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  [No.3221] 懐かしきもの 投稿者:あきはばら博士   投稿日:2014/01/31(Fri) 22:21:21   174clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 鬱蒼と茂る木々は大きく葉を広げ、底まで届く太陽の光を削り取っている。
 所々にはチョロチョロと冷たい水が流れ、何一つ騒ぐ者のいない静かで平和な森の奥。
 サクサク…… と一匹のイーブイ。
 静けさの中に響く枯れ落ちた葉の上を歩く足音。小豆色の好奇心に満ちた瞳、茶色に黄色を微量にまぶした様な体毛、首には無骨な灰色の石にキラキラ光る透き通った宝石をあしらったアクセサリを巻き、小さな足を踏みしめて、フサフサした尻尾を大きく振り回している。
 与えられた自由時間を利用しての、近くの森を散策。寂しい森を明るく照らしているかのような、わくわくした表情で、誰もいない道を歩いていた。
 周りの木々が空に向かって伸びて、葉と葉、枝と枝の間の縫い付けるように光が容赦なく降り注いでいる。一方、枝の下では行き場を失った空気があたりを潤している。空気が光に照らされて、時々笑っているかのように鮮やかにきらめく、そんな光景がイーブイは好きだった。
 木と木の隙間の先には、何者かが森をそのまま抉り取ったかのような草むらが広がっていた。
「あら、こんなところにイーブイなんて珍しい、こんにちは」
 そこに一匹のブラッキーが後ろから声を掛けた、黒光る体毛に紅い瞳と金色の文様を抱えて、声の調子から雌であることが分かる。
「あ、ごめんなさい、ここに住んでいる方でしょうか? すみません勝手に入ってきてしまって、綺麗な森だったのでつい……」
 声を掛けられたことにイーブイはびっくりして、とっさに深々と頭を下げて謝った。
「いいえ、別に私はここに住んでいるわけじゃないし、気になさらずとも構わないから」
 ニコリとブラッキーはイーブイに愛敬を振りまくかのように笑みを浮かべて、草むらに腰を下ろした。
 草むらといっても、丈の高い草が繁茂しているわけではなく、背の低いポケモンが座っても隠れるようなことはないので、イーブイもそれに倣って腰を下ろした。
「見たところ、貴方は人間のポケモンね」
 その言葉にイーブイは驚く。
「ほら、このけづや、そして毛並みが不自然に綺麗、きっといいものをたくさん食べているのね」
 ブラッキーはそう説明して、自分の体を見つめた。黒い体毛の上からでも目立つぐらい、毛並みは酷く乱れ、全身に傷が残り、土で汚れている、自らの体と比べているのだろうか。
 どこか棘のあるブラッキーの言葉にイーブイはむっとしたが、不快に思いながらも、とりあえず表面だけは社交的に装って返事をする。
「それは、ありがとうございます」
「ああそうだ、せっかくだから、一つ君におとぎばなしをしてあげるよ、人間とそれに飼われたイーブイの話をね」
 出会ったばかりの相手に対してでなくとも、せっかくだからしてあげる、とはなんて失礼な口調なのだろうと思い。不愉快な顔をして閉口したところ、話すべきじゃないととれるというのにブラッキーは構わず、そのおとぎばなしというものを話し始めてきた。

「あるところに人間に飼われているイーブイが居ました。
 イーブイはその人間のことが大好きでした、毎日毎日、ムックルやスボミーを倒して、強くなって人間の力になることを願っていました。人間もまた、イーブイのことを可愛がり、強くなってくれることを願っていました。そんなイーブイはある夜のこと、進化してしまいました。イーブイは自分が進化したことを大変喜びました、これでさらに人間の役に立てる、と。
 しかし、人間はそのイーブイの進化した姿を見て、がっかりした顔をしました。どうやら、人間はイーブイをそれとは違う姿に進化させたがっていたのでした。それでも、可愛がっていたポケモンなのだから今までどおりに人間は接しようとは思っていたけど。かつてのイーブイは気がついていました、人間が自分への気持ちは冷めてしまっている、以前のように可愛がることはしなくなってしまったことを。
 それに気がついた瞬間、そのかつてのイーブイは酷く居心地の悪さを感じ始めました。そのうちに人間の優しさもかりそめの言葉にしか聞こえなくなり、人間との間に距離を置かざるを得なくなりました。
 そして結局、捨てられてしまいました。

