゲストトレーナー同士の顔合わせをするから朝のうちに会場まで来るように言いこのトンネルから出て行った。ホテルに泊まることは何も問題ではないらしい。
 石探しにはピッケルだとかブーツだとかいろいろ準備が必要になる。だからこのトンネルを探索する前にホテルに戻らないといけない。
 しかしダイゴは戻らずトンネルの奥へと進んでいった。進んでいくと野生のポケモン(後で調べたらガントルというらしい)が出てきたのでこちらはメタグロスを出して倒した。さらに進んでいくとノズパスやコドラといった別のポケモンも出てきたがすべて倒して進んだ。トンネルの中にはトレーナーもいた。そのトレーナーたちも見かけ次第全員に勝負を挑み倒した。だんだんメタグロスを戻すのがめんどくさくなって、ボールに戻すのをやめた。何匹何人倒してもこちらは無傷だった。もっと進んでいったらトンネルを抜け出た。野生のポケモンもトレーナーも見当たらない。それでもダイゴはまだまだ勝負したりなかった。
 これほど悔しい思いをしたのは久しぶりだ。ホウエンリーグであの子供に負けた時以来の悔しさだ。
 でも何がそんなに悔しいのかよく分からない。ただ、負けた気がする。誰に? ヤーコン? シロナ? いや、両方かもしれない。ただ、俺は負けた。そんな気がしてものすっごく悔しい。
 ――ゴツンッ!
「痛っ!!」突然背中のあたりをハンマーのようなもので殴られてふっとんで地面に倒れた。あまりの痛さにうずくまったまま一瞬動けなくなった。
「お前! 急に何すんだよ!」
 やっとこその場に座ると、目の前のメタグロスに言った。コイツの思念の頭突きは身構えてても危険な代物というのに、不意打ちでくらって無傷だったのは奇跡だった。
「いてて……」
 立ち上がるとさらに腰のあたりに痛みが走った。メタグロスは俺を吹っ飛ばした位置から動かずこっちをじっと見ている。じゃれてたのかどうか知らないが、反省している風では無い。
 ――コイツ!
 一瞬痛みも忘れて俺は怒りのままメタグロスに近寄った。アイツは動かない。俺は頭に血が上って、メタグロスをまっすぐ見据えそのままの勢いで右足を大きく後ろに引き――。
 やめた。
「帰ろっか」ポケットからボールを取り出し、メタグロスを戻した。
 コイツとの付き合いはもう何年になるだろう。コイツはいつだって俺の最高のパートナーで、そばにいてくれた。だからコイツの考えてることは目を見ればなんとなくわかる。こっちの思い込みかもしれないが、でも、分かるんだ。
「悪かったな、メタグロス」右手のボールにつぶやいた。
 別に俺がコイツに何をしたわけでもないが、俺は謝らずにいられなかった。
 すーっと深呼吸してみた。イッシュは今秋も終わりかけの季節。山の空気はとても冷たく澄んでいる。ダイゴは頭の中が冷やされていくのを感じていた。
 深呼吸を終えると今度は服についた土を払った。さっき地面に転がった分もあるのだが、改めて自分の姿を見てみると酷い有様だった。がむしゃらにトンネルを抜けているあいだに靴は泥だらけズボンや上着にも土が付き転んで擦れた部分は布地が痛んで毛羽立ってしまっている。これじゃあモードストリートで俺を捕まえていたシロナをとてもどうこう言えない。強者の威厳がかけらもない。
 ホテルに戻ろう。帰ったらすぐに服を脱いでシャワーを浴びたら、着替えてメタグロスや他のポケモン達とご飯を食べよう。それから……。
 ダイゴは右手のボールをポケットに大切にしまった。
 ――コイツにはあとでまたちゃんと謝っておかないとな。
 あんな、悲しい目をさせてしまった、その謝罪をしておかないとな。
 怒りのままメタグロスに詰め寄った時、あいつの悲しい目に気付いた。どうしてそんな目をしているのかも、すぐにわかった。
『プライドを忘れるな、自信を取り戻せ。かつての敗北に飲まれるな、次の勝利を目指していけ。王者のプライドを思い出せ!』
 メタグロスが思い出させてくれた。王者のプライド。
 ――俺は強い!

