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  [No.3825] このゆびとまれ 投稿者:   投稿日:2015/09/06(Sun) 22:28:09   250clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



「おはようございます」

 よく晴れたとある朝。
 アズマは妹のマナからクレインが呼んでいるとの伝言を受け、所長室を訪れた。

「やあ、おはようアズマ。早くから呼んで澄まないね。クロノスもおはよう」

 クレインは操作していたパソコンから少年へと視線を向け、彼と、彼の足元を歩いて来たポケモンに声をかける。クロノスと名付けられた雄のブースターは、後肢を下げ返事をするように一声鳴いた。
 少年の頭髪とブースターの体毛はどちらも赤く、クレインはふたりを見る度に似ているな、と微笑ましく思う。

「まずはONBSの取材対応、お疲れさま。僕たちも何度か話を訊かれたけれど、君はことさら大変だったろう?」

 心無き戦闘マシンと化したポケモン《ダークポケモン》を操り、オーレ地方の征服を目論んでいた組織シャドー。五年前もそれと対峙した経験を持つパイラタウンのテレビ局ONBSは、総帥デスゴルドを打ち負かしたアズマに、是非特集を組んで放送したいので軌跡を取材させて欲しい、と頼み込んで来た。

「知ってる人ばかりだったから話し易かったけど、思い出すのが難しかったです」

 幸いONBS創設者であるスレッドやレンを始め、アズマは局員の大半と面識があった。幾度か援助してもらった恩もあったので二つ返事で承諾し、つい先日まで彼らとの対談漬けの日々を送っていたのであった。
 その甲斐あって先週末に第一回が放送されたドキュメンタリー『アズマが行く! 〜オーレ地方の夜明けは近いぜ〜』(全六回放送予定)は大反響を呼び、五年前に大ヒットしたアニメ『スナッチマン☆アスカ』の最高視聴率を超えたそうだ。アズマの住居も兼ねるここ、ポケモン総合研究所にも問い合わせが殺到し、中々大変な騒ぎになった。

「ははは、そうだね。色々な事が次々に起きたから……」

 クレインはアズマの先程の発言を、多発した事件に揉まれ続けたことで記憶があやふやになっているもの、と解釈したが――実際は大分違った。
 アズマ少年には、自分が無用だと思う事柄にエネルギーを費やさない……興味を惹かれない事象には留意しないという欠点がある。しかしポケモン、殊にバトルにおいては類い稀な適性を備えているため、物臭でいい加減という弱点に目を向けられにくかった。つい今し方、十数年来の付き合いであるクレインでもあっさり見逃したほどに。

 そういう訳で、アズマはポケモンとはあまり関係の無い部分を殆んど憶えておらず――幹部や総帥の口調や立ち居振る舞いだとか、彼らとどんな話をしただとか。あそこのトレーナーがどんなポケモンでどんな技を使用したか云々は猟奇的に記憶しているのだが――面倒だが仕方無しに書き列ねていたレポートの、我ながらテキトーだと思う箇条書き・走り書き・殴り書きを頼りに、どうにかこうにか記者たちが満足する形に持って行った。見当違いなことを言ってクロノス(おっとりした性格)に体当たりを食らわされたりしながらも。

「用事ってなんですか?」

 対話にしても無駄や面倒を避けるのは同じで、単刀直入な物の言い方を好む。文面だけ見ればぶっきらぼうな印象になりがちだが、声色や表情までは節約していないので、彼を冷たいと表する者は一人も居ない。今も人好きのする笑顔でクレインに問いかけていた。

「うん。前にも話したけれど、君がスナッチしたダークポケモンたち……リブラ号に乗っていたポケモンたちだね。あれは他の地方から、オーレの人たちが引き取る約束をしていたものだったんだ」

 オーレは陸地のおよそ八割が砂漠という厳しい自然環境を有する地域だ。ここ最近になってついに野生ポケモンが見つかるようになったものの、ごく限られた場所に、両手で数えられる程度の種類しか確認されていない。よってオーレの人々が思い思いのポケモンを入手するためには、他方のブリーダーや施設から譲り受けること、出掛けた先で捕まえることが不可欠だった。
 この研究所で暮らすポケモンたちも各地の研究所を介してやって来たもの、勤務するスタッフが他の土地で手に入れたものばかりだったし、アズマが父親から貰ったイーブイも元はと言えば、ジョウト地方の研究者が飼育していた内の一匹だったらしい。

 クレインは話を続ける。

「大方のポケモンは予定通り、依頼主に返すことが出来たよ。でも中にはキャンセルされた子もいて……ダークポケモンにされたっていう、それだけの理由でね。リライブセレモニーは済んでいるし、心配することは無いんだけど……一般の人からして見たら、いっときでも戦闘マシンにされていたかと思うと、恐ろしく感じてしまうのも無理は無いんだろうな」

 特に第二進化を済ませているもの、戦闘能力の高いものに傾向が強いらしい。

 確かに、ダークポケモンは悪意に染まった禍々しい技《ダーク技》しか行使出来ないし、行動もどこか機械的だ。更にバトルをさせていると度々発症したリバース状態――纏わりついた負のエネルギーにポケモンが耐えられなくなり、肉体を蝕ばまれてしまう現象――には、アズマも相当悩まされた。
 リライブが進行するにつれ頻発するその現象は、逆に全く心を開いていないダークポケモンには牙を剥かない。そのことを知ってからは、リバース状態に冒されるポケモンはもうすぐ正常な姿に戻すことが出来る、という一つの目安となり、冷静に対応出来るようになった。

 ダーク技やリバース状態は、リライブセレモニーを終えて通常のポケモンに返すことで、二度と発現しなくなる。アズマが冒険を共にした仲間ポケモンはクロノス以外全員が、元ダークポケモンだ。その彼らがリライブ完了から一度も暴走したことが無いのだから大丈夫だと、アズマは自信を持って断言出来る。ゆえに、クレインの告げた事実はとても悲しいものだった。

「そのこともレイラさんに伝えておいた。放送が切っ掛けで、彼らに対する考えを改めてもらえるかも知れないしね」
「レイラさんなら安心ですよ」

 ONBSの武器とモットーは、真実の報道。そんな組織の記者頭に立つレイラは、真相を知る為、それを報道する為ならばどのような危うい渦中にでも果敢に飛び込む、熱血ジャーナリストだ。
 シャドーのフェナスシティ乗っ取り現場を目撃した時も、計画を指揮していた幹部とアズマの正面衝突を目前にした時も、自身の危険も顧みず記録を優先し、オーレ全域に発信させた至高のジャーナリズム精神の持ち主。彼女が連れのカメラマンに撮らせたフェナス奪還の映像のお陰で、アズマは当時一躍有名人になったものだ。
 彼女に任せておけば残された元ダークポケモンの悲しい現状も、緩和するに違いない。

「それからアズマが仲間として育てたポケモンたちだけど、今さら君から引き離すのは酷だものね。これは仕方無い」
「はい」

 それらを譲り受ける予定だった人々には、アズマが直接連絡を入れて詫びたのだが、皆怒るどころか非常に喜んでいたのが印象的だった。自分が選んだポケモンがシャドー撲滅に一役買ったのなら光栄だ、とのことだった。

「残るはリブラ号と無関係の四体。ファイヤー、サンダー、フリーザー、そしてルギア。これらは滅多に出会えるポケモンじゃないから、幾つかデータを取らせてもらってから、各地のポケモン博士と場所を相談して放す予定だ」
「伝説のポケモンなんですよね」
「そうそう。特にカントーとジョウトで有名みたいだよ。デスゴルドはどうやって彼らを捕らえたんだろう……っと、それはまあ置いておくとして」

 クレインは長らく少年に向けていた視線を、パソコンの画面へ映した。手招きされ、アズマとクロノスも画面を見やる。そこにはP★DAのダークポケモンモニターとよく似た一覧が表示されていた。

「無事に受理されたものと手続き中のものは灰色。キャンセルされたものと、研究対象としてしばらくここで預かるポケモンは白い字だよ」

 画面をスクロールし、白字で打たれたポケモンの名前を数えてみた。二十一匹。
 思わず多い、とアズマは呟く。

「ね。君の仲間を外してみてもこの数だ。他に引き取り先が見つかるまでと考えても、全員を同時に世話するのはちょっと厳しい。ここの研究員は優秀な人材ばかりだけど、僕も含め、トレーナーとしての腕は平均より下……バトル山で言えばエリア2くらいかな」

 と言うクレインは茶色い猫毛を右手で掻き上げ、申し訳無さそうにはにかむ。
 保留ポケモンの中にはバトル山で言うところのエリア6レベルが多数いる。そんなポケモンに暴れられでもしたら、研究員たちの手にはとても負えないだろう。

「アズマに頼りきりも良くないし……何人か、腕のいいトレーナーをアシスタントとして雇おうと考えているんだ」
「トレーナーを?」
「うん。それが今日君を呼んだ理由なんだよ」

 要約すると、オーレ中を旅して回って来たアズマに、研究所の手伝いが出来そうなトレーナーを見繕って欲しいということだった。アズマとまではいかなくともエリア6、せめて5レベルの腕前を持った者が理想だと言う。

「この人はと思うトレーナーがいるなら、持ちかけてみてくれないか?」

 そこまで話すとクレインはバインダーから、クリップで止めた書類を何組か取って少年に差し出した。紙面にはアシスタント募集要項の詳細、頁を捲ると総合研究所の案内や連絡先が事細かに書き記されていた。依頼する相手に渡せ、と言うことのようだ。

 書類の文字を目で追いながらアズマは、でもなあ、とぼんやり思う。

 オーレ地方の優秀なトレーナーは揃ってバトル山に属している。彼の地へ修行にやって来るトレーナーがいつどのエリアに挑戦するかは解らないので、ブースを受け持つ側は長時間その場を離れることは出来ないはず。彼らを除外すると、クレインの希望に添う人材を探し出せる気がしないのだ。

