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  [No.3792] にじのタマゴ 投稿者:Ryo   投稿日:2015/07/29(Wed) 19:18:01   49clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

二匹のポケモンが一緒にいると、いつの間にかタマゴが現れるという、ふしぎな庭。
そこへやって来たのは、アチャモの男の子と、ポッチャマの男の子でした。
二匹は朝から晩まで一生懸命にタマゴを探すのですが、全くタマゴは見つかりません。
さあ、二匹はタマゴを見つけることができるでしょうか?


  [No.3793] 1.僕たちの話 投稿者:Ryo   投稿日:2015/07/29(Wed) 19:21:30   84clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

そのポッチャマは、白いペンキが剥げかかった木の柵にもたれて、夕焼け空をじっと見上げていました。
昼間はあんまり眩しくて目を向けることもできないのに、こうして夕方になると太陽は少しだけ光をおさえて、その本当の姿を少しだけ地球の生き物たちに見せてくれます。白い雲が通りかかって溶けかけたアイスクリームのようになった、白くて真ん丸なその星を見ているポッチャマの目は、なんだか寂しそうでした。
ポッチャマは大きく伸びをすると、背中を柵につけたまま、ぺたりと座り込み、大きくため息をつきました。ポッチャマの見ている先には、彼の背丈ほどの花畑が植わっていましたが、その花畑はよく見れば、あちこち踏み倒されていたり、掘り返されていたりして、ずいぶんひどい有り様でした。さらにもっとよく見てみると、柵の内側の地面には足あとだらけ。綺麗な水がはってあったらしい小さな池の水は半分くらいになっています。緑の芝生がしきつめられていたらしい場所はほとんど茶色くなってしまって、足あとがついていない地面がほとんどないほどでした。
たくさんの足あとは、どうやら二匹のポケモンによってつけられたものでした。ひとつは小枝をあちこちに落としたような形で、もうひとつは大きな葉っぱを丁寧に押し付けたような形をしています。葉っぱのような足あとの主はもちろん、このポッチャマ。そして、小枝のような足あとの主のもう一匹は、ポッチャマのいる柵のちょうど斜め向かいの、小さな花をつけた木の影から黄色いトサカをのぞかせて、疲れた様子のポッチャマを見つけると嬉しそうに駆け寄っていきました。ポッチャマも座ったまま、そのポケモンに小さな羽を振って迎えます。ポッチャマの横にちょこんと座ったそのポケモンは、アチャモの男の子でした。

「ねえ、今日は見つかった?」
「ううん、今日もダメだった…」
「そっか…ボクもだよ…」

二匹はささやくような声で何かを確かめ合うと、お互いの答えを聞いて、同時にため息をつきました。アチャモのトサカが元気のなくなったナゾノクサのようにへたりと倒れ、それを見たポッチャマは悲しそうにうつむきました。
二匹は隣り合ってくっついて、柵にもたれて座っています。時々柵の外側にある真っ直ぐな道を通る人間やポケモンが、珍しそうに二匹をちらっと見たりしながら忙しげに通り過ぎていきます。
ポッチャマは外のことなんか気にならず、ただアチャモのしっかりした足をじっと見つめていました。この柵に囲まれた小さな庭でも、ポッチャマの足では端から端まで行くのによちよち歩きで500歩くらいかかります。アチャモの足ならその半分もいらないで、あっという間に一周回って戻ってこられるでしょう。四本の強い爪がついた足は、どこまでだって走っていけそうで、いつでもポッチャマの憧れでした。
「僕もそういう足が良かったな」
ポッチャマが悲しげに言います。するとアチャモはすぐさま
「ボクはね、キミの羽のがうらやましいよ」
と返事をしました。ポッチャマはそれを聞いてどこかホッとしたような顔をします。きっとこのやりとりは、二匹の間で何度もくり返されてきたのでしょう。
「でも僕の羽、飛べないじゃないか」
「キミのは飛ぶんじゃなくて泳ぐ時の羽でしょう?ボクちっとも泳げないから、泳ぐってどんな感じかなって思うし、キミは泳げてすごいなって思う」
アチャモは早口で、一生懸命ポッチャマを励まします。ポッチャマはその間にアチャモへの励ましの言葉を考えていたようで、アチャモの言葉が終わるのを待つように、こう返しました。
「…ありがとう。僕も君みたいに思いっきり走ってみたらどんなに楽しいだろうって、よく思うよ」
「走るの気持ちいいよ!ビュンビュンって!まわり全部見えなくなるの、すごいよ!」
アチャモはトサカをピンと立て、肩のまわりの可愛い小さな羽をふわあっと膨らませて一息に答えました。アチャモのその様子を見たポッチャマは本当に嬉しそうな顔で、ほうっと息を吐きました。

「…もしも…もしも、さ」
少しの沈黙の後、アチャモがためらいがちにポッチャマに話しかけます。
「ボクとキミのタマゴが見つかったとして、ボクの足とキミの羽がついてたら、最高だよね?」
少し震える声でそう言ったアチャモの瞳は、木々の間に落ちる夕陽の最後の光を受けて、湖のように輝いていました。
その輝きを受けたポッチャマは、かなしばりにかかったようにしばらくアチャモを見つめていましたが、やがてゆっくりまばたきをしながらうなずいて、
「うん、きっとどこにでも行けるポケモンになるね」
と、返事をしたのでした。