 かつてのイーブイは捨てられてしまった後、ただ呆然と何も食わずにふらふらと彷徨っていました。
 なぜ自分は捨てられてしまったのだろう?
 なぜ自分は進化してしまったのだろう?
 かつてのイーブイは今の自分の姿を酷く憎みました。
 この体さえ無ければ、人間は自分を捨てなかった。
 この体で無くなれば、人間は振り向いてくれる。
 そう思った、かつてのイーブイは、諸悪の根源である自分の体を痛めつけ始めました。自分の足を噛み付き、自分の胴体を引っかいた。そうすれば、昔の自分に戻れる、そう信じて痛めつけてました。
 しかし、それでも足りないと、自ら岸壁の上に登り、そのまま崖底へと飛び降りて……。
 落ちた先の岩に頭をぶつけ、首の骨を折り、亡くなってしまいました。
 その後、その遺体は腐って無くなったけど、そのかつてのイーブイの心はその岩石へと染み込みました。
 それが“かわらずのいし”
 変わらずの意志が、石となったんだって――おしまい」

「それで終わり?」
 イーブイは言った。首に掛かったかわらずのいしのアクセサリが光る。
「結構なおとぎばなしだね、それって僕に対して何が言いたいのかな? 僕に対しての忠告かな?」
 ブラッキーはとぼけた様な笑顔を作って、ゆっくりと首を横に振った。
「忠告? そんなことは無いよ、君が人に飼われているイーブイだって聞いたものだから、こんな話を思い出しただけさ」
 飼われている、というその言葉にイーブイはカチンと来た。
「ねぇ、君がどれだけ人間のポケモンにコンプレックスを抱えているのか知らないけどさ、からかうのもいい加減にしてくれないか?」
「からかうつもりなんて無いさ、ただ気をつけろってね」
 ああ言えばこう言うと、質問をひらりとかわす態度にイーブイは馬鹿にされているように感じた。
 それは紛れも無く、忠告じゃないか、と腹立たしく思いつつも、ブラッキーに言う。
「言っとくけど僕は君に心配される筋合いなんてない。それにさ」
 イーブイはブラッキーのことを鋭く見つめ、はっきりとした声で尋ねる。
「さっきのおとぎばなしって、君がそのかつてのイーブイなんだろ?」
「…………」
「おとぎばなしにしてはやけに具体的な話だし、何に進化したとは言って無いのに、わざわざ夜に進化しただなんておかしいよね、それに傷だらけのその体が証拠さ、最後の死んだうんぬんの部分は真っ赤な作り話だろ?」
 イーブイの視線に、ブラッキーはそっと目を背けて、溜息をつくようにして残念そうに言う。
「ばれちゃった…… あれぇ 何で分かったの? ああ、どうやら君は推理小説とか好きなタイプ?」
 なんだよそれ、とイーブイは冷めた顔で睨んだ。
「僕はそんなものなんて読んだことも無い。こんなの、話を聞けば誰だって分かることだ」
 イーブイはブラッキーの体の傷を一瞥する、見ているだけで痛々しく体中に残った傷はどれも引っかき傷や噛み付き傷だと思われるが、どれも自分で付けたかとしか思えない、傷の付き方をしている。しかし頭には、岩に打ち付けたような大きな傷というものは見当たらない。
「で、その君が僕に対してそんなこと言うってことは、もしかして、いまトレーナーのイーブイである僕のことを嫉妬している?」
「いや」
 ブラッキーはゆっくりと首を振って否定する。
「別に君のことを嫉妬しているだなんて、そんなことはないさ。ただ、単純に君にはこういうことになってほしくない。私と同じことになって、トレーナーである彼女から離れて欲しくないだけ」
 その言葉を聞いて本当に可笑しくてしょうがないかのような声で、イーブイはけらけらと嘲笑った。
「強がるなよ、本当はそう思っているのだろう? ほら、眼がそう言っているよ? 憎くてしょうがないって、幸せな幸せなイーブイなんて許せないって」
