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  [No.3383] 夢の隣、隣の夢 1 投稿者:GPS   投稿日:2014/09/14(Sun) 15:21:23   91clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 友人の声が、僕をまどろみの中から引き上げる。

 
「おっすシラサギー」
 はっと我に返った僕は足を止めた。ミストフィールドのようにぼやけていた頭がクリアになって、周りの喧噪が一気に耳に飛び込んでくる。人の話す声やポケモンの鳴き声、風の音、往来の車のクラクション。ぼんやりと突っ立っていた俺を横目で邪魔そうににらみつけながら、トレーナーを乗せたゼブライカが足早に通り過ぎていった。
 僕の通うホドモエ大学は、人の迷惑にならない限りはポケモンを外に出していて良いことになっている。とは言え学生もポケモンも自由なもので、授業外の時は割合無法地帯と言えよう。風を切る音がするので空を見上げてみると、ケンホロウが翼を広げ、大きめの窓へと猛スピードで入っていくのが見えた。乗っているトレーナーは怪我しないのだろうか。
「なにぼーっとしてるんだよ。昨日夜更かしでもしたのか?」
 笑った友人にばん、と肩を叩かれる。よろけそうになりながら苦笑して、「なんでもないよ」と返した。本当に、ただぼんやりしてしまっただけなのだ。

 僕のぼんやりなどそこまで気に留めていないらしい友人は、もはや違う話を始めている。それは彼がアルバイトをしているフレンドリィショップに来た変なトレーナーについてのもので、毎週水曜日の午後七時に必ず現れてスーパーボールを十個買いにくるとりつかいがいるとか、ケーシィを連れてやってくるのにあなぬけのひもを大量購入していくサイキッカーだとか、何度無いと言い張っても「ここにはピッピにんぎょうさんはいないんですかぁ?」と聞きにくるメルヘン少女だとか。カロスの奴のことはよくわからん、と友人はぼやくように言う。
 友人の後ろからついてくるのは、短い足をてとてとと動かして歩くタブンネだ。いつもにこにこ顔で優しげに寄り添っているこのポケモンはまるで友人の彼女のように見えなくもない。去年の秋頃にGTSで交換したんだというヤンチャムがその名の通りやんちゃすぎて困る、と言いつつ二匹とも出している時は尚更で、もはや家族に見えてしまうのだけど、そう言うと怒られるから僕の心の中だけに留めることにしている。友人はどちらかというとキルリアみたいな子の方が好きらしい。
 ヤンチャムに肩車をしてやりながら、友人はまだあれこれと話している。髪の毛を引っ張っているヤンチャムは時折ぶちぶちと抜いているようにしか見てないのだけど、あれはもう許容することにしたのだろうか。その様子を耳の飾りを揺らしながら笑顔で見ているタブンネは、そんなことを考える僕に「気にしないで」という風に首を小さく振った。

 屋根付きベンチの喫煙所で煙草をふかしている生徒たちの足元で、まだ眠いんだと言わんばかりにガマゲロゲがどえんと転がっている。その隣では、器用なことにドリュウズが煙草を爪の間にはさんで一緒になって吸っていた。この前テレビで見たホルードもそんなことをしていたのだけど、ポケモンも煙草をおいしいと思うのだろうか、などと煙草をおいしいと思えない僕は考えてみる。
「あーな、結構いるみたいだよな。きのみとかポフィンだかの味の好みに連動してるらしいけど。とりあえずくさタイプとはがねタイプはやめといた方がいいだろうな」
 僕の視線の先に気づいた友人も言う。まあこいつが吸ってても笑っちゃうけどな、とタブンネの方を見ながら続けたせいで彼は小さな手ではたかれた。見た目に似合わず結構力は強いらしい、「おうっ」と呻いた友人はよろめいて転びかける。タブンネはにこにこしながらその様子を見ていた。
「あっ、あのさ。この前ペリーラと一緒に大きな公園に行ってきたんだけど……」
 友人がタブンネを睨みつけたので急いで話題を変える。僕のポケモンであるペリーラは、暴れることが好きで元気なアーケンだ。すぐにつつく癖があるのがたまに傷だけれども、岩のように固い羽で打たれないだけマシだと思おう。
「へー、なんか行くとか言ってたよな。どんな感じだった?」
「うん、広くて良かったよ。結構のんびり出来る場所もあるし。今度イオンも行きなよ」
「俺は家にいる方がいいしなー、それにしても……」


 ふと、視界がぼやけた気がした。耳の奥が静まり返り、頭がどこかへ持って行かれるような感覚になる。

 しかしそれも一瞬のことで、すぐに周りの音が戻ってきた。学生の喧噪、車のクラクション、風で揺れた木の葉がざわめき。僕と二人で歩いていた友人が、大きくのびをして頭を揺らしながら言う。
「それにしても、飛んでっちゃったり逃げたりしねえの? だってペリーラって確か……」
 喫煙所で煙草をくわえている学生たちの足下を、少しだけ強い風が通り過ぎていく。僕たちの横を女の子たちが追い抜いていった。
「大丈夫、だって……」



「だってなんだよ?」
 喋りながら、またもやぼやけた視界を晴らしてくれたのは友人の声だった。お前またボーッとしてたけど、と訝しむように言った友人と一緒になって、隣のタブンネと頭の上のヤンチャムも僕を覗き込んでくる。ごめんごめん、と謝ってから「だって」ともう一度言った。
「ペリーラは進化しないと飛べないからさ。アーケンってそういう種類らしいよ」
「へー、じゃあ安心だな」
「大体、ひこうタイプだからって早々逃げたりしないって」
「うるせえよ。そういうことも無いとは言い切れないだろ」
 友人が口を尖らせる。先ほど追い抜かれた女の子たちのポケモンなのだろう、つかず離れずの距離でランプラーとコマタナが漂っていた。女の子たちは軽やかに歩きながら、ポケモンたちはふわりふわりと浮かびながら、校舎の中へと消えていく。
 喫煙所のベンチを主人が立つのを合図に、ガマゲロゲが面倒くさげに立ち上がる。彼らものそのそと足を引きずりながら校舎へと入っていった。やる気の無い後ろ姿がそっくりである。

「で、そのペリーラはどうしたんだよ?」
「なんか風邪ひいちゃったみたいで、今日は家にいるんだ」
「ふーん、お大事に。もし長引くようだったら、タブンネに協力してもらうといいぞ」
 友人の言葉に、タブンネもアピールするみたいに僕を見る。彼らにお礼を言いながら、僕たちも校舎に入って教室へ向かった。

 
 ふわあ、と思わず伸びをしながら外に出る。今日は一日がなんだか長く感じられたような気がした、早く帰って休みたい。とは思ったものの、アルバイトがあるためそうはいかない。元来シャキッとした性格では無いところに加えて最近はぼんやりが増えているから、途中で眠気に負けないようにしなくては。
 バトルサークルだろうか、屈強そうなポケモンたちを従えた学生が何人か歩いているのが少し遠くに見える。ポケモンの力をアップさせることでお馴染みのドリンク剤が入ったビニール袋を手に提げた男子生徒にボーマンダがじゃれついている。それでよろけた彼を笑っているのは青く染めた髪をツインテールにしたエリート風の女子で、ガブリアスの首もとを撫でながらくすりと口元を緩ませた。カロスの少年ジムリーダーによって開発されたという、最近イッシュにも導入されたスパトレのサンドバッグをいくつも抱えたガタイのいい学生を手伝って、連れのバンギラスも彼に負けず劣らずの数を逞しい腕で支えている。そんな様子を一歩後ろから落ち着いて眺めている眼鏡の生徒は見た感じ彼らのリーダーっぽいけれど、風格に反して連れているのは可愛らしい、小さなパチリスだった。主の手に抱かれて、もぐもぐとポフレをかじっている。
 何故パチリスなのだろう、と気になったけれども彼らは大学内のスタジアムへと姿を消してしまった。まあ、バトルビギナーズの僕にはわからない理由があるのだろう。ポケモンの力は未知数だというし。

「ねー、今日カレー食べに行かない?」
「カレーかー。私はいいけどさ、ナナの奴が辛いの嫌いなんだよね。甘党だから」
「へ? あんたのナナって確かワルビアルだよね? あの面で辛いのダメ甘いもの好きってどんなよ。ま、それも大丈夫よ。カレーハウスクイタランは辛さ調節もしてくれるから」
「いいじゃない。ギャップ萌えよ、ヤーコンさんと一緒。つーかその名前、カレーにアイアント入ってそうでヤなんだけど」
 僕の隣を歩いている女の子の片方に内心で同意する。うん、クイタランカレーはちょっと遠慮したい。しかしカントーにもピジョンのイラストが目印のハンバーグ屋さんがあったけれど、あれもそう考えるとキャタピー、ということか。この話はやめよう。
 日が暮れるにはまだ早く、太陽が光る西の空は綺麗な青をしていた。夏も盛りに向かっているのだろう、去年は行けなかったから今年の夏休みにはライモン遊園地に行きたい。春に一度行ったけれど、ネットの情報だとあの遊園地のシーズンは夏らしいし。

 なんてことを考えながらのんびり道を進む。早めの足音の響きに振り向くと、トレーニングウェアに身を包んだ男性がルチャブルと共にランニングの最中だった。それぞれに逞しい脚を動かして僕を追い抜いていく。
 ルチャブルはかくとうタイプ複合とは言え翼の方がメインだと勝手に思っていたけれど、鍛えるとあんなに逞しくなるものなのか。ほう、と感心して溜息をついてしまう。僕のペリーラは飛べないわけだし、今のルチャブルのように脚の鍛錬をしてみようか、と考えたところでやめる。無理無理、主に僕の方が無理だ。ランニングなんて想像するだけで疲れてしまう。
 大学生になったからバトルをしてみたいなあ、と思ってペリーラをブリーダーからもらったのだけど、彼がバトルに出せるポケモンになるのはいつの日だろうか。一緒にいて楽しいから十分だけど、バトルで味わえるという一体感を僕も早く体験したいものだ。



 そこまで考えたところで、またアレがきた。視界が霞み、一瞬の目眩に襲われる。瞼と瞼が、誰かがそう道の反対側から何かが向かってくるのが見えたけれど、避けることが出来ず足がふらついた。

「ちょっと、気をつけて!」
 僕の頭がはっきりした時には、既に自転車の方が避けてくれていた。怒ったような声を残して自転車が曲がり角へ消えていく。危ないところだった、白昼夢を見ていて自転車にはねられて怪我をするだなんて情けなさすぎて笑えない。すみません、と謝ろうとするも遅いことなど火を見るよりも明らかだった。
 しっかりしなくちゃ、と心中で自分に喝を入れながら路地を曲がる。住宅街に入ったせいで人通りが一気にすくなくなり、今まであった話し声も耳に届かない。それと取って代わるみたいにして、姿こそ見えないが木々の間にいる鳥のさえずりが聞こえてきた。
 白塗りの家の庭から、プラムの木の枝が飛び出している。綺麗に色づいた実がおいしそうで、ごくりと思わず喉が鳴った。今日のバイト帰りに寄れたらだけど、是非ともプラムを買って帰ろう。
「そこの人! 通るよ!」
 一人決意していると、後ろから声をかけられた。叫ぶようなそれにまた自転車だろうか、と振り返った。



「あーもう! 気をつけて!」
 振り返っただけなのに、それが命取りだったらしい。僕に向かって突っ込んできたビブラーバとそのトレーナーに、条件反射で「ごめんなさい!」と謝ったけれども、よく考えたらこの道はポケモンに乗るのは禁止のはずである。いくら人通りが少ないからって、いう何時僕みたいな鈍い人がいるかわからないじゃないか。
 などと情けない自己正当化をする僕を馬鹿にするような目で、木の枝にとまったマメパトたちが見下ろしていた。黄色っぽい目がいくつもこちらを向いていて、なんだかとても恥ずかしくなったので急いで立ち去る。くるっくー、なんて声が追いかけてきて頬が熱くなった。
 世界中で大ヒットした雪を操る女王様の映画、主役姉妹であるグレイシアとリーフィアがプリントされた鞄を揺らして女の子がすれ違っていく。じゅくがえりならぬじゅくいきとでも言うべきなのだろうか、ワークブックやノートがのぞく鞄の絵、マスコットキャラ的存在のバニプッチと目が合ってしまった。
 アルバイト先の家を見つけて足取りも軽くなる。赤茶色の屋根の家、目印は門に飾られたダゲキとナゲキの等身大な石像。来る度に思うのだけど、見つけやすくて助かっている。どうしてこのチョイスなのかはわからないけれど。


