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  [No.3785] カイリューが釣れました 投稿者:マームル   投稿日:2015/07/18(Sat) 23:23:40   121clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:カイリュー】 【ウインディ

 バスラオ、バスラオ、バスラオ。
 今日は何匹釣ってもバスラオばかりだった。特に珍しくもないポケモン。例えるならば、コイキング並に。
 進化するだけコイキングの方がましとも思う。ただ、ギャラドスはギャラドスで迷惑極まりない。
 この塔はドラゴンタイプのポケモンに纏わる塔のようだが、ドラゴンタイプのポケモンはまだ、クリムガンしか見ていない。
 ミニリュウとかも居るとか、聞いていたんだけどな。
 はぁ、と溜息を吐いて、霧雨が降り始める中も、ぼうっと釣竿を握る。

 そんな溜息が釣りにも影響したのか、それからはバスラオさえも釣れなくなった。湖はしん、と静まり返っている。
 大した期待も持たずに来たとは言え、バスラオさえも釣れなくなると流石に凹む。
 くぁ、と後ろでウインディが欠伸をした。俺の釣ったバスラオの数匹は既にこいつの腹の中だ。
 満腹になって、眠気も抑えずにぼけっとしている。ウインディはでんせつポケモン何て異名を持っているが、そんな神々しい姿、こいつからは全く感じられない。
 俺も溜息を吐いて、釣竿から手を離して背伸びをし、ウインディの背に凭れた。
「眠いなぁ」
 何となく、呟いた。
 釣竿は固定されたまま、揺れてさえいない。
 どうせ釣れてもバスラオだけだろうし、寝ても良いか。冷静に考えりゃ、ドラゴンタイプが釣竿何かに引っ掛かる訳無い。
 平和なのは、良い事だ。なんて思ったりも。

 かた、かたかた、と釣竿が揺れる音で目が覚める。
 背もたれにしていたウインディはいつの間にかどこかへ行ったか見えなくなっていた。
「ったく」
 もふもふの毛皮から湿った青臭い草に頭の居場所がいつの間にか変わって、髪の毛が湿ってしまったし。どこ行ったんだか。
 どうせバスラオだろと思いながら、釣竿を引っ張る。……あれ、重い。
 いや、思いどころじゃない。全く引っ張れない。
「ウインディ! どこ行った?」
 俺ごとぐいって引っ張ってくれと頼みたいのにこんな時に居ねぇあいつ。くそ。
 諦めるか? いや、それは嫌だ。
「ウインディ!」
 その時、急に釣竿が軽くなった。
 糸が切れた感覚はしてない。逃げられたか?
 いや、釣り針から外れた感覚さえも無い。どういう事だ?
 そして今更やって来ても遅いわ。ウインディ。
「わふっ」
 そんな可愛い声出しても何も出んわ。
 リールを巻き上げて、釣り針を……あれ、何か、手のようなものが。
 二本の触角がある頭、首、でかい胴……。
「はぁ?」
 自分でも驚く程の素っ頓狂な声を出していた。
 カイリューが、釣り針を掴んでいた。
 ウインディも戦闘態勢に入る以前に、俺と同じように驚いて固まってしまっていた。
 カイリューは釣り針と俺を眺めてから、釣り針を捨てて、ふわりと目の前に立った。
 テレビでその姿を見た時は丸っこい顔にぽっちゃりした腹、小さい翼とか可愛いなぁとか思ってたが、その巨体が目の前にあるだけで、そんな事は吹っ飛んだ。
 くんくんと俺に鼻を近付けて匂いを嗅がれる。
 頭ごと食われるんじゃないか。そんな想像が浮かび上がりながらも目を離せない。
 ただ、その存在だけで俺は圧倒されていた。見た目は可愛くとも、そのドラゴンタイプの満ち溢れる生命力は本物だった。
 何故そんな小さな翼で飛べるのかと疑問に思ったが、目の前にしたら当然のように思えた。
 恐れてもいたが、僅かながら見惚れていた。幸いな事に見惚れられるだけ、悪意は感じなかった。
 じろじろ、ふんふんと観察され、次に俺の隣で同じく固まっていたウインディに対象が移った。
 一歩、ウインディは後退りした。そして一歩カイリューが詰め寄る。
 どの位レベル差があるのか分からなかった。ウインディの方が弱いのは確かだろうとだけは分かるが。
「ヴゥ……」
 威嚇しているも及び腰で、カイリューには何も効いていなかった。
 ウインディがまた一歩下がる。カイリューはそれを面白がるように歩いて行く。
 緊張は、全く消えていなかった。カイリューがもし、俺とウインディに明確な敵意を向けたら、逃げられるとは思えなかった。
 ウインディが助けを求めるような目で俺を見て来る。図鑑のような威風堂々とした姿何てそこには無かった。
 俺にどうしろって言うんだ。持ってる中でカイリューに有効そうな技はあれど、通じるとはそうは思えなかった。それに悪意が無さそうな以上、何もしない方が賢明だった。
 そして、ウインディは後ろにある木にぶつかった。
 カイリューがしゃがんでじっくりと顔を近付けた。俺との差程でも無かったが、体格差もあった。
 じろじろと観察されるのが耐えられなかったのか、ウインディは走って逃げようとしたけれど、両腕で顔を掴まれて阻止される。
 まな板の上のコイキング。
 正にそんな感じだった。俺のウインディも決して弱くは無いのに。
 そして数分経って、やっと観察が終わるとカイリューはウインディから手を離した。
 ウインディは腰が抜けたように崩れ落ちて、カイリューはまた俺の方に歩み寄った。
 今度は、何を?
 そう思ったが、俺の隣に座るだけだった。
 ……帰っても良いんだろうか? 釣りを続ける気にはどうしてもなれなかった。
 単に俺という人間と、ここらには居ないポケモンであるウインディを面白がっているだけだろうとも、殺意がなくとも、極端に言えばこのカイリューが今の俺とウインディの生殺与奪権を握っている。
 人間様とは言うが、道具も何も持たない人間は、大概のポケモンには敵わないのだ。
 はぁ、と俺は溜息を吐いた。道具を纏め始めてもカイリューは俺の手先を見つめるだけで邪魔をする様子は無い。
 鞄を背負い「ウインディ、帰るぞ」と言ったものの、ウインディはまだ腰が抜けていた。
 仕方なく、モンスターボールに入れる。
 そして、歩き始めると、カイリューは立ち上がって俺の後ろに付いて来た。
 ……どうしようか。真剣に悩みながらも、追っ払う事も出来ずに歩き続けるしか出来なかった。

 歩き続けても、どこかで戻る様子もなく後ろから付いて来る。
 リュウセンランの塔の区域から出ても、町中に入っても、そのまま付いて来た。
 町中の視線を集めながら、後ろを振り向いて聞いてみる。
「なあ、お前、どこまで付いて来るつもりだ?」
 けれども、カイリューは言葉を理解していないようで、ん? と頭を傾げるだけだった。
 可愛い、が、困る。何を考えているかも全く分からず、野生である事がばれたらまずい。ポケモンセンターとかに相談すれば良いのだろうが、余り良い対応をしてくれなそうな気がして、さっさと街から出る事を優先させた。
 街の、リュウセンランの塔とは反対側の外れに置いた車にまで着き、どうしたものかと腕を組む。このまま車に乗って帰っても大丈夫だろうか。
 思い切って、空のモンスターボールを出してみた。野生のポケモンでも、特に最終形態まで進化している奴なら、これを出す意味は分かっている筈だ。
 顔を合わせて、特に何も変化の無い顔をしているのに俺自身困惑しながら、トスするように投げてみた。
 すると、ボールが効力を発揮しないように丁寧に掴まれて、手渡しで返された。
 ……どうしたものか。
 言葉も通じなければ、何をする訳でもない。車に乗ると、カイリューの奴、ボンネットの上に乗りやがった。
 舌打ちしても良いだろうか。一応、やめておくが。
 ウインディのボールを助手席に置いて、エンジンを掛ける。掛けながら、ウインディに聞いてみた。
「なあ、お前、あいつどう思う?」
 ウインディはただ俺と同じように困惑した目で、俺を見つめ返すだけだった。
 


  [No.3786] カイリューが釣れました 2 投稿者:マームル   投稿日:2015/07/20(Mon) 18:26:33   132clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:ウインディ】 【カイリュー

 雨はさらさらと音を立てて降り始めていた。
 ボンネットの上から聞こえる雨音は、いつもより小さい。
 ただ付いて来ただけ。だからか、車を運転しながら色々悩む羽目になる。
 レジャーシート程度のものならある。雨避けでも渡そうか。いや、そもそも湖で暮らしていたなら雨何て避けるものじゃないのか?
 それに、もうそろそろ家に着く頃だった。
 そんな事やってる暇があればさっさと車をかっ飛ばして家に戻る方が良さげだろう。

 家に着く。二階建て、庭有り。そして俺一人とウインディ、妻が残していったポケモン一匹。
 ローンはまだ残っている。
 車から出て、その郊外に建てた家を眺める。いつもの事だ。
 この家は未だに物理的には心地いい空間ではあったが、俺にとってはもう精神的に心地いい空間ではない。
 魚釣りはこの頃再開した趣味だったが、それの原因が別れた妻にある事は内心分かっていた。
 ウインディのボールを引っ掴み、荷物を肩に背負い、ドアから出る。
 常人ならボンネットの上に乗っていても安心していられないような普通な運転だったが、カイリューは未だにそこに居た。
 カイリューはゆっくりとした動作でボンネットから降りる。
 僅かに、凹んでいた。舌打ちをしたくなるのを堪えた。
 とは言え、追い返す事は出来ないし、付いて来る事を拒む事も出来ない。ボールに入れる事も出来ない。
 だが、誰かに連絡を取って何とかして貰おうとも不思議と思わなかった。
 何故だかは、分からない。その表情からは何も読み取れなかったし、ここに居候するとなったらポケモンの食費が増える事やら手間が増える事やら良い事は決してないのに。ボンネットも凹まされたのに。
 ただ、悪い事はしないだろうとは思えた。暴れたりはしない。そして、こいつにとって俺に付いて来た事は何らかのプラスがある事だ。
 それだけは何となく分かっていた。
「……来いよ」
 雨の中、ぼうっと突っ立っている訳にもいかない。それに、ただ付いて来ただけにせよ、俺は雨の中にこいつを突っ立たせておける程割り切れる人間でも無かった。
 ボールが少し、震えた。
 ウインディは反対のようだった。

