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  [No.3953] いし みなそこでねむる 投稿者:にっか   投稿日:2016/08/12(Fri) 23:26:29   97clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 こんばんは。突然の投稿で失礼させていただきます。
 昨年から、物書きをさせていただいている「にっか」と申します。この度、砂糖水さんからお誘いをいただき、別サイトにて投稿させていただいてた、作品をこちらにも投稿させていただきます。

 まだまだ、未熟者ですが。読後、ダムに沈んでいただけると。幸いです。

いし みなそこでねむる


1.

 今年は空梅雨だった。空梅雨ならともかく、冬の雪も少なく雪解け水すらなくて春先から渇水といってよかった。
 夏を前に奥霞谷ダムは貯水率0パーセントになった。
 湖底には100年前に眠りについた村があった。清浄な水を湛える奥霞谷ダムのおかげか、当時そのものの村が再び地上に出てきた。朽ちている所は朽ちているが、垣根や門柱、崩れずに残った家々などが往時の村を思い起こさせた。

 100年前の7月6日。村の住人は、政府の用意した新しい土地へそれぞれ越していった。村はそのまま水に満たされていって、山の上の神社を残して沈んでいった。奥霞谷村は100年前に地図から消え、奥霞谷ダムに変わった。
 100年経って、奥霞谷村は再び地上に現れた。
 当時を知る人はもういない。誰も記憶にない村が今年、100年ぶりに陽を浴びている。


2.

 湖底の廃村が現れた。ダム管理局は、検分のために村の中に調査員を送った。
 湖底の村は枯れた大木がそのまま残っていた。枯れた木々に葉が茂り、家の茅葺き屋根を葺き直して、田畑を整えればすぐに人が住めそうだ。
 いままで、豊かな水量を誇る奥霞谷川のおかげで、水量が50パーセントも切った事が無いため、ダム管理局は漏水の疑いも含めて湖底を掘り返して調査してみる事になった。役所の専門家も集まり、ダムの本体の壁面調査や、低地帯の掘り返し調査が急ピッチで進められる。

 「……これは」
 「墓地は移転したって聞いていたが……」
 7月1日、村の東側で当時村に住んでいた人口に匹敵する人骨と、ポケモンの骨が長年積もった泥の中から出てきた。作業員たちがざわめく。
 ここは墓地ではなく、奥霞谷川から見ての東側地区の共同耕作地だった場所だ。墓場ではない。警察や消防が集まり、現場の調査が始まる。


3.

 100年前の当時より昔の資料は、今はほとんど無い。唯一、山の上に残った神社の奉納の記録か、村を出て行った家庭が何かしらの記録を残していた場合ぐらいだ。元々、山奥の谷間にあった奥霞谷村は他村との交流もほぼなく、他村から見ても記録するほどのものでなかった。
 見つかった人骨やポケモンの骨は警察が調べたところ、全部100年ほど前に殺害の上、ここに埋められたようだ。つまるところ、100年前以前にこの村で大虐殺が起きたという事だ。ただ、そのような記録はどこにもない。戸籍を調べてみても、全村民がそれぞれの移住先にちゃんと移っている。

 理由はわからないが、100年もの間湖底で放置されていたのだから、せめて慰霊祭くらいはしよう。村のもので唯一残った神社の神主の発案で、移住していった元村民の孫やひ孫世代が集められ慰霊祭が開かれる事になった。

 日時は7月6日。


4.

 村は、北西から南東方向へ流れる奥霞谷川が削り取った谷底に広がっていた。その為、村のあった小さな平坦地から上を見上げると、北東、南西方向に崖のような急斜面が覆いかぶさっていた。そして村の守護神の神社は、急斜面の上の村から見て北側に建っていて、村を見下ろしていた。
 この地形の為、川下の狭窄部を封鎖するだけで水量豊かなダム湖が完成する。そこに目をつけた政府は、国の電化計画の一つとして村をダムに沈める決定を下した。もともと、谷間の少ない耕作地しかもたなかった村民は、国の提示する豊かな地域への移住に全面的に賛成した。ダム計画は驚くべき速さで進み。100年前の7月6日に全村民の立ち退き後、水門を閉鎖する事でダムが完成した。

 残っている記録では、こうなっている。


5.

 慰霊祭の準備が始まった。場所は神社から見て真南。村があった頃参道の入り口の鳥居が立っていたあたりだ。鳥居自体は、ダムに沈む前に、今の神社の場所に移されたので台座しか残ってない。
 元鳥居周辺は骨が見つかった場所から離れているので、念のために掘り返している警察官や消防団の人以外はいないので、各地から集まった元村民の子孫たちが鯨幕を広げて会場を整えていく。



 大体の準備が整ったのが、7月4日。後は遠方に移住した人々が、明日明後日とやってくるのを待つだけ。準備を手伝った人たちも、一時帰宅したり、神社の宿泊所に泊まったりして6日を待っている。


6.

 7月4日の夕方。谷間の村なので日が沈むのも早い。そして、夕方になると谷底は急激な気温差で霧が発生する。村の名前の由来でもあるこの霧は、一晩中続き日が昇ると自然と消えていく。

 慰霊祭の会場設営も大方終わり、静かになった村を眺める3匹のポケモンが……。
 3匹とも人目を避けるように、静かに神社の片隅から村を眺めている。



 「僥倖なのかな?」
 「あたいは、そう思うね……」
 「僕としても、今しかないと思う」
 風が吹いて、霧にかすかな切れ目ができる。見えるのは慰霊祭会場。
 「ねえ。見に行ってみない?」
 「今更かい?」
 「今更だからこそ、良いと思います」





 霧の中をアグノムが先頭を飛び、その後をゆっくりとキュウコンとミカルゲが続く。
 「久々に参道の階段を降りると膝にくるねえ……」
 「姉さまも、私みたいに飛べればいいのにね」
 アグノムが振り返って、急斜面の階段を降りるキュウコンに声をかける。キュウコンは脚が悪いのか左後ろ脚がびっこを引いている。また、左端から数えて3本目までの尻尾も、途中で千切れてしまったのかだいぶ短い。
 「姉さまはより、僕の心配をして欲しいです。踏み外すと下まで転げ落ちちゃいそうです」
 重たい石の部分を引きずりながら、階段を一段ずつ降りてくるミカルゲ。
 「自力で上り下り出来るようになったのだから、私としては心配はしてないけど?もう小さなミカくんでないんだし」
 「はあ……。あの頃は早く大人になりと思ってましたけど、いざなってみると面倒なものです」
 「あたいとしては、おんぶしてどこか連れて行かなくなっただけでも、儲けもんさ。もう歳だからね、腰にくるにはごめんさね」
 3匹は軽口を叩きながら、旧参道の階段を下りていく。


7.

