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  [No.3975] レベルの基準 投稿者:逆行   投稿日:2017/01/14(Sat) 15:43:21   68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

Q.モンスターボールは何をすることができる 道具でしょう
1.ポケモンをつかまえる 2.ポケモンをこうげきできる 3.ポケモンをふやせる 4.ポケモンを料理できる

Q.ピカチュウは進化すると何になりますか
1.れいぞうこ 2.チャーハン 3.ライチュウ 4.えのきだけ

Q.次の中で、げんざい発見されているポケモンのタイプはどれでしょう。
1.水タイプ 2.よく食べるタイプ 3.気が強いタイプ 4.てんねんタイプ

Q.モンスターボールは体のどこでにぎりますか
1.手 2.足 3.むね 4.また 5.体ではにぎらない

Q.ガーディのあたまは何個あるでしょう。
1.1個 2.2個3.3個 4.4個 5.ガーディには頭がない  

Q.ブロスターのみずてっぽうをケンホロウが受けました。さて、どうなるでしょう
1.ケンホロウはぬれる 2.ケンホロウはぬれない

Q.進化ポケモンのイーブイは、進化する
1.はい 2.いいえ

Q.つぎの中で、ポケモンの体力をかいふくさせる道具はどれでしょう
1.きずぐすり 2.しょうゆ3.カレーライス4.トイレットペーパー 5.ポケモンはかいふくしない

Q.ポカブは何タイプでしょう(ヒント:ポカブは口から炎をはきます)
1.炎タイプ2.水タイプ 3.草タイプ4.ポカブにはタイプがない 5.ポカブはそんざいしない

Q.サイドンは進化すると何になりますか
1.モサイドン 2.イサイドン 3.ドサイドン4.ヌサイドン 

Q.ジムリーダーに勝つと何がもらえるでしょう
1.ジムバッジ 2.土 3.水 4.ひりょう

Q.ポケモンはりゃくしてなんというでしょう
1.ポケモ 2.ケモン 3.ポ 4.ポケモンはりゃくさない

Q.次の○に入る文字を答えなさい。(ヒント:パンチ系のポケモンのわざです)
かみなりパ○チ

Q.ディグダのせいそく地は次のうちどこでしょう
1.ディグダの穴 2.無人発電所 3.トキワの森 4.ディグダのせいそく地はふめい

Q.次のうち、ポケモンはどれでしょう
1.オーキド博士 2.キモリ 3.マンホール 4.木

Q.ウリムーは氷タイプのわざを使いますが、他のタイプのわざも使うでしょうか
1.はい 2.いいえ

※読者のみんなも解いてみよう!





 最後の問題を解き終え、光輝はシャーペンを机上に転がした。ノートなんかを挟むときに使う、シャーペンの上についたクリップは、昨日輪ゴムを装着して遊んでいたら折れてしまってもうない。クリップは転がっていくシャーペンを止める役割も果たすのだが、今はそれがないので、机の角まで辿り着いてようやく停止した。落石を既の所で逃れたシャーペンを再び光輝は持って、筆箱の中へ入れた。もうこいつは使わないという宣言である。
 テストの時間はまだ三十分も残っていた。少年時代の長い三十分を、どう潰そうか思案する。スマホを出す訳には勿論いかないし、読書も禁止されている。シャーペンを改造しようとも考えたが、三ヶ月前のテストで隣の席の前田君がシャーペンを分解していたら、先生から長い定規で頭を叩かれていたのを思い出した。
 やはり自分のテストの答えが本当に正しいのか、見直しをするべきか。しかし光輝は、自分の答案用紙に欠陥があるとはどうしても思えなかった。こんな容易な問題なら、うっかりミスすらしてないだろう。
 テスト終了まで後二十五分。こういうとき、時計の分針は遅くなっているんじゃないかと、光輝は思っていた。他の人はテスト中なるべく時間が欲しいと思うだろうから、時計の針は皆のために協力してくれているんじゃないかと。しかし秒針の方の速度は変わっているようには見えないし、一体どういうことだろうか。

