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  [No.3340] のろわれディスコでおどりましょ 投稿者:GPS   投稿日:2014/08/13(Wed) 20:09:11   94clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 バイト先の先輩の、お兄さんの友達の話なんだけど。
 
 その人の名前、仮にAさんとしとこうか。
 Aさんはその日、森できのみ採りをしていたんだって。
 結構奥まで行ったみたいで、珍しいきのみとかあまり見られないポケモンとかもいて熱中してたら、気がついたらもう真っ暗だった。
 腕時計で確認した時刻はまだ七時前だったけど、森の中っていうのは人里よりも早く暗くなっちゃうんだよね。こりゃまずいなー、迷わないようにしないとなー、って思ってたけれども足下も周りも見えなくて、やっぱり迷った。
 おまけに、うっかりニドキングと鉢合わせしちゃったみたい。向こうも突然現れた人間に驚いたのか、すぐ攻撃されることはなかったけれども慌てて逃げまどったAさんは帰り道を完全に見失ってしまった。
 手持ちにひこうポケモンはいなくって、連れていたのはユンゲラー一匹、テレポートを忘れさせたのをあれほど悔やんだことは無いってさ。
 ガーディとかポチエナとか、ヨーテリーとか。鼻が利くのがいればまた違ったんだろうけどね。

 ともかく、とりあえず歩いてみる他は無く、Aさんは森の中を回っていた。しかし何せ真っ暗だし、ヤミカラスとドンカラスは不気味に鳴いているし、グラエナの遠吠えは聞こえるし。むしポケモンの這うカサカサという音や、どくポケモンか何かが液体を垂らすような水音までして不気味でしょうがない。
 イヤだなあ〜、どうにかならないかな〜、って思いながら震える足で地面を踏んでいた。折しも新月で空からの明かりも無く、暑くも寒くも無い中途半端な曇り空には宵の明星だけが鈍く光ってた。
 と、何やら音がする。ポケモンの鳴き声じゃない。足音でも無い、水音でも無い。勿論風の音でも無い。ヤマブキとかコガネとか、タチワキみたいな繁華街で聞こえる音によく似ていた。大音量でがんがん鳴り響く音楽と、歓声悲鳴、そして怒号。狂ったように騒ぎ立てる、あの感じだ。
 なんだろなー、って思って音の方へとAさんは行ってみることにした。木々の間を縫って音へと近づく。何枚目かの葉っぱをめくると、明かりが見えた。
 ど派手なネオンサインにシャレオツぶった筆記体。ピンク、黄色、スカイブルーと目まぐるしく色を変えて光っている眩しすぎなそれは、人の手がほとんど入っていないような森の奥にあるはずの無いものだった。そんな場違いなネオンを見て、Aさんは呟いたんだってさ。

「ああ……ディスコ、か」

 ってね。
 
 森の中で夜を越すのは不安だし、ディスコなんて久しぶりだからせっかくだしとAさんは入ってみることにした。ほとんど剥がれたポスターの残骸でべたべたのドアを開けると、そこはなかなか本格的だった。
 結構な人数がダンスに興じていたり、ところどころで乾杯していたり。バーカンも盛り上がってるし、フロアのど真ん中には紫色のハットに、これまた紫のダメージ加工なジャンパーを身に纏ったDJが客たちを煽っていた。
 へ〜いいじゃん、なんて思ってフロアに混ざっていった。途中入場も可能だったらしいね、曲の最中で現れたAさんのことをみんな笑顔で出迎えてくれたんだ。4つ打ちのEDMに合わせて足を動かし、声を上げ、一緒くたになって踊り狂う。ぐるぐると回るミラーボールは、極彩色をフロアに落として冥府の王みたいな存在感を放っていた。