 私はこの村の守護神を代々努めてきたアグノム。鎮守さまとか、守護さまとか呼ばれてきたけど、私には私の名前があってツメクサと言います。
 久々に村を拝められたから夜の散歩に行こうかなと思って、姉さまと、ミカくんを連れて出てきたってところ。一応、ポケモンだけど守護神扱いされてるせいで、なかなか外に出る機会もなくて……、正直ポケモン虐待よね。ま、良いんだけど。おかげで良い思いもさせてもらってるし。

 ゆっくり階段を降りる2匹に調子を合わせながら、ゆっくり谷底に降下していく。なんだか懐かしいな。100年ぶりだもんね。そりゃ、懐かしいか……。
 日が沈んでから村の中は、濃い霧に覆われちゃって見通しが効かないけど、100年ぶりでも体は色々なものの場所を覚えている。参道にはみ出した巨木の枝とか、斜面が崖になっていて途中に岩の突起がある場所とか。暗いし、霧でよく見えないけど難なくかわして、ゆっくりゆっくり下りていく。



 ようやく谷底に到着。霧の奥に昔の鳥居があった場所が見える。台座がしっかりと残っているのは、なんだか嬉しいな。その奥には慰霊祭の会場が設営されている。私たち3匹は、そっと鯨幕をくぐって中の様子を伺う。日も沈んだし、設営も終わっているから誰もいない。
 祭壇には神社で使う祭具が運び込まれていて、きれいに並べられている。神主さんには言いづらいけど、本当はここでなくて骨の埋まっていた場所で慰霊祭をしてあげたほうが良いんじゃないかな?でも、まあ、ここのほうが都合が良いということもあるかな?私たちにとっても、見える場所でやってくれるのありがたいし。

 慰霊祭の会場は前の方から、元村長の子孫。地元議員、役所の代表、元村民の子孫、近隣の村や町からの代表の順に席が用意されている。結構大掛かりな慰霊祭にするつもりみたいね。



 さてと、参列者なんてあまり興味ないし。せっかくの散歩を再開しようかな?
 とりあえず、村の中心部にでも行こう。

 慰霊祭会場から南にすぐ行くと、村の西側入り口。100年前の木戸の柱と片方の扉がまだ朽ちずに残っている。扉を押してみるけど、蝶番が錆びてて動かない。もうここを朝開けて夜締める人も、夜急いで村に飛び込んでくる人もいない。
 寂しいなあ。


8.

 あたいは……。まあ、細かいことは良いさ。ツメクサやミカ坊の言うように姉さんって呼ばれてるし、700年生きていると名前もそりゃたくさんあっていちいち覚えてないさ。名前なんて、そん時人間がつけたいようにつけたり、ツメクサの両親みたいに人間の真似なんかしている奴が名乗るもんさ。だから、あたいには関係ない。
 まあ、長年生きていると色んなことがあるもんだね。

 ツメクサに続いて村の西側の木戸をくぐる。ちょっと後ろを振り返ると、ミカ坊がのんびり付いてきている。
 「ミカ坊!!霧が濃いんだから、はぐれないようにしな!!」
 ぼーっと、進んでいたミカ坊が我に返ってあたいの後を追いかける。ミカ坊は何時もあたいの側を離れない。あたいも心配で、離さないってのもあるんだけんどね。



 先を行くツメクサは、時々振り返ってあたいとミカ坊を待ってくれる。あたい達は、微笑みながら待ってくれるツメクサの好意に甘えながら、足を引きずり、石を引きずり後を追う。
 村の中に入ってきたけど、相変わらずの濃い霧で通り全体が見渡せない。ただ、ここは村の中を流れる奥霞谷川に沿った目抜き通り。このまま、川に沿って進んでいくと村の東側の木戸に出る。このまま、東側まで行くのもいいけど、ちょっと寄り道していこう。
 「ツメクサ!!ちょっと寄り道良いかい?」
 ツメクサは、笑顔で頷くとあたいの行きたい方向へ先に向かってくれる。あたいとミカ坊はそれに続く。目抜き通りから傍に入ると、さすがに道幅も狭くなる。霧が濃くてもあたいの目に家々の抜け殻が見えるようになる。
 村の北側の地区。あたいが昔住んでいた場所。代々あたいの面倒を見てくれていた家がある。対して大きな家でもなく、収入も半分は地主の畑の小作人として働いて得ている半小作人だったさ。
 貧しすぎるわけでもなく……。いや、村の中ではそうだけど、他の村から比べれば十分貧しいけど。しっかり者の一族だったよ。よくもまあ、転がり込んできたキュウコンの面倒を見てくれたよ。あたいは、感謝しても仕切れないね。

 思い出にふけっていると、ツメクサがあたいの住んでいた家の前で待っていてくれた。
 間取りは変わらない。それはそうだけど。崩れかけた家に思い出は残っていない。あたい1匹で中に入る。思い出の場所を探して、しばらくうろうろしてみる。
 家財道具は持ち出されている。そりゃまあ、ここに住んでいた最後の家族は村を出て行ったわけだし、無いのは当たり前なんだ。たとえ何かが残っていても、あたいの知っている家財道具じゃないのは確かなんだけどさ。そう思っても、何かしらの思い出の残滓を探して家の中をうろつく。



 柱についていた、この家の子供達の身長を記録した傷も無い。庭に植えてあった、5本の柿の木もなくなっている。いや、根っこの部分が煤けて一本だけ残っていた。これは、樹齢300年の一番大きな柿の木だったはずだね。燃え尽きちまったけど、残った根っこを掘り返すのが手間で放置されたんだろうか?家の中を一周してみて、あたいの思い出があったのは燃え尽きた柿の木だけとは、寂しすぎないかい?


9.