 
 結局薬局放送局光輝は、妄想で暇を潰すことにした。誰からも文句を言われないし、想像力も0.5%くらい上がる筈なのでこれが一番良い。
「テスト中はうろうろしない」と赤いチョークで書かれた黒板の隣には、この学校の校歌が掘られた所謂校歌板というものがあった。光輝は一番前の 席に座っており、故にその校歌の一つ一つの文字がよく見えた。
 光輝はその校歌板をまじまじと見つめた。そして校歌の文字の隙間を、ポケモンのバチュルが通り抜けて先へ進んでいくという様子を想像して楽しんだ。バチュルはポケモンの中で最も小さいと言われており、この手の妄想をする際には欠かせない存在である。
「川」の字の棒を一本一本、バチュルは健気にジャンプして渡って行く。続いて「祖」という漢字もクリアし、次の「朝」もその次の「見」も難なくクリア。無事校歌番の端まで辿り着いてハッピーエンドを迎えられるか否かは、全て光輝の匙加減である。橋まで辿り着いたバチュルにどんな恩恵が与えられるのかも、同じく匙加減。それでも、この遊びは結構楽しめる。彼は、誰から教わったという訳でもなく、こういう妄想遊びを、物心ついたときからやっていた。
 バチュルが「力」という漢字を渡ろうとしていたそのとき、テスト終了を告げるチャイムが鳴った。「疲れたー」「難しかったー」という声が、教室の至る所から湧き水のごとく出現する。先生が「はい、まだ喋らない」と言って湧き水の穴を塞いでいく。彼の脳内でスーパーマリオよろしくの活躍をしていたバチュルは、チャイムと同時に足を滑らせて落下した。やがて「ペチャ」という卑猥な効果音と共に床に叩きつけられ、広辞苑の二番目に乗っている方の意味の戦闘不能となった。




 一言で表すならこの町は中途半端な田舎であった。山の頂上から町を見渡すと、田や畑が多いのが分かる。青々とした稲が一列に並び、陽光から栄養を頂戴し健気に身長を伸ばしている。『世界に一つだけの花』のAメロをバックにかけたら映えそうな光景である。道はアスファルトでしっかり舗装されてはいるが、横幅が極めて窮屈であり、トラックを運転する者は多少なりとも緊張を要する。電車は本数こそ少ないがちゃんと運行しており、都会に稼ぎに行く者をしっかりと導いている。会社から帰宅するとき、最寄り駅が近づくにつれ、どんどん車内は空いていくという。地下鉄は全く走っていない。駅付近では、広大な駐車場を保有した大型スーパーが、ドヤ顔を浮かべつつ胸を張って聳え立つ。  
 ポケモンセンターは一応存在するが、利用者はとても少ない。フレンドリーショップは、センターと複合されているのが現在の主流であるが、この町は未だそうなっておらず、少し離れた所に個別に構えている。ここのフレンドリーショップの店員は、全然フレンドリーではないと有名である。客が棚からボールを大量に床に落としても、大体は素知らぬ顔をする。また、道具を売れるという、大方のトレーナーに取っては当たり前であろうサービスを全くやっていない。
 そして、これが中途半端な田舎最大の特長であるが、パチンコ屋がアホみたいな数存在する。ポケモンセンターの隣にもパチンコ屋がある。ポケモンを回復させる役割を果たすセンターと、人間を消耗させる役割を果たすパチンコ屋が並んでいる光景は、中々にシュールであると感じさせる。

 
 この、中途半端な田舎のド真ん中(だが駅からは遠い)。そこには、トレーナーズスクールと呼ばれる学校があった。
 読んで字の如く、トレーナーになるための基礎知識を学ぶための場である。一般的な学校の方でも、ポケモンに関する授業はやる。だが、算数や国語と言った、基本的教養を身につけるための授業の方がメインだ。ポケモン関連の授業はデザートを食べる感覚で気楽に行われている。
 対してここでは非常に偏った内容の授業が行われている。授業のスケジュールは、ポケモンとは何かを教えられる座学やバトルの実技などで埋められる。
 トレーナーズスクールを上位の成績で卒業すると、様々な恩恵が得られる。助成金を貰えるとか、ジムバッジを無条件で二つ、三つ獲得できるとか、桁違いに育てられたポケモンを授与されるとか、その学校によって様々である。恩恵目当てで入学する者も一定数いる。
 だが、学校に通うというのは旅に出るのが遅れる、というデメリットもある。待ちきれず学校を中退し、旅に出てしまうトレーナーもいる。この手の生徒には大多数の教師は眉を顰めている。全校集会で中退する者を「悪い子」と言い放つ教師もいた。
卒業してもトレーナーにならない者もいる。卒業したくても成績が悪くて進級できない者もいる。トレーナーになってから実力不足を痛感し、旅を中断してスクールに通い始める者もいる。一旦就職するものの、トレーナーになろうと思い立ってスクールに通う。しかし、痺れを切らして旅に出始める、という複雑怪奇なルートを辿っている者もいる。要するに十人十色であった。
 トレーナーズスクールは全国至る所に存在する訳ではない。周りを山で囲まれている村とか、誰も名前を知らないような小さい島とか、ドが付く程の田舎には見つからない。普通の学校の方は、どんな田舎でも一応あるけれども。
 ちなみに、この町を出て南の方角に進んでいくと、正真正銘のド田舎の村があったのだが、五年前まではここにはトレーナーズスクールがあった。が、この村はまず子供が少ない上に、トレーナーを目指すという文化もあまり根付いていない。通う子供は次第に減っていき、遂には生徒数が一人となってしまった。これでは『トレーナーズスクール』ではなく『トレーナースクール』と呼ぶべきであろう。結局、それからすぐに廃校となってしまった。挙句この村は去年ダムに沈んだ。