***

―「本当になんにもしないでも、タマゴがいきなり見つかるの?」
「ええ、なあんにもしないでいいの」
それは二匹がここにやって来る少し前のことでした。人間のご主人や他のポケモン達と一緒に夕食をとっていたポッチャマは、一緒に旅をしている仲間で一匹だけタマゴを見つけたことがあるポケモンであるライチュウに、何度も何度もこういう質問をしていました。
「あの柵に囲まれた小さい庭に、二匹でただ一緒にいればいいの。そうしたらいつのまにか、そばにあるのよ」
このライチュウはたいそう優しい性格で、例えそれが食事の時間でも、前に答えたことのある質問でも、自分が食べるのを止めていくらでもこの熱心なポッチャマに付き合ってくれたのでした。特にこの話―ライチュウがタマゴを見つけたまさにその瞬間の話は、ポッチャマだけでなくアチャモもお気に入りで、二匹とももうすっかり覚えてしまったのですが、この時もまた、ポッチャマはいつものようにその話をしてもらいました。
「そうねえ、あの日はお日様が気持ちよかったから、少しうたた寝してしまったの。まわりはみんなお花に囲まれてて、暑すぎも明るすぎもしない、気持ちいい場所だったわ。どのくらい眠ってたかは覚えていないけど、目を覚ましてもお日様はまだ空の高いところにいて、起き上がったらすぐ横に、この子のタマゴがあったの」
ライチュウはそこで決まって、そのコッペパンのようなふかふかの暖かい手で、見つかったタマゴからかえったピチューの頭を優しくなでるのでした。
「にいたん、おんぶ」
ピチューがあどけない声でポッチャマに両手を差し出します。ポッチャマはくるりと背を向けてかがむと、小さいけれどしなやかで強い羽でピチューをその背に持ち上げました。ピチューが歓声をあげ、テーブルで食事をとっていた人間のご主人が微笑みます。
「ねえライママ、一緒にいた相手のポケモンはー」
アチャモがそこまで言いかけて、はっとした顔で口をつぐみました。ポッチャマも不意をつかれたように真顔になりました。ピチューの笑い声がやみました。アチャモの頭をパシリと大きな灰色の翼が叩き、アチャモとポッチャマは同時に目をぎゅっとつむりました。
「やめておけ」
それだけ言ってアチャモをにらみつけているのは、この旅仲間のリーダーであるムクホークでした。とても無口で厳しい性格で、敵には全く容赦しないので、ポッチャマやアチャモにとっては、頼れるけれど近寄りがたくもありました。
そんなリーダーに叱られたことでアチャモはすっかりしおれてしまい、
「ごめんなさい」
と、ライチュウに頭を下げました。
「いいのよ、ムク」
ライチュウはやっぱり笑って、しみじみとした様子で首を振りました。
「確かにタマゴが見つかってからあのピクシーとは会っていないけれど、彼は別に私やこの子のー」
ライチュウはそこで言葉を切って、ポッチャマとピチューの方を見やりました。ピチューは不安そうな顔で小さくふるえ、ピリピリした痺れと痛みはポッチャマの体まで伝わっていました。
「ううん、やめましょう。とにかく、今はこの子が私にとって一番大事だから」
ライチュウは目を閉じ、誰にともなくそう言うと、
「さあ、おいで、かわいい坊や」
と、さっきまでの笑顔を取り戻して両手をポッチャマの方に広げました。ポッチャマがそっと腰を下ろすと、「坊や」はとん、と一瞬だけ地面を踏んで、ライチュウの腕の中に思い切り飛び込みました。
「おんぶしてもらってよかったねぇ。楽しかった?」
「うん!」
ピチューはモモンの実のようなほっぺをライチュウのふわふわの胸元にすり寄せてうなずき、全身でそのぬくもりを感じているようでした。

何にもしなくても、一緒な庭に二匹でいるだけで、タマゴが見つかるということ。
それは、ピチューにとっては、ピクシーもライチュウも本当の家族ではないかもしれない、ということです。このピチューが本当はどこからやって来たのか知っているポケモンは、だれもいません。けれど、もしもそれを誰かがピチューの前で言ってしまったら、ピチューの小さな心はきっとこわれてしまうでしょう。そして、そうしてピチューの心がこわれてしまわないよう思いはからっているライチュウがピチューの「ママ」ではないなんて、誰がどうして言えるでしょうか。
ライチュウがポッチャマたちに話してくれた、どこからかやってくるふしぎなタマゴの話。ライチュウがピチューを本当の子供として可愛がっている姿。それが、ポッチャマとアチャモがここへやって来た理由でした…

***

「―ねえ、起きて。起きてよ。アオ…」
柵にもたれて座ったまま、いつの間にか眠ってしまっていたポッチャマに、アチャモが小声で呼びかけています。
アオ、と呼びかけられたポッチャマは、よっぽど疲れていたのか、なかなか夢から覚めません。
「アオってば!」
左のほおをくちばしで軽く小突かれて、やっとアオは目を開けました。
「うーん、どうしたの、ヒバナ…」
どうやら旅仲間のライチュウが仲間たちから「ライママ」と呼ばれるように、ライチュウがムクホークのことを「ムク」と呼ぶように、この二匹には、人間のご主人には秘密の、お互いだけの呼び方があるようです。アオが両目をこすっていると、ヒバナがしきりにくちばしで、柵の向こうを見るよう示してきました。そしてアオがそちらに顔を向けるとーなんと人間のご主人がいるではありませんか!
二匹はあせりました。もしかしたら人間のご主人は、僕らを連れ戻すつもりでやってきたのじゃないだろうか。もうすっかり暗くてよくわかりませんが、庭の入り口に建っている小屋の明かりは、小屋の側にいる二人分の人間の姿をぼんやり照らしています。一人はアオとヒバナのご主人で、もう一人はこの庭の世話をしているおじいさんのようです。大きな影ぼうしのような姿の二人は何かを話しあっているのですが、二匹には何を言っているのかわかりません。人間の言葉は難しい言い回しが多くて、ご主人が話しかけてくれる言葉はなんとなくわかっても、人間同士で話していることはわからないのです。それに、二匹の背丈は、人間たちの会話をきちんと聞くには少し低すぎました。けれど、落ち込んだような真剣なような二人の声の調子を聞くと、どうやらそれが良い内容の話でないらしいことはわかりました。
「やっぱり僕ら、連れ戻されるんだ」
「ボクらがタマゴを見つけられなかったから…」
小さな二匹はお互いに、きっとそうだと言い合って、悲しみに肩を落としました。でも、いつまでも黙って下を向いていてはいられないことも、二匹には分かっていたようでした。元々人間のご主人にも相当なわがままを通して二匹でここへ来させてもらったのだから、ここであきらめてしまっては何もしなかったのと同じだと、二匹はうなずきあいました。
「ねえヒバナ、ご主人にもう一回お願いしよう。まだここへ来てから、お日様も2回しか登っていないよ。3回目の朝には何か見つけられるかもしれないもの」
「そうだね、ボクもう一度大きな声でお願いしてみるよ。アオの願いを叶えてあげたいから」
アオはそれを聞いて一瞬だけ困ったような悲しいような顔になり、すぐに何か言おうとしたようですが、それはきちんとした言葉にならず、ただ一言
「ありがとう、ヒバナ」
と言えただけでした。

