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  [No.2897] Cafe de Evoli 投稿者:穂風湊   投稿日:2013/03/07(Thu) 21:40:49   80clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:イーブイカフェ】 【イーブイ

「あれ、こんな店あったっけ?」
 久しぶりに訪れたシッポウシティ。その一角に見慣れない建物が出来ていた。
 この町ではよく見られるログハウスに広いテラス。新しいカフェだろうか。
 道路を挟んでそれを観察していると、隣のゾロアークが玄関横のボードを指差しつつ、袖を引っ張ってきた。何か書いてある。
「んーと、『イーブイカフェやってます』だって。どういうことかな?」
 イーブイカフェ。聞いたことのない単語だ。一体どんな店――
「まさか、イーブイを料理して出すとか!?」
 んなわけねーだろ、とゾロアークが大げさにため息をつく。
 自分でもそれはないと思ったけど、ふと頭に浮かんだのだからしょうがない。
 だよね、と笑って流しつつドアに手をかける。
 そっと扉を開くと、チリンと小さく鈴の音が響いた。紅茶の香りが中から漏れ出してくる。
「いっらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
 二十代後半だろうか。若いマスターが会釈する。
「こんにちは」
 こちらも軽くおじぎをして、窓際のテーブル席に腰掛ける。ゾロアークは向かい側に。
「こんな時間にお客様は珍しいですね。ティータイムには少し遅いのでは?」
「さっきこの街に着いたばかりなんです。ここを通りかかった時に、何の店か気になって」
 何を思ったのかは言うまい。
「ああ、旅の方でしたか。ではお客様は初めてですか?」
「はい。それでイーブイカフェって――」
「すぐに分かりますよ」
 そう言い終わるか終わらないかの内に、奥から二匹のイーブイが現れた。満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
 段々分かってきた。
「ご注文は紅茶とクッキーでよろしいですか。初めての方にはいつもこれをお勧めしてるのですが」
「じゃあそれで」
「かしこまりました」
 一例してマスターがカウンターへ戻っていく。
 残ったのは私達とイーブイ。人見知りしないのか、私とゾロアークそれぞれの膝に飛び乗ってきた。
 デニム越しにもわかるイーブイの体温と爪がくすぐったい。
 そっと頭を撫でると、暖かくてふわふわしていて気持ちいい。ぎゅっと抱きしめたい、と思ったけれどなんとか抑える。そんなことしたらイーブイが驚いてしまうかもしれない。
 ――まあ、両手で彼の頬を引っ張ったりはしてるんだけど。怒らないからきっと大丈夫。
「どうですか?」
 食器を並べながらマスターが笑みを浮かべて問う。薄茶に透き通った紅茶を注ぐと、湯気と共にほんのりオレンジの香りが広がり鼻腔をくすぐる。
「とてもかわいいですね。常連の人は多いんじゃないですか?」
「そうですね。午後の二時から三時によくいらっしゃいます」
 私もこの辺りに住んでいたら、毎日通っていただろう。
 これからは、シッポウシティに着いたらまずここに来ようかと思う。
 カップを手に取り、紅茶を少し口に含む。
 普段飲むのとは微妙に違った味。なにがどうとは上手く言えないけど、とにかくこの味は好きだ。
 そんな私の様子を見てマスターが一礼する。
 次はクッキーを食べようと手に取ると、おとなしく前方を見ていたはずのイーブイの視線がクッキーの動きに合わせて移動する。私の口元に持ってくると、イーブイと目が合った。
「…………」
「…………」
 きらきらと目を輝かせてひたすらクッキーを見つめる。そのまま食べてしまうには残酷な気がした。
「…………」
「…………んー」
 こう見つめられて、見なかったことになんてできない。悩んだ挙句、クッキーを半分に割り片方を渡す。
「〜〜〜!!」
 歓喜の声を上げて、イーブイは一口で飲み込む。
 じっくり咀嚼して、クッキーを堪能しているようだ。
 それじゃあ私も――口の中に放り込もうとした手が再び止まった。
 ゾロアークの膝にいたはずのイーブイが、いつの間にか私のところに来ていたのだ。
 膝の上に両の前足を置き、さっきの子以上に輝いた目をして尻尾を振っている。
「…………はい、食べていいよ」
 あっさり私は折れて、残りを全部あげる。
 仕方ない。もう一枚頼むことにしよう。
 顔を上げると、ゾロアークが口の端を持ち上げてこちらを見ていた。
 残念だったな。ま、俺はおいしくいただくけどよ、とかそんな感じ。
 けれど、ゾロアークも味わうことは許されなかった。
 私の膝にいたはずのイーブイが、いつの間にかゾロアークのところにいたのだ。
 イーブイはさっきと同じきらきらした瞳をゾロアークに見せる。
 ゾロアークは必死に視線を逸らすけれど、その先にはもう一匹のイーブイ。逃げ場がなかった。珍しくゾロアークが困っている。なかなか見られない表情だ。
 でも救いの手は差し伸べない。私と同じ目に遭うといい。

 約一分後、ゾロアークは仏頂面で紅茶を啜り、イーブイ達は仲良くクッキーを食べていた。
「もう一枚ずつ頼んであげるから、機嫌直そう?」
 私の提案にゾロアークは片目を開け、小さく頷いた。
 相変わらずの不満顔だが、内心喜んでいるのだろう。
 マスターに注文してから、しきりにカウンターの方見てるし。
 実は私も楽しみにしていた。何しろあんなにおいしそうに食べるのだ。期待が高まるのは当然だ。
 けれど私たちがクッキーを口にできたのは、それからさらに三枚ずつ頼んだ後なのだった。

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名前を少し変えました、穂風です。
数ヶ月、話を書いてなかったので手が進まず大変でした。

「イーブイカフェ」あったら毎日通ってそうです。
イーブイ達で遊びすぎて、入店お断り!とか言われそうですが