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  [No.4084] ガシャガシャ 投稿者:造花   投稿日:2018/10/05(Fri) 22:13:14   76clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 残酷な表現があるかもしれません



 これは犯した罪の数々が忍び寄る足音の回顧録。

 ▼

 最近ふと気がつくと妙な耳鳴りがする。
 音の正体は分からない。ただ何かが足を立てて遠くから近づいて来ているような錯覚に陥る。
 気の知れた同期に話してみると「お前それ憑かれてるよ」とか大真面目な顔で言ってくるのだから笑っちゃうよ。
 仕事柄怨みを買うのは馴れている。復讐されるのも覚悟の内・・・・・・なんてカッコつけるつもりはないが、泣く子も黙るポケモンマフィアがクローゼットの中やらベットの下に忍び込んでいるようなオバケにビビってちゃ面子も丸潰れだろう?
 しかし、うちの組織は妙に迷信深い連中が集まっており、俺の方がはみ出し者みたいな扱いを受けている。

 例えば先月の仕事だ。
 ターゲットは×××自然保護区×地点に密かに生息する「虫姫」と呼ばれる全身黒色の特殊変異態のビークイン。こいつの特殊能力を例えるなら「虫タイプ限定の生きたポケモンボックス」だ。

 小難しい原理は省くが、要するに虫姫は支配下にある無数の虫ポケモン達を自在に縮小させて胴体の巣に保管する事ができ、戦闘になれば巣の虫ポケモンたちを一斉に解き放つ。解き放たれた虫ポケモンは虫姫に完全に統率されており「攻撃指令」が下れば最後、小さな田舎町くらいなら半日待たずに地図から消してしまえる。地元の伝説によると古から戦が起こり虫姫の聖域が脅かされそうになる度に虫姫が出現し、人間の住処を無差別に蹂躙していた言い伝えが複数残っており、下手すれば一国の軍事力に匹敵する戦闘力を有する規格外の化物である。
 たかが虫ポケモンの群だと思うかもしれないが侮っちゃいけない。例えば空から大爆発を覚えたクヌギダマやらフォレトスが夕立のように降り注ぐ光景を想像してみれば、どれだけヤバイなヤツか分かってれるだろう?しかもそいつがポケットの中に収まるモンスターボールで持ち運びできるなら?世界中の軍事国家やテロリストが興味を引く隠密的且つ奇襲性に優れた生物兵器なのだ。
 うちの組織は数世代先の未来を往く(自称)スゲー科学の力を駆使して、ついに長年行方を追跡してきたターゲットを補足する事に成功したらしい。俺はそんなヤベーヤツの捕獲或いはDNAサンプルの奪取を特命の任務として任された。お分かりいただけただろうか?うちの組織はブラックを塗り潰した光も届かないダーク組織である。
 まぁそれはさておき俺も自殺願望者ではないし、上も俺に勝算があるから任せてくれたのだ。けして無茶振りじゃない。
 誰が言ったっか?笑えるB級映画のキャッチコピーだったかな?

「バケモンにはバケモンをぶつければいい」

 シンプルでワクワクしてくるゴキゲンな解答である。
 俺の切り札は「底無し沼」うちの組織がDNAを弄り回し薬物投与を繰返したとっておきの改造ベトベトンだ。
 こいつは重度の肉体改造の末、寿命はモンスターボールから解放後数日しか持たないが、大地を融解しては一体化を繰返し辺りを侵食、一帯の地盤を液状化し、あらゆる物を引きずり込んで吸収してしまう。
 一体化した土地は本物の身体の如く変幻自在に操る事ができ、いくら破壊しても再生を繰り返す。こいつを止めるには寿命が尽きるのを待つか、液状化した地の奥底に潜伏する本体を殺さなければならないだろう。虫姫よりこいつの方がヤベーだろうと思うかもしれないが、こいつはあくまで造り物。天然モノのイレギュラーと価値を比べるのはナンセンスだ。

 話が脱線してきたからそろそろ本題に入ろうか。俺は部下を引き連れ、虫姫捕獲作戦を実行するべく現地に訪れ「底無し沼」を解放した。広大な自然保護区の中を地道に探索する気は毛頭ない。
 底無し沼は最初こそ通常のベトベトンと何ら変わりない大きさと姿をしているが、瞬く間に草原に溶け込み姿を消す。
 後は待つだけ。さすがに地盤の液状化は一瞬で済むものではない。数日は安全な場所で待機する必要がある。現場にはジェットパックやらエスパータイプのポケモン・ガスマスク等を支給した数名の部下と監視ドローンを待機させ、自分は数キロ離れた安全地帯にキャンプを張り、監視モニターで現場の様子を確認する。
 一日経てば最初に底無し沼を解放した場所に草木は存在しない。ただ薄汚れた黒紫色の沼が一面に広がっている。数日経てば自然保護区の草木は大地に泥濘みいつでも沈んでしまいそうだ。生息していた野性のポケモンは?数日の命を全力で燃やす底無し沼の糧となってくれただろう。
 作戦の準備は整った。次は虫姫を誘き寄せる。方法は簡単、底無し沼に暴れるように指示を出せばいい。自分は被害の届かない安全地帯で特殊な電波を流すだけのお仕事だ。
 電波を受信した底無し沼は波打つように暴れだし、沼から一本の巨腕が伸びたかと思えば辺りを凪ぎ払い、一帯の木々は底無し沼に完全に飲み込まれようとしていた。
 その時、ようやく満を持して木々の陰からヤツが現れた。
 事前の情報通り全身真っ黒で赤い瞳をギラギラ輝かせるビークイン。通常の個体よりも体長は大きく4〜5メートルくらいはあるだろう。よくそんな図体で今まで潜伏していたものだ。
 今まで静観していた眠れる暴威は、怒りを爆発させるかのように胴体の巣から虫ポケモンの大群を解き放つ。
 ターゲットはもちろん黒幕の俺でも空中で待機する部下でもなく、聖域を脅かしたヘドロの怪物。沼から生え出て暴れ狂う巨腕を標的に嵐の如く獰猛な「攻撃指令」が発令される。
 胴体の巣から一斉に小蝿のようなものが湧いてきたかと思えば、縮小させていた体を元のサイズに戻す。バタフリーにスピアー・モルフォン・ストライク・レディバ・レディアン・ヤンヤンマ・メガヤンマ・ヘラクロス・アゲハント・ドクケイル・アメモース・テッカニン・バルビート・イルミーゼ・ガーメイル・ビビヨン・クワガノン・アブリー・アブリボン・・・さらには見たことのない奴等まで、大群がまるで一つの生き物と化したかのように一糸乱れぬ動きで突撃する。
 しかし、この場に限っては悪手だ。全力を出せるなら突破する事もできたかもしれないが、地上が底無し沼に占拠されている状態では飛行能力を持つ虫ポケモンしか呼び出せない。地の利が「攻撃指令」の威力を半減させている。
 案の定ヘドロの巨腕は、突撃してくる虫ポケモンたちを次々と飲み込み、底無し沼に取り込んでいく。
 そして新たな獲物を知覚した底無し沼は全貌を顕にする。×地点が丸々超巨大なベトベトンと化した。
 底無し沼もいつ死んでもおかしくない状態である。必死に生き長らえようとエネルギー源を求めているのだ。
 対する虫姫は大群の攻撃が敵に効果がないとわかるや否や、即座に「攻撃指令」を解除し、虫ポケモンの群を自分の周囲に滞空させて「防御指令」を発動させながら、顕在した底無し沼から逃れようと距離を取ろうとしていた。
 人間が語り継ぐ物騒な言い伝えにより誤解されがちだが、こいつの本質は獰猛で規格外の戦闘力ではなく、数多の虫ポケモンを保存しながら使役する特異な生存戦略にある。虫ポケモンたちが共同生活を送る母体が優先する事柄は戦闘や復讐ではなく何よりも生存だ。人間と明確に敵対する選択をしながら今日まで孤独な種を繋ぎ止めてきた秘訣は引き際を見誤らなかったからだろう。
 底無し沼は最早天災に等しい怪物と化している。まともに相手をしていては虫ポケモンの共同体は全滅してしまうのは目に見えて分かる事だ。
 もっとも生に執着する底無し沼も易々と虫姫たちを逃がそうとしない。虫姫目掛けて沼に沈んだ大量の木々をロケット弾のように発射する。
 虫姫を守ろうと群は壁になるが、木々は群に直撃した途端、爆発を巻き起こす。底無し沼は体内で様々な毒素を生成しており、爆発性の科学物質を化合する芸当もできるのだ。しかし、群の壁は予想していたよりもかなりの強度を誇り付け焼き刃の爆発攻撃ではビクともしないようだ。
 だが底無し沼は攻撃の手を緩めず、木製ミサイルを乱射し続ける。決して防御指令を発動した群の壁は崩せないが、底無し沼の狙いは別にある。