 僕はツメクサ様と、姉さまが家から出てくるのを待っている。
 僕は2匹から「ミカくん」とか、「ミカ坊」と言われて大切にしてもらった。両親のいない僕を2匹は親代わりに育ててくれた。
 ただ、姉さまがいつまでも僕のことを子供扱いするのはなんだかなあ……。でも、姉さまからすれば僕やツメクサ様はまだまだ子供なんだろうな。



 僕には、この村の思い出は本当に霞の向こうにある程度。生まれて物心つく頃にはダムに沈んだから。そこから先は、ツメクサ様と姉さまと3匹で神社暮らし。この100年間、清浄な水を湛える人の作った湖とそこで夏場を避暑地として過ごす人々が漕ぐボートを眺めて過ごしていた。
 ツメクサ様と姉さまは、暗くて霧が濃い中でも迷わずに村の中を進んできた。「昔は目をつぶっても村の中を歩けないと、家に帰れなかったんだからね」と、ツメクサ様は昔教えてくれた。
 僕は、なんとなく覚えている光景もあるけど、ほとんどわからない。だけど、地図は頭の中にしっかりと入っている。2匹が根気強く僕に教えてくれたから。だから、目印があればなんとか村の中も歩けそうなくらいには自信がある。

 「ミカくん。大丈夫?」
 「はい。教えてもらった通りに覚えてるよ。一応村に入ってからも、目印を見つけて距離と方角は見当つけているので、迷子にはならないと思う」
 ツメクサ様が僕を心配してくれている。大丈夫、道は頭に入っているから。この霧の中でも、僕だって目をつぶって歩けると思う。でも、目をつぶる必要はない。もう怖い思いをする必要はないわけだし。目を開けて、駆け抜けてみよう。





 しばらく待っていると、足を引きずった姉さまが家から出てきた。
 「さて、行こうかね」
 「姉さま、気が済んだ?」
 「ツメクサ。それは、どっちの意味でだい?」
 「どっちも」
 ふんっ、って鼻を鳴らして姉さまは先に進み始める。ツメクサ様はいつものように微笑みながら、ふわりふわりと姉さまの後を追う。僕も遅れないように少し急ぎ気味でついていく。

 また、目抜き通りに出てきた。僕たち3匹はまた東に向かって進んで行く。
 昔は、山奥で谷底で耕作地も少なくて貧乏な村だったらしい。よく、姉さまから村人の開拓の苦労話を聞いていた。1坪の畑を作るために2年かけて崖を削ったり、田んぼまで2時間かけて往復したり。でも、皆仲良く暮らしていたって。いまでも、ダムに沈まなかった山の上の方とかに行くと、石垣で土台を組んだ猫の額のような畑や田んぼの跡地がある。
 「平坦地を見つけては、田畑を開いていった」と、姉さまはそう言っていた。だから、山中に田畑があったので、全部の面倒を見るには人手が必要で、寒村にしては人口は多かったって。ただ、人口が多い分、貧乏になって、貧乏だから田畑を切り開いての繰り返しだったみたい。



 「多いときは、1000人以上人間がいたさ。それに、ポケモン達も同じくらい。みんなで、貧しい村を支えてたのさ」
 姉さまは懐かしそうにいつも昔話をする。


10.

 3匹黙ってゆっくりと、村の中を抜けていく。時々寄り道しながら。思い出を語りながら。
 東の木戸。その先は村の共同耕作地。

 共同耕作地は、年貢を納めていた時代。村から納める分の年貢を作る場所で、一番品質が良い米が取れる場所だった。村人が総出で丹念に育てた米はとても美味しく、地域のお殿様には毎回絶賛されていたという。ただ、その影には、1坪でも土地があれば耕して自分たちの食い扶持を得ようとする村人の苦労があってのことだった。
 村は貧しく、でも活気には溢れていた。皆が協力して困難に打ち勝とう。この環境でも生き抜いてみせる。そういう決意が、村人の誇りだった。





 3匹は東の木戸を通り抜ける。こちらは門柱が傾いていて、今にも倒れそうだ。
 木戸を抜けてすぐが、共同耕作地。骨が大量に出たせいか、警察が共同耕作地の周りをブルーシートで囲って中が見えないようになっている。
 神社の神主さんの話だと、もう遺骨は運び出されて、検死の後に火葬されて神社に戻ってくる予定らしい。ただ、誰ともわからない骨なので、神社で預かるにしても「その後どうしようか?」と、神主さんは頭を抱えていた。

 「中……。見てみる?」
 「あたいは。もう十分。辛くなるだけ」
 「僕は遠慮しておきます」
 『KEEP OUT!!』と書かれた、粘着テープが即席の杭を伝ってあちこちに伸びている。
 「見るものはないかな?」
 「おさらいしておこう。あたい達3匹の役割を」
 「じゃあ、石の場所確認して良いですか?」
 ツメクサと姉さまの2匹が頷くと。3匹はまたゆっくりと移動を始める。


11.

 「これだね」
 姉さまが共同耕作地の南側にある、石版のような石の前に立つ。
 「『命吸う石』の神社境内以外の残り6つは湖底にある。場所は覚えてる?」
 ツメクサ様が僕に問う。
 「はい。この石自体は神社の境内で見ているので、場所さえわかれば見間違えないです」
 「流石ミカ坊、優秀じゃないか」
 この石は、昔から『命吸う石』と呼ばれてきた石というか、石板状のもの。この石の側にいると寿命が縮まると言われ。村に7つ存在する。ちょうど、北斗七星の形に並べられ、柄杓のお椀の部分が神社を囲うように、柄の部分が村の北側外周に沿って並んでいる。
 歴代神主は、この石を封じるのも務めで、現に神社の境内にある唯一地上に残った石は、毎年しめ縄が張られ、封じのお札が貼り付けられている。流石に湖底に沈んだ石は何もできないので、この100年放置されてきた。そのせいか、この湖には魚もポケモンも、果てはプランクトンもほとんどいない。清浄な水と言われる所以なんだろうな。と、僕はツメクサ様や姉さまの話を聞きながら常々そう考えていた。



 「あさって、あたいらはミカ坊のサポートはできない。この7つの石を巡るのはミカ坊の仕事だからね。あたいらが、ミカ坊の為に用意できる時間は3〜4時間。昔と違って、国道346号線ができてから、近くの大きな街まで20分だ。あたいとツメクサが動いたら、人間たちはすぐ集まってくる。滞りなくやるんだよ?」
 「まかせて、僕だって姉さまたちと同じ気持ちなんだから」
 「ミカくん、姉さま。そろそろ戻ろう。私たちの体にもこの場所は悪いよ?」
 僕たち3匹はまた、ゆっくりと神社に向かって移動し始めた。


12.

