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  [No.4020] 竜と短槍.2 投稿者:まーむる   投稿日:2017/07/15(Sat) 19:34:39   67clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 歩いている内に気が付いた。この方向は、アレがある場所だ。
 錆びた針金でぐるぐるに巻きつけられた、サザンドラの全身の骨。その骨は、細い部分はもう朽ちてしまっているけれど、全身の形はまだきちんと残っている。
 そして、首の部分が一か所、すっぱりと切れた跡がある。
 俺がまだ生まれてない頃に、どこからどもなくやってきたサザンドラ。ポカブが毎日食い殺されて、そして次第に村に近付いて来ていた。
 村人総出で駆除に乗り出す事にして、しかし、竜の獣の中でも一握り、しかも人の力も借りないと修得できないような技、流星群と名付けられているその技で甚大な被害が出た。
 けれども、毒や麻痺、混乱や眠りの粉をふんだんに塗りたくった草の刃がそのサザンドラを地に落とし、父のダイケンキが首を落とした。
 その死体は見せしめとして、牧場の囲いの、森に一番近い場所に針金で縛られ、磔にされた。
 俺が小さい頃、僅かな記憶として残っている、デコボコの残る牧場。まだほぼほぼ完全な状態で残っていたサザンドラの全身の骨。
 怖くて泣いたのは、俺ではなかった。

 近付いて行くに連れ、そのサザンドラの骨のすぐ近くにその獣が居る事が分かって来た。
 ゆらゆらと揺れるのは、尻尾だという事も。
 尻尾が燃えている獣なんて、俺はヒトカゲの類しか知らない。
 そして、その最終進化形の大きさである事も段々分かって来る。
 短槍を握る手に汗がじんわりと滲んで来た。エレザードからも緊張が伝わって来る。
 リザードン。エレザードとは相性が良いが、それ以前に種族の差と言うものがある。
 父は言っていた。
「俺はな、ダイケンキが居なければもうこの世に居なかったんだ。当たれば肉体そのものが弾け飛ぶ速さと重さを以て降り注ぐ流星群を、脚刀で弾き飛ばして俺から守ってくれた」
 そんな全盛期のダイケンキに、今の俺とエレザードが勝てるとは、全く思えない。相性が良かろうが、戦うイメージをしてみればその脚刀が俺とエレザードの体を両断していく光景しか見えなかった。
 ただ。
 一度、立ち止った。
 そして、エレザードに向き合った。
「あそこに居るのはリザードンだろう。
 お前も見たことがあるだろう? 色んな場所を旅しているとか言う、羽振りの良い竜使いがこの村にやって来てた時だ。尻尾から炎を出している、赤みがかったオレンジ色の竜だ」
 エレザードは頷いた。
「……俺達で挑むのは、とても危険だ。下手しなくとも死ぬ可能性だって十分にある程だ。
 だが、俺達が近付いて来ているのもそのリザードンも分かっているはずだ。そして、何もして来ない」
「……。
 罠か? 俺は違うと思う。リザードンは、竜は、罠を仕掛けるような種族じゃない。そもそも、罠を仕掛けたり気配を消して隙を伺って仕留める、と言う事をやれるような体型でもないしな。
 かと言って、戦いを求めている訳でも無いだろう。だったらこんな夜にあんな場所でじっとしていない。俺達を見止めたら、さっさと襲い掛かって来るはずだ。
 じゃあ、何だ。
 俺は、そのリザードンを何と見なせばいいのか。
 …………。一番近いのは、客、だと思う」
 エレザードは俺の目をじっと見たまま、反応しなかった。
「この辺りにふらりとやって来た、あの竜使いと同じようなもんだろう、と思う。
 要するに、様子を見る位なら大丈夫だと俺は思う。お前はどう思う?」
 これは、問いかけのようであって、俺自身への確認の作業と言った方が意味合いが強い。
 エレザードは、俺の言った事を全て理解している訳でも無い。 
 俺が思考を整理し、決意する為のルーティンだ。
 そして、エレザードはリザードンの方を向いた。
「…………行くか」
 近付いて行くと、その赤みがかったオレンジ色が段々と鮮明に見えて来た。

 ある程度の距離を取ったまま、俺とエレザードはまた、立ち止った。
 リザードンは座っていた。俺達を見止めながらも、関心はサザンドラの骨に集中していた。
 じっと、見つめているだけだった。
 けれども、俺達に警戒を払っていない訳じゃない。
 その体つきは、戦士、というのに相応しかった。
 竜にありがちなぽっこりとした腹がそのリザードンには無い。肉体は引き締まり、筋肉のある肉体の凹凸が見える。しなやかさと強靭さを同時に備えていた。
 尻尾の炎は静かながらも猛りを表すかのように強く燃えている。
 爪と牙はその尻尾の炎の明かりに反射する綺麗な白さを保ったまま、そしてまた鋭さがここからでも分かる。下手な刃物よりも鋭いだろう。
 皮翼は分厚い。数か所に穴が開いているが、大したものじゃない。空を飛ぶのに問題は無いだろう。
 パッと見でそれだけが分かる。強さは、やはりと言うべきか、俺達を普通に凌ぐ。断定として分かる。そのリザードンからは全く敵意を感じないとは言え、俺は父と一緒に来なかった事を後悔していた。
 ただ、そのサザンドラの骨に向けられている目は、何と形容すれば良いのか、良く分からなかった。悲しみや、怒りといった負のものはそこには無かった。かと言って、嬉しさとか懐かしさとか、そういう正の感情も無い。
 強いて言うのならば、観察や、好奇心、そういうものが近いような気がした。
「…………」
 あのサザンドラは、野生の獣達の中でも知れ渡っていた存在だったんだろうか。いや、だったとしても今更何故?
 もう、二十年以上は経っている。そして、こんなように態々夜中に見に来た野生の獣なんて、少なくともこの十何年間は全く無かった。
 その答も見つからないまま、ただただ時間が過ぎていく。
 リザードンの様子は、一向に変わらなかった。ただ、そのサザンドラの骨を、近くで眺めている。偶に骨に触れたり、臭いを嗅いだりするが、それ以上の事はせず、壊そうとか動かそうとか、乱暴な事は全くする様子は無い。
 サザンドラの骨を眺めながら、何かをずっと考えている。
 その何かは、俺には察する事も出来なかった。肉親であるのか、仇であるのか、それとも恩でもあったのか、親密な関係だったりしたのか。
 どれだとしても、二十年以上という時間は長過ぎる。

 暫くすると松明の光が弱くなり始めた。
「……帰るぞ」
 暫く、体をリザードンに向けたまま後退って、そして十分な距離が出来た所で、振り返って小走りで帰る。
 家にまで戻る間、何度か振り向き直したけれど、リザードンはずっと、そこに居た。
 朝になれば、流石にどこかへと消えていた。


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