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  [No.2894] お忘れものはございませんか 投稿者:片桐伶   投稿日:2013/02/25(Mon) 13:13:24   66clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

【ほんのり死ネタです。閲覧の際にはお気をつけください。】



こうして時間ができたときにはたまに、カナワからセッカまで歩く。
疲れたら地下鉄で帰ればいい。喉が乾けば自販機で飲み物を買えばいい。そぞろ歩きは楽だ。
電車が地下に潜るのを見送って、獣道のような山道を通って、特に何をするでもなくただ歩く。歩いている間は何もかもを忘れられる。仕事のことも、家族のことも、ポケモンのことも。

この世の全ての物と関わりを断って、自分という物体だけがぼんやりとそこに存在している、そんな感覚が好きだ。厭世、とまではいかないけれど、たまにこうして一人になりたいときがある。共時的にも、通時的にも、孤独でいたいのだ。

今日も今日とて、ライモン発の地下鉄でカナワまでやって来た。時刻は午後2時、雲一つ無い快晴。絶好の散歩日和だ。
いつものように駅を出て、セッカの方面に向かって歩き始める。カナワタウン駅付近の小さな踏切は、なんだか味があって好きだ。だから毎回、この散歩ルートのときはここを通る。そうしていつものようにその踏切を渡ろうとしたところで、ふと足が止まった。

「なにこれ」

花だ。どこからどう見ても、花だ。
名前はわからないけれど、どこかで一度は見たことのある、茎の先に小さな花がたくさんついた背の低い植物。鮮やかな桃色であったであろう花びらは色褪せてはいるが、まだしっかりと茎にしがみついている。ここに置かれてからまだそこまで日は経っていないらしい。

踏み切りの遮断機に立て掛けるように置かれているそれに心引かれて、思わずしゃがみこんだ。
よく見てみれば、花瓶かと思った入れ物はサイコソーダの瓶だ。誰かの悪戯と思うにはあまりに丁寧すぎて、「献花」という仰々しい名前をつけるにはあまりに扱いが軽すぎる。

「気になりましたか」

若い男性の声が聞こえて、思わず立ち上がって振り返った。

「えあ、あの、す、す、すみません! いいっ、今どきますので……」
「いいんですよ、お気になさらず。こちらこそ、急に声をかけてごめんなさい」

しどろもどろになった私に落ち着き払った優しい微笑みを返すその人は、緑色の制服を着ている。駅員だ。

「立ち止まられるお客様もよくいらっしゃいますよ」
「あ、そう、なんですか」
「皆様、気になるんでしょうね。こんなところに花が手向けてあれば」

駅員さんはそう言って屈むと、逆方向に折れた葉を元の向きに直した。

「あの、」
「どうかなさいましたか」
「この花、どうして、ここにあるんですか」

会話が途切れたときの沈黙が苦痛すぎて、またよく分からないことを口にしてしまった。理由が知りたかったのも半分くらいはあったけれど、言った直後から後悔がどっと押し寄せてきた。顔が熱くなるのを感じた。

「この花は、ここで死んだポケモンのためのものなんですよ」

その人はそう言って線路の方へ目をやった。何かを思い出すかのように、何も言わずに。
つられてその方を見た。単線を跨げるように、必要最低限の装置だけが置かれた踏切。折しも、カンカン、と音を立てて遮断機が降りた。轟音と共に列車が通過する。

これが、名前も知らないポケモンの命を奪ったのだな、と思った。

遮断機が上がると、途端に辺りは静かになった。音に遅れてそよ風が線路の上を通り過ぎていく。音もなく抜けていく風は、周囲の草木や花を揺らして消えていった。
辺りは本格的な静寂に包まれた。駅員さんは何も言わずに、まだ線路の向こう側をじっと見つめていた。
聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がした。申し訳ない気分になってきた。

「そのポケモン、僕の手持ちじゃないんですけど」

ああ、そうだったのか。てっきり駅員さんのポケモンだと思い込んでいた。胸のつっかえが取れて、すうっと楽になった。

「そうだったんですか」
「ええ。僕の上司のポケモンだったんです。人懐っこくて、可愛いモグリューでしたよ」

このくらいの大きさで、と広げられた手の大きさから見るに、それほど大きく育ったわけでもなかったらしい。小柄な子だったのか、それとも、大きくなる前に死んでしまったのか。

