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  [No.2883] のろいのちょこれーと 投稿者:ラクダ   投稿日:2013/02/15(Fri) 16:35:29   150clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 まさか。そんな筈はない。断じて違う。世間じゃ話題真っ盛りのアノ日だといっても、俺には全然関係ないはずだ、うん。
 いくら綺麗にラッピングされていたって、これがアレだとは信じられるわけがない。しかも俺宛だなんて……まさかそんな!?

 だれかの プレゼント! オレは こんらん している!
 
 郵便受けの前で固まる俺の後ろを、郵便屋のバイクが軽快に走り抜けていく。配達のお兄さんに怪訝な顔で見られていたのは知ってる、でもそんなことに構ってられる状態じゃなかったんだ。
 片手に余る長くて平たい箱は、赤い小さなハートが散りばめられた包装紙で丁寧にくるまれている。ラメ入りのキラキラ輝く金のリボン、目立つように大きくふんわりと結われたそれは、特別なプレゼント用です、と主張しているように見えた。
 特別なプレゼント。この日に、いかにも女の子の好きそうな可愛い包装で。となるとこれは、もう。
「チョコ、だよな? バレンタインの」
 呆然と呟く俺の後ろで、電線にとまったヤミカラスがカアと鳴く。気付けば辺りは暗くなり始めている、何気なくポストに手を突っ込んだときはまだ明るく陽が差していた。いったいどれだけ立ち尽くしていたんだか。
 物欲しげにリボンを見つめるヤミカラスの視線を逃れるため、俺はそそくさと家に入った。扉を閉める直前、残念そうにガアと鳴く声が聞こえた気がする。でもこれは駄目だ、お前にはやれん!

 上着も鞄も玄関に放り出し、俺は改めて綺麗な箱をじっくり眺めた。どこからどう見てもあれだ、間違いなく気持ちのこもったプレゼントだ。自分にそんな気持ちを贈ってくれる子なんていたんだ、という喜びと、万一誤配だったらどうしよう、という不安で心が揺れている。あっごめん人違いでした、なんていう結末なら立ち直れないわ俺。
 しかし、くれたのは一体誰だろう? 残念ながら全く思い当たる相手がいないんだけど。引っくり返してみても宛名なんて見当たらない。うちの両隣の住人を思い浮かべてみるが、一方は老夫婦もう一方は留守がちの女性トレーナー(残念ながら彼氏持ちだチクショウ)で、到底チョコを贈ったり贈られたりするような人たちじゃない。しかも隣のジイさんはとんでもない酒豪だ、渡すなら甘い物より酒だろう。
 となるともう俺しかいないよな? 俺でいいんだよな!?
 緊張で冷たくなった手をなんとか動かして、金のリボンを解いた。ああ、開けたいような開けたくないような。ざわざわする気持ちを落ち着かせるためにリボンを丁寧に丸め、それからゆっくりゆっくり包装紙を剥いでいく。メッセージカードでも入っていないかと思ったが、それらしいものは見当たらない。よほどの恥ずかしがり屋か、あるいは緊張のあまり入れ忘れたとか?
 赤い紙の下から現れる白い箱。印字された赤と緑の文字が目に鮮やかだ。とろりと蕩けたこげ茶の液体が、大粒の具材をなめらかに覆いつくしている。実に美しいパッケージだ。
 そして箱中央には、目立つ大文字で【カレー】と表示され――――カレー?

 ……えっ? なにこれちょっとまってまって。

 俺の思考は停止した。目は確かにカレーという文字を読んでいるが、脳が理解するのを拒否している。なんでカレー? バレンタインのチョコみたいな包装しておいて、なんでカレーなの?
 もしや、とある可能性を思いつく。近年は別の食品に似せた変わり種チョコが流行っているらしいと聞いたことがある。つまりこれもそういう事なんじゃないか!?
 急いで箱を開け、中のトレイを引っ張り出す。思いっきり【カレールウ】って書いてあるけど、さっくり無視して金色のビニールを剥がした。中から現れた、区分けされた黄色がかった茶色い固形物からぷんと漂うカレー臭。
 ああ、うん。紛うことなきカレールーだわ。
 あまりの脱力感にルーを持ったまま倒れ伏す。フローリングの冷たさが身に染みるぜコンチクショウ……! 悪ふざけにも程があるよ、誰の仕業だよバカヤロー……! 目から塩水出てきたじゃねえかコノヤロー……!!