 玄関を潜り抜けるようにしてカイリューは家の中に入った。
 ウインディを出して「バスタオル持ってきてくれ」と言う。渋々ながらウインディは従った。
 反対しようとも、俺が受け入れてしまった事を分かっているのだろう。
 こいつが卵だった頃からの、そして俺が学生だった頃からの付き合いだ。互いの事は良く知っている。
 ウインディがバスタオルを持って来て、俺は濡れたカイリューの体を拭いた。精神的に居心地の良い場所ではないが、物理的にも居心地の悪い場所になっても困る。
 カイリューは大して邪魔をせず、俺が体を拭うのにじっとしていた。
 聞き分けは良さそうだった。こうやって付いて来た位だ、我が強いのはあるだろうが。
 カップ麺に湯を入れ、ポケモンフーズを出す。
 バスラオを食って満腹だったウインディも、何故か欲しそうにしていたのでまあ、いつもより少なくだが皿に入れた。カイリューにも皿を出してポケモンフーズを入れた。
 ウインディが食べているのを見て、ぽり、ぽりと少しずつ食べ始める。遠慮しているような素振りを見せながらも残しはしなさそうだった。
 テレビを付けて、適当にチャンネルを回す。カイリューは驚きはしたが、特にそれと言って何もする事は無くただぽりぽりと食べながら眺めていた。
 テレビでは見慣れた芸人がクイズに答えていたり、視聴率が並そうなドラマをやっていたり。
 ニュースでは肉に関する新たな規制に対しての議論をしていた。
 明日の天気を知りたかったが、気が重くなり、チャンネルを回した。

 軽くシャワーを浴びて、明日の仕事の為に少し早く寝る事にする。今日はいつも以上に疲れた。
 明日から会社なのにこいつをどうしようかという不安はある。何とかなりそうな感覚はあるのだが。
 居候はもう一匹居る事だし。
 寝室へ行く。ツインベッドの片方は、今はウインディが占拠している。毛だらけになっているが、いつから放置しっぱなしだったか。コロコロで拭ってもキリが無いし。
 そして窓が開いているその寝室には、ムシャーナ、妻が置いて行ったポケモンがふわふわと漂っている。
 時々ここから居なくなるこいつは、きっと俺の夢を盗み見て妻にでも届けているのだろうと思う。
 今でもある、妻との唯一の繋がりだった。
 ムシャーナは、俺の後ろから二匹目、カイリューが来た事に対しても特に何も反応せずにふわふわと浮き続けているだけだった。
 予備の布団を適当に広げて、カイリューの為の寝床にする。
 ウインディはその布団の上で丸まるカイリューを心配そうに眺めながらも、俺の隣で目を閉じた。
 電気を消し、俺も目を閉じる事にした。
 夢うつつになる中、カイリューの目的が何であれ、ただ居候する程度なら歓迎している自分に気付いた。
 そういう関係なら、何も考えずにコミュニケート出来る、一緒に居られる、と思っている自分が居た。


  [No.3789] カイリューが釣れました 3 投稿者:マームル   投稿日:2015/07/25(Sat) 17:51:36   104clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 カイリューは何をする事も無かった。
 あれから、休日を除く日は仕事に行こうが付いて来る事も無ければ、俺とウインディ、それとムシャーナにちょっかいを掛ける事も無かった。
 俺から貰うポケモンフーズをぽりぽりと食べ、俺が居ない時は外をぶらぶらと回って近所を騒がせ、俺が居る時は俺とウインディと一緒にテレビを見たり。
 正に居候そのものだった。
 ここに来てからは俺にとって害になる事もしなかったし(食費やら近所への説明やらはあったが)、かと言ってこれと言って益になる事もしなかった。
 ドラゴンタイプの生命力、それは近付けば慣れた今でも少し畏怖を感じる程にあるのだが、このカイリューには活気が無かった。
 生命力を持て余しているような、そんな気もした。
 そんなカイリューは、くぁ、と俺の近くで欠伸をする。長く、大きく口を開けて。口の割りには小さな歯が並んでいるのが見える。
 そしてむずむずと鼻を動かして、体を丸めて大きくくしゃみをした。
 居眠りをしていたウインディが跳ね上がる。慣れた今でも、俺も少しびびる程の反応をしてしまう。
 そのままガラスに向けてやられたら、ガラスがはじけ飛ぶ気がした。
 そんな事がありながらも、俺の日常はそこまで変わっていなかった。
 朝起きて、ウインディを連れて仕事に行く。カイリューがぶらぶらと外を散歩する。
 仕事を終えて、ウインディと一緒に帰って来る。カイリューが庭で待っている。
 テレビを見ながら二匹と一緒に夜飯を食べる。シャワーを浴びて寝る。
 大して変わらない日常だった。
 同僚に話すと、とても珍しがられた。
 俺もそう思う。
 その一番の理由は、カイリューも俺も、互いに大して何も要求していないからだと思えた。
 ……と言うよりかは、俺はカイリューに対して大それた事を要求出来なく、そしてカイリューは俺に対して、ここで暮らす事以外を要求していない、と言った方が正しいか。
 カイリューが暴れたら、俺とウインディには為す術も無い。ただ居るムシャーナも、戦う姿を見た事は無いが一緒だろう。
 それを恐れずには居られなかった。ここに居るなら俺のものになれとボールに入れる事すら出来ない。そんなでもお人よしにカイリューに飯を与えているのだが。
 けれども、それでも別に良かった。
 ただ隣に居るだけ。それだけで俺はカイリューが居ない時より満たされていた。きっと、カイリューも同じだった。
 それ以上、カイリューも俺も、今は望んでいなかった。

 休日、起きるとムシャーナが居なくなっていた。
 妻は、どう思うのだろうか。きっと、カイリューが居る事も伝わる筈だ。
 とは言え、どうなる事でも無いだろう。俺が曲がらない限り、きっと帰って来ない。そして、曲がるつもりは無い。
 それだけの事がきっとずっと続くのだろう。
 互いに曲がらずに、子も為さずに、離婚も再婚もせずに、そのまま終わるのも有り得ると思う。
 目覚ましを掛けなかった今日の朝、いつもより遅めに起きる。ウインディは器用に自分でドアを開けて外にもう既に出ている。カイリューも居なかった。
 欠伸をして、目を擦って、起き上がった。でも、二度寝する事にした。少し疲れている。

 暫くして、ウインディが俺を起こしに来る足音が聞こえた。圧し掛かってべろべろ舐められる前に起き上がる。
 頭を掻きながら、ドアを開けられるならポケモンフーズも自分で取って食えよと言いたくなる。それはそれで困るが。
 寝室にウインディが入って来て、跳び掛かられる前にベッドから降り、そして跳び掛かって来たので横に避けた。
 まともに跳び掛かられて、蝉ドンされ、そのままウインディが壁に爪を立てながらずるずる床に落ちた日何て、本当に何とも言えない気持ちが一日中続く羽目になった。
 躱すとカイリューが入って来て、壁からずり落ちるウインディを不思議そうに眺めた。
「……飯にするか」
 とは言え、休日だろうと食う物は大して変わらないのだが。

 飯を食い終え今日はどうするか少し悩む。
 ただぼうっとしているのも、ここにずっといるのも余りしたくはなかった。
 また魚釣りにでも行くか、と思うが、カイリューを連れて行く事になると、傍にいるだけで釣れなくなりそうな気がした。
「……町にでも、行くか」
 ただ居候しているだけ。きっと俺やウインディを害する事は無いだろう。そうは思えても、保険は欲しかった。
 外へ出る。カイリューも今日が俺にとっての休日だと分かっているらしく、ラフな格好の俺に付いて来た。
 ウインディの背に乗って、「町に行くぞ」と言うと、意気揚々と走り出す。
 後ろを振り返ると、カイリューも空を飛んで追って来ていた。小さな翼なのに、余裕のある飛び方だった。
 ウインディもそれを見て、負けじと足を速める。カイリューが付いて来る。
 足を速める。カイリューがそれを追う。
 やめてくれ、と言おうとした時にはもう遅かった。俺は下手に走る車何かよりとても速く走るウインディの背中にしがみつくのが精いっぱいだった。
 吐くかもしれないと思った。


  [No.3795] カイリューが釣れました 4 投稿者:マームル   投稿日:2015/08/02(Sun) 17:54:53   76clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 町のベンチで横になる事一時間。
 それだけの時間が、俺には必要だった。ウインディにゲロを吐かなかった事だけは、少し後悔している。
 吐いちまえば良かった。ただ俺の隣で、今はのんびり欠伸をしているこいつを見ると、心底そう思う。
 走っている時でさえ、俺がどれだけ止めようとも走り続けやがったし。
 カイリューも、それを追って更に速度を上げるし。今は人の方を興味津々で眺めているだけで、こいつも俺の事を心配しねぇ。
 畜生。俺の休日が。
 はぁ。吐き気は収まったものの、気分が悪いのには変わらない。車で来れば良かったか?
 いや、ボンネットが更に凹まされるのもな。面倒だな。
 困った。
 立ち上がって「行くぞ」と二匹に声を掛ける。
 ウインディはやはり、何も罪悪感が無い顔で、俺を眺めた。何も出ねぇぞ。

 隣にウインディ、後ろにカイリュー。
 そんな大型二匹を連れて町を歩く俺は、流石に少し浮いている。帽子型にカットされたトリミアン。ピチュー、ピカチュー、ライチュウを連れたトレーナーはわざとそうしているのではないかと不安に思う。ぼげーっとしたコダックを抱きかかえて歩いているトレーナーは、重たそうなビニール袋を両腕に更に引っ提げて、けれど満足した顔で歩いている。
 俺も、浮いているとは言えその程度に見られていると良いのだが。ただ、カイリューが野生だとまでは、誰も分からないだろう。
 今日は何をするの? と言うような目つきでウインディが俺の方を見て来る。
「さぁな」
 と俺ははぐらかした。俺も、どこに行けば良いのか、良く分かってない。警察? 市役所? それとも?
 お堅い場所じゃ、返って面倒な事になりそうだし。
「保険、かぁ」
 呟いて、頭に浮かぶものは、強力なボール。勿論手には入らないが、マスターボールを投げれば……、掴んで返されそうだな。
 次に浮かんだのは、荒っぽい手口。麻酔銃……、んなもん同じく手に入らないわ。
 それに刺さっても、効くかぁ?
 効くとしても、あの巨体じゃあかなり時間掛かりそうだし。
 はぁ。
 そもそも、万が一、何て事考える必要があるかと思う。その万が一が起こった時、被害が悲惨を越える程になるが。
 ボールに入ってくれない。入らせる事も出来ない。
 参った、なぁ。