 爆発攻撃を防ぐ度に壁を形成する虫ポケモンの群は、徐々に崩れかけてきた。今まで苛烈な攻撃を難なく耐えてきたのに突然意識を失い墜落し、ドボンドボンと沼の中に沈んでいく。
 爆発攻撃は時間稼ぎの為の目眩ましに過ぎない。虫姫が底無し沼の狙いに気がついたのは、辺りに撒き散らされた神経ガスに体を蝕まれ墜落した後の事だろう。
 極上の獲物を仕留めた底無し沼は大口を開けて待ち構えていたが、かかさずジェットパックで滞空させていた部下が虫姫を保護する。
 墜落する虫姫に向けて投げつけられたのは、どんなポケモンでも必ず捕獲してしまう究極の性能を誇るマスターボール。母体を守る群は崩壊しかけており、生き残りも毒に蝕まれた状態では思うように体を動かせず、虫姫はあっけなく捕まえる事ができた。

 獲物を横取りされた底無し沼は怒り狂い、部下たちに攻撃を仕掛けようとするが、迅速にエスパータイプのポケモンにテレポートを使わせて拠点に帰還させた。
 現場に残された底無し沼は我を忘れて暴れ狂う。さすがにこのまま放置する訳にもいかないので、暴走電波で最終指令を与える。
 底無し沼の体内に含まれる無数の毒素は爆発性の科学物質に化合する事ができるのだ。ポケモンリーグの関係者が異変を察知して現場に到着した頃には、辺り一面は殺風景な爆心地と化しているだろう。
 一匹のポケモンを捕獲するのにここまでするのは異常かもしれないが、環境破壊のケアはうちのフロント企業の十八番だから都合がいいらしい。
まったく良くできた酷いマッチポンプだ。うちの「若様」は本当に末恐ろしいお方だよ。

 虫姫捕獲に成功したら俺も今頃若様の側近に昇格できたかもしれないが、世の中は中々上手くいかない。
 ここまで話が上手すぎるぐらい順調に仕事は進んでいたが、俺は最後の最後で虫姫に出し抜かれた。
 俺の部下たちが拠点に帰還してくるや否や、いけ好かない上司にお宝を誇らしげに見せびらかせる間もなく、手中に収まっていたハズのマスターボールは内側から破壊された。
 虫姫の巣の中に待機していた全ての虫ポケモンが一丸となり、伝説のポケモンすら沈黙させるマスターボールの絶対的な捕縛力を崩して見せたのだ。どんなに完璧なモンスターボールだろうと収用限度を超えれば壊れてしまうらしい。後は語るには惨すぎる地獄絵図である。
 部下たちは体の一部残して全滅した。俺は幸いキャンプの中で待機していたおかげで、逃走する事を主眼とした虫姫の残党から狙われる事はなかった。悪運が強いとはこの事だ。
 虫姫本体は胴体の巣が張り裂けた状態で絶命し、置き去りにされていた。神経ガスに侵されていた事もあり体の自由は効かないハズだが、巣の中で待機していた群に指示を出す余力はあったのだろうか、或いは群が母体を見放して暴走したのかはわからない。しかし暴走していたのならば俺はあの場で死んでいた事だろう。
 博士や同僚にこの事を話したら、巣の中にいた新たな母体候補に全てを託し、自分を犠牲にして群を無理やりマスターボールの中で解放した可能性もあるらしい。まぁ終わったことだからもうどうでもいい話だがね。

 生きたまま捕獲する事は叶わなかったが、虫姫の死骸を持ち帰りDNAサンプルを入手できただけ上出来である。

 しかし、気にくわないのがここからだ。若様は虫姫の死骸を標本にでもするかと思ったが、どういうわけか墓まで立てて埋葬し慰霊式を開いたのだ。しかも俺の可愛い部下たちや底無し沼よりも先にだ。

 何でも輝かしい未来の礎となるポケモンは手厚く葬るそうだ。俺を含め複数の幹部がそんな茶番に付き合わされたんだぜ?とんだ偽善者倶楽部で笑ってしまいそうになったが、他の幹部連中は大真面目に参加してるから呆れたよ。
 同期に気はたしかなのか確認してみたら「こういう事こそ謙虚であらねばならない」とか抜かしやがる。ポケモン殺しの常習犯が奇麗事ばかり並べて何を取り繕うつもりなんだ?



 ・・・この頃は、そんな風に思っていた。
 でも今になっては理解できる。
 そう言えば、この耳鳴りはいつ頃から始まったけ?


ガシャガシャ・・・ガシャガシャ・・・


  [No.4087] 怪奇!?アンノーン人との遭遇 前編 投稿者:造花   投稿日:2018/10/10(Wed) 01:05:31   54clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


※語り手はガシャガシャと同じ人です。


 珍しいポケモンの捕獲。この手の任務をこなしているとハズれを引く事はよくある。例えば近海にゲンシカイオーガが出現した情報を調査してみれば、正体はゲンシカイオーガの姿を模倣したヨワシの群だったり、かつてカントー地方を脅かした規格外のゴースト「ブラックフォッグ」の再来かと思えば、今尚当時のトラウマを引きずる被害者たちの悪夢を再現して暴走したムシャーナだったり、酷いときは人間の言葉を喋るヤドランを発見しので、接触してみれば精巧なコスプレをしたプロの怪獣マニアだったり、ハズレを引く度に情報班の連中をしばき倒してやりたい衝動に駆られるが、どんな眉唾物でも当たりはあるので念のため調査しなければならない。

 例えば、こんな捕獲指令が舞い込んできた事もある。

『怪奇アンノーン人の脅威!我々の知らないうちにアンノーンと人間はすり変わっていた!?もしかしたら貴方自身も既に・・・?』そんな見出しのオカルト雑誌を上司から手渡され、調べてこいと言われた時は、ポケモンマフィアから足を洗うか真剣に悩んだ。

