私が初めて君を見た時、君は水の入ったアクリルガラスの中で泳いでいた。君の動きに合わせて、床に映し出された光の文様は目まぐるしく形を変えていく。そのアクリルガラスは世界最大級だとデータに書いてあった。
そうだろうな、と私は思った。こんな大きな、そして厚みのある巨大なガラスの中に君は一人きり。そう、一人きりだけで君は泳いでいた。時々上の方に行くこともあったけれど、決まって君は中間にいた。
周りには何もない。誰もいない。下にうっすら見えたのは砂地。だけどそれ以外には何もなかった。唯一外から入れられるのは、やがては君の血肉となってしまう運命にある餌だけ。それも生きてはいなかった。
私は一度、あの餌が君のあのギザギザの牙がある口の中に飲み込まれる瞬間を見た。餌の目は開きっぱなしで、抵抗もしなかった。そのまま水と一緒に吸い込まれて、おしまい。
水は後で吐き出されたけれど、餌は決して返っては来ないのだ。
ガラスはとても大きかったけれど、君の体もとても大きかった。私が知っていた水ポケモンの大きさは、2メートルがいいところ。でも君の体は4メートル近くあった。
君はどこから来たの、と私は問うたことがあった。君は答えてはくれなかったけど、君の入ったガラスの横にあるパネルが教えてくれた。
君は海から来たんだ。広大な海。私が知っている場所を全部足してもお釣りが来てしまうくらい、広い場所。そこで君は生まれ、育った。
君はここをどう思っているのだろう。外は危険だ。君をどうにかしようと企む奴もいるかもしれない。餌がなくて餓死する可能性もある。ここは安全だ。
このガラスが壊れなければ。
君の体は綺麗な藍色をしていた。それに不思議な赤い模様が描かれていて、何だか本当にポケモンなのかと疑いたくなる外見だった。
太陽の光は変わらず君に降り注いでいた。時間によって君の体の色は少しずつ変わっていく。朝は藍色、昼間は時々スカイブルー、夕暮れは茜色、そして夜になると浅黄色。光によって染まる色が変わるなんて、素敵だ。
私はいつもここにいるから、君は私のことを覚えてしまった。最近君は妙に活発的になったようだ。突然ガラスに体当たりしてみたり、ひたすら上へ泳いでみたり。
だけど君はその中から決して出ることはできない。もし出たら、君はその出る時に使った力のせいで死んでしまうかもしれない。そんなの、私は嫌だ。
話し相手がいなくなるのは寂しい。
だけど、君が本当に心の底から望んでいるなら、私は何かできるかもしれない。
君は生まれた場所に帰るべきなのかもしれない。こんな狭い場所では、息も詰まってしまう。私だって詰まりそうだ。でも、もうどうにもならない。
ここから出ることなど、できやしないのだ。
最近、君がうるさいと誰かが言っていた。鎮痛剤を入れたけど一向に大人しくならない。弱っているのではないか、っていう意見も出たらしい。
君の体は前見た時よりも傷が増えたみたいだ。しばらく眠っていた間に、こうなっていたなんて。
誰かが君を処分する、なんて物騒なことを言っていた。もう使い物にならないからって。
処分したらそこから出られるだろうけど、もう故郷に帰ることはできないんだよ。解体されて、多分……ゴミか他のポケモンの餌になってしまうかもしれない。
君はどうする?