 道中、コイキング焼きが売られていたので、二匹にも買って、俺も食う。
 ウインディの上に座って、ぼうっと考える。どうすれば、良いかな。目の前で、バクフーンが怒りの形相で走り去って行くのが見えた。
 車より速かった。それでいて通行人の間を見事にすり抜けたりして、どこかへ向っていた。
「お前も怒ったら、あんな風になるのか?」
 カイリューは口に付いたあんこを小さな指で拭って舐めとりながら、首を傾げるだけだった。
 言葉さえも通じないし。放ってその万が一が起こらないようにするしかないのかもしれない。
 ぶらぶらと歩き、どこにも寄る事も無く、気付いたら町の外れに出ていた。
 でかいポケモン二匹を連れた俺を見て、小さな野生ポケモン達が逃げて行く。
 そんな中、ばりぼり、と何かを食う音が聞こえた。
 うん? 何が残っているんだろう。そう思って、その音の方へ近付いてみる。
 ココドラだった。打ち捨てられた配管を夢中で食べていて、近付いても俺の方に気付いてなかった。
 ……頑丈、がむしゃら。
 そしてウインディの神速。
 これで良いか。ウインディ以外のポケモンを今まで持ってなかった俺だが、それは単に俺がポケモントレーナーではなかったからだ。集める趣味も無いし、そんなに愛情を沢山ばらまけるような人間でも無い。
「でもまあ、三匹位までなら、な」
 大した事は無い。
 ウインディは俺がココドラを捕まえるのに驚いたように見た。
「こいつがいりゃ、カイリューが万が一暴れた時、役に立つんだよ」
 その為だけにこいつをゲットするのは、少し憚れるが、まあ、特別好きなポケモンではないが、嫌いじゃない。
 今更、ん? と振り返ったココドラに、モンスターボールを投げると簡単に入った。
 さて、がむしゃらの技マシン、この町で手に入るか。
 それだけが問題だな。ボールから出して、持ち上げようとして、その小さな体の割りにとんでもなく重い事に気付く。
「んん、んぐぅ」
 ぎりぎり、持ち上がる。普通の成人男性位の重さはありそうだ。暴れられて、すぐに落としてしまった。
 ふん、と鼻息を鳴らしてまた配管を食べ始める。
 カイリューが配管ごと持ち上げて、少し重そうにしながらも、抱き抱えた。
 ココドラは抱き抱えられても全く恐れていなかった。
「お前とは大違いだな」
 そう言うと、ウインディはちょっとふて腐れた。
「さて、昼飯でも食うか」
 ポケモンも入れる場所。そう言う場所だとちょっと値段が高くなったりするが、その程度の金なら十二分にあった。
 そして、それから技マシンを買おう。
 安くて一万円、高くても二万円で、大体終わるだろう。
 町中へ戻る事にした。
 ウインディは、飯と聞いて、すぐに態度を変えて俺を急かしてきた。
 本当に、現金というか何というか。
 まあ、そこがこいつの良い所でもある。
 体調もそこそこ治って来ていた。


  [No.3797] カイリューが釣れました 5 投稿者:マームル   投稿日:2015/08/11(Tue) 01:20:12   87clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 一抹の不安。それが起こる事はまだ、無さそうだ。
 何事も無く、ひと月が過ぎ、ふた月が過ぎて行く。秋から冬へ、季節も移り始めていた。

 そして、そんな短い間でカイリューは言葉を理解し始めていた。ニュースを毎日眺めていたり、俺がウインディに喋りかけていたりをずっと興味深く聞いていたからだ、と思う。
 お前は何で俺に付いて来たんだ? まだ、その問いをカイリューに聞いてはいない。
 聞いたとしても、言葉を扱えないカイリューが俺にその理由を伝えられるだろうか。
 きっと無理だろう。
 ココドラに鉄くずを与える。値段はポケモンフーズよりもかなり安い、タダ同然のものだが、錆びてはいない。コドラに進化した時には、こっそり買ってある玉鋼なるものを与えようと決めている。
 やはり、質の良い鉄程、こいつは良く食べる。俺の手持ちになる前は廃材の錆びた鉄をばっかりを食っていたのだろうか。
 心なしか、見つけた時よりも少し体のツヤが良くなっている気もした。

 カラッとした肌寒い風にカイリューは少し寒さを感じていた。
 ウインディと距離を縮めているように見えるのはきっと、錯覚じゃないだろう。ウインディは慣れたとは言え、その強さにまで慣れた訳ではない。
 こっそり近付いて来たのを見ると、さっと離れた位置に移動する。
 見ているとまるで、だるまさんが転んだ、みたいな感じだった。
 暖房をそろそろ付けようか。窓を閉めて、エアコンのスイッチをこっそりと入れ、音が出ると、カイリューはびくっと驚いて温風が吹いて来る方を見た。
 ココドラは、そんな時でもばりばりと鉄くずを食べ続けていた。
 驚かない、というよりも周りに関心が無いと言うか、気付いてないと言うべきか。
 その鋼の体に神経は通ってるのか、と聞きたくなる。まだこいつが驚いた所を俺は見ていない。
 鉄くずを食い終えると、眼を閉じて眠り始める。食っちゃ寝、それ以外じゃ偶にとことこ庭を歩いたりするだけだ。カビゴンみたいな奴だと良く思う。
 ココドラの冷たい鋼の体が、徐々に温まって行く。夏も冬も、こういう体のポケモンって、どう体温の調整をしているんだろうか。金属の体じゃ、熱がすぐに内部に伝わってしまうと思うんだが。
 まあ、特に問題なく生きている。それだけで十分ではある。

 そして、冬のある日。
 とある事が起きた。平日の、仕事がある日だ。
 ムシャーナはふわふわと浮いていた。口から出ている煙に、俺の夢が少し映っている気がした。
 体を起こして、違和感に気付く。隣にウインディが居ない。カイリューも。ココドラも。
「……あれ?」
 部屋のドアも開いている。何が起きているのか分からないまま、俺は寝室から出て、階段を降りる。
 肌寒い、外の空気が感じられた。玄関も開けているのか。
 体に震えを感じながら、玄関に近付いた。風の音以外、特に何も聞こえない。
 靴を履いて、外に出る。さらさらと雪が降り始めている中、ボスゴドラが居た。カイリューと同じ位の巨体には、カイリューと同じ位の威厳が感じられた。
 ……親、か? ウインディとカイリューはそのボスゴドラの近くで警戒を程々に解いて座っていた。
 ココドラはそのボスゴドラの腕の中で、けれどいつも通りのように眠っていた。
 ボスゴドラが俺の姿を見止めた。
 後退りそうになるのを堪えた。その目は、母親のものだった。そして、そこに怒りは無いように見えた。
 確証は全く無いが、試されている気がした。
 俺が、このココドラを持つに値する人間かどうか。後退れば、無理矢理にでもココドラが連れて行かれそうな気がした。
 このココドラには愛着も湧きはじめているが、今、このココドラが母親に連れて帰られたら、俺はその愛着を失う以上の何かを失う気がしてならなかった。
 それは、俺が子供を持ちたがっているという証拠なのだろう。
 親で在れる最低限は満たしていたいという証拠なのだろう。
 ボスゴドラは、目を未だに眠っている息子に戻した。どれだけの時間、目を合わせていたか、長かった気もしたし、短かった気もした。
 ボスゴドラは、手でココドラを何度か撫でた。ココドラが薄らと目を開けて、甘えるかのように母親に向けて前足を動かした。
 初めて、俺はそこで、ココドラの感情というものを見た気がした。そして、 羨ましさを感じた。
 俺は、そうなるのだろうか、なれるのだろうか。父親として。
 羨ましさの直後に、不安も覚えた。
 こん、こん、とボスゴドラがココドラの健康を確かめるように、鋼の肉体を軽く叩いて、そして光沢が出るように磨いて行く。
 寒さは覚えていたが、その光景に俺は何故か目を離せなかった。

 そして、ボスゴドラはココドラを降ろして、もう一度撫でてから、また俺の方を見た。
 近付いて来る。ウインディが立ち上がり、俺はそれを手で止めた。カイリューも、その俺の手を見て、立ち上がったまま、動きはしなかった。
 強大な存在感は、カイリューとはまた別物だった。そして、慣れた訳でも無い。怖いと言う感情は胸の中をぐるぐると強く渦巻いている。
 けれども、俺は後退る事もしなかった。逃げてはいけないと、分かっていた。
 ボスゴドラは、俺の前に立つと、しゃがんで俺と顔を合わせた。ただ、俺は視線を合わせた。それ以上もそれ以下も何もしなかった。
 観察されているのは、カイリューの時と同じだった。
 暫くして、ボスゴドラはどこかからか、球体を取り出して、俺の手に握らせた。
 メガストーンではない。
 鋼色の球体だった。それは、オーブと呼ばれるようなものの気がした。
 ココドラにきっと、持たせるべきものなのだろう。ボスゴドラはそして振り返ってココドラをまた撫でてから、歩いて去って行った。
 ずん、ずん、と巨体の音を少し響かせながら、後ろ姿が小さくなって行く。ココドラは、追う事はしなかった。けれども、少し悲しそうな目で、母が去って行くのを眺めていた。
 その時、ウインディの情けない声が聞こえた。
 カイリューが、ウインディを強く抱きしめていて、ウインディは足掻いているものの、抜け出せそうには無かった。
 カイリューは、強く、そして絶対に離さないような感じでウインディを抱き締めていた。
 それは、暖を取る目的以外にもあった。
 目を強く閉じて、忘れたいような、思い出してしまったような、そんなものをまた記憶の彼方へ飛ばしたい、けれども、ポケモンの温もりが欲しい。そんな感じがした。
 ウインディはじたばたと暴れる。俺に助けも求めて来た。
「諦めろ」
 俺がそう言うと、絶望したかのような目を向けて来る。
 仕方ない、モンスターボールを取って来てやるか。
「ボール取って来てやるから、待ってろ」
 出来るだけ早く、と言うように、ウインディは情けなく吼えた。
 寝室にあるボールを取りに戻りながら、思う。
 カイリューはきっと、あそこから逃げる為に俺に付いて来たのだろう。何か逃げたい思い出があるその場所から逃げる為に。
 そしてそれはきっと、子供とかに関する事だ。
 俺と似ている、と思った事があったが、本当に似ているかもしれない。
 天井を眺めて、ぼうっとする。俺はこのままで本当にいいのだろうか。曲がる必要もあるのだろうか。
 ウインディの声で俺は我を取戻し、仕方なく寝室のボールを取る。
 ムシャーナの煙が目に入った。そこには、子供が居た。
 叫びたい気持ちになった。