「…………」
 ブラッキーの紅い瞳がぎらりと揺れる。
 それでも、何も言わない。
「でもさ、それって見当違いだと思うよ。君が本当に憎むべきなのはそんなことじゃない、まぎれもない自分自身の心さ、でもその事実は受け入れられない。だから進化してしまった姿を悪者にして逃げている。違うかい?
 姿が変わって捨てられた。でも、君は姿が変わった自分を認めてもらう努力をしなかった、だから捨てられた。例え、トレーナーが思っていたのと違う進化形になったとしても、その姿を誇れば良かった、トレーナーは普段通りに接しようとしていたのだろう? ならばそれが感じられないのならば、こちらからその気持ちを呼び覚ますように精一杯好きになって振り向かせてやれば良かったのさ、今の姿の力をトレーナーに示して、強い自分を見せ付けてやれば良かっただけだ。
 でも、それすらも出来なかったってことは、所詮はそこまでの関係だったんだね。君はトレーナーを好きではなかったし、トレーナーも君のことなんてもともと可愛がってなんか無かった。それでもトレーナーは君のことを可愛がろうとしていたのに、君はその気持ちを裏切った、サイテイなヤツだね。だから進化して、捨てられた」
 捨てられた、の言葉にブラッキーは、ゆっくりと口を開く。
「君の言う通り、だけどね。これでも一応は自分のことはそれなりに分かっている、君が言ってくれた言葉も既にね、今の自分は何も知らなかった私への報いだから。
 私の勝手だけどね、いつかこうして伝えたかったんだ。君にはよく知ってほしい。君も、私も、人間の下に暮らす、暮らしていた、同じポケモンなのだから」
「はぁ? 同じ? 何を言っているの? 君と僕は違うさ」
 イーブイはアクセサリを光らせて鼻で笑う。
「僕は君のように臆病なヤツじゃないから、自分の心の弱さで逃げてしまうことなんかしない。
 だいたい、君と僕とではトレーナーが違うだろ? 君のトレーナーのように大事な仲間を見捨ててしまうトレーナーなんかじゃない、僕のトレーナーは僕のことを決して捨てたりなんかしないさ、たくさんのイーブイの中でも僕は選ばれた特別な存在なのだから。
 ほらみろよ、僕のけづや、これは大きな素質があるって証拠なんだ。君のように、傷つけて台無しにするようなものじゃない。きっと君はそのへんにいるイーブイと変わらなかったから代わりはいくらでもいたのさ、でもね、僕には僕だけの価値がある、だから僕の代わりなどはそうは無い、だから進化しようが僕とはずっと一緒にいてくれる。
 君と僕は違う。同じものなんて言われなく無いよ。例え君は捨てられても僕は違う、違う進化しようとも僕のトレーナーは捨てないし、僕はそれでもトレーナーと一緒に戦っていくつもり、たとえうまく行かなくても弱さゆえに逃げ出すことなんかしないよ。君と違って自分自身のことを信じることができるからね。
 でも、君は進化して捨てられたけどさ、これで自分はたったそれだけの存在だったのだと知れたのだろう?
 あははは、良かったじゃないか拍手してやるよ、そんなこと前から分かりきっていたことだけど愛されていなかった自分のことにそこでようやく気が付いたんだから、でもそんなことを未練恨みがましく、つまらないおとぎばなしにして話すなんて蛇足だね、負け犬は負け犬らしく去るのが礼儀だと言うのに、みじめのうわ塗りをしに来て一体何になると言うのだい? いっそ、本当に崖から身を投げてしまったほうが良かったんじゃないのかな? そうすれば誰にも迷惑が掛からないだろう?
 まあでも、感謝しろよ、この負け犬、価値の無い自分のことをこうして誰かに知られてもらった分だけありがたいと思わなきゃね」
 そう言い切ったイーブイはすっきりした満足気な笑みを浮かべて、みじめにすべてから逃げ続ける、哀れな姿を見た。