 残念だが自分が見て来た中に当案件適任者は居ない、と結論づけようとしたところでふと、アズマの頭上でデンリュウが閃いた。

「……あ」

 いつか、転職を考えていると宣った腕の確かな顔見知りが一人、居たことを思い出したのだ。

「おっ。その顔は、心当たりがあるみたいだね」

 機敏に少年の表情の変化に気がついたクレインに、アズマは首を縦に振る。

「そろそろ会いに行こうと思ってたんです、ちょうどいいや」

 善は急げ。
 書類をクリアファイルに入れてもらい、再度受け取ると小脇に抱える。

「行って来ます」
「よろしく頼むね。吉報を待ってるよ、気をつけて!」

 クレインの声を背に、所長室にもう一つある扉から別棟へ移る。エレベーターで住居スペースである一階へ下り、研究所の庭に置いてあるスクーターに手をかけた。これに触るのも随分と久しぶりだ。
 ブースターをボールに入れ、腰に回した鞄の奥にしっかりとしまう。ちゃんと作動するか何度か確認したのち、林間を、南に伸びる砂利道へとスクーターを発進させた。







 オーレ中心部に広がる荒涼とした砂原の間に、忽然と現われる怪しい研究施設。
 かつてダークポケモン生成基地として建造されたこのラボは、シャドーの計画が挫かれた後も取り壊されずに放置されていた。それから五年後に当たるつい最近、再起した同社の活動拠点の一つとして利用されるようになってしまったのだが、アズマがこの場を監督していた幹部を退けたことが切っ掛けで、再び打ち棄てられたのであった……
 が。
 無人のはずのラボの正面には今、色違いの衣装に身を包む酷く相似した体型の六人組が、円陣を組んで佇立していた。
 丘陵からその姿を発見・確認したアズマはスクーターのアクセルを緩め、出来るだけ静かに接近する。

「〜〜〜〜?」
「――。――――!」
「…………、……」

 体型だけでなく声も皆同じという不可思議な男たち。まるでクローンだ。会話の内容はこの距離では瞭然としないが、声色からは心配事がある時のような落ち着きの無さが見て取れた。
 逸る気持ちを抑え、ラボの影に身を潜めて様子を窺う。誰一人としてアズマに気がついていない。

 長らく観察していると不意に六人全員がこちらへ背を向けたので、今だ、と建物の影から一二歩踏み出し、呼びかけた。

「ヘイ、ブラザーズ」
『ギャア!!!!!!』

 仰天した六人組は気の毒なほど大袈裟に跳び上がった。売れっ子コメディアンも思わず嫉妬を催しそうな、絶妙に息の合った跳躍だった。
 想像を遥かに超えた六人の醜態に、アズマは腹を抱えて笑う。

「お前……」

 けたけた言う声に振り向き、最初に口を開いたのは青色の衣装の男だ。他の五人も次々に、少年に話しかける。

「また来たのかよ!」
「もう来ないもんだと思ってたぞ」

 続いたのは茶色の衣装の男。次いで紫色の衣装の男がそれぞれ動悸激しい胸を抑えつつ、へらへらと破顔している少年に応えた。

「ずっと来てたんだから、そりゃ来るよ」

 驚かせたことを軽く詫び、アズマは六人の方へ歩み寄った。

 この六人組、彼ら呼んで六つ子ブラザーズ。体型も声も同じなのは、クローンだからではなく六つ子だから。このような場所にいるのは、彼らがシャドーの戦闘員だからだ。

 今は昔、シャドーに誘拐されたクレインを追って初めてラボを訪れた際、アズマは彼らと遭遇した。他の戦闘員に比べ緊迫感に欠けたひょうきんな発言・態度と、男子なら一度は熱狂する戦隊ヒーローさながらのカラフルな戦闘服を着込んだ姿に魅せられ、このような砂漠の真ん中まで頻繁に会いに来てはバトルを吹っかけられ……たが、しっかり勝ち星を納めてきた。

「さてはお前、オレたちを手頃な遊び相手だと思ってるだろう!」

 ようやく我に返ったらしい赤色の戦闘服の長男・モノルが噛みつき、先の笑いが抜け切らず未だにやにや顔のアズマが速答する。

「ううん。サンドバッグ」
「なお酷い!」

 緑色の戦闘服の末弟・ヘキルのツッコミに、にいっと口の端を歪めたかと思えば直後思案顔になり、「でも」と一呼吸置いてから、言い放った。

「ポケモンたちに悪いね」
「オレたちには悪いと思わないのか!」

 黄色の戦闘服の四男・テトルの食い気味の台詞。少年は今度は努めたようにぼんやりと「あんまり」と返答した。

「べえ〜っだ! いつまでも相手してもらえると思うなよ!」

 リーダーらしからぬ子供じみた仕草を交えモノルが吠える。弟たちもやいのやいのと騒ぎ、アズマはまた腹を抱えた。


「そう言えば、テレビ見たぞ」

 少しして、青色の戦闘服の次男・ジレルが思い出したように言った。
 ラボには何故だかまだ電気が通っており、地下には泊まり込みの研究員のため用意されていた家電が一通り揃っているので、ちゃっかり使わせてもらっているのだと言う。ニュースは無論、例のドキュメンタリーも視聴したとのことだ。

「お前も有名になったもんだよなあ」
「うん。オーレのヒーロー」
「自分で言うなよ!」

 ぼそっと漏らす少年に、ジレルは半笑いを口元に浮かべて返してやる。

「こんなお子ちゃまに一組織が潰されるなんて、人生どこでどうなるか分かったもんじゃないな」

 紫色の戦闘服の五男・ペタルがしみじみと息を吐き、モノルが自身らのトップを討ち取った天敵を一瞥する。

「どこにでもいる、遊びたい盛りの普通の子供にしか見えないのにな」
「わざわざこんな辺鄙な所までちょっかい出しに来やがって。ほんとここじゃただの、……ちょっとバトルが強いだけの子供だってのに」

 茶色の戦闘服の三男・トリルの呆れた口調に触発され、アズマは「六人が寂しそうだから」と返す。すると、

「寂しくない!」
 とヘキルが声を上げた。

「じゃあ、ヒマそうだから」
 取って付けたようなことを続けて言うと

「ヒマじゃない!」
 とテトルが抗議をした。

 アズマはぷくくと頬を膨らませ、打てば響く、と言う言葉を脳裏に浮かべる。これだからここに来るのをやめられない。
 ずらりと目の前に並び、真剣な表情でこちらを見据えペンを走らせる取材陣との、熱く長い談義の毎日がつらかったという訳では無いけれど。一刻も早く終わらせて、ここへ遊びに来たいと何度思いを巡らせていたことか。
 しかし六つ子とのやり取りがいくら痛快だろうと、目上をからかい回すのは良くない。本気で立腹させて相手をしてもらえなくなるのは悲しい。
 アズマは慌てて膨れた頬を手の平で押し潰し、ふすふすと息と共に笑いを吐き出しながら

「うそ。オレが楽しいから」

 そのように口にした。

『………………』

 六つ子は絶句した。
 戦闘員の標準装備、目元まで隠れるヘルメットの所為でよく解らないが、どうやら面食らった様子だ。ただ、彼らが驚いた理由は少年がそのように考えていたことにではなく、急に本音を伝えて来たことに対してだ。

 この子供が自分たちに親しみを持って絡んで来るのは、全員がよく解っていた。モノルやトリルは好意につんけんしてしまうこともあるが、元々六人共に愛情深い性質であるし、年下に慕われるのはさして悪い気はしないものだ。
 アズマが六つ子に会うのを楽しみにしているのと同様に、六つ子も少年が遊びに来るのを心待ちにしていた節がある。ゆえのくだんのやり取りだ。
 鬱陶しいなら端から相手はしない。彼は悪戯好きだが悪ガキではないし、自分たちも少なからず楽しいと感じていたから、今まで相手して来たのだ。

 先程少年が隠れていた時に六人が話していたのも、実はアズマのことだった。

 シャドーの本拠地ニケルダーク島に単身乗り込んで総帥の陰謀を砕き、数多のダークポケモンとXD001を保護して帰還したとの報道から一ヶ月強、ラボに姿を見せなかった少年。今や彼はオーレ地方の英雄だ、自分らのことなど忘却の彼方に追いやるほど忙しくなったのだろう、と六人は各々自身に言い聞かせていたが、一抹の寂寥感は否めなかった。こんな砂漠の真ん中には、少年以外に来る者は居ないのだ。

 だから今日、何事も無かったかのようにやって来て、最後に会った時と変わらない姿を見せてくれたことに、無性に安心してしまった。以前と同じ軽口を叩かれ、不覚にもとても嬉しくなってしまった。

 年下の何気無い言動に六人共が一喜一憂していると知られるのは癪なので、間違っても本人に打ち明けてはやりはしないが。

「仕方無いヤツめ! そこまで言うなら相手してやらないことも無いぞ!」

 モノルが言った。恩着せがましいこと無上だが、アズマはにこにこしてありがとうと礼をした。

「けど今日はバトルしに来たんじゃなくて、トリルさん」
「!? なんだ!?」

 脈絡も無く自分の名が呼ばれ、ややそっぽを向いていたトリルは肩と声をびくつかせて振り返った。
 アズマが真っ直ぐ茶色の戦闘服を着た自身を見据えている。何やら書類をこちらへ差し出していた。無言で受け取り紙面をちらと眺め、すぐに顔を上げた。

「アシスタントスタッフ募集。…………??」
「求人広告か?」
「なんでこんなもんトリルに?」

 三男に手渡された書類を両隣から覗き込み、やはりすぐさま少年を見やったジレルとテトルが、本人の疑問を引き継ぎ問い質す。アズマは簡潔に答えた。

「仕事辞めたいって言ってたでしょ」

 瞬時にトリルは、以前ぽろりと「バトルが嫌いだ」とアズマに打ち明けたことを思い出した。場所はフェナスシティの市長宅、乗っ取り作戦の最中だったと記憶している。そうした回想をしているとアズマが「そろそろ廃業したいけど兄弟がなぁ……」などと言う愚痴も一緒に零していたと、事の発端を兄弟たちに説明していた。嫌な予感がする。
 アズマの報告を聞き終えた茶色以外の六つ子が、残る一人を揃って凝視した。注目の的になったトリルは兄弟たちが、ヘルメットの下から非難の眼差しを向けていると理解し、固まる。直後、紫色と青色の咎めるような言葉が響いた。

「お子ちゃま相手になに人生相談してるんだよ」
「馴れ合い過ぎだろ」

 正直馴れ合っているのは六人全員共だったし、皆がそれを自覚していた。お互い様だったから、今の今まで一度でも言及しなかった。
 しかし今回つい指摘したくなったのも致し方無い。トリルが転職を希望するほどポケモンバトルを嫌っていたとは、五人は一人として聞いていなかったのだ。
 ヘキルの口癖である『オレたち六人、兄弟愛六倍!』は伊達じゃないと自負していたのに、人生を左右するくらい重大な悩みを自分たちには話さず、赤の他人、それも子供に相談していたなんて、裏切りもいいところだ。