 私は後悔していない。姉さまも後悔していない。ミカくんも後悔していない。
 社殿のご神体を前にして私は静かに座る。
 ご神体の石はここ数日不思議な輝きを放っている。たぶん、湖底が現れて人間やポケモンたちがそれと知らずに『命吸う石』に近づいているから。



 この石は、大昔に遠く遠く想像もつかない程に遠く西の方からもたらされた石。桃色の透き通った石は、この神社のご神体。
 どういう原理かは知らないけど、『命吸う石』が吸い上げた命のエネルギーはこのご神体に集まってくる。大昔の伝説だと、一定量集まると周り全てを消し去るという。姉さまから聞いた話だけど、姉さまも詳しくは知らないみたい。だけど、こうやってご神体が光り始めた。
 私たちは、復讐を実行することにした。










 完全なる自己満足の復讐。誰も、自分も、3匹とも報われない。怒りをぶつけるだけ。でも、それで十分。


13.

 あたいは、空を見上げる。晴れ渡っている。本当に空梅雨だ。天の川がただ静かに見える。
 あたいは、崖の下を見る。霧に霞んでいて、本当に白い闇と言っていい。

 あたいの住んでいた家はあの辺り。思い出は煤けた柿の木の燃えかすだけ。
 108年前、あたいとツメクサ、ミカ坊は全てを失った。





 150年前。政体が変わった。サムライが支配する国から役人が管理する国に。
 その時、税制も変わった。耕作地の出来高から税を割り出す制度から、人間一人当たりで税を割り出す制度に。
 あたいらの奥霞谷村はある選択をすることにした。
 いままでは、人口が多くても、出来高で税を取られていたので、村の生産量が少なくても全村民が生きていけた。だけど、税が人口あたりにかけられることになると、生産量の少ないこの村は全員が餓死するほど搾り取られることになる。
 そこで、村を2組に分けた。
 ちょうど、世間は流行り病で死者がいっぱい出ていた。なので、村も村人の半分が流行り病で死んだことにした。これで、取られる税は半分になった。ただ、死んだはずの人間が昼間から大手を振って歩けない。まして他の村や町へ出かけるなんてもってのほか。
 死んで戸籍を手放した村人の半分は村から出られない代わりに、戸籍があった場合に納めるはずの税の3分1を村に納めることで良いことにした。それによって、村の税収を補って村民全員が餓死するのを防ぐことにした。



 もともと、山奥で皆仲良くやっていた村だから、最初はその決定で皆文句はなかった。どうせ、ほぼ全てが村の中で完結していたのだし。外なんて関係ない。そう思っていた。
 しばらくすると、遠く大きな街の話が伝わってくるようになる。文明化……。貧乏な村には関係ない。そう思いたかったが、戸籍を手放した人々は税の免除のおかげで、生活に余裕があった。ただ、無いのは行動の自由。人間金だけあっても満足しない。ラジオが欲しい。自動四輪に乗りたい。陸蒸気で旅をしたい。無戸籍派と呼ばれる人たちが形成されつつあった。彼らはなんとかして、外に出ようとした。
 それを戸籍派。つまり、未だに貧乏を強いられている連中が止めようとする。
 村は、もう分裂していた。

 そんな状態が3〜40年続いたある時。当時の村長は、お国の役所に呼ばれた。戸籍派だった村長はついに無戸籍派の存在がばれたかと思った。
 しかし、国から提示された話題は違うものだった。



 あたいは、村の南東の分厚いバカ高い壁を睨む。



 ダム建設。あわせて、水力発電所を建設することで、国の電化事業を推し進めるという話だった。そして、村が沈む代わりに村人には新たに豊かな開拓地を提供するという話だった。
 戸籍派としては、なんの損もない。狭い耕作地を毎日必死に耕して得られるわずかな収入は、税として持って行かれる。豊かな農地のある場所へ移れれば、少なくとも今よりかはいい暮らしができるだろう。反対するものはいなかった。


14.

 ご神体は、何も語らない。ただ、そこにあって私たちが守ってきただけ。
 これから先もそうなるはずだったけど……。



 私は、歴代神主の写真を眺める。と言っても、150年前の神主からしか無いけど。
 神主は村の精神的まとめ役だった。だから、戸籍派からも無戸籍派からも尊敬されていた。ただ、ダム建設の話は戸籍派にしか伝わっていなかった。彼らは、残酷な選択を選んでいた。

 『無戸籍派を殺してダムに沈め、奴らの資産もろとも移住先へ持って行こう』

 戸籍派は密かに計画を進めていたみたい。私も、神主も気がついていなかったから。
 でも、秘密はどこかで漏れるもの。いつの間にか無戸籍派にもダム建設の話が伝わっていた。そこで、無戸籍派はこう考えた。

 『戸籍派を殺してダムに沈めて、奴らの戸籍を奪いなりすまして移住しよう』

 ここまでくると、お互い相手の計画に気がつく。さすがに私も、当時の神主さんも気がついた。神主さんは、「話し合いの場を持とう。政府に頭を下げて、税の滞納分を納めてからやり直しても良いじゃないか?」と言って説得して回っていた。
 戸籍派は無戸籍派が滞納分を納めて一緒に出て行くならということで納得してきていた頃、無戸籍派は別のことを考えていた。

 『せっかく貯めたこのお金を、投げ捨てて戸籍派と一緒に頭を下げるのはごめんだ』

 無戸籍派としてはもっともな意見だけど、身勝手だよね。私は、いや、私と見抜けなかった当時の神主さんはとても悔しい思いをした。
 無戸籍派は密かにポケモンを鍛え、武器を用意しダム建設が始まる前に事を起こすことにした。










 108年前。村で銃声が響いた。


15.

 108年前。僕はまだ、本当に坊やだった。石材店のポケモンだった両親の元に生まれた僕は、ようやく物心がついてきた頃だった。だから今でも、恐怖とあの時のことは鮮明に覚えている。





 108年前の正月。村は祝賀ムードに包まれているはずだった。見かけはそうだった。
 僕もなんだか知らないけど年に一度、石材店の番頭さんからお饅頭がもらえる日として楽しみにしていた。
 その日も、朝から饅頭をもらおうとソワソワしていたのを覚えている。ポケモンがお菓子をもらえるなんて、この村じゃお正月くらいしかない。