  [No.3800] カイリューが釣れました 6 投稿者:マームル   投稿日:2015/08/19(Wed) 18:04:40   120clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:カイリュー】 【ウインディ

 冬が本格的に来る前に、俺はカイリューに内緒でまた、リュウセンランの塔に行く事にした。
 セッカシティまで、交通機関を乗り継ぎ、最寄りからはウインディに乗って行く。カイリューに内緒で行く以上、車は使えなかった。

 セッカシティに着く。
 もう、ここは雪が結構降っていた。さらさらと降り積もりつつある雪の中歩くが、乗っていなくても隣に居るウインディのお蔭で大した寒さは感じない。
 セッカシティの小さな住宅街で俺は立ち止った。
 来た理由は、カイリューについて知る為だ。何も知らなくても良い、とも思っていたけれど、ボスゴドラの件があってから俺は、どうもカイリューがこのリュウセンランの塔に居た時に何かあったのではないかと気になっていた。
 子供に関する事。そう予想が付いていたが、その予想が正しいのかどうか、知りたくなって仕方がなかった。
「ばれたらどうなるんだろうな」
 ウインディに聞くが、特に何も話してはいない。ウインディは首を傾げるだけだ。
 怒るのだろうか。
 それとも、暴れてしまうだろうか。
 暴れられても、ココドラとウインディであれば、頑丈がむしゃらと神速で何とか倒せるだろうけれど。
 いや、今は考えないでおこう。
 有給取ってここに来ている何て、カイリューには分かりっこ無い事だ。リュウセンランの塔の臭いを嗅ぎ分けられる程、カイリューの鼻は鋭くもない……と思う。グラエナとかじゃあるまいし。
「お前、リュウセンランの塔の臭いって分かるのか?」
 ウインディは頷いた。
 ……不安になって来た。帰ろうか。いや。
 ここまで来てしまったら、もう仕方ないな。調べよう。
 分かるかどうかは、全く分からないが。

 数人にこの春から秋に掛けてリュウセンランの塔付近で何かあったかどうか聞いてみると、揃って季節外れの嵐が一度だけ来たという返答が帰って来た。
 それ以外には何か? と聞いても、特にこれと言った返答は来なかった。
 嵐……。
 もし俺の予想が当たっていたとして、カイリューが単なる嵐で子供を喪ったりする事があるだろうか?
 余り考えられなかった。
 それに水中に居れば、外が嵐だろうと大して被害は無い筈だ。
 雷が落ちようとも、水中の奥深くまで電気は余り届かないと聞くし。
 そう言えば、トレーナーが来たりはしたのだろうか。ただ、それに関する返答としては、しょっちゅう、というのが帰って来るばかりだった。
 イッシュ最古の塔で、そして出入り自由。それだけで遺跡マニアは垂涎ものらしい。
 何やら伝説のドラゴンに纏わる話もあると聞く。
「俺が行った時は殆ど人は居なかったけどな」と言うと、「そりゃ、皆周りの湖より中に興味を持つからね。見なかっただけなんじゃないの」と返された。
 確かに。見なかっただけかも分からん。大体は湖を眺めて釣りをしていたし。周りの事何て殆ど覚えちゃいない。
 ウインディがここ辺りに住んでいる野生のポケモンと気ままに戦っていたり、じゃれていたりしてた位だ。
 俺がカイリューが釣り針を握っているのを大物だと叫んでいたのも、周りの人からすれば単に釣り人の叫びだとしか思われていなかったのだろうし。
 結局、推測が当たっているかどうかは分からないまま、時間が過ぎて行く。
 町の人達から情報収集するのは止めて、リュウセンランの塔に行ってみる事にした。

 中に入って、早々に出会ったトレーナーとポケモンバトルをする事になった。ウインディに指示を出すのは久々だ。
 相手は、ハクリュー。
「……どこで捕まえました?」
 念の為に聞いてみると、「俺のポケモン達はゲーセンに寂しく居た奴ばっかさ」と、返って来た。
 なら、違うか。
 神速で相手を翻弄して、突如ななめ後ろからインファイト。
 全身を使った攻撃の内数撃当てられた、と思ったらウインディは電磁波で麻痺させられた。
 持たせておいたラムの実を食べている内に高速移動をされて、今度は逆に素早い動きで翻弄され、玉が付いている尻尾でアクアテールを胴に見舞われた。
 互いに体力が減り、距離を取ってウインディは俺の指示を待った。両方の体力的に次で最後になる。
 ウインディにのみ聞こえる小声で、言った。
「神速で近付いて、そのまま捨身タックル。合図したら、最速で、真直ぐ」
 ハクリューも指示を受けたようで、口に光が集まって行く。
 ……破壊光線? 竜の波動? 分からないが、強力な攻撃であるのには間違いない。
 カントーのチャンピオンが悪人に対してカイリューに破壊光線を命令した珍事を思い出しながら、言った。
「発射されるギリギリまで待て」
 そう言った瞬間、何かがリュウセンランの塔の窓から突っ込んで来て、それにぶつかってウインディは真横に吹っ飛ばされていた。
 は?
 言う間でも無く、戦闘不能。
 唖然としていると、そのトレーナーが種明かしをするように言った。
「流星群。窓からウインディに通るように、ピンポイントに一発だけ落とした」
 ウインディに元気の欠片と回復の薬をやりながら、俺はそのトレーナーの力量に驚いた。
 要するに、口に溜めていた光弾は囮だったって訳か。いや、囮が無くとも多分、ウインディは反応出来なかっただろうけど。
「カイリューにもなってないのに、そんな高等な技を……凄いですね」
「いやいや、毎日練習させても出来ない事の方が少ないですよ」
 そういう事を出来るようにさせるトレーナーの方が凄いだろうけどな、と俺は思った。

 回復したウインディを連れて、頼み事をする。それからそのトレーナーと一緒に塔を登って行く。
 この付近に一年近く居るらしく、何か変わった事が無いか聞いてみたが、特にこれと言った事も無かった。
 何かあったんですか、と聞かれたが、はぐらかしておいた。追及されなかったのは幸いだった。
 ……何もなかった。すると、カイリューはここには居なかった?
「いや、でも、この頃あいつ見ないな……」
「あいつ?」
「カイリュー。たまーにこのリュウセンランの塔の付近を飛んでいたのを見る事があったんだけど、この頃は全く見ない」
 ……。やっぱり、ここに住んでいたのか。カイリューは。
「どんな奴だったんですか?」
「俺は挑まなかったけど、他のトレーナーがカイリューに挑んでも軽くあしらったり、相手にもしなかったりで、誰も殆どダメージすら与えられなかった。……俺のハクリューが流星群をやろうとも、きっと意に介さない位に」
「……そんな強い奴だったのか」
 それを言ってから、しまった、と思った。案の定、トレーナーは俺を怪訝そうな顔で見て来た。
 ……。仕方ない。
「そのカイリュー、今、俺の家に居る。捕まえてはいない。ただ、居候してる」
「……何故?」
 その質問に対しては、「良く分からない」と言っておいた。憶測を喋る必要は無い。
「数か月前、ここで釣りしてたら釣り針握って姿現して、勝手に付いて来た。けれど、数か月間、何もしてないし、何もされてない」
「何だそれ」
 想像通りの反応だった。
「未だに捕まえるチャンスを待ってる人も居るんですよ。捕まえられるかどうかは別としても」
「そうだろうなぁ」
 宝の持ち腐れとでも言われそうだった。

 トレーナーと別れて、登れる一番高い場所まで来た。
 特に何も無い。誰も居ない。
 瓦礫だらけでポケモンバトルをするにも適していない場所だし、研究はされつくしたようでもあった。野生のポケモンも殆ど居ない。
 ウインディへの頼み事、カイリューの臭いを探せ、と言ったが、ここまでは特にしなかったようだ。何も俺に伝えて来なかった。
 ここでもだろうか。
「カイリューの臭いはするか?」
 二、三度鼻を嗅いで、ウインディは歩き始めた。
 何か、あるようだった。
 瓦礫だらけの場所の、特にバラバラになっている場所にウインディは歩いて行く。瓦礫に隠れていた野生ポケモン達が出て来てじろじろ見たりしている中、ウインディは迷わずに歩いて行った。
 そして、視界にそれが目に入った。
 不自然に土が盛られていた。上には小さな木が生え始めている。
 …………。
 ウインディがそこを掘り返そうとして止めた。
 どこでそういう事を知ったのか、それとも自分で何も知らずにやったのか。
 分からないが、それはどう見ても墓だった。
 瓦礫塗れではあったが、この場所は見晴らしは良い。外も良く見えた。
 丁寧に盛られた土、生え始めた木、見晴しの良い、高い場所。
 とても大切にしていたのだろうと、それだけで、とても良く分かった。分かってしまった。
「……帰る、ぞ」
 ウインディは不思議そうにしながらも俺に従った。

 塔を降りながら、何故、と言う疑問が新たに湧いて来る。何故、あのカイリューは子を喪ってしまったのだろう。
 とても強いだろうに、子を守れなかった理由は何だろうか。
 嵐に原因があるのだろうか。それとも単に事故だったのか、または病気だったのか。
 分からないまま歩いていると、瓦礫に躓いてしまった。
 起き上がろうとすると、ウインディに襟を噛まれてそのまま背中へ投げられた。力を抜くと、俺の体は一回転してウインディに跨った。
 ウインディが曲芸師のギャロップに憧れて、俺の体を何度も犠牲にして身に付けた曲芸だ。
 久々にそれをされて、俺は何となく、呟いた。
「疲れたな」
 それは俺の台詞だ、と言うようにウインディが俺を振り落した。
 可愛くねぇ奴。
 でも言っておく。
「済まん。流星群は分からなかった」
 ウインディは、いいよ、と言うようにそのまま歩き続けた。俺も起き上がって歩いた。