 ひとしきり慟哭と罵倒と悶絶を堪能してから、俺はようやっと身を起こした。さっきまで輝くばかりの魅力を放っていた箱は、今はもう憎々しい代物以外の何物でもない。思い切りゴミ箱に叩き込んでやろうかと思ったが、冷静に考えるとコレ自体に罪はないし、なにより貴重な食料を無駄にするのはもったいない。
 仕方がない、こんなものを贈られてしまったからには滅茶苦茶美味いカレーを作ってがっつり食ってやる。その後でこんなことをしやがった犯人を捜しだして、カレールーなんて二度と見たくもない、って目にあわせてやろう。よしそうしよう。
 謎の決意を固めつつ立ち上がった俺の足元で、丸めたリボンがきらりと光る。それを見てふと、夕暮れのヤミカラスの事を思い出した。ゴミ箱に残しておくのも癪だし、あいつにどこかへ持って行ってもらおうか。リボンを拾い上げ、ついでに真っ暗な玄関のスイッチを入れた。
 急に灯った明るい光に目を瞬かせつつ、ヤミカラスを探そうと扉を開ける。外の暗闇を凝視して、俺はもう一度目を瞬かせた。
 
 ヤミカラスはいなかったが、かわりに別の生き物が扉の前に鎮座していた。いや空中に浮いていたんだから、鎮座とは違うかもしれない……ともかく、どうしてムウマがうちの前に?
「ええと、どちら様?」
 間の抜けた声をかけてしまったのは、ひとえにムウマの態度のせいだろう。やけにもじもじして見える。所在なさげにしていながら、それでもそこから動こうとしないその姿に困惑させられたんだ。
 気まずい沈黙の中で、相手はちらちらと視線を投げてくる。その視線が俺の手に向かった時、ムウマはキャッと叫んで目を閉じてしまった。手にはプレゼントの金色リボン、目前には身悶えするムウマ。
 えっと、つまり、えっ?
「あれくれたの、お前か!?」
 素っ頓狂な叫びに、こくこくと頭を頷かせるムウマ。小刻みに震える体に熱っぽく潤んだ瞳だなんて、まるで漫画の恋する乙女みたいな奴だな。そう考えてから愕然とした。ひょっとして、ひょっとしなくても、これはコイツから俺への告白なのか? まさか!?
「あの、でも何でカレールー? チョコじゃなくて?」
 口をついて出た素朴な疑問にムウマが反応した。ぱっと飛び立ったかと思うと、どこからか一枚のチラシを咥えて戻ってきた。恥じらいつつ俺に差し出すので見てみれば、それは近所の大型スーパーのバレンタイン特集の知らせだった。紙面の半分には色とりどりに飾られたチョコレートの箱が並べられている。そしてもう半分には、この機に乗じた特売商品が並んでいる。その中の一つに、見覚えのある白い箱があった。
 そういえば、このスーパーは店頭で賑やかに呼び込みやってたっけ。バレンタイン用に商品お包みします、とかなんとか。推測するに、この特集のチラシや呼び込みを見、スーパーのチョココーナーに集まる女性陣を見てバレンタインについての情報を仕入れ――しかし鬼気迫るその売り場に飛び込めず、かわりにそのコーナーの近くに併設された(であろう)特売コーナーの、よく似た物を選んで持ってきたんじゃないか。そりゃそうだよな、どれがチョコでどれがカレーかなんて分かるはずないよな。
 品物の代金どうしたとかこんなもん包んだ酔狂な店員いるんだろうかとか、疑問点は沢山あるが、本人に聞けない以上適当に想像しておくしかない。
 しかしまあ、この態度と行動を見る限りでは、世間的なバレンタインの概念は理解しているようだ。理解した上で、俺に持ってきたわけだ。なんてこったい。
 