 踊り疲れてきたのでちょっと休憩するか、とバーカンに向かう。みんなまだまだ踊っている、元気だなー、よくあんなに動けるなー、って感心しつつ喧噪から距離をとる。色に満ちたフロアとは違ってこちらは光が少なくて心地よい薄暗さ、蒼の照明がい〜い雰囲気。
 季節も夏だしそういうキャンペーンなのか、白の浴衣を着たかわいい女の子に、生ね、と声をかける。はあい、なんて氷柱をつついたような透き通った声で笑った女の子は、赤い帯を揺らしてビールを手渡してくれた。チャージ料金三百円、プレミアムモルフォン一杯六百円、あたしのスマイル百円になりまあす、だなんてかわいい笑顔で言ってくるもんだからついついお札一枚渡しちゃったんだ。ありがとうございまあす、カウンター越しの彼女がそう言った時に、首のあたりがひんやりしたかもしれない。
 実質千円のビール、まあこういう所では高くても仕方ないからこんなものさ、に口をつける。冷たい。凍るように冷たい。ありえない冷たい。こおりタイプの飲み物かよっていうくらい冷たい。っていうかガチで氷が入っていた。
 ビールに氷だと? いや、それが好きな人もいるらしいし美味いという情報もある。だけど大多数の人はいれないだろうし、欲しかったら自分で言うだろうから普通、最初からは入れないだろう。っていうか薄まるじゃないか。
 怪訝に思って女の子を見る。視線に気がついた女の子は、テキーラを棚から出す手を止めて、あっその氷あたしの特製ですう〜、なんてにこにこしている。悪気は無さそうだからそれ以上何も言えなくて、一気のみ不可能なビールをちびちび舐めながら適当に頷く。
 特製って何のこっちゃ、冷凍庫で水固めただけだろ、てな具合に疑問はまだあるけど、ビールに関してこれ以上言っても仕方なさそうだ。話題を変える。お嬢ちゃん、ここのお客さんたちはすごいんだねえ。さっきからずっと踊ってるのに、ぜんっぜん疲れてなさそうだもん。その声に応えたのは袖を口元によせてきょとんとしてる女の子じゃなくて、いつの間にいたのか、隣でウイスキーの瓶を開けていた男だった。気配も何もなく、すぐ傍で当たり前のような顔をしてグラスを煽るその姿に驚くAさんを意にも介さぬ様子で男はふん、と鼻を鳴らす。
「兄ちゃんそりゃあ当たり前よ。あいつらのこと、よく見てみい」
 酒臭い息を吐きながら、その男はにやにやと言った。まるでぼろみたいな灰色のコートは所々に穴が開いてる。ベージュの襟巻きは布切れの如くぺらっぺらだが、どうして屋内のしかもディスコで、それを外さずにいるのだろう。同じくらいの色で同じくらいぼろぼろの帽子の鍔は深く、髭面の目を拝むことは出来ない。
 不気味な雰囲気に気圧されつつも、男の言葉にフロアを
振り向く。何もおかしいところはない。みんな楽しそうに踊っている、ミラーボールの光が彼らを照らして代わる代わるの斑点模様を作り出している。
 光、というのにふと考える。光があれば影が出来る。それは当たり前のこと、ガーディ西向きゃ尾は東、てな感じだ。
 だけど気づいてしまったんだ。ここのディスコにいる人みんな。観客もDJも音響のエンジニアも、みんなみんな。あっちで踊るイカした兄ちゃんも、こっちで笑う派手めの姉ちゃんも、観葉植物に話しかけてる酔っぱらいもみんなみんなみんな。