  [No.3801] カイリューが釣れました 7 投稿者:マームル   投稿日:2015/08/20(Thu) 02:18:52   102clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:カイリュー】 【ウインディ

 帰っても、カイリューにはリュウセンランの塔に行った事はばれなかったみたいだった。
 内心ほっとしながら、夜飯を食う。
 テレビでは伝説のポケモンについての特集をしていた。伝説のポケモン達は、数が一体とかしか居ない代わりに、死ぬと転生するという説について話し合っていた。
 ぺき、と変な音がして、その方を見る。特に何も変わりは無かった。カイリューもウインディもココドラも、特に何事も無く飯を食っている。
 何の音だったのだろう。
「伝説のポケモンだって寿命はあるでしょうし、死に至る事もあるでしょう。なのに、太古からずっと姿が記録されているポケモンだって居るのですよ?
 寿命が無かったとしても、これまで全ての伝説のポケモンが死に至る事無く今まで生き続けている何てあり得ますか?」
 ディスカッションの場には、伝説のポケモンの写真や絵が詰まっていた。今まで俺が見た事の無いポケモンも結構な数が居た。
 姿形が似た奴も結構いるんだな。本当に余り違いが無い位に似てる奴等も居る。
「有り得るでしょう。
 例えば、うずまき島を住処にするルギアは、豪華客船をも念動力で浮かせたと言いますし、グラードンやカイオーガは地形を大きく変えられるだけの力を持っています」
「では、スイクンやエンテイ等に関しては? レジロック、レジアイス、レジスチル等に対してもそれは言えますか?
 そこ辺りのポケモンは、腕の本当に立つトレーナーに従う事もあります。一対一で普通のポケモンが勝つ事もありますよ。
 言っちゃ悪いだろうけど、その程度なのに、有史以来その姿が長い間確認されなかった時が無い」
「う、ん……」
 ぺき、とまた音が聞こえた。けれど、振り向いても音の原因は分からなかった。

 飯を食い終える。ぺき、という音は、どうやらカイリューがポケモンフーズを折っている音のようだった。いつもはそんな事してないのに。
 俺もカイリューも、立ち止っているのだろうと、俺は思った。
 昔ながら屠殺されたものを食うべきと曲がらなかった俺に対し、ポケモンを殺す必要なく肉が食べられるならそれが良いと曲がらなかった妻。
 子供の教育に深く関わるだろうそれに、妥協点を見つけられないまま、妻は別居した。
 たったそれだけの事で、数年間、妻と会っていない。電話もしていない。
 携帯からその番号は来ていない。俺も掛けていない。
 あるのは、妻が残していったムシャーナだけ。
 ただ、そんな俺の立ち止っている原因何て、カイリューに比べれば、本当に些細な事だろう。子供を喪ってしまったその悲しみは、俺は理解出来ない。
 強過ぎる、絶対に味わいたくないものだから。
 はぁ、と俺はソファに凭れて天井を眺める。カイリューは、俺が似ていると気付いて、俺に付いて来たのだろうか。それとも単に、カイリュー自身にとって都合の良い人間だったからと気付いただろうか。
 そりゃ、子を喪う何て事があった後に、トレーナーに捕まって戦わされる何て嫌だろうし。
 理由を聞けはしないけれど。特に、知ってしまった今となっては。
 そして、カイリューはまた、ぺき、と音を立てていた。この番組の何かに反応している気がした。
 顔には出してないから、それ以上の事は分からなかった。

 次の日の朝。
 雪が降り積もる中も、カイリューは寒そうにしながら俺の居ない間は外をふらつくようだった。
 知ってしまった今となっては、どこかへ飛んで行くカイリューの姿は、何か物寂しかった。
 頭の中でもやもやとした、立ち止まらせている何かを捨てられずにただ、俺も職場へ歩いていく。
 カイリューの中にあるそのもやもやは、俺よりもどす黒く、鉛のように重いものだ。それを思うと、背筋が震える感覚がした。
 それが失せるきっかけを、カイリューは待っているのだろうか。それとも、引き摺ってずっと生きるつもりなのだろうか。
 一つ、言える事があるとすれば、俺にはどうする事も出来ないのは事実だった。
 何となく、隣を歩くウインディに聞いてみる。
「お前、子供欲しいか?」
 ウインディは少し考えるように時間を使ってから、頷いた。
「その子供が死んじまったら、お前はどうする?」
 ウインディは変な質問をするなぁと、俺を見た。
「きっと、カイリューはそうだ」
 ウインディは驚いてから、また前を向いて歩き続けた。
 まあ、分からねぇよな。俺にも分からねぇし。
「あーくそ」
 何を罵倒するでもなく、俺は空に向って言った。
 やっかいなものを背負い込んだとは、不思議と思っていなかった。ウインディは思っているかもしれないが。


 そんな、結局知っても日常は何も変わらなかった、冬が過ぎて行くある日、来客があった。
 帰って来ると、玄関の前で、ゴウカザルを出して暖を取りながら、一人が座っていた。
「こんばんは」
「……こんばんは。誰ですか?」
「リュウセンランの塔に居たカイリューが、今ここに居ると聞いたもので」
 厄介なのが来たと、俺は心底思った。そして、哀れにも思った。
 カイリューも丁度帰って来て、俺の後ろに着地して、すぐさまウインディを抱き締めた。
 ウインディは暴れるが、カイリューはやはり寒いのを無理して外をふらついているようで、体を震わせながらもウインディを放そうとはしない。
 もう、いつもの事だった。神速で逃げようが、カイリューも覚えていた神速で追いかけて捕まえられるのを知ってからは、ウインディももう、諦めを感じているようだった。
 多分、ベテランであろうトレーナーが雪を叩いて立ち上がって、俺に聞く。
「一応、お伺いしますが」
 その言葉だけで、あのトレーナーが喋ったのだろうと思った。別れる時も、不満そうだったから、十分にあり得る事だとは思っていた。
 こうなる可能性も一応は分かっていつつも、現実になって欲しくないとしか思っていなかったが。
 ゴウカザルも一回転して起き上がった。
「貴方とカイリューの関係についてお聞きしたいのですが」
「……家主と、居候」
 思った通り、勿体ないと言ったような、軽蔑も混じった目をされた。
「貴方のポケモンでは無いのですよね?」
「まあ」
 どさり、と音がして、後ろでカイリューがウインディを解放したのが分かった。
「なのに、ここでその強さを生かさずにただただ暮らしてると」
「そうだな」
 そっけなく答える。後ろで怒りが溜まっているのが分かる。
「では、その強さを生かせる私がゲットしても?」
 その言葉が、皮切りだった。
 俺が答える間もなくカイリューは神速でゴウカザルに近付き、反応させないまま首を掴んで地面に叩きつけた。
「……え?」
 ゴウカザルは暴れるが、完全に封じたまま、今度はトレーナーの方を睨み付けた。
「嘘、だろ」
 起こっている事を信じられない、トレーナーの声が虚しく響く。
 ゴウカザルは気絶し、カイリューはゴウカザルを片手で投げてトレーナーに渡した。
 このカイリューの強さは、そこ辺りのポケモンとは段違いな事を、もう俺もウインディも知っていた。
 仕事でドラゴンタイプのポケモンを間近に見る事が最近あったのだが、ボーマンダも、ガブリアスも、サザンドラも、ヌメルゴンも、そして同じカイリューでさえ、このカイリュー程の生命力を感じなかったのだ。
 その時は俺もウインディも、あんな生命力の塊の沢山と付き合わなきゃいけないのかと思っていたのが、拍子抜けした。
 そして今、怒っているカイリューから感じ取れる生命力は、いつもの強い生命力よりも一段と強くなっている。
 俺は、言った。
「俺自身も良く分かっていないんですけど、カイリューも何の理由も無く俺の傍に居る訳じゃないんですわ。
 それでも無理矢理捕まえようとするならば、本当に、死を覚悟して挑んだ方が良いと思いますよ」
 脅しでも何でもない。
 俺もウインディも、こうなる事を予想していた。
 ウインディも大して驚いていない。それどころか、ウインディはトレーナーと倒れているゴウカザルを露骨に憐れんでいた。
「くそっ」
 プライドのせいなのか、それとも俺の言葉を単なる脅しと受け取ったのか、それでもトレーナーは脇に付けたボールに手を伸ばした。
 ただ、ボールに手が届く前にカイリューはそのトレーナーの頭を掴み、目に指を突きつけた。
「ひ」
 ゴウカザルは気を失ったまま動かない。
 トレーナーはそれでもボールに手を伸ばした。
「流石に、殺すなよ」
 俺はそう言った。カイリューは頷いて、出て来たポケモンの一匹を殴り飛ばした。

 六匹全て、何も出来ない内にカイリューによって叩きのめされた。氷タイプのユキノオーでさえ、尻尾の一撃で吹っ飛んで動かなくなった。
 トレーナーは、正に目の前が真っ暗と言ったように茫然としていた。漏らしてもいた。
 カイリューは、白い息を吐いて、座り込んだ。
 …………。
「入ろうか」
 玄関の鍵を開け、少しだけ血の付いたでかい手を取って俺はカイリューを引っ張った。
 カイリューが驚くように俺を見た。これだけ暴れたのに、それでも良いの? と言ったように。
「…………お前が、子供を喪った事、俺は知ってる」
 カイリューは驚いた。俺は、ばらしても良い気がした。ばらしても、大丈夫な気がした。
「リュウセンランの塔の最上階に、亡骸を埋めたんだろ?」
 ウインディが器用に扉を開けて先に入り、俺が入り、カイリューが潜って扉を閉めて、鍵を閉めた。
「まあ、良いよ。気が済むまでここに居ても」
 カイリューがここに居る限り、俺も妻を呼び戻して子を為す何て出来ないだろうし、同じくウインディの番を見つけて、子供を育てる何て事も出来ないだろう。
 でも、それでも良かった。ただここに居させるだけで、こいつの途轍もなく重い枷を軽くする事が出来るならば、それでも良い気がした。
 そして、カイリューに抱きしめられた。
 ああ、こりゃきついわ。カイリューにとっちゃ軽く抱きしめているつもりなんだろうけど、俺の体がちょっと悲鳴を上げた。