 あー、だの、うー、だのと唸る俺を、ムウマはキラキラした瞳で見つめている。贈り物に対する俺の返事を、ドキドキしながら待っている。まるっきり、告白に来た女の子のノリじゃないか。
 どうしよう、バレンタインに女の子に告白される夢想はしてたけどこの展開はちょっと予想外だ。さすがの俺もポケモンからだなんて……いやその、巷で大人気のサーナイトやミミロップがお相手の漫画やら小説やらは読んだことがあるけれども、ついでにいうとムウマやムウマージには一部に熱狂的なファンがいる事も知ってるけれども。確かに可愛いもんな、このふわふわした頭とかころころ変わる表情とか。あれ、何考えてるの俺?
 俺の困惑を感じ取ったのか、ムウマの顔に不安の色が走った。急におどおどして視線を外し、自信を無くしたように体を縮めてしまう。そのまま力無く下降し始める小さな体へ、俺は咄嗟に両手を差し出していた。
 掌につくかつかないかの位置で止まったムウマが、潤んだ瞳で俺を見上げている。
 こちらの意思を、本心を問う瞳だ。何故か適当にあしらう気になれず、正直に答えなくてはと心が騒ぐ。
「まいったな。いや俺、こんなの初めてだしどう答えりゃいいのか。今はちょっと、まともに考えられないし……こら待て、話を聞いていけ!」
 闇の中へ飛び去ろうとするムウマを必死になって呼び止める。振り向いたムウマの顔から、大きな水滴が零れ落ちた。初めて告白された上に相手泣かせるとか、経験したことのない状況に俺の頭が混乱している。やばい、どうすりゃいいんだ。
「そのー、気持ちの整理がついてないから、期待されてる返事が出来るかは分からない。そっちの事、まだよく知らないしな。ただ、この日に貰えた事はすごく嬉しかったよ。本当、震えるぐらい嬉しかったんだ。ありがとう」
 頷くムウマの表情は見えない。もっと近くにと手招きすると、おずおずと距離を詰めてきた。ようやく見えた不安と涙いっぱいの顔に、思わず苦笑が漏れる。本当、人間顔負けに乙女チックだわ。むしろその辺の女の子よりよっぽど“女の子”してるじゃないか。
 まあ、男なら可愛いコに慕われて悪い気はしない。自分の為にここまでしてくれてこんな顔見せられたなら、例え相手がポケモンでもグッとくるものがあるじゃないか、なあ?
 とりあえず、俺がするべき事は。
「こんなところで立ち話もなんだし、寒いからとりあえず中入る? 何にもないけど……カレーくらいは作れるよ」
 途端にムウマの顔がぱあっと輝いた。どこか張りつめていた表情が明らかに緩み、纏う雰囲気も随分柔らかいものに変わる。丸い大きな瞳を細めて極上の笑顔を向けてくるこいつに、不覚ながらくらっときた。あーくそっ、今ムウマファンの気持ち理解した気がするぞ。ものすごく可愛いじゃないか!
 
 笑顔満面で入ってくるムウマを迎えながら、ふと思う。あれは本当はカレールーなんかじゃなく、呪いのかかったチョコレートだったんじゃないかって。ポケモンに魅かれるなんて思ってもみなかったし、自分がそれを受け入れるなんて考えたこともなかったってのに。こんなにあっさり受け入れてしまったのは、ひょっとしたらあれに込められた魅惑の技のせいじゃないか、とね。
 この際、物はチョコだろうがカレーだろうが関係ない。心からの贈り物に難癖付けるほど俺は根性悪じゃない、受け取ったのは気持ちなんだから。
 
 見かけも味も違うけれども、それはまるで、心蕩かすような。



――――――――――――――――――――――――――

 14日のバレンタイン投稿のはずが、日付を勘違いして遅れたラクダです。うーん間抜けだわ!
 いつぞやのツイッターにて、ある方が「呪いのチョコレート……に見せかけたカレールー」と呟いておられたのを見て、ついムラッとした結果がこちらです。
 当初はムウマが取り持つ軽い恋愛話のはずだったのですが、チョコレートを贈る側の女性及び呟いた方のイメージである純粋な男性、という人物像が上手く掴めず……。気がつけば、己の趣味に走った展開になってしまいました。
 ポ、ポケモンから貰ったっていいじゃない!
 
 久しぶりに、ああ書きたい! という気持ちをかきたてられました。ネタをくださったムウマ好きさんに大感謝、そして読んでくださった皆さんありがとうございました!
 


  [No.2887] Re: のろいのちょこれーと 投稿者:No.017   投稿日:2013/02/17(Sun) 10:28:21   83clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

なんだこれ…誰かさんの陰謀を感じる……黒幕の存在を…

じゃなくて!!!

なにこれかわいい。
キャッじゃねぇよ! キャッじゃ!
ちなみに私はカゲボウズからカレールー貰ってカレー作りたい!

ラッピングしてあげた店員さんのとくせいは「いたずらごころ」に違いあるまい。


  [No.2891] キャッ/// 投稿者:ラクダ   投稿日:2013/02/18(Mon) 21:36:58   74clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

> なんだこれ…誰かさんの陰謀を感じる……黒幕の存在を…
 お名前を出していいか聞いていなかったので、あえて伏せてみましたが……まあ八割がた分かるだろうなとは思っていました。最近はムウマと聞くとこの方しか浮かびません。

> キャッじゃねぇよ! キャッじゃ!
 だって乙女ですもの! 姿のせいか、ベタな女の子らしい仕草が似合うんですよねえ。もちろん♂もいるはずですが(
 
> ちなみに私はカゲボウズからカレールー貰ってカレー作りたい!
 カゲボウズから愛の告白カレー……カレーボウいいえなんでもありません。

> ラッピングしてあげた店員さんのとくせいは「いたずらごころ」に違いあるまい。
 にっやにやしながらルーを包む店員さんが、ムウマにはさぞや頼もしく見えたことでしょう。そして彼にはさぞや忌々しく見えたことでしょう。

 読了いただきありがとうございました! カゲボウズから愛のプレゼントがありますように!