 それはそれとして、話を戻す。
 光輝は、この学校で圧倒的トップの成績を納めていた。彼の年は現在十二歳。ここのトレーナーズスクールは、最速二十五歳で卒業できるので、後十三年勉強する必要がある。
 この学校は非常に卒業者が少なく、年に一人いれば良い方である。昨年に関しては一人もおらず、卒業式は開催されず校長がハゲ散らかした。トレーナーズスクールは中退するのが普通という感じで、子供達の親は将来を見積もっていた。中退後は普通の学校に入り直すのが一般ルートだった。
 光輝は中退などせずこのまま卒業するつもりであった。二十五歳でバッチ集めを開始するというのは、ちょっと遅すぎるんじゃないかという感覚はあった。だがしかし、トレーナーの世界は厳しいということは朝礼の校長先生の話で幾度も出てきたし、また光輝自身も、まだまだ勉強しないといけないことが山程あると痛感していた。何しろ、野性のポケモンがわんさかいる危険な場所に出向く訳である。ポケモンと人間は互角に戦えない。例えレベル一のポケモンでも人間は殺られる。だから、二十五歳でも決して遅くないのかもしれない。
 ポケモンに背中を狙われたらどうしようか、光輝は著しく不安に思っていた。自分の視界内に出現したらなら何とか対処できそうだが、背後から角を向けて突進してきた場合、あるいは上空から鋭利な嘴を光らせつつ襲ってきた場合、どうやって撃退すればよいのだろう。背中や頭上にでもボールを仕込んでおくのか。ポケモンは勝手にボールから出てくれるだろうか。そういうことも、いずれ教わるものなのだろう。教わるまで、旅には出ない方が良い。
 

 森は静寂で満たされていた。赤茶けた地面には大量の葉が撒き散らされ、時折風が吹いて落ち葉は宙に舞う。木々には大量にコクーンがぶら下がっており、しかも、彼らはいつ一斉進化してもおかしくない状態となっていた。
 そんな鬱蒼とした森の中を彼は独りで彷徨い歩いていた。出口を必死に探しているが見つからず、パニックになる気持ちを収めるべく、パートナーの入ったボールを強く握りしめている。新品であった筈のズボンは既にボロボロとなっていた。枝が刺さって穴が開き、水たまりに転落してずぶ濡れになっていた。
 彼はようやく、森に差し込んでいる光の出先を発見した。彼は涙を零すほど喜び、走ってその出口まで向かった。その時、落葉に隠れた蔦に躓いて本日二度目の転倒をした。足元に注意が全くいってなかった自分を恥じつつ、ズボンに付着した口をはろって顔を上げる。そこには、見たこともない悍ましい生物がいた。
 薄黄色く細長い体。恐らく腹にあたる部分はどっぷりとしており、両端からまるで手のような葉が二枚装着している。後ろにはこれまた黄色の尻尾が生えていた。ここだけ見るとなんともなさそうだが、このポケモンの一番の特長は、体の上部にある日本の牙が備えられた巨大な口である。おおよそ一人の人間なんぞ、たやすく飲み込めてしまうであろう大きさであった。
 彼は、恐怖を感じ、青ざめ、震える足を、なんとか動かして懸命に逃げた。しかしその化け物が放出させた蔓に簡単に捕らえられた。
 人間は泣きながら必死に膝の位置に付けててあったボールに手を伸ばすが、あいにく届きそうにない。化け物の口の中には胃液が詰まっており、それを見た瞬間彼は叫んだが、あいにくそれを聞いて助けに駆けつけてくれる者はいなかった。この化け物の口の中は、常に空っぽであると彼は今まで想像していた。
 胃液の生暖かい感触を、足に感じた。それが最後であった。実に呆気無ない。彼にはやり残したことしかなかった。