 よくは覚えてないけど、その日は吹雪いていたと思う。
 それとも、記憶が霞んでるのかな?とりあえず僕は、饅頭が欲しくて、番頭さんを探して店の中をウロウロしていた。僕が2階の番頭さんの部屋の前で待っていると、1階の店先で大声で怒鳴りあう声がしてきた。すぐに爆音が響いて、村じゅうで銃声や、ポケモンが上げる雄叫びが谷じゅうに響き渡った。僕は何のことかわからなくて、気になって1階に降りて行ってしまった。すると、お店の人たちが机や雨戸で即席のバリケードを作って、無戸籍派のポケモンの攻撃や銃撃を防いでいるところだった。
 僕の両親も店のポケモン達と協力して戦っていたけど、無戸籍派は残虐な方法で挑んできた。ポケモンを猟銃で一匹づつ殺して、ポケモンのいなくなった戸籍派の人々にはポケモンの技やだめ押しの銃撃を与えていた……。

 両親はスラッグ弾で打ち砕かれ死んだ。
 ポケモンを失った店には無戸籍派のポケモンや人間達がなだれ込んできた。彼らは、子供にも容赦しなかった。人間、ポケモン問わず生けるものを見ると殺した。もちろん僕もすぐに見つかった。けど、虫の息だった番頭さんがまだ小さくて軽かった僕を掴んで、店の井戸に放り投げた。
 空中を回転しながら見た光景は、番頭さんが最後の息の根を止められる風景。山刀で脳天をかち割られていた。番頭さんの懐には、お饅頭が入った包みがあった……。



 僕は暗闇に吸い込まれ真冬の井戸の底に落ちた。


16.

 あたいは、何回目かわからないお正月をぼーっと眺めていた。あたいの家は、大して豊かじゃない。ささやかに、一本の徳利に入ったお酒を回し飲みして終了。
 あとは、花札やカルタをしながら過ごすのがお正月。

 決して華やかさはないけど、あたいが長年住み着くこの家の、あたいの大切な家族のいつものお正月だった。



 目抜き通りで爆音がした。
 あたいと、この家の爺様婆様は何が起こったかすぐ理解した。とりあえず、子供達に厚着をさせて、勝手口を飛び出して山の上の神社目指して逃げ始めた。間一髪だった、直後に家に火が放たれ燃えだした。
 ただ、家に誰もいないとわかったのだろうね。すぐに勝手口方面から無戸籍派が猟銃片手に追いかけてきた。参道の階段は急で子供の足では登るのに時間がかかる。まずは、子供達の両親が素手で無戸籍派に殴りかかるが、徒手空拳であっさり頭を撃ち抜かれ派手に中身を飛び散らした。
 あとは、爺様と婆様にあたい。あたいと爺様は頷くと無戸籍派に向かっていった。あたいが、だいもんじで牽制している間に、居合の達人だった爺様が無戸籍派に斬りかかる。

 1人斬り。
 2人目を丸焦げにし。
 3人目を爺様が串刺しにする。
 4人目、5人目、6人目……。
 あたいは、人を殺す感覚に酔いしれていた。だけど、現実に引き戻される。

 ようやく参道の上までついた婆様と子供達が、上で待ち構えていた無戸籍派に殺される叫び声を聞いた。あたいは、カッとなって自分でも驚くような速度で参道を駆け上がると、その場にいた無戸籍派の人たちと、ポケモンを手当たり次第攻撃した。だけど、多勢に無勢……。

 散弾を左後脚と左側の尻尾にくらったあたいは、ちぎれ飛んだ尻尾と一緒に崖下へ吹き飛ばされた。
 落下中見た光景?爺様が、鉈やノコギリ、山刀で袋叩きにあって、最後は猟銃でミンチになるまで撃たれている光景さ。


17.

 私と当時の神主さんは、正月の神事をしていた。
 何事もなく、この一年も村が過ごせますようにと。



 銃声が合図だったのか、たまたまタイミングが一緒だったのかわからないけど、銃声とともに無戸籍派の人とポケモンが社殿に踏み込んできた。
 私が抵抗の意思を見せると、神主さんがそれを止める。

 神主さんは温厚な人だった。崖下で繰り広げられる虐殺を止めるように、粘り強く無戸籍派の人に説得し続けた。

 でも、説得は叶わなかった。1時間ほどすると、崖下の銃声が止み勝鬨が上がった。

 神主さんは、無戸籍派の人に連れて行かれた。村で最後の銃声は神主さんだった。





 私は、震えてその場から動けなかった。そのままずっと社殿で震えていた。外にも出ず、無戸籍派が死体の処理と、壊れた家を取り繕っている音を聞きながら。
 私が外に出ようとして、社殿の扉を押したのは1週間後。鍵がかかっていた。










 無戸籍派の人は、守護神である私を殺す勇気だけはなかったみたい。ただ、餓死することを願って社殿に鍵をかけていた。ひと月ほど空腹に耐えながら社殿で震えていると、床下から血まみれの姉さんが入ってきた。
 姉さんは生き残りとして無戸籍派に追われていたみたいで、逃げ場所として社殿に忍び込んだ。ただ、そこで衰弱した私を見つけたので、怪我を押して私を背負い山奥の炭焼き小屋まで連れて行ってくれた。

 そこで、私は姉様がとってきてくれた木の実や、山菜でなんとか体力を取り戻した。と同時に、他に同居者がいたことに気がついた、ミカくんだった。ミカくんも姉様に助けられていた。





 春になるまで3匹で炭焼き小屋で過ごし、私は春に先意を決して神社に戻った。
 消えた私が戻ってきたことで、無戸籍派の村人は私の祟りを恐れたのか、私はいるけどいないものとして扱われた。そして、神主さんが事故死したことになっていたので、血縁の別の神主さんが何も知らぬまま神社に迎え入れられた。
 今の神主さんは、その人の長男。だから、108年前に何があって最終的に100年前に村が沈んだ話は知らない。










 でも、当時を知る3匹のポケモンがいる。
 今ここに集まろうとしている、無戸籍派の子孫たちには何の恨みはないけど。末代まで祟らねば気が済まない。私たち3匹の“意思”。

 108年間復讐を待って、100年ぶりに現れた村。


 誰にも止めさせない。



 私は震えるだけの存在ではない。




 私には同志がいる。





 村の守護神とか肩書きなんてどうでもいい。






 ただ、血に染まった村を、無念を残して死んでいった人たちの血だけでなく。







 己の利益だけを考えた愚かな人間どもの血でも染め上げて。








 綺麗な朱色で染め上げる。









 そして、全てをまた水の下に沈め。










 無に帰す。


18.