「線路の向こうに見えたネジ山か、電気石の洞穴に惹かれたんでしょうか、トレーナーの制止も聞かずに走っていって――それっきりです」

光景がありありと浮かんだ。痛ましい情景だ。慌ててぶんぶんと頭を振った。
駅員さんの上司、ということは、そのモグリューの主人も鉄道関係の仕事なのだろう。自分の仕事道具で愛するポケモンを失った。その悲しみは想像を絶する深さだろう。自分には到底想像もできない。
勿論、ポケモンの死に直面したことはある。手持ちが死んだこともある。タワーオブヘブンに納骨に行ったこともある。けれど、それっきりだ。悲しくなかったわけがない。でもそれ以上は何もなくて、喉元過ぎれば熱さ忘れるとはよく言ったもの。愛情が無くなったわけではないのだけれど、形式ばった機会にしか墓参りにも行かない。何故か足が向かない。自分はこんなにも薄情だったのか。

「ボスは、ポケモンを本当に大事にする人です。仕事で使うポケモンは厳選された一体なのに、それ以外の、それこそ捨てられるような能力の子達も、みんな面倒を見ていました。今となってはその子達はみんな里親に引き取られてしまったんですけどね、それからも、何かにつけては里親さんと連絡を取って、自分のポケモンの様子を確認してるんです」
「本当に、ポケモンが好きなんですね」
「ええ、本当に。ポケモンと仕事に誇りを持っている、自慢の上司ですよ」

駅員さんはしゃがんで、そっと瓶に活けられた花を撫でた。優しい手つきだった。この人とその上司とやらは、単なる上司と部下の関係ではないのだろうなと察した。この人は、本当に上司を尊敬しているのか、親交が深いのかのどちらかだ。口ぶりから前者のように思える。
その隣にしゃがみこんで、同じように花を見た。この世の綺麗なもの、尊いものを全て凝縮したようなものがそこに存在しているかように思えた。

「だから、この死んでしまった子も、同じよう見守ろうと思って、こうして花を手向けているんです。大好きだったサイコソーダの瓶に入れて」

駅員さんの手が瓶にかかる。指先が慈しむように瓶の曲線を撫で上げる。一瞬、瓶の奥にモグリューの姿が見えた気がして、ぞくりとした。

「二人とも、本当に、よくできた人で」
「二人、ですか」
「ああ、そうでした、ボスは双子なんです。基本は二人で、用事があるときはどちらか片方が、花を手向けに来ているんです。……あ、ちょっと話しすぎましたね。申し訳ございません」
「いえいえ! とってもいいお話を聞かせてもらえて、とっても良かったです!」

すっと立ち上がって丁寧にお辞儀をした駅員さんは、改めて見ると本当に美しくて、その姿に思わず見とれそうになった。紳士的、という言葉は、正に彼のためにあるのだろうと思った。

「今日はこれからおでかけですか。絶好のおでかけ日和ですからね。それでは、よい旅を」
「あのっ!」

敬礼をして颯爽と歩き始めた駅員さんを、大声で呼び止めた。

「どうなさいましたか」
「タワーオブヘブンの最寄り駅に止まる電車って、何分後に出ますか」
「そうですね……次は、10分後になります」
「わかりました、ありがとうございます!」
「いえいえ。ご乗車、お待ちしております」

もう一度敬礼した駅員さんにお辞儀を返して、カナワタウン駅へと走り出した。
予定変更。今日は散歩は取り止めだ。地下鉄に乗って、駅の近くの売店でポケモンフードでも買って、タワーオブヘブンへ行こう。

たまには、こんな休日も悪くない。




* * *

初めましての方は初めまして。それ以外の方は、その節はお世話になりました。

こちらには初投稿の、片桐伶といいます。
この間のムウコンで「確かに恋でした」を投稿させていただいた者です(・ω・)

唐突にネタが浮かんできたものの、カップリングしか置いてない自分のサイトに置くのはちょっとなあ、と思って勇気を出してここに投稿してみました。
正直めちゃくちゃ緊張してますヒイィ
どうかお手柔らかにお願いしま…す……(