 翌週テストが返却された。
「そうかーガーディの頭は一つかー。三つかと思った」
「それはドードーだろ。ガーディは一つに決まってんじゃん」
「モンスターボールって股で握るものじゃないの?」
「あれ股じゃなかったっけ」
「自分も股だと思った」
「じゃあ股でも本当は合ってるのかもね」
「男は股で握って女は胸で握るのか正しい回答だと思う」
「オーキド博士ってポケモンじゃなかったっけ?」
「違うよ。オーキド博士はカントーにある町だよ」
「そうだ間違えた。チャーハンに進化するのはドガースの方だった」
「イーブイって、もう進化しているから『進化ポケモン』なんじゃないっけ」
「ポカブって存在するの?」
 放課後、光輝は答案用紙を持ちながら周りで繰り広げられる会話を聞いて、間違いを指摘したかったがめんどくさいので止めておいためた。
一問も間違いのない答案用紙をささっと机にしまい、光輝は下校した。

 




 光輝の両親は学校での勉強について、殆ど彼と話をすることがなかった。光輝が優等生であることは一応知っていたが、そのことについて特に胸を張っておらず、ご近所との井戸端会議で自慢するようなこともやらなかったし、華々しい将来を夢想することすらしなかった。 
 光輝は学期終わりにオール五の成績表を母に必ず見せようとしたが、しかし「置いておくね」と言って、成績表の端と机の端を合わせて置き、二階の自部屋からリビングに降りてくると、毎度の如く成績表は全く同じ場所にあるのであった。
 入学して初めての成績表は流石に一瞥はした。父親は先生が記した備考欄を読んで、「何が書いてあるのかさっぱり分からない」とぼやいて、水の入ったグラスに焼酎を入れ始めた。母親は成績表に赤字がないことのみを確認して、スマホを手に取って「やっぱり電波が悪い」と呟いた。
 母はトレーナーズスクールではない、普通の学校に通っていた。その当時の彼女の成績は頗る悪く、五段階評価で最下の「一」ばかりを取得していた。「一」だと数字が赤字になるものだから彼女は成績表の赤い字がトラウマになっていた。
 一方で父は光輝と同じトレーナーズスクールに通っていたが、五年ほどで中退してしまった。中退自体はよくあることであるが、彼が常軌を逸しているのは、その後普通の学校に入学せず、そして旅にも出ず、家に只管引き篭っていたということだ。旅に出ているという名目にしておけば学校の授業は免除される、という仕組みを利用したあまりにも愚盲な行為である。
 そんな親子から、絵に描いたような優等生が育ったのは、決して光輝が彼らを反面教師とし、胸に抱いた反骨精神を武器にして机に齧りついたからではなく、優秀なトレーナーになりたいというストレートな気持ちがあったからであった。


 また光輝には、年が六つ上の姉も存在した。姉はこの町出身としてはかなり珍しく、大学生であった。
彼女が通う大学はカントーにあって、タマムシ商業大学という名であった。タマムシ商業大学を略すと「タマ大」となり、カントーで最もレベルの高い大学と謳われているタマムシ大学も略すと「タマ大」になることから、よく姉は「うちの大学はあの有名なタマ大なんだよ」、という冗談を言っていた。彼女だけでなく、この種の冗談は全国の大学生が連発している定番のものであり、時にはこのレベルのギャグを芸人が放つこともある。
 他にも、略すと「タマ大」になる大学名はいくつか存在していた。例えば、タマタマ大学も「タマダイ」になるし、ホウエン地方にあるアメタマ大学も略すと「タマ大」になる。後は、ハナダシティのゴールデンボールブリッジの傍にある金の玉橋大学も略すと「タマ大」になる。こちらは「金の玉大」とも略されるので、輝いている分本家のタマ大よりも上等と言われることがある。



 姉は現在帰郷してきていた。三日前に電車に長時間揺られて家までやってきたのだ。
 彼女は大学で心理学を勉強しているようで、机の上には「ポリゴンでも分かる心理学入門」という本が置かれていた。電車の中で時間を潰すためにこの本だけ持ってきたと思われる。
 母が全くテストの結果に興味を示さないので、変わりに光輝は姉に見せた。テストの問題を見た彼女は簡単過ぎてつまらないと言った。光輝はそれに同調して頷いた。姉はトレーナーやポケモンに関する本やテレビ番組は全く興味を示さない人だったが、それでも半分くらいの問題は解けるとのことだった。問題文の文脈とかから、だいたい答えが推測できるらしい。
 



