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  [No.4033] 竜と短槍.8 投稿者:まーむる   投稿日:2017/09/08(Fri) 01:12:33   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ――お前、は……。
 初めて会った時に向けられた目は、驚きと、憎しみと、怒りと、若干の怯え。そんなものが入り混じった目だった。
 ――俺が、どうかしたのか?
 そんな目を向けられる理由としては一つしか思い浮かばなかったが、敢えてそう言ってみた。
 鍛えられた肉体。尻尾の炎は激しく燃え盛っていた。
 ――……まだ成長してもないリザードを、犯した事はあるか?
 ――無いよ。
 ――……本当か?
 ――それをやるとしたら、俺の死んだ父親位だ。
 ――…………死んだ?
 ――ああ。もう、死んでるよ。とっくの昔に。もう、20年位は経つかな……。
 ――……にじゅう、ねん? そんなに?
 ――お前は、何だ? そのリザードの娘だったりするのか?
 ――……そうだ。
 ――なら、俺とお前は兄妹って事になるな。
 ――…………え?
 その顔は、正にマメパトが豆鉄砲を食らったようだった。

 ――命乞いをするように、そいつは泣いた。赤子のように、ただただ無知のまま。けれど、人間は、獣達は容赦なかった。腕でもある口が抑えられ、暴れる翼と尾も、小さな足もしっかりと抑えられて、目の前では水の獣が前脚からするりと自らの身体から作られた刃を抜いた。
 太く長いその刃の鋭さは、そいつを怯えさせるには十分だった。
 そいつは、力の限りに叫んだ。
 訳が分からないというように。ずっと、ずっと、自分の為だけに生きて来たそいつには、何故自分が殺されなければいけないのかすらも分からなかった。
 叫び、叫び、しかし、何事も起こらないまま、水の獣はその首を断ち切った。
 首を離されたその体は、暫くびくびくと動き、そして動かなくなった。
 それが、俺の、そして、お前の、父親だ。
 俺は、それを、遠くから見ていたんだ。
 進化したばかりの体で。その進化を、まだ見た事の無い父親に自慢したくて。
 ……。父親が酷い奴だって事はまあ、分かってたんだけどさ、それでも俺の母親はそっちのリザードみたいに、成長してない体で犯された訳でもない。無理矢理とは言え、俺の母親は半ばそれを受け入れて、犯された。
 酷い奴だって事は分かっていたんだけれど、俺にとってはまだ、父親だったんだ。
 荒らされた光景を何度見ても、その痕跡を辿っている最中に同じサザンドラの姿に酷く怯える獣達を見ても、それでも父親には一度会っておきたかったんだ。
 そして、やっと見つけたと思ったら、殺されている最中の姿だった。
 ……酷い奴だ、という認識と、それでもそいつは父親だっていう認識がせめぎ合っている内に首も落とされて。
 何か良く分からない内に俺のサザンドラとしての、生は始まった。
 ……良く分からないって言うのは、その通りだよ。俺は、父親に会ってどうしたかったのか結局分からないままなんだ。進化したな、と褒めて貰える事なんてあり得ない事位分かってたし、会ったところでそもそも話が出来るとも思えなかった。それでも会いたかったんだ。目と目を合わせて、何かをしたかったんだ。
 その何かが分からない内に、人間達を敵に回して、首を落とされて死んでしまった。
 恨みとかも湧いて来なかった。そうなるべきだとも、会いたいと思っていた時から心底では分かっていたし。
 でも、残されたこの感情をどうしたら良いか、未だに俺は知らない。ただただ放置したまま、俺は今まで生きている。

 リザードンは、母違いの妹は、暫く黙ってから聞いて来た。
 ――苦しくなったり、しないの?
 ――俺は、その感情を、疑問を、放置出来たんだ。
 妹よ。お前程、俺のその感情は、重くなかったんだ。その言葉を飲み込んで。
 …………。
 黙る時間が、互いに長かった。
 同じ父親から生まれた兄妹だ。同じクズから生まれた兄と妹だ。
 でも、その生きて来た過程は、そのクズから受け継いでしまった負の遺産は、妹の方がずっと大きかった。
 妹は、それを抱え込んだまま生きていた。
 ――……もう、夜だ。俺の住処へ来ないか? ゆっくり寝よう。
 ――……うん。
 少なくとも、俺と出会って少しは楽になったのだろうか。