 一方のトリルはなんだか腹が立つやら恥ずかしいやら涙が出るやら、よく解らないけども大変な心境に陥った。兄弟はじとーっと睨んでいるし、アズマはアズマで期待の眼差しで見つめているし。

 しばらくそのまま固まっていたトリルだが、自力で麻痺状態を治すといの一番「お節介め!」と少年に吐きつけ、いつの間にやらヘキルが手にしていた書類を、乱暴に奪取した。

「あんなの真に受けやがって……」

 ぶつくさ言うものの、トリルは言葉通り不快に感じている訳ではない。少年らに背を向けはしたが、少し経つと手元の紙面をまじまじ見つめ、兄弟にも聞こえるよう音読し始めた。すると先刻までの不機嫌さはどこへやら、五人はトリルの声に耳を澄ませ始める。

 アズマは満足気に頬笑み、三男が募集要項を最後まで読み上げるのを、モノルらと共に待った。

「――ポケモン総合研究所より、アシスタントスタッフ募集のお知らせ。先達てのシャドー・XD計画の阻止に伴い、無事保護し正常な状態に復帰させたポケモンの一部が、現在当研究所に在留しております。これらのポケモンはいずれも高い戦闘能力を備えており、現在勤務しているスタッフで世話を賄うことは難しいとの意見で一致したため、実力あるポケモントレーナーをアシスタントとして雇用することに致しました。アシスタントスタッフの業務は各自割り当てられたポケモンの体調管理と調教、研究補助となります。なお当募集は一般公募ではありません。見込みあるトレーナーの方へのみ、直々にご案内させて頂いております。ぜひ一度ご検討下さりますよう、よろしくお願い申し上げます。ポケモン総合研究所所長クレイン……」

 文書にはまだ続きがあったが、トリルの朗読はそこでぷつりと途切れた。


『……………………』

 六人は顔を見合わせる。全員、開いた口が塞がらない。
 ややあって、六人はアズマの方へゆるゆると視線を向ける。確認したいことが多過ぎた。

「お前これさ……渡す相手か渡す物、間違えてるだろ」

 右手で書類をぺらぺら揺らし、疑惑に溢れた声色でトリルが詰る。アズマはちょっと首を捻ってから、素直に応じた。

「間違えてない。出来そうな人に渡してくれって所長に頼まれた」
「“見込みあるトレーナー”ってのの推薦を任されたのか? お前が」
「うん」
「トリルに渡したってことは、トリルが“見込みあるトレーナー”だってお前が判断した訳か?」
「うん。ちょうどいい仕事でしょ」

 長男と次男からの続け様の質問に頷き、そう付け加えた。いい加減とも取れる少年の発言に、話題の中心人物である三男は一瞬だけ鼻白み、そして猛々しく開口する。

「おいおいおい! お前オレたちを誰だと思ってるんだ? シャドーの戦闘員だぞ!?」
「解ってるよ。でもシャドーは壊滅した」
「知ってるよ! 壊滅の原因お前だろうが! そういうこっちゃなくて!」
「リライブ研究の第一人者が、“元”でもシャドーの人間を雇うはずが無いだろ」

 気ばかり焦って咄嗟に妥当な言い回しが出て来ない兄に代わり、四男が鋭く突いた。「それだ!」とトリルが叫ぶ。

「クレインって男、ここに軟禁されて幹部にいくら詰め寄られても、XD計画を全否定して協力を拒んでいた、って聞いたぜ」
「下っ端だろうと、オレたち一度はダークポケモンを使っていたんだ。いくらオレらが腕のいいトレーナーって言っても、トップがそれじゃあ期待するだけ無駄だろ」

 と、五男六男が続く。

 どう贔屓目で見ても優男にしか見えないクレインは、その実外柔内剛で、自分の意に反することには特に一徹だった。彼を懐柔しようと目論んだ幹部ラブリナも、その頑固さを前に匙を直属の部下に投げつけ、最後はアズマから説得してくれと異様な頼み事をする始末であった。

 二人の言う通り、この人事にクレインは難色を示すに違いない。
 けれど今のアズマには、争わずして彼を納得させられるだけの力があった。

「シャドーと戦って負かして、全部のダークポケモンをスナッチしたオレが“いい”って言うんだ。大丈夫」

 右手の親指をびしと立て、アズマは得意顔になった。

 自信満々が過ぎていっそ無責任なくらい軽く宣言した少年に、六人は再度閉口せざるを得ない。
 どこにそんな明言を呈するに至らせる理由があるのだろう。それは次に続く発言で判明した。

「いざとなったらみんなのポケモンを見てもらえれば、腕がいいか悪いか、所長にはすぐ解るし」

 ポケモントレーナーの腕前は、バトルの勝敗だけでは定まらない。勝ちが多いに越したことは無いが、ポケモンの健康状態と信頼関係をこそ、人は重要視する。バトルをしない人間なら尚更顕著だ。

 彼ら六人が持つポケモンは、どれも常に万全の状態に調えられており、そしてとても強かに育て上げられていた。皆分け隔て無く調教しているのだろう、各自のポケモンは全て同等の実力を備え、回数を重ねる毎に手強い相手になっていった。結果的にはアズマの勝利でも、彼のポケモンが一匹でも倒れなかったことなど一度も無い。相手側の一匹に、アズマのポケモンが続けて何匹も打ちのめされることも少なくないのだ。(余談だが、アズマは六つ子が持つポケモンの中ではトリルのケッキングが一番強(こわ)いと思っている。ジュゴンの手助けでキノガッサのスカイアッパーを強化し、一撃で仕留めようと考えた折に燕返しをお見舞いされ、キノガッサが文字通り手も足も出せず撃沈したという、かなり苦じょっぱい思い出を刻まれたことがあった。トリルのバトル嫌い、それに反するポケモンの強さは“好きと得意は違う”の良い見本になるだろうか。)

 敵対していたシャドーの人間を前にした時、クレインも母リリアも、研究所の人々は一人としていい顔をしないだろうことは、想像に難くない。
 だが一旦両者の間を、主である人間に大切にされて来たポケモンが通ってしまえば、善も悪も敵も味方も、概念ごと消失してしまう。
 『ポケモンを愛する人に悪い人はいない』という不思議な法則によって、先入観や価値観を有耶無耶にされてしまう。
 ちょうど今ここにいる自分たちが、ポケモンを通じて繋がりを持ち、交遊を得たように。

 穏やかに明るく、アズマは話した。

 それなのに彼の澄んだエメラルドの瞳は、どこか真摯で必死な色を宿していて、なんとしてでも彼らを説き伏せようとしているかのように見えた。泣いて縋りつく幼児を彷彿とさせる。

 少年のその目つきに気圧された訳では無いが、六つ子はしばし黙り込んだ。
 それから、

「なあ、坊主……その雇用、あと五人くらい名乗り上げちゃダメか?」

 不意にそう、ヘキルが問うた。

「今となっちゃ、オレらも廃業したい……って言うより、現に廃業してるしな……」
「ダメ元で行ってもいいか?」

 末弟に続けとばかりに、モノルとペタルが言葉を発した。
 皆互いの言わんとすることを予期していたようで、一切動揺を見せない。三人の提言に心情と眼差しとを揺らめかせたのは、アズマだけだ。
 少年は、知らず知らず張り詰めさせていた緊張の糸をほどき、返す。

「ダメじゃないよ。シャドーはもう無い、いつまでもここにいなくたっていいでしょ」

 先程の少年の反応を六つ子が踏襲する。それは、安堵の情だ。
 アズマは緩やかになった心中でほっと息を吐いた。
 本当は始めから六人共を誘うつもりだったのだ、彼らの申し出は願ったり叶ったりだった。

「研究所からここまで来るの大変だ。同じ場所にいたらすぐ遊んでもらえる」

 少年の出方を窺う様子だった六つ子だが、そんな台詞を投げられるとにわかに、いつもの調子が戻って来た。

「お前、そんなにオレたちに遊んでもらいたいのか?」

 そんなモノルの問いに対し、アズマは

「オレ妹しかいないもん」

 少しだけ悄気た顔で、答えた。

「弟になるかってテトルさんに訊かれて、すごく嬉しかった」

 いつかのバトルの後、「オレたちの兄弟になるか?」とテトルに訊ねられた少年が非常ににこやかに応じていたことがあったが、あれが本心からの返事だったとは、四男含め全員が夢にも思わなかった。

「お兄さん、欲しいなって思ってたんだ」


 長子という己の立場や妹の存在が気に入らないのではなかった。
 マナのことは生意気だと感じる時もあるが、自分によく懐いてくれているし、守ってやりたいと思っている。マナの面倒をよく見てアズマは偉い、流石はお兄さん、などと褒められるのも誇らしいものだ。
 でも妹が、母や周囲の人々に甘やかされているのを見ると、いつの間にか彼女を羨望している自分に気がついて、なんとも侘しい気持ちになった。そして決まって、自分も誰かにわがままを言って困らせたくなる衝動に駆られたのだが、リリアやクレインが相手では、アズマは自分がそうしている姿を全く想像出来なかった。親や、それに近い歳の人間を相手に求めている訳ではなかったのだと思う。

 それから六つ子と知り合い、親しむようになってからしばらくして納得した。
 彼らにちょっかいを出し、軽口を叩き、からかって、怒られ、笑う。その時の自分が不自然ではなく、その時間がやたらに楽しく、次が待ち遠しくなって。こんな兄たちが居てくれたらいいのにと憧れ始めた。自分も誰かの弟になりたかったのだと、気がついた。

「子供って、あんまり思われなくなったし。オレまだ大人じゃないのに」

 言って、アズマは目を伏せる。

『………………』

 初めて見る意気消沈した少年の姿に、六つ子は甚く心が痛んだ。自分たちと相対する時はいつも、にこにこか、へらへらか、にやにやしているだけに、尋常でない違和感だ。

 生まれてからたった十年とちょっとという幼さで、あれほどのことをやって退けたのだ。一人前扱いは当然の処遇と言える。
 しかし六人から見るアズマは、テレビが連日讃えるほどの英気を備えた大人ではなかった。
 その雰囲気は英雄でもなければ神童でもない、まだまだ悪戯盛りで半人前の人間のそれ。他より少しだけポケモンバトルの才能に恵まれた、至って普通の男児だった。