  [No.3802] カイリューが釣れました 8 投稿者:マームル   投稿日:2015/08/21(Fri) 03:35:42   99clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:カイリュー】 【ウインディ

 嵐の中、ひっそりと湖の奥底で子供を抱えている。
 外の嵐の強さに怯えている子供の頭をゆっくりと撫でて、上を見た。まだまだ、嵐は収まりそうに無い。
 こんな時期に一体どうしてこんな強い嵐が来たのか不思議に思いながらも、ただただ、過ぎ去るのを待った。
 そんな時、唐突に痺れを感じた。
 電撃……。誰だ、こんな奥底まで届くような強力な電撃を飛ばしてくる奴は。
 子供にも少し影響が出ていた。上に居たバスラオが数匹気絶して浮き上がって行く。
 また、電撃が来た。さっきより強い。
 多分、水面近くに居るバスラオは死んだだろう。
 子供が痛みを訴えていた。水中から出て、その元凶を倒すか、それとも過ぎ去るのを待つか迷った。
 でも、抱え込めば子供までに電撃は伝わらないかな。
 苛立ちを抑えながら、子供を自分の体で抱え込んだ。電撃はもう何度か来た。
 痺れるが、流石に子供にまでは大して伝わっていないようだった。
 ほっとしながら、電撃が来なくなったら叩きのめしてやると決めた。
 しかし、それだけでは終わらなかった。
 上を見上げると、今度は渦が出来始めていた。上に何が居るんだ?
 渦は広く、深くなっていく。巻き込まれたバスラオが宙に飛んで行くのが見える。
 そして、ぼんやりと姿が見えた、宙に浮く二体の内一体が、強い電撃を渦の底へと飛ばしてきた。
 渦の底から自分までの距離は狭まっていた。抱え込んでも、子供が痛みでがくがくと震えた。自分にとっても痛みは強いものだった。
 出なくてはいけない。子供が殺される前に。
 子供を抱え込んだまま、体をうねらせて、一気に水上へと飛んだ。
 強い電撃が来て、子供に直撃しないように背中で受け止める。
 子供がびくびくと震える。堪えてくれ、後少しだけ。
 水上に出た。暴風と雷が異常に激しかった。
 そして、目の前に居たのは今まで見た事の無い、二体の姿形が似た、下半身が雲に包まれているポケモンだった。
 片方は電撃を体からばちばちと出していた。もう片方は、風を纏っていた。二体とも、にやにやと自分の方を見ていた。
 逃げよう。二体も同時に、子供を守りながらこんな嵐を起こせる力を持ったポケモンと戦う何て、不利に決まっていた。
 雷を司っている方が、自分に手を向けて来た。ばちばち、とその手に電撃が集中していく。
 風を司っている方も、自分に手を向けて来る。ぎゅるぎゅると、その手に暴風が纏われていく。
 神速で逃げた。直感的に、危険過ぎるものが迫っていると分かった。塔の中に逃げ込もう。
 背中に雷を受けて、一瞬怯んだ。塔まで後少し、逃げ切れ。
 けれども、中へ入る前に暴風が体を襲い、塔の壁に叩きつけられた。
 子供は……大丈夫。離していない。けれども、神速で放した距離は詰められてしまった。
 戦わなければいけないのか? 守りながら、この強力な二体を倒さなければいけないのか?
 何度も子供を電撃から庇い、更に壁に叩きつけられた背中は痛んでいた。
 子供もぐったりとしている。体力はもう無い。
 また、二体から手が向けられ、咄嗟に破壊光線で雷を司っている方を遠くに吹き飛ばした。
 すると、もう一体の表情が変化した。
 悪戯しているだけなのにこんな事までするか、と言ったような、とても吐き気のする怒りの顔だった。
 向けられた手が、握られた。抱えている子供が暴れ出した。
 何、を。
 体は破壊光線の反動で思うように動かなかった。
 やめてくれ。俺になら何でもして良い。子供だけには。
 背中を向けようとも、子供は痛みで暴れ続けた。何かしらのエスパータイプの技を使っていた。
 直接叩きのめさなければ、この攻撃が止む事は無い。
 動くようになった体で、距離を一気に詰めて尻尾の一撃を見舞う。当たらなかった。
 振り向いた時、怒りの顔は嗤いになっていた。柔らかく握られていた手が、一層強く握られた。
 その瞬間、子供が、ぷつり、と力を失った。
 え、あ。嘘、だ。



 冬がやっと過ぎようとしていた。
 マフラーを付けていると、流石に暑いと思う位だ。カイリューもウインディに抱き付く事は少なくなり始めていた。
 ウインディを連れながら、仕事で外を歩いていると街灯のテレビが目に入る。
 緊急らしきニュースを伝えていた。
 いきなり嵐が発生して、気象予測が全く頼りにならないような軌道を描きながら様々な場所を移動しているらしい。
「ポケモンの仕業か?」
 ウインディに聞くと、そうだろうと言うように頷いた。
「こっちまで来なきゃいいけどな……」
 カナワタウンやセッカシティがもう被害を被っているとの情報を聞きながら、俺はそこを後にした。
 カイリューの事が気になったが、まあ、大丈夫だろう。
 嵐だろうとあいつから空すらも奪う事は出来ないだろうし。


  [No.3804] カイリューが釣れました 9 投稿者:マームル   投稿日:2015/08/22(Sat) 13:24:55   105clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:カイリュー】 【ウインディ

 電車から降りて、スマホを確認すると、電話が来ていたのに気付いた。
 ……妻からだ。
 一体、何故。
 メールも来ていた。題名は、至急、連絡を。本文は無し。
「……」
 何だと言うんだ。
 電話を掛けてみる。すぐに出た。
「今どこに居る?」
 二年振りに話す最初の言葉がそれかよ、と思いながらも俺は、その切迫した声に真面目に答えた。
「家から最寄りの駅の中だけど」
「出来るだけ頑丈な……近くにビジネスホテルあったでしょ、トレーナー用の。そこに入って。嵐がそっちに近付いて来てる。去るまで出ないで」
「……何でそんなに焦ってるんだ?」
 薄々勘付きながらも、質問した。
「カイリューの夢を分析して見たわ。
 トルネロスとボルトロス。そいつらにカイリューの子供のミニリュウが殺されてた」
「トルネロスとボルトロス? どんな姿だ?」
「殺された事も分かってたのに、伝説のポケモンや嵐に原因があるかもしれないって分かってたのに、そこまでは調べてなかったの? 下半身が雲に包まれてる、姿形がそっくりな二体よ」
 俺の夢に限らずカイリューの夢までムシャーナを通してやっぱり見ていたのか、と思いながら答えた。
「調べようと調べなかろうと、もう変わらない気がしてな」
 ウインディも、勿論ココドラも、伝説のポケモンには到底及ばない。それにカイリューが復讐を考えていたとしたならば、俺に止める術も無い。ココドラとウインディでやれば、出来るかもしれないが、する気も余り無いというのが本音だ。
「ああ、そう……」
 少しだけ間を開けてから、また堰を切ったように話し始めた。
 歩きながら、俺は耳を傾ける。
「それで、今回の嵐もそいつらが関わってる。ニュースでやってた。
 そして、最新のニュースでは、ソウリュウシティを通過したらしいんだけど、ジムリーダーのカイリューだけが半殺しにされたわ」
 ……。
「既に通った場所でも、リュウセンランの塔は半壊して、湖の水が巻き上げられて酷い事になっているみたいだし、カイリューに似た容姿のポケモン、やドラゴンタイプのポケモンも酷く痛めつけられてる。
 貴方の所に住んでるカイリューが、子供を殺された後何をしたのかまでは夢の中からは分からなかった。
 けれど、これだけは確かよ。
 トルネロスとボルトロスは、そのカイリューを探してる」
 それから先は、聞かなかった。
 地平線の先から、嵐の雲が物凄い速さで近付いて来ていた。
 駅の前に、そのカイリューが居た。映っているテレビを真ん前で見ていた。
 耳から降ろしたスマホから振動が伝わって来る。
 電話を切った。電源も切った。妻は、別居しても俺の事を大切に思ってくれている。ただ、俺自身が危険に陥ろうとも、曲げてはいけない事だってあるのだ。
 ただテレビを見ているカイリューだが、警察が近くに来ていた。
 捕獲する準備も出来ているのだろうか。俺はカイリューに近付いた。
 テレビでは、嵐の情報を流していた。明らかにこちらに近付いていた。
「……復讐するのか?」
 カイリューは俺の姿を見止めたものの、何も反応を示さなかった。
 ……ドラマとかで良く、復讐を遂げようとする人に対して説得する人が、復讐する事を子供が望んでいるか? とか、そういうシーンを見る事がある。
 ただ、そんなものをカイリューに言ったって無駄だろう。実際にそんな事があろうと、そんなセリフで復讐が止まる事もあるだろうか。無い気がする。
 結局の所、復讐とは自分がやりたいからやるものだ。特に、自分の最愛がもう、この世に居ない場合。
 そして復讐を遂げた所で、何も得られない事を、カイリューは分かっている気がした。
 カイリューが後ろを振り向いた。嵐はどんどん近付いて来ていた。まだ遠いが、その激しさはこの距離からでも分かる。
 ふわり、とカイリューは飛び上がる。その顔からは、何も読み取る事は出来なかった。怒りが限界を越えて、何も表情が浮かんでいないのか、そんな気もした。
 嵐の方へ飛んで行く。警察が近寄って来た。
「放し飼いは困りますよ」
「捕まえてないんですよ。あいつは俺の家のただの居候です」
 唖然とされた。
「では」
 ウインディをボールから出した。出した瞬間から、嫌そうな顔をされる。
 長い付き合いだ。俺がこれから言う事も分かってるんだろう。
「カイリューを追ってくれ」
 分かったよ、と渋々と言ったようにウインディは俺を乗せて走り出した。
 可愛げが無かろうと、俺の指示には従ってくれる、良い奴だ。
 そして、見届けなくてはいけない、と俺は強く思っていた。自分でもそう思う理由は良く分からない。
 単に強者同士の戦いを見たいから? それも無いとは言えなかった。
 子を喪ったポケモンが、どんな道を辿るのか、知りたいから? 強い理由では無い気がした。
 単なる居候とは言え、ここまで深く関わってしまったカイリューを放っておく事は出来なかった? 強い理由かもしれないが、だったら何故俺は、ウインディを鍛えたりしなかったのだろう。トルネロスとボルトロスにまで辿り着かなかったんだろう。
 似た者同士だったように思えたから? 結局の所、それが一番強い理由かもしれない。