「じゃあ今から、ボールからポケモンを出して」
 翌日、ポケモンバトルの練習をする授業があった。光輝はその授業で、バトルがクラスで一番できない子にワンツーマンで教えることになった。なんでこんなこと、と思ったが、先生から言われたことだったので仕方がなかった。
「え、何?」
「え、じゃなくて、ポケモンを出すの」
 だが、彼が教えている女の子はさっきから全く彼の言っていることを理解せずに変なことばかりやっていた。仕方なく彼は、まずポケモンをボールから出す所から教えることにした。
「ポケモン持ってるでしょ。その仔をボールから出した」
「あー、分かった」
 するとその子は、突然どこかへ行ってしまった。彼は慌てて呼び込めたが、止まらなかった。
しばらくして、彼女は戻ってきた。何故か手には、サッカーボールが握られていた
「じゃあ今からポケモン出すね」
 女の子は、サッカーボールを何故か叩き始めていた。
「あれ、出てこないよ」
「だいぶ違うことやってる。ボールってサッカーボールのことじゃなくて、モンスターボールのこと。ごめん、略した自分が悪かった」
「あーそういうことか」
 すると今度は、彼女はサッカーボールを光輝のハリマロンの傍に置いた。ハリマロンは激しく困惑している。
「ええと、うん。それだと、『モンスターボール』じゃなくて『モンスターとボール』だから」
「えー分かんない」
「腰につけてるボールをそれから出すの」
 彼女は首を傾げながら、光輝の腰についたボールを触っていた。
「違う違う。自分の腰についてる方」
「あっこっちか」
「後、モンスターボールは触るだけじゃなくて、ちゃんと腰から外して」
 数分後、彼女はようやく自分の腰についたボールを取り外して、握ることができた。
「握れたね。じゃあ、今から君のコラッタに指示を出して」
「指示?」
「そう指示。技名を言って」
「技名?」
「このコラッタって何覚えている」
「私のことなら覚えてる」
「違くて、技は何覚えているかって話」
「技って何?」
「いいや。とりあえず、『しっぽをふる』を命令して」
「光輝! しっぽをふる!」
「自分じゃなくてコラッタに命令して」
「『自分じゃなくてコラッタ』! しっぽをふる!」
「『自分じゃなくてコラッタ』に命令するんじゃないよ。さすがにそれは分かるでしょ」
「ごめん」
「とにかく、早く尻尾振って」
「えっ、私尻尾持ってないよ」
「違う、コラッタに命令するの」
「何を?」
「だからしっぽをふる!」
「コラッタ! 『だからしっぽをふる』!」
「違う!」
 結局、言うことを全く理解しないまま、授業が終わってしまった。


 先程の授業から推測できることであるが、このトレーナーズスクールの生徒には一匹ずつポケモンが配布されている。中退して旅立つときはそのポケモンをパートナーにそのまますることが大半であった。貰えるポケモンは完全にランダムで、成績順に良いポケモンが与えられるとか、そんなことは全くない。成績で誰を回すかを決めるのは合理的なようにも思われるが、成績の悪い子が更に悪くなるという二極化を引きおこす。また、最強のポケモンは誰か、と幾度となく生徒から質問を受けると、教師は決まって「本当に強いポケモンはいない」、言っており、その教えからも反してしまうことにもなる。
 くじ引きで決めていると公表しながら、実は成績の良い順に強いポケモンが渡されている、という学校も一部存在した。その方ができる子が更に自信を持てるようになり、将来世界を動かすようなトレーナーになる可能性がある、という考えの元からであった。けれども、そういう学校はだいたいネットとかで発覚して晒されることが多いから、最近はかなり少なくなった。


 光輝の元には非常に強いポケモンが回されたが、恐らく偶然である。彼に次いで成績が良い子には、言うことを聞きにくいクチートが渡されたことから分かる。先月ポケモンセンターで彼のハリマロンを計測したところ、この毬栗ポケモンは既にレベル八十を超えているらしい。ポケモンのレベルは上限が百なので、相当高い方ということになる。
 ハリマロンが蔓を相手に叩きつけるとあまりの痛みに敵は悲鳴を上げる。体当たりは相手を遠くまで吹っ飛ばせるし、鳴き声を発しただけで攻撃力を下げさせるという特殊な能力も備えていた。耐久力もあって、どんなに強力な攻撃でも一、ニ発で沈むことなんて一度もなかった。
 だが。
 光輝は何かが異常であると思っていた。ハリマロンは、何時まで経っても進化を遂げなかったのである。ポケモンはレベルが上がると例外なく進化する筈なのに、このハリマロンはその兆しすら見せることはない。ハリマロンが何レベルで進化するのかは知らないが、もうレベル上限の半分以上まで到達したのだから、いい加減そのときが来ても良い気がする。
 進化しないのは彼のポケモンだけではなかった。ハリマロンと毎度のごとく互角に戦っている、高木という子のズバットも全然進化しない。高木は早く進化させたくて多めに餌をやっているみたいだが、ズバットが太っていくだけで全く効果がない。唯一進化を遂げたのは新井のキャタピーだけであった。キャタピーは体が固い蛹へと進化を遂げた。そこまで強くはないけれども。
 このことに疑問を抱いているのは光輝だけであった。同級生の多くは「ポケモンはレベルが上がると進化する」ということすら正確に理解していないので、そこをおかしいと思う余裕などないのである。だから無駄に餌をやったりしている。
 残念ながら彼は、ポケモンの進化について詳しく書かれている教科書や資料集を持っておらず、また図書室で探しても見つからなかった。彼が持っているのは、身の回りにあるもののどれがポケモンでどれがポケモンでないかが書かれた資料集とか、そのレベルのものぐらいであった。その資料集には冷蔵庫はポケモンじゃないがピチューはポケモンである、のようなことが延々と淡々と書かれていた。
 図書室の一番奥の書棚に置かれていた、ホコリまみれになっていた資料集の僅か一ページにのみ、「ちょっと先へ進んだ話」という見出しで、進化に関することが少しだけ記されていた。内容は本当に触りだけという感じで、「ハリマロンはレベル○○で進化します」、なんてことは書かれている気配すらなかった。