「うわぁ……」
 ゲートを抜けた先でダイゴは思わず声が漏れた。話には聞いていたがPWTの会場はそうとうな規模だった。半島が丸ごと施設になっている。
 翌日の朝、ダイゴは初めて会場に来ていた。ヤーコンの言っていたゲストトレーナー同士の顔合わせの為だ。
 半島の中央に巨大でな建造物がPWTの本会場になる。この建造物は巨大なだけでなく、デザインも凝っていて正面入り口の真上にあるでっかい電光掲示板や左右に設置されたライトがチカチカと光って目が痛いほどだ。
 中に入ると、そこもまた巨大な空間だった。二つの大きなモニュメントや観葉植物、ただよう空気まで、何もかもが新品という感じがする。天井まで4,5mはあるだろう。しかし開催前の施設の中には、当たり前だが中にはほとんど人がおらずぽっかり空いた洞穴を思わせた。
「ダイゴ! こっちだこっち!」
 左の方から声がした。そっちを向くとヤーコンが手を振って呼んでいた。
 ヤーコンの前には六つほど椅子が並び、そこには見知った顔が並んでいた。ダイゴはそれらの左からゆっくり向かていった。
 ダイゴから見て一番手前の右の椅子には、ドラゴン使いのカントーチャンピンとして名高いワタルが座っている。真っ黒なマントに身を包み、何か思案にふけっているかのように目をつむっている。いや、眠たいだけだなアレ。
 ワタルの正面にはダイゴとも交流の深いホウエンチャンピオンが座っていた。ミクリは横を通るとこっちに向かって軽く笑みを浮かべ、とまたすぐに正面に顔を戻した。
 ワタルの右にはあの女が座っていた。シロナは長いブロンドを床ぎりぎりまで垂らし、いつものロングコートに身を包んでいた。歩いていくダイゴをじっと見つめる姿からは嫌でも強者の余裕を感じさせる。
 シロナの向かいにはぼさぼさの真っ赤な髪をしてポンチョを着た壮年男性が座っていた。アデクと直接の対面をするのはこれで初めてになる。だがここイッシュにおける彼の強さは他地方まで噂が広まっている。
 シロナの右隣りには最年少と思しき少年が座っていた。アデクと同じくグリーンもここで初対面になる。今でこそカントーのジムリーダをしていると聞くが、かつては史上最年初のチャンピオンでもあった天才だ。
「ダイゴ、お前はそこに座りな」グリーンの前の空いた席を指さしヤーコンが言った。
 そこに座るとヤーコンが挨拶を始めた。
「あー……その、ここに集まってもらった方々には改めて、はるばる来ていただいて感謝する。こっちでのもてなしもあるから存分に楽しんで行ってもらいたい。それから、これが今日の本題になるが、皆さんの中でも今日これが初対面という人がいることだろう。そりゃ、どの方も有名なトレーナーばかりだから名前くらいは聞いていると思うが、ここは一つこれから先のライバル同士として挨拶していってもらいたい」ヤーコンはそれだけ言うと後ろに控えていたスタッフとともに去って行った。
 ヤーコンが去って行って、ダイゴは他の人たちの動きを見ていた。ワタルはさっきから目をつむったまま微動だにしない。……絶対寝てるだろアレ。その前のミクリはどうしたものかと困った様子でもじもじしている。対してシロナはさっそく向かいのアデクと話し始めているし、ダイゴも何か話さないといけない気がして目の前のグリーンに声をかけた。
「君がグリーン君だね。君の話はホウエンでもいろいろ聞いているよ。僕の名前は――」
「ダイゴだろ。知ってるぜ」言い切らないうちにグリーンが答えた。
「ほぉ、それは嬉しいな」
「石好きの変人だろ?」
「……」
 初対面の相手に変人呼ばわりされたショックで言葉に詰まってしまった。
「ははっ! 冗談だって、冗談。鋼のチャンピオンダイゴの実力はカントーでも有名だぜ。あんた、相当腕が立つらしいな。ま、お手柔らかに頼むぜ」
 このグリーンの態度を幼さと決めつけるのは危険だと、ダイゴは感じた。飄々としてみせてはいるが、この男の実力は間違いない。今、これだけの大物に囲まれても一切物怖じしない態度は、その実力を裏づける証拠と捉えるべきだろう。
「こちらこそ、天才グリーンの胸を借りるつもりでお相手願うよ」
 そういうとグリーンは何も言わずにんまりと笑った。
 こちらも軽く笑みで返した。しかしその手には汗。
 互いに余裕を見せていても、平気なふりをしているだけって分かっている。それでも決して弱みは見せない。これは実力の拮抗した、強者たちの戦いなのだから。

 面識のなかった者たちとの挨拶は一通り終わった。といっても、グリーンを除けばアデクだけなのだが。アデクは終始おおらかといか、がさつな男だった。細かいことは気にしない、言い換えればちょっとやそっとのことでは動じない男のように思われた。
 一時間ほどして再びヤーコンが戻ってきた。今日はもうこれで解散らしい。ヤーコンに言わせてみれば、「小学生じゃないんですから、あーだこーだ引っ張られるの退屈でしょう?」ということらしい。間違いない。


 顔合わせが終わり、宿泊施設へと戻る者、どこか出かけていく者と別れていく中で、ダイゴは座ったままでいた。
 彼らは皆強い。ポケモントレーナーとして最高の人たちだ。
 だから俺はここで勝たなければならない。誰にも負けない。最強は、俺だ。

「シロナ!」
 部屋に戻る途中のシロナがさっとこちらを振り向いた。
 ダイゴは足を組んで、両手は肘掛に乗せて深く椅子に座っていた。さながら王様のようだ。虚勢と思われても構わない、虚勢ではないのだから。
「けっきょく僕が一番強くてすごいってこと、君に教えてあげるよ!」
 王者の中の王者を決める戦いが始まる。



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ひっさしぶりの投稿。
いつも見ているアニメ番組にちらっと過去キャラが出た時のような、そんなアレが書きたかった。
出来てないかもしれないけど
(

〈書いてもいいのよ〉 〈描いてもいいのよ〉 〈批評してもいいのよ〉 〈ダイゴさんかっこよく書きたかった……〉