 町の郊外に出る頃、カイリューの姿はほぼ点になっていた。
 ウインディは走り続けるが、少しだけ速度が落ちていた。
「巻き込まれない位の位置で良い」
 俺だけでももっと近くに行こう。
 どうしてそこまでしたいと思っているのか。
 カイリューに俺は傾倒しているのだとは分かっていても、何故、まではやはり、はっきりとは分からなかった。
 やはりそれも、強いから、という単純な理由かもしれない。
 畑が過ぎて行き、何もなくなっていった道をウインディは走って行く。良く見る野生ポケモンは嵐に怯えているのか姿を全く見せなかった。
 雲の中から雷の光が見えた。感じる風が強くなって行く。雨が降り始めた。
 ウインディが躊躇い始めた。カイリューは小山の上で止まっていた。カイリューとの距離も狭まりつつあった。
「……これ以上は行きたくないか?」
 ウインディは止まった。
 俺としてはもう少しだけ行って欲しい所だったが。
 俺はウインディから降りた。
「逃げても良いぞ。俺は歩いて帰るから」
 そう言うと、仕方なくと言ったように付いて来た。

 雷が落ち、カイリューに直撃した。息が詰まるが、カイリューは怯んだ様子も無く敵を見つけたようで神速で、雲の中へと突っ込んでいった。
 雷が一層激しく鳴る。時には躱し、時には身に受けて、カイリューはすぐに見えなくなった。
 雲の中で戦っているのがはっきりと分かる。ばちばちと雲から雷が漏れている。カイリューの攻撃か、破壊光線の光が雲を突き抜けて遠くまで何度も飛んで行く。
 雲の中、それは嵐を司る伝説のポケモンの最も得意なフィールドだろう。なのに、カイリューはそれでも勝算があると思っているのか。
 あり得るかどうか、相手は伝説だ。それを踏まえてもあると思っているのか。
 カイリューは普通のポケモンと比べても賢い方だ。そうでなきゃそうしないだろうけれど、怒りや恨みといったものが思考を惑わさせている可能性も俺には否定出来なかった。
 雷が一層激しく響き、雲の中から何かが落ちて来る。
 ……カイリューだ。段々と姿が見える高度にまで、動かないまま落ちて行く。体から煙を上げて、その体も焦げていた。
「……おい」
 殺される、と思った。茫然としていると雲の中からその二体が出て来た。
 猛スピードでカイリューに迫って行く。二体がカイリューに手を向ける。
 あのカイリューがこのままやられるのか? 二体は何も傷を負っているようには見えない。
 信じられない、とも思った。それ程、あの二体は強かったのか。
 手から雷と、竜巻が飛んだ。しかし、その瞬間カイリューは動き、その二つを躱し、技の後の隙につけ込み、雷を放った方の首を掴んだ。
 そしてそのまま顔面に、ゼロ距離で破壊光線を放った。

 がくり、とそのポケモンが力を失った。一撃で、ポケモンバトルで言えば、戦闘不能になっていた。
 けれども、これは人が指示する、明確なルールのあるポケモンバトルじゃなかった。
 風を司っている方、多分、トルネロスが怒ってカイリューに攻撃を仕掛けた。それを、カイリューは戦闘不能にした方、多分ボルトロスと言う方だろう、を盾にして防ぎ、更に顔面を殴りつけた。ボルトロスは体を震わせただけで、もう動かなくなっていた。
 カイリューは叫んでいた。
 雄叫びでは無かった。俺に背中を向けていてその表情は分からなかった。けれど、涙さえも流している気がした。
 トルネロスが、今度はカイリューに何か攻撃を仕掛けた。
 見えない攻撃のようで、カイリューが苦しみ始める。多分、エスパータイプの技だろう。
 しかし、苦しみながらも、カイリューはトルネロスに近付いていった。トルネロスは一定の距離を保ちながら、その技を仕掛け続けた。
 ただ、神速を使われては、その距離もすぐに無いものになった。
 ぐるり、と体を回転させ、尻尾の一撃を見舞う。トルネロスはそれを下へ避けた。その直後に放たれた破壊光線も、ギリギリで避けた。
 反動でカイリューの体が鈍る。すかさずと言ったように、トルネロスがまたエスパータイプの技を仕掛けた。
 ただ、位置関係は、カイリューが上で、トルネロスが下だった。
 反動、攻撃で動けなくなったカイリューがトルネロスへ落ちて行く。
 トルネロスが慌ててそれを避けた。その隙を、カイリューは見逃さなかった。反動の時間が終わり、そしてきっと攻撃もその隙に弱ったのか、カイリューの体が驚く程スムーズに、しなやかに動いた。
 体を回して、尻尾の一撃がトルネロスに当たる。
 トルネロスは地面へと墜落して行った。
「……行こう」
 ウインディに言った。
 ウインディには乗らずに、ただ、一緒に歩いた。
 コドラを連れて来なくて良かったと思いもした。これから起きる事は、子供には絶対に見せない方が良いものだ。
 嵐は、まるで幻だったかのように、今はもう霧散していた。雨は止み、雷の音は全く聞こえなくなっていた。夕日さえも見えていた。

 カイリューの叫び声が、小山を登っている最中から聞こえて来た。
 そして、殴っている音も。
 ウインディが顔を顰めた。きっと、血の臭いを感じたのだろう。
「……中に居るか?」
 ウインディは首を振った。
「分かった」
 そして、辿り着いた。
 ……既に、その二体は原型が無かった。肉も骨も、ぐちゃぐちゃになった何かでしかなかった。カイリューが、叫びながら、泣きながら、もう原型の無いものをひたすら叩き潰していた。
 俺も、子を誰かの手によって喪ってしまったとき、こうなってしまう可能性があるのだろう。
 いや、父親になったならば誰だってそうなのだろうか。
 そのカイリューの姿に俺は怯えもしたが、自分自身に恐れも抱いた。
 その時、その肉塊が光り始めた。
 え、と言うようにカイリューが動きを止める。光はカイリューの手に付いている血からも出ていた。
 光は肉塊を包んで浮き始めた。カイリューが一層強く叫び始めた。
 きっと、これは、そういう事なのだろう。カイリューもきっと、分かっている。
 テレビの中の人が言っていた事だ。伝説のポケモンは、転生する可能性がある、と。
 殺しても、完全にこの世から消滅させる事が出来ない。ふざけるな、とカイリューは叫んでいた。
 光を掴もうとしても、ただ透けるだけだった。カイリューの体にこびりついた肉や血は今はもう、全て綺麗に失せていた。
 空へと光が飛んで行く。カイリューがそれを奪おうと飛び上がろうとして、がくりと膝を折った。体力はもう、無いのだろう。
 そして残ったのは、カイリューの傷跡だけだった。

 納得しきれないように、カイリューは地面を叩きつけていた。
 皮肉な事に、雨雲はもう一つたりとも無かった。濡れた木の葉が夕日を浴びて輝いていた。
 カイリューの傷跡と、荒らされたこの場所だけが、あった事を生々しく映していた。
 そしてやっと、カイリューが俺とウインディに気付いた。その顔に一瞬恨みが浮かんだように思えたが、それもすぐに失せた。
 そしてカイリューは、ただ、泣き始めた。
 俺とウインディは、立ち尽くすだけだった。その一瞬の恨みは、見間違いじゃない。ウインディの脚もがくがくと震えているのがその証拠だ。
 けれども、それが一瞬で消えたのも同じく見間違いじゃない。
 カイリューは、もう、地面を叩きつけてはいなかった。子供が泣いているように、ただ感情をぶちまけて泣いていた。
 そして、倒れた。気絶していた。
 やはり、そのボロボロな体を見る限り、ダメージは大きかったのだろう。そして、精神的な負担も。
 空のハイパーボールを取り出した。
 ウインディもそれを見つめる。
「……いや、やめておこう」
 どうするのがカイリューにとって、一番良い事なのだろう。ボールに入れてポケモンセンターに連れて行くのは、最善では無い。特に、勝手に気絶している最中に俺のポケモンにすると言う点で。
 治療すべきなのか、しないべきなのか。傍に居るべきなのか、居ないべきなのか。
 俺の思った最善を通して良いのだろうか。それすらも分からない。
 悩んだ末に、ハイパーボールを仕舞い、元気の欠片と回復の薬を取り出して、カイリューに近付く事にした。俺の思った最善は、最悪じゃない事は確かだろうと思いながら。
 カイリューの涙の痕が、やけに印象的だった。


  [No.3806] Re: カイリューが釣れました 9 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2015/08/22(Sat) 21:30:18   56clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

タイトルのポヤポヤほのぼのした空気と内容が全く違ってました。
男というか親の生き様というか。
ココドラの親が来るあたりとか、どう言ったらいいのかわかりませんが好きです。
カイリューの過去回想の辺りと伝説のポケモンが死なない辺りが後味悪くてまた素敵。
伝説のおっさん二匹が嫌いになりそうw
それでも仇を討とうと必死に戦ったカイリューはカッコいいです。


  [No.3807] Re: カイリューが釣れました 9 投稿者:マームル   投稿日:2015/08/22(Sat) 22:40:49   53clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

感想ありがとうございます。

何故カイリューが付いて来たのか、という事を考えたらこんな展開が勝手に浮かんできて、まあその通りに書いたものがこれでした。
後、伝説ポケモンでも不死じゃないだろう? みたいなものを考えれば、こんな感じになるかなぁ、と。
カイリューに対しては、うーん、自分でも理想なのか、恰好良さを考えたのか、良く分かりません。子を殺された父親、という設定は最初からだったんですけど、まあ、あんなキャラクターになりました。
プロットとかも碌に考えずに頭の中に浮かんだものを、ただこの返信フォームで文字に起こして直接投稿しただけのものですが、楽しめていただけたら幸いです。


後一話、投稿する予定なんで、よろしくお願いします。


  [No.3808] カイリューが釣れました 10 投稿者:マームル   投稿日:2015/08/23(Sun) 13:50:35   124clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:カイリュー】 【ウインディ