二匹はすくっと立ち上がると、小屋の方へ走りました。アオは葉っぱのような足で精一杯走り、ヒバナは何度も立ち止まって振り返りながら、アオに合わせて走りました。
そして二匹は小屋のすぐ側まで来ると、話しこんでいる二人に向かって大声をあげました。人間のご主人がすぐに気づいて、柵の向かいに駆け寄ります。
「どうしたんだ、おまえたち?」
しゃがみこんで二匹と同じ目線でかけてくれた言葉は、アオにもヒバナにもはっきり分かりましたので、二匹も精一杯に声を張り上げて
「僕たち、まだ帰りたくないんです!」
「タマゴを見つけさせてください!」
と叫びました。それが人間のご主人に届いたのかどうか、よくは分かりませんでしたが、人間のご主人は、必死に小さな翼をばたつかせてお願いする二匹に少し辛そうな笑顔を見せて、その頭を軽くなでると、立ち上がっておじいさんの元へ戻って行きました。それからまた二人で何か話していたようですが、話の内容は、アオもヒバナも柵にぴったりくっついて聞き耳を立ててみても、やっぱり分かりませんでした。やがて人間のご主人の足音が闇夜に遠ざかっていくのが聞こえ、おじいさんも小屋に戻ったらしく外には誰もいなくなりました。そして庭にも静かな時が訪れました。

アオとヒバナは、庭の奥の花畑へ戻ってきました。どうやら今夜連れ戻されることはないようでした。安心と疲れと花の香りが、二匹を眠りの世界に誘おうとしていましたが、草花でそれぞれの寝床をこしらえて横になっても、アオはまだ眠ることができませんでした。
「ねえ、ヒバナ」
真っ暗な空に点々と光る星明かりを見上げたまま、アオはヒバナに声をかけました。少し離れたところから
「どうしたの、アオ」
と返事がかえってきました。それから少しアオは次の言葉にためらい、ヒバナはアオの言葉を待っていました。
「ごめんね」
そのアオの言葉はヒバナを驚かせたようで、ヒバナは弾かれたように寝床から半分体を起こして
「何が?どうして?アオが謝ることが何かあるの?」
と、アオに向かって質問の雨を降らせました。アオは困ったように答える言葉を探して黙りこみ、ヒバナは半分起きた格好のままアオの方をじっと見つめていました。
やがてアオは慎重に話しだしました。
「さっき、ね、ご主人が来た時に、ヒバナは僕の願いをかなえてあげたいと言ったでしょう。もしヒバナが本当はそんなにタマゴを欲しくないのに、無理やり僕のわがままに付き合ってくれてるんだったらー」
「違う!」
ヒバナは大声を上げました。アオはその声にびっくりして飛び起きましたが、ヒバナ自身も自分の出した声があんまり大きいのに驚いて目を丸くしていました。でもすぐにヒバナはぶんぶんと首を横に振って、アオの目をしっかりと見て言いました。
「確かにタマゴが欲しいって最初に言ったのはアオだよ。アオの願いを叶えてあげたいのも本当だよ。でも、ボクが本当はタマゴが欲しくない、なんて思ってたら、ここに一緒にいさせてくださいってご主人に頼んだり、この庭までご主人を連れてきたりなんかしなかったよ!そうでしょ?」
「…ヒバナ」
アオの声は少し涙ぐんでいました。ヒバナはにっこり笑って
「ボクとアオのタマゴからかえるのは、どこにでも走っていけて、どこまでも泳いでいける、最高のポケモンなんだよ。ね?」
と、アオに言いました。アオはもう何にも言えなくなって、涙をこぼしながら何度も何度もうなずきました。

それから二匹はまたそれぞれの寝床に寝転んで、眠りの時が訪れるまで星を眺めながらぽつりぽつりと色んな事を話しました。
「ご主人、ここに連れて来られた時は目を丸くしてたよね」
「みんなでご飯食べてる時に、突然自分のポケモンが逃げ出したら、そりゃご主人はびっくりするよ」
「確かにそれもだけど、ボクが柵を飛びこえてこの庭に入っちゃった時のご主人の顔ったら、もうおかしくってさ!」
「その顔、僕も見てみたかったなあ。ご主人もヒバナも足があんまり速くて、僕、追いかけるのが大変だったよ」
「あはは、ごめんごめん。絶対に作戦を成功させなきゃって思って、他のことは考えられなかったんだ」
ヒバナの声が弾んでいます。アオは自分の足の遅いことを考えてまた少し切ないような気持ちになりました。でもこれはヒバナが悪いのではないのです。元々アチャモはあかあかと燃える炎のような明るさと情熱を、ポッチャマは吹雪の中で耐え忍ぶための辛抱強さと思慮深さを持って生まれたポケモンなのですから。そしてそのお互いにない部分をこそ、二匹はお互いに素晴らしいと思っているのです。
「やっぱりヒバナの足が羨ましいよ。柵だって簡単にこえられてさ。僕も頑張ったけど無理だったもん。下からくぐるのも失敗したし、かっこ悪かったなあ」
「でも、ご主人が分かってくれてよかったよね。僕らがここにいたいってこと」
「そうだね。ありがとうヒバナ、作戦に協力してくれて」
「ボクの方こそ、いい作戦を考えてくれてありがとう、アオ」
「明日はきっとタマゴを見つけようね」
「うん、きっと見つけようね」
二匹はしっかりとした声でそう言い合って、それから交互におやすみを言いました。

***

次の日の朝は、空に雲ひとつない、まことに良いお天気でした。お日様の光にさそわれて、アオはうっすらと目を開けましたが、ポカポカとした陽気とひんやりとした草の感触に包まれて、すぐにまた眠りの世界に戻りたくなるような心地になりました。
そんなアオの眠気を一気に吹き飛ばしたのはヒバナの声でした。
「アオ!!こっちに来て!早く!!早く!!」
明らかにいつもと違う、興奮で爆発しそうな大声に、アオは何かとても凄い、素晴らしい出来事が起きたことを感じました。そしてそれはきっと、

「タマゴがあったんだよー!ボクたち、とうとう見つけたんだよ!!」

やっぱり思った通りの言葉が聞こえてきましたが、アオはもうその声も半分聞こえず、自分の遅い足のことも忘れて、小屋の影のあたりで本物の火花のように飛び跳ねるヒバナの元へ向かって全力で駆け出していました。