 本題に入る前に、そもそもアンノーン人とは何なのか解説しよう。あの受け取ったオカルト雑誌の特集記事によると何らかの原因で遺跡を追い出されたアンノーンの群が人間に寄生した状態の事を言うらしい。俺はてっきりビルドアップされた逞しい肉体を黒タイツと単眼の覆面で包み込んだ正体不明のボディアーティスト集団の事かと思ったが違うようだ。
 体長0.5mのアンノーンの群がどうやって人に寄生しているかと言えば、ポケモン特有の縮小能力を活用している。寄生する理由は諸説あるようだが、この雑誌一押しの有力説は人間の優れた想像力を求めているとの事らしい。
 アンノーンは単体では何も起こらないが、二匹以上並ぶと何かの力が芽生える習性がある。群るアンノーンは自分達の習性を理解しているが、力を最大限に発揮する頭・・・・・・理由や目的・意思・自我に欠ける為、人間を依代にするそうだ。そして依代になった人間「アンノーン人」は全能な神の如き力を思うがままに扱えるようになるらしい。
 三文小説みたいなゴシップ記事だと最初は馬鹿にして読んでいたが、情報班が他に寄越した資料の中には、この記事の信憑性を裏付ける事例があった。
 かつて美しい高原の町「グリーンフィールド」が何の前触れなく結晶に覆われた怪現象・通称「結晶塔事件」世間一般ではアンノーンの群が暴走して起きた事件として処理されたが、実際は一人の少女が意図せずアンノーンの群を使役して起きた事件である。当時の映像資料を目にして俺はようやく考えを改めた。
 しかし、こんな大層な力を持つアンノーン人がどこに潜伏しているのやら皆目見当がつかなかったが、今回に限って情報班の連中はすこぶる有能で、資料の中にはアンノーン人とされる人物の写真と地図がしっかり用意されてあった。
 信憑性が高くなるにつれて俺は頭を悩ませた。こんなヤツ等どうやって捕獲できるのやら。当時の俺は幹部候補生で、自由に使える部下なんて組織から支給されるポケモンぐらいしかいない。
 まったく下っ端はつらいよ。しかし上司から直々に任された以上体を張って何らかの成果を残さなければならない。俺は足りない知恵を振り絞って、アンノーン人がいるとされる現地に赴いた。
 そこは何てことのない地方都市の路地裏だった。結晶で覆い尽くされているとか、異次元の迷宮と化していたりなんかしておらず、とりあえずは一安心である。
 ターゲットが潜伏しているのは、黒煉瓦が積み上げられた洋風の建物で、正面には厳かな彫刻が施された両開きの黒い扉が客人を待ちかまえている。
 すぐ真上には、青白い不思議な炎を灯すランプと、紫色の看板が飾られており、控え目な文字で【Witch's store】という店名が記されていた。
 入り口の両脇にはアーチ型の大窓があり、窓際に取り付けられた一枚板の棚には、無数のジャック・オー・ランタンに紛れて、大小様々な南瓜のお化けのようなポケモン・バケッチャが潜んでおり、目が合うなり、南瓜部分の目を橙色に輝かせる。
 ゴシック調の外観は、周囲の建物と比べれば、少しばかり浮いているが、独特の洗練された雰囲気を漂わせていた。
 窓を覗き込もうとすると、突然、青白い炎を灯すシャンデリア・・・いざないポケモン・シャンデラが、窓の向こ側からすり抜けてやってきた。
 普通のポケモンには真似できないゴーストタイプ特有の悪戯だ。シャンデラは不可視の念動力で店の扉を開けながら、黄色い円らな瞳を、横に細めながら弓の形をつくるように微笑んだ。
 何かと思えば、頭に灯る青白い炎を活発に揺らしながら、開けた扉を、ヒョコヒョコ出たり入ったり繰り返しては、こちらの顔色をうかがっている。どうやら、客を呼び込もうとしているようだ。
 随分と人懐っこいポケモンが出迎えてきたが油断大敵だ。俺が緊急脱出用のテレポート係りとして連れてきた「脱出王」のフーディンは、鋭い眼光を緩めることなく警戒心を強めている。
 こいつとは長い付き合いになるが、幾多の場数を踏んでるだけありヤバイ雰囲気をそれとなく察知できるのだ。いよいよアンノーン人の存在が現実味を帯びてきた気がした。
 覚悟を決めて店に入ると、店内は青白い幽玄な光に包み込まれていた。白と黒の市松模様の床が広がり、壁を一面を覆い隠す陳列棚や、展示用テーブルは、アンティークで統一されている。
 陳列された商品は、漢方薬やポケモンに持たせるような道具、アクセサリーや指輪・宝石、絵画や陶器・古美術品や古道具、レンガのように分厚い革装本、ポケモン象った異形の仮面など品物を見る限り骨董屋のようだ。
 座布団の上に鎮座するドデカい金の玉に、ハクリューの首回りに付いていそうな蒼玉、ドンファンの立派な牙にオドシシの奇妙な角、エアームドの羽根を加工した刀剣、ボスゴドラを丸々加工したような、重厚だが誰も着こなせそうにない甲冑。
何かしらの条約に触れそうな危険な品々の中には生きたポケモンも紛れ込んでおり、灯火が消えて眠りこける蝋燭ポケモン・ヒトモシや、鞘に収められたまま、幾つものベルトで封印された番いの刀剣ポケモン・ニダンギル、鏡の如き光沢を放つ生きた銅鏡・ドーミラー、硝子瓶に閉じ込められた真っ黒なガス状ポケモン・ゴーストは、硝子の壁に四本指を押し当てながら、怨めしそうにこちらを睨みつけている。
 一見、落ち着いた雰囲気だが、よく見渡せば奇妙な珍品が隅々まで用意されており、魔女の店と名乗るだけのオカルトな趣味は充実しているようだ。
 カウンターは店の奥側にあり、店番らしき少女が椅子に座りながら、接客そっちのけで、何やら物書きに勤しんでいる。アレが今回のターゲットであるアンノーン人らしい。
 赤毛を肩まで伸ばし、不健康そうな色白の顔に、玉虫色の不思議な瞳を宿しており、服装はシンプルというか地味で、飾り気のない黒い長袖の服は、いかにもオカルトマニアらしい格好だ。
 足音を立てながら近づくと、ようやく気がついた様子で「あらぁ、いらっしゃいませぇ」と、気の抜けた挨拶で歓迎してくれるが、来客にそれ以上の関心を示すことはなく、再び作業に没頭している。
 淡いクリーム色の用紙と睨めっこをしながら、七色の羽ペンを細々と動かし、見慣れない文字を書き連ねている。
 その文体は、古代文字と酷似した姿のシンボルポケモン・アンノーンそのものだ。
 まるで何かに取り憑かれているかのように、好奇の目にさらされていようとも、まるでお構いなしに、彼女はひたすらその奇妙な行為に熱中している。
 俺は思わず笑っちゃったよ。千載一遇のチャンスとはこの事だ。俺は油断しきっている完全に無防備な少女に話しかけた。

