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  [No.3965] 夏の終わりに 投稿者:αkuro   投稿日:2016/10/12(Wed) 04:32:39   45clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「夏の終わりに、かぁ」
「あん?」
 テッカニンの煩い求婚がぐわんぐわんと鳴り響く。
 縁側から外を眺めタマザラシ型の丸い小さなアイスを頬張りながら呟いた言葉に、俺の後ろでマッギョの形をした魚のすり身の駄菓子をかじりながら数式を解いていた奴が反応した。
 8月の末、残りの宿題を一緒に片付けようぜと転がり込んできたこいつは俺のダチ。家が隣の腐れ縁だ。俺の親父もじいちゃんもひいじいちゃんも、こいつのそれとダチだ。つまりは先祖代々ってやつ?
「なんだよいきなり。暇なら手伝えよ」
「やなこった」
 ピンク色のタマザラシを口に入れて噛み砕く。これは一袋に3つしか入ってないモモン味だ。俺は普通のサイコソーダ味の方が好きだが。
「思い出したんだよ、タイトルを必ず『夏の終わりに』にする小説のコンテスト」
「なんだよそれ、出したのか?」
 奴は聞きながらずりずりと畳を這いずって俺の隣まで来た。
「俺じゃねえよ、クラスの女子。あのみつあみの」
「ああ……あいつ、顔は可愛いけどよく分かんない奴だよな」
 なに食わぬ顔でモモン味のタマザラシをつかみ、ひょいと口に放り込んだ奴のもごもごと動く頬と喉仏から目が離せない。
「お前ああいうのが好みなのか?」
「ひえーお」
 ああ、こいつアイスはしゃぶる派だったな。頭が痛くなるからとかなんとかかわいこぶりやがって。こういうのは噛み砕くのが醍醐味だろーが。
 つかなんだよその格好は。タンクトップとか無防備にも程があるだろ。ご丁寧に汗まで流しちゃってよ。
「あー、美味かった。俺モモン味大好き」
 そうかそうかそんなに良かったか。おいやめろその笑顔暑さを忘れるだろうが。
「……もういっこやるよ」
「マジで!? さんきゅー」
 にぱっとか音がしそうに笑うんじゃねえ。
 若干溶けかけた最後のピンクのタマザラシを口に含んで、奴を押し倒して口付けた。
 親父、じいちゃん、ひいじいちゃん、すまねえ。この血筋は俺で途絶えそうだ。
 テッカニンさんよ、俺も便乗させてもらうぜ。

 夏の終わりに、ダチと一線を越えた。
 
 
 
 その日の夜。俺は畳に突っ伏しながら頭を抱えていた。
「やっちまった……」
 というかヤっちまった。以前からヤバいヤバいとは思っていたが理性で封じ込めていたというのに。クーラーが壊れていて暑さをまともに食らっていたのが不味かったのか? 恨むぜまったくよ。
「陸太、あんた何やってんの。夕飯の準備するんだからそこどきな」
 不躾な物言いが降ってきた頭上を見上げると、腰に手を当てた姉貴が見下ろしていた。
「やなこった。俺ぁ今人生最大の危機に直面してんだ」
「訳わかんないこと言ってないで暇なら手伝ってよ」
「やーだね……うおっ」
 ぷいとそっぽを向くと机の下にタマザラシが3匹いた。きゅっきゅっきゅーと騒がしい。
「なんだお前ら、くし団子みたいな並び方しやがって」
「ああ丁度良い、 玉一郎たちの面倒見ててよ」
「しゃーねえなあ……」
 俺は起き上がると、ころころとじゃれついてくる球体どもを受け入れた。まだ外は明るいとはいえもう夜の6時だ。全く感じなかったが確かに空腹かも知れない。
 球体どものもふもふアタックをかわしながらも奴――海人のことは頭から離れない。
 
 初めてムラッときたのは中1の時だ。あの夏も今年の様に蒸し暑くて、親の七光りでしかない芸能人がカロスから連れてきたカチコールが蒸発したっつーニュースがテレビで流れていたのを覚えている。
 気温が急に上がってバテそうになった俺は海人を誘ってプールに行った。それ自体は毎年のことなのだが。ひとしきり泳いでそろそろ帰るかと奴の方を見た時、思わず目眩がした。
 夏の日差しを浴びて健康的に焼けた肌、ほどよく肉付き始めた腹筋を伝うしずく、額から滲む汗……成長と言う名の性の芽生えに、危うく俺の股間がハンテールになるところだった。
 