 7月6日。
 相変わらずの晴れが続く。天気予報でも、このひと月まともな雨は期待できないということだった。
 慰霊祭は日が沈む頃、夕方涼しくなってから行われる。それまでは、当日の細かな準備が進められている。参加者全員分の昼食に夕食の準備。観光バスで乗りつけてくる人たちのために、臨時の駐車場の設営。



 元無戸籍派の子孫たちは、お祭りを楽しむように準備を進めていた。


19.

 私は相変わらず社殿の中。ただ、今は姉さまとミカくんも一緒。心穏やかでないけど、3匹で心を鎮めて過ごしています。
 私が一番驚愕したのは、当時の村長に成り代わった無戸籍派の代表の子孫。憎き無戸籍派代表に瓜二つ。思わず飛びかかろうとしたのを、姉さまはそっと止めてくれた。短慮はいけない……。でも、外で楽しげに慰霊祭の準備をしている連中の声を聞いていると、穏やかな気分になれない。

 「お久しぶり!!」
 「元気してた?」
 「エトウさんの所のお子さんは?」
 「あれよ」
 「まあ、大きくなって!!」

 よくもまあ、自分たちの名字が人から奪ったものとも知らずに堂々と使えるものね……。知らないって罪よね。全員知らないなら、無罪になるけど。お生憎様、知っているポケモンが3匹いるので有罪。よって死刑。異議は認めません。



 悶々と午後を過ごしていたら、神主さんが私たちにおやつを持ってきてくれた。
 「暑い中、狭い所に押し込めてごめんね。慰霊祭が終われば、また静かになるね」
 そう言って、私たちにアイスを出してくる。
 「……。今日は、ご神体の輝きもいつもより輝いている。きっといい慰霊祭になる。じゃあ、また」
 神主さんはそう言って、パタパタと駆け足で慰霊祭の準備に戻って行ってしまった。


20.

 慰霊祭は、日が山の稜線を越えて暗くなったと同時に始まった。
 日が沈んだことで急に気温も下がり、徐々に谷底は霧に覆われ始めた。

 慰霊祭会場の周りには篝火が焚かれ厳かな雰囲気をまとっている。しかし、大量の人骨が出たとだけあって、ゴシップを求める報道機関のカメラや記者たちまで押し寄せ、当初の予定の静かに慰霊をすると言う趣旨からは外れてしまった。



 フラッシュがたかれ、神事にもかかわらず無遠慮なリポーターたちの生中継の音声が谷間にこだまする。






 まるで祝祭だ。

 何も知らない人々にはただの祭りでしかない。

 これは祭りではない。

 繰り返す。

 これは祭りではない。

 無念とともに死んでいった者たちの鎮魂の場だ。

 無知な者どもよ、これ以上恥をさらすではない。

 後悔の念があるなら遅くはない、今すぐ帰れ。

 止まる者は死あるのみ。

 無知を理由に平穏を享受することは許さない。

 判決は出ている。

 死刑だ。


21.

 最初に、上空からアグノムがゆっくり下りてきた。
 慰霊祭会場に集まった大勢の人々は、村の守護神のアグノムが現れたことを喜んだ。
 アグノムは冷たい目で村人の子孫、野次馬、報道陣を一瞥する。
 会場にいた人々は、それを厳かな儀式の一望だと思って見つめる。報道陣は、アグノムが現れたと騒ぎ出す。

 ありがたがって拝み出す人。
 黙祷を捧げる人。
 地面に平伏する人。
 その後ろでは、報道陣が本当に五月蝿い。

 アグノムの冷たい目は徐々に報道陣に向かっていく。が、報道陣の後ろにキュウコンとミカルゲがいることに気がつくと、視線が眼下の参列者に向かう。


22.

 ああ、なんでこんなにこの人たちって鬱陶しいのだろう。
 早く消し炭にしてしまおう。
 そう、私はポケモンバトルなんかするつもりはない。

 左手をあげる。
 私が左手を挙げた意味、この人たちはわかっているのかしら?
 姉さまとミカくんはわかってるよね。
 だって、生きてるうちにこんな機会、今しかないもん。





 ありがたがるのは勝手だけど、死んでね。
 私のだいもんじ、姉さまのれんごく、ミカくんのおにび。
 慰霊祭会場は、一瞬で火の海になる。
 ああ、みんな逃げてく。ダメだよ逃げちゃ。でも、逃げても良いよ?
 一人一人見つけて、苦しませてあげる。
 私は、慰霊祭会場をかたずけるから、姉さまは逃げてった子羊をお願いね。
 ミカくん。こっちにおいで。死体からモンスターボール回収してね。

 ああ、そうだ。あの報道陣たちなんだか私に対して威嚇的だな。死ねば良いのに。
 私が睨むと、カメラもマイクも捨てて逃げていく。でも遅いの。
 みらいよちで、あなたたちの行く場所はすでに死だから。


23.

 やったさ。
 ついに、ついに……。
 殺したよ。
 あいつら、泣き叫びながら逃げてるよ。
 情けない奴らだねえ。
 あたいは、爺様は、勇敢に立ち向かったってのに。
 情けない連中だけど、あたいは手加減しないよ?

 目の前に人形を抱えた女の子がいる。
 邪魔。
 首を噛み切る。技を使うほどじゃない。

 それを見た親が激昂して突っ込んでくる。
 そうさ、そうでなくっちゃ殺しがいがないねえ。
 いいねえ。その根性。でもねえ、あたいらはポケモンバトルするつもりはないのさ。
 じんつうりき。
 女の子の親の頭が膨らむと爆発する。
 3人目!!もっとだ、血が、血が足りない!!


24.

 僕の仕事は、死体から奪ったモンスターボールを『命吸う石』に分配すること。
 邪魔が入ったら戦うけど基本的に走り回る。
 神社のそばの『命吸う石』分のモンスターボールはツメクサ様が運んでくれるから、僕は残りの6つ。後は、2匹の為にオボンのみとヒメリのみを村のあちこちに用意すること。

 2匹から教わったのは、バトルだけでない。僕は戦術・戦略。戦う上で、自分の意思で戦えるように2匹から多くのことを教えてもらった。



 慰霊祭会場は、すでに数十人の死体が転がっている。僕は神社の『命吸う石』分をツメクサ様にに渡すと、残りの死体からモンスターボールを回収して、袋に突っ込んでいく。活きのいい個体ばかりじゃないけど、これだけあればご神体も光るだろう。
 まだ虫の息で生きている何人かは、僕自身の全体重で頭を砕いてモンスターボールを奪う。死んだフリしていて隙を見て逃げようとする連中は、かげうちで殺したり、おにびで燃やしたりこごえるかぜで動けなくして、全体重をかけて潰す。

 慰霊祭会場の生存者は“0”。とりあえず、分配に行こう。途中拾えるモンスターボールがあれば、遠慮なく奪っていこう。番頭さんや、両親の受けた苦しみってこいつら味わってるかな?


