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  [No.3297] 黄昏堂 夜の帳分室 投稿者:WK   投稿日:2014/06/19(Thu) 11:29:52   39clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:ポケモン】 【黄昏堂

 黄昏堂の分室ができるらしい。
 ここ数週間、ネロとサンプル品に化けるゾロア達が忙しなく動いているのは知っていた。マダムは体調がよろしくないと言って、自室に籠っている。
 珍しいもの、取り扱い注意なもの、うっかりしていると命を落とすもの。
 それらが手際よく、でも慎重に別の場所に運ばれていく。黄昏屋敷の料理長、ルージュが作りだす空間魔法によって繋がった場所へ。
 私はお得意様に値するくらい、足を運んでいる。が、商品の扱いにかけては素人以下なので、おとなしくロッキングチェアーに座ってその光景を眺めていた。
「アゲハントの鱗粉は、密閉した小瓶に詰めろ。 ドクケイルのは、更にその入れた小瓶を木箱に。 うっかりすると、漏れ出して毒に侵されるからな」
 主がいなくても、執事であるネロはてきぱきと指示を出していく。感心して見ていると、ルージュが寄って来た。
「私のことはご存じかしら」
「一応。 黄昏屋敷の料理長だって聞いてる。 ”不味い物を美味くする程度の能力”とか、”全ての料理人の右に出る女”とか」
「そう」
 ルージュは美しい女の姿をしていた。ネロといい、人に化けるのが上手いようだ。
「元の姿でもマダムは喜んでくれるわ。 炎を出すのは、そちらの方が得意だし。
でもね、食事に自分の毛が入るのは、料理長のプライドが許さないのよ」
「まあ、普通は入っちゃいけないな」
「あなたは、いつからマダムと知り合いなの?」
 知り合い……知り合いか。主人と客人という間柄で、それは何処まで行ってもきっと変わらない。
 ……世界が一巡しようと。
「思い出すのも嫌になるくらい、かな」
「それはどれくらいかしら」
 過去のことは大して覚えていない。あまりにも衝撃的だったこと、忘れるな、と脳みそが判断したもの以外は、ほとんど忘れている。
 はっきり言って、自分がかつて何処で生まれ育ったかもあやふやだ。
「……不思議だ」
「何?」
「あれほど憎んでいた相手の名前はおろか、顔すら思い出せない。 その時に燃えるような怒りを覚えていいたことも、今となっては記憶の隅で灰になっている」
「人は忘却するものよ。 むしろずっと全てを覚えている方が、狂っちゃうわ」
「便利な物だな」
「そうね」
 外が暗くなってきた。不意に、隣できらきら光る炎が現れたかと思うと、一匹のマフォクシ―が立っていた。
 身長はこちらより十センチほど高い。この種族としては、かなり大きいほうだ。
 ルージュの本来の姿だと理解するのに、そう時間は掛からなかった。

「黄昏屋敷の料理長、ルージュのマジックをお見せしましょう」

 ルージュが息を吐く度に、小さな炎が空間に飛び出していく。
 それらは吐いた順から円を描き、やがて彼女の指示の通りに広がっていく。
「ルージュ、何をしているんだ」
 ネロがやって来た。姿は変わらず執事だ。
 炎の円に照らされて、浅黄色の瞳が宝石のように見える。
「暗くなってきて、足元が見えないから。 これ、使いなさい」
 そう言って彼女が持っていた枝を振れば、炎はネロとゾロア達を取り囲んだ。
「熱くないのか」
「範囲は勝手に変わってくれるから、屈んだり手を伸ばしたりしても触れることはないわ。 火傷の心配なし」
「お前が使う炎で火傷すると、一ヶ月は治らないからな。 ヘルガ―の炎より疼くって、どういうことだ」
 経験したことがあるのか、ネロが苦い顔をした。
「さ、分室の商品はもう少しで終わりよ。 全部終わったら、とっておきの賄いを出してあげるから、がんばりなさい」
「お前も手伝うという選択肢はないんだな」
「マダムにお薬を持っていかないと。 レディ、あなたはどうするの?」
 話を振られて、私は少し考えた。
 今回の分室は、夜の帳という名前らしい。最近お客が少なくなってきたため、黄昏時が終わってから夜の帳が落ちてくる時を見計らって出すそうだ。
 店の広さは、およそアパート一室分。その壁や窓やテーブルを利用して商品を置くらしい。
 今回は、さほど危険じゃない物ばかりを集めた。客層を見てから、また決めるという。
「私も行くよ。 どんな場所か、見てみたい」