 空が黒くなり、焚火を付けた。
 星が見えている。一通りの治療を終えても、夜を迎えてもカイリューは目を覚まさなかった。
 俺とウインディは、ただカイリューが起きるのを待った。
 ココドラは夜飯を家で待っているのだろうか。
 小さい体だから、外にも出れるようにしてあるし、どこかの廃材を勝手に食ってるかもしれない。
 ふぅ、と俺は息を吐いた。空腹もあったが、それ以上に緊張していた。
 カイリューが起きた時、どう声を掛けようか。結構悩んでいた。
 寧ろ、俺にとってはここからが本番かもしれない。

 日が完全に沈んでから、暫くした頃。カイリューが目を覚ました。
 腕時計では8時を過ぎていた。
「……起きたか」
 目を擦り、疲れたような目で俺とウインディを見ていた。体を起こすと、木に凭れて口を開け、体の力を抜いた。
 復讐は終わった。納得出来ない形であろうと。
 転生する時がどれ位の時間経った後なのか、そして転生したとしても転生前の記憶を持っているかも分からない。
 誰も実証した人は居ない。
「なあ」
 俺は、カイリューに言った。
「前に進む気は無いのか?」
 どういう意味だ、と言うようにカイリューは首を傾げた。
 俺は、唾を飲み込みたくなる気持ちを抑え、なるべく平静にしながら言った。
「忘れろ、とは言わないけれど、新しく子を育てたりとかをするつもりは無いのか?
 失った物ばかりを悔やんでいても、何にもならないだろう」
 これもまた、ドラマでありそうな陳腐な台詞だ。
 しかし言えば、怒るかもしれないと俺は思っていた。けれどもカイリューは、そうか、と言ったように空を眺めただけだった。
 何だろうか。それは、復讐を終えた後の典型だった。
 気力も何も、カイリューからは無くなっていた。ただの抜け殻のようだった。今までカイリューを傍でかなりの間見て来たが、そんな風になる程、復讐だけの為に生きていたとは思えなかったのに。
 俺は、それ以上何も言えなかった。
 反応は何も無いに等しく、それを予想してなかった俺はどうすれば良いのか、分からなかった。
 ……引っ張るべきだろうか。
 そう、思った。今まではただ、見ているだけだった。肉体の強さからしても、そして身に受けて来た経験も、俺やウインディとは、カイリューは別物だった。
 雷に打たれようが嵐に揉まれようが平然として居られる強靭な体も持っていなければ、子を喪ったような壮絶な経験もしていない。
 俺はカイリューと似ていると思ったとは言え、それはカイリューが大人向けの本だとしたら、俺はそれを分かり易く噛み砕いて内容を簡易化した絵本のようなものだった。
 そんな俺が引っ張っても良いのだろうか。
 前を向いて生きてみろよと、カイリューを無理矢理引っ張っても良いのだろうか。
 ……いや、資格のある無しじゃないものか、これは?
 悩んでも、正答のあるもんじゃなかった。
 こういう時、悩んでしまう自分である事にちょっと後悔を感じる。直感で動ける人間だったらいいのに。
 決める、か。
「ここに居ちゃあ、色々不便だからな」
 耳は傾けているものの、カイリューはぼうっとしたままだった。
 ハイパーボールを取り出して、軽く下から投げた。
 反射的に、カイリューはそれを掴んだ。捕まらないように、反射的に身に付いたもののように思えた。ボールはあの時と同じく、見事に反応していない。
 カイリューはそれをまじまじと眺めてから、また、俺にボールを返して立ち上がった。
 ただ、初めて出会った時とは違い、カイリューは俺を見つめて来た。
 気怠そうな、気力の無い顔であるのは変わらない。けれど、身振り手振りも無いが、もう一度投げて来いと言っているように思えた。
 付き合ってやるよ、と言った仕方なく、みたいな事なのかもしれないが、俺はもう一度、返されたボールを投げた。
 そして、カイリューは今度は何も抵抗せず、ボールに入った。ボールは震える事もなく、カチッ、と音を立てた。
 出して、言う。
「帰るぞ」
 言うと、カイリューはゆっくりと頷いた。もう一度カイリューをボールに入れて、焚火を踏み消し、ウインディに乗る。
「ありがとな」
 ウインディは答える事無く走り出した。
 小山を抜けると、早速街灯が見えた。


 スマホの電源を入れないまま、結局家まで戻って来た。
 すると、懐かしい光が見え、恐怖も覚える。
「ウインディ……」
 ウインディの足も止まった。
 見えたのはシャンデラの光。その炎に焼かれたら、永遠にこの世を彷徨うとか言われている恐ろしいポケモン。
 事実かどうかは、そうでないと思いたいが、事実らしいのが更に困る。
 同じ炎タイプのウインディでさえ、少し恐れる程だ。
 妻は、俺を見止めると怒ったようにして歩いて来た。隣にはムシャーナも居た。
「何で、電話切るの。どれだけ心配と思ってるの」
「いや……」
 言い淀んでいると、はぁ、と妻は一息吐いてから、また言った。
「無事だった事は良かったわ。で、どうなったの?」
 余り言い辛い事だが、きっと話さないと家にも入れないだろう。
 単刀直入に言う事にした。
「カイリューは、トルネロスとボルトロスを殺した。トルネロスとボルトロスは光になって消えた。カイリューは俺の手持ちになった」
 沈黙が、流れた。
「はぁ?」
「詳しくは、後で話すよ」
「殺したって何よ」
「伝説のポケモンは生き返るらしいぞ」
「知ってるけど、それは仮説でしょうよ」
「実証されたようなもんだ。それに、な。子供を面白半分に殺す様な伝説だぞ。それに、今回どれだけの被害が出たんだ? 俺は知らんが、かなり出ただろ」
「う……」
 人も少なからず死んだだろうし。
「……それに、まあ、俺も、お前と話したい事がある。
 取り敢えず、中に入ろう。腹も減った」
「分かりました、よ」
 シャンデラの炎が燃え盛らなかった事に内心ほっとしつつ、ふと、思い出した。
 掃除を余りしてない家の中、特に、ウインディの毛だらけになったベッド。俺は、青褪めた。

* * * * *

 卵が動いていた。
 カイリューはそわそわとしている。その顔は、少し複雑そうでもあった。
 やっぱり、思う所はあるのだろう。
 リュウセンランの塔に見舞いに行った時も、カイリューの気分は重いままだった。まあ、その時にハクリューからカイリューに進化していた、今のカイリューの番になったあのトレーナーとまた会った訳だが。
 俺は何も言わなかった。引っ張ると言っても、やった事は連れ回しただけだ。ココドラも一緒に。
 仕事の時も、休みの時も、ボールから出して連れて歩いた。
 バトルもしたし、釣りもしたし、色んな物も食った。ココドラはコドラに進化して、今ではカイリューでも持ち上げるのが少々辛い位の重さになっていた。
 玉鋼を食わせると、今までにない光悦とした表情になっていたのは忘れられない。
 俺も、妻と仲直りした。やっとの事だ。ウインディがベッドで寝る事も無くなった。その後家具屋に行ったら、ふかふかのでかいクッションに陣取られて買う羽目になったが。
 こいつは甘やかすと碌な事が無い。
 それと結局、原因となった事に対しては、子供には、十分に大きくなってから、両方の主義主張を聞かせて選ばせようという事になった。
 たった一つの、カイリューに比べれば些細な事で俺と妻は止まっていた。そしてヨリを戻せたのも、今となってはカイリューのお蔭かもしれないと思う。
 そんな色んな事があって、カイリューはゆっくりと気力を取り戻していったように見えた。
 子を喪った傷跡は残ったままであれど、顔も段々と活力のあるものになっていき、色んな事を楽しむようになっていった。
 時間が解決してくれる。結局の所、そんなドラマで言われるような事は、現実で起きない事もあれば、起きやすい事もあったりもする。

 ウインディも、この頃休みの日は勝手にどこかへ行っている。帰って来る時の寂しそうでも満足げな顔からするに、どこかで逢瀬でもしてるんじゃないかと思う。
 今もここには居ない。どこかで多分、あれこれしてるんじゃないだろうか。
 コドラは今も、食っちゃ寝ばかりだ。日向で今も寝ている。
 カイリューが空を眺めて緊張を解そうとしていると、卵が激しく動き始めた。
 ぴき、ぴき、と皹が入り、殻が割れて行く。そして、半分程が割れて、中からミニリュウが顔を出した。
 カイリューは少しだけ固まっていたが、何かを決めたような顔でミニリュウを持ち上げて顔を近付けた。
 その顔は、吹っ切れていた。
 俺が今までに見た事の無い、陰は僅かにあるが、とても快活な顔だった。


  [No.3810] Re: カイリューが釣れました 10 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2015/08/23(Sun) 19:13:11   67clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

完結おめでとうございます。
似た者同士でも、自覚していても、ステレオタイプな言葉しかかけてやれない。
そんな主人公の気遣いが切ない。
それでも主人公のカイリューへの気遣いや、主人公の奥さんが主人公を心配していたように、誰かの優しさはあるんですよね。
立ち直ってもどこかに影のあるカイリューで終わるのが、引きずらされる&余韻をもたせてくれるなあと思います。
静かで激しいドラマという感じの、素敵なお話でした。いろんな愛のお話かなあ、とも思ったり。
大人向けの本と絵本という、カイリューと主人公の対比と例えが好きです。
あと個人的に、投げたボール掴んで返してくるカイリューの描写が異様にツボでしたw
絵面想像すると可愛すぎるw


  [No.3812] Re: カイリューが釣れました 10 投稿者:マームル   投稿日:2015/08/23(Sun) 22:31:48   94clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

感想ありがとうございます。
自分でも、勢いで書いたのでこれがどんなテーマを持って書いたのか良く分かってないんですよね。
何かしら、確固たるテーマみたいのはあると思うんですけど、自分自身でも分からない内に完結しました。
どうしてこんな結末になったのか、どうしてこんな流れで、このキャラクターがこういう配置になったかすらも、僕には余り分かってないです。
まあ、本当にそんなものでしたが、読んでくださってありがとうございました。



脳内設定。こんなレベルのカイリューが釣れる訳ないとかそういうのはナシで。
カイリュー  Lv85 ♂ さみしがり
はかいこうせん ドラゴンテール しんそく ?
 
ウインディ Lv47 ♂ のうてんき
しんそく インファイト ? ?

ココドラ Lv8 → コドラ Lv28 ♂ ずぶとい 
がむしゃら ? ? ?