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  [No.2895] 生きていたから、人質になれた。 投稿者:ねここ   《URL》   投稿日:2013/02/26(Tue) 10:48:29   79clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:マンタイン


 十の誕生日にポケモンと共に旅立つ。
 俺もその習わしに漏れることなく、シオンタウンから出発した。それが五年前。

 あまり社交的でなかった俺にとって、旅での経験は想像していたのよりずっといろいろなもので溢れていて――得難いものだった。パートナーのマンタインと共に、バトルを繰り返す毎日は、貴重という言葉で表すことが躊躇われるほど素敵な日々で。道端の野生ポケモンにさえ負け続ける日もあったし、剛強無双のジムリーダー相手に白星をあげる日もあった。カントーのジムバッジを制覇できたことは、今でも俺の誇りであり宝物だ。しかし、ある日マンタインを水道に帰したことがきっかけで、俺の旅に終止符が打たれた。

 マンタインと別れたことを後悔していないと言えば、嘘になる。でも彼には、戦うよりものんびり泳いでいて欲しいと思った。偶然テレビ番組で見た、行き先もなくただ遊泳するその姿が好きで、俺はマンタインを相棒にしようと思ったのだから。一応当初の目的――ジムバッジ集め――は達成できた。マンタインは元々、一足先に旅立った姉にプレゼントしてもらったポケモンだ。タマゴから孵したわけではないから、自然界の掟も理解できている。つまり水道に帰っても、ちゃんと生活できるということだ。



 ――俺と違って。



「ジュン、体調はどう?」
「大丈夫。姉ちゃんも忙しいんだろ。わざわざ来なくてもいいよ」
「……そういうわけにもいかないの」
「あーあ、何で俺こんなんなってるんだろ……」

 俺は旅が終わってからすぐ、病気になった。それからずっと、カントーで一番有名な総合病院の離れ病棟で隔離入院している。何の病気かは教えてもらえなかったが、そう先が長くないのも直感的に分かってしまっていた。見舞いに来た両親が見せる傷付いた笑みがどうしても、助からない自分を強くイメージさせるのだ。姉はいつもの通りだったが、決してマンタインの話をしようとはしなかった。

 真白い部屋にあるただひとつのカラーを手に取り、開けた。中にはこれまで対戦したトレーナーやマンタインとの写真たち、そして集めたバッジが入っている。楽しそうな空気がそのまま切り取られているような気がして、少しだけ元気が出た。何番道路の誰々が使うポケモンは、なんてデータマンのようなこともした。手持ちは最後までマンタイン一匹だけだったから、タイプや出す技に関して情報を集めるのは重要な事柄だった。あの頃の自分は、バトルに対して誰よりも情熱を持っていたと思っている。誰よりも、

「……あー、」

 何で俺、こんなちゃっちいベッドの上にいるんだろう。

 マンタインとずっと旅をしていたかった。マンタイン、元気かな。俺が元気だったら会いに行くのに。

 姉曰く、この病気は人間よりもポケモンのほうが感染しやすく、悪化するスピードも人間の数倍になるそうだ。マンタインのことを引きずっているためにつかれた嘘かもしれないけれど、もし本当なら俺はマンタインはおろかポケモンに接触してはならない。絶対に。こんなつまらない思いを、大好きなポケモンたちにさせてはいけない。

「じゃあ、私帰るけど」
「しばらく見舞いいらないから」
「……はいはい。そうだ、それと――これ」
「何?」

 姉が意味ありげな微笑で渡してきた紙袋の中には、新品のモンスターボールが数個と、あの旅で着ていた服が入っていた。

 こんなもの、あったってしょうがないじゃないか。ポケモンに会って伝染させてしまったときには、一生自分を許せそうにない。しかも、この服を着て、どうしろっていうんだ。空気の読めない行動に少し苛立っているうちに、姉は病室から消えていた。紙袋をパイプの軋むベッドの下へ投げ入れて、洗われたばかりの白い枕を握り締める。何もない、誰もいないここにいつまでいればいいのだろう。テレビもないし、ゲームも携帯もない。窓から見えるのは高層ビル群だけで、空を飛び回っているのは人工の機械が吐いたスモッグだけ。飛び降りて人生を終えることも考えたけれど、分厚い硝子の窓は半分も開かなかった。

