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  [No.3949] 夏の終わりに 投稿者:太陽の光さんさん   投稿日:2016/08/08(Mon) 12:15:03   71clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 8月の終わりに、実家の母から呼び出しをくらった。自分の部屋にクーラーがないので、正直帰るつもりなんてこれっぽっちもなかった。今月提出のレポートも全然書けてないし、遊ぶ予定もバイトもある。でも、母があまりにしつこく電話をかけてくるので、しぶしぶ帰ってきたのだ。一浪して大学に合格し、この春一人暮らしを始めてから、実家に帰ってきたのはこれが初めてだった。
「タクオ、どうせ暇なんでしょ。部屋、なんとかしなさいよ」
部屋の中は、3月に荷物をまとめきれずにバタバタと出て行った、そのときのままだった。
「暇じゃねーし、俺の部屋なんだから別にいいだろ」
「住んでない人が文句を言わない、さっさと片付けて」
そんなこんなで俺は今、部屋の片付けをしている。

「へぇー、これまだ取ってあったんだ」
 勉強机と壁の隙間から、懐かしいものが出てきた。誕生日に買ってもらったゲームボーイカラーと、それに刺さったポケモンのカセット。カセットのシールはほとんど色褪せて白くなってしまったが、ポケットモンスターの文字とフシギバナのイラストはなんとなくわかる。画面を指でこすると、指にかなりの埃がついた。電源を入れてみたが、つかない。そうだ、これは電池式だったっけ……
「これで、よし。データ残ってんのかな?」
単三の電池を入れ、電源を入れる。懐かしい音、Aボタンを連打しても飛ばせない最初の数秒。このカセットはゲームボーイ版だから、確かここらで十字ボタンを押すと、色が変わるんだっけ? へへっ、忘れちまったなぁ。
「おっ、『つづきから』、あんじゃん」
十数年も放置していたのに、データは奇跡的に残っていた。二頭身で色の少ない主人公。そいつは、ゲームコーナーの景品引換所の前にいた。確か……
「ポリゴンを引き換えたかったんだっけ」
手持ちのコインは6800枚。ポリゴンを引き換えるのに必要なのは6500枚。なーんだ、引き換えられるじゃんか。それなら……
「タクオ! ちゃんと片付けてるの!?」
「げっ」
俺は反射的にゲームボーイカラーの電源を切った。
「うっせーな! 今やってるよ!」
そう言いながら画面に視線を戻すと、ぽとり、としずくが落ちた。ゲームに集中して気が付かなかったが、体のいたるところが汗でベトベトしている。
「母さん、なんかジュースない? 今のでめっちゃやる気なくしたわ」
「なによ、私のせい? 冷蔵庫に炭酸入ってるわよ」
 俺はゲームボーイカラーをベッドの上に放り投げて、リビングに向かった。

「あんた片付けしてなかったでしょう。自分の部屋だからって、まったくこれだから……」
 母は手際よく桃の皮をむきながら、俺のことをちくちくと刺した。言葉は尖っているけれど、なんだかんだで俺が帰ってくるのが嬉しくてたまらないのだろう。俺がこの家に住んでいたときは「手がかぶれる」と言って缶詰しか買ってくれなかった好物の桃が、冷蔵庫に6つも入っていた。ソファに寝転んでテレビを見ていた父が、昨日鼻歌を歌いながら箱で買ってきたのだと教えてくれた。
「机の裏からさ、ゲームボーイカラーが出てきたんだよ。ほら、あの、確か誕生日に買ってもらったやつ」
「それであんた、ゲームやりすぎて夏休みの宿題が全然終わらなかったのよね」
「ちっ、俺に都合の悪いことだけ覚えてやがる……」
こんな嫌味の言い合いも、数ヶ月ぶりだとあたたかく感じた。
「そういえば、誕生日のお祝いしてないわね。1ヶ月遅れだけど、ちょうどいいから今日やっちゃいましょ? お父さん、いいわよね?」
「わかったわかった。今いいとこなんだよ、少し静かにしてくれ」
 テレビの中では、大阪と青森の高校球児たちが、甲子園の決勝を戦っていた。

「もう一度……」
 俺はベッドに置いたゲームボーイカラーを拾い上げ、電源を入れた。ポリゴンをゲットしてからじゃないと、掃除をする気になれなかった。もう少し思い出に浸っていたかったのだ。
『つづきから』、よし。手持ちは5匹だな……それと、コインもちゃんとある。ポリゴン、6500枚、引き換えますか、はい。
 俺は小さく息を吐いた。そろそろ部屋を片付けないと、また母さんにちくちく刺されることになる。おっと、忘れてた。ちゃんとレポートを……あれ、どうした、体が動かない!? 声も出ないぞ……なんだこれ、やばい。かなしばり? なんかよくわかんないけどやばい。 汗をかいて暑いはずなのに、寒い。体は動かないのに、震えが止まらない。そして、画面いっぱいに映っているのは、ポリゴン。ポリ……ゴン?

ガガガガガ

 ゲームボーイカラーが突然震えだした。画面の中のポリゴンが、無表情のままこちらにたいあたりしている。そうだ、思い出した。俺はポリゴンが引き換えられるのを友達に自慢するために、何度もここでリセットしてたんだっけ……
 たいあたりを繰り返していたポリゴンが、ゆっくりと画面から出てきた。たぷんと画面に波紋が広がる。俺の体はまひしたみたいに動かない。無表情のポリゴンが、ただただ俺を見ている。
 なんだ、怒ってんのか? 手に入れては友達にバレないようにリセットし、「2匹目ゲット」と嘘をついた俺に? 何度もポリゴンを引き換えたように見せてリセットし、結局ポリゴンをゲットしていなかった俺に?