 大人として扱われ、兄として気丈な態度を求められ――。
 冷血とまではいかないけれど、どちらかと言えば感情的ではない印象の少年が、恐らくそういった無意識の束縛に表情を曇らせている。余程鬱屈しているのだと六人は解した。

「六人と話したりバトルしたり楽しい。みんなはオレを子供扱いしてくれるもん」

 どこへ行っても不分相応の待遇を受けてしまう自分を、しょうがない子供だと言って構ってくれる、それがとても嬉しいと少年は伝え、口元だけで薄らと笑んだ。アズマにとって六人は、数少ない息抜きの場を作ってくれる存在だった。少年が六つ子と親しくなったのはポケモンのお陰でもあり、彼らと自分が持つ性質が上手く作用した結果なのだろう。

「みんな研究所に来てくれたら、毎日楽しいだろうなあ」

 頼りなげな微笑を浮かべていたアズマはそこでやっと、六人が馴れ親しんだやや締まりの無い、そして屈託の無い笑顔を見せた。

 その笑みと稚拙な台詞に、六人は思案する。

 少年が、己が快く生活する為だけに自分たちを研究所へ引き込もうとしているのなら、それは究極のわがままだ。
 なんと自分勝手で、傍若無人で、幼稚な振る舞いだろう。
 けれど、不快には思わない。呆れてはしまうが、怒る気にはならない。困った仕業だとは思うが、多分それは、今の彼が抱く唯一の切望なのだと、六人には感じられるのだ。


「…………まったく」

 やがてモノルがやれやれとかぶりを振り、一つ溜息して口を開いた。

 今の自分たちに、目指すべき当ては無い。
 だったら、彼のわがままに付き合ってやるのも悪くない。
 この子供の望みに付き合うことが、わずかとはいえ悪事に手を染めたことへの罪滅ぼしになるのなら、これほど愉快な贖罪は、きっと他に無いだろう。

「つくづくしょうがない子供だな、お前は!」

 優しい言葉をかけてやることも出来なくはなかったけれど、多分これまで同様、無闇に啖呵を切る方が、自分たちの間柄に相応しいと思える。

「そこまで言うなら行ってやるか!」
「他に当てが無いから行ってやるだけだからな!」

 モノルに倣い、ジレルとトリルも偉ぶった口調で続いた。

「その代わり絶対全員雇わせろよ!」
「給料はたんまり弾めよ! って所長にやんわり頼めよ!」

 更にテトルとペタルが理不尽な言葉を続けて、そして。

「解ったのか、坊主!」

 ヘキルの脅迫めいた締めの台詞にアズマは、とびきり輝かしい笑顔で応えた。

「うん!!」


 少年のあどけない満面の笑みをヘルメット越しに眺めながら、六つ子は「それに」と心中で付け加える。

 彼が姿を眩ました一ヶ月強の間――
 じわじわと味わわされたあの言い様の無い寂しさだけは、二度とごめんだ! と。







 早速今から研究所に来てくれとの少年の言葉に、六人はわずかに気後れするも、了解した。こうしてのんべんだらりとしている間にも、研究員とポケモンたちは名手の到着を待ち侘びているはずだ。
 善は急げ。

「じゃあモノルさんは後ろに乗って」
「おう」

 アズマはスクーターの座席の、普段より前方に腰掛けて、長兄に乗るよう促した。
 次にラボの玄関脇に無造作に停められた、グラードンを想起させるカラーリングのトラック(アズマはテレビや書物でですら実際の姿を見たことが無いが、カミンコ博士が発明したメカ・グラードンに似ていると思ったので、本物にも似ているのだろうと解釈した)に目を留める。

「あの車、動くの?」

 テトルが頷く。

「ああ。昨日も乗ったし給油したてだ」
「三人乗れる? なら、テトルさんとペタルさんとヘキルさんは車で」
「オーケイ」

「…………えーと?」

 呼ばれた三人がトラックに乗り込むのを傍らに見、残る二人が「オレたちは?」とでも言いたげに首を傾げる。アズマは彼らの所作に気がつくと、その片割れにこう訊ねた。

「ジレルさんのメタグロス、元気?」
「は? 元気だけど……」

 それがどうかしたかと訊き返そうとしたジレルより先に、トリルが「まさか」と小さな声を漏らした。

「メタグロスって、二人くらいなら乗れそうだよね」
「そのまさかだった!!」


 そうした一悶着を交えつつも、七人はシャドーのラボを無事発った。二人乗りのスクーターを中心に、三人乗りのトラックと二人乗りのメタグロス(四足を折り畳んでの低空磁力飛行)が、広大な砂漠を北西へと並走する。
 その間じゅう、アズマはなんやかやと連れ合いに話を振っていたのだが、彼が名を呼んでそちらへ視線を投げる度、六人は到底信じられない心持ちにさせられた。

 何故なら、この六人兄弟を一人も間違えずに指し示すことが出来た他人を、初めて目の当たりにしたから。両親ですら完全に一致させたのは片手の指でも余るほどの数だったのに。シャドー入団時、解り易いようテーマカラーを設定したが、ついぞ組織の誰にも覚えてもらえなかったというのに。
 当初はまぐれだろうと高を括ったものだが、アズマの声にも目にもまるで迷いの影が見当たらず、「完璧に把握していやがるぜこいつ」との判断が満場一致で下された。

 やはりこいつ、ただの子供じゃないかも知れない……。
 ほんの少しだけ空恐ろしくなる。

 六人がそんな風に考えていることも露知らず、少年はのんきな顔でスクーターを運転している。
 彼がポケモンのこと以外でここまで情報を整理し、記憶しているのは前代未聞、未曾有の事態だ。アズマの随分な物臭気質を知る由も無い六つ子が真相を知って、なんとも名状し難い気分になるのは、いつのことになるだろうか。




 しかしそれにしても、だ。

「まさかこんなお子ちゃまに就職を支援してもらうなんてな……」
「本当、人生どこでどうなるか分からないよな……」

 車内でペタルとヘキルがぼそぼそ言い合いうんうん頷いている横で、スクーター側の席に座るテトルが少年に話しかけた。

「ところでお前、好きな色考えたか?」

 吹きつける風の音や車両のホバー音に負けじと、朗々とした声で問うてきた四男に、アズマは大きく頷き、言った。

「無色透明」
『ありのままか! 今の状態だろそれ! ブラザーズする気さらさら無いな!!』

 示し合わせたはずが無いのに見事なセクステットが背後と両隣から跳ね返って来て、アズマはからからからからっとソルロックみたいな声で笑った。
 心に一点の曇りも無い。そんな風に笑う少年に釣られて、やがて六つ子も皆笑い出す。しまいにあろうことか、機械さながらな風貌のメタグロスがグガグガ笑った(?)。

「ぅおアアーっ!!」

 がくんがくん揺れてジレルとトリルが転落しかけた。




 ――かくしてアズマの推薦の下、六つ子ブラザーズはシャドー戦闘員から研究所スタッフにジョブチェンジし、ポケモン総合研究所はまた一段と賑やかに華やかに(色合い的な意味で)なったとか……
 ならなかったとか。





《おしまい(多分続かない)》


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
鳩さん、先日は大層な品を頂いてしまいまして、有難うございます!!(いきなり私信)
お礼申し上げがてら何か投稿しようと思いました。頂き物に便乗して、温め過ぎてでろでろに溶けているBWのフォルクローレ的な話を短くして書くつもりが、今個人的に熱いXDに…。トリルの廃業希望発言で浮かんだ妄想でした。病気?いいえ正常です。アズマそこ代われ。
書く内にどんどん入れたいことが浮かんで、どれが必要でどれが不要か整理するのに時間がかかるの、どうにかなりませんかね。ガラケーで連日打っても二週間かかるなんて(涙)。
秋まで待てないってお前もう秋じゃないか!(ヒント:長編板)

それはさておき、十年の時を経てXD2ndプレイしています。コロシアムもやり直したいですがダキム戦の守る+地震コンボがトラウマで手付かずで候。
話の通り六つ子が大好きです可愛い。お前ら何歳なんだ。顔見せろ!……やっぱ見せなくていい!(複雑なオタク心
兄弟順が解らなくなったのでWikiを見たら名前の由来も解ってすっきりです。ついでにモノズとジヘッドも理解。由来が解ると楽しいですね。
ラストに備えてレベル上げ中のため、エンディング後についてはあやふやです。引用した台詞も多少あやふや。←
ちなみにアスカは拙宅のコロシアム主人公です。原作にはそんなアニメは出て来ませんので悪しからず(当たり前)。オーレの夜明け云々は後半にONBS本社で目に出来ますが、ドキュメンタリーかどうかは…。捏造って素敵ですよね。

修正しにまた来ると思います…何回も見直ししてると訳が解らなくなってきます…
■追記:とりあえず修正しました。途中、以前から調子が悪かったガラケーが帰らぬひとになりました。最後の大仕事、お疲れさまでした……(合掌)。

ダーク・ルギアに拉致られて(誤)飛行していた輸送船をホエルオーと見間違え、周囲に馬鹿言うんじゃないよと否定されて拗ねたアゲトビレッジ在住のご老人、ビルボーさんの台詞「ホエルオーは空を飛ぶんじゃ!」にときめきました。うきくじら!