「なぁ欲しいものがあるんだが、ここにあるかな?」
「うーん・・・欲しいものってなぁに?」
「お前だよ」

 少女の七色に輝く瞳に映る俺は、目や鼻を後頭部に押し退けて、顔面丸々大きな穴が空いたかのような大口を開く怪物だ。
 豆鉄砲を食らったマメパトのような顔をする少女を、無貌の怪物は俺の体から離れながらあっという間に丸飲みにしてしまったかと思えば、全身を覆い尽くす黒い革製の拘束具に変貌する。
 こいつが俺の今回の切札「百面相」のメタモン。本来は人間の体に纏いつく変装専用の改造メタモンだが、使い方次第ではこのように相手を拘束してしまう事も容易にできてしまう対人特化のプロフェッショナルだ。
 さらにダメ押しのブースト、ポケモンの力を数倍に引き上げる合成薬物に対PSI能力に対抗するべく悪タイプ特有のエスパー抗体細胞をブレンドした特製の合成薬物が注入されている。並のポケモン程度では百面相の拘束は絶対に解けないだろう。しかし相手は並みでは済まされないイレギュラー。
 拘束を難なく解いてしまうのは時間の問題。だからこそ迅速に脱出する。脱出王のテレポート先は組織のポケモンバトル訓練施設。ポケモンの力(レベル)を人為的に操作(フラット化)する空間にアンノーン人を閉じ込めて、じっくり腰を据えて捕獲するのだ。

「脱出王!頼むぞ!!!」

 俺の号令を合図に脱出王は俺とターゲットを連れて瞬間移動を行うが、消え去ったのは脱出王だけで二度とこの場に戻ってくる事はなかった。
 脱出王はコードネーム通り脱出する事・テレポート能力に特化した改造フーディンだ。どんなにPSI能力が制限された空間だろうと問答無用に脱出してしまうのだが、今回は自慢のテレポート能力を駆使する前に、この場から追放されたらしい。

 残された俺にアンノーン人は囁いてきた。

「野蛮なヒトたちね」

 刹那、百面相は内側から突き破られた。孔から黒い羽虫のようなものが無数に湧いてで来るかと思えば、目を凝らして見るとそいつはミリサイズの小型アンノーンの群だ。
 そして百面相の穴は縦に大きく広がっていき、中からアンノーン人の少女が何事もなかったかのように脱出した。その顔の表面には無数の小型アンノーンが小魚のようにワラワラと泳いでいるようだ。空中を舞う小型アンノーンは彼女の周りで渦を巻くように滞空しており、無数の瞳は一様にギロリと俺を観察している。

「でも面白いわ」

 息を飲む俺をよそにアンノーン人は余裕そうな笑みを浮かべてきた。こっちは最悪の気分だと言うのにな。

「貴方たちのこと読みたいな」

 読むとは、この段階では意味が丸で分からなかったが、ただで読ませる物は持ち合わせちゃいない。プランA が失敗したなら次はプランBに移行するだけだ。

「ごちゃごちゃ煩いな。俺の指示に従わないなら爆発するぞ・・・!」

 俺はコートをめくり上げて、マルマイン仕込みの爆弾ベストをアンノーン人に見せつけた。


  [No.4093] 怪奇!?アンノーン人との遭遇 後編 投稿者:造花   投稿日:2018/10/24(Wed) 19:06:17   65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 
 アンノーン人の動きが止まるが、その上っ面には相変わらず薄ら笑いを浮かべており、店内に何百何千もの小型アンノーンをはべらかせながら招かれざる客の出方をうかがっている。

 俺がコートの下に身に付けていた爆弾ベスト「神風チョッキ」は爆発の性能に一点特化した12匹の改造マルマインと機械仕掛けのブービートラップ爆弾が仕掛けられた二重の爆発装置だ。マルマインの爆発を無力化すれば、それに反応して機械仕掛けの爆弾が起動し、爆弾が無力化されれば、それに反応してマルマインたちが一斉に起爆する。
 まぁ・・・そりゃこんな易い虚仮威し、嗤われても仕方がない。プランBのBはburst finish(爆発オチ)のBである。「百面相」の拘束が破れた時点で当時の俺が切れる手段はこれしかなかった。人間に寄生するアンノーンの群を一匹ずつモンスターボールで捕獲なんてしてられない。
 精一杯虚勢を張ってるが捕獲任務は失敗である。だが最悪記録を残せれば劣兵としては上出来だ。俺の団服には超小型監視カメラが内蔵されており、現場の映像は本部のお偉いさんたちに生中継で配信されている。後はどこまで未知の脅威から情報を引き出せるか、俺の足掻きにかかっている。
 こんな命を張った大舞台、ポケモンマフィアの下っ端のクズの最期にしちゃ上出来過ぎるくらいの大往生だ。命が惜しくないと言えば嘘になるが、流れに流され流れ着いた先の顛末、ヘタレて終わるくらいなら、馬鹿みたく自惚れて手前を鼓舞してた方が格好もつくし気分も良い。そうでもしなきゃこんな絶体絶命のピンチなんて立ち回れやしない。
 こっちのそんな気を知ってか知らずか、アンノーン人は首をかしげながら質問してきた。

「指示って何?」
「百面相・・・そのメタモンの拘束を受け入れて無抵抗のままでいろ。さもないとこの店がドカンと吹き飛ぶ事になるからな。俺やお前だけじゃない。この店の中にいるお前の大切なお友だち全員が、お前が抵抗した途端に死ぬ」
「試してみせてよ」
「はぁ?」
「爆発してみせて」
「・・・・・・」
「早く爆発してよ爆発」

 1分も経たずしてプランBは最終局面に達した。笑い話じゃない。こっちは至って真剣だ。こうもあっさりと命を張り合えるのは奴等が向こう見ずなのではなく、爆発を無力化できる手段があるからだろう。
 それを察したかは知らないが、耳に忍ばせたワイヤレスイヤホンから「爆発しろ」と上司から指示がでた。マルマインが大爆発する時の気持ちはきっとこういう気持ちなんだろうと俺はそのとき理解できたかもしれない。俺がヘタレて起爆スイッチを押さなくても上司はもう1つの起爆スイッチを握っている。つまりヤるしかないのだ。

 覚悟を決めた瞬間、俺の回りに無数の小型アンノーンがワラワラとより集まりながら旋回している事に気がついた。よくみると「D」「A」「M」「P」の四種しかおらず、バラバラに浮遊しているのではなく「DAMP」と四組で並びながら飛び回っている。この古代文字が意味する言葉は恐らく「湿り気」だろう。
 湿り気とはポケモンの特性の1つであり、爆発系の技を使用不可能にするフィールド効果とされている。

 まさかそれで終わりなのか?「湿り気」を再現しただけで、うち等の携帯獣化学兵器を攻略した気でいるのか?

