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  [No.3961] めぐみ(仮題) 投稿者:Ryo   投稿日:2016/09/24(Sat) 21:32:22   47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 その白く清潔そうなトラックには、トゲキッスの絵が大きく描かれていた。
 と、そういう風に書き始められればいいのだけれど、そこにいる誰もその生き物の名前を知らないし、第一に見たことすらないのです。埃臭い風の中、村外れの通りに砂像のように立ち並び、そのトラックが来るのを待っていた大人や子供や老人らはみんな、あの変な白いのが描いてある車が来た、としか思っていない。そもそも彼らにとっては車に描かれた絵などより、車が載せてくるものを自分が手に入れられるか、今日自分たちが何を貰えるのかの方がよっぽど大切なのです。
 ざわめきの中、深い青色のフードを被った少女は、大人達に押しのけられて砂像の群れから弾き出されてしまわないように、ぐっと背伸びをしました。色んな食べ物や生活物資をどっさり積んだそのトラックを見る度に、あの卵に翼が生えたようなのは何だろうと思うのだけど、その一瞬の疑問は、座席から降りてくる迷彩服の男の人の大声と、物資を求めて動き始めた人々の喧騒の中、真夏の雪のように掻き消えてしまう。
 迷彩服の人達に向けて、鳥の雛の口のように大きく開いて伸びた手。手。手の群れ達。そこに少女の手も堂々と混じっています。
「早くしろ!」少女のすぐ後ろのおじさんが怒鳴り声をあげた。負けじと少女も一層高く腕をあげ、手を広げます。迷彩服の人達が手振りで人々の昂ぶりを制し、白い紙に書かれた名前を1人ずつ読み上げだすと、にわかに人々は声を潜め、自分の名前が呼ばれるのを絶対に聞き逃すまいと、迷彩服の人達をぎらぎら睨みつけます。殺気めいた緊張感が通りに漂う中、迷彩服の人達は日焼けした腕をせわしなく動かし、呼びだしに応じて前に出てきた人々の手に次々、白い袋を持たせていく。
 袋の中身はどれも同じはずでも、受け取る側の事情はみんな違います。父親が死んで稼ぎ手がいない家の母親、五人目の弟が生まれたばかりの家の長男、家をまるごと失って掘っ立て小屋に住んでいる家族の祖父。だからどうしても、張り詰めた静寂の糸はどこかでとぎれ、あちこちで争いあう声、怒鳴り声があがりだし、時には殴り合いさえ始まってしまう。
 そうなると迷彩服の人達は、どこからか、いつの間にか、大人の背丈よりも大きな花を持ちだして地面に植えるのです。すると人々は自分たちのしていたことを全部忘れて、息を呑んでその魔法に釘付けになる。鮮やかな緑の葉と赤い花びら!風に花のいい匂いがふわっと香ると、もう何で争っていたのかとか、そんなことはすっかりどうでもよくなってしまう。そこに迷彩服の人達はまた名前を呼びかけ、白い袋を次々に持たせていく。人々が突然の声に驚いた時にはもう、花は夢のように消えてしまっているのです。
 待ちかねた少女の手にそのずっしり重い袋が渡ると、彼女はお礼を言うなり青いフードを翼のように翻らせて、弾むように家へと駆けだしていきます。袋が重くて腕が痛いのなんか、赤ん坊の妹のお守りをするのに比べたら全然平気です。半分ガレキに埋まったような、生まれ育った村の表通りを、砂埃を立てて彼女は走っていきます。
 その村は、外から来た人には、村というよりギャラドスが大暴れした跡みたいに見えるかもしれないけど、彼女はギャラドスどころかコイキングだって知らないし、見たこともない。ここには川も池もなくて、彼女は毎日往復四時間かけて山の方にある井戸まで水を汲みに行かなければならないから。村外れにあった井戸は、果てしない人間と人間の争いの最中に埋もれてしまったから。
 人が人を撃つ。人が爆弾を持って人にぶつかる。毎日そんな事があちこちで起こる場所には、どんな野生のポケモンも近寄ることができません。
 トゲキッスも、ギャラドスも、コイキングも。