▼十年前の絵で恐縮ですがおまけ。ちょっと季節先取り。

このゆびとまれ (画像サイズ: 682×469 79kB)


  [No.3852] てっぺき 投稿者:   投稿日:2015/11/05(Thu) 21:11:39   195clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
てっぺき (画像サイズ: 763×452 195kB)



「アズマはどんなトレーナーを連れて来るんでしょうね」

 スナッチマシンの開発に使用されていた第一研究室。
 机上に堆く積まれた資料を元あった場所へ戻してゆくクレインの横で、壁際に置かれた透明なカプセルケースを覗きながら、ジョシュアが言った。彼の視線の先には、長いようで短かった役目を終えたスナッチマシンがある。

 願わくば二度と活躍の機会が与えられませんように。そう祈りを込めて、先日アズマと三人で納めたものだ。

「腕前の程は心配無いさ。問題は人数がどのくらいになるかだ」

 足元の低い棚に本をしまっていたクレインは屈んだままの体勢で振り返り、ジョシュアの問いかけに答えた。

「四人くらい来てもらえると助かるんですけど。最低でも二人は必要ですよね」

 言葉を続けた助手に、所長はそうだな、と頷き立ち上がった。

 つい先刻クレインの携帯端末に、了承を貰ったから直ぐに連れて行く、という内容のアズマからのメールが届いた。期待以上の迅速な展開に、元より朗らかなクレインの表情は益々にこやかなものになって、ジョシュアも満悦である。上司がご機嫌なら部下もご機嫌という訳だ。

 しばらくの片付け作業ののち、二人は揃って部屋を出て正面玄関の脇へ歩いた。全面硝子張りの研究所は静穏な林の中に建てられており、景色は抜群に良い。この場に勤める人々の癒しの眺望となっている。
 オーレ地方は緑に乏しい地域であるから、この辺り一帯の土地は高値で取引されていた。けれど無理をしてでも買って良かったと、親友と何度も話したなと懐かしみ、クレインはそよ風に揺られる木々を眺めた。

 とその時、彼が望んでいた緑の隙間から異質の影が現われた。助手と共に目を凝らすと影は見慣れた形をしていて、近づいてくる内にそれがかの親友の息子、アズマが乗るスクーターであると視認出来た。

「所長、帰って来ましたよ!」
「思ったよりも早かったな」

 そう言葉を交わす間にも自動二輪車はこちらへ向かって進行する。次いで、少年を乗せたスクーターよりも大きな影が二つ、追従していることに気がついた。

「なんだか大きな車もついて来ていますね。手前の水色のはポケモンですか?」
「メタグロスだね。うん? あの車……」

 進化前でも充分珍しいポケモンであるダンバル。その最終進化形態を連れたトレーナーをスカウトして来るとは、流石はアズマだ。
 そのように心中で少年を担ぎ上げたクレインだが、メタグロスの向こう側を走行する厳つい車体に見入るや否や、危機感を露に声を上げた。

「あれは! 僕がシャドーに捕まった時に乗せられたトラックじゃないか!!」
「ええっ!?」

 唐突な大音声とその内容に、ジョシュアと、二人の背後でうつらうつらしていた受付嬢がぎょっとして開眼する。
 そうと知った上で再度来訪者に注目すれば、車内にもメタグロスの頭上にも、更にはなんとスクーターの上、少年の真後ろにもシャドーの戦闘員が乗り込んでいるではないか!

「アズマ、追いかけられているんですよ!」
「大変だ……!」

 スーパーコンピューターよりも優れた頭脳を持つと言われるメタグロスを悠々と乗りこなしている辺り、敵も相当の手練れだ。いくらアズマが先方の組織を壊滅に追い込んだ豪傑とはいえ、少年自身は非力であるし、数で掛かって来られては勝ち目があるかどうか。
 二人は居ても立ってもいられず、白衣をはためかせて玄関をくぐり抜け、屋外へと駆け出した。

 瞬時には何が起こっているのか把握出来なかった受付嬢も、所長とその一番助手のただならぬ挙動に、しゃきっと姿勢を正す。そして何故だか頬を上気させたかと思うと、掛けていた椅子からがばっと立ち上がった。

「事件の匂いだわ!」

 思わずのんびり小舟を漕いでしまうくらい平和なポケモン総合研究所に、にわかに漂い始めた不穏なる気配……。
 当施設の顔を勤めるにはいささか軽率な性格をしている彼女は、この緊急事態を他のスタッフにも報せねばなるまい、という使命感を胸に業務を放り出すと、一目散に第二研究室へと走った。






「みんな、もうすぐだよ」

 一方、こちらはアズマと六つ子ブラザーズ。
 ラボを出立してからは特筆するような事件も無く(精々次男と三男がメタグロスから転落しそうになったことくらいだ)、予定よりも早く目的地に到着出来そうだ。

 もう随分と長い間、索莫とした砂原で暮らしていた六つ子は、オーレでは貴重な緑の群生にしばし目を奪われていたが、アズマの声に誘われ前方に顔を向ける。果たして林の合間に、白い建物が見えて来た。

「あれがポケモン総合研究所か」
「結構でかいな」
「右側が研究所で、左側の一階が俺の家」

 少年の解説に六人はへえと得心声を漏らし、改めて正面の建築物を眺め渡した。
 向かって右手、モンスターボールの立体映像を掲げる円筒型の建物が研究所であり、その左に四角い住居棟がぴったり密接している。それぞれに個別の玄関が設けられているのだが、研究所二階の西にある所長室と、住居棟二階の東にある資料室とが扉一枚で繋がっており、そこからも行き来が出来るのだとアズマは説明した。

 研究所へ至る道程の途中には数段の階段があり、テラコッタのタイルが玄関先まで敷き詰められている。アズマは階段手前の砂利道にスクーターを停め、今来た道の端へトラックを駐車するよう、ハンドルを握るテトルに頼んだ。
 最後に車両の横へ、折り畳んでいた四足を地面に突き刺しメタグロスが静止する。三男と共に頭上から降りた次男が、ここまで運んで来てくれた鉄脚ポケモンに礼を言いボールへ回収していると、背面――研究所の方から靴音が聞こえて来て、七人は振り返った。見れば階段の上に白衣の男性が二人、駆けつけて来ている。

「アズマ!」

 名を呼ばれた少年は声の主、所長クレインの方へ体を向けた。そして一言。

「ただいま戻りました」
「何をのんきなことを言っているんだ!?」

 正直あまり迫力が感じられないものの鬼気迫る顔で怒鳴られ、アズマは首を捻った。

「所長が怒ってる」
「怒らない方がおかしいだろ……」
「早速勘違いされてるんだよ、オレら」

 やや離れた所からぎりぎり聞こえるくらいの小声で、トリルとペタルが事情を説く。途端にアズマは納得いかないといった顔を二人に向けたが、彼らに訴えても詮無い話だ。

「シャドーの残党だな。狙いはなんだ。ポケモンたちか?」

 柔和な顔面を顰めて吐きつけたクレインへ、何故かアズマが即解答する。

「給料だよね」

 六つ子がずっこけた。

「はっきり言うなよ!」
「せめて仕事と言え!」

 事実と言えば事実だが、そんな言い種はあんまりだ。
 話が軌道に乗るまで大人しくしておく姿勢を早くも崩し、ジレルとモノルが次々噛みついた。

 少年に暴言を放った男たちに対し、クレインらは反射的に身構える。が、今のアズマと彼らのやり取りに違和感を覚え、無言で視線を交わし合った。
 少年は戦闘員らにぐるりと包囲され見るからに穏やかではないのだけれど、アズマからは彼らへの敵愾心を微塵も感じられないし、六人も何やらこそこそ不満げに訴えかけているだけで、少年に害を為そうとしている風には見えない。むしろその有り様には親しみすら漂っているようで、二人を大いに唖然とさせた。

「な……何を話しているんですかね」

 隣のジョシュアが困惑して問うて来たが、クレインにも理解不能だ。
 なんなのだろうか、これは。何故このような事態になっているのだろうか。

(僕がアズマにトレーナーを探して来て欲しいと頼んで、それで……)

 少年たちを見ながらこうなった発端に思案を巡らせたクレインは根本的なことを思い出し――そして同時に、到底信じられないものの極めて高い可能性を持った結論に達してしまった。否定したいところだが、実際そうするには状況が上手く整い過ぎている。
 しかし、まだそうと決まった訳ではない。クレインは自身に言い聞かせて、少年に訊ねた。

「アズマ、約束のトレーナーはどこだ? 連れて来てくれたんだろ?」

 少年は瞬間あ、と一音だけ漏らし、問うてきた男性に振り返った。そして彼らを――六人のシャドー戦闘員を指し示して、言った。

「この人たちです」

 一縷の希みは脆く儚く、ほどけ散った。

「えっ? えっ?!」

 予期していたとはいえ、直ちには許容し切れない真実を突きつけられ愕然とする所長の横で、助手がコイルの目をして狼狽える。そんな彼の態度を見て念には念をと考えたのか、アズマは重ねて言い放った。

「この六人をアシスタントとして雇って下さい」

 いつの間にか研究所の玄関前に集まっていた人々が、ざわざわと、どよめき立っていた。








「六人は六つ子の兄弟で、左からモノルさん、ジレルさん、トリルさん、テトルさん、ペタルさん、ヘキルさん」

 軽い混乱を来しそうな紛らわしさ六倍の名前を列挙するアズマを制し、正面玄関の人混みを掻き分けて、クレインはひとまず所内へ六人を通した。
 エレベーターで二階へ上がり、廊下突き当たりの応接室の扉を開ける。六人には二つある深緑色のソファに半数ずつ掛けてもらい、アズマと立ち並んで彼らと相対すると、クレインは口火を切った。

「確認のために訊くよ。今日はどんな用事でこの場所を訪ねて来たんだい?」

 訊くまでも無いことだが、先刻の答えはあくまでアズマ目線のもの。少年と六人との間に意見の食い違いがあるかもしれず、本人たちの口からも事情を聞こうと、所長は考えた。

 眼鏡の奥にあるクレインの双眸はヒノアラシの如しであるから、敵対心を剥き出しにしても今一相手を恐れさせるような形相にはならない。だが一文字に引き結んだ口元、真っ直ぐ伸ばした背筋には、彼を現所長たらしめる威風が窺える。
 そのため六人は暫時、借りてきたニャースみたいにおずおずとしていた。

「えーと、こちらの……アズマ君が、うちのトリルに……あ、こいつです。アシスタント募集の話を持って来てくれまして……」

 そんな中、長男でリーダーという責任感からか、モノルがそろそろと切り出した。傍らに立つアズマを一瞥したり、同じソファの反対側に座る三男を指したりしながら、出来るだけ丁寧な言い回しを選んで話す。

「こいつ前から転職したがってて、それをアズマ君が覚えてくれてたみたいで……。出来ればオレたちも一緒に働かせてもらいたい、と思いまして……ついて来たんです」

 赤い戦闘服を纏う男の言い分に聞き入るクレインの後ろで、アズマは密かにうきうきしていた。初めて六つ子に名前を(しかも君づけで)呼ばれたからだ。それも最もつんけんした態度で一時は自分を『オレたちの天敵』とさえ評していた長男に。
 所長の手前、表向きは平静を装っていたが、今にも表情筋が踊り出しそうなくらい気分上々である。

「ふむ……」

 アズマの浮わついた気持ちも露知らず、クレインはヘルメットに隠れた発言者の両目に、眼差しを注いだ。彼一人を通して六人全員の本心を見定めるように。
 長男は全身を強張らせつつも、幹部も音を上げたという男の凝視を受け止める。他の兄弟は、あたかも自分たち自身がそうされているかのように、緊張した心持ちでクレインを見つめ、また、その視線からの解放を待った。