「あー、シラサギ先生あとちょっと待って。課題がもう少しで終わるから」
 僕のアルバイトは、ホドモエ在住の中学生の家庭教師である。何人か受け持っているのだけれども、今日の担当生徒は旅から去年の春に戻ってきたという14歳だ。旅をしていた間に学校に通えなかった分、今取り戻したいということらしい。 
「またー? まあ、開始時刻まで十分あるからいいけど。急いでやっちゃいな」
「はーい」
 間延びした声で返される。驚くほど白い肌にかかった、綺麗にウェーブしている茶色の髪。華奢な手足に緑の目と、陳腐な言い方だけどもお人形さんのようだ。見た目で判断して申し訳ないけど、この子が三年以上も旅を続けていたと思うとちょっと信じられない。それでも聞くところによるとジムバッジ四つまでいったらしいから、結構な強者ということだろう。
 専業トレーナーは諦めたけれど、ポケモンと関わる仕事につきたいから将来はホドモエ大の携帯獣学部にいきたいらしい。
「今日オニキスくんは?」
「さっきトレーニングするってお庭に出ちゃったよ。先生と入れ違いだったんじゃない?」
「そっか。元気だなあ……」
 彼女のパートナーでもあるエンブオーの行き先を尋ねたりしている間にも時は過ぎ、授業開始時刻となる。
「よしっ、ギリギリ終わった」
「じゃあ丸つけからしようか」
 ノートに書かれた数式と答えを照らし合わせながら確認していく。グラフをまっすぐに通る直線の位置が少しずれていたため赤いペンでバツをつけながら、簡単に解説を始めると生徒は口を尖らせて言った。
「もう、こんなの何に使うのよ。一次関数なんて、日常生活じゃ使わないって」
「それは……」
 使うよ。例えばポケモンを育てる時、元ある個体値に加えてあとどのくらい、どうやって鍛えれば能力値がいっぱいになるかとか。ホウエンやシンオウならばコンテストに必要なかっこよさやうつくしさ、あとどのお菓子をいくつあげれば高くなるのかとか。かの有名なカロスの「いしや」の商品を買うために貯金すると何ヶ月かかるのかとか。
 一次関数の使い道なんて、山ほどあるんだよ。と、僕は言おうとしたんだ。だけど開いた口は使いものにならなかった。



 首から上がふらりと傾く感覚がする。生徒の部屋は全体的にピンクで統一されているのだけれど、ピンク色では無い部分までもがなんだかピンクに見えたような気がした。白かったはずの壁紙、茶色のはずだった床。それまでもがピンクに思えて、だけどもちゃんと確認するよりも前に、僕は急激に重くなった瞼を閉じてしまった。

「……先生?」
 不思議そうな生徒の声にハッとする。いけない、またこれだ。僕は慌てて、何を言おうとしたのか思い出す。そうだ一次関数だ。
「ごめんごめん、えっとね……たくさんあるよ。例えばさ、君が将来車を買うとするじゃん。でも高いから、お金を貯めて買うとして……初めにあるお金にプラスして、どのくらいの期間貯めればいいのかな? っていうのを求める時とかさ」
「ふーん」
 三つ編みにした髪を揺らして、わかっているんだかわかっていないんだか不安になる声で生徒が答える。大丈夫かな、と思ったちょうどその時部屋の扉が開いて、彼女のお母さんが入ってきた。
 お茶でもどうぞ、との言葉に恐縮しながらコップを受け取る。早くもお菓子の入った小皿に手を伸ばしている生徒が「あっ、ダニー」と嬉しそうに声をあげた。ダニー、この家で飼われている長毛種の大型犬がお母さんにくっついてのそのそと入り込んできたようである。
「ああ、こら。二階には来ちゃいけないって言ってるじゃない。すみません先生、よろしくお願いしますね。ほら、ちゃんと勉強するのよ」
「はあーい」
「お気遣いありがとうございます」
 お母さんに促されて、大きなモップみたいな犬が部屋から押し出されていく。濡れたように黒い目が、名残惜しそうにこちらを見ていた。何がそんなに気になるのか、と疑問に思った僕の気持ちを察したように生徒が言う。
「あのね、これ。お父さんがこの前フランスにお仕事しに行った時のお土産なんだけどね」
 小皿に盛られたガレットを一つ、生徒が自分でもかじりながら僕に手渡してくる。香ばしい砂糖の匂いが鼻をくすぐった。
 その、甘い匂いをかいだ時だった。僕はガレットのせいだけじゃない、別の甘さを感じたように思った。生徒が続ける言葉が、とても遠くから言っているようだ。
「ダニーがね、このお菓子すごく気に入っちゃって、私たちが食べてるとすぐに見つけてやってくるの、…………」



「……そうなんだ。ダニーくんは甘いもの好きなの?」
「みたいだけど……先生、またボーッとしてたでしょ。どしたの? あ、もしかして好きな人出来たの!? どんな人? おとなのおねえさんタイプ? おじょうさまタイプ? まさかのバッドガール系!?」
「違うって……悪かったよ」
 ふっと夢から引き戻されるような感覚、矢継ぎ早な質問。このくらいの年頃の子はすぐに話をそっちに持っていきたがるらしい。苦笑しながら首を振ると、なんだつまらないの、と拗ねたように言われた。そんな顔されても困るなあと思いながら甘いお菓子を一口頬張る。ミアレのものはなんでこう、独特の高級感があるのだろうか。
 長い毛にガレットの欠片をくっつけながら食べているムーランドを想像しつつ、僕は参考書に目を落とす。今日は出来れば面積へ応用するところまではいきたいものだ。食べ終わったら駆け足になりそうである。
「お父さんったらさ、『メゾン・ド・ポルテ』のお洋服がいいって頼んだのに、ハクダンの帽子しか買ってきてくれなかったんだよ。ほら見て、アレ。あのキャスケット」
「いいじゃん、かわいいと思うけど」
「そうじゃないの! 私は、ベージュのトレンチワンピースが欲しかったの!」
 壁にかけた白い帽子を指さし、生徒が頬を膨らませている。途中から何を言っているのかところどころわからない、今に始まったことではないけれども女の子のファッションはとても難しい。僕は彼女のお父さんに心から同情した。
 なんて話をしたり真面目に勉強したり、途中でトレーニングから戻ってきたオニキスが隣でゴロゴロしだしたのを生徒が羨ましそうに見たり、結局ダニーがお母さんの目をかいくぐってやってきて余っていたガレットを食べたりしているうちに時間は過ぎた。僕は次回までの課題を出し、親子とポケモン二匹に挨拶して家を出る。紫色に染まった空の片隅だけがオレンジで、ハトーボーが二、三匹、住処へ向かって飛んでいくのが見えた。


 僕の借りているアパートはライモンシティにある。赤羽橋を渡り、暗くなってきた道をてくてくと歩いていると中心街に出た。ここの、ジムのあたりを曲がって住宅地に進んで奥に入ったところにあるのだけれど、ふとバトルサブウェイの看板が目にとまる。
 早く帰るつもりだったけれど、ちょっと寄り道してみようか。最近どうもモヤモヤするし、バトルでスカッとするのもいいかもしれない。いらっしゃいませー、お安くしますよー、とマラカッチと共に声をかけてくる居酒屋のキャッチに会釈で返しつつ大きな入り口をくぐる。後ろでマラカッチのはなびらが舞った。
 平日の夜だけど、バトルサブウェイはいつでも盛況だ。青髪のジャッジも忙しそうに、自分のところに並ぶ行列をさばいている。なんだ、あの小さなメラルバを山ほど抱えた男の子は。メラルバの赤い角を一本一本調べているジャッジの彼もうんざり顔だ。
 僕の唯一のポケモンであるペリーラは自宅にいるしまだバトルには不向きなため、いつものようにポケモンのレンタルサービスに頼る。駅構内のブリーダーに声をかけてボールを三つ受け取った。
「期限は本日の二十三時までとなります。かわいがってあげてくださいね」
 ボールの中に入っていたのはランプラーとホエルコ、そしてヤナッキーだった。ポケモンの選択が基本的には不可能なこのサービスにしては、バランスがとれているパーティと言える。
 きっちり研究して育てられたポケモンには勿論及ばないが、レンタルサービスのポケモンたちはどんな人にも懐きやすい。だからバッジを持たない僕みたいなトレーナーの指示にも応えてくれるというわけである。今日きてくれた三匹も、ボールから出して「よろしくね」と言うとそれぞれやる気いっぱいに返事をしてくれた。ヤナッキーがびしっとグーサインを決める。
 シングルトレインの乗車切符を買い、階段を昇って改札へ向かう。ダブルトレインへと続く階段を、シュバルゴとアギルダーを引き連れた女性が軽やかに昇っていった。むしポケモン使いだろうか、頭にモルフォンを乗せている。彼女の後ろ姿を見送り、自分も改札を抜けた。
 ホームへ行ける人数は決まっているので順番待ちをする。前に並ぶ、ベテラントレーナーらしき風格の男性は隣にルカリオを並べていた。渋い色へと変わった鋼の腕がいかにも強そうだ、出来ればこの人とは当たりたくないなああ、なんて考えている間にも自分の番となる。ホームに滑り込んできた電車にドキドキしながら足を踏み入れると、プシュー、と音をたててドアが閉まった。
「ワックワクでどっきどきなポケモン勝負にしようね!」
 先に社内にいたらしい、ミニスカートの女の子がセミロングの髪とスカートの裾をひらりと揺らして笑ってくる。彼女が繰り出したのはオタマロ、こっちの先鋒はランプラー。まずい。どう考えても不利である。
「アクアリングよ!」
 女の子が先手必勝とばかりに叫んだ。オタマロの笑顔を綺麗な水の輪が囲う。きらきらと輝くリングはオタマロを守るように包んだ。
 それでもまだ出されたのが回復技で助かった、アクアリングの効果が厄介になる前に倒してしまえれば関係無い。ほのお技じゃダメだろうけど、他のタイプの技なら十分望みはある。
「たたりめ!」
 僕の叫びに応じたランプラーの体がぶわっと光る。妖しい紫色の輝きはランプラーを中心に広がって、まるで大きな目玉のようだった。震え上がったオタマロが弾き跳ばされ、床に叩きつけられて悲鳴をあげる。
「よくやった! よし、もう一度たたり……」
「ひるむな! ハイドロポンプ!!」
 意気揚々と指示を出そうとした僕の声に、ミニスカートの鋭い声が重なる。圧倒的に勢いで負けていて、ランプラーは明らかに動揺した。ランプの傘が困った顔で僕の方を振り向いたのは一瞬のことだったけれども、その一瞬が命取りだった。
 轟音と共に、オタマロの口から吐き出された水が押し寄せてくる。かなりの早さをもったそれはまさに怒濤のようで、僕は思わず目を瞑ってしまった。



 目を閉じたその時である。強烈な目眩が僕を襲い、目が開けられなくなった。くらりとする頭の中に、少しの間全身からの感覚が無くなる。瞼の裏側は乳白色のはずなのに、どこか桃色に色づいているようだ。

 電車の揺れを感じられたのは、それからどのくらい経ってからのことだろうか。規則正しく揺れながら地下を走る電車の中、僕はようやく収まってきた目眩に目を開ける。窓の外には当然ながら何も見えず、ただ真っ暗な地下通路と白い電気が続くだけだ。
 それにしても、えらく濡れてしまった。まさか雨に見舞われるとは思っていなかったのだけど、流石に全身びしょ濡れともなると人の迷惑にしかならないだろう。隣に立ち、携帯を見ているサラリーマンが僕から微妙に距離をとる。
 ふと僕は、自分の心臓がやけに高まっていたことに気がついた。目眩と動悸なんてヤバいじゃないか、と不安になったのだけども、それと同時に疑問も沸いた。そうだ。これは動悸なんかじゃない。

 僕は、何か胸の高鳴るようなことをしていたはずなのだ。

 だけどもそれが何だかは思い出せなかった。しかもそんなはずなど無かったのだ。僕はもう十分ほど地下鉄に乗っているだけであり、席が開かないかなあなどと思いながら突っ立っていただけなのだから。今はもう完全に見慣れた文字となった、英字新聞を席に座って読んでいるおじさんを眺めて思う。
 A列車、中学の頃に吹奏楽部で「A列車で行こう」を演奏した時には、まさか自分がこんな頻繁にもそれに乗ることになるとは想像すらしていなかった。なんて感慨に浸っていると、おじさんが新聞を畳み始めた。お、と期待する。
 駅が近くなってきた社内アナウンスがかかる。期待通りおじさんが席を立った。そんなに長く乗るわけでは無いけれども、せっかくなので座っておく。ほどよい柔らかさの地下鉄の席が僕は好きなのだ。
 タッチ画面を素早く操作しているスーツ姿の女性の隣に腰を下ろすと、途端に眠気が襲ってきた。駄目だ、今寝たら乗り過ごすぞ、という気持ちと、ちょっとだから大丈夫、という気持ちが戦闘開始してあっという間に後者が勝利を決めた。なんだか甘い匂いがする、誰かがベーカリーの袋でも持っているのだろうか、と思ったけれども、その疑問の答えを確認する暇も無いほど早くに僕は意識を手放した。がたんごとん、と電車が揺れる音を最後に聞いて。