 住処にしている洞穴に戻って、互いに近くで体を丸めた。
 リザードンは、妹は、その燃え盛る尻尾の炎を丸めた身体の中に埋めていた。
 ――熱くないのか?
 ――加減はある程度調節出来る。
 ――ならいい。
 目を閉じて暫く、ぽつ、ぽつ、とリザードンが独り言のように話し始めた。
 ――私の母は……生まれてすぐ逃げた私を、追っては来なかった。笑って、泣いて、その場で立ち尽くしているだけだった。そこから少しして、その母の知り合いに助けられて。
 ――訳が分からないまま成長して、言葉を使えるようになって最初に知った事実が、自分の父親があのクズだと言う事で、元々母と愛し合っていた雄のリザードはそのサザンドラに殺された事で。私はもう、そこに居られなくなった。私を除いた全ての兄妹を殺して、壊れてしまった母はもう、成長した私を見ても何とも思わなかった。誰を見ても、同じような鈍い反応が返って来るだけだった。
 ――私は……私は……どうして生まれて来たの? 私は……私は……そもそも、幸せになっていいの? それに……勘のいいような奴は、私を見て、あのサザンドラの幻影を見るんだ。怯えて逃げて行くんだ。私の背後には、父親がずっと、まとわりついてるんだ。……私は、ずっと、こんなまま生きていかなきゃいけないの? この幻影を振り解くには、どうしたらいいの?
 弱さが、我慢が、一気に漏れ出して来ていた。
 次第に、ひっぐ、ひっぐ、と泣く声が聞こえて来た。
 体を寄せると、抱かれた。抱き締められて、涙が頭に掛かって来た。
 泣き疲れて、寝る頃には朝が近かった。
 強く後ろから抱き付かれたまま、その妹の鋭い爪が、体に食い込んで血が少し垂れていた。
 そんな事にも気付かないまま、すやすやと寝ていた。
 動こうとは、思わなかった。

*****

 それから暫くして、今、俺は、この牧場に居る。
 俺と妹の父親が惨めに死んだ牧場に。
 ――手伝ってほしい事がある。
 そう言って来た妹の隣には、俺に怯えるチャオブーが居た。
 ――そのチャオブー……。
 ――こいつに協力してやってくれ。
 聞いた時には驚いた。最初に盗って来た時には食っていたのに。

 生き方が分からないから、誰かの生き方を参考にしたい。
 妹の動機は、単純に言えばそれだ。
 家畜として育てられ、それに気付かされたチャオブー。妹が連れ去って食わずに真相を話した。
 そこからどうしたいか、聞きたいが為に。更に、そのどうしたいか、が出来ないと言われたら、手伝ってやるとまで言った。
 ……疑問はある。誰かの生き方は、自分の生き方の参考に出来るのか?
 ふと浮かんだそれは、俺には何にせよ、分かる事はないだろう。生き方になんて悩んだ事が無い俺には。
 妹は、チャオブーに稽古さえもつけた。
 あくまで、ポカブ達を助けるのはチャオブーのやるべき事で、俺と妹は、陽動に徹する。
 ……俺には、妹の悩みの大きさしか分からない。その中身の重さは分からない。
 この事が、妹の助けになるのか、否か、俺には分からない。けれど、助けになる可能性があるのならば、やるべきだと思った。
 このリザードンは、生まれてからずっとずっと辛い思いをしてきたこのリザードンは、俺の妹なのだ。
 俺は、息を吸った。ゆっくり、体の隅々にまで力を溜め込むように。
 そして、口を閉じ、数瞬の溜めの後、口を開く。
 溜めた力を、一点に集中させ、口の前に光を作っていく。凝縮され、圧縮され、内側で暴れまくる限りなく明るい光を。
 そして、前方に解き放った。
 闇夜の中、破壊光線が、眩い光を散らしながら牧場の真中に飛んで行く。
 地面に直撃したそれは、激しい爆発を引き起こした。


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