 
 ある日のこと。光輝はとあるテレビアニメを観ている最中、とある発見をしたのである。
 このアニメの主人公は色々な地方を旅している。一つの地方でバッジを八個しっかりと集めて、その後地方リーグで上位まで行く。しかしリーグ後次の地方に行くと、初心者トレーナーに呆気なく負けたりするのである。ポケモンは、前の地方で使っていたものと変わりない。
 負けて悔しそうにする主人公の様子を見て、光輝の頭上に豆電球が光った。ポケモンの強さの基準って、地域ごとに違うのかもしれない。この学校、下手したらこの地方でハリマロンは一番強い。けれども、別の地方、別の町でバトルをすれば、呆気なく負けてしまうこともあるんじゃないか。ハリマロンのレベルは現在八十。それは、この町のレベルの平均を五十にしたからそうなるだけ。他の地方の基準ならもっと低い。
 この説が正しければ、ハリマロンがレベル八十にも関わらず進化しないのも納得がいく。しかしレベルって、そんな町ごとに基準が変わって良いものなのだろうか。




 翌日彼は思い立った。思い切って行動した。この町の北側にある、野性のポケモンがたくさんいる森の中に入ろうと思った。そして野性のポケモンとバトルしようと企んだ。勿論森の中心部になんていかない。少し入り込むだけである。
 危なくなったら、即ハリマロンをボールに戻す。そして森からさっと抜け出す。逃げるときのイメージトレーニングを、夜布団の中で眠りに落ちるまで繰り返した。ハリマロンが、一撃でも喰らったら逃げる。例え勝てそうでも逃げる。何度もそう自分に言い聞かせた。
 家から出るとき、「お金ある?」と母に言われ、財布には小銭すらなかったので、千円札を一枚貰った。今日は特に使わないが、貰えるものは貰っておいた。光輝は普段お金をねだることはせず、親の方がお金があるかどうかを心配して時折、財布にいくら入ってくるか訪ねてくるのである。


 トレーナーになってこの町から旅立つ人は、この森から町を抜けることが多い。というのも、森を超えた先には直ぐにジムのある町が存在する。バッチを集める旅としては大変に効率が良い。そして更に、その町からちょっと歩いた先にある町にもジムがあるという、(この町の人にとっては)とても親切な地方構成となっている。
 旅立ってからいきなりポケモンがうじゃうじゃいる薄暗い森に行くというのは些か危険ではある。だがここさえ抜けてしまえば後はとっても楽だ。森のポケモンに襲われて死んだ人の話を、光輝は何回か耳にしたことはあった。森の入り口をスタートラインとする風潮に反対する人も多い。しかし、どの道危険な場所はいずれ攻略せねばならないし、どこからでもいいじゃないか、というかそう考えるなら旅になんか出るな、という声の方が少し多い。この件に関しては、この町の人達だけの意見の比率であって、他の町の人達は前者の考えに賛同する者の方が多いかもしれない。