「…………お客様、起きてくださいまし」
「…………風邪、ひいちゃうよ?」
 次に耳にしたのは、電車の音では無くて二人の男の声だった。もう停車しているらしい、リズムを刻む揺れの音は聞こえなかった。徐々に覚醒していく頭が僕に目を開かせる。
「うわっ!!」
 思わず声をあげてしまったのも無理は無いだろう。何故なら僕をじっと覗き込んでいたのは、かのサブウェイマスターだったのだ。それも二人揃って。黒と白、それぞれのコートが僕の目の前に立っている。
「あ、いえ、その、……すみません、」
「随分とぐっすりお休みでしたので、起こすかどうか少し躊躇ったのですけれども。クダリが起こした方がいいと申しましたので、失礼させていただきました」
「いえ!! こちらこそすいませんでした、お恥ずかしいところを……」
 熱くなっていく頬に合わせて、どんどん意識がはっきりしていく。そうだ。僕は結局あの後ランプラーだけじゃなくてホエルコも負けさせちゃって、なんとかヤナッキーでオタマロは倒せたけれどもその後のクルミルに負けて……。
 それで、あまりの情けなさに席で不貞寝してたわけだ。そして起きることなく終点まで行ってしまったということか。情けないにも程があるだろう。うなだれる僕を、白い方のサブウェイマスターが手を引いて立たせてくれた。
「こういうとこで、一人で寝てるの危ない。ゴーストポケモンとか、そういう子たち、いたずらするからね」
 にっこりと弧を描く口元でそんなことを言われると、なんだか無性に怖い気がした。深く突っ込みたくない話題のように思えたので話を変えてみる。
「それにしても、何故サブウェイマスターさん直々に……?」
 僕が乗った電車には、このお二人は乗っていないはずである。終点に着いて車両点検をするのであれば、その電車にいた駅員さんがするのが普通なのではないだろうか。首を捻った僕に、黒い方の車掌さんが「ああ、それは」と答えてくれた。
「別のお客様にサイキッカーの方がいらしたのですけれども、その方が『不思議なポケモンの気配がする』と連絡をくださりまして」
「気配……?」
「うん。その人と、その人の連れてたゴチルゼル。なんか、変な感じがしたって」
 私のシャンデラもなんだか落ち着かなかったようですし、と付け加えられる。それは僕がいるこの車両に、ということだろうか。僕はなにも感じなかったけれども、ゴーストポケモンを見つけるのすら苦手な僕が口を挟んでも仕方のない話題である。
 しかし、と黒い方のサブウェイマスターは肩をすくめた。
「しかし来てみれば、不思議なポケモンなどいませんでした。まあ電車という場所柄、そういう話は切っても切り離せないものでございますし、ごく稀に『本物』もおりますので油断は出来ません。お客様もお気をつけてくださいまし」
 さらりと聞き逃せないようなことを言われた気がするけれども、やはり深追いしたくない話題なので黙って頷くだけにしておく。それにしても随分遅くなってしまった、ここが終点ということは、さらに帰る時間もその分かかるわけだけれども家に着くのは何時頃になるだろうか。
 またペリーラに怒られちゃうだろうなあ、と思いながら鞄を持ち直す。借りたボールが三つきちんと揃っているのを確かめている僕に、白い方が「あれ?」と声をかけた。
「キミ、びしょびしょ。どうしたの?」
「ああ、これは……」
 
 雨で。
 
 と言いかけて、やめた。雨なんて降っていない。それにこれは先ほどのバトルで、オタマロのハイドロポンプをランプラー共々頭から被るハメになったからだ。
 じゃあ、どうして、僕は雨だなんて言おうとしたんだ?
「お客様……?」 
 黒い方が首を捻る。その様子に我に返った僕は、急いで取り繕うようにちゃんとした理由を言ってそそくさと二人から離れる。もう一度謝って立ち去る僕を、サブウェイマスターたちは不思議そうに見ていた。


 一体、どうしてしまったのだろうか。本当にダメである。やはり早く帰って休むべきだったのだ、そういえば慌てて帰ったせいで買おうと思ったラムのみのこともすっかり忘れてしまった。色々と上手くいかない。
 はああ、と溜息をつきながらマンションの階段を上る。住民ようのゴミステーションから見上げているヤブクロンに小さく手を振ると、体にちょこんとくっついている両手を振り返してジャンプしてくれた。その様子に少し心を和まされる。ちょっとだけ元気になって部屋の鍵をポケットから取り出して、ドンカラスのキーチェーンのついたそれをガチャリと回した。
「ただいま、遅くなってごめん」
 そう言って部屋に入るなり、ペリーラがどたどたと走ってきてお出迎えしてくれる。お出迎えというとなんだかとってもいい感じだけど、実際のところはそんな生やさしいものではない。助走をつけたいわタイプ複合が一気にこちらに突進してくるわけで、僕はたまらずよろめいてしまう。
「ちょっと、危ないって……」
 痛さに呻く僕の声にもお構いなしで、ペリーラはがんがんと突進を繰り返している。朝は具合が悪そうだったのに、もうすっかり良くなったみたいだ。もうちょっと落ち着いてくれれば良いのだけれども。ブリーダーに勧められた何匹かのうち一番元気のある子を選んだのは幸か不幸か。
 ペリーラの頭を撫でて部屋に向かう。床に転がったトランクを見て、僕は思わず「うっ」と息を詰まらせた。度重なるトラブルで失念していたけれどもそうだ、カントーの実家に帰るのがあと三日に迫っているのだった。にも関わらず、準備はちっとも終わっていない。期末試験だのなんだので後回しにしていたけれど、そろそろ手をつけないと本気でやばいだろう。
 まあ、最悪着替えなどは実家にもあるし……と駄目な思考を展開させながら視線をトランクからずらす。クリスマス休暇に連れていった際、実家のニャースと驚くほど相性の悪かったペリーラの預け先も決めているしなんとかなるだろう。僕の後をひょこひょこと追ってきたペリーラに「だよね」と同意を求めてみると、赤い嘴を大きく開けて、ぎゃあ、と一鳴きした。
『愛してたわ……でも、さようなら』
『そんな……いかないでくれ、お願いだ!』
 夕飯の支度をしながら横目で観ようと思ったテレビに恋愛映画が映っていた。切なげな笑みを浮かべた女性が、スカーフをはためかせながらスワンナに乗って男の元から去っていく。追いかけようとするも、男には飛べるポケモンがいなくて叶わない……なんて陳腐な物語なんだ。
 なんだか脱力してしまって、僕はテレビから目を離す。最近のポケウッド映画は変なのが増えたなあ、くだらないものを見ていないで自分とペリーラの夕食をさっさと作ってしまわなければ。と、動かした視線の先で小さな黄色が蠢いているのを見つけた。
「うわあ」
 テレビのコードも繋がっているコンセントに、バチュルが一匹くっついていた。電気をご飯にしているこのポケモンは、こうしてコンセント付近で時々お目にかかれる。ちみっこくて可愛いのだけれども、電気代の増加に寛大になれるほど懐がフエンタウンじゃない僕としては見逃すことは出来ない。申し訳ないけれど、退散してもらうことにする。
「ごめんね、一人暮らしの学生のところじゃなくてもっと電気に余裕のあるところに言ってね」
 何事かと近づいてきたペリーラから隠すようにしてバチュルを手で囲む。この堅い嘴でつっつかれたらバチュルはひとたまりも無いだろう。なんとか見せないように外に出さなくては。
 急に肌色の壁に覆われ、右往左往しているバチュルをそっと持ち上げる。微かな電流がぴりり、と僕の掌に走った。

 
 ふっ、と頭が暗転する。テレビの音が耳から消えた。くらりと体がよろめいて、指先が痙攣したのを感じた。深い穴に落ちていくような、それでいて空へと昇っていくような。がくん、としたあの感覚が全身に伝わる。白いコンセントが、グレーのテレビが、真っ赤なペリーラが。すべての色に、ピンク色のフィルターがかかったように見えた。

 一度大きく揺れた僕は、壁に頭をぶつけた衝撃で目を覚ました。またこれか、いい加減にして欲しい。そろそろ自分でも笑えない領域にきているような気がする。去った女性を走って追いかける男性俳優のモノローグを聞きながら、僕は自分に絶望した。
 実家に帰ったら近くの病院に行くべきだろうか。しかし行ったとして何と言えば良いのだろう。夢遊病? 白昼夢? それとも睡眠障害? どれも微妙に違う、仮に行ったところで「ちゃんと寝てくださいね」と言われて睡眠薬をもらうくらいが関の山だ。
 捕まえた蜘蛛を逃がさないように手を閉じる。いつの間にかテレビに上っていたペリーラが目ざとく僕の手の中をじっと見つめているが、素知らぬ風に遠ざけた。蜘蛛を助けると死後助けてくれるという説を僕は信じているのだ、たとえここはアメリカだからアジアの話は通用しないとしても。
「達者でねー」
 ベランダから放した蜘蛛に呼びかけて、僕は扉を閉める。今度こそ夕飯の準備だ、このままでは寝るのが何時になることか。今日で試験は終わって僕は実質休暇になるわけだけれども、図書館で借りた本を返すために学校に行かなくてはいけないのだ。帰国準備もあるし。
 鮮やかな赤をした、ペリーラの首もとを撫でてキッチンに向かう。気持ちよさそうに鳴いたペリーラは最近テレビの上がお気に入りだ。床暖房のようで温かいのだろう。割に強い足腰のしで画面と側面が傷だらけになるのには、もう目を瞑ることにした。
 そういえば、と冷蔵庫から買い置きの野菜を取り出しながら思う。先ほどのコンセントに刺しっぱなしにしてあるけれども、3DSの充電器が二週間ほど前に壊れてしまったのだった。この頃忙しかったからどっちみち遊べなかったからすっかり忘れていた。
 わざわざこっちで探したり、Amazonに頼むのも面倒だから実家の方で買うことにしよう。母親のポイントカードも溜まるだろうし、何よりこっちでそんなことをしている暇など残されていないのだ。飛行機の中でやろうと思っていたから、それが出来ないのは少し残念だけれど。

 …………あれ?
 僕は、『何の』ゲームをやろうとしていた?

 不意に、疑問が心を突いた。小さな針のようにちくりと、しかし深くまでその問いは僕の中に入ってくる。
 なんだっけ。
 どうしても思い出せない。
 頭の中がぐるぐるして、僕の意識が遠くなる。手に持っていたブロッコリーから、何故だか甘い匂いが漂った。テレビの画面では、明らかに追いつけないスピードだろうに、不思議と追いついた男性が女性に愛を語っている。ペリーラがばさばさとこちらに飛んでくる。
 でも駄目だ。僕はそれ以上を認識することが出来ず、何か圧倒的な存在に引っ張られるようにして闇の中へ滑り込んでいった。


「…………!? ちょっ、痛っ、!?」
 目が醒める感覚で一気に引き戻された意識で感じたのは、ペリーラの強い嘴が僕をつついた衝撃だった。レベルが低いむしタイプなら一発でやられてしまうであろうそれが僕を襲う。眠気だなんだと言ってられないほどの痛みに、僕は本気で声をあげてしまった。
「痛いって、やめて! ペリーラ!!」
 野菜室からとっさに取り出したベリブでどうにかこうにかペリーラを宥める。彼の大好物だけど、結構なお値段なためストックが少ないから大事にしないとと思っていた矢先にこれだ。どんどん小さくなっていく紫の果実を見ながら僕は嘆息する。
 しかしまあ、とうとうペリーラにまで怒られてしまうとは。一体どうしたものか、僕は夕飯の支度を再開しながら肩を落とす。これは本気で病院にかかることを考えるべきなのだろうか。しかし誰が信じるだろうか、ふとした瞬間に見る夢と現実が一体化しそうだなんて。
『もう君を離さない……』
『アルフレッド……』
 そして、映画では男がダンバル二匹を足場にして空に浮きながらチルタリスに乗った女を抱きしめていて力が抜ける。女の方もうっとりしているけれど、ダンバルを踏みつけて空中浮遊の彼は正直なところ完全に愉快でしかない。感動の抱擁を交わす男女のアップを映す画面の隅っこで、赤い目がきょろきょろと動いているのがおいうちをかけてくる。
 呆れと疲れが一気に襲ってきて、僕ははあ、と今日何度目かの溜息をついた。やっぱり明日は一日家で休んでいよう。本はまあ、明後日にでも返すことにしよう。
 僕の気も知らず、口元を紫色の汁で汚したペリーラが目を丸くしてこちらを見上げる。なんでもないよ、と笑って、僕はポケモンフーズの袋のジップロックを開けた。