 みんな、影が無かったんだ。

 そしてもう一つ、あんなに踊り狂っているのに、足音が全く聞こえない。そりゃあそうだ、みんな足が地についていないんだから。例えじゃない、マジな話。
 Aさんの全身の毛という毛がぶわあっ、と逆立つ。あまりの恐怖に、彼、持ってたグラスを落としてしまったんだ。おいおい大丈夫か、と隣の男が苦笑しながらAさんを見た。
 一つだけの、赤い目でね。
 うわあー!! Aさんが叫んだ時、彼は既に人間じゃあ無かった。どっしりとした、しかし触れれば貫通する鼠色の体躯を持った一つ目のゴーストポケモンさ。サマヨール、下手したらあの世に連れていかれちゃうかもしれない、Aさんはまひともうどくとメロメロがいっぺんにきたみたいな状態の足を動かして男から離れようと席を立った。
 お客さあん、どうしたんですかぁ? バーカンの可愛い女の子も既に可愛いとか言っている場合ではなくなっていた。かわいさよりもどちらかと言えばうつくしさコンテスト向きの、こおりゴースト複合ポケモンに変わっちゃってたんだ。嘘みたいに冷たい吐息を悩ましげに吐いた彼女、ユキメノコが首を傾げると、Aさんの落としたグラスからこぼれ出たビールが一瞬にしてこおり状態になってしまった。
 次は我が身、オーロラビームかふぶきか、はたまたぜったいれいどか。別にこおりわざを食らったわけでもないのに、Aさんの体温は一気に急降下した。こうかはばつぐんだ!
 あっすいませぇん、お客さんに当たっちゃいました? ユキメノコが見当違いな心配をしてくれる。寒いですよねぇ、ごめんなさいですぅ、と相変わらず声は可愛らしいけれどもつり上がった目はファイアーのにらみつけるにも匹敵する恐ろしさだった。そんな自覚がまるでないユキメノコは、今すぐあっためてあげますぅ、と手を叩く。ぶわりと冷気及び粉雪が舞い上がり、カウンターの板がスケートリンクに進化した。
 主に寒さでは無い理由で震えていたAさんの前にあった照明の蒼い炎が一気に燃え上がる。簡素な作りのランプだったそれは瞬く間に膨れ上がり、明るいけれども虚ろな目でAさんを見つめた。息を飲んだAさんの眼前で、照明がぐにゃりと大きく曲がる。そのままぐるりと一回転した照明ことランプラーが、自分の存在を誇示するみたいに炎の燃える両腕をAさんへと突き出した。
 ひゃあ、とかひょええ、とか、声にならない声をあげてAさんはカウンターから弾かれるようにして遠ざかった。冷や汗だらけのAさんの背中を男の声が追いかける、「嬢ちゃんダメだよ、この子のおにびじゃあこおり状態には効かないよ」。違う、そうじゃない。けどそんなこと指摘している場合でもない。
 ひいひい言いながらフロアへ戻る。一刻も早く外に出なければ、しかし客で混雑していてなかなか進めない。足をもつれさせるAさんに誰かがぶつかった。おっとすみません、反射で謝る。
「どうしたのお兄ちゃん、大丈夫?」
 ぶつかったのは小さい男の子だった。悪魔の角つき帽子にオレンジ色の半袖Tシャツ、ちょっとやんちゃが入ったじゅくがえりな風貌の彼にAさんは状況も忘れて、こんなところに子供一人で来ちゃだめだよと提言する。
「一人じゃないよ。お母さんときたもん」
 お母さん? 尋ねたAさんに男の子は「ほら、あっち」とAさんの後ろを指さした。振り返ったAさんは何か柔らかいものにぶつかった。ぶわりと広がるピンク色の影から黒い球体が現れる。薄暗い照明の中浮かび上がったそれは、超特大サイズのパンプジン!!
「あら、ごめんなさい。私の息子が」
 どこから出してるのかわからないその口調はおだやかだけど、Aさんよりも大きなこわいかおはおぞましく光り輝いている。おかあさーん、と無邪気に飛びつく男の子の胴体がみるみる内に丸く膨らんでいくのを視界の端から追い出しつつ、Aさんはとんぼがえりで逃げ出した。
 どうなってるんだここは、と泣き叫びたくなるのを必死で抑えつつドアへと向かう。一刻も早く逃げ出さなくてはと息を切らして走るAさんの腕を誰かが掴んだ。呼吸が止まるくらいに冷たい感覚、そしてびちゃりと濡れた感触。
「ちょっと〜、もう帰っちゃうの〜?」
 自分の腕を掴んでいたのはド派手かつグラマーなレディーだった。真っピンクに染めた長髪と、それと同じ色をした露出が極端に低いワンピース。スリーサイズの全てにおいて個体値高めの彼女はぽってりした紅い唇を尖らせた。
「こっからが楽しいのよ〜? まだ踊りましょうよ」
 コケティッシュに首を捻る、雰囲気も相まってメロメロ状態になりそうだったけれども、彼女の後ろにいるこれまた恰幅のいいド派手な男が水色の髪を撫でつけながらいかくしてきたために一歩退く。そういえばこの女、妙に手が濡れている。手汗がひどい、うるおいボディな人なのか? そう思っているAさんの頬を女はちょんと軽くつついた。
「帰っちゃだーめ、ね〜?」
 拗ねたような女が頬をぷくっと膨らませる、しかしその膨らませ方は尋常じゃない。白のふわふわな襟さえもはちきらんばかりに膨れ上がった頬の真ん中、つぶらな瞳の女にAさんは気がついた。違う! ボディはボディでも……のろわれの方だ!!
 まとわりついていた触手を強引に振り払い、びしゃびしゃになった腕を動かして無我夢中で女を突き放す。既にグラマーどころでは無くなっていた女の身体はぐにゅりと弾力たっぷりにAさんをはじき返した。
 ちょっと酷いじゃな〜い、なんて声も鼓膜を素通りしていく。足はまだ動く、ありがとう意外と低い70パーセント。
 とりあえず走る。何が何でも走る。しかし人混みのせいでうまく進めない。フロアの片隅に設置された観葉植物が植木鉢から根を引き抜いて飛び出し、幹をうならせ、枝を揺さぶって邪魔をしてくる。低音を響かせるウーファーが、ワブルベースのサウンドだけでは飽きたらずにケタケタ笑いの毒ガスを吐き出している。壁に沿ったロッカーは片っ端から針金みたいな手を生やし始め、無機質なネズミ色を鮮やかなブルーと黄金色に変化させている。ずらりと並んだロッカー、否、もはや荷物では無くミイラを眠らせる棺桶となったそれらの全てが赤い眼をぎょろぎょろと向けてきて、Aさんをかなしばる。それでもまだ、まなざしが赤で助かった。これがくろだったらにげられない!
 耳が片方取れたミミロルや眼球が行方不明なヒメグマにつぎはぎだらけのニャオニクスと、ひたすら不気味なぬいぐるみを大量に抱えたゴスロリ女がAさんの逃げまどう様子を見て、錆びた金具みたいな口を笑みの形そのままに裂いていく。
 血色の悪い顔に薄い色つき眼鏡をかけ、紫に染めた髪の毛をやたらと逆立てた男がにやにやと笑う。両耳のピアスは合計いくつだろうか、首飾りや腕輪、ダメージ素材の服に腰の上から巻かれたベルト、大量のアクセサリーがリズムに乗って身体を揺らす男の動きに合わせてじゃらじゃらと音を立てる。その全てについた宝石はぎらぎらと悪趣味に光っていて、黒のレンズの向こうにある瞳には白目も黒目も無く、ただただ一際強い輝きを放つだけの石ころだ。
 でっぷりと太った丸顔の男が、慌てふためくAさんに気がついて道を開けようとしてくれた。しかし体積の大きいその身体が移動出来る場所などどこにもない、くりっとした眼を困ったように揺らした巨男は、元々膨らんでいた頬をさらにぷっくりと膨らませ、そしてあろうことか浮き上がりやがった。スーパーなブラザーズの赤い方以上の太りっぷりなのにまさかのふゆう、「これがウワサの風船おじさんか」なんて言ってる場合じゃない。 
 あっちを見てもこっちを見ても、まともな人間なんて一人もいない。こんらんどころの騒ぎでは無い、にたにた笑いを浮かべながら紫電を放ち、ぎゅんぎゅんと猛スピードで回転しているミラーボールの光の粒から逃げるようにして走る。
 ようやっと出口にたどり着く。息切れも構わず重い扉に手をかける。一刻も早くここを出たい、流れるミュージックはタマムシゲームコーナーの如く軽快なものだが、こっちにとっちゃあシオンタウンβ、もりのようかん、それかアルフのいせきで聞くラジオのようなものだ。
 森の闇につながる扉を開きかけて、ふと視線を感じた。思わず振り返る。抜け出るのに苦労したはずの、混みまくっていたはずのフロアの中央だなんて絶対に見えるわけも無いのに、何故か目が合った。フロアを回してオーディエンスを沸かせているDJ、ど真ん中のブースにいた彼女と目が合った。
 長い長い髪を紫ピンクに染め上げて、同じ紫の袖に包まれたほっそい両腕をせわしなく動かしている彼女はAさんをじっと見据えた。赤く光る両目に睨まれて、Aさんは扉を開きかけたまま動けない。
 髪をばさりと揺らして、DJがにいっ、と鮮やかな赤いルージュで飾った唇を歪ませた。薄暗いフロアと断続的な明滅を繰り返す照明による極彩の光、蔓延している汗と酒の匂い、耳にがんがん響くダンスミュージック。その全てを従えた彼女はこのディスコの女王、そんな笑顔に魅せられて、こんな時だというのにAさんは見とれてしまう。動きを止めたAさんに、DJの彼女は、歌うように囁いた。
「また、いつでもいらっしゃい」
 クラブイベントで、ただの話し声がフロアの中央から出入り口まで届くはずがない。彼女のそれは声じゃなかったんだね。ほろびのうた。それを聞いたきっかり3秒後、Aさんはめのまえがまっくらになった。