二匹の胸くらいまである大きさの、ころんとしたタマゴは、触るとなんだかしっとりとしていて、アオは、なんだかそれ自体が生きているポケモンであるような、ふしぎな気持ちがしました。
「あのね、アオ、ボク今朝起きてね、あくびして背伸びしてね、そしたらね、小屋の近くのここの地面の上に、何か石みたいなのがあるのが見えてね、近づいてみたらね!タマゴがあって!うれしくってもう、本当に、本当に!」
ぴょこぴょこと跳ねてトサカをゆらしながら、ひっきりなしにしゃべり続けるヒバナの横で、アオは上の空でうん、うんとうなずきながら、タマゴのあちこちを両方の羽で触ったり、なでたり、耳を当ててみたりしています。まるで、そこにあるそれが本当にタマゴであることを確かめるように。
「ねえってば、アオ!」
ヒバナが怒ったようにアオのほおをくちばしで小突いたので、アオはびっくりして固まり、目を白黒させてヒバナの顔を見ました。
「アオは嬉しくないの?せっかくタマゴが見つかったのに、いつまでもむっとした顔で、ボクの話も聞かないで…嬉しくないの?」
ヒバナは最初は怒った声でしゃべり始めたのですが、アオに怒りをぶつけているうちにだんだんと炎が小さくなるようにしゅんとした顔になっていったので、アオは慌てて
「違う、違うんだよ、ヒバナ。嬉しいよ。本当に、凄く嬉しい。でも…まだ信じられないんだ。本当に僕たちのタマゴが見つかったって、まだ頭がぼうっとしてて、分からないんだ」
と、一生懸命に、そして正直に自分の気持ちを話しました。ヒバナは最後までじいっと真面目に聞いていましたが、悲しい顔をしていたのが突然ニッと笑ったかと思うと、アオのほおに思いっきり「みだれづき」を食らわせました。
「いたっ、いたたたっ、いたい!!」
何度も何度もつつかれて、アオは必死に羽で顔をかばいます。ヒバナはそれを見てつつくのをやめ、おかしそうに笑いながら、
「ね、痛いならこれは夢じゃないんだよ!もうわかったでしょう?本当の本当にボクたちのタマゴが見つかったんだよ!!」
と、高らかに歌うように喜びの声をあげて、何度もその場で飛び跳ねました。アオはほおをさすりながらそんなヒバナを見て、困ったような、その日初めての笑顔を浮かべました。

それからアオはタマゴを両方の羽で大事に包み込むように触れて、ヒバナは反対側から自分の体でタマゴを温めるようにそっと寄り添い、
「生まれてきたら、呼び方を考えようね」
「色んな所に一緒に行きたいね」
「速く走るやり方、教えてあげてね」
「じゃあキミは泳ぎ方を教えてあげてね」
「楽しみだね」
「本当に全部、楽しみだね」
と、そんな話を、いつまでも続けていました。
やがて小屋から出てきたおじいさんがタマゴを挟んで寄り添う2匹を見つけ、人間のご主人が鳴らす自転車のベルが聴こえるまで、いつまでも。


  [No.3794] 2.それからの話 投稿者:Ryo   投稿日:2015/07/29(Wed) 19:23:53   87clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

眠れない夜というのはいつでも嫌なものだ。
普段は全く気にならないようなベッドバットの微妙な固さ、体の下のスプリングの微かなきしみ、空調機の低く唸る音、そういったもの全てがいたずらに体のどこかの神経を逆側に撫でていくような小さないらつきが始終襲ってくる。
ベッドライトの橙色の灯りだけが、太陽の一欠片を閉じ込めたようにこの無機質な部屋を細やかに照らしている。それも消してしまおうかと思ったが、視界が黒一色になると他の感覚が余計に研ぎ澄まされてしまうような思いに囚われて、腕をそちらへ動かすこともできなかった。布団とベッドの間にある右腕の感覚に気づけば、これもまた神経を無意味に逆立てていくので、いっそ宙に浮かんで全ての感覚、全ての余計な考えから解き放たれたまっさらな状態で眠りたい、という馬鹿げた希望が俺の頭に浮かんだ。強力なエスパーポケモンがいればそんな空想もあるいは現実になるのかもしれないが、あいにくと俺の手持ちに超能力が使えるポケモンはいない。

灯りを消すことができない理由はもうひとつあった。放たれた橙色がいくらも進まないうちにその色を失い、やがてベッドから落ちて闇に溶けてしまう、そのギリギリの距離から静かに耳に届く二匹分の寝息。彼らは灯りのない夜を嫌がった。タマゴを授かってからは特にそうだった。鳥は夜目のきかない夜を嫌うというが、飛べない翼しか持たない身の彼らにも、立派に鳥ポケモンとしての血が流れているのだ。壁に向き、寝返りをうつことすら億劫なこの身では確認できないが、きっとその二匹は今夜も、自分たちのー正確には、自分たちのものだと思っているタマゴに両側からぴたりとくっついて、ひとかたまりの小山のようになって眠っているのだろう。タマゴを貰い受けたあの日から彼らはずっとそうしているのだ。昼は俺が持ち歩くタマゴが何かの拍子に割れたりしないかどうか、ずっと足元から見張られている。休憩、食事、それからこうして寝るときなどの、俺の手からタマゴが離れる時は、タマゴがフリーになった瞬間、赤いのと青いのの両方がすっ飛んできて、ひしと抱きかかえて離れない。どちらかがボールに入ることすら頑なに拒否し続けて、ずっと一日中タマゴのことばかりを気にかけ続けているのだ。

「ほんとの親でもないのにー」

その言葉はただのため息となって俺の口から小さく漏れた。罪のない安らかな二匹分の寝息をこんな残酷な言葉で途切れさせたくはなかった。規則正しくすうすうと空気が揺らぐ音が俺の神経に触らないのは、無機質なスプリングや空調機なんかと違って、生きているものが立てる音だからかもしれない。ただ、その音は俺のもっと深い所―俺の心を静かに責めたてていた。もちろん無邪気に眠っているだけの二匹にはそんなつもりは毛頭ないだろう。ただ俺の心に後ろ暗いところがあるからこそ、こんな穏やかで優しいだけの寝息にすら怯えなければならないのだ。

俺のポケモン、アチャモとポッチャマ。俺は彼らにとんでもない嘘をついている。
彼らが自らの命を削り、心を砕くようにして慈しんでいるタマゴ。
あのタマゴは、彼らのものではない。別のトレーナーの育てていた、バシャーモとエンペルトのペアから見つかったタマゴを譲り受けたものだ。