 通りに立ち並ぶ土作りの家々は、そっくりそのまま地面の砂の色なので、まるで土から生えてきたように見える時があります。
(本当に、家が勝手に土から生えてくるんだったらいいのに)
 少女は横目で、崩れて壁だけになってしまった家を見ながら思います。だって、それなら、いくら爆弾に壊されても直さないで済むでしょう。
 その壁だけの家の所で通りを外れて狭い路地に入り、少し奥まった所に少女の住む家はあります。
「ただいま、お父さん」
「おかえり、ムニラ」
 お父さんの元気そうな声と、お父さんの腕が体の向きを変える、ずい、ずい、という音を聞くなり、名前を呼ばれた少女、ムニラは急いで家に上がってお父さんの側に座り、抱えてきた袋を降ろします。
「お父さん、『羽の卵』の人達からもらってきたよ」
「ありがとう、ムニラ。いつもすまないね」
「アーイシャは元気にしてた?家は何もなかった?お父さんには悪いことなかった?」
 袋を開き、中に入っていた小麦粉やら調味料やら薬類やらを家のあちこちに片付けながらまくし立てるムニラに、
「そんなに心配しなくても、何もかも問題ないよ、ムニラ」
 お父さんは笑ってそう言うけれど。
「アーイシャもいい子にしていたよ、ほら」
 そう言って両腕だけで妹のアーイシャの所へ這っていくお父さんの、太ももに巻かれた包帯を見ていると。
 包帯の先に、半月前まであったはずのお父さんの両足のことを思い出すと。
 ムニラはいつも、心配でたまらなくなるのです。
 次にまたいつ、あんな事が家族の誰かの身にあったらどうしよう、と。

 ムニラの住む地方には名前がありません。この地方を誰が治めるか、という事で、ムニラが生まれる前からずっと、たくさんの組織が争っているからです。
 ちゃんとした政府もあるにはありますが、どの組織も政府の言うことを聞かずに争いあい、自分たちの決め事に従わない人を虐げることばかりしているので、政府も鎮圧のために軍を出す以外にできることがない。
 お父さんが両足を失ったのも、そうした反政府組織の攻撃に巻き込まれたからでした。お父さんは誰とも戦っていません。どこかの組織と敵同士だったわけでもありません。ただ、市場に買い物に出ただけです。たまたま、通りすがった荷車引きの男の荷物に、爆弾が仕掛けてあっただけなのです。
 荷車引きの男は、荷車ごと食料品店に突っ込んで大爆発を起こし「名誉の死」を遂げました。食料品店の店主が、テロを起こしたその男の敵対する組織と密かに物資をやり取りしていたらしい、という話はムニラも聞きましたが、ずっと爆弾や銃の音ばかりを聞いてきたムニラにはもう、誰が誰と敵同士か、なんて話はうんざりなのです。

 ムニラの住む砂と土の町に四季はありません。死にそうなくらい暑い日がずうっと続いた後に、死にそうなくらい寒い日がずうっと続く、その繰り返し。雨の降る日より銃弾がばらまかれる日の方がずっと多いし、風はいつでも埃と灰ばかり運んできます。
 花が欲しいな、とムニラは時々思います。友達ともそんな話をする時があります。食べ物も薬も服もいつも何かしら足りないし、そのせいで泥棒や喧嘩はいつも絶えないけれど、花は元々ここに「ない」のだから。そのことを思うとき、ムニラの目には、灰混じりの風や銃痕の残る壁、砂埃に霞む青空がとても寂しいものに映るのです。
 そんな時、この頃のムニラが思い起こすのは、最近この村を訪れる「羽の卵」の人達が魔法のように咲かせてすぐに消してしまう、赤い大きな不思議な花でした。いったいあの花は何なんだろう?花が育つには土、水、太陽、それから長い時間が必要なのに。
 でも、もしもあの人達がするように、ムニラも何もない所に一瞬で花を咲かせる事ができたなら、どんなに素晴らしいことでしょう。ムニラのすることを見て、みんな喧嘩を辞めるかもしれないし、美しい花を見て、あの喜びに満ちた香りを嗅いだら、反政府組織も人を襲うのを辞めるかもしれない。
 どうも武器らしい武器を持っていない様子の「羽の卵」の人達が、銃撃やテロや地雷をどうやってくぐり抜けてここまで来るのかムニラはよく知らないけど、きっとあの花のお陰なのだと、何となく納得していました。
 けれど、そんな夢のような考えに浸れるのは、朝と夜の礼拝の時間、神様に感謝を捧げ、心の声で話しかける時くらいです。ムニラのお母さんはアーイシャを産んですぐに亡くなり、お父さんは歩けない体で、妹はまだ赤ん坊だから、彼女がお父さんを手伝って働き、お母さんの分だけ家事をして、妹を守ってやらないと、家族の誰も生きていけない。
 だから、ムニラが自分自身の事を願えるのは、このお祈りの時だけでした。
(神様、私達のあるじさま、花をください。この村はとても寂しいのです)
 一日を無事に過ごせた感謝の祈りの後、こう付け加えることが、いつからかムニラの夜の礼拝の決まり事のようになっていました。
 けれど、その習慣が始まったのと同じくらいの頃から、ムニラは礼拝の後に気持ちが沈むことが多くなったのです。……
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このような話なので制作に時間がかかっていますが(中盤過ぎたくらいまでは書けてる)、できれば今月、最悪でも来月には仕上げます


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