 俺は絶望したよ。物語の結末を先にネタバレされたような小さな絶望感だが、時が刻むにつれてそれは肥大していく。神風チョッキに組み込まれた改造マルマインの特性は、あらゆる特性の効果を無視して攻撃できる「かたやぶり」に書き換えられているのだから。
 結局俺は馬鹿みたく覚悟を決めていたつもりでいたが、心のどこかでアンノーン人の未知の力に期待していたのだ。期待するのは勝手だが当てにするのはお門違いだってのにな。
 本当に追い詰められた人間がどうなるか知ってるか?他の連中は知らないが俺は笑わずにはいられなかたね。

 自棄糞に笑いながら起爆スイッチを押したよ。
 すると目の前が真っ白になった。
 そこからは走馬灯ってヤツなのかな。脳裏にこれまで歩んできた人生・・・・・・なんて呼べる立派なものじゃない。自分以外の生物の尊厳を無茶苦茶に踏み躙る悪行の数々が暴かれるように写し出された。自分で言うのも何だが俺は救いようのないクズである。これじゃまるで地獄の閻魔様に裁かれる前の罪人だ。ガキの頃はもっとマシな思い出もあったハズだが、その記憶にたどり着くよりも前に「あの音」が聞こえてきた。

 気がつくと周りは真っ暗闇で、俺の足元には赤黒い血の海が広がっている。こんな記憶は存在しない。走馬灯に何かが割り込んで来ているのか、そいつはガシャガシャと音をたてながら暗闇の底から忍び寄ってくる。姿は見えない。ただガシャガシャと音を鳴らすだけ、四方八方からその音が聞こえてく。
 音の正体は分からないが、ただ本能が警報を鳴らし逃げるように指示を仰ぐ・・・・・・と言うよりも居たたまれない気持ちが俺を駆り立てたのかもしれない。
 音から必死に逃げていたら、いつの間にやら暗闇の中に一筋の光が見えてきた。俺はその光に向かって全力疾走していると、光の向こう側から救世主が現れた。
 そいつは「ときわたりポケモン・セレビィ」決して人の前には現れない幻のポケモンが、俺みたいなクズの前に現れた。
 ありえない。そう、ありえないのだ。セレビィの回りには小型のアンノーンがまとわりついており、つまり、俺はアンノーン人の手の平で踊らされていたらしい。
 再び目の前が真っ白になったかと思えば、俺は何事もなく【witch's store】の中にいた。目の前には皮膚に小型アンノーンを泳がせる受付の少女「アンノーン人」とセレビィがいるが、セレビィは瞬く間に光に包まれ姿を消した。

 ポケモンの具現化、グリーンフィールドの結晶塔事件でアンノーンの群が見せた力の一端が、この場で再現されたようだ。

「あなたたちって、とても酷いことをする人たちなのね」

 俺や隠しカメラ越しのお偉いさんたちの事も読み終えたアンノーン人は、酷く残念そうな失望したような顔でこちらを見つめていた。
 アンノーン人にとって「読む」とは、人の記憶を覗き見する事のようだ。まったく良い趣味をしてやがる。ワイヤレスイヤホンからは耳障りな悲鳴が聞こえており、遠く離れた安全な場所にいる相手にもお構いなしに能力を使えるらしい。隠しカメラも黒幕も全てが筒抜けだった。
 今回は相手が悪すぎたとしか言いようがない。生物としての格が違いすぎたのだ。アンノーン人と対峙する俺は文字通りまな板のちっぽけなコイキングだろう。
 しかし、そんなちっぽけなコイキングは始末される事なく何故か生き延びている。本部の司令室は何をされたか知らないが今だ混乱しており、機能不全に陥っているのにだ。
 これはどういう事かと思えば、どうやらアンノーン人は俺に興味があるらしく対話を求めているらしい。

「なぜ俺だけ無事なんだ?本部の連中に何をした?」
「あなたと一対一で話したかったから外野の人たちには一端退場してもらったわ」
「一対一ねぇ・・・」

 俺は辺りをワザとらしく辺りを見渡した。小型アンノーンの群は俺の周りを取り囲み、こちらを凝視している。【witch's store】の店内は市松模様の床しか見えない。

「私は皆で皆は私、それが私たちの在り方なの」

 アンノーン人は相変わらず肌の表面に小型アンノーンの群をワラワラ泳がせながら語りかけてくる。マジマジと見ると悪寒がしてくる光景である。

「よく分からんが、それは・・・ひょっとしてアレか?アイアントやミツハニーみたいな社会性のあるポケモン、群を成せばまるで一つ生物であるかのように行動するアレ・・・・・・確か超個体だったかな?」
「そんな感じかな。さらに言えば私たちは一つの意識を共有しているの」
「一つ意識って言うのは・・・・・・その子の事か?」

 アンノーンの群が我が物顔で泳ぎ回る体の宿主の少女は不快な表情ひとつする事なく微笑んでいる。
 上司から渡されたオカルト雑誌の特集記事を思い返すと、それらしい内容が書かれていた。
【アンノーンは単体では何も起こらないが、二匹以上並ぶと何かの力が芽生える習性がある。群るアンノーンは自分達の習性を理解しているが、力を最大限に発揮する頭・・・・・・理由や目的・意思・自我に欠ける為、人間を依代にする。依代になった人間は神の如き全能な力を思うがままに扱えるようになる】

「そう。彼女は私たちの協力者にして私たちの一員。彼女の協力がなければ私たちは私を維持できない。あなたが読んでいた『月刊どんと来い!ネイティオ神の未来予知』の内容は概ね正解ね」
「マジかよ」

 俺はアンノーン人にお墨付きを貰ったオカルトゴシップ雑誌の底知れぬ情報収集力に戦慄を覚えたが・・・それよりも何よりも、しれっと人の頭の中を勝手に覗き見するのも止めて欲しい。

「ごめんなさい。つい癖で」
「平謝りはいらん。所でそろそろ本題に入らないか?」

 御託はいらんから早く用件を言えと心の中で毒突くと、出歯亀野郎は悪びれる様子もなく顔をムスッとさせて睨んでくる。

「私たちは貴方の辿る運命を最後まで読みたいの。だから貴方の体に少し移ってもいいかしら?」
「は?」
「あなたの体に私たちを数百匹ほど移住させたいの」
「止めろ馬鹿」

 まな板のコイキングだって訳のわからん事をされそうになれば、体当たりくらいしたくなる。

「運命は避けられないけど、正しい道に導ける力にはなれるかもしれないわ」
「いや待てよ待て!お前たちだけで勝手に話を進めるな!まず運命って何だ!」
「決して逃れる事のできない死の運命」
「はぁ!?」
「貴方は私たちが知り得ない存在に命を狙われているの」
「おいおいおいおい待ってくれ・・・頭が痛くなってきたな」

 何をどうしたらこんな話になるのか、アンノーン人の一方通行な会話に俺の頭はとうとうオーバーヒートした。何から突っ込めばいいのか俺にはもう分からない。お手上げだよ。だが、これだけは決して譲れない確固たる決意はある。
 表皮だけでは飽きたらず、眼球だろうとアンノーンを遊泳させるヤツにはなりたくない。世界的人気を誇るマスコット生物の愉快な仲間たちだろうと、この生理的な嫌悪感は誤魔化せない。

「それなら貴方もアンノーン人になってみる?」
「いや無理だろ」
「貴方の望むままに力を扱えたとしても?」
「その決して逃れる事のできない死の運命も塗り替える事ができるなら考えてもいいが」
「嫌よ。私たちはそれが見たいの」
「喧嘩売ってんのか?」
「大丈夫!運命を迎える前なら貴方は思うがままに力を使えるわ」
「・・・・・・頭の中でだろ?いい加減、人を小馬鹿にしてんじゃねえぞ」

 アンノーンの群の依代になった人間は神の如き全能の力を得られるだか何だか知らないが、そんな見え透いた甘言を真に受けるほど馬鹿ではない。結晶塔事件の少女Aはアンノーンに完全に乗っ取られる前に救出されたらしいが、俺の目の前の少女はどうだ?全身にアンノーンをはべらかせて何故正気でいられる?