***

現メンバーの中で一番新参であるアチャモが俺を育て屋まで引っ張ってきたのは、朝のトレーニングを終えて木陰で少し遅い朝食をとっていた時の事だった。彼はふと食器から顔を上げて、くるりと向きを変えたかと思うと、いきなり一目散に走りだしたのだ。慌てて後から駈け出した俺が追いかけっこの果てに見たものは、アチャモが見えない翼を得たように大きく跳躍し、育て屋の柵を飛び越えるところだった。一瞬たじろいだ俺はすぐに気を取り直し、早く戻れと怒鳴ろうとしたが、俺の声が喉から出るより先にもう一匹が足元から柵に飛びついたのには完全に面食らい、言葉も失ってしまった。
そいつは俺の最初のポケモンで、交換でやって来た新メンバーのアチャモを特別気にかけていたのは知っていた。アチャモがそいつに懐いていたのもよく知っていた。そいつは俺のピチューがタマゴから孵るところにも立ち会っていたはずだし、そのタマゴを見つけたライチュウとは何やら最近よく話し込んでいた。だから、何とかして柵の中に潜り込もうと、ぺたんこに伏せてもがいているそいつと、柵の内側から必死に声をかけて励ましている様子のアチャモが何を望んでいるのかなんてのは、誰に聞かなくても分かった。
自分のポケモン達がここまでしているのを見れば、大抵のトレーナーは喜んで、一も二もなく育て屋のドアを叩くだろう。だが、俺はそれを実行するまでにいくらかの時間と思考の逡巡を要した。
俺の最初のポケモンであるポッチャマも、新参のアチャモも、どちらもオス同士なのだから。

ポケモンのオス同士、メス同士を育て屋に預けてタマゴが見つかった事例はこれまで確認されていない。こんなのはポケモン研究者のみならず、その辺のポケモントレーナーでも鼻で笑うくらいの常識だ。シゼンのセツリがどうとか、セイブツガクテキにどうとか、そういう尤もらしい言葉で否定される「当たり前」のことだ。
「だって、オス同士でどうやって『ヤル』んだよ?」
そんな下品な言葉を吐きながら、腹を抱えて笑うようなトレーナーだっているだろう。厳密にはタマゴはそうやって生まれてくるものでは無いらしいのだが、俺も詳しくは知らないし、知識があったところでこういう種類のトレーナーに通じる話ではない。
騒ぎを聞きつけてやって来た育て屋の老夫婦に「いたずらでポケモンが入ってしまいました、すみません」と平謝りし、両脇に大暴れする赤と青の小鳥を抱えて逃げ出した俺は、彼らの入ったモンスターボールを両の手に握り、交互に見つめながらそういうことを考えていた。
彼らが俺の目の前で繰り広げた光景。セイブツガクテキにありえないこと。それならアチャモは柵に入ってこようとするポッチャマを蹴り飛ばすのが正しかったのだろうか?
ぐるぐると色々な考えが巡った挙句に、俺がたどり着いた答えは「とりあえず二匹を育て屋に預けて、タマゴが見つからないことを知って諦めてもらう」というものだった。

育て屋の庭に勇んで駆け出していく二匹の背を見送りながら、俺が育て屋の受付をしているおばあさんに言った最初の言葉は確か、オス同士ですけど良かったんでしょうか、みたいな台詞だったと思う。本当はこういう台詞を、育て屋の側から言われるものだと思っていた俺は、手続きの間そうしたことを全く一言も確認されなかったので、思わず自分のほうから切り出してしまったのだ。
ためらい気味の俺の言葉におばあさんは全く動じず、穏やかな笑みをたたえたままで
「ええ、全然問題ありゃしませんよ。時々おります、ああいう子たち」
と、その顔通りの柔和な口調で返してくれたのだった。その言葉に俺がどれだけ安心できたかなんて、とても言い尽くすことはできない。
おばあさんの言うには、同じ性別同士―というか、これまでタマゴが見つかったことのない組み合わせで育て屋に預けられるポケモンはたまにいて、いつも一緒でいないと不安になってしまうペアや、よく一緒に特訓をしているようなペアが来たりもするのだそうだ。それからやはり、単純に好き同士で一緒にいたいペアも。
そういうペアの話になるとどうしても俺は次の言葉を切りださざるを得なくなる。即ち、もしもそういうペアがタマゴを欲しがった場合はどうすればいいのかと。もしかしたら俺のポケモン達は、そうなのかもしれない、と。
それまでずっと陽だまりのような笑顔を浮かべていたおばあさんの顔が、俺の質問の後、不意に真顔になってしまったのを見て、俺は瞬時に酷い後悔に苛まれた。この優しいひとを困らせてしまったこと、おかしな質問をしてしまったこと。やっぱり俺のポケモン達は変だったんだ。俺はすぐにでも庭のポケモン達を引き取って逃げ出したくなった。自分が最初にそうしたように。
でも、すぐに先ほどまでの笑顔を取り戻したおばあさんが発した言葉は、立ち上がろうとする俺を椅子に押しとどめた。
「そういうポケモンにタマゴを授けることも、うちではしていますよ。でもまぁ…2,3日様子を見てからの、最後の手段のようなものだと思っといてください」

2,3日待つというのは、タマゴが見つからないはずのペアのポケモン達が本当にタマゴを欲しがっているか見定めるため。その間トレーナーに「最後の手段」について考えてもらって、改めて意思を確認するため。そして、万が一にもタマゴが見つかる可能性を考慮しての事だった。
俺は2日目の夜に育て屋へ向かった。夜ならば二匹は眠っているだろうと考えたからだ。あまり彼らに話を聞かれたくはなかったし、人間だけで話をしたかった。
育て屋の入り口で俺を待っていてくれた小柄なおじいさんは、やっぱり優しそうな顔で、お地蔵さんを思わせる雰囲気の人だった。
「二匹の様子はどうですか」
「そうだのう、ちょっと庭を見てくれりゃあわかるが…一日中走り回っとる。タマゴを探してな」
俺はちらと庭を見やった。庭の中までは暗くてよくわからないが、柵の外側に土が撒かれたように落ちている。それを一瞥しただけで大体のことは察することができた。
「初めはお互い全く一緒におらんもんだから、あまり仲が良くないのかと思っとったが、ありゃ手分けして探しとるんだな。夜になると疲れて二匹で並んでぼーっとしとるんじゃ」
「そうなんですか…」
視界の隅、柵の向こう側で、ちらと何かが動いた気がした。俺はそれを気にしないようにした。
「タマゴは…見つかってないですよね、やっぱり」
「そうじゃのう」
一言で俺の僅かな希望は打ち砕かれてしまった。もしもシゼンのセツリとやらを吹き飛ばすような奇跡の一つでも起きて「彼ら」のタマゴが見つかっていれば、平和に事が済んでいたのだ。だがそれは起こらなかった。即ち俺は決断しなければならない。最後の手段を使うか、使わないか。
最初から俺の答えは決まっていた、はずだった。元々「タマゴが見つからないことを彼らに分かってもらい、諦めてもらう」のが育て屋に二匹を預けた理由なのだから。
だが、そんな俺の耳を突然、二匹の叫びが貫いた。
「どうしたんだ、お前たち?」
慌てて柵に駆け寄って声をかけても、返ってくるのはメチャクチャに笛を吹き鳴らすような鳴き声ばかり。ポケモンの言葉が分かるわけでもないのだが、喉が裂けんばかりに声を上げ、千切れんばかりに羽をばたつかせて俺に訴えたいことが今こいつらに何かあるとすれば、それは一つだけだろう。俺は何も言えずにただ二匹の頭を軽く撫でると、おじいさんの元へ戻っていった。選択肢の一つは彼らの声の前に儚く消えてしまった。そうするとどうしても俺は、もう一つの選択肢を選ばざるを得なかった。

