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  [No.2914] ポケモンになろう 投稿者:フミん   投稿日:2013/03/30(Sat) 00:06:11   98clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「ついに完成した。これで夢を叶えることができる」
 
時刻は真夜中。暗い部屋の中、若い男はそう呟いた。

ここは男の家。彼が普段利用している部屋は沢山の本や紙切れで散らかっており、机の上には何日も洗っていないマグカップが放置されている。他にもお菓子袋の残骸や壊れたメガネケース等、ゴミになるようなものも散らばっていた。
部外者が入れば、半数以上が不快と述べるだろう空間で、男はあることを成し遂げた。

「これで僕もポケモンになれるぞ」
 
男は無精髭を生やした顔で、独り言を呟いた。
彼の目の前には、大きな機械があった。人が入れるくらいの円柱の筒、覗き窓がついており、人が入れるように扉がついている。その筒が二つ並んでおり、それぞれを水道管のようなもので繋いでいる。
これは「ポケモン転送装置」。ある有名な開発者が作り出したものを解析し、彼が真似て完成させたものである。
元々は名前の通り、ポケモンを遠くへ転送させる装置として作られたものだ。だが同時に欠陥品でもある。製作者が操作を誤った際、なんとポケモンと製作者が合体してポケモンになってしまったのだという。その時は偶然製作者の家を尋ねてきた少年が手助けをして、なんとか元の姿に戻れたということだった。

男はこの話を聞いた時、正直にこう思った。
なんともったいないと。
自分なら元には戻らないと。本気でそう思っていた。
 
ポケモンは、人間よりも能力が高いことが多い。空を飛べたり、水の中へ長く潜れたり等、人を越えた能力を持っている。

彼には、それが羨ましくて仕方がなかった。ポケモンが持つ固有の能力を自分の手で使ってみたいと思った。だがそれは、どんなに努力をしても叶うことがない夢だった。
ポケモン転送装置の話を聞いた時、彼は全身の血液が沸騰するくらいに興奮した。
彼は直ぐに製作者の元へと足を運んだ。幸いにも男は機械に強かったので、内部の構造を見せて貰えば自分で機械を作れると確信していた。彼がたどり着いた時には、製作者は欠陥を直してしまうところだった。慌てて男は、内部の仕組みを見せてくれと頼み込んだ。

「悪いようには使わへんでや」
 
男は決して悪用しないと誓い、転送装置の中身を見せて貰った。
こうして内部行動を把握した男は、自宅へ戻ると、早速”欠陥のポケモン転送装置”を作り始めた。そのために長い休みを取り、貯金を切り崩して必要なものを買い集め、何日分もの食糧を溜め込んだ。時々友人が遊びにきたが、大事なことをしているからと追い返した。とにかく、一分一秒が惜しかった。
風呂に入ることも忘れ、着替えもせず、ようやく目的のものを完成させたのだった。
 
これで願望が叶う。
 
男は、長年の夢が現実になることを思い、笑みを崩すことはできなかった。

 


早速男は、ポケモンを捕まえることにした。何を捕まえるかは、とっくに決まっていた。
彼の手の中には、そのポケモンが入ったモンスターボールが握られている。手汗をかきながら慌てて家に入っていく。床に落ちているゴミを踏んで転びそうになるが、何とか踏みとどまって転ぶことは回避した。男は、それ程までに気持ちが高ぶっていた。
 
機械の目の前に立つ。震える手を鎮めながら、ボールからポケモンを出した。
出てきたポケモンは体が紫色、顔と手があるのみ、二つの手には指が三本ずつ。一般的には、ゴーストと言われるポケモンだった。
急いで捕まえられたゴーストは、これから何を行われるかを理解しておらず、無邪気に首を傾げている。
男は、乱れる息を整えつつ、捕まえてきたばかりのゴーストに言う。

「いいかい、ゴースト。君の後ろに、二つの大きな筒があるだろう? 君は、右側の筒に入ってくれ。直ぐに終わる」
 
ゴーストは訝しげな様子で男を見つめていたが、素直に従うことにした。言われた通り、扉を開けないまま筒の中へと入っていく。男は思わず拳を握り締める。

「ちょっと待っていてくれ」
 
筒の中から様子を窺うゴーストの視線を受けながら、男は目の前のキーボードを激しくタイピングする。予め用意していた、ポケモンとくっつくプログラムを準備する。この転送装置を作った人物は、無事に分離プログラムを打ち込んで元の姿に戻れたらしい。ならば、その全く逆のプログラムを用意すれば良い。男はプログラムを解析して、見事ポケモンと故意にくっつくプログラムを完成させたのだった。
 
震える指でタイプミスを繰り返しながら、ようやく起動画面を呼び出した。後はEnterキーを押せば、プログラムは動き出す。
盛大な願いが現実になる瞬間だった。
 
男は、ゆっくり、しっかりとボタンを押した。
そして素早くもう一つの筒の中へと入る。
数秒間遅れて、彼が仕込んだプログラムが動き出す。
筒の中が段々と明るくなっていく。青白い光が男とゴーストを包む。ゴーストはこれから行われることを本能的に察し逃げ出そうとするが、もう手遅れだった。更に強い光が二人を覆い隠す。
男は、これから起こることに身を任せてじっと目を閉じる。
機械が唸り、彼の平衡感覚が乱れた。急に空中へ投げ出されたような感覚に襲われる。ぐるぐると体が回されているような錯覚に陥り吐き気を感じたが、口と硬く閉じて耐えた。
 