 そうこうしているとドアの向こうから、所長、と呼ぶ声が聞こえて来る。

「入りたまえ」
「はい。失礼します」

 クレインは扉へ目をやり、訪ねて来た人物を招き入れる。直後、女性研究員とハピナスが一礼して入室して来た。
 彼女たちはトレーに乗せたカップ六脚を六つ子の前のローテーブルに並べ、サーバーから淹れ立てのコーヒーを注ぎ入れて、六人に勧める。

「ごゆっくり」
「ハピハピ〜」

 来客に微笑みかけ、再び恭しく一礼したのち、研究員とハピナスは退室した。
 ふたりにありがとうと投げかけ、その後ろ姿を見送ると、クレインは六つ子に向き直る。するとさっきまで張り詰められていた六人の身体が、心なしか緩まっていた。自分の眼差しが外れたことと、彼女らの接待にわずかながら緊張がほぐされたようだ。
 怖がらせてしまったかと胸中で反省し表情を和らげ、クレインは口を開いた。

「解った。少しアズマと話をして来るから、ここで待っていてくれ」
「は! はい」

 長男の声色にはどことなく安堵が漂った。本格的に、この張り詰めた空気から抜け出せるからであろう。

「行こう、アズマ」

 クレインは少年へ顔を向け、彼に柔らかく指示する。アズマは六つ子に「ちょっと待っててね」と断りを入れると、所長の後に続き応接室を出て行った。

『………………』

 部屋には来訪者の六人だけが、ぽつんと取り残された。






 廊下へ出たクレインは、迷わず隣室へ……ではなく、袋小路の窓辺へ向かった。

「アスリン君」

 呼びかけた先には一人の青年と胴長ポケモンがおり、所長と少年に気がつくと会釈しながら歩み寄って来る。
 彼アスリンは、研究所に勤務するトレーナーの中の一人だ。普段は野外の警備を担当しているが、先程表から引き上げる際、ここへ来るようクレインが頼んでいたのである。

「僕らは所長室に行くから、よろしく」

 そうとだけ言い置き、所長は出て来た応接室を横切り、奥の部屋へと消えてしまう。アズマはすぐにはその後を追わず、青年が今ここにいることとクレインがかけた言葉とを不思議に思い、アスリンに問うた。

「よろしく、って?」
「ん? ああ。所長と君がここを離れる間、監視を頼まれたんだ」

 青年は上着のポケットから紅白色の球体を二つ取り出し、投げる。既に外に出ていたオオタチの隣には大きな梟が、トレーナーの脇には空蝉が宙に浮いた状態で現われた。

「監視?」
「そうさ。実際の目的は、ポケモンやスナッチマシンを盗んだり、リライブホールを壊したりすることかも判らないから」

 少年は彼の台詞に秘められた意図がすぐに掴めず、唖然としていた。しばらくして合点が行くと、ほんの少し眉根を寄せ青年の発言を一蹴する。

「監視なんて無くていい。見てなくても何もしません」

 三匹を伴って応接室へと進んでいたアスリンが、少年に振り向く。

「だけどさ、彼ら、どう見てもシャドーの戦闘員じゃないか」
「もうシャドーじゃないです」
「そりゃもうシャドーは無くなったけど、そういうことでもないんじゃないか?」

 詰まるところ、彼はモノルたち六人を疑っているのだ。組織が立ち消えても、属する人間に根付いた思想までは失われない。アスリンはそう言いたいのだろう。
 青年は、所長がシャドーに連れ去られる正にその現場に居合わせ、更には戦闘員から暴力を振るわれた内の一人でもあった。そのために、疑心に拍車がかかっているのかも知れない。

 そして疑惑を抱えているのは青年だけでなく、クレインもなのである。だから彼は青年に、来客を見張るように依頼した。

「…………」

 軽いショックに見舞われアズマは、瞬きも忘れて立ち尽くす。所長ならば一も二も無く快諾してくれると、どこかで当然のように決めつけていた所為だ。
 よく考えてみれば無理からぬことだのに。クレインはシャドーに誘拐された張本人なのだから。

 彼らが六人を疑う気持ちは解らないでは無い。アズマと違い、彼らは六つ子がどういった性質を持つのかまだ知らない。自分だって青年らの立場になったら、敵対していた組織の人間のことなど、到底信用する気にならないだろう。
 ただ、悪事を働きにやって来たと断定し監視する――そんな真正面からの悪人扱いはあんまりではないか、と思うのだ。

「アズマ? 何してるんだい、早く来たまえ」

 呼び声に導かれ視線を転じれば、エレベーターの傍らにある扉からクレインが、怪訝な顔を覗かせている。

「……」

 アズマは青年とポケモンたちに温度の無い一瞥をやってから、所長の元へ歩き出した。






 クレインが覗いていた部屋、すなわち所長室へ入ると、デスクの前ではジョシュア、そして騒ぎを聞きつけやって来たと言う母、リリアが待ち構えていた。

「お帰りなさいアズマ。ジョシュアさんから聞いたわ。一体どこからどうして連れて来たの?」

 ただいまと言う息子への受け答えもそこそこに、落ち着いた口調で畳み掛けるリリア。まるで拾って来たポチエナに対する物言いだ。

「シャドーのラボから、書類を渡して見せて、ついて来てもらった」

 手酷い母の台詞にそれでも淡々と簡潔に、少年は説いた。
 所長の言葉が後に続く。

「確か出掛ける前にアズマ、久しぶりに会いに行くとか言っていたね?」

 ポケモンを通じて敵同士が意気投合するのは珍しくもないだろうが、アズマと六つ子の互いへの応対には相当の親好が垣間見えた。果たしてどういった関わり合いなのかという質問へ、少年はあっけらかんと返す。

「いつも遊んでもらってました」
「遊んでもらってた?」
「悪どいことを吹き込まれたりしなかったかい?!」

 途端リリアは心配げに眉を八の字にひそめ、ジョシュアは切羽詰まった声を上げ……少年は胸の内で嘆息した。やはりこの二人も、彼らに疑惑を抱いているのだ。
 しかし今すぐ納得してもらえずとも、六人に対する認識が間違っていることは指摘しなければ。気を取り直して切り返す。

「モノルさんたちはずっとラボにいて、悪いことしてません」

 唯一彼らがラボから離れて出張したフェナスでも、町の実力者セイギに化け人々を攪乱しようとしただけで(結局たったの一人しか惑わせられなかった上、何故かセイギの株を上げてしまっていた)、悲しいかな、アズマの善行の妨害にはちっとも貢献していなかった。
 思うに、彼らは悪道に全く向いていない。悪に憧れることと、悪に染まれるかどうかは、多分別問題なのだろう。

「でも、幹部と同じくらいポケモンバトルは強いです」

 現在の幹部らについては知りようも無いが、ニケルダーク島で再戦した際の四人と比較するなら、六つ子も引けを取らないレベルに達している。それは直々に、かの者たちと戦ったアズマだからこそ判る事実だ。
 クレインはゆったり頷く。

「アズマの眼力は疑わないよ。さっきのメタグロスも最初はダンバルだったんだろ? よく育てられていたね。ぱっと見でも、彼らが実力あるトレーナーなのは解るさ。僕としては、彼らがアシスタントになってくれるのは大歓迎だよ」

 そうしてクレインは、人数的にも問題無いしね、と微笑み付け加えた。だが、その台詞にアズマは不審に満ちた顔を向ける。

「だったら」

 どうして監視なんてするのか。そう継ごうとした少年より先にクレインが割り込み、続けた。

「僕は所長だ。しようと思えば、僕だけの都合で研究所を如何様にも動かせる。強制的に、研究所のみんなを僕の思い通りに従わせることが出来る。でもだからこそ、そんな横暴な真似はしてはならない。研究所のみんながいるから、僕は所長でいられるのだからね」

 突然、何を言い出すのだろう?
 アズマはクレインの、唐突な話題の転換に眉間へ皺を寄せた。隣にいるジョシュアも呆気に取られている。
 引き替え少年の母親は、なんとなく所長の言わんとすることを心得ているようである。彼にではなく、訝しげな面持ちの息子の方を見つめていた。

「一度戦闘マシンにされてしまったポケモンを、怖がる人が居るのと同じように。一度シャドーに所属していた人間を、簡単には信用出来ない人が居る……」

 アズマが何をか切り出さない内にとでもいう風に、クレインは言葉を重ねていく。

「そう考えている人でも、僕にとっては、大事な研究所の一員であることに変わりは無いんだ。自分とは相反する意見でも、取り上げて尊重する義務が、所長の僕にはあるんだよ」








 クレインとアズマが立ち去って十分が経とうかという頃。
 所長室の隣の応接室では、カップに並々と注がれていたコーヒーもすっかり飲み干した六つ子が、暇を持て余していた。
 所長のプレッシャーから解き放たれ一心地ついていたのも一瞬で、今はもう、まだかまだかと二人を待ち倦ねている状況だ。

 ここで待つよう言われてしまっているため、部屋を出ることも所内を見学することもままならず、仕方無く依然ソファに座している。ポケモンの世話をするかとボールへ手を伸ばすも、放す先は二匹も出せば手狭になりそうな、頼りない空間。育ち切った六人のポケモンには、相応しいとは言えなかった。
 あとはもう兄弟で話をするくらいしか無いという答えに行き着いたのだが、不意に部屋の外に人の気配を感じ、六人は思わず口を閉ざした。

 気の所為、ではないだろう。部屋を出た直後アズマが、クレインではない誰か別の男と話をしていたようであったから。
 それに。開いたままの自動ドアへつと目を向けると、隙間から、代わる代わるこちらを覗いているポケモンと、何度も視線がぶつかった。
 ヨルノズク(勿論トリルのヨルノズクではない)に、オオタチ(抱きしめたい衝動に駆られたのは六人だけの秘密だ)に、ヌケニン(不気味なチラリズムである)……十中八九自分たちは、彼らとその主人に一挙一動を見張られているのだろう。

 覚悟していたつもりだったが、実際こうした処遇を受けてみると、予測を遥に越える罪悪感に胸が押し潰されそうだ。世間一般からのシャドーの評判は、こんな扱いを受けるくらいには悪しきもので、アズマが非常に稀な変わり者なのだと深々と痛感する。

(不採用だっていいから早く来いよ……)