「―この育て屋では、トレーナーの方が育てられないと言われたタマゴを預かって保管しとります。そうしたタマゴを、タマゴが見つからないペアのポケモン達に授けて、そのペアのタマゴとして育ててもらうこともできます。ただ、人のタマゴを貰うということで少し考えたいトレーナーさんもおるでしょうから、最後の手段ということになっとります」
脳裏におばあさんの言葉が蘇る。この選択肢を使うということは、自分のポケモンに嘘をつくということだ。もちろん自分たちが自然のやり方で繁殖することができないことはポケモンたちにもわかっているだろう。だが、タマゴが「生まれる」のでなく「見つかる」ものである以上、この庭で自分たちが見つけたタマゴは紛れも無く「自分たち」のタマゴなのだ。
例えそれが、元は他のペアのタマゴだったとしても。例えそれが、他のトレーナーから「いらない」と言われたタマゴだったとしても。
「…おじいさん。あいつらに、あのタマゴを渡してやってください。置いてるところを見られないように」
「それで、ええんじゃな」
「はい。あいつら見てると、なんだか不憫で。本当はあいつらのじゃなくても、このまま見つからないままよりはずっといいかなって…」
「ええよ、ええよ、それでええ」
おじいさんは俺の背中を労るようにポンポンと優しく叩きながら、
「全部『運び手』さんの思し召しだからの」
と、不思議なことを言った。
「何ですか、その『運び手』さんって」
俺が聞くとおじいさんはにっこり笑って
「運び手さんは運び手さんじゃよ。タマゴを運んでくるから運び手さん。それだけじゃよ」
とだけ言い、それ以上は何も言わなかったのだった。

***

そんなわけで俺のアチャモとポッチャマがタマゴを貰い受けたのが4日ほど前になる。この一週間で俺は一生分の頭を使ったような気がして、もう何も考えたくなかった。だが俺の後ろにいる二匹と、そいつらに挟まれているタマゴがそれを許さない。
俺はあいつらにとんでもない嘘をついている。その罪の意識が俺を眠らせない。
だが、タマゴを受け取らずにあのまま連れ戻したとして、それが正解だったのか?
わからない。
わからないまま俺はすっかり考え疲れ、いつしか何も聞こえない眠りについていた。

朝の日差しが俺の目を突き刺し、それに呼応するように頭がズキンと痛んだ。俺は咄嗟に帽子を深めに被り、情けなさに小さくうなり声を漏らした。部屋を片付け、ポケモンセンターを出ても抜けない体の怠さ。頭痛薬を喉に流し込んでも全く引かない頭痛。結局眠りにつくこと自体はできたが、全く眠ったという気がしなかった。俺の足元をうろちょろする赤と青の小鳥も、時折ふらついては首をぶんぶん振って疲れを吹き飛ばそうとしている。出発の前にポケモンセンターで診てもらってはいるが、元々ボールにすらろくに入らず寝ている間も気を張り続けているものが、そうそうすぐに回復するものでもない。
俺の手の中のタマゴは今朝方から時折小さく左右に揺れ動くようになった。このタマゴというのはなんとも不思議な物体で、掌で撫でてみるとすべすべと硬いが、爪を突き立ててもコツリとも言わず、石やコンクリートにそうした時のような、反発する硬質な感覚もない。むしろ指が爪先からタマゴの中に、つぷりと入ってしまいそうだ。恐ろしいのでやろうとも思わないが。
ぴょこっとタマゴが動くのを見たポッチャマが目を真ん丸にしてアチャモに知らせる。アチャモはヘタっていたトサカをピンと立て、俺の周りをそわそわとうろつきだした。
「あんまり寄ると蹴飛ばしちまうぞ」
ぴょこん。俺の言葉に呼応するようにタマゴが揺れる。それを目の当たりにしたアチャモは甲高い歓喜の叫びをあげながら何度も何度も飛び跳ねた。こいつに普通の鳥ポケモンのような翼があったら喜びのあまり宇宙までぶっ飛んでいただろう。
喜びのだいばくはつが一段落して、ちゃもちゃも、ちゃまちゃまと引っ切り無しに何やら嬉しそうに話している二匹を見やりながら、俺は複雑な思いに囚われていた。
タマゴが揺れる、ということは、そろそろ孵化が近くなった、ということだ。生まれてくるポケモンは恐らくポッチャマだろう。育て屋で聞いた話だと、このタマゴはオスのバシャーモとメスのエンペルトのペアから見つかったタマゴであるからだ。ポケモンの顔なんて人間からはほとんど見分けがつかないが、それでも自分のポケモンの顔くらいなら見分けはつく。ポケモン同士なら尚更だろう。もし、俺のポッチャマと全然違った容姿、全く異なった雰囲気のポッチャマが生まれてきたら、あいつらはどう思うんだろう。俺は何と言えばいいだろう。
かと言って、今からあいつらに全てを説明するか?人間の言葉で、人間の事情を、ポケモンの彼らにどう分かってもらえばいいのだろう。喜びと期待にあふれている彼らの顔を、俺の言葉で悲しみの色に塗り替えてしまったら?
朝からの頭痛が俺の頭を余計に暗く押し付けて、視界が足元の方へ向かう。腕の中のタマゴは、石のように重かった。

***

「はあ…疲れた。ちょっと休憩な。昼飯にしよう」
そう言って木陰に座り込む俺を、待ってましたとばかりに二匹の小鳥が取り囲む。お目当てのものをそっと彼らの前に置いてやれば、彼らは歓声を上げてそれに飛びつき、撫でてやったり声をかけてやったりしていた。
今日ここまででしたことといえば、何てこともない、ズイタウンの近くの遺跡まで歩いて戻ってきただけだ。なにか見たかったものがあるわけでもないし、用事があったわけでもない。
元々俺は気ままなポケモントレーナーだ。ムクホークに乗って行きたい街に行き、バトルがしたければその辺の血の気の多いトレーナーとバトルをし、このポケモン育てたら楽しそうだな、と思えばぶらりと捕まえに行く。ピチューのタマゴを孵したのも、アンコールを覚えたライチュウをバトルで使うと面白い、とトレーナー仲間から聞いたからである。
そんな俺がズイタウンの周辺で何日も、バトルをすることもポケモンを育てることも、ほとんど何もせずただ留まっている。それは自分がこれからどうすべきか、道を見失っていることの証明でもあった。ただ残された時間はそう多くない。このタマゴが孵るまでには、俺は決めなければならない。俺のついた嘘にどう始末をつけるべきか。