ピカッ

 ポリゴンが突然光った。あまりに眩しくて、俺は反射的に瞼を閉じる。こんなの、ありえない。ゲーム画面からポケモンが出てくるなんて、ありえない。これは、夢だ。そのうち覚める、大丈夫だ。
 パッと目を開けると、やはりそこは俺の部屋だった。見慣れた天井。ほれみろ、夢……いや、体が動かない。それに、なんだか物が大きく見える。

「タクオ! 開けるわよ!」
 母の声、部屋のドアが開く音。
「あら、いないじゃない。一緒にケーキ買いに行こうと思ったのに……」
いや、いるだろ。俺はここにいるだろ? なんで気付かない? なんで……
 母が近づいてきた。すると、俺の体をひょいっと持ち上げて、俺の顔をじっと見つめた。
「ゲーム、つけっぱなしじゃない」

プチッ




















レポートは、書かれていない。


  [No.3950] 書けなかったあの日のレポート 投稿者:風間深織   投稿日:2016/08/09(Tue) 16:20:57   75clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

彼が消えたのは、4年前ーー2012年8月23日のことです。あの日、私は家で今月提出のレポートを書いていました。オリンピックに夢中になっていたら、書くのをすっかり忘れていたのです。
「ナオちゃん、タクオそっちに行ってない?」
幼馴染のタクオのお母さんから電話があったのは、もう日が暮れた20時頃でした。
「えっ、タクオ、帰ってるんですか?」
「……そうよね、知らないわよね」
話によれば、昼前からタクオの姿が見えないとのこと。しかも、外に出た形跡もなく、タクオの靴は玄関に置いたままだというのです。
「もしタクオから連絡が来たら教えてちょうだい」
しかし、タクオから連絡がくることは、ありませんでした。そして、その後彼に会うことも、ありませんでした。

あれからもう4年……オリンピックがなかったから、鮮明に思い出して悲しい気持ちになることはありませんでした。いいえ、本当は、心の奥底に閉じ込めて、忘れようとしていただけなのでしょう。生きているのかもわからない彼を待ち続けるのは、あまりにも苦しいから。
私はパソコンの電源を入れると、4年前と同じように、レポートを書き始めました。ドキュメントの中には、あの後結局提出できずにそのままのレポートが、ひっそりと残っています。書けなかったのです。私は、そのレポートを、書きあげられなかったのです。
「何の授業のレポートだったっけ……」
カーソルを合わせてダブルクリックすると、そのレポートは真っ白でした。あれ、おかしいな……私はあの日、途中までレポートを書いたはずです。真っ白なんてことは……



真っ白の画面に、突然文字が表示されました。打ち込んだのは私ではありません……パソコンが勝手に表示させたのです。



ナオ、それは、私の名前。

オレハ

次々表示される文字に戸惑いながら、それでも私はその文字をじっと見つめていました。ゆっくり、ゆっくり、文字が打ち込まれます。







オレハタクオ。俺はタクオ。私は無我夢中でキーボードを叩きました。

今どこにいるの?
デンシカイロノナカ
どうして?
ワカラナイ
どうしたらまた会える?
ワカラナイ

どうやら彼は、到底信じられないけれど、ゲームの中にポリゴンとして取り込まれたらしいのです。しかも、その後ゲームがリセットされたことでゲームの中から追い出され、その辺の電波に吸収されたというのです。

わかった、どうやったらそこから出られるか考えてみよう
ワカッタ

私は右上にあるバッテンマークをクリックしました。この文書は変更されています、保存しますか……はい。きちんと上書き保存をして……

自分の体から、血の気が引くのがわかりました。私は、レポートを、上書きしてしまったのです。変更を、保存してしまったのです。













彼を、心の奥底どころか、この1枚のレポートに、閉じ込めてしまったのです。


  [No.3951] あとがきになるはずだったのに 投稿者:風間深織   投稿日:2016/08/10(Wed) 23:14:10   53clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

彼が消えたのは、4年前ーー2012年8月23日のことです。
って、ネタバレ記事をあとがきとして書こうと思ったら、もう1作書きあがっちゃった風間さんです。
2012年8月23日、その日は甲子園で大阪桐蔭と光星学院の試合がありました。そう、優勝を争う決勝戦です。大阪と青森の高校球児のくだりをわざわざ入れたのは、タクオが4年前から行方不明というのと、これが現実世界の話だということを明確にしておきたかったからです。
今までたくさんの話を書いてきた……わけではありませんが、このような怖い話を書いたのは初めてでした。みなさんをぞわぞわさせることができたでしょうか? 今まで書いてきたものとは作風があまりに違うのでドキドキでしたが、なんとかなったのでよかったです。

主催の586さん(以下ミンチ)は、以前分厚い薄い本の表紙を描いたことで、仲良く……というよりはシュレッダーにかけてギタギタにしておりました。私はどうしてもミンチの頭文字の「5」番目に作品を投稿したくて、少し投稿を急いでしまったかなぁと思います。
何より、こんな機会を与えてくれたミンチには感謝の思いでいっぱいです。ごはさん、大好きだよ!


  [No.3988] おそろしや 投稿者:焼き肉   投稿日:2017/04/01(Sat) 16:59:06   37clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

1本目でもホラーだったのにエピローグ的な補足で完全に絶望と化した。ナオちゃんあの後どうしたんだろう。夢だと思って忘れることにしたんならもっと絶望が待っていそうですね。