  [No.3384] 夢の隣、隣の夢 2 投稿者:GPS   投稿日:2014/09/14(Sun) 15:22:50   91clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 志の低い僕のことなので、結局準備は超ギリギリだった。着替えは手当たり次第にトランクに詰めたし、部屋の掃除も碌に出来ずじまいだ。ちゃんとやったことといえ、ばせめて家族や地元の友人たちへのお土産はきちんと買わねば、とホドモエマーケットにいったくらいである。
 こう言ってしまってはなんだけれども、ペリーラを預けられて良かったかもしれない。ただでさえ酷いザマなのに、ここに加えてペリーラの準備もあったら終わらなかっただろう。ぎゃあぎゃあと騒いでいるのを、友人のタブンネにヤンチャムと一緒に宥められていた彼を思う。お詫びの印に少し奮発してベリブのポフィンをあげてきたし、お土産も約束したから怒られないだろう。連れていってあげられなくてごめんよ、と特性テレパシーになったつもりで思う。
 例の白昼夢にも何度も襲われたし、本当に散々な三日間だった。実家でゆっくりすればなくなるかな、と希望的観測を心に浮かべる。
「はい、大丈夫です。お進みください」
 どうにかこうにか荷物を詰め込んだ、僕のトランクと鞄の検査が済んだようだ。そのままトランクは係員に預けて、手持ち用の鞄だけ受け取った。隣のカウンターでは同い年くらいの男が何やら引っかかって焦っている。
「お客様、申し訳無いのですけれども……生の状態でのきのみの機内持ち込みは禁止されております」
「え!? そうなんだ、知りませんでした……どうしよう、いっぱい持ってくって約束しちゃったよ……」
「そちらのリザードンはお連れ様でしょうか? それならば、ねっぷうでドライフルーツにしてもらうというのはいかがでしょう。その状態なら構いませんし、あちらにございますバトルルームなら技の使用も問題ございません」
「そういう問題じゃないですよね!? こら、お前もその気にならなくていいから!」
 係員の言葉に、自分の出番かと気合いの入った風に翼をバサリと動かしたリザードンを男が急いで止めている。なんだか大変そうだけど、他人事なのでそそくさとその場を去った。僕と入れ替わりで、初老の女性がパッチール柄の旅行鞄をカウンターに乗せる。
 搭乗時刻までは少しばかり時間があったけれど、今からどこかへ行くほどの長さでは無い。飛行機に乗る時はいつも時間を持て余す。大きなガラス窓から飛行場の向こうに見える、摩天楼みたいにそびえるヒウンのビルを眺めて僕は息をついた。
 せっかくヒウン空港に来たのだから、ヒウンアイスでも食べておけばよかったかもしれない。モードストリートの店限定と言いつつ、実は他の地方から来る観光客のために空港のゲート内でも買える場所があるのだ。ご当地ものにありがちな闇である。
「はい、ふーちゃんもあーん」
 座ったベンチの隣で、まさにそのヒウンアイスを小さな女の子が食べている。先がバニプチの形になっているプラスチックのスプーンでわけてもらっているのは、女の子の何倍もあろうかというペンドラーだった。一人と一匹、一つのスプーンでおいしそうに食べているけれども毒とか大丈夫なんだろうか。
 しかし日頃からどくポケモンと接している人は毒に耐性が出来るらしいし、彼女も大丈夫なのかもしれない。幼い頃に聞いた話だと、一時期カントーを震わせた悪の組織のロケット団は団員にどくポケモンを使わせることで、組織のイメージを作るだけではなく毒ガス作戦などの時に団員に被害が出ないような効果も狙っていたという。その真偽は定かではないけれど、知った時は素直に関心してしまった。
 なんてことを考えて時間を潰す。携帯の四角い画面、待ち受けに設定してあるペリーラが早くも恋しくなってしまった。昨日も味わわされたというのに、あのつつく攻撃がもはや懐かしい。
『ウォーグル航空クチバ行きをご利用の皆様にご案内いたします……クチバ行き、十時四十分発……クチバ行き649号の搭乗を開始いたしました……尚、搭乗口は十時三十八分にしめきらせていただきます……』
 なんだかんだで時間は流れ、僕が乗る飛行機の搭乗アナウンスが空港に響いた。ベンチで待機していた人たちの半分くらいが立ち上がる。僕も席を立ち、長い通路を進んで搭乗口に向かった。
 独特のにおいと、空気感。空港と機内をつなぐ、SF映画を彷彿とさせるような通り道を抜けると柔らかい席が並んでいた。ウォーグルカラーに統一された機内は、青の床と白い席で構成されている。自分のチケットに印字された番号のものを探して腰掛けた。ラッキーなことに窓際だ、運が良ければ雲の上を飛ぶポケモンが見られるかもしれない。ホウエンの上空は通るのだろうか、ごく稀に、緑色のドラゴンポケモンを目にすることが出来るという。是非とも一度見てみたいものだ。
 席に取り付けられている画面を触ってみたり、備え付けのカタログで映画を調べていると他の乗客も次々に乗ってきた。少年の手をひいたゴチルゼルが僕の前の席に少年を座らせている。基本的に機内でポケモンを出すのは禁止されているから、あのゴチルゼルは訓練を受けているのだろう。エスパーポケモンやかくとうポケモンなど、比較的知能の高い個体に介護や保育の面で手伝ってもらうというやつだ。
 少年のリュックを頭上の荷物置き場に上げてから、ゴチルゼルも席に着いたらしく黒い角しか見えなくなった。機内は乗客で間もなくいっぱいになり、シートベルトをつけるようアナウンスが流れる。赤いベルトについた金具がカチリと音を立ててからそんなに待つことも無く、機体が動く感覚が伝わる。
『皆様、おはようございます。本日はウォーグル航空をご利用いただき、誠にありがとうございます。この便の機長は……』
 流れるアナウンスに、徐々に動きを早める機体。僕ももうそれなりにいい歳なのだけれど、飛行機が飛び始める時はいつもドキドキしてしまう。前の席の少年が窓の方に身を乗り出して、ゴチルゼルにたしなめられている。
『間もなく離陸いたします……今一度、座席ベルトをお確かめください……』


 ふわり、と身体が浮く感覚がした。
 それは機体が離陸したことによるものではなく、ここ数日間で嫌というほど味わわされたあの、夢に落ちていく感覚だった。
 ごうごうと機体が動く音が遠く離れたところから聞こえてくる。この感覚に負けるものか、水でも飲めば醒めるだろうと手を伸ばして機内用に買ったペットボトルを取ろうとするも、僕の手はとても重くて動かない。同じように瞼と頭も重くなっていく。窓の向こう側で動く景色、ヒウンのビル群も、青く晴れた空も、他の飛行機たちもみんな、柔らかなピンク色に染まっていた。

『ただいまより、乗務員がお食事のサービスに参ります。アレルギーなどございます場合は、どうぞお気軽に乗務員にお申し付けくださいませ』
 穏やかな放送で、僕の意識が引き戻される。はっと気がついて窓の外を見ると、もう陸など何も見えないどころか青い空と白い雲が延々と続いているだけだった。どうしてよりにもよって、睡魔は離陸の瞬間に襲ってきたというのだろう。悔しくて涙が出そうである。
 それにしても、結構な時間眠ってしまっていたようだ。時計を見ると、離陸時刻から一時間ほど過ぎている。意識を取り戻すのにかかる時間は、どんどん長くなっているように思えた。
 隣の人もいるのにぐっすり眠っていたことが今更気恥ずかしくなってくるが、気を取り直して機内食は美味しくいただこう。前方から向かってくる乗務員さんに、前の席の少年が「ぼく、オレンジジュースがいい!」と元気よく頼んでいる。にっこり笑った乗務員さんから、少年の隣に座った女性が立ち上がってコップを受け取る。少年にジュースを手渡したその横顔は母親というには随分若く見えるけれど、姉か親戚か、それとも別の関係なのか。なんてことを、僕はぼんやり考えた。
「お飲物は何にいたしますか?」
 すぐに僕の番になり、乗務員さんが僕に尋ねる。コーヒーをお願いします、と言うと湯気を立てたそれをその場で注いでくれた。受け取りながら次の質問を受ける。
「お食事にはビーフとチキン、それとポークがございます。どれがよろしいでしょうか」
 それは機内食にはお馴染みすぎる台詞だ。中学生が使う英語の例文として、教科書やワークにも登場するくらい有名だ。
 それくらい簡単な英語なのに。
 とても易しい、初級の英語だというのに。
 僕は、その言葉を。

「えっと……? ビーフ、って、……なんでしたっけ?」

 理解することが出来なかった。
 英語自体は聞き取れた。その中から選んでくれ、という乗務員さんの意図もはっきりわかった。
 だけど、ビーフ、というものが一体何なのか。
 チキンとは、どんなものだというのか。
 ポークって、どういうものなんだろうか。

 僕の頭は、その情報を処理しなかった。

「え……? ええと、ビーフは牛の肉で……」
 乗務員さんが困惑したような顔になりながらも、丁寧に説明を始めてくれる。牛の肉。それを聞いた途端、僕の思考回路は一気に繋がった。
「あ、ああ!! そうですよね、すいません! ちょっとボーッとしてて、すみませんでした!」
「は、はい……どれになさいますか?」
「本当にすいませんでした!! えー、ポークでお願いします」
 慌てて取り繕う僕に、乗務員さんも、隣に座っている男性も不可解な目を向けてくる。思わず大声を出してしまったせいだろう、前の席からパンを頬張った少年が覗き込んできて、自分の顔がものすごい勢いで熱くなっていくのがわかった。
「申し訳ございませんでした……」
 恥ずかしさのあまり、乗務員さんを直視出来ない。目を逸らしながら食事の乗ったトレーを受け取る。乗務員さんの去った後も、隣の乗客がちらちらとこちらを見てくるのがいたたまれないことこの上ない。いい加減にしろよ、と心の中で自分をぶん殴る。
 それにしても、何でさっきはあんなことが起こったのだろう。ビーフもチキンもポークもとても簡単な言葉だし、それの表す意味だって最低限の常識レベルと言って良いだろう。なのに僕は理解出来なかった。まるで、そんなものは存在しないと思っていたように。ビーフも、チキンも、ポークも、僕の知り得ないものだというように。

 まるで、僕の知っているそれは、別の名前をしているとでもいうように。

 いや、まさかそんなはずはなかろう。現に僕はすぐに自分の間違いに気がついたわけだし、今はそれらが何だかだなんてはっきりわかっている。やっぱり寝ぼけていたんだろう、この眠気にはほとほと困らされる。
 もうこんな恥はかきたくないな、と思いつつトレーに乗ったアルミ箔を開ける。ふわっ、と広がる白い湯気に包まれたポークビーンズを一口食べて窓の外に目を向けた。延々と続く青空と雲。それ以外に見えるものなど、当然、無い。



『間もなく、二番線に当駅止まりの列車が到着します……黄色い線の内側までお下がりください……この電車は折り返し、逗子行き、快速電車となります……』
 十二時間ほどのフライト時間だけど、あの後なんだか目が冴えてしまって全然眠れなかった。寝たくない時に眠くなるくせに、寝たい時にはこれだから困ってしまう。ふわあ、と欠伸を一つして、僕はホームに滑り込んできた灰色の電車へ乗り込んだ。青とクリーム色のラインが特徴的なこの電車にノスタルジックを感じてしまうなんて、僕も大きくなったものだなあと感慨に浸る。
 平日昼間だけあって車内は比較的空いていた。大きなトランクは邪魔になること間違い無しだから、混んでなくて本当に良かったと思う。持ち手をしまって、トランクが転がっていかないよう足で挟みながら紺色の席に腰を下ろした。
 疲れているのもあって、座るのがやけに久しぶりに感じられる。休める安堵も相まって眠気が一気に降りかかってきた。寝過ごしませんように、と薄れゆく意識の中で願いながら目を閉じる。他の誰かが花束でも持って近くに座ったのだろうか、むせ返るような甘い匂いが鼻孔に届く。普段ならば無意識に振り向いてしまうであろうほどに強いその匂いにしかし、僕は早々に思考をやめることとなった。


『ヤマブキー、ヤマブキー』
 降りる駅を告げるアナウンスで目が醒めた。こんなに良いタイミングで起きるとは、ようやく僕もツキが回ってきたのだろうか。無性に嬉しくなって、足取りも軽く電車を降りた。下手をしたらまだ寝こけていたであろう車内とホームを隔てるドアがプシュー、と閉まる。
 大都会ヤマブキシティの中でも、さらにその中心を担うヤマブキ駅。流石の賑わいで老若男女、色々な人たちが行き交っている。僕のようにトランクを引いている人も多く、ピンクのトランクにゴクリンを乗せて歩く女の子とすれ違った。羊羹のような緑色がぷるぷると揺れる。
「山吹な奈、当駅限定キャラメル味いかがですかー?」
「山吹アチャモ饅頭、期間限定塩味オススメでーす」
 連なるお土産屋さんの声にうっかり惹かれそうになるがグッと我慢する。ただでさえトランクでかさばる荷物をこれ以上増やすわけにはいかないし、どうせ帰りには来ることになるのだ。それに今は別に行くところがある。
 四番線ホームの階段を昇って、ヤマブキ中心を回っている緑ラインの電車を待つ。一分弱でホームにやってきた車両に乗り込んで揺られること数分、窓の外に電気街が見えてきた。