「……お兄ちゃん何してるの?」
「ほっとけ……」
 タマザラシの下敷きになり過去に思いを巡らせていた俺に、今度は妹が声をかけてきた。
「今お母さんから電話あって、これから帰るから先食べててって」
「親父は?」
「海人くんのお父さんと飲んでくるって」
「へーい」
 球体共は飯の時間と理解したのかぞろぞろと俺の体から移動し、それぞれのエサ入れで行儀よくポケモンフーズをかじり始めた。俺もテーブルの定位置へと移動する。
「「いただきまーす」」
 姉と妹は俺の向かいで揃って手を合わせ、呑気な顔でそうめんをすすり始めたが、俺はどうも食べる気にならなかった。ため息を吐くと、姉貴が怪訝な顔でこちらに目を向けた。
「陸太、あんた今日本当にどうしたの」
「……今日、海人を抱いた」
 一瞬の沈黙、後。
「マジでっ!? っしゃあ!」
「えええええーっ!? 海人さんが抱く方じゃないのー?」
「あぁ? んなこたどうでもいいだろ」
「良くないよ! 私には地雷なのー!」
「知るか」
「お兄ちゃんひどーい」
「まあまあ妹よ……負けは負けだ、大人しく認めたまえよ」
「何その口調……分かったよう、デパ地下のゴクリンケーキね」
 こいつら俺で賭け事してやがったのか……家族じゃなかったら絶対一発殴ってるな。
「で、それから?」
「は?」
「それからどうしたかって聞いてるの」
「それから……あー、汗だくんなったから交代でシャワー浴びて」
「そこで何故一緒に入らない!」
「うっせーよ腐れ姉貴……あーさっぱりしたっつって、そのまま宿題終わらせたら帰ってった」
「……それだけ?」
「ああ」
「ギクシャクとかメロメロとかにならなかったの?」
「いつも通りだったぜ」
「うそぉ!」
 気まずくなるなら分かる。俺の都合がいいように考えれば甘い雰囲気になるのもまあ分かる。でもよ、なんも変わらねぇってのはどういうことだよ。
「なにそれ、なかったことにされたとか?」
「そりゃねぇだろ……」
 またため息を吐く。沈んでいる俺を放ってふたりは食事を再開した。
「それにしても随分遅かったね」
「ねー。お兄ちゃんと海人さん、昔はよく一緒に寝てたもんねー」
「小学生の頃だろ……」
「小学生同士はセーフじゃない?」
「知らねーよんなこたぁ……」
 あの頃は3日に一度海人が泊まりに来ていた。姉と妹がいる俺と違ってあいつは一人っ子だ。海人の両親も仕事で帰りは夜遅くになることが多く、学校から帰ってきたら即遊びに来てそのまま泊まることが常だった。さみしがりやの海人を幸せにしたくて、ずっと一緒にいるという約束をしたのを今でも鮮明に覚えている。
「そういや今年はデパートの七夕イベント行かなかったね」
「七夕ぁ?」
「小1から毎年短冊に書いてたじゃん。『海人とずっと一緒にいられますように』って」
「あー……まあな」
「ジラーチに叶えてもらうってはりきってたのに」
「もうジラーチを信じる歳でもねぇだろ」
 思えば、今年の夏は最初からおかしかった。
 七夕の件もそうだし、確実に俺と距離を取っていた。けど、今日はいつも通りだった。それで安心していたのも一線を越えてしまった原因かも知れない。
 ぼんやりしていると、腰の辺りできゅーと鳴き声がした。見れば球体トリオの次男が俺を見上げていた。エサ場の方を見ると、長男と三男が互いに頬を擦り付けあいにんまりしていた。完全に自分達だけの世界に入ってるようで、次男は避難してきたのだろう。
「お前も挟まれて大変だな」
 頭をつつくと、玉二郎は諦めたようにきゅうと鳴いた。
 その時、不意に玄関の方でがちゃがちゃと物音がしたかと思うと、汗だくで首にタオルをかけた母親が顔を出した。
「ただいまー、あー暑い」
「お母さんお帰りー、陸太、海人くんとヤったんだってー」
「あら、まだだったの?」
「それもお兄ちゃんが攻めたんだって!」
「あらまあ勿体ない、陸太も抱かれれば良かったのに」
「……」
 この母にしてこの娘らあり。俺は玉二郎に肘を埋めながらそう思った。
「じゃあ丁度良かったわね、はいこれ」
 母さんはデパートの袋から透明な小さい円柱を取り出して俺に渡した。
「ナマコブシローション……?」
「アローラからの輸入品でね、今日から試供品として配り始めたの。結構イイらしいわよ」
 パッケージには『ポケモン由来の成分で安全安心! あなたのとびだすなかみもアクセル全開☆』と書かれている。
「……サンキュー」
 そういや母さんの職場はデパートのドラッグストアだった。
 