残りのポケモン達もボールから出して、並べたステンレスの食器にポケモンフードをザラザラと開けていく。それからコンビニで適当に買ったカレーパンとミネラルウォーターをリュックから出した。もちろんこれは自分用だ。
いただきます。俺の言葉でみんな一斉にそれぞれのやり方で食事にとりかかる。ピチューはライチュウの手から食べさせてもらうのが好きだし、ムクホークは食べている間も何度も顔を上げて警戒を怠らない。アチャモとポッチャマはお互いのフードを交換しあっている。そしてもちろん二匹の間にはタマゴが鎮座している。
食事を終えて思い思いに安らぐ時間が来ると、ライチュウがアチャモとポッチャマのところへやって来て、そっとタマゴを抱き上げた。そしてピチューがタマゴだった時によくそうしていたように、両手でぎゅっと抱きしめて愛しげに頬をすり寄せた。二匹の小鳥たちが見守る中、彼女はしばらくじっとそうしていた。
やがてピチューが彼女の足元で小さく跳ねて何かを主張する。にわかに小鳥たちの警戒が強まった。心配そうにオロオロするポッチャマと、しきりに何かを訴えるアチャモ。ライチュウはタマゴを持ったまましばらく何か考えたようだが、やがてそっとタマゴをピチューの目の前に置いた。ピチューは弾かれたようにタマゴに飛びつく。自分と同じくらいの大きさのタマゴに、ピチューは体いっぱいに抱きついて、「ちゃあ」と幸せそうに一言鳴いた。
よく見ればその小さな体にはライチュウのミトンのような手がかかっていて、その尻尾の先の稲妻は地面にしっかりと張り付けられていた。恐らくポッチャマたちはピチューの不安定な電撃がタマゴに影響をあたえることを心配していたのだろう。そしてライチュウはそれを察したのだ。
ムクホークはどうしたのかと思えば、皆がタマゴの元に集っている、その側の木の上で、やっぱり何か恐ろしいことが起きないか、野生のポケモンが襲ってこないかと見張っているのだった。
皆、タマゴがやってきたことを喜んでいた。皆、タマゴからポケモンが無事に孵るのを待ち望んでいた。その光景を見ていると、俺は、俺の頭の中に立ち込めている重苦しい霧が、幾ばくか晴れていくような気がした。セイブツガクテキに云々、といった言葉がいつからか自分の頭からなくなっていたことにも気がついた。自分のポケモンに嘘をついている、という罪悪感に全ての考えが押しつぶされていたからかもしれないが、その重みが幾分取り払われて生まれた隙間に、もうそうした類の言葉が入る余地はなかったのだ。もちろん普通に生きていたら一生出会わなかったかもしれないし、お互い野生で生きていたらペアになんかならなかったかもしれない。だがそれが何だ。俺のポケモン達はアチャモとポッチャマのオス同士の間にやって来たタマゴを喜んでくれているぞ、このやろう!俺は誰にともなくそう叫んで走り出したいような気持ちになっていた。
だが、気持ちが軽くなったとはいえ、俺が俺のポケモンに嘘をついている、というのは、紛れも無い事実なのだ。だが俺は、もう弱音を吐いて逃げ出す気にはならなかった。

***

お腹いっぱいになって木陰で眠っているポケモン達を、俺はそっとモンスターボールに回収していく。タマゴを受け取ってから一度たりともボールに戻らなかったアチャモとポッチャマにも、心の中で謝りながらその体をボールに収めさせてもらった。ばさりと音を立てて俺の前に舞い降りてきたムクホークを最後に回収すると、俺はタマゴを拾って歩き出した。

後で聞くと、育て屋のおばあさんは、俺がタマゴを返しに来たのだと思ったらしい。
だからタマゴを抱えた俺が育て屋のドアから顔をのぞかせた時、戸惑ったような顔をさせてしまったのだろう。思えば、受け取らなければよかったかもしれないと迷いはしても、一度貰ったタマゴを手放す気など最初から俺にはなかったように思う。
俺が育て屋に戻ってきた理由はこうだった。
「すみません、このタマゴの本当の親…バシャーモとエンペルトのことが分かる、写真か何かがありませんか」
ほとんどダメ元で聞いた質問だった。タマゴは保管していても写真まで保管しているかわからないし、トレーナーがそんなもの提供しているかも不明だ。それにそういう写真がもしあったとしても、そんな個人情報に関わりそうなものをほぼ無関係の俺にホイホイと渡してくれるようなものでもないだろう。写真がなければ少しの情報でも良かった。二匹がどんなポケモンで、トレーナーはどんな人だったか、とか。
だが、おばあさんの答えは思いもよらないものだった。
「写真はありゃしませんけどね。タマゴを引き取った方が連絡を取りたいと言われた時にどうするか、はトレーナーさんの方で決めてもらっとります。このタマゴの元々のトレーナーさんは確か、連絡してええと言われたはずですよ。あぁ書類があった。うん、連絡してええと書いてある。連絡、取りましょうか」
俺は「ぜひ」とも「結構です」とも言いかねて、「あ、あぁ…」なんて返事にならない返事をしてしまった。頭の中はグルグルと回っていた。まさかこんな展開になろうとは。俺はただ写真の一枚でも貰えれば、生まれたポッチャマと、アチャモたちのペアが落ち着いた頃にその写真を見せてゆっくり本当の話をしよう、と思っていただけなのに。
「どうしましょうか」
おばあさんは畳み掛けるように質問をしてくる。ええい、乗りかかった船だ。
「お願い、します」
絞りだすように返事をした。心臓は跳ねるように鼓動をうち、タマゴはぴょこ、ぴょこと、それに合わせるように腕の中で揺れた。