 森の入口まで辿り着くものの、そこで光輝は足が止まってしまった。背徳感と恐怖感が、背中から足の裏までするりと撫でる。やっぱり引き返そうか迷った。危ない場所へ行こうとする自分を急に客観視してしまう。
 危ないことしないで帰って勉強しようか、もしくは今日貰った千円で駄菓子でも買ってようか、あるいは適当にぶらぶらしてようか等と、正論な逃げ道をいくつか思い浮かべた。そのときの、ことであった。たった今森から抜け出してきた、一人のトレーナーを発見したのである。
 このトレーナーの年齢は、彼よりも一歳か二歳上くらいの感じであった。トレーナーはこの町の様子を見て、間違った所に来てしまったと言わんばかりの苦笑いを浮かべた後、頭をポリポリと掻きながら、地図を広げつつ、再び森へ入ろうとしていた。光輝の存在には、気がついていなかった。
 そのとき、森から一匹のピジョンが飛び出してきて、光輝は驚きの声を上げてしまった。その声に反応して、トレーナーは彼の方を向いた。ピジョンは鳴きながら再び森の方へ引き返していき、こっちには近づいてこなかった。
 トレーナーと光輝は目があった。目と目が合ったらポケモンバトル。図書館の奥の書棚にあった埃を被っていた本に、そう書いてあったのを思い出した。これは、チャンスであると思った。思い切って、彼はバトルを申し込んだのである。とりあえず戦ってみたく思った。見た目で判断するのはいけないことだと思いつつ、そのトレーナーは決して強そうには見えなかったし、挑むことにさして勇気はいらなかった。いや、勇気はいたけれども、野性のポケモンに挑むよりは遥かに気が楽であった。
 唐突の申し込みであったが、トレーナーは唐突に申し込まれているのに慣れているので、特に顔色は変えずに了承してくれた。正直な所を言ってしまうと、こんなよく分からぬ田舎でよく分からぬ少年とバトルなんてしたくなかっただろう。今さっき森から抜け出して疲れている所でもあるし。
 

 相手はストライクというポケモンを繰り出した。このポケモンを光輝は知っており、ストライクが姿を表した瞬間彼ははにかんだ。資料集の確か百二十一ページに書いてあった。冷蔵庫と違ってストライクはポケモン。ストライクは名前が五文字。ストライクは緑色。そして、ストライクは虫タイプ。彼はストライクに関する様々な情報を知っていた。
 バトルが開始された。ストライクは腕に装着された二本の刃でハリマロンに襲い掛かってきた。
 そして、どうなったか。
 彼のハリマロンは手も足もでなかった。一方的な戦いだった。
 倒れたハリマロンをボールに戻したとき、そこで初めて、彼の予想は確信に変わった。 自分は優等生でもなんでもないことが、はっきりと分かった瞬間だった。
 ポケモンのレベルというのは、地方によって基準が違う。
 そして、バトルの知識も自分には全く足りない。
 それが、この実践で分かった。
 彼は別にショックではなかった。むしろこれで旅立つ理由が出来たのだ。
 トレーナーズスクールは中退することに決めた。二十五歳までまじめにあそこの授業を受けても、立派なトレーナーにはなれないと悟った。


 バトルに負けたら勝った相手に賞金を渡さないといけない、という暗黙の了解がやがて公式となったルールがある。だから、光輝はお金を渡さないといけない。光輝はお金がない、と一瞬焦ったが、本日新たに千円札が財布に追加されていたのを思い出し、安堵した。
 賞金を渡さないといけないことは学校の授業で教えて貰えてなかったが、この間、賞金を支払わずに逃げ出すトレーナーが相次いでいる、という話を、たまたま朝のニュース番組で耳にしたので知っていた。
 財布を開く。小銭を入れる部分は空っぽであった。彼の財布にはぽっきり千円札しかない。
 負けて支払う賞金の額は、現在の持ち金の半分なのが標準的。
 千円あれば五百円を相手に支払うのが普通だ。
 もう一度言うが、彼の財布には千円”札”しかない。
 光輝は二つに折り曲げて入れてあった千円札を一旦広げて、今度は逆に折った。また広げて、折り目をじっと見つめていた。そして。
 その様子を見ていたトレーナーは、次の瞬間目を見開いた。予想もしていなかった彼の行動を見た。
 光輝は、たった今一枚しかない千円札を丁度半分に切ったのだ。
 そして切った半分を、トレーナーに渡した。「これ、負けたから賞金です」。笑みを作ってそう言った。
 自分が取り返しのつかない行為をしたことを、彼はまだ知らない。