25.

 私は、神社横の『命吸う石』にモンスターボールを並べて、封印のしめ縄とお札を燃やす。
 じゃあ、次行こうかな?
 崖下は悲鳴、悲鳴、悲鳴。ああ、これが聞きたかったんだ。
 よ〜し。どんどん殺っちゃおう。

 私は、参道を登ってきて逃げようとする人間を見つけては叩き落す。技を使うまでもない。襟首掴んで下にほっぽり出せば、崖下に叩きつけられて死んでいく。
 崖下でおろおろしている人たちは、上から人が降ってくるんで狂乱状態。ついでだし、参道の階段壊しちゃえ。誰もに〜げら〜れない!!
 だいもんじにマジカルシャイン。
 参道を支えていた石畳が崩れる。ん?石が当たった人がいるのかな?まあ、良いか。





 私はすーっと崖下の霧の中に戻る。
 目の前に、人の顔が。
 「こんにちは。さようなら」
 とりあえず、人間が火に包まれる。
 誰かいるかな?

 ふっと、気配を感じて宙返り。10まんボルトかぁ〜。誰かな〜?ポケモン出した悪い子は?
 霧の中じゃね、技が当たりにくいんだよ?まあ、まずは悪い子とそのポケモン殺っちゃお。

 気配が小さいな?ああ、バチュルか?まあ、燃え尽きてもらいましょ?私?霧の中で生きてたんだよ?姉さまも私も、霧ごときで命中率下がるわけないでしょ?
 「バチュル。あなたに罪はないの。でもね、死んでね?」
 私は霧の中からバチュルの前に飛び出して、だいもんじで消し炭にする。
 「嫌だー。熱い、熱いよー!!」
 バチュルの最後の悲鳴なんて人間に聞こえるわけないでしょ?でも、ごめんね。



 「あら?姉さま?どうしたの?」
 霧の中かから姉さまがこっちに来た。
 「偽村長の子孫逃げたみたい。上に上がってない?」
 「私はまだ殺してないかな?」
 「じゃあ、まだ村の中か?あたいは予定どおり、警察とか来たら対処するようにするから。ツメクサは参加者と、報道陣の後始末頼んで良い?」
 「いいよ。私に譲ってくれるの?」
 「いいさ、あたいは殺し足りないだけだから。殺せれば誰でも」
 「わかった。じゃあ、後でね」
 私は手を振って姉さまと別れる。
 「報道陣のせいで警察が意外と早く来そうだよ、あたいだけじゃ手に負えないかもしれない。ツメクサも注意しろ!!」
 霧の奥から、姉さまの叫び声が。
 そっか、生中継だったもんね。いい演出だったかな?さて、罪のないバチュルを殺させた悪い子は誰かな?


26.

 あたいは身を伏せる。
 右耳を地面に当てて、遠くの音を拾う。大地を通じて、ツメクサとミカ坊が暴れてる音が聞こえる。後は、国道方面から複数の車の接近する音。サイレンの音がないけど警察に違わないね。
 あたいから先制させてもらうとしますか。
 さっと立ち上がると、国道方面に駆けていく。

 獲物がくるのさ。あんたらが悪いのさ。あたいは、やるだけの事をしてるだけ。死にたくなければ、家にこもって震えてればいい。あたいはそこまで鬼じゃない。死にに来たやつしか殺さないよ。





 国道から村に降りる一番早い道は、ダムの南側の淵からの作業用タラップ。水を全部抜いたときに湖底まで素早く降りたり、途中の足場でひび割れの検査をしたりできる。
 あたいはタラップの近くに来ると、身を伏せまた耳を地面に当てる。
 警官と思われる重装備の足音が30?あたいらも、舐められたもんだね。後は、ガーディーが15かな?他にも周りをうろちょろしている、のがいるけどそれも警官かな?重装備が機動隊。軽装備は周辺警戒か?いいねえ。いっちょやったろうじゃないの。





 まずは、先手取らせてもらうよ。長々と訓示してる方が悪いんだ。隊長さんさようなら。
 全速力で霧の崖を駆け上ると、隊列を組む警官の群れ。あたいに背中を見せるとは、いい度胸だね隊長さん。一人背中を見せる隊長に向かっていく。他の警官は、突然現れたキュウコンに固まっている。
 さ、よ、な、ら。
 防火装備の装甲服にほのお技は無意味。ならば、あくのはどうで地に足をついてもらおうかね。

 がくっと、足をついた隊長に駆け寄ると、首を至近距離からじんつうりきで無理やりへし折る。
 脊椎を折られた隊長は地べたで下手なダンスを踊る。
 とっさの出来事で、固まっていた警官たちもここにきて急に動き出す。残念、あたいはここでおさらばだ。身を翻すと霧の中に飛び込む。あたいの背後で、銃弾が地面を弾く音がするけど無駄だね。次の犠牲者を待ってるよ。


27.

 そろそろ生き残っている人も減ったかしら?村の南で銃声がするけど、多分姉さまが暴れてるのね。ミカくんも順調に『命吸う石』にモンスターボールを置いてるみたい。神社の社殿から漏れる光が強くなる。
 とりあえず、私の足元のこの男。罪のないバチュルをけしかけてきた悪い子。有罪。死刑。さよなら。
 気絶していた男に火がついて火葬が進んでいく。



 後は、村の西に逃げた人はいるのかな?東と南に北。残るは村の中心部とに〜し。
 まずは、中心部から。
 朽ちかけた家に隠れた人がいるみたいだけど?面倒くさいから、村ごと燃やしちゃお。だいもんじ!!だいもんじ!!だいもんじ!!だいもんじ!!だいもんじ!!
 キャンプファイヤーみたいで綺麗ね。さてと、西に行こう。





 途中で、ミカくんの置いておいてくれたオボンのみとヒメリのみを口にする。
 ミカくんは西方面にいないから、北方面から東へ向かってるのかな。入れ違いになっちゃった。残念。まあ、私たちがいなくてもミカくん一人でも最後までできるようにこの100年仕込んだんだし、私は何の心配もしてないけど。殺した人間の自慢くらいはしたかったんだよね。