「分かっている」
 ブラッキーはそう静かに、そしてはっきりと呟き、
「分かっているさぁ! 彼女は決して私のことを捨ててなんか無いってことくらいさぁ!」
 箍が外れ金切り声を張り上げる。自らの憎悪と怨恨を込めたかのように、自分の牙をがきがきと軋ませ、前足の爪で顔や全身をがしがしと掻き毟り、叫ぶ。
「期待していたのと違うポケモンに進化した私にも、彼女は変わらない愛情を注いでくれていたよ! 彼女にはこんな全身真っ黒で目が真っ赤で吸血鬼みたいな姿は受け付けられなかっただろうけれど、それでも変わらない愛情を注いでくれていた! それでもさぁ! 私は堪えきれなかったんだよ!
 いずれ私もあのトレーナーの下にいるのだから、大きな戦いの舞台に出て行くことになるだろう。そういう舞台に上るからには、きっと強い相手に当たり、私はきっと負けてしまうことがあるだろう。 そんなときにね! もしもあのときブラッキーになんか進化していなかったら、仮に期待通りの進化をしていたならば、と絶対に後悔してしまう。そう思うのは私自身だけじゃない、彼女もきっとそう思ってしまうだろう! 私はそれに堪えきれない!
 そして今の私では、本来為るべきだった姿の代わりをすることは絶対に出来ない、この姿では出来ることが違う。彼女は為るべきだった姿の代わりを、代替をいずれは育てることになるだろう、それもまた私は堪えきれない! だから、私の方から逃げてきたんだよ、もう何もかも捨ててすべてから逃げ出して死んでしまいたかったよ!」
 牙軋りをして、爪を更に立てる。
「もしもあの時あの場所で野宿をしていなかったらと泣き嘆いているよ! 月が綺麗だったあの夜は何かの鳴き声に目が覚めたら、いつのまにかデルビルの群れに囲まれていた。すやすやと寝息を立てる彼女を守るために、一匹でその群れに立ち向かった! それはすべては大好きだった自分のトレーナーを守るために、必死になって戦って、勝った! そんなことがなければ、私はずっと彼女のそばにいられた! 私はずっと彼女と一緒に戦えた!
 悔しいよ、ちくしょう、悔しいよ、たったそんなことでさぁ! 夜じゃなければ良かったのに、昇っているのが月じゃなくて太陽なら良かったのにさぁ! そうして私の代わりに誰かが、私の代わりになった誰かが……幸せに、幸せになるなんて、幸せになるなんてさぁ……!」
 そして、まるで空気でも抜けてしまったかのように突然、狂気染みた瞳がフッと消え失せて、色を失った。何かに惹きつけられるでもなく、ただ目の前の景色を写しとる澄んだガラス玉のように綺麗で虚ろだった。

 「許せないよ……」

 抑えきれない大粒の涙がボロボロと瞳から零れ落ち始め、足元の草を濡らしていく、叫び続けてかすれた声はそれでも未練を残しているのか、小さく同じことを何度も何度も紡ぎ始める。溢れたものを押さえ付けることができず、出てくる涙と声。
 しかしそれでもなお、イーブイへ視線を向け続けて、顔を背けるようなことはしなかった。
「それで満足かい?」
 イーブイは言う。
「ほらやっぱり、嫉妬しているじゃないか。それに」
「よして」
 とブラッキーはやや枯れた声でイーブイの言葉を制止させた。
「それ以上の言葉は、君の口から言わせるわけのはいかない。 私は分かっているよ、いや、分かっているつもりでいる。 ごめんね、最後に君に聞きたいことがあるんだ」
 ブラッキーはイーブイの目をしかと見つめる。泣いていたせいなのか紅い瞳はさらに紅く染まり、ギラギラとした刃物のような輝きを包み込んでいるが、何故かそこから感じられるものは怖さや恐ろしさではなかった。