「彼女とはお互いに納得し合える正統な契約を結んでいるわ。洗脳とか支配とか貴方が妄想しているような物騒な手段は使っていません」
「何か急に言葉が尖ってきてない?」
「あなたに調子を合わせたつもりでしたが」
「そう、まぁいいや。俺は頭の中の空想の世界に閉じ込められるのはゴメンなだけさ」

 これは俺の見立てだが、アンノーン人は宿主の記憶や思考・性格・趣味嗜好などを模倣しているように思えた。10代の少女が全知全能の神の力を得たとして、こんな寂れた雑貨屋でおままごとみたいな遊びをするのか?胡散臭くて嗤えてくる。
会話の節々で「私たち」という人称を使うあたり、肉体の主導権は宿主ではなくアンノーンたちにあるのだろう。 私たちに少女が含まれているとして、少女が納得して肉体の主導権を明渡す正統な契約なんて、頭の中で都合の良い幻想を24時間ぶっ通しで放映して、そこから絶対に抜け出したくないと思わせる環境下に置いているのだろう。何でこんなに予想がつくかって、俺たちも似たような事をしているからである。綺麗事や美辞麗句を並べようが薬浸けは薬浸けだ。やってる事は俺たちと何ら変わらない。
 こちらの邪推を察したのか、アンノーン人は小さく溜め息を吐くが・・・クソ真面目にレスポンスしてくれる。

「彼女がこの関係を望んでいると言っても貴方は決して聴いてくれませんね。私たちが貴方たちと同じと言うのなら、私という存在は貴方たちと私たちの立場が入れ替わっただけの事なのに」
「お前たちが俺たちの立場なら受け入れられるか?今まで当たり前だった支配者と従者の関係が逆転して仕方のない事だと簡単に納得できるヤツなんていないだろ」
「私たちは決して一方的に支配などしていません・・・が、首なしの悪意とこれ以上言い争う気はありません」
「は?分かるように話せ」
「水掛け論は好きですか?」
「無駄な事は嫌いだな」
「なら貴方とこれ以上話すことありませんね。しかし私たちは貴方の事を観測したい気持ちは譲れません」

 何やら雲行きが怪しくなってきた。話し合いで解決しないとなれば、残された選択肢は一つしかないだろう。俺もよくやる十八番の常套手段だ。お高くとまった独善家の底は探れてきたが、調子に乗って煽りすぎたらしい。

「結局力ずくじゃねーか!!」

俺が怒鳴り散らしたところで浸入は止められない。俺の周りを囲んでいた小型アンノーンたちは一斉に飛びかかってくる。俺は両腕を振り回して振り払おうとするが、アンノーンたちは衣服に触れた瞬間ペタリと貼りつき、服から肌へと伝いながら、人の身体を我が物顔でまさぐるように動き回る。全身の触覚が阿鼻叫喚して言葉にならない叫び声をあげた。床を転げ回りながら、まとわりつくアンノーンを潰そうとするが、連中は意に返す事なく蠢き続ける。自棄になって神風チョッキのスイッチを入れるが、既に無効化済みらしく自爆する事すら許されない。

「大丈夫、次期に馴染むわ」
「大丈夫じゃねーよ!ぶっ殺すぞ畜生!!」
「落ち着いて、恐いのは分かるけど、私たちは決して貴方を支配したりはしないわ。それを今から証明してあげる」
「あ〜〜〜〜〜〜!!そういう問題じゃない!!それ以前の問題だ馬鹿野郎!!!」

 思い付く限りの罵詈雑言を吐き捨ててるうちに、アンノーンの群は俺の体内に収まりこんでしまった。口腔・鼻腔・眼窩の隙間・肛門etc.から遠慮無しに入り込んできたのだ。身体中を這いずり回られる不快感は消え失せたが、アンノーンごときに陵辱された不愉快極まる異様な体験は、そう簡単に払拭できない。
 辺りを取り囲んでいたアンノーンの群はいつの間にか消え失せ【witch's store】の店内が視界に入る。アンノーン人は相変わらず肌身に同胞を泳がせており気色悪い。

「これで満足か?アンノーン人さんよ」
「ひとまずわね」
「人の運命がどうたらこうたら出鱈目言って、結局は俺の身体が欲しかっただけじゃないのか?」

「こんな風にいとも容易く実力行使ができるのに、わざわざ見え透いた嘘をつく理由があるかしら?」

 アンノーン人にしては珍しく筋の通る事を言う。相変わらず微笑みの相を崩す事はなく、小型アンノーンの群を全身にはべらかせている事もあり、人間味はまるで感じられない。そこに宿主の本当の表情は決して現れないだろう。

「私たちは貴方の運命を観測する事が第一目的なの。極力貴方に干渉する事はないから安心して」
「私生活丸々監視される俺の羞恥心に対する補償とかはないのか」
「あるにはあるけど、それは私たちにその身を完全に委ねる事になるからオススメはできまないわ。現実的な力の行使については論外。貴方のような性根の腐った悪党に私たちの力を使わせる訳にはいかないの」

 勝手に契約内容を捲し立てた上に罵倒までしてきやがる。まぁそんなもんだろうと予想はしていたから憤慨するような事はない。寧ろその傍若無人な振舞いに呆れ果て憧れすら覚えてくる。アレのように力を思いのままに行使できる事こそ、我等が組織の最終目標なのだろう。

「一番酷い悪党がよく言う」
「貴方たちと一緒にしないで、私たちは穏やかで細やかに暮らせればそれでいいの」
「伝説級のポケモンを自在に具現化できる力があるのにかよ?望めば世界征服だって朝飯前だろうに?」
「それに何の意味があるのかしら?太陽の温かさを風の心地よさを肌身に感じれて、空の透き通る青さを見えて、大地を力一杯駆け巡れて、海や湖を泳ぎ回れて、ふかふかの暖かいベットの中で安眠できて、美味しいご馳走をお腹一杯食べたり、友達をつくって一緒に遊んだり共感したり、気になった事を自由に探求する事の方が楽しいわ」

 アンノーン人は「お前たちとは絶対に違う」と自信満々に言いたげな憎たらしい満面の笑みを浮かべると、バイバイと手を振り出した。
 すると【witch's store】の内装がぐにゃぐにゃ揺らぎ始め途端、空間に無数の目が出現しパチパチと瞬きを繰り返す。それはこの短時間の間に嫌と言うほど見てきた奴等、アンノーンたちの眼だ。
 どうやら【witch's store】そのものがアンノーン人が具現化した空想の世界だったらしい。怪奇趣味に溢れた商品は形が崩れて霧散していき、店内は目映い光に包まれた。