 胸の奥底から怒気にも悲愴感にも似た感情が湧き上がってくる。俺はこの気持ちに対抗できる手段をすっかり失っていた。絶望に打ち勝つ勇気も希望も、病と闘う武器ももうない。激しく興奮してしまうと、看護師に訳のわからない注射を打たれるため、俺は何てことはないふりをして目蓋を閉じた。


 ――何時間経過したのだろう。


 目を覚ますと、外はもう真っ暗になっていた。腕に針が深々と刺さり込んでいる。最早見慣れた光景だ。目を閉じてもチューブに繋がれた先の、ポタポタと内容液が流動して落ちてくる画が想像できる。

 その瞬間、耳に届いたのはコン、コン、というノックの音。喉が渇いたせいで嗄れた声でどうぞ、と返す。ノックはおさまったものの、部屋の扉が開く気配はまったくない。もしや両手が塞がっているのだろうか。でも、俺は扉を開けることができない。そんなことができるものなら、とうに脱走している。

「何ですか?」

 脱走でもできたら、こんなに気が狂いそうな気持ちに押しつぶされたりはしないのに。

 コン、

 思ったより近くでその音が聞こえたような気がして、きょろきょろと辺りを見回す。しかしやはりその主を見付けることができなかった。まずノックがどこでされているのかも不明。まさか病院特有の――ではないだろうな、この状況を冗談めかしてはみたが、怖いものは怖い。布団に潜り込んで、息をひそめた。すると、何だか急に体感温度が著しく低下したような気がして、少しだけ顔を出してみる。

「え……?」

 外の景色に隣接する窓硝子が、雪の結晶のように音もなく美しく弾けて散った。いきなりのことで、頭がついていかない。瞠目するだけの俺の前に、ひらひらと舞い降りてきたそれが、ちいさくキュウと鳴き声をあげた。俺の相方だったマンタインよりもずっと小さく、力もなさそうなタマンタ。床に散乱している尖った硝子に怖じることなく、俺のベッドに向かって這ってくる。

「危ない、タマンタ、硝子が、」

 俺の途切れ途切れの言葉にもう一度鳴くと、タマンタは止まって強い超音波を発した。放置された色のないカーテンがひらりと風に舞う。開いてしまった窓の外から、バサバサという翼をはためかせる音が近付いてくる。それと同時に、様々な形の影が俺の病室へと滑り込んで来た。ポッポを始めとしたカントーの飛行ポケモン勢から、テレビでしか見たことがないような珍しいポケモンまでが、一匹ずつ侵入しては嘴に挟んだ色とりどり大小様々な花を白いベッドに囚われた俺の足元に置いてゆく。見知らぬライトグリーンのポケモンの手で、その一輪の花たちはブーケになった。

「……これ」

 このポケモンたちは俺が何でここにいるのか、分かっていないのだろうか。悪意のある病気、ポケモンにはもっと牙を剥く恐ろしい病気――。これじゃ、これまで何のために――。

「みんな、俺は重い病気なんだ! うつったら、」

 そこまで言って、俺は噎せた。大声なんて久しく出していなかったからか、言葉を続けようとしてもすぐにまた噎せてしまう。ポケモンたちは静かにお互いを見合って、その中から出てきたゲンガーが俺に催眠術をかけた――。








「ナナシマより、中継でお伝えします。今年の市場にも出回っている、禁止されているはずのマンタインの売買。乱獲がひどい状況になってきました。このようにマンタインが浜に捨てられ――あ、あれもマンタインでしょうか!? 海をご覧ください! あんな大群がまだ……ん? お、男の子です! 花束を持った男の子が、たくさんのマンタインとタマンタたちを引き連れて海を渡っていきます!」






ねここです。
分かりづらいから解説を挟もうかと思ったのですが、そうするとあれかなーと思ってやめました。こんな解釈したよ!ってのがあったら教えて欲しいです、ええ。
ナナシマのどこかにマンタインがいた……ような覚えがあるのでナナシマ中継。乱獲ダメゼッタイ。