 駅内ロッカーにトランクを預け、電気街口から出て少し歩くだけで早くもアイドルショップが目に入る。四十八人の女の子たちがみんなメタモンを連れ、新曲ごとに自分たちの衣装を変えるだけではなく一斉に同じポケモンにへんしんさせることが話題を呼んだ人気アイドルの専門ショップだ。今はそこまで賑わっている気配は無いが、イベントなどある時はすごいらしい。
 その前を通り過ぎて、大きなビルの影を踏みながら横断歩道を渡る。と、大通りの両側一杯にアニメショップや電気屋さんやゲームセンターやらが並んでいるのが視界に広がった。
 独特の店が揃うここは他地方でも注目を集めている。アニメや漫画が好きな人はこの町に来るためにカントーを訪れるというほどだ。ペリーラを預かってくれた友人はイッシュ生まれイッシュ育ちだが、前々から興味があったらしい。お土産は何が良いか聞くと、ここで買ってこいとのお達しがあったのだ。
「『彼女がタスキをとられたら』第二巻、Blu-rayとDVD共に本日発売でーす! 現在、初回限定特典まだまだあります! オリジナルディスクと特性ブックレット、さらにフルカラーブックレットに加えて三方背スリーブケースも! この機会に是非ともお買い求めください!!」
「中古ゲーム市開催中です! あのゲームもこのゲームも、驚きの価格で出血大サービス!」
「メイド喫茶@ボールでーす、いかがですか〜」
 ミミロルの耳をつけて、クリーム色のフリル満載な茶色ベースのメイド服を着た女の子が身を乗り出して声をかけてくる。僕も他の人もやんわりと断るけれど、お客さんが集まらない一因には彼女の隣でプラカードを持って浮いているヨノワールの存在があるのではないか。恐らく彼女のポケモンなのだろうけど、ああいう店の女の子の近くにヨノワールみたいなどがいると、図鑑説明とはまた違った意味での怖い所に連れて行かれそうだと思ってしまう。
 申し訳程度に、ヨノワールの頭にはフリル飾りがついていたけれどもそういう問題じゃなかろうと思いつつ賑やかな通りを進む。ゲームセンターの入り口から覗けるクレーンゲーム、メガガルーラの子供のぬいぐるみがとれるらしい。ちょっと気になったけれども、メガシンカ前の方が好みの僕はスルーを決める。
「ただいま特価セール中でございます! Windys7搭載、ノートパソコンがなんと驚きの三万九千円! 三万九千円でございます!」 
 青と白で構成された店先で、法被姿の店員が声を張り上げる。店のカラーに合わせているのだろう、隣ではマリルが値段の書かれたボードをアピールするようにぴょんぴょんと跳ねていた。レアコイルと一緒に携帯の画面を見ながら歩いていた男性が足を止める。
 アイドルのブロマイドなどが売られている店で、本職のアイドルや声優に混じって一部のジムリーダーや四天王の写真が売られているのは果たしてどうなのだろうか。可愛い綺麗バトルも強いと三拍子揃った、カロスのキナンから人気が爆発したバトルシャトレーヌたちの写真が売れ行きナンバーワンというのがどうにも複雑なところである。女性客向けに揃えられたのであろう男性ジムリーダーのブロマイドを吟味し、ジョウトのマツバさんが写ったものをトレーナーにねだるユキメノコを思わず二度見しかけて店の前を過ぎた。
 青い看板とオレンジ色の看板の前でしばし迷って、結局青の方に入る。冬にもらったポイントがまだ使えたかもしれないのだ。
「あーもう! また同じの出たよー!!」
 店の入り口に置かれたガチャガチャの前で、たった今回したばかりのカプセルを開けた女性が地団太を踏んで悔しがっている。連れのハスブレロは、カプセルの空き容器を沢山入れられた皿を水平に保ったまま肩を竦めた。ガチャガチャ沼は大変だなあ、とのんきに思って僕は店内に入る。
 今月号の雑誌を手に取っている、制服姿の中学生たちの脇を抜けてお土産コーナーに移ると、友人が欲しがっていたような箱のお菓子が並んでいた。少し考えて、『エネ子さんのスイートクッキー』とポップな字体が踊るピンクの箱を手に取る。エネ子さんと言うわりには、箱のイラストでクッキーをこちらに差し出す女の子に生えているのはエネコロロの耳で、肝心なエネコは隅にちょっと描かれているのみなのだけれど、そこには目を瞑ることにしよう。
 アニメキャラのフィギュアがついてくる食玩を箱買いしている男の後ろに並ぶ。レジの店員さんに手渡された袋を、男はサイドンと仲良くわけて持った。「帰ったら一緒に開けような」という声にサイドンが嬉しそうに頷いて、のっしのっしと並んで歩いていく。
 僕も会計を済ませて店を出る。時間を見るとまだ三時過ぎだった。ハナダの外れにある実家には七時半頃に着くと言ってあるから、少し余裕があるだろう。昼食をとっていなかったことを思い出したところで都合よく、視界にファーストフード店を見つけた。以前コガネシティの川に落とされたことでもお馴染みの像を横目に入店する。
「いらっしゃいませー」
 愛想のいい店員さんの声が響く店内はそこそこに混んでいた。ニンフィアをかたどったリュックを背負った、ピンクのフリルワンピースに続いてレジを待つ。ププリンを乗せたツインテールがトレーを持って席に向かい、僕は定番のセットを頼む。
 受け取ったトレーを手に階段を上がると、窓際の席が空いていた。荷物を置いて早速口にする、この味も随分久々だ。空腹もあったせいで夢中で食べ進み、紙コップに入ったコーラを飲んで一息つく。


 コップをトレーに置いた時だった。手放した途端に、さっきまでコップを握っていた右手から力が嘘のように抜けていった。腕が、手首が、指が、くたりと机に投げ出されるのをどこか客観的に見ている自分がいて、使いものにならなくない身体からどんどん実感が失われていく。
 ガラス越しに見える電気街が霞む。ぎゅうぎゅうに詰め込まれた建物も、無法地帯のような看板の群れも、ひっきりなしに行き交う人とポケモンの波も、全部が遠い世界のように見えた。
 そして頭を強く叩き始めた眠気に、僕は抗うことが出来ない。隣のお客さんがズバットにポテトについてくるケチャップをあげている。助けてください、と言おうとした声は息にもならずに潰れて、わずかに残っていた僕の意識は間もなくかき消された。

「……!?」
 目を開けるなり見えた、ガラスの向こうの空が随分と落ち着いた色をしていて、僕は一気に覚醒した。やばい、と本能が告げて嫌な汗が出る。それは今でもたまに学校がある日の朝、というよりは昼前に味わうあの感覚に似ていて、僕はポケットからおそるおそる携帯を取り出した。
 七時! 待ち受けに表示された時間を見て、絶望を感じた。今から帰ったらどう頑張ったって七時半には家につかない、急いでLINEを起動して家族に連絡する。
 まさか四時間も寝てしまうとは。しかもこんなところで。
 自分に自分で、呆れを通り越してもはや驚いてしまう。どうしてこうも馬鹿なんだろうとうんざりしながら携帯を切る。早くもメッセージに気づいたらしい妹から、「マジで笑 兄ちゃんやばいね」と返事がきた。うん、僕もやばいと思う。
 そう返そうとして、しまいかけた携帯をまたつける。ロックを解こうと待ち受けをスライドしようとして、そこで僕の手が止まった。
 待ち受けに表示されるペリーラを見て、何故かズキン、と心臓が跳ねた。赤い胸元、黄色いお腹、青い尻尾。鮮やかなカラーリングは、間違いなくペリーラのはずだ。
 流石に日本に連れてくることは出来ず、友人に預かってもらっている、オウムの、ペリーラだ。
 どうしてだろう。毎日を共にしているペットに、どうしてこんなにも違和感を覚えるのだろう。待ち受けの写真のペリーラは、僕の知っているペリーラのはずなのに、僕は別のペリーラを知っている気がしたのだ。携帯を持つ手が震える。嘴を開けたペリーラが、がくんと揺れて見えた。
 それ以上見ていられなくて、僕は逃げるように視線を携帯の画面から上げる。代わりに目に入るのは電気街の風景、二階から見下ろせる大通りには大勢の人が歩いている。あっちの看板には九人組のスクールアイドルのキャラクターが、こっちには美少女に擬人化された戦艦や駆逐艦のイラストが飾られている。あそこに見えるのは、女性に人気だというアニメに出てくる水泳部の男子高校生だろうか。そんな無法地帯とも言えるフリーダムな街には、たくさんの人が行き交っている。
 この風景は四時間前にも見ていたもののはずだ。その前には、自分もそこにいたはずだ。この街に、僕はいたはずなのだ。
 だけど。

「…………ここ、どこだ?」
 ぽつりと、言葉が口から漏れた。
 ここが、異境の地ではないとはわかっている。
 ここが、先ほどまで買い物をしていた場所だとも理解している。
 だけども、ここは、僕の知るこことは違うと思った。

 とても大切な何かを、見落としているような。
 そのくせ、とても大切な何かが、欠けているような。

 僕はこことよく似た、だけども何かが決定的に違う場所を知っているような、

「……?」
「あ、いえ、……」
 駆け巡る思考が、隣のお客さんの不審そうな視線で遮られる。訝しみがありありと見て取れるその目に、僕の頭は急速に冷えていった。そうだ。何が違うんだ。ここは秋葉原以外の何でもないじゃないか。僕は何を考えていたのだろう。へら笑いを浮かべ、隣の方に会釈をしておく。
 携帯をポケットにしまって身支度を整える。友人へのお土産を忘れていないか袋をチェック、猫耳メイドと白猫のイラストが描かれた箱を確認してから席を立った。フライドチキンの骨と、ジュースの空きコップをゴミ箱に捨てて店を出る。
「いかがですかー、ご主人様ー?」
 ウサギ耳のカチューシャのメイドさんが笑顔で声をかけてくるけれど、急ぎ足の僕は手の動きで断った。申し訳ないけれどもそんな暇は無い。急いで駅に向かおうとして、しかし僕は振り返る。何かが一瞬、僕の視界をよぎった気がした。
 だけどそこには、僕に断られたことなど大して気にもしていない様子で一人客引きに精を出すメイドさんがいるだけだった。彼女は一人で、頑張っていた。やはり気のせいだったか、止めた足を再度動かし始めて、僕は駅に急ぐ。


 居眠りをかましたせいで、実家にたどり着いた時には夜の十時を回っていた。トランクを引っ張りながら玄関の扉を開けるなり、呆れ顔の母親に迎えられる。
「もー、心配したじゃない。あまりぼんやりしてるんじゃないわよ」
「本当ごめん、もっと早く着くはずだったんだけど……」
「みんな一緒に食べるんだって、お父さんも美菜もご飯まだなのよ。明日も早いのに、二人とも待っててくれてるんだから」
「よう亮祐、おかえりー」
「遅いよ兄ちゃんー」
 廊下の奥から、父親と妹がどやどやと出てくる。ただいまとありがとう、そしてごめんを告げて靴を脱ぐと、「にゃあ」という鳴き声が下駄箱の上から降ってきた。
「にゃー太も、ただいま」 
 見上げて声をかけると、金色の目がぴかりと光ってすぐ閉じる。垂れ下がる先が茶色い尻尾が、返事代わりのようにゆらゆらと揺れた。にゃー太、僕が中学の頃からうちに居着いている雑種猫である。その辺を歩けば見つかりそうな、ごく普通の猫だ。
 ごく普通なのに、それなのに。僕はにゃー太の姿に、声に、名前に、何かが重なって感じられた。さっきのファーストフード店でも覚えたような、何かが。
「どうしたの兄ちゃん? あ、時差ボケってやつ?」
 考え込んでいたらしい僕を、妹が笑った。母親が「どうせさっきもそんな感じでいたんでしょ」と溜息をつく。父親までもが「なんだ? お前もすっかりアメリカンだな」と冗談めいて言いだし、気恥ずかしいことこの上ない僕は赤くなる顔を隠すように洗面所へと逃げ込んだ。
 手を洗って、食卓の席につく。父親の近くに置かれた新聞紙は父親の癖で裏向きに畳まれていて、テレビ欄が見えていた。印字された日付の横、木曜日という文字が見えた時、僕はふっと何かを思い出しかけた気がした。
「はいはい、いっぱい作っちゃったからどんどん食べるのよ」
 しかしその思考と、新聞に伸ばしかけた手は母親の声とおいしそうな匂いによって止められることとなった。次々と並べられていく僕の好物に、決して短くはない道のりのせいでつのった空腹が一気に押し寄せる。「こんな時間に食べたら太っちゃうじゃん」と言いつつも、箸を手に取る妹はにこにこと嬉しそうだ。
「んじゃ、亮祐の帰国に乾杯!」
 父親が言いながらグラスを掲げる。母親と僕と、ジュースの入ったコップを持った妹がそれに続いた。カチャン、という音の後は半年ぶりに味わう母親の手料理と、久々にする家族との会話。手放しで楽しいはずなのに、不自然が時折チクリと胸を指す。快い気持ちがせず、それを押し流すように僕はたらふくご飯を食べてさっさと寝てしまうことにした。
 