 閉じていた目を見開くと、辺りは地方都市の寂れた路地裏に様変わり。ゾロアークに化かされたような気分になったが、俺の掌には「O」のアンノーンが泳いでいた。アンノーンの群に身体を寄生された以上、俺の現実は本物なのかアンノーンの群によるまやかしなのか判別する事は難しい。本当の現実と頭の中で思い込んでいるだけで、実は身体を乗っ取られている事は十分にあり得るだろう。
 そんな事を勘ぐっていると口の中から「A」のアンノーンが飛び出してきてギロリと睨み付けてくる。どうやら怒っているらしい。
 さらに左目がもぞもぞするかと思えば何かが頬を伝い掌に這い寄る。見てみれば「KEEP PROMISE」と連なるアンノーンが一斉にこちらを睨み付けている。

「さっそく破ってんじゃねーか」とぼやくと、契約内容を思い出した小型アンノーンは慌てて人の鼻腔に逃げ込んだ。この現実が蝴蝶の夢でない事はひとまず分かったが、酷く不快な気分はどうやっても拭えない。

 本部とは通信が途絶えてたまま、ワイヤレスイヤホンマイク・隠しカメラはご丁寧に全て破壊されていた。本部に帰還して記録を確認したが音声も映像も全て使い物にならないノイズや乱れが紛れ込みアンノーン人のデータを欠片も残せなかった。任務は記録上失敗に終わり、アンノーン人は我が組織のブラックリスト(捕獲不能特定携帯獣)入りを果たし、現在もその動向を探り捕獲方法を模索しているが、未だに結果は出せていないようだ。
 俺の身の上に起こった事は組織には秘密にしている。これが組織にばれたら、俺をモデルにした解体新書の一冊や二冊躊躇いなく作るだろう。任務終了後身体の隅々まで調べ尽くされた時は胆が冷えたが、アンノーンは上手いこと隠れてくれて難を逃れる事ができた。

 ところで体内にアンノーンの群を飼う俺は、アンノーン人となったのだろうか?全知全能と持て囃される噂の力は使えず、あのダメ出し以来アンノーンたちは俺の体内から飛び出てくる事はなくなったが、ときどき身体の内側で何かが蠢いているのを感じる。あのアンノーン人は絶対に違うと断言しそうだが、他のアンノーン人はどう思うのだろうか?

 こいつ等が観測したがるような死の運命は未だ訪れていないが、あの走馬灯の中で聞こえた奇妙な音は日に日に近づいてきている。




ガシャ・・・ガシャ・・・
ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャ


  [No.4096] 餓者我遮、我捨我赦・・・序章 投稿者:造花   投稿日:2018/11/15(Thu) 19:28:55   68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

取り敢えず、このエピソードで終幕予定。
完結できて気が向いたら隙間の話を埋めていきたいです。
中身の代わりに捏造・パクリ・ハッタリ・中二病等が詰め込まれていますが、どうぞよしなに()



 俺は任務中に立ち寄った組織の支部で休息をとっていた。今回は人間を狩猟の対象にする他種族のポケモンが組織化された連合「暮れなずむ人狩りの会」の統率者と幹部たちを捕獲するべく捜索していたが、連中は中々尻尾を出さず任務は膠着している。
 徒党を組むポケモンとは何度か遭遇しているが、わざわざ組織名を掲げて人間の真似事・・・或いは宣戦布告するような連中は初めて遭遇するかもしれない。
 奴等は人並み以上に知恵をつけ、一部の幹部は人の言語まで習得しており、うちの組織はその突然変異の頭脳を欲しているのだ。
 俺が最初に遭遇したキリキザンの幹部は、典型的な極左でタカ派なヤベーヤツで危険思想を垂れ流しなら襲いかかってきたが、組織からは何故か高く評価されてしまい行方を追う羽目になったのである。
 俺から言わせりゃ、自分から名を広めるたがる悪の組織なんて盛者必衰の理を突き進む二流だが、連中は自分達の事を正義の革命組織みたいに思っているのだ。馬鹿な連中だが、我等が「若様」曰く大成する奴は良くも悪くも馬鹿になれる奴だけらしい。どうでもいいが馬鹿を相手にする身にもなって欲しいよ。
 明日もあのキリキザンと不愉快な仲間たちの行方を探す旅に出ると思うと気が滅入ってくるが、受けた任務は果さなければならない。
 深夜頃まで連中を炙り出す作戦を練っていた。そんな時、あの音が聞こえてきた。

ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ・・・!!!

 その音はいつもと違う。耳の奥に纏まりついて人の神経を逆撫でるような音ではなく、地響きと共にやってきた。
 俺以外の団員達にも聞こえているらしく、支部内に喧しい警報音が鳴り響き、非常事態のアナウンスが流れた。

『緊急事態発生!緊急事態発生!北東2キロ先に未確認巨大生物が出現!推定階級・災害級!現在我々の基地に接近中!防衛班は直ちに出動!繰り返すーーー』

 何やらど偉い事が勃発したらしい。ポケモンの襲撃はたまにあるが災害級の驚異はヤバイ。
 世界中のどこにでも人類に災いをもたらす災害級のポケモンは存在する。伝説・幻のポケモンに準ずる突然変異のイレギュラーな個体・群の事を指す。
 有名どころを挙げれば、かつて無数のゴースを引き連れてカントー地方を荒らし回った巨大ゴースト「ブラックフォグ」、たった一匹でジョウト地方を壊滅させられるポテンシャルを秘めた巨獣「黒いバンギラス」辺りか?俺が遭遇した連中から挙げるなら「虫姫」や「無貌の大蛇」「如水法師」は・・・違うか。
 まぁようは、そんな連中とタメを張れるようなヤツが、接近中となればこの支部も下手をすれば壊滅する恐れがある。
 黙って避難したいところだが、本部から来てる以上、未確認の脅威を見過ごすわけにはいかない。
 俺は支部の司令室に入ると、中は予想以上に混乱していた。それもそのハズ、監視モニターには闇夜の森しか映らないのだ。熱感知カメラ等視覚補助装置を次々と切り替えても姿を捉える事ができない。
 ゾロアークに化かされているのか?映像を見てそんな疑念を浮かべる者も少なくないだろう。しかし、地響きと共にガシャガシャと喧しい騒音だけが激しく自己主張をしており、現場には木々をなぎ倒しながら進撃する謎の巨大生物が確かに存在しているらしい。司令官は現場に出動した防衛班に連絡をとり状況を確認しているようだ。

『こちら防衛班!目標は体長約15メートル!頭から尻尾の先まで全身が骨や骸骨のような物で覆われた二足歩行の怪獣です!まるで骨が寄せ集まって動き出したガラガラの巨像のように見えます!!』

 現地に到着した防衛班は目標が見えているらしく、鼻息を荒らげながら謎の襲撃者の情報を説明してくるが、目標を確認する事ができない司令官やオペレーターたちは顔を見合わせながら困惑している。

「待て待て、司令部では目標の姿を捉える事ができない。君たちは本当に目標を認識できているのか?」
「しっかりこの目で見えていますよ!それより早く攻撃の指示をください!!もう目と鼻の先まで来ちゃいますよ!!!」
「・・・すまないが、まずは様子をうかがいたい。玄地八領(げんじはちりょう)の使用を許可する。君たちが見えている目標の進路を妨害してくれ」
『了解!!!』