そしてバツンという音が鳴り、音も光も止んだ。
騒がしかった部屋に沈黙が漂う。
二つの筒のうち、男が入った方だけ扉が開いた。
 
中から出てきたのは、右側で待機していたゴーストだった。しかし、先程の雰囲気とはまるで様子が違う。自分の手や体を眺めた後、部屋の隅に置いてある等身大の鏡の方へ急いだ。

そこには、間違いなくゴーストの姿が映っている。

ゴースト、いや、男は大きな口を開き、鏡の自分の姿へ向かって満面の笑みを見せた。
自分はたった今、ポケモンになれたのだ。この瞬間をどれだけ待ちわびたことか。
外見は、先程捕まえてきたゴーストそのままだ。しっかりと意識もある。自由に体も動かせる。何ら問題はない。自分は、生まれ変わったのだ。
男は歓喜の声を上げた。すると、家の玄関から扉を叩く音が聞こえる。


「何時だと思っているの! 静かにして頂戴!」
 
それは、中年女の声だった。
男は、その声の持ち主が誰か覚えていた。確か、この家の右隣に住んでいる女だった筈だ。自分と同い年の娘がいるらしい。横幅は広く、あまり良いとは言えない外見だった。口が軽くてそして噂好き。どこにでもいるような人物だった。
気分を害してしまった。だが、確かに夜中に大声を出すのはあまり良くないとう感情も湧きあがってくる。

その時、男にあることが思い浮かんだ。
玄関へと浮遊移動する。相変わらず女は扉を叩き続けている。どちらが近所迷惑かと呟きながら、扉を上部へとたどり着いた。
一息つき、思い切って壁へ突っ込んだ。実体を持たないゴーストの体は、するりと扉の上の壁をすり抜けた。
 
本当にポケモンになれたのだ。男は、改めて実感することできた。小さく感嘆の声を上げる。
ゴーストとなった男の下では、中年女が未だに扉へ拳をぶつけている。だが、漸く満足したらしく、ふんと鼻を鳴らして玄関から離れていこうとしていた。
 
意地悪してやろう。
男は、更に実験をする。
両手を女の後ろへと向けて、脳裏にポケモンの技を浮かべてみる。より効果が強く感じるように、強く念じてみた。
すると、敷地から離れた女の足取りがおぼつかなくなる。女は頭を振って目を覚まそうとするが、男の暗示から逃れられない。
女はそのまま、道路へうつ伏せに倒れてしまった。

彼が使った技は「さいみんじゅつ」。ゴーストが最初から覚えている技だった。
男は元人間でありながら、ポケモンの姿になったことによって、ゴーストが使える技を駆使することができるようになったのだった。

「これで、自分のやりたいことができる」
 
彼は眠らせた中年女を見下ろしながら、これから実行する未来を想像し不敵に微笑んだ。

 




後日、彼はある場所へと向かっていた。
住宅街にそびえ立つ細い煙突。昔ながらの瓦屋根。そして「ゆ」と描かれたのれん。
町の一角にある建物、近所に住む住民に長年愛されている銭湯。ここは、男の自宅からもわりと近くにある施設だった。
 
夕暮れ時、日が沈む間近に男はそこにいた。姿を透明にして、誰にも見られない状態でのれんをくぐる。
中に入ると、人間の靴を置くロッカーがあり、奥には入場料を払うカウンターがある。更に奥には二つののれんがあり、赤いのと、黒いもの一つずつある。それぞれに女と男と書いてあり、性別が分けられているのが分かる。人間とポケモンが性別に分かれ、それぞれ自分が通るべきのれんの下を通り過ぎていく。
 
平凡な日常風景。その中に男は溶け込めないでいた。透明なまま舌を出し、両手をすり合わせている。
邪な考え。しかし、男の誰もが一度は若い頃に思い描く願望。それを男は、気付かれるリスクを限りなく低い状態で行おうとしている。あれから彼は、人間に戻ることなく技の練習を行い、上手く消える練習を特訓したのだった。そのため、彼の近くを通り過ぎていく人間やポケモン達は、男の気配を感じ取ったものがいたとしても、完全に認知することはできなかった。
 
この日をどんなに待ちわびたことか。
 
合法的に、じっくりと沢山の裸体を拝むことができる。しかもいくら見つめようが、相手側はこちらに気付くことはない。だからこそ、彼はゴーストになりたかったのだ。
男は息を整える。

そして、黒いのれん、白い文字で 「男」 と書かれたのれんの下をくぐり抜けていった。
こうして彼は、見事に夢を実現した。




――――――――――

最近はそれなりに長さのある話を書いてばかりでむしゃくしゃしていたので、息抜きに書きました。

フミん