 
 食後、冷凍庫から昼間のと同じアイスを出して食べていると皿洗いしていた姉貴が振り向いて顔をしかめた。
「あんたまたアイスのタマザラシ食べてんの」
「いいじゃねーか。噛み砕きやすいんだよ」
「やだ野蛮。ホエルオーに潰されろ」
「なんとでも言え」
 もうひとつタマザラシをつまみ出すと、それはピンク色だった。なんとなく、歯を立てずにもごもごとしゃぶってみる。
『陸太っ……!』
 赤い顔、甘い声、とろけた眼差し……汗だくになりながらも腰の動きは止まることを知らない。腕を引いて無理やりひっくり返して、うなじに噛みついて……。
「……」
 思いだしちまったじゃねぇか、こんちくしょう。柔らかくなったタマザラシを噛み砕いて飲み込んだ。
 
 翌朝。いつものように窓を開けると、ちょうど海人も起きたところだったようだ。
「はよー。今日も暑くなりそうだな」
 いつも通りだ。すこぶるいつも通りだ。気に食わない。俺はそのまま返事もせずにぴしゃりと窓を閉めた。
 階段を下りると、妹が朝っぱらから掃除機の音を響かせていた。
「何してんだ」
「今日業者さんがクーラー直しにくるの! お兄ちゃん邪魔だから、朝ごはん食べたら出かけてて」
「この暑い中どこに行けってんだよ」
「海人さんと水族館でも行ってくれば? 今夏の特別展示やってるんだって」
「へー……」
 
 バスで20分程のところにある水族館は定期的に集客効果を狙ってか、特別展示を行っている。チケットを買ってふと横を見ると、『特別展示ラブカス 是非カップルでお越しください』と書かれたポスターが貼ってあった。
 
 ラブカスの水槽の前はたくさんの人で埋まっていて、どことなく甘ったるい雰囲気が充満していた。水中ではピンクのハートがふよふよとあちらこちらに泳いでいる。時折集まり大きなハートを形作れば、観客は沸き立ち拍手が起こる。俺達は後ろの壁にもたれかかり、それをぼーっと見ていた。
「混んでるな」
「そうだな」
 5匹程黄色いのが混じっていて、その内2匹は水槽の片隅でひっそりと寄り添っている。おいいいのかサボって。お前らはアクセントなんじゃねぇのか。
 心の中でツッコミを入れていると不意に、ミロカロスの鳴き声を加工したチャイムが鳴りアナウンスが流れ始めた。
『お客様にお知らせ致します、ただいまより屋外プールにて、トドゼルガの砕氷ショーを行います……』
「トドゼルガのショーか……行くか?」
「いいや」
 この水族館のトドゼルガはカントーやシンオウからも見に来る客がいるくらい有名らしい。他の客はぞろぞろと移動し、水槽の前の人もまばらになった。自然と口が開く。
「昨日は悪かったな。勝手にあんなことしちまって」
 海人は何も答えない。
「本当に、悪かった」
「……お前は悪くないよ」
 ぽつりと呟かれた言葉に隣を見ると、海人はそっぽを向いていた。これは強がりな海人が泣く前の癖だ。
「どうした」
「っ……何でもない」
 こいつ、何か隠してやがるな。
 とはいえ今問いただしても何も答えてはくれないだろう。
 これは長くなりそうだ。そっと頭を撫でると、海人はぐすりと鼻を鳴らした。


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