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  [No.3927] 後編 投稿者:まーむる   投稿日:2016/07/17(Sun) 21:36:43   38clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 あれから五日間、岩鎧は逢瀬をしにやって来た。
 精が尽きるまで交わい、一緒に物を食べ、ただ歩いて。今まで生きて来た中で一番満たされていたし、心地の良い時間でもあった。
 これからずっとこうして生きて行きたいとも思う。
 けれど、岩鎧の寂しげな表情から、俺はもう察していた。その内、岩鎧は人間と共にここを去ってしまうのだろう。
 引き留めたいとも思う。その人間を殴り飛ばしてこの岩鎧を俺だけの番にしたいという凶暴な欲求さえ浮かんできた。
 けれど、そうしたら岩鎧は俺の元から去ってしまうとも分かっていた。
 きっと、別れは止められないだろう。諦め切れないという思いもとてもある。けれど、それが最善なんだろうとも。
 俺と岩鎧は、根本的に違うのだ。山に住む者として、人間に従う者として。
 どうして人間に従うのか、それにどんな生きがいがあるのか、分からないが、そこには俺が大切に思うような事がきっとあるのだ。

 とうとう、ここを発つ日にになってしまった。
 朝早く、誰よりも先に目が覚めてそう思った。
 ふと、何かがある気がして、隣を見る。卵があった。
 ……底の無い嬉しさが私の中を一気に占めて行ったけれど、それと同時に私は選ばなくてはいけなかった。
 主人の元を離れてでさえ、ボスゴドラと一緒に居たいと言う気持ちもあった。けれど、私は主人の元に居続ける決心をした。
 いつかここに戻って来ようとも思うけれど、今はまだ、この主人と、そして皆と一緒に居たい気持ちの方が強かった。
 私はキャンプ地で他の皆が寝ている所をこっそりと起き上がって、卵をそうっと抱いて皆の元を離れた。
 選ぶ決心は、すぐについた。この卵を、私の、主人の元に置いて育てるか、それともボスゴドラの元に置いて行くか。

 その日、朝早くに岩鎧がやって来た。
 岩鎧の両腕には、卵があった。
 まさか、と思うと同時に、気付けば尻尾が揺れていた。嬉しさが込み上げて来る。
 岩鎧は卵を地面にそうっと置いてから、いつものように舌を交えた。
 深く、長く。そうしてから、岩鎧は寂しげな目をして、また卵を優しく持ち上げた。
 ……ああ。
 今日、これから岩鎧は去ってしまうのだ。
 直感的に分かった。岩鎧は、その卵を俺に渡してきた。その卵は、軽く叩けば壊れてしまうような脆いものだった。そして、重いものでもあった。
 寂しさが込み上げて来る。俺は、柔らかい所にその卵を置いてから、岩鎧を抱き締めた。強く、強く。
 岩鎧も抱き締め返して来た。寂しさがより一層込み上げて来る。
 このまま、抱き締めたまま時間が過ぎなければ良いのにとも思う。けれど、岩鎧は先に、力を緩めた。
 俺も、緩めた。

 この子と会う機会があるとしても、母親らしい事は、最初で最後にしかさせてあげられない。
 私の種族、バンギラスとしての本能が、この卵を地中深くに埋めるように言っていた。
 少し深い場所に行って、それから土を掘る。深く、岩をどけて、染み出て来た水を無理矢理止めて。
 暫くして、私の体がすっぽり埋まる位まで掘り終えてから、卵をその地下深くに置いた。
 本当はもっと深くまで掘り進めたり、洞窟とかを探してその奥深くに見つからないように隠してくるべきなんだろうけれど、私にはもう時間が無かった。今頃きっと、主人達はもう目が覚めている頃だろう。
 ボスゴドラが不思議そうな顔をしながら、這い出て来た私を見た。
 その内、出て来る。その時は、よろしくね。
 じゃあ、また会う日まで。私は卵にそう、心の中で呼びかけて、土を掛けた。

―――――

 土を食べ進めて地上に出て来た岩鎧との子を見ると、深い安堵が訪れた。
 殺す訳じゃないとは分かっていたけれど、どうして埋めるのか良く分からなかった身としては、とても不安があったのだ。
 俺を見て、直感で父親だと分かって甘えて来た時は、もう、何と言い表したら良いのか。

 そんな我が子は、良く食べる子だった。土を食べながら地中深くまで進んでいくのを見ると、土が崩れて生き埋めになったらどうしようといつも不安に駆られる。卵を割って地中から出て来たとしても、不安なものは不安だった。
 いつまで経っても出て来ないから不安になって刃蛇に出して行って貰えば、呑気な顔で寝ている事さえあった。
 はあ。
 けれど、悪い気はしない。子を育てるという初めての経験は、俺にとってどんどん食べて大きくなって欲しい。蛹の形態を経て、俺と同じ位の立派な、大きな岩鎧になってくれれば、俺はそれが一番だ。

