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  [No.3146] とある小説家の独白 投稿者:GPS   投稿日:2013/12/03(Tue) 19:17:51   50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 文章入力ソフトの上書き保存をして、一度深呼吸をする。起承転結のうち、起と承はもう完成していたし、結の部分は大体仕上がった。後は転、それも一番の山場となる部分を書き上げたら完成と言えよう。
 小説家になってから三年余り。俺の作品はいずれも泥沼の愛憎劇や崩壊しきった人間関係、いじめや復讐、虐待などの社会の闇をテーマとしている。新人賞を獲った時の話も、不倫関係にある男女と彼らを取り巻く人々の思いが絡まり合い、乱れ、最終的には誰もが救われないというものだ。
 ありきたりな話と言われればそれまでだし、実際そうだ。俺の書く小説なんていくらでも似たようなものがあるし、昼に放映されているドラマの内容とほとんどが被っているだろう。では何故、ありがたいことだが、こんな一介の小説家の作品が評価されたのか。
 編集者や寄せられる意見から考えるに、俺の作品は感情、特に「恨み」の表現が独特らしい。妙にリアルで生々しく、それでいて客観的。まるで実際に見てきたようだ、と言われることも多い。また、こう言った愛憎渦巻く話というものは一歩間違えれば非現実的になってしまいがちなのだが、ぎりぎりのラインで本当にありそうだと書評に載ったこともある。
 
 なかなか鋭いところを突いてくるじゃないか、と、そんなことを言われる度に思う。
 俺自身は何の変哲も無い家庭に生まれ、特筆すべきことの無い幼少期を過ごし、小節家としてデビューするまでは平凡そのものといった毎日を送ってきた。だから、当の俺は自分の作品にあるような出来事とは無縁に生きてきたのである。
 だけどリアル、っていうのは間違っちゃいない。生々しい、そうだ、だって全て生身の人間たちが繰り広げてきたのだから。俺は関わっていないから客観的というのも正解だ。でも、実際に見てきた、というところはちょっと違うかもしれない。
 何の経験も無い俺が、完全に恨みの感情を再現しようとするならば想像力だけでは無理がある。わからないことはほかの人に聞けばいいかもしれないが、まさか「夫が不倫してどう思ったか?」とか「いじめられてた時何考えていた?」なんてほいほい聞くわけにはいかないだろう。
 じゃあどうするか、簡単なことだ。現実に人間が抱く恨みの感情を、そのまま吸い取ってしまえばいい。

 「カゲちゃんー、ご飯だよー」

 呑気な青年の声が部屋に響いた。ちっ。せっかくモノローグがいいところだったのに。
 しかし漂ってくるおいしそうな匂いにはあがらえない。別に、カゲボウズだって人の感情ばっかり食べて暮らしているわけじゃ無いのだ。俺を溺愛している青年が机に並べた、じゅうじゅうと音を立てているハンバーグに思わず喉が鳴る。
 
 「新作の調子はどう?カゲの書く話、いつも楽しみにしてるからね」

 俺の分のハンバーグを切り分けてくれながらそう笑う彼のスマートフォンをテレキネシスで引き寄せ、メモアプリに「まあまあだ」と入力する。それを見て、良かった、と頷いた彼は満足そうに俺の頭を撫でてきた。
 北野祐一、そんな名前を冠したこの青年は十一の頃に俺と出会った。ポチエナの群れに袋叩きにされていた俺を果敢にも助けだしてくれた祐一は俺のことがいたく気に入ったようで、傷が完治してからも何かと世話を焼くようになる。俺としても人に所有されることに抵抗があったわけでは無いため、いつしか彼のポケモンのような立ち位置になっていた。
 やがて、祐一は中学に入ったあたりから俺に言葉を教え始めた。ゴーストポケモンなら人の感情とかに敏感だから人の言葉も理解できるはずだ、と思ったようである。彼の目論見はあたり、俺は瞬く間に人の言葉を操れるようになっていった。
 次に、祐一は「テレキネシス」の技マシンを俺に与えた。俺の身体ではペンなどとても握れないし、キーボードを打つこともままならないだろうから、念力で動かしてみなよと彼は言った。初めは操作の難しさに戸惑ったものの、しばらくして俺は超能力を応用してパソコンを使えるようになる。
 祐一の元に来てからも、俺はカゲボウズとしての習性から、恨みの感情を何度か食べていた。ある時、ふと浮気された女のことを祐一に話してみると、彼はとても興味深そうに聞き、そしてこう言った。
 それ、一つの作品として昇華するべきなんじゃないかな、と。
 祐一は本が大好きで、その影響を受けた俺も彼の本をよく勝手に読んでいた。それらを参考にして見よう見まねで小説を書き、祐一の好評を得て、気まぐれで新人賞に応募してみた。

 それからだ。
 完全覆面作家、北野影一が筆を執るようになったのは。

 「それでカゲ、今日は『取材』の日でしょ?ヤミカラスに気を付けてね」

 ソースをつけた俺の口を拭いながら祐一が言う。わかってるという思いを込めて頷き、すっかり日の暮れた外に目を向けた。
 最初は、恨みの感情をやたらと利用してよいのかという罪悪感もあった。でもまあ考えてみれば、「食い物にしている」という意味ではあまり変わらないし、俺が食べることによって楽になれるならそう悪くはないだろう。持ちつ持たれつ、そう思うことにしている。
 今宵もきっと、誰の感情を食べるか選ぶのが困難だ。それだけ人間というのは恨みやすい生き物なのだろうか。目の前ででれでれしている祐一を見るとあまりそう思えないのだが……。

 それはともかく、もしも誰かが恨めしくて仕方ないという時は俺にファンレターを送ってほしい。住所を頼りに会いにいくし、その感情をきれいさっぱり食べつくすことを約束しよう。なんだったらサインくらい書いてもいい。
 え?流石に小説にされるのは嫌だって?
 安心しろ。誰のものだったかわからないように、名前は完全に、シチュエーションや設定もある程度は変えているから。この物語はフィクションです、なんて便利な言葉もあるしな。
 
 さて、『取材』に乗り出しますか。