「その青いボールって何?」
 二人はその後、森から少し離れ。ベンチで座って話をした。先程の奇妙な行いを見たトレーナーは光輝に興味が湧いたので、自分の方から誘ってみたのである。
「これはスーパーボール。モンスターボールよりも性能がいいものだよ。ポケモンが捕まえやすくなるんだ」
「モンスターボールより性能が良いなら、『スーパーモンスターボール』って名前が正しいんじゃないの。あるいは、モンスターボールの方をスーパーボールの方に合わせて『ノーマルボール』とかにしないと」
「そんなことに突っ込むのは君が始めてだ」
「この道具は何?」
「これはいいつりざおって言って、ボロのつりざおよりもレベルの高い水ポケモンを釣りやすくなって釣り竿」
「いいつりざおとボロのつりざおがあるの」
「そう。後すごいつりざおっていう更にすごいのもあるよ」
「普通のつりざおは」
「ない」
「『ボロ』の次が『いい』なの。ずいぶん飛んだね」
「確かに、言われてみると差がありすぎる気がする」
「ボロのつりざおって新品でもボロなの?」
「うん」
「中古ってこと?」
「違う」
「よくわからない。じゃあ、『ボロのきずぐすり』ってないの?」
「ないよ。きずぐすりがボロいのはシャレにならないから」


 光輝は、トレーナーの少しの間話した後、夕日が沈みそうなのを見て、トレーナーの方が空気を読んで話を切り上げて森へと帰っていった。
 結局、賞金は渡さなくても良いことになった。破れたお札しか持っていないなら所持金はゼロということになるから、トレーナーの情けとかではなくてルールー的にそうなる。お札は、二つに割るともう使えなくなってしまう。千円札しか持っていないときにバトルで負けたら、まず両替してこないといけない。
 光輝は、森に危険なポケモンがいることについて、改めて悩んだ。さっき自分は森に入らなくても、ピジョンが出てきただけで怯えてしまった。見たことのあるポッポより少し大きいだけの存在ごときで、自分の体がここまで反応してしまうなんて思ってもみなかった。
 やっぱり止めようか。トレーナーズスクールで得るものがなくても自分で勉強すればいいじゃないかという考えが、ここにきて出現した。 
 様々な不安が脳裏を駆け巡る。後ろからポケモンが出現したらどうやって逃げるんだろうか。ポケモンは勝手にボールから出てくれるんだろうか。
 けれども同時に思う。やっぱりこういうふうにレベルの低い場所で、一番になってもしょうがないんじゃないのかと。もっとレベルの高い所で、争わないといけない。
 だから、この中途半端な田舎から、本当は出ることが正しいのだろうと。この中途半端な田舎にいたって、いつまでたっても中途半端な状況にしかならない。
 彼は毎晩毎晩、旅に出るか悩んでいた。
 そして。

 数日後の朝。彼は、バラエティに富む様々なものをリュックに収めていた。
 モンスターボールは十個入れた。きずぐすりは多めに十五個用意した。どくけしは一個だけ。
 ポケモンに出会ったとき直ぐ逃げられるよう、あなぬけのひもを二本集めた。これも、リュックの奥の方に入れておく。
 ハリマロンには、きあいのハチマキを持たせておいた。この道具を持てば、どんな強力な攻撃を受けても、必ず一撃だけは堪えることができる。遥かに強いポケモンに出会ったとき、これで時間稼ぎをすることができる。
 それでも戦闘不能になってしまったときのために、以前福引で手に入れた、でかいきんのたまもリュックに入れておいた。これがあれば、きっと大丈夫だ。


 旅立つとしたらポケモンに襲われるという危険が伴うわけで、やっぱりそれは、どうしも気がかりであった。危険を回避するためには、十分は知識があった方がいいのは分かっていた。トレーナーの人達は十分な知識と経験があるから、危機回避がちゃんとできている。
 けれども、光輝は決意を固めた。
 彼は、襲われてもよい、と思うことにした。襲われてもよいなんて考えるのは、異常なことのような気がするけれども、それぐらいの決心があるということだ。旅に出ると、危険がいっぱいあるけれども、どっちにしろ、いつかは危険な目にあうのだから、一緒だ。そんなことに怯えていては、いつまで立ってもここから抜け出せない。いつまで立っても下積みのままだ。だから、襲われてもいい、喰われてもいい、って考えてみる。そうなったら諦めればいい。
 彼の姉はもうカントーに帰ってしまったし、彼の両親は彼が旅立つことについて何も言わなかった。干渉してこないのはいつものことだから、光輝はそんな両親について何も思わなかった。


 こうして彼は旅立った。意気揚々とした自分を作って町から抜け出した。かなり足が竦んでいたけれども、なんとか抜け出すことができた。
 怖かったので、本当は走って抜け出したかった。だがそんなことをしたら逆効果であることがはっきりと分かっていた。だから、ゆっくりとゆっくりと、彼は歩いていった。
 彼が森に入ったそのときの、丁度同時刻のことだった。鬱蒼とした森の奥では、一匹のポケモンがまるで誰かを待つようにそこに立っていた。その腹は大量の溶解液で埋められていた。