 他の子供とも良く遊ぶ。力は強いが、良く食べて少し太り気味なのか、足はやや遅い。
 元々素早い種族でも無いけれど、大きくなれば軽快な動きをする事も出来なくなる。今の内に、はしゃぎまわっていると嬉しい。
 段々と成長して来ると、喧嘩をするようにもなってくる。
 けれどやっぱりまだ子供なのもあるし、手加減が出来ない所もある。親が周りに付いてやらなければいけなかった。
 そして、我が子は仕方ない所もあるけれど、負けを喫する時が多かった。
 進化を経て強くなる種族と言うのは、進化前の形態は弱い。生まれてからそのまま変わらない種族と比べて、生まれてから過ごした時間が同じでも力量に差が出るのは仕方ない事だった。
 それに加えて、苦手な属性が多いと言うのもあった。
 水や草系の技を食らえば一撃でやられてしまう事もあった。それを覆す為の小細工も素早さが低いせいで中々難しそうだった。
 俺も通った道だった。悔しく、そして食べて、鍛えて、強くなって、俺は今こうして、この山を管理する身になっている。
 負けたくないその一心で山を食べ続けるのを、俺は眺めていた。

―――――

 季節が一周しようとする頃、もう我が子が掘り進めた土の中で居続けても不安にならなくなった頃の事だった。
 山のある一か所が地崩れを起こしていた。人間達が住む場所の近くだった。地震が起きた訳でもないし、一体何なのだろう。
 それは、段々、その近い場所で頻繁に起きるようになってきていた。
 そう言えば、我が子はどこだろうと思う。
 この頃全く見ない。

 嫌な予感がしつつも、山の色んな場所を数日掛けて周った。
 我が子の掘った穴の痕跡はあるとは言え、我が子が見つかる事は無かった。皆に探して貰っても、掘った痕跡はあれど、我が子は見つからなかった。
 一体どこに……。
 地崩れが頻繁に起きている場所の近くで土を食べ進めているのだろうかとも思いながらも、その場所を掘って探すのはとても危険だった。岩蛇がせめて鋼蛇に進化してくれれば、地崩れが起きてもある程度大丈夫だと思うが、その進化する為に必要な金属はここ辺りには無かった。
 不安が体を駆け巡っていた。生きているとは思えど、顔を見せてくれないととても不安だった。
 もしひょっこりそこ辺りから出て来たら、怒らなければいけないなとも思う。
 地崩れの影響で、結構な数の木々が死んでしまっていた。

 そんなある日。
 雨がざあざあと降っていた。雷も何度か落ちて、数本の木が真っ二つに裂けたりもした。
 言いようのない不安は、この雨のせいか、かなり強くなっていた。
 川の流れはいつもより強く、他の皆も憂鬱そうに洞穴の中とかでじっとしていた。
 叩きつけるような雨。真っ黒な雲。時たま落ちる雷。
 早く止んでくれ。

 どどどどどどどどっ!
 地崩れの音がした。今までと比にならない位の強さの音だった。
 どくん、と俺の心の根が強く鳴った。何度も何度も。呼吸が自然と荒くなった。
 外に出て、その地崩れの音がした方へ行く。
 走る。転ぶ。起き上がって、また走る。
 重い体が鬱陶しかった。この鎧を脱げるものなら脱ぎたかった。
 時間がかかる。そして、時間が掛かってもその聞こえて来た派手な音の音源まで辿り着けない事がより一層不安を感じさせていた。

 辿り着いた。
 膝が崩れた。
 あ、……ああ。
 原因は、はっきりとしていた。我が子が地中に潜って土を食べ続けたからだった。
 その結果、土が緩んで、この雨がきっかけとなって滑って行った。
 とても広大な部分が滑って行っていた。遠くに見える町は、土とそして、山に蓄えられていた水が解放された事によって、大部分が泥に埋まっていた。
 ぴきっ、と音がした。俺の後ろの方から。やばい、と思った時にはもう、手遅れだった。
 俺が乗っている地面が勢いを乗せて滑って行く。俺には為す術は無かった。
 滑る地面にしがみ付いて、ただ只管に堪えるしか無かった。

 訪れた衝撃で体が吹っ飛ばされる。俺の重い体が宙に吹っ飛び、そして泥の中に埋まった。
 重い泥から何とか顔を出す。
「――――!」
「……――!!」
「――? ――? ――!! ――!!!!」
 人間の悲鳴が沢山聞こえる。手や足だけが泥の中にあって、もうぴくりとも動かないものも見えた。
 一瞬茫然としてから、我が子を探さなくてはと泥の中を必死に掻いて、木々が密集している所を目指した。
 上からバラバラと音が聞こえる。

―――――

「えー、こちら○○地方××シティです! 突如起きた大規模な地響きにより、××シティのほぼ全てが泥に埋まってしまいました! 現在、必死の救命活動が空から行われています!」
「俺が一年程前行った所じゃねえか」
 主人はそう言っていた。ボスゴドラは無事だろうか。私の子は無事だろうか。
 ただそれだけを願った。
 解説している人が言った。
「これだと、野生のポケモンにもかなりの被害が及んでいるでしょうね」
「ええ。右端の方を見てください。ボスゴドラが必死になって木々が流れて行く中で何か探しています」
 どくん、と、心臓が鳴った。やめて。やめて。

 テレビの中のボスゴドラは、膝を着いて、何かを探り当てた。
 緊張する。頼むから、助かっていて。

 ボスゴドラの体が崩れたのが見えた。
 私の目の前は、真っ暗になった。


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