 ポケモンたちと見知らぬ男からの監視で身動きが取れない六人は、年下に縋るなんて情けない、とは思いつつも心中で、アズマが一秒でも早く戻って来ることを祈った。






 所長室のデスク越しに、クレインとアズマは向かい合って立っている。少年は、所長の発言がどうした意図によるものなのかを捉え切れずに、眉を顰めた表情のまま固まっていた。そこへクレインが尚、語りかけてゆく。

「君たちが到着した時、玄関に集まっていたみんなが不安な顔をしていたの、アズマは気づいたかな」

 思い起こすまでもない。全然気がつかなかった。
 六人をここへ連れて来られたことが嬉しくて、これからのことを想像するのに忙しくて、周囲の人間の様子にはちっとも留意していなかった。

 芳しくない顔つきでかぶりを振る少年をしかし咎めるでもなく、対話の相手は次を紡ぐ。

 六つ子を遠巻きに見て怖じ気づき、厭わしげな視線を投げつけていた人々に対しクレインは、自分も同意だと周知させるため、彼らの目の前でアスリンに訪問者の監視を指示したこと。
 クレイン自身は、シャドーという組織とその所業に敵意があるだけで、六つ子たちを敵視している訳ではないこと。
 自らの意見を偽るどころか、研究所の人たちを欺くような真似をしていて、決して気持ちの良いものではないけれど、皆を纏め導くためには嘘が必要になる時があること。

「確かにさっきは、アズマが追われていると勘違いしてあんな風に言ってしまった。けどそのことに対して、悪気は無かったなんて弁明はしない。シャドーを敵だと感じるのは本当だからね。でも、彼らはきっとシャドーの一員としてポケモンを苦しめてしまっていたことを……反省した、もしくは反省したいと願ったから、ここを訪ねて来てくれたんだ。そんな彼らを、僕は敵とは見做さない。仲間として、共にポケモンたちを救いたいと思うんだ」

 そこまで聞かされてアズマは、クレインがシャドーのラボに軟禁されていた時のことを折よく(薄ぼんやりとだが)、想起した。
 あの時彼はナップスと言う、幹部ラブリナの直属の部下に向かってシャドーから脱退するよう説得し、逆にXD計画の阻止に協力を要請すらしていたのだ。
 クレインが元敵方の人間でも歓待してくれるはずだとアズマに確信を抱かせていたのは、脳裏の片隅に、その記憶が残っていたからだったのであろう。

 クレイン個人としては、アズマの人選に何一つ異論は無い。だが所内には六つ子を見てくれで判断してしまう人間が圧倒的に多く、その心理も充分納得のいく範疇にあるため、余計な波風を立たせぬようああいった回りくどい処置を取らざるを得なかった、という具合だった。
 いくらアズマが頼りになり、信用の置ける言動を数多くしてきたのだとしても、今回ばかりは一散に傾倒は出来なかった。クレインはそのように説いた。

「僕の考え、解ってくれるかい?」
「……はい」

 心澄まなさそうな所長に、彼の言葉の端々まで整理し終えてアズマは、やがてゆっくり相槌を打つ。彼に、申し訳無いと思った。自分の味方であるのに、疑ってかかってしまったことに。他の全てのスタッフの味方であるのに、過度の期待をかけてしまったことに。

 うら寂しげな顔になる少年を見、クレインはふと微笑を浮かべてから――やおら真剣な表情を作る。それで気持ちが切り替わり、アズマ、それにジョシュアとリリアも、所長と同様の顔つきで彼を見つめた。
 これからが“最終確認”だろう。

 不意に、長らくデスクの椅子の前に立ち尽くしていたクレインが歩き出した。アズマに背を向け右へ、机の後ろに立ち並ぶ本棚が途切れる方へ進む。
 そうしておもむろに虚空に向かって、けれど後ろにいる少年の元に届くべき言葉を発する。

「どれくらい、いつまで白い目で見られるか判らない。信用を得るよりも前に、彼らが折れてしまうことだって考えられる」

 デスクの右端を曲がり、一番助手たちを横目に、少年と相対する。

「その時、責任を問われるのは所長の僕だけど、責任を強く感じるのは君のはず。彼らのため、君のために、慎重に決定しなければならない」

 本棚のある方に向いていた体を左へずらし、アズマはすぐ傍にまで歩み寄って来たクレインを、ゆるゆると仰ぎ見た。

 二人の間を隔てていた壁は、もう無い。



「俺が、守ります」

 しばしの間(ま)の後、少年が言った。

「そういう目から、俺が六人を守ります。研究所のみんなも、モノルさんたちも、傷付けないようにするから」

 大人たちからの注目を一身に受け、大人びた口振りで少年は、健気に台詞を引き紡ぐ。

「あの人たちを雇って下さい」

 刹那。
 自分を真っ直ぐに見上げるエメラルドの瞳に、クレインは親友の影を見た。目の前にいる彼、その今は亡き父親の俤(おもかげ)を。

 物心ついた頃から、ポケモンとバトルにしか強い関心を寄せなかった彼が、あの兄弟を研究所に招き入れることに一途に拘っている。彼にとって六人は、ただのトレーナー仲間ではないのだろう。
 彼らに向ける少年の感情がどういった性質のもので、どういった経緯から生まれ出たものなのか。クレインには到底判断し得なかったが、ただ一つ確かなのは、彼のその志(こころ)が、鉄のように固いものだろうことであった。

 母親似の理性的で泰然とした性格である彼が、時折顕す頑なな意志。それは、クレインやリリアが学生だった頃、あまりの意志の固さからボスゴドラ、などと揶揄されていたあの男が、息子に分け与えたものだから。病床に就いても果たすべき夢のため、事切れるその瞬間まで働き続けた親友と、類を同じくするものだったから。
 揺らがすことは出来ても、砕くことは叶わない。それはクレインが一番よく知っていた。

「…………」

 少年は不安がる気持ちをひた隠しにし、一心に祈るように所長を見つめる。相手もまた、切迫した眼差しをこちらへ注いでいる。長い、長い沈黙が、部屋中を満たしていた。


「…………ふ」

 その内に。
 クレインが吐息を落とし、静寂がにわかに破られた。
 向かい合う二人を黙して見守っていたジョシュアとリリアが、思わず身じろぎする。

(もういい、かな)

 胸中で呟き、頬笑む。しかしてその口から紡ぎ出された言葉は。

「アズマはこれまで散々、僕らの無茶な要求に応え続けてくれた。だから、この件は出来得る限りアズマの思う通りにしたい」

 アズマの眉がわずかに動く。彼の小さな胸をどくん、と鼓動が叩く。

「ってことは……」

 息を飲んで身を乗り出し、少年は勢いづく心音を抑えて訊ねた。胸の辺りにまで持ち上げた拳は、両方とも握り込まれている。

 クレインはにっこりと、少年へ笑いかけた。

「うん。彼らに手伝ってもらおう」
「やったぁ!!」

 瞬間、アズマは我を忘れたかのごとく歓声を上げた。そんな風に彼がはしゃぐ姿を初めて目にしたジョシュアは、呆気に取られ、それから思わず少年に大丈夫かと声を掛けてしまう。

「アズマ……」

 狼狽気味の研究員の隣でリリアは、もう久しく望んでいなかった息子の幼気(いたいけ)な笑顔を、驚きと切なさが綯い混ぜになった、複雑な面差しで眺めていた。

 そしてクレインはただ穏やかに微笑んで、親友の息子の歓ぶ姿を眩しそうに見つめる。

「所長。ありがとうございます」

 ややあって、アズマは我に返ったように落ち着きを取り戻すや、姿勢を正しクレインに頭を下げた。

 自分の味方であると同時に、他の全スタッフの味方でもいなければならなかった彼が、苦心の末に、承諾してくれたこと。アズマがオーレを救った英雄だということを抜きにしても、自分の意見も確と聞き届けてくれる彼の心意気に、ひたすら感謝した。

「僕の方こそありがとう、アズマ」

 少年の一礼を受け取り、自身も礼を言ってから。クレインは密かに、先の己の振る舞いに苦笑する。

 最終確認に際し、彼の返して来る答えは解り切っていたし、また、それに対して自分がどう返すかも決まり切っていた。頃合いになれば、あとは用意していた台詞を継ぐだけだったのだ。

 結局自分は単に、この少年が深奥に宿す、懐かしく慕わしい頑固さに触れたかっただけ……彼の妹には受け継がれなかった唯一無二の親友の、今も誰より強い輝きを放つ志の一片を、すぐ傍に眺めたかっただけなのかも知れなかった。



「みんなに知らせないと」

 思い立ち、こうしちゃいられないと歩き出そうとしたアズマを、「でも」という所長の一言が引き留める。アズマは無論、他の二人にも注視される中で、クレインは言い放った。

「とりあえず格好をなんとかしてもらわないとな……。一瞬、特撮のヒーローかと思っちゃったよ」

 初見のひとときで彼と同じことを思ったのか、ジョシュアはぶっと噴き出し、失笑を堪えるようにリリアが口元を押さえた。








 複数の靴音が廊下を響き渡って来ると、六つ子はぎゅっと身を固くした。その音を立てるのは、十数分前に退室したクレインとアズマに違いない。
 少年のものと思しき方の靴音に耳を澄ませ、そこから彼の心境ひいては採用の合否を推量しようと試みるが、当然、ちっとも判らなかった。
 やがて開かれっ放しの自動ドアを、予想した通りの二人がくぐり抜けて来る。そして六人が少年の表情を窺おうとしたところ、所長が出し抜けに口を開いた。

「お待たせしたね。君たちを採用することに決めたよ」

 六人の時が、止まる。

(お……おいおいおいおいおいおい。いくら不安は長続きさせない方が心臓に負担をかけないからって、そんなやっつけ仕事みたいなスピードで不採用通知噛まさなくったっていいだろ!)