「君はトレーナーのことが好き?」
「大好きだよ」

 イーブイは即答する。
「それがどうしたんだい?」
「そう……ありがとう。でも、きっとね、そのうち分かるよ。同じではないだろうけど、似ているのだから。ごめんね、本当にごめんね、悪かったわ、こんな気持ちにさせてしまって。私からはもう君の前には二度と姿を現さないって誓うわ、だから君は私の道を辿って、私の元に来るようなことには間違ってもならないようして欲しい。君のお父さんとお母さんによろしく言って下さい、そして立派なサンダースになってください」
「え」
 ブラッキーは腰を上げる動作から滑らかな動きで、たった一歩でイーブイの目の前に踏み込んだ、そして前足をていねいに開き、イーブイをゆっくりと抱擁をした。
 ふわふわしたイーブイの綺麗な毛並みがブラッキーの肌を優しくくすぐる、イーブイはわけも分からないままにブラッキーの胸に顔を埋めることになる、その肌は漆黒の森に流れる風のように柔らかく感じた。
 そして、そっと抱擁を解いて、一歩だけ下がる。果敢無げな瞳に、わずかに浮かんでいた微かな笑みを、イーブイは気づいた。
「私は、願っているよ」
 イーブイの脳裏にいくつかの言葉がパズルのように組み合わさっていく。

 ――ムックルやスボミーを倒して?
 ――私の代わりになった誰かが?
 ――トレーナーである彼女?
 ――お父さんお母さん?
 ――サンダースに?
 ――このけづや?
 ――似ている?

「お」
 イーブイがそう言いかけたところで、ブラッキーのだましうちが発動し始める、それは攻撃をするわけではない、イーブイの意識からブラッキーの姿が消えていき、視覚で認識することができなくなっていく。
 そうして、まるで瞬間移動をしたかのように、スッと姿を消した。あとは何も残らない、ただ吹き付ける風とわずかに濡れた草がそこにあるだけだった。

「おねえちゃん!」












 その日の夜のこと。
 このポケモンセンターの宿泊部屋の明かりは消されて、外と同様にここにも静かな夜が訪れていた。
 カーテン越しから漏れ出して来る月の光のみが暗闇をほのかに照らす。部屋には粗末な作りのベッドが置かれ、その中で一人の人間が小さな寝息をたてている。そのトレーナーの歳は十を過ぎたところで、どこかあどけなさが抜け切れない女の子だった、何日か旅をしているらしく、ベッドの横にはショルダバッグなどの荷物がまとめて置いてあった。普段は結んでいるであろう長く黒い髪もここではやわらかなベッドに解き放している、何日か野宿が続いていたのだろう、久しぶりの布団ですやすやと深い眠りに入っていた。
 イーブイは彼女のモンスターボールから出て、思い出していた。
 あのブラッキーはこれからもトレーナーだった彼女のことを思い出して、そのたびに苦しみ続けるのだろう。それは産まれてから狭い世界しか知らず、心が幼いままで成長してしまった哀れな末路だ。あんな抜け殻みたいに同じくことを言う無知の成れの果てには為りたくないものだ。
 自分のことは分かっている、だって? それがどうした? 分かったからなんだ? 分かっても何も変わっていないじゃないか。黙って話を聞けば、私が私が私がって、自分のことしか考えて無い。世の中がそれで通ると思っているのか? そんなふうに、いつまでも過去をいじいじと牽きずっているクセしてさ。それに嫉妬なんかしていないとか、言っていたな、ははは、よく言うよ。どう見ても、嫉妬していただろ? 嘘つくな、この偽善者、素直に認めろよ、自分は敗者なんだ、ってさ。
 そんなヤツの言葉なんて右から左。
 しかし、
 嫉妬ならば、自分自身がしていたかもしれない。
 トレーナーである彼女は隠しているつもりだろうけど、こうして、ムックルやスボミーを倒す日々で、自分は何かに比べられている感じがしていた。何かの代わりとして、やり直される感覚は、つらい。その元凶が妬ましい。そしてそれゆえに強い不安を抱えて、つい言い過ぎてしまったかもしれない。
「……のど、渇いたな」
 しばらく考え事をずっとしていたからなのか、それとも遅くまで起きていたからなのか分からないが、気がつくとのどがカラカラになっていた。
 確か、バッグの中に水の入ったペットボトルがあったはずだ、それを飲むことにしよう、とトレーナーのショルダバッグにとことこと近づいて、頭をバッグにつっこみ、がさごそと鼻探り口探りに水の入ったペットボトルを探る。月の光はここまで照らしてくれないが、場所は覚えている。
 すると中に、暖かい何かよくわからないものがあることに気がついた、不審に思い、試しに噛んでみる。