 久しぶりに寝ころんだ実家のベッドは寝心地最高だったけれど、僕は何故だか早く起きてしまった。
 違和感。天井も床も壁も、目の前に垂れ下がる電気の糸も記憶に残るそのままなのに、一晩経っても消えないそれは依然として僕の中にあった。大切な、とても大切な何かが抜け落ちている。そんな気持ちが、喉に引っかかった魚の骨みたいに控えめな主張を続けていた。
 それが始まったのは、昨日の秋葉原で目覚めてからか。それとももっと前、飛行機の中ではもうあったようにも思う。いや、それよりもさらに前の段階からだった、かも、しれない。
 僕の布団の上で丸くなっていたニャー太を撫でてベッドから下りる。二度寝を決め込む気にはなれなかった。
 中途半端な時間に起きてしまったなあ、と思ってTシャツに着替えながら時計を見る。もう近所のショッピングセンターなら開いているくらいの時間だった。3DSの充電器を買おうとしていたことを思い出し、僕はニャー太を寝かしたままそっと部屋を出る。
「あら、あんた朝ご飯は?」
「ちょっと食欲なくて。歩いてくるから、帰ってきたら食べるね」
 玄関に向かう先であった母親にそう言うと、「昨日夜遅くに沢山食べるからよ」と呆れ混じりに返された。反論出来ないので曖昧に笑って誤魔化す。父親と妹はもう出かけたらしい、残されていたスニーカーを履いて外に出た。
 むわっとした暑さに響く蝉の声。車の下に駆け込む野良猫。電線を見上げれば雀がいて、少し下を烏が横切っていく。
 留学するまでは、毎日のように見ていた光景だ。何の変哲も無い、そこそこな田舎のつまらなくも平和なワンシーンとしか言いようもないだろう。
 だけど、懐かしさと一緒に不自然さを感じるのは何故だろうか。
 視界にある何かを、目が上滑りしているような。
 見るべきものを、見ていないような。
 反面、見ることの出来るはずのものが見られないような。
 もやもやするだけで、はっきりしたことは何もわからない。考えると頭が痛くなるような気がした。ぶんぶんと近寄ってくる蜂からちょっと身を引きながら、塀の間から顔を出してはっはっと息を弾ませている犬に手を振りながら、ただ足を動かすことに専念する。
 自動ドアを抜けて、まだ客もまばらな店内に入ると冷房が効いていた。一気に冷えていく身体が喜ぶように弛緩する。涼しい風を受けながら生鮮食品売場の前を通る、梨の段ボールを積んだ台車を引いた店員さんが「いらっしゃいませー」と爽やかに笑った。
 エスカレーターに乗っておもちゃ売場に上る。いくつばかりか並ぶガチャガチャの前を過ぎ、陳列された文房具の間を抜ける。おもちゃ売場に陣取っている二股しっぽ、そのぬいぐるみに頭がずきんと痛んだように思った。最近流行っているらしい、妖怪ものであるこの作品のおもちゃや文具、お弁当箱が棚に置かれている。
 僕の脚ほども無い、小さな男の子がお母さんに「これ欲しいー」と赤猫のキーホルダーを指さしている。きょろりとした猫の目玉と視線がぶつかった。タグに描かれた少年と、一緒にポーズを決めている数匹の妖怪。その構図が、僕に何かを呼びかける。
 この感じを、僕は知っている。
 でも、これじゃない。
 どんどん頭が痛くなる。それ以上このコーナーにいられなくなって、僕は親子から背を向けた。しかしその売場を離れても、僕の頭痛は収まらなかった。そればかりかさらに激しくなる。
 朝アニメの魔法少女が使うステッキの隣に並べられた使い魔のぬいぐるみ、サッカーボールを挟んで睨み合う少年たちの絵に飾られたノート、赤と緑のコスチュームをそれぞれ纏った兄弟のゲーム宣伝。売場に存在するものたちが、僕の頭を刺激した。その姿は皆少しずつ、何かと同じなんだと思った。だけども、それが何かがわからない。
 あと少しというところまで来ているのに、僕は全くわからなかった。あとちょっと考えればわかりそうなのに、考えると頭が酷く痛みを訴える。もう無理だ、早く充電器を買って帰ろう。商品全てから目を逸らすように、僕がかぶりを振って視線を上げた、時。


 ふと、目に飛び込んできた。

『現在、予約受付中!』

 それは、ただのポスターだった。

『2014年11月21日(金)発売決定!』

 ただの、ポスターに過ぎなかった。

『メガシンカの謎を追え!』

 ただの、おもちゃ売場に貼られた、一枚のポスターに過ぎなかった。



『ポケットモンスター オメガルビー アルファサファイア』



 僕は、思い出した。


 それはまるで、夢から醒めたみたいな感覚だった。
 あるいは、夢の中に落ちていくような感覚だった。

 僕は、夢を見ていたんだった。
 ずっと、夢を見ていたんだ。

 幼稚園に入ったばかりの頃、友達のお兄ちゃんに見せてもらったゲームボーイの四角い画面の中。
「はじめまして! ポケット モンスターの せかいへ」
 白と黒のドットで打たれたオーキド博士と、彼がモンスターボールから繰り出したニドランを瞳に映してから、僕たちは夢を見始めたのだ。

 すぐさま母親にゲームボーイをねだったけれども駄目だと言われて泣いた時も。

 ブラウン管のテレビに映ったサトシとピカチュウが、マサラタウンから一歩を踏み出して長い長い旅のスタートを切った時も。

 映画館の大きなスクリーンで、ミュウとミュウツーの間に飛び込んだサトシに息を呑んだ時も。

 六歳のクリスマスプレゼントに、ゲームボーイカラーと銀のソフトがサンタさんからという置き手紙と共に枕元に置かれていた時も。

 最初の自分のポケモンはヒノアラシ、彼と一緒にジョウトを駆け巡り、こおりのぬけみちから出られなくなった時も。

 配信イベントを経なくてもセレビィが手に入る裏技だ、と友達に聞いて有頂天になりながら試したものの実際はガセで涙した時も。

 小学二年生の発売前紹介ページに載っている、ルビー・サファイアのグラフィックがあまりにも綺麗で驚いた時も。

 橋の下のハルカが強くて苦戦して、ポロックを作るおじさんの下手さに腹を立てて、ラグラージのだくりゅうがグラードンを一発で倒してしまって慌てたと思ったら、カゲツのノクタスに瞬殺されて呆然とした時も。

 初めてポケモンセンターに連れていってもらい、右を見ても左を見ても、前を向いても後ろを向いてもポケモングッズで溢れている店に思わず飛び上がってしまった時も。

 送ったぬり絵がまさかまさかの優秀賞をもらい、映画館でもらえるジラーチの3D絵はがきを握りしめながら、大画面に流れる自分の名前を噛みしめるように見ていた時も。

 自分がポケモンになれるなんて面白いなあ、くらいの気持ちでスタートした青の救助隊で、ゲンガーのエピソードに衝撃を受けた時も。

 ポケモンレンジャーでエンテイをキャプチャしようと奮闘したものの、勢いあまってタッチペンが折れた時も。

 学校が終わるなりパソコンをつけ、必死でワザップ!を調べて、なぞのばしょからダークライとシェイミイベントに辿り着くことが出来て歓喜した時も。

 家にWi-Fiが通っていないから、週末に近所のショッピングセンターへ行かないとGTSを使えないことに憤慨していた時も。

 ジュプトルとヨノワール、エンディング後に彼らがどうなったのか気になって仕方が無かった時も。

 映画で配信されたシェイミと裏技で出したシェイミ、ボックスに並んだ二匹のシェイミを正直持て余してしまった時も。

 『厳選』と『三値』を知って、ポケモン育て屋が単なるレベル上げポイントでは無いことに気づいた時も。

 悩んだ末に空の探検隊を誕生日プレゼントでもらい、数週間後、その判断は正しかったのだと心から思った時も。

 高画質フルカラー、しかも動くバクフーンを先頭に連れて、今度は氷の上を闇雲に滑ること無く無事にフスベシティに到着した時も。

 作り込まれたストーリーや人間のキャラデザの凝りように驚きつつも部活やテストで忙しくて殿堂入りが遅れ、ホワイトフォレストに足を踏み入れた途端絶望した時も。

 サトシの目がやけに輝いていることと、タケシの引退に度肝を抜かれた時も。

 PWTでレッドが出てきた瞬間は雪山のことを思い出して身構えたものの、あまりに呆気なくて固まってしまった時も。

 サザンドラのイメージとかけ離れた性格におののき、しかしすぐにホワイト2を起動してサザンドラを育て始めた時も。

 今にもそっち側に行けそうな、3Dで広がる圧巻のミアレシティに目を奪われて3DSを手にしばらく放心してしまった時も。

 718種類全部が登場するという所に惹かれてダウンロードしたけれど、気が遠くなりそうな数だということに遅まきながら気がついた時も。

 TwitterなどのSNSで見るアートアカデミー作品の力作っぷりに舌を巻きながら、ルビサファリメイクのカウントダウンを早くも始めた時も。


 いつだって、そうだった。
 いつだって、僕は、どんな時も。


 どうして忘れていたのだろうか。
 ずっとずっと、夢に見てきたというのに。
 

 それがごくごく当たり前のように、僕たちと隣合って過ごしていたポケモンは実在していない。
 ポケモンは、誰もが瞼の裏に描く、素敵な夢だった。
 ポケットの中にあるファンタジー。それが、僕たちが夢見たものが、ポケモンだったのだ。

 
 この僕はずっと、『ポケットモンスター』という、夢を見てきたのだ。
 カントーのハナダ生まれでは無くて関東地方の栃木県生まれ、イッシュ地方のホドモエシティの大学では無くてアメリカペンシルバニア州の大学に通い、さいこどりポケモンのアーケンでは無くてオウムのペリーラと一緒に暮らす僕は、夢を見ていたんだ。

 画面が大きくなっても、小さくなっても、その向こうに広がる、ポケットモンスターと共に生きる、あの夢のような世界に焦がれていた。夢であるポケモンと僕たちの現実が一体化したような世界に憧れていた。

 ポケモンが隣にいる、あの世界を、夢見ていた。


「あ、…………」

 肺から押し出された息が、なり損ないの声となって喉からこぼれる。心臓が跳ねる。身体中が熱くなる。足が震える。喉の奥から何かがせり出してきそうで、だけど何も出てこれなくて、僕は息が出来なくなる。
 がくがくと動き、まともに操れない手をゆっくりと上に上げる。腕が自分のものじゃなくなったみたいだ。鉛のように重くなった腕を懸命に動かす。

「ああ、…………」

 ゲンシグラードン。ゲンシカイオーガ。
 小学二年生の僕が友達と競うようにして捕まえた『超古代ポケモン』は新たな要素、ゲンシカイキによってまだ見ぬ姿へと変貌している。
 彼らの体中を、脈のようにして巡っている光へ、そっと指を伸ばす。僕が、僕たちが見る、新しい夢に。ポケモンと隣合って生きる世界が描かれた、素敵な夢に。
 誰かに邪魔されているのではないのかと思うほどに指が重い。縛られているように動かない人差し指を、どうにか上げる。
 爪の先だけでもいい、どうか、もう一度。

 あの世界に、あの夢みたいな世界に。
 

 ポケモンのいる世界に、触れたいんだ。


「……………………あ」

 僕の指が、ちょっとだけ、だけども確かにポスターを触った時だった。

 夢を見る瞬間と、醒める瞬間に出てくるものが現れた。ポケモンの世界を夢見て、ポケモンが隣にいる世界に生きる夢を見始める瞬間と、そこから醒めて現実へと戻ってくる瞬間に現れていた、あのピンク色と、甘い匂い。
 しかし今回のは、これまでの比ではなかった。今までのものは少し視界が霞む程度のもので、包まれたからと言っても少し立ち眩みを起こすくらいだった。だけど違う。煙の量も濃さも比べものにならないほどに膨れ上がり、、そして匂いも以前よりもずっと甘ったるい。お菓子屋さんの厨房に入った時よりも、女の子が行くようなオシャレなお店の前を通った時よりも、苺を育てているビニールハウスの中よりも、ずっとずっと甘い匂いが辺り一面を満たす。
 見渡す限り、ピンク色だった。ポスターも、店員さんも、他のおもちゃや文房具さえ見えない。目を開けているのか閉じているのかすらも曖昧になりそうなほど、周りはピンクだけになっていた。

 もう、今が夢の中なのか、現実なのかもわからない。
 頭がぼんやりしてきて、いつもの感覚になってくる。
 ポケモンのいない現実と、ポケモンのいる夢。

 ……あれ、ポケモンがいるのが現実で、いないのが夢だっけ?