 まあ、まだまだ罪人ひしめくこの谷底の掃除は終わってないから、一通りお掃除してみんなで自慢し合おう。



 でさあ、さっきから、こっちの様子をうかがっているトレーナーさん?ポケモンもあなたも、ずいぶんビビっているけど、私に勝てるとでも思っているの?
 「ばいばい」
 みらいよち。
 トレーナーの心臓が吹き飛ぶ。その勢いで胸郭も破裂して内臓が全部飛び出す。肋骨の一本が私をかすめて飛んでった。危ない危ない。
 「ねえ?」
 トレーナーの内臓を浴びたカイリュウは目が点になって固まっている。
 「聞いてる?」
 「……は、い……」
 「目障りなの?死にたい?」
 「い、……い、や……」
 泣きながら鼻水垂らして、顔に引っかかってるのは小腸かしら?情けないみっともない顔。
 「じゃあ、即刻ここから消えて。どっか行きなさい」
 「う、う……」
 カイリュウはヨタヨタと飛び上がって上空に消えていった。
 「情けない子」





 さて、後何人かな〜?


28.

 よし、これで最後。
 僕の仕事は終わり。共同耕作地の南側の『命吸う石』に最後のモンスターボールを置いて石を離れる。
 途中死体がいっぱいあったけど、さすがツメクサ様と姉さまだな。僕も負けないようにしなくちゃ。とりあえず、さっきやり過ごした、特殊部隊っぽい人たち殺しちゃお。空から落ちてくるんだもんビックりしちゃって、危うく隠れるの遅れるところだったよ。

 たぶん、姉さまは南側で殺し合いに夢中だろうから、空から降ってきた人は僕が相手しないと。
 こっそりと後をつける。
 足跡わざと残してるのは囮。本命は斜面の岩盤質の部分を歩いてるんじゃないかな?
 と言うことで、ふいうち!!
 崖の窪地に隠れて銃を構えていた人の頭を砕く。1人目。
 近くに後2人。凍える風で足止めをして、影打ち……。



 ゴンっ!!
 ぼくのこうげきあたったかんしょくないのに、ぼくになにかおもたいものがくいこんでる?
 いしのひだりがわが、われてる。これ、てっこうりゅうだん?





 つめくささま、あねさま。あと10ぷんでごしんたいかがやくよ。さきにいくね。










 僕は爆発音を聞いたのかな?


29.

 機動隊は後3人。殺しがいがない連中だな。ガーディもみんな逃げるしさ。あたいはこんなつまらない連中相手にしてるのかい?

 足元に転がる5人の機動隊員。死にに来た30人のうちの5人。あたいに殺されるのを待っているのは後3人。





 ふと遠く北側で爆発音。
 ポケモンの技じゃない。
 ミカ坊……。
 耳を地面につける。機動隊員は固まって退却中。
 かわって、北側から足音を立てずに近寄る連中。足音小さいから詳細はわからないけど、4人以下だね。
 ミカ坊に手土産持参と行きますかい?




 ミカ坊の用意してくれた木の実も後、オボンのみが一つ。技の力も限界。最後の悪あがきの肉弾戦と行きますか。
 機動隊員の死体を意味ありげに一直線に並べて……。3番目の隊員の足を2番目の隊員の肩にかけて、3番目の隊員の靴紐に手榴弾を引っ掛ける。わかりやすい罠の完成。



 機動隊員が消息を絶った場所。あたいの予想通り、対ポケモンの特殊部隊員が来た。悪いけど年の功は亀の甲より使えること見せてあげんよ。オボンのみを口にくわえる。
 特殊部隊員が並べられた機動隊員を検める。わかりやすいトラップに気がついて、特殊隊員がバカにしたような笑いを浮かべる。バカはてめえらだよ。

 あたいは茂みから飛び出して、手榴弾の処理をしようとしている隊員に体ごとぶつかる。隊員は手榴弾を取り落とす。安全ピンは抜いてあるので、その場で爆発する。なんとか、死んだ機動隊員の影に滑り込んだけど、背中に手榴弾の破片が突き刺さる。痛みをこらえて、オボンのみを噛み砕いて飲み込む。場当たり的な体力回復だけど、後1分動ければいい。



 後ろ足が動かない、脊椎をやられた。意地で前足を動かして、爆発をかわすために伏せていた生き残りの特殊隊員2人まで突き進む。彼らが、顔を上げる前に喉元に噛み付く。1人目、返り血を浴びる。血が、血が、もっと血が、血だよ血。
 二人目が拳銃を構える。あたいを殺すのか?あたいと心中するか?血が足りないんだよ!!
 痛みをこらえて横転して、銃弾をかわして相手の喉元に噛み付く。相手も、最後の力であたいのこめかみを撃ち抜く。





 血が足りないのさ……、この場所には……。


30.

 私1匹になっちゃった?
 ご神体の輝きが最高潮まで来てる。



 で、私の目の前には憎っくき偽村長の孫。こいつ、今もどこかで議員だかなんかやってるみたい。そして、私から逃げるために取り巻き犠牲にして谷を北西に逃げ続けてた。
 でも、ついに追い詰めた。さすがにこいつらの取り巻きのポケモンは強かったなあ。取り巻きと一緒に殺すのは一苦労だったね。でも、これで報われるの。残ってる技は、だいばくはつ。こいつに抱きつくのは私としては嫌だけど。ありったけの力で爆発すれば、こいつくらい私でもミンチにできるからね。





 ねえ、あなた悪人なだから。もっと悪人らしく、私の前に立ちふさがってよ?だめ?できないの?
 「なぜ私が?私が何をした!?」
 さっきからそれしか言わないけど、あなたが生きていることが罪。私にとってあなたは大罪人。死ぬべき存在なのね。わかる?
 私は、泣きじゃくる中年男に近づくと、左手で頬を撫でる。涙と汗と血で汚らしい。



 私は、左手で思いっきり男をビンタすると。男に飛びつき爆発した。


31.

 7月7日の夜中、殺戮行われたダムの湖底で何が行われたか知る人はいない。
 なぜなら、ポケモンによる虐殺の取材に来た報道陣も、警戒に来た警官もポケモンも。その周辺に住む野生のポケモンも、謎の光に飲み込まれて消えてしまった。
 7月7日は記録的な豪雨になり、ダムは貯水率60%まで回復した。村は再び静かな湖底に沈んだ。「二度と地上に顔を表すことはないだろう」虐殺で行方不明になった神主の弟は、そうテレビのインタビューに答えた。




長々とお付合い頂きありがとうございました。