 危うく声に出そうになった台詞をすんでの所で嚥下し「そうですか……」と悄然と呟き、帰り支度を始めようとして――はたと六人が一斉に動きを止める。

「あれ……? 今なんて?」
「すいません、今なんて」
「んっ聞こえなかったかい? 君たちを採用する、と言ったんだよ」

 順繰りに問うペタルとジレルに、クレインはきょとんとした顔で応じる。

「えっ? あ……ええっ??」
「さ、採用?」

 ヘキルとトリルのとぼけた声へ、事も無げに相槌するクレイン。先程の威圧感はなんだったのか、すっかり穏やかな性格のヒノアラシ(めざめるパワーがあるとしたら草タイプ)の風情だ。
 信じ難い台詞に疑心が芽生え、ついと所長の後ろに控えた少年に目配せすると、にこにこした顔が向けられた。
 どうやら、本当らしい。

「そ、それはどうも」
「ありがとうございます……?」

 恐縮したように体を縮こませ、テトルとモノルが言った。ああ、とクレインは温厚に頷く。

「すぐに制服を用意するから、待っていたまえ」

 不安な様子は掻き消えたが、なんだか気抜けしている風の六つ子を眺め渡しつつクレインはそう声をかけると、背後の少年に振り返る。

「アズマはその間、研究所を案内してあげてくれ」
「はい!」

 満面の笑みを伴って応答するアズマを見届けて、所長のみが再び応接室を後にした。






「大丈夫だったのか……?」

 遠くに自動ドアの開閉音を聞いてしばらく。扉の方から振り向き様に、トリルが少年に問うた。
 アズマを信用していなかったのではない。ではないが、こんなにあっさり許可が下りるとは夢にも思わなかった。まだ、実感が湧かない。

 少年は心配そうに言った三男へ、返事の代わりに頬笑んで見せた。それから部屋の外へ出て手招きする。
 その小さな後ろ姿を追い、六人は思案を廻らせた。

 所長が少年との話し合いの場を移した訳が、自分たちを迎え入れることに反対していたからであったとしたら。
 短くない時間を費やして、もしかしたら彼は懸命に、所長に頼み込んでいたのではないだろうか。どうか自分たちを信用して欲しい、とでも言って。

 視線で問いかけてみるけれど、勿論アズマは気づかない、答えない。


「そこが所長室で、この部屋はバトルマシンがあるトレーニングルーム。次、下行こう」

 六つ子全員が廊下へ出たのを確認すると、アズマはこのフロアにある応接室以外の部屋を指差して簡単に説明した。その後、階下へ降りる。
 受付へ向かう道すがら、資料を抱えた何人もの研究員やエンジニアとすれ違い、彼らと軽い挨拶を交わしながら進んで行く。
 廊下の左右にはそれぞれに一つずつ、広い間取りの研究室がある。正面玄関から見て左が第一研究室。そして右が、リライブホールを擁する第二研究室だ。

「あっちの二階も行こ」

 何故だかわくわくしている風な受付嬢に見送られ、アズマと六つ子は一度屋外へ出て、西側の住居棟に入りエレベーターで二階へ上がった。そのまますぐ傍らに見える扉をくぐると、そこは研究所のスタッフが一息つく休憩室だ。

 研究棟で見かけた人々は皆、真面目な表情をしており寡黙そうな印象だったが、それは場所が場所なだけであって、この場を訪れれば恐らく全員が、緩やかな顔で寛ぎ自由に私語を交わすのだろう。
 故に、六つ子に対しての反応も自然で飾り気の無いものになる。

「こんにちはー」
「あら、こんにちはアズマ君」
「やぁアズマ、いらっしゃい〜」

 テレビを視聴しつつ世間話に花を咲かせていた男女は、アズマの後にずらりと居並ぶ戦闘員に気づくと、明らかに動揺し、顔を強張らせた。

「こんにちは……」
「ど、どうも〜」

 兄弟たちが会釈すると一応はそう返してくれたが、その表情と口調は確然たる戸惑いに彩られていた。

『………………』

 珍客騒動は既に研究所全体に広まっているらしく、どの部屋へ案内されても特に騒ぎ立てられることは無かったが、自分たちが異質な存在であることは刻々と、六つ子の身に染み渡っていった。



 休憩室を辞してから一段と居心地悪そうにして、無言で下ばかりを見ている六人へ、アズマは不意に振り返る。そして、何事かと順々に足を止める兄弟たちに向けて、言った。

「俺がみんなを守るから、安心して」
『は?』

 正面切っての突然な宣言に、ヘルメットの下で目を白黒させている(だろう)六つ子をよそに、モンスターボールを開け放つ。中から、少年とよく似た赤い毛皮の獣が緩慢な所作で飛び出す。
 ブースターのクロノスは主人の想いを見通しているかのように、指示を出されるより先に六人へ寄り添った。少年が歩き出し、その後をついて歩を進める六つ子たちの足元に、おっとりとした足並みで付き従う。時々、彼らの顔を見上げながら。
 まるで研究所の人間の、六人への警戒心を解こうとでも考えているように。

「俺の仲間もついてる」

 前を行くアズマが肩越しに笑いかけてくる。見下ろした先では、ブースターの真っ黒な瞳が、少年のエメラルドと同じ強さを湛えていた。
 六人を守り通そうと誓う、強く、固い意志を。

『………………オ、』

 確かに、これほどまでに強靭な障壁はオーレ中どこを探しても、そうそう見当たらないことは間違い無いけれど。

『オレたちは、お前の弟じゃないぞ!!』

 彼を頼りにするのではなく、彼に頼りにされなければならない。
 だって自分たちは今日から、彼の兄になるのだから。

「あははははは!」

 破顔一笑する歳の離れた弟を、呆れ果てたような、けれど柔らかな笑みを口許に浮かべて、六人は見やった。

 その影に、不安に沈む心を隠して。








≪(まさかの)つづく≫


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・しばらく続きそうなこの話のテーマは『六つ子の転職』、裏テーマはアズマ(私)の『大好き!六つ子』です。なんだそのテーマ。
・研究所内の名前があるキャラは全員出したい。受付嬢や休憩室の男性研究員もいい味出してるんですが、いかんせん無名なので書きづらいです。他にもバトルマシンのコーチとキルリアのトレーナーとか…。
・六つ子と被るのでアズマの一人称を漢字にしました。
・所長の語りが長引いてしまった。主人公父については殆んど語られないのでいじり甲斐があります。こんなに広げる予定は無かったけど…。次回は六つ子にスポット当て直します(タブンネ)。
・攻略本を参考に手持ちを決めてコロシアムを最初から始めました。ダキムなんてちょろいぜ(ワタッコとムウマありがとう)。しかしXDの後にやるとやたら難しいですね。スナッチしにくいリライブめんどいキャプチャラインぶっちぶち(最後のは初代レンジャー)。

自分用に作ってあった六つ子メモを置いて去ります。近所の秋桜畑が枯れ果てる前にあっちを終わらせないと。

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モノル(赤)
 兄弟の中で一番主人公を目の敵にしてる。ツンツンしてる。負けると倒れる。
 「おいコラ 子供!
  オレたちを 無視すんな!
 「お前は オレたちの
  天敵だー!!
 「また お前か!
  いつもいつも ジャマしやがって。
  おかげで 幹部になりそこねたぞ!

ジレル(青)
 自信家。割とフレンドリー。たまに一人称が「オレさま」。負けると転がる。
 「オレが 本気を出したら
  たいへんなことに なるから
  手加減してやったのさ!
 「お前とは つくづく 縁がある。
  こないだも フェナスで 会ったよな。
 「お前って 意外と 謙虚なんだな。

トリル(茶)
 口数少なく一番常識的。事無かれ主義。だんだんデレてくる。負けると倒れる。
 「オレは バトルが嫌いなんだ。
  放っておいてくれよ。
 「また 来たのかよ!
 「まあ……
  また遊びに来いよな。

テトル(黄)
 トリル曰く生意気。主人公を気に入ってて弟にしたがってる。負けると転がる。
 「ヒマは ヒマでも
  お前と 遊んでるヒマは ないんだよ!
  まだ 遊んでほしいのか?
 「その 強さなら
  オレの弟に してやってもいいぜ。
  そろそろ 本気で 考えてみないか?
 「お前も オレたちの 兄弟になるか?
  好きな色 考えとけよ。

ペタル(紫)
 多分ナルシスト。兄弟の中で唯一、色恋絡みの話をする。負けると倒れる。
 「なんだよ。
  まだ ママの ところへ
  帰らないのかよ!
 「お前のような 子供には
  まだ 早い話だけどよ。
  女性って キザなヤツが好きなんだ。
 「こんなとこに ずっといたって
  誰も オレのカッコよさに 気づかない。
  来るのは こんなお子ちゃまだけだしよ。

ヘキル(緑)
 純粋無垢。兄弟愛を語らせたら右に出る兄弟はいない。負けると転がる。
 「オレたち6人 兄弟愛6倍!
  団結力6倍!
  そして 食費も6倍だ!
 「お前 注目されてて いいよな。
  オレたち いっつも 6人でひと組。
  誰も オレのことなんて 見てないんだ。
 「オレたちの 兄弟愛は
  ホントは こんなもんじゃないぞ!
  どうだ ぼうず うらやましいだろう!


六つ子可愛いよ六つ子(・∀・)!


  [No.3868] XDものは貴重ですよね。 投稿者:ionization   投稿日:2016/01/03(Sun) 15:00:00   79clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

はじめまして。別の話とあわせて読ませて頂きました。
理知的に見えて年相応に可愛げのあるアズマを応援中です。明確な組織に所属したことはありませんが、クレイン所長の話も
もっともで、考えさせられます。ってか続くのか…予想外だった。
オーレはコロシアムを投げ出したきりなのですが、元から硬派なシナリオといいつつこういう視点はあまり用意されてなかったような…BW信者でした。原作キャラの使用と改変はいいぞもっとやれ派です(w)。
それでは、更新ゆったり待ってます‼


  [No.3873] XD普及活動(不定期)! 投稿者:   投稿日:2016/01/06(Wed) 22:04:42   80clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

コメントがついているっ!

初めまして! 本格的に投稿するようになってから初めてコメントを頂いて嬉し恥ずかしのボウヤです///
十年前のアズマはただのめんどくさがりでかっこよくも可愛くもない無気力野郎でしたが、今回の話を作るに際し練り直しました。可愛げありますか!よかった!
そうなんです続いてしまうんです。現時点で思いついている続きのプロットを数えたら十以上あって戦慄です。遅筆のくせにネタが浮かぶのだけは高速でして…。
コロシアムは妙に難しいですよね。世界観やシナリオの大人っぽさ故に難易度も高かったのでしょうか。それに引き替えXDのなんとやり易いことよ。
別の話とあわせて…というと長編板のでしょうか? もしそうでしたら本当にありがとうございます!!
原作キャラをいじるのが大好きなので、そう言って頂けるととても安心します*^^*

今月中に三話目を投稿出来れば、と思っています。よろしければまたお付き合い下さいませ!
ありがとうございました〜!!