 で、結局、気がついた頃には朝になってたらしい。
 寝ころんでいたその場所にはディスコなんて影も形も無くて、木々が無秩序に生えているだけだったんだって。
 でも、ちょっと調べてみたんだけどさ。
 そこ、オカルトマニアの間では、結構なメッカなんだよ。
 ゴーストポケモンのたまり場ってウワサだよ。

 Aさんは言った。
 「ムウマージは、呪文によって相手を苦しめることが出来るんだってな」
 「呪文と言っても、それが鳴き声による言葉だけとは言いきれない。もしかしたら、自由自在に音楽を聞かせることも呪文の一種なのかもしれない」
 「だとしたら、あの夜のDJ、彼女も呪文を使っていたんだろう」
 「だけど、あれは苦しめるための呪文じゃない」
 「ムウマージの呪文には、相手を幸せにする効果もあるそうだ」
 「あれは、そういう類の方だった」

 ってね。
 だから、先輩のお兄さんは聞いてやったんだ。
 幸せになれるなら、また行きたいとは思わない? ってさ。
 そしたらAさん、首をぶんぶん振って、「とんでもない!」だって。
 あんな怖い思いするのは、もう二度とごめんなんだってさ。
 「だけど」Aさん付け加えた。
 付け加えて、最後にこう言った。

 「もし次に行ったら、もうちょっとは楽しめるかな」