 ガキリ

 何か硬いものが牙に当たる。
 これは一体、なんだろうか? と舐めてみようとしたとき。
 口の中が燃えるような感覚がした。

 熱い、熱い、熱い…… 体中が熱い。

 視界がぐらりと歪み、全身の骨が軋み出す。

 そういえば、あの森に一匹で行った理由、自由に過ごす時間があったからだった。

 今日は手持ちのポケモンに長い自由時間を作って、彼女は一人どこかに行った。

 普段バッグの底にあるはずのスコップとヘルメットが、今は上の方に置いてある? 地下に?

 虹色に光る何かの鱗を採りに、そのついでに化石と何かのかけらと、石?

 熱い! 熱い! 焼ける! 焼ける!

 体中の毛皮が焼けつくされるように皮膚がチクチクと痛み出す。

 それが自分の体毛が伸びていることに気がつくまで、しばらく時間が掛かった。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い

 足を無理矢理引き伸ばされる感覚、骨が悲鳴を上げている。

 ちらりと、自分の胸元に付けられた“かわらずのいし”のアクセサリを見つめた。

 それは確かに、ついていると言うのに。変化は止まらない。

 な、なんでだよ! なんで、働かないのだよ! このアクセサリは、何のためにあるんだよぉぉぉぉ!

 繰り返さないために、彼女が僕につけてくれた、そんな石なんだろう? かわらずのいしだろぉぉぉぉ!

 しんかしんかすてられたぶらっきすてられすてられたもういらないんだーすがほしいのだかいらないしかたないしかたないやりなおすしかたわーたおすほしいでんきはやいほしいふかさせてねばろせいかくもいちどやりなおしこたいちさんだーすもいちどしんかかつかつそれまでやりなおす?やりなおす?やりなおす?やりなおす?

 次第に、焼ける、ような、熱い、感覚も、心地よく感じて―― 来て――




















   おめでとう! イーブイは

   ブースターに しんかした! ▼




*************
 イーブイ可愛いですよね
 『物音に敏感』で『おくびょう』だった性格の『いたずら好き』で『気が強い』ツンデレなお姉ちゃんも可愛いですよね。
 個体値と性格と性別を粘ったあと努力値を振って育てていたイーブイが、電源つけたら違う進化をしていたら、それでも愛情を持って育てられるでしょうか。
 まあ逃がしたりはしませんが、ボックスの隅にでも置いてたまにネタパに使ったり、遺伝を狙って育て屋さんでタマゴを産み続けて貰うのも一つでしょう。

 “変わらずの石”は石の進化を防ぐことができません。
 “懐かし”とはなつくの語源になる古文用語で、慕わしくて心惹かれるとか、昔のことが思い出されて感慨深いという意味を持っています。