 …………どっちが、ゆめ?



「むにゃ……」


 霞がかる頭に比例して重くなっていく瞼の間から、ピンク色の中に浮かび上がる一つの影を見た。丸まった背中。薄桃色の頭と紫の身体。紅色の短い四本の足は、ふよふよと浮いていて地につかない。図鑑で見ると閉じられた目はつぶらに開かれていて、僕をじっと見つめていた。

 ムシャーナ。その名も、ゆめうつつポケモン。

 それは夢の跡地で捕まえるとテレパシーっていう夢特性がもらえて、高校の科学の先生が連れてきたけど技を出したせいでみんなが寝ちゃって、ベルのパートナー的存在だけどシャンデラで一発で倒しちゃって、学校の近くにあるコンビニでバイトしている女の子のポケモンでいつもレジ脇で寝てて……。

 それから、と、ムシャーナのことを色々思い出している暇もなかった。その鳴き声を聞いた僕はすぐさま、急速な眠気と共に甘ったるいピンクの煙の中へと沈んでしまった。



「…………お客様……お客様!」
 僕を呼び起こしたのは、おもちゃ屋の店員さんの声だった。焦るように、しかし接客マナーであろうものは残した控えめさも以て、僕をのぞき込んで呼びかけてくる。爽やかに整えられた短髪を見上げているということは、僕はいつの間にか売場の床に倒れていたのだろう。恥ずかしい。
「……あれ、えっと…………」
「大丈夫ですか? 何度か揺すってしまったのですけれども、全く返事が無いので心配になりましたよ」
 呆れと安堵が混在したような声で店員さんが苦笑する。随分迷惑をかけたらしい、僕は顔が熱くなるのを感じながらお礼と謝罪を述べた。家から少し離れた店で本当に良かったと思う。もしも近所だったら、そして知り合いに見られでもしていたらと考えるだけでやりきれない。
 これは迷惑料として何かを買わなければいけない、特に欲しいものは見あたらなかったけれども、文房具の一つや二つ、あっても困らないだろう。
 そう思って、身体を起こしながら売場に目を向けた時だった。

 僕は、起こした身体を中途半端な位置で止めてしまった。

「お客様…………?」
 店員さんが不安げな声に戻る。だけど僕は答えられなかった。なぜって、そこにいたのだ。
 ピカチュウのぬいぐるみを買ってくれとせがむ、小さな女の子。こないだも買ってあげたばかりでしょ、とそっぽを向いて立ち去ろうとする母親。

 それだけ見たら、何の変哲もない日常だ。

 問題なのは、二人の足下。

 泣き声に変わっていく子供の足にじゃれつくようにして、空気を読まずにかさかさとふざけているのは、ちっちゃな身体にこれまたちっちゃな赤いキノコを生やしているのは、ここにはいないはずの、ありえない存在で、

 そして、何よりも、あってほしい存在で、


「お客様……パラスがどうかしました?」


 素朴な疑問、と言った感じの声色で店員さんが言う。僕はほっ、と息をついた。

 頭の中がどんどん晴れていくのを感じる。夢から醒めるこの感覚は先ほど味わったものだけれど、こっちでのものは久しぶりのことだ。最近、いっつもぼんやりしていたものだから。

 女の子にくっつくパラス、オーキド博士とニドランを見て以来僕が夢見ていた存在、だけども僕にとっては夢ではなくって現実なのだろうそれを見つめて、僕は店員さんにやっと返事をした。

「いえ、ちょっと寝ぼけていたみたいです」

 僕は、ようやく夢から醒めたようだった。
 僕の夢から、僕の現実に、戻ることが出来たみたいだった。



「お母さーん、アイス食べたーい」
「もうすぐ搭乗なんだからダメ! お腹痛くなったらどうするの」
「リクちゃんも食べたいって言ってるもん」
「もー、またコリンクのせいにして」
 北ウィングはこっちで良かったんだっけ、そもそもここは第1ターミナルで合っているのだろうか。不安になりながらクチバ空港内を歩く。一つでも多く案内を探すべくキョロキョロしながら進む僕を、親子連れとコリンクが追い抜いていった。
 五月は両親がお見送りに来てくれたから迷わなかったけれど、今回は僕一人だ。迷いそうだな、と思っていたら案の定迷った。かっこつけないでついてきてもらえば良かったかもしれない、と今になって後悔するも後のポケモンリーグである。
「あの、すみません……北ウィングってこっちで……」
「はい。こちらをまっすぐお進みください」
 自身も飛行機のどれかに向かうのであろう、キャリーを引いて歩くキャビンアテンダントさんを呼び止めて尋ねると素敵な笑顔と共に答えてくれた。首に巻かれたシルフのスカーフにぴったり寄り添うようだ、肩にポッポを乗せている。お気をつけて、と一礼してからすっと背筋を伸ばして去っていく後ろ姿についつい見とれていると、荷物やらお土産やらを大量に抱えたカイリキーとそのトレーナーと思しき初老の男性に不審そうな目を向けられてしまった。こほん、と咳払いして足早にその場を発つ。

 慢性的だった僕の眠気だが、店員さんの前で恥をかいたあの日以来すっかり消えてくれた。これで友人や生徒から心配と呆れを容赦なくぶつけられることもなくなるだろう。ペリーラの前でぼんやりして、その度につつかれなくても済むということだ。ほっと胸を撫で下ろした僕の横を、パルシェンを連れたビジネスマンが通り過ぎる。棘とぶつかる度にスーツケースに傷がついているけれどもいいんだろうか。
 一番混む日程と時間帯は避けたのだけども、イッシュ指折りの大規模空港なだけあって結構混んでいる。トランクを預けて身軽になると、疲れが一気に襲ってきた。人とポケモンの混みようにHPを削られてしまったようである、とくぼう個体値0の僕はジューススタンドで休憩することにした。
 ウブのジュースをストローで吸い上げながら考える。夏休みもまだまだあるから色々な所に遊びに行きたいけれど、ハイリンクだけはもうこりごりだ、と。

 ハイリンク。ライモンシティから電車や車などで行けるそこには別の世界に紛れ込んでしまうだとか、平行世界へと連れて行かれてしまうとか、はたまた違う世界から誰かがやってくるだとか。そんな都市伝説は後を絶たないけれども、実際はごくごく普通の公園で、特筆すべきことなどその広さくらいしかない。緑豊かでのびのび出来るため、ポケモンと一緒に訪れるには人気のスポットだ。
 僕もこの前、そこにペリーラを連れていったのだ。

 思えば、僕のぼんやりが始まったのはあの日からだった。今となっては明確すぎる出来事なのに、どうしてなんの心当たりも無いなどと考えていたのだろう。自分の馬鹿さに呆れてしまう。
 ペリーラとボール遊びをしていた僕は、ボールを取り落として木々の中に迷い込ませて。ぎゃあぎゃあと声を上げて怒るペリーラに謝りながら植林をかき分けてボールを探した先。『ゆめしま跡地 立ち入り禁止』と書かれた立て札が、雨や湿気で朽ちた状態で打ち捨てられているのを見たように思う。
 普通に考えれば公園の植林に入って良いわけもなく、ロープで区切られていたはずだ。それなのに入ってしまった自分の馬鹿さにまたもや呆れかえるわけだけど、終わってしまったことなので時効とする。ともかく、そんな立て看板を見ながらもその時はボールの方が重要で、大して気にもせずに通り過ぎた。
 無事ボールを見つけた僕はペリーラとの遊びに戻った。

「ゆめ」を見始めたのは、その日からだ。
 ゆめしまはハイリンクの職員さんたちが提供するサービスだったらしいけれども、ちょうど僕がイッシュに来た二年前に無くなってしまった。だから僕はゆめしまを体験したことが無いし、サービスが終了してしまったからにはもう体験することも無いだろうと思っていた。
 自分とは関係なかったはずの情報を携帯で調べる。ストローを伝って喉に滑り込んでくるジュースの甘さが、あの煙を思い出させた。

 ポケモンとトレーナーを、「夢の世界」へと旅立たせてくれるゆめしま。そのカラクリは、ハイリンクで生まれてハイリンクで育った特別なムシャーナの力によるものだったらしい。ムシャーナの出す煙は人やポケモンが見た夢を実体化させることが出来るのだけども大抵の場合はすぐに消えてしまうし、なんだかもやもやしている。それをしっかりと、しかも長時間にわたって再現し続けられるのがゆめしまを作ったムシャーナだという。
 しかし利用者が増え、ムシャーナの負担が大きくなったためゆめしまは終了した。人もポケモンも、夢の世界へ行くことはなくなった。かつてゆめしまがあった場所は、広葉樹が植えられて誰も行かなくなった。
 そしてそれこそが、僕がうっかり立ち入ってしまった場所であり、今も多くの都市伝説を生んでいる「ゆめしま跡地」なのである。調べてみたら出るわ出るわ、ハイリンクに行ってからポケモンが目覚めなくなっただの、正夢を見るようになっただの、明晰夢が増えただの。それらの真偽は不明だけど、自分のことがあった以上、簡単に否定も出来なくなってしまった。

 ネットに溢れる情報によると、ゆめしまシステムもなくなり、ムシャーナもどこかの町でのんびり暮らしているらしいけれども、あの跡地にはムシャーナのエネルギーの残骸がまだあるのだという。それにあてられた人やポケモンが、ゆめしまを中途半端に体験してしまうらしい。
 そして怖いことに、そうなった場合は精神が夢の世界へ行きっぱなしになってしまったり、心の一部を夢に置いてきたりということがあるみたいだ。考えてみれば当たり前で、そうならないように管理するスタッフがいたからこそのサービス「ゆめしま」だったのだ。それがいない、ただ力だけが残っていればそんな危険もあるに違いない。
 恐らく僕もそうなのだろう。完全に夢の世界へと行ったわけではないけれど、ムシャーナの力のせいで夢と現実の間を心が行ったり来たりしてしまった。きっとそういうことなんだと思う。ご丁寧なことに「夢の世界に迷い込んでも、運が良ければムシャーナが助けにきてくれる」なんて書き込みもあって、今まではあまり信じていなかった都市伝説の類だけどつい信用してしまいそうだ。
 なにはともあれとりあえず、植林の間へ迂闊に入り込むのはもうやめておこう。そして、ハイリンクもしばらくやめよう。今はまあ、それだけ考えておけば大丈夫だろう。
 
 ジュースに入った氷が互いにぶつかり、ごつんと鈍い音をたてる。恐らくお土産として買ったのであろういかりせんべいを、隣の若者は早速開封していた。いかつい十字架のペンダントはお揃いだろうか、連れのグライオンと一緒にばりばり食べている。
 煎餅特有の匂いに何とも言えない気持ちになりつつ、ジュースに神経を集中させることにする。皺にならないようスーツの上着を脱ぎ、長いベンチで新聞を読んでいる男の足にはサンドが我が物顔で座っていた。男は時折邪魔そうに身じろぎするが、新聞をめくるついでに片手で撫でている。


 それにしても、だ。隣に座った婦人の連れたヒノヤコマの黒い瞳が、どう見ても僕の手にあるジュースを向いていているのでそっと遠ざけながら思う。それにしても、である。
 ムシャーナは夢を実体化させるというけれど、それじゃあ夢と現実の区別がつかなくなってしまうではないか。実体があるから現実なのである。それなのに、夢も現実も実体があってはどっちがどっちかわからない。ポケモンのいるこっちと、ポケモンのいないあっちとでどちらが現実なのか混乱してしまった僕のように。
 『ポケットモンスター オメガルビー アルファサファイア』などというゲームの発売予定なんか無い。それが現実のはずだ。だけど僕はあのポスターを夢の中で見た途端、あっちを「現実だ」と思ってしまった。ポケモンはいない、ポケモンは人の夢見た存在である、あの夢のことを。

 ゆめしま、すなわち夢の世界。僕が迷い込んだ、『ポケットモンスター』はゲームから生まれたキャラクターであるあっちの世界。大勢の人が世界中で、ポケモンという存在を夢想しているあの世界。だけど、あっちが夢だなんて誰が言い切れるのだろう。あっちでポケモンを夢見ている僕やたくさんの人や、大勢の夢であるポケモンが単なる白昼夢だなんて、誰がわかるのだろう。

 今も少しわからない。本当はあっちが現実なのか、という感覚もまだ残っている。でもムシャーナは一応あっちでも見たわけだし、ムシャーナはポケモンだから、ポケモンのいるこっちが現実ってことでいいんだろうか。あ、だけど、ムシャーナはムシャーナじゃなくて、なんか「ふしぎないきもの」ってだけで、ポケモンは全部あっち側の誰かが見た夢で、それが実体化されているだけなのだろうか?

