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  [No.3940] 誕生 投稿者:まーむる   投稿日:2016/08/05(Fri) 17:23:50   47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:ヒトツキ

 弾ける音がした。
 全く別の場所で鍛えられた金属が、自分と自分が打ち合わされる音だ。
 続いて、何合かの打ち合いが続く。
 二つの自分は握られていた。握られている柄からは、その人間達の呼吸が明瞭と伝わって来ていた。
 心臓の高鳴りでさえもが感じられる。そして、段々と自分の視界が開けて来た。
 敵のみを見据えるその目が見えた。切り傷の痕が残る頬が見えた。赤い甲冑が見えた。握られている、強剛な拳が見えた。
 誰かを案じるその目が見えた。傷跡一つ無い、色白な顔が見えた。必要最低限の煌びやかな防具を身につけているのが見えた。握られている、細いが同じく鍛えられている拳が見えた。
 無言のまま、また自分は打ち合わされられる。より激しく、より強く。
 痛みがあった。自分は僅かに身を震わせた。その瞬間、強く握り返された。どちらも、自分が嫌がっても戦いを止めなかった。
 打ち合いが止まなくなった。自分の体はその度に傷ついていった。自分の体が、刃が傷ついていく。ぽろり、と欠けたのが分かった。このまま打ち合わされ続ければ、どちらかが折れてしまう。
 けれど体は命を賭すように力強く握られ、全く動かなかった。
 気付くと、自分の体から、握られている柄の根本から、青い帯が出ているのに気付いた。
 咄嗟に、それをそれぞれの腕に巻きつけた。
 すると、自分の刃毀れが治っていくのが感じられた。自分が生命で満たされていく。握っているその人間二人の生命を吸い取っている。
 しかし、それでも二人は打ち合いを止めなかった。新たな傷が付けられずとも顔は苦悶に満ち溢れる。足取りが覚束なくなっても自分は打ち合わせられ続けた。
 刃毀れはもうしなかった。それ以上に自分の体は固く、太く、鋭くなっていた。
 赤い甲冑を着けた方が、吼えた。自分の全てを賭すように。自分の一つが天高く掲げられもう一つの自分と最も強く打ち合わせられようとしていた。腕に巻きつけた青の帯から力を吸い取る。されど、赤い甲冑の男は力を緩めなかった。色白な顔は苦悶に満ち溢れようとも、構えを解かなかった。
 振り下ろされる。振り上げられる。叩き折られる事を覚悟した。自我を持ってまだたった数瞬の命が尽きる事を覚悟した。
 しかし、振り下ろされた刃は、振り上げられた刃で打ち合わされる事なく、地面に叩きつけられていた。
 振り上げられた刃は、振り下ろされた刃を逸らしていた。そしてそのまま赤い甲冑の懐に入り込み、胴を貫いていた。
 吐かれた血が自分を赤く染め上げる。赤い甲冑を貫いた自分が赤く染め上がっていく。一本の、赤い甲冑が持っていた自分が放された。
 赤い甲冑は隠し持っていた小さな刃で、色白な顔の直ぐ下、首に突き立てられた。
 その小さな刃には、自分は居なかった。
 二人は倒れ、地面に落ちた、赤い甲冑に突き立てられたままの、二つの自分が残った。
 打ち合いは、至る所で続いていた。
 自分のような存在が、別の所でも誕生していた。


  [No.3941] 終着 投稿者:まーむる   投稿日:2016/08/05(Fri) 21:12:54   79clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 動く事は出来なかった。すぐ真上を黒犬が跳んで、一人を押し倒し、喉笛を噛み千切った。その防具を着た黒犬を、近くに居た黒犬より一回りでかい炎犬が炎で包んだ。
 燃え盛り、のたうち回る黒犬の首を踏んで炎犬がへし折り、吼える。炎の熱さに耐えてじっとしていると、もの凄く近くで同じく誕生していた刃が炎犬に襲い掛かった。炎犬は全身から炎を噴き出させて、それを溶かした。刃はどろどろになって死んだ。
 電馬と炎馬が人を乗せてぶつかり合う。電撃で騎者ごと痺れ、騎者ごと炎に巻き込まれた。痺れた騎者が落馬して炎で焼かれながらも電馬がその顔に前足を振り下ろした。
 炎馬が悲痛に嘶き、その首に槍が突き刺さる。
 空から唐突に人が落ちて来る。鋭い嘴を持った鳥が落ちて来る。怯んだ人間が、怯んだ獣が真先に殺される。我慢出来なくなって逃げようとした刃達は目を付けられて焼かれ、燃やされ、水で流され、とにかく近くに居た誰かが邪魔者と見做して殺していた。
 自分の体は血に染まり、煤に染まり、時に誰かの肉片が付着した。
 喧噪はいつまで経っても止まない。じっとしているのも苦痛だった。

 戦況が動いた。空に頭から長い毛を伸ばした鳥が一匹、人も乗せずに暴風を引き起こした。その鳥からは他の誰とも違う溢れる何かがあった。的確に敵だけを狙って暴風に巻き込んでいく。大量の矢がその鳥に飛ばされたが、全てが暴風の前に放物線を失った。先程近くに居た炎犬が更にそこへ炎を巻き込んだ。竜巻は炎を纏い、巻き込まれた生物は全て脂入りの皮袋の役割を果たした。
肩から砲台が生えた亀二匹がそれに向けて水を飛ばしたが、役に立たない。空からその鳥を襲おうとも、その鳥自体も他の鳥を寄せ付けない程に強く、倒され、燃料になっていく。
ぼとぼとと人だった、獣だった黒ずみが自分の上に落ちて来た。匙を持った獣が念力で鳥を引き摺り落とそうとした。その時、鳥の背中から小さい何かが飛び降りた。落ちて来るに連れて、その何かが濃い橙色をした鼠だと分かった。その鼠が匙を持った獣に電撃を放つ。それは弱かったが、匙を持った獣は念力を失い、そこを突かれた。
鳥の居る勢力、赤の甲冑の勢力の方が押しているのは確かだった。
鳥は敵陣を無差別に炎の暴風で焼き焦がしていった。混乱した場所から炎犬が筆頭に更に荒していく。
そして、敵陣の心臓とも言える天幕がとうとう燃やされた。
鳥がそこへ急降下する。矢は相変わらず暴風によって鳥には一つとして届かなかった。
放たれた数多の風の刃が心臓をずたずたにし、そして鳥が急上昇した時には、一人の人間がその足に握られていた。片腕を既に失い、ぼとぼとと血が垂れている。その人間は一矢報おうと何かを取り出したが、揺さぶられてそれを落とした。
そして、遥か高くまで持ち上げられて、慈悲無く落とされた。
長い、長い悲鳴の後に、肉が潰れる音がした。

 それから程なくして、喧噪は終わった。