 司令官の許可を受け、防衛班の隊長はモンスターボールから組織お手製の改造ポケモンを解放した。中から出現したのは見た目はなんの変哲もない鉄足ポケモン・メタグロス。
 謎の巨大怪獣と比べたら、体長2メートル弱のメタグロスはどうしても小さく見えてしまうが、大きさ比べて勝負する訳じゃない。「玄地八領」は我等が組織の最先端科学技術を集結させて産み出した次世代兵器「武装携帯獣」なのだ。
 主武装は体内に存在する四つの脳と四本足に埋め込まれた「PSI誘導型メタマテリアルシールド発生装置」メタグロスのスパコン以上の頭脳とエスパータイプのエネルギーパワーが装置の完全制御を実現し、全方位に不可視の防御壁を幾重にも重ねながら発生させる事ができる。生半可な攻撃では傷一つつける事すら出来ない鉄壁の防御能力に物を言わせて、数多のポケモンたちを打破してきた我が組織の切り札の一つである。

『いくぞ玄地八領!第八拘束機関解放!メタマテリアル領域展開!!起動せよ!!鬼門封じ・楯無ィ!!!』

 防衛班のリーダーは舞台役者みたいな迫真の口上を披露する。丸で意味が分からない命令だが、我が組織の最高頭脳であり組織の中枢を担う科学者「ドクター・ジョン・ピーチ」の趣味だから誰も文句は言えないらしい。 
 まぁ博士のネーミングはさておき、モニターに映る「玄地八領」は、司令室からは目視できない見えざる怪物相手に、不可視の不可進行絶対領域を周辺に展開して対抗しようとする。そのやり取りはできの悪いパントマイムのようにしか見えないのが残念である。
 派手さがないのは致し方ないが、しかし「楯無」の領域を正攻法で突破できたポケモンは俺が知る限り存在しない。堅実で信頼に足りる防衛機能である。

『なんだコイツ・・・どうなってやがる!そんな馬鹿なありえねぇ!!!』

 映像からは状況を確認する事ができないが、防衛班の連中は予想だにしない現象を前にして焦燥している。

「どうした?何が起こってる?」
『あの野郎・・・!た、楯無をすりぬけやがった!ダメだこっちに来る!!攻撃の指令をください!!』

 絶対の信頼を寄せいて切り札が無効化された防衛班たちは酷く焦っている。
 だが悲しいことに、その深刻な状況は司令部にはいまいち伝わらず、現場との温度差が激しい。

 司令官はすぐには攻撃の指示を出さず状況を俯瞰する。参謀やオペレーターたちも不可解な状況に慣れてきたのか各々の見解を述べ始めた。

「映像の解析は進んでいるか?」
「いいえ、依然として目標の正体を捉える事ができません」
「やはり幻影なのでは?我々は見えない虚像と戦ってるのかもしれませんな」
「それでは何故森の木々だけが倒木する?この地響きと騒音は何なんだ?」
「うーん、ガシャガシャガシャガシャ煩いけど、もしかしたら音を媒介にして精神に干渉する催眠術の類いかもしれませんね」
「その線はあるかもしれないな」
「思ったんですけど、あれが幻影なら相手がデカブツ一匹とは限りませんよね。最近徒党組むポケモンが流行ってるじゃないですか?なんて名前だったかな・・・」
「エリートハンティングクラブ?」
「素晴らしき青空の会だっけ?」
「あーたしか暮れなずむ人狩りの会でしたよ」
「そうそうそれ。まぁ何が言いたいかって複数犯の可能性ですよ。サーモグラフィーにデカブツは映らなかったけど、野生のポケモンたちは、この場から逃げる事なくチラホラ映ってたでしょう?木々が倒れるのは見せたい幻に箔をつける為の演出とかじゃないですかね?」
「ふむ、その可能性もあるな。・・・まずはできることから始めてみよう。ジャミングに防音装置・ポケモン避けのノイズを起動できるよう準備に取りかかってくれ」
「了解」
『司令!!攻撃の許可を求めます!!!繰り返します攻撃の許可を!!!』
「分かった許可する。ただし目標が幻影である可能性がある事を念頭に置いて欲しい。攻撃が効かなければ一旦後退してくれ」
『了解!!!』

 まともにコミュニケーションをとれている。この支部はポケモンマフィアのクズにしておくには勿体無いぐらいマシな人員が集まっているらしい。お陰で俺は傍観者のままでいられて有り難い限りだ。本部から「玄地八領」を支給されるだけの事はある。
 モニターに映る防衛班たちは次々に武装携帯獣をボールの中から解放していく。
 中には全身を鋼鉄の鎧で覆いつくし、両腕をサイボーグ化させて無数の爆弾イシツブテを乱射する改造ドサイドン「破城」、δ因子を適合させ電気タイプを複合させた改造カイリキー「轟」に、機関砲とロケットランチャーを合体させたマルマイン射出兵器「雷の十字架」を四丁同時に使いこなす特別訓練を施した精鋭中の精鋭「爆撃鬼」、見た目は普通のフーディンだが、様々な武器に変身するようプログラムされた改造メタモン「八百万」がコーディングされた二対のスプーンを変幻自在に使いこなす「奇術師」、中には戦闘補助装置を全身に装備した旧式武装のリザードンやカメックスもいるが、今なお現役で活動する辺り、ロートルだが相当な手練れである事は間違いないだろう。「玄地八領」も楯無が効かなかっただけで戦闘は継続可能である。
 ネーミングを馬鹿にしてたが、この錚々たる面子を目の当たりにして興奮しない男の子はいないだろう。いい歳したおっさんだという自覚はあるが年甲斐なくワクワクしてきた。
「バケモンにはバケモンをぶつけんだよ」だったかな?やはりこの言葉は堪らなく好きだ。

『総員攻撃体制に入れ!玄地八領!お前もだ!いくぞ!領域形成!起動せよ!!竜王の如き・八龍ゥ!!!』

 防衛班のリーダーは勇ましく号令をかける。武装ポケモンたちも一斉に身構えた。この一斉攻撃を皮切りに未知の怪獣に対する対応が決まるだろう。実体があるならそのまま潰す。無ければあらゆる手段を用いて探る。正体不明の怪物が支部の目前まで迫ろうとも、俺たちは自分たちが信奉する組織の科学力に絶対の信頼を寄せて疑わない。

 しかし攻撃の号令がくだろうとする直前、全てが一瞬にして覆された。

『⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛!!!!!!』

 それはとてもこの世のものとは思えない。身の毛もよだつ悍ましい雄叫びがあがったと思えば、俺が認識する世界の全てが止めどなく揺らぎだした。
 誇張しているつもりはない。現場にいた防衛班の連中との通信は途絶え、司令部の連中も大半が気を失ったり、気が触れたようにのたうち回る者までいる。司令官は痙攣しながら意識を失っており使い物にならない。おまけにモニターは砂嵐に包まれ使い物にならなくなった。
 鶴の一声ならぬ怪物の雄叫で悪の組織が壊滅寸前に追い込まれるなんて洒落にもならないが、破滅は目前まで迫ってきている。
 音を媒介にしてこちらの精神に干渉するという予測は当たっていたかもしれないが、俺を含め司令部にいた連中は目標の力を完全に見誤っていたようだ。単なる幻影と高を括り相手を刺激したのが不味かったのだろう。
 酷い頭痛と目眩に襲われ、俺もいつ意識を失ってもおかしくない状況だが、支部の中枢が麻痺しかけている以上、いよいよ重い腰を上げなければならない・・・と言うよりは尻に火が付いたと言うべきか。暢気に傍観者を気取って支部の連中