 ポケモンと一緒に暮らすこっちの僕と、ポケモンを夢見るあっちの僕。どちらが、現実の僕なんだろう?
 わからない。考えると、頭が痛くなる。

 だから僕は、考えるのをやめにしたんだ。

 わからなくってもいい。どちらも現実なのかもしれない。今もあっちの世界の僕はポケモンのことをあれこれ重い描きながら、こうして飛行機を待っているのかもしれない。あるいは、どちらも夢なのかもしれない。それがわからなくても、どっちがどっちでも、構わないことにしたんだ。
 ポケモンに憧れて、ポケモンに焦がれ、ポケモンを夢見る。そんな世界に生きる、僕がいた。
 それならそれで、いいじゃないか。
 どっちみち、今の僕にはもうわかりようもないし、あえてわかろうとも思わない。

 僕はこっちの世界を、僕の現実にしたのだから。

 
 大きなガラス窓から飛行機を一緒に眺めている少年とタツベイ。私、カロスは初めてなんだと興奮しきった声で言う女の子と興味なさげにあくびをしているスリープ。機内用の枕を間違えてスーツケースに入れたままだったと頭を抱えている男性と呆れた顔のマッスグマ。

 ポケモンが隣にいる。隣を見れば、ポケモンがいる。
 そんな夢みたいなこの世界。あっちの僕が、ゲームの中のオーキド博士の「ようこそ!」を見てから、ずっと憧れ続けていたこの世界。ポケモンがいることは当たり前のようだけど、本当はとても素敵なことで、ポケモンと一緒に生きていけるこの世界。
 僕も夢を見ていたけれど、あっちの僕も「夢」を見ていた。その夢が、一体どれほどの価値を持ったものなのか。
 
 いいだろ、羨ましいだろ。なんてことを、あっちの世界でポケモンという夢を見て生きる僕へと言ってみたりする。

 きっと僕はそう時間も経たずに、あっちのことを忘れてしまうだろう。ポケモンを夢見て暮らす僕がいたこと。ポケモンを夢に描く人たちの世界があったこと。人間が想う夢というポケモンが存在していたこと。
 実際、既に記憶は薄れて始めていた。あれだけ衝撃を与えてきたというのに、ポスターに描かれていたのがなんのポケモンだったかすら覚えていない。あっちの世界で、僕たちがポケモン無しでどう生きていたのか、その感覚は瞬く間に失われていく。
 もうきっと、思い出すことも出来なくなる。僕の頭の中から、ポケモンのいない世界は完全に消え去ることになる。夢を見続けるあっちの僕とは違って、僕は夢から醒めてしまったのだ。
 でも多分、それでいいんだと思う。忘れていいんだ。自分の現実を、生きるだけで僕はそれでいい。


「…………出発便のお知らせです。ピジョット航空151便ヒウン空港行きは間もなく出発いたします……搭乗手続きのお済みでないお客様、お早めに……」

 我関せずという顔をしたフワンテを右手に掴んだ子供が、やっぱりトイレに行きたいとごねて両親を困らせている。ペットボトルの機内持ち込み禁止を思い出したらしい男性が、ブロスターにお茶を飲んでもらっている。これから旅行にいくと思われるカップルがラフレシアとキレイハナをそれぞれ膝に乗せ、ミュージカルの日程について話あっている。


 人間みんなの隣に、ポケモンがいた。ポケモンみんなの隣に、人間がいた。
 それがとても幸せなことなのだと、思う僕が今ここにいる。
 ポケモンと共に生きる幸せを噛みしめられる自分がいるだけで、きっと十分なのだろう。
 

 携帯をポケットから取り出してみると、岩のように堅い翼を広げたペリーラが嘴をいっぱいに開いて何かを言っているホーム画面が表示される。夢から醒めてからというもの、なんだかすごく会いたくなってしまったのだ。あと十数時間くらいだろうか、と思って今は写真で我慢する。帰った暁には、実家で撮ってきたにゃー太の写真を見せてやろう。でも、直接会った時みたいに小判をつつくつもりで画面をつつかれたら困るからやめた方がいいのかもしれない。
 
 さて、そろそろ行かなくては。忘れ物が無いか確認して、僕は早足でゲートへ向かう。飛行機の窓から、ドラゴンポケモンが見れるといいな。映画は何を見よう。ポケモンが主役の話がいい。機内でもらえるお菓子は、ペリーラへのお土産にしよう。
 あれこれ考えながら、ポケモンと人とで賑わう空港をもう一度見回す。数秒見つめてから前に向き直り、飛行機へと続く道を進んだ。



 僕は僕の現実で、ポケモンと隣合って生きていく。


  [No.3392] Re: 夢の隣、隣の夢 1 投稿者:焼き肉   投稿日:2014/09/14(Sun) 22:33:21   72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 気がついたら読みながら涙が出てました。「向こうの世界」の僕の、リアルタイムで体験したゲームやアニメでの感動のシーンがもう映像として脳裏に現れるようで。


 どっちの世界も本当だと言えるような丁寧な日常描写が素敵ですね。ポケウッドの脱力系ラブロマンスには笑いました。ダンバル可哀想ww

 パチュルが家に忍び込んでたり、マメパトがその辺にいたりするポケモンの世界の描写も素敵ですが、色々妖怪ウ●ッチだの●ree!だの、「向こうの世界」の小ネタも丁寧なのが、この作品が描き出す世界の濃さみたいなのを感じます。

 「僕」が死ぬほどうらやましい。私もポケモンのいる世界へ行きたい。ゆめしまを体験できなかったということにもなんだか感情移入しちゃいました。私がBW始めた頃にはもうその辺りのサービス終わっちゃってたんで……。私のところにもムシャーナさん来ないかしら、煙だけでもいいから。と思いました。


  [No.3394] Re: 夢の隣、隣の夢 1 投稿者:GPS   投稿日:2014/09/14(Sun) 23:59:05   65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

感想だ……!!ありがとうございます!!

家にWi-Fiが通ってなく、かといって家の外でやる余裕が当時は無かったもので、自分もゆめしまは愚かCギアを碌に使わずサービス終了してしまった身です。まずゆめしまに夢を見てます……w
ホワイトフォレストが悲惨なことになっていたというのも自分の実体験ですw

ポケモン世界って、ゲームやアニメを見る限り「ポケモン」という、絶対的なまでにこちら側とは違う存在がいるのに、だけどその割には世界の様子があまり違わないように感じます。
ポケモンがいるか、いないか。
そのことを「大きなこと」ととれるのは勿論ですが、反面「それだけ」ともとれるのが、ポケモン世界に憧れてしまう一因なのではないかな、と思います。

書いていて自分自身も、あの限りなく素敵な「隣」がいてくれる世界に生きる主人公が羨ましくてなりませんでした。
どうか夢としてだけでもあやかりたいものですw

それでは、読んでいただき、ありがとうございました!


  [No.3473] Re: 夢の隣、隣の夢 1 投稿者:逆行   投稿日:2014/10/30(Thu) 00:14:20   67clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


どうもです、G(グレイト)P(ポケモン)S(小説家)さん。

読ませていただきました。

あいからわずポケモン世界の描写が丁寧で面白いです。
バトルサークルのポケモンが通りかかるだけでも、ここまで掘り下げて書くのがすごいです。
後はレンタルポケモンがグーサインするとか。
また小ネタも充実していましたね。
ロケット団が地下通路に毒ガス撒く予定とだったとか有りましたねそういえば。
シビルドンの話を読んだときも同じことを思いましたが、今回の場合はその「細かい描写」を利用して、更に一歩先のものを書いているなあという感じでした。
これはGPSさんでないと書けないと思います。
自分の作風を上手く利用しているなあと。
最初鳥のさえずりとかラムの木とか出てきて、間違えて書いたのかなと思ったら、ちゃんと意図的だったというね。その後も交互に入れ替わるのが続くんですが、下手にこんなことやったらごちゃごちゃなるところを、上手く書き分けているなあと思いました。

オチも意外性があって良かったです。
主人公はポケモンの世界に憧れている人間なのかと思いきや、ポケモンの世界が現実だったという。
そして最後に、ポケモンの世界でポケモンと隣合って生きていくと決意した主人公が素敵だと思いました。
読者に「空想」の世界にいることを羨ましがらせながら、自分も「現実」の世界を生きて行くことを決意するという。
この二つを両立させたのがすごい。

どっちが夢なんだろうっていうのはあれですね。
「胡蝶の夢」みたいでしたね。


  [No.3474] Re: 夢の隣、隣の夢 1 投稿者:GPS   投稿日:2014/10/30(Thu) 12:25:13   64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

うわあああ感想だ!!!!
ありがとうございます!!!!

G(頑張る)P(ピュアな)S(小学生大好きマン)ですこんにちは!
嬉しくも勿体無いお言葉……幸せの極みです。

バトサーのパチリスは完全に時事ネタですねw
動画を見て、これは使わない手はねぇ!! と思ったので早速使いました。
ロケット団の毒ガス作戦、ゲームにはなりせんでしたが近いことはやってるんだろーなーと思いながら。実際アニメやポケスペなどでは近いことしてますし。
ヒ素をちまちま摂取し続けると耐性が出来る的な話を聞いたので、そんなイメージです。

いろんなもののパロや仄めかし、気がついてくださって嬉しいです……
好き勝手詰め込んだので、一体いくつ伝わったものやら……w

プラム と ラム は個人的に誤字効果を狙ったとこなので、「よっしゃやってやったぜ!!」という感じですw
ポケモン世界とこっちの世界があまりずれていない、「ポケモンがいる」という大きな違い以外はそう変わらないんじゃないかな、と思いながら書きました。
それでも、フィクションの世界でさえ人の隣には必ずポケモンがいて、その存在はごくごく自然ながら決して欠かすことは不可能。
当たり前のようにそばにいる宝物、それがポケモン世界のポケモンなのだと思います。

「胡蝶の夢」に驚きましたよ……!!
だってそれ、この話の仮題だったんです(他の話との兼ね合いで変えました)
どっちが夢なのか、どっちが現実なのかわからなくなっていく。そのイメージで作った話です。

そして、蝶として生きるか人間として生きるか、その判断が本人に委ねられているように、どちらを現実としていくかも主人公次第です。
それは「大好きなポケモンがいるから」という気持ちだけじゃなくて、ちゃんと、こっちが自分の現実なのだとある種の覚悟を伴うものだと思います。
自分の現実を見て、現実を大切にして生きていくことを、主人公は夢を見ることで知ったのかもしれません。
まあ純粋に、こっちからすれば羨ましいの一言といえばそうなのですがねw

長くなりましたが……
読んでいただき、ありがとうございました。
これからも精進いたします!


>
> どうもです、G(グレイト)P(ポケモン)S(小説家)さん。
>
> 読ませていただきました。
>
> あいからわずポケモン世界の描写が丁寧で面白いです。
> バトルサークルのポケモンが通りかかるだけでも、ここまで掘り下げて書くのがすごいです。
> 後はレンタルポケモンがグーサインするとか。
> また小ネタも充実していましたね。
> ロケット団が地下通路に毒ガス撒く予定とだったとか有りましたねそういえば。
> シビルドンの話を読んだときも同じことを思いましたが、今回の場合はその「細かい描写」を利用して、更に一歩先のものを書いているなあという感じでした。
> これはGPSさんでないと書けないと思います。
> 自分の作風を上手く利用しているなあと。
> 最初鳥のさえずりとかラムの木とか出てきて、間違えて書いたのかなと思ったら、ちゃんと意図的だったというね。その後も交互に入れ替わるのが続くんですが、下手にこんなことやったらごちゃごちゃなるところを、上手く書き分けているなあと思いました。
>
> オチも意外性があって良かったです。
> 主人公はポケモンの世界に憧れている人間なのかと思いきや、ポケモンの世界が現実だったという。
> そして最後に、ポケモンの世界でポケモンと隣合って生きていくと決意した主人公が素敵だと思いました。
> 読者に「空想」の世界にいることを羨ましがらせながら、自分も「現実」の世界を生きて行くことを決意するという。
> この二つを両立させたのがすごい。
>
> どっちが夢なんだろうっていうのはあれですね。
> 「胡蝶の夢」みたいでしたね。