***

ポケモンセンターの前で小さなベンチに座り、タマゴを抱いて、茜色の空を忙しく横切る雲を見上げている俺は、傍から見ればのんびり休んでいるようにでも見えるだろう。しかし本当はこうして動くものを見続けていないと緊張で気がおかしくなりそうなのだった。
この日まで、このタマゴの本当の、というか元々のトレーナーのことは、ほとんど無意識的に考えないようにしていた。せっかく見つかったタマゴを「いらない」と言うようなトレーナーなのだからきっと碌でもないやつなのだろう、と勝手に決めつけて、そのまま考えるのを放棄したのだ。だからその、意識の向こうに追いやった存在が実態を持って今から自分に会いに来る、というだけで、俺は叫びたくなった。さっき育て屋に行ったときの勇気はどこへやらだ。だって一体何を話せばいい?「あなたの捨てたタマゴを私が請け負って育てることにしました」に続く会話なんて、どう転んでも楽しい話にはなりそうもない。
空の色が濃く暗くなりだした頃、一際大きな影が雲の下を横切った。向きを変えたその影はどんどん大きくなっていく。こちらへ向かってくる。ああ、あれが、そうなのだ。
影は竜の形になり、やがて赤い色をまとい、最後にリザードンの姿になって俺の隣に舞い降りた。そしてその背からひょいと飛び降りたのは、小柄な女の子だった。

「カスガ、といいます。タマゴを引き取っていただき、本当にありがとうございます」
何も言えないでいる俺に、その子は丁寧に頭を下げた。リザードンも横で神妙に目を閉じている。声と背格好だけから判断すると多分俺よりも年下で、中学に通っていてもおかしくないくらいに見えるが、傍らにいるリザードンは、パッと見ただけでも感嘆するような堂々とした体躯をしていた。きっとトレーナーとしての腕が相当に高いのだろう。
「どうしても今、水ポケモンは育てることができなくて。だから育て屋さんにお返ししたんです」
「育てられない?」
「はい。今、私、炎タイプのポケモンを育てる修行をオーバさんのところでしていて」
「オーバ…さん!?」
俺は面食らった。オーバさんといえば四天王の一角じゃないか。じゃあこの子は本当に実力のあるトレーナーなのだ。そんなトレーナーが目の前にいることが信じられなかった。これまで俺がバトルしたりつるんだりしてきたトレーナーは、本当にただの趣味でトレーナーをやっていたり、遊ぶのや旅が好きだったりするだけの奴らだったからだ。
カスガさんは続ける。
「デンジさんと勝負して勝った後、私の育てたリザードンの力量を買われてオーバさんの元で修行させてもらえることになったんです。それで今、炎ポケモンを育ててるんですけど、私のバシャーモが、エンペルトとじゃないと修行にならないって…あ、エンペルトって私の最初のポケモンなんですけど、オーバさんのとこに連れて来られなくて、その」
「それで育て屋に預けたら、タマゴが見つかってしまったと」
わたわたしてしまうカスガさんに、俺は助け舟を出す
「そういうことです。あそこなら二匹だけで他の炎ポケモンに邪魔とかしないで修行できるなって思っちゃったんです。軽率でした。里親も探したんですけど結局ダメで…すみません」
カスガさんは再び頭を下げた。俺は慌てて両手を振って、君が謝ることじゃない、と返した。タマゴの元々の持ち主として名乗りでて出会ってくれたこと、そしてタマゴを預けるに至った経緯をきちんと話してくれたこと、それで充分だった。そもそも「あ、このタマゴいりません」とゴミでも捨てるように言えるようなトレーナーだったら、名乗り出ることすらしなかったろう。
「わかりました。君のタマゴは俺が責任を持って育てるから、安心してください」
「ありがとうございます!」
こう会話を締めくくることができて、俺は心からほっとした。

それからは、あれやこれやの雑談に話が弾んだ。
「デンジさんに勝つってことはバッジ今何個?」
「あ、7つです。8つ目行く前にオーバさんに取られちゃいました。あははっ」
「えー!マジで、すげぇな…見せて見せて」
と、ぴかぴかのバッジがずらりと並ぶバッジケースを見せてもらったり。
「私の…っていうかもう貴方のタマゴですね、今誰が面倒見てるんですか?」
「アチャモとポッチャマ。どっちもオス。今ちょっと寝てるから起こせないけど」
「えー!!マジで?凄い!超凄いです!」
と、何故か超ハイテンションで食いつかれたり。
そんなこんなで俺達は仲良くなり、最後には連絡先の交換をして、それからバシャーモとエンペルトの写真も撮らせてもらった。二匹ともやはり、惚れ惚れするような無駄のない体つきをしていて、俺は必要以上に熱心に写真を撮ってしまい、カスガさんに笑われてしまった。
そして俺達は、タマゴが孵ったらまた出会う約束をして、小さなプレゼントを貰って、別れた。

***

―夜。ポケモンセンターの一室にて。
ピチューはライチュウの腕に抱かれてその時を待っていた。ムクホークは油断なく目を光らせ、静かにその時を待っていた。
アチャモとポッチャマはその側に寄り、交互に声をかけ、時折外側から軽くその殻をつついてやる。ヒビの入ったタマゴの中からは少し高めのポッチャマらしき鳴き声が返ってきた。
俺は、時折鞄の内ポケットの奥底にしまったバシャーモとエンペルトの写真を見ながら、そしてスマホのアルバムに残されたカスガさんの笑顔を見ながら、育て屋のおじいさんと話したことを思い出していた。
「運び手」の話だ。俺は結局それが何なのか分からず、カスガさんと会った帰りにその話をおじいさんとして来たのだ。
「―わしらはな、わしらの知らんうちにタマゴを運んでくる「何か」がおると思っとる。それを『運び手』さんと呼んでおるんじゃ」
そこでおじいさんは俺の方を見て、目をキラっと光らせると、
「時として『運び手』は人がその役目をやることもある。だがの、結局は人がそのタマゴを運ぶ役目を仰せつかることも、タマゴを通して人と人が結びつくことも、『運び手』さんの思し召しなんだとわしは思うとるよ」
と言って、また俺の背中をポンポンと叩いたのだった。

タマゴは大きく傾いで、また反対に揺れ戻る。二匹の小鳥の歓声が響く。
俺はカスガさんがくれたプレゼントをそっと握りしめて、その時を待つ。
この世界のこの場所にこのタマゴを運んでくれたもう一人の人ともう二匹のポケモン。離れていても俺達が繋がっている証、空にかかる橋の色、虹の色のリボンを右手に。虹の向こう側にいる、素敵な友達の物語を胸に。
ライチュウが微笑み、ピチューがぱちぱちと小さな光を飛ばし、ムクホークも密かに目を細める。
アチャモは何度も跳ねながら、ポッチャマは小さく体を震わせながら、皆がその時を待っていた。

その一瞬、部屋は百万個のフラッシュを炊いたように眩しくなった。太陽が生まれたようだった。
そしてその次の瞬間には、誰もがこの言葉を胸に、その光の生まれた場所に小さく座る、青い小鳥の元へ駆け寄っていった。

「おめでとう、ようこそ!!」