 空間魔法でつなげた薄暗い門を、ネロが先立って歩いて行く。
 その次にゾロアたち、最後にレディ。
「部屋が狭いので、一度に入れる人数が少なくてな」
「それで何度も往復しないといけないのか」
 しかし、夜の帳分室に着いたレディは、確かにこれは狭い、と肩をすくめた。
 天井からぶら下がっている小さなランプだけで、部屋の隅々まで明りが間に合うくらいの狭さだ。
 そこに箱やら袋やらが積み重なっているのだから、窮屈なことこの上ない。
「これ、今は何処に繋がってるんだ」
 ゾロア達は、荷物を置いた傍から空間を通って黄昏堂に戻っていく。少しばかり、部屋の狭さが気にならなくなった。
「窓を開けてみろ」
「大丈夫なのか?」
「ああ」
 レディは窓を開けた。かなり古い窓らしく、開けるのに時間がかかる。途中で引っかかるし、何より重い。
「……!」
 一瞬、星が随分低い場所に見えるのだと思った。だが、違う。
 町のネオンが、とても遠くに見えるのだ。一つ一つが小さく、まとまっているため夜空の星に見えた。
 そして、上の方には金やら銀の星が瞬いている。
「……店を出すには、随分辺鄙な場所にしたんだな」
「来る奴は来る。 それに、ここは今までとは違って、チラシを出したんだ」
「は?」
「意外と、”そういう趣味”の奴は多くてな。 既に問い合わせがちらほら」
 ……まあ、こんな場所ならば、目をつける人間はいないだろうに。


「一つ聞いていいか」
 ”深海の鱗”の標本を出していたネロに、レディは聞いた。
「何だ」
「分室を出した意味は?」
「……」
「今見ていたら、ほとんどの商品はこちらに運ばれている。 危険な物は、他のゾロアが黄昏屋敷の方に移動していった。
これって、黄昏堂そのものが成り立たなくなるようにしている気がするんだが」
「気がするも何も、いずれはそうなるだろう」
 考えていた答えをあっさりと言われ、若干拍子抜けする。だが、ネロはそのままのトーンで続けた。
「マダムの体の調子は、治るどころか日に日に悪くなっている。 今ではもう、黄昏堂をあのわずかな時間、表に出す魔力すらも残っていない」
「ルージュを連れて来たのは、代わりをさせるため?」
「少し違うな。 マダムは一人。 代わりになれる者など、決して存在しない」
 レディは壁に寄り掛かった。色んな薬と、元々の部屋の匂いが混ざり合って、鼻がツンとする。
「マダムは……”死ぬ”のか?」
「それは本人次第だ。 俺には、マダムが何故あの体なのか、いつからこの世界に生きているのかは何も知らされていない」
「知らないでいて、仕えているのか」
「……それが、”約束”だからな」


 黄昏堂に戻ると、ルージュが温かいココアを持って来た。
 マダムはまだ寝ているらしい。
 ふと、マダムがいつも座っている椅子の後ろの鏡が目に入った。ここから黄昏屋敷に行ける。だが、道が繋がっていなければ、豪勢な細工を施された、ただの鏡だ。
「……」
「どうした」
「いや」
 一瞬、自分の顔がこんなだったかと思った。だが、すぐに納得した。
 時間なんて、あっという間に過ぎ去っていく。その間に変わる物は変わっていく。不変の物などない。
 そして、自分も。


――――――――――――
 オリジナルの方ではキャラが大分違うため、最初に書いたらネロの口調が行方不明に。
 元ネタは『中央図書館 空の孔分室』。店のイメージは、『海福雑貨』。
 こういう狭くて何とも言えない、パッと見て役に立たなそうな品が集まる店が大好きです。

 さて、そろそろ表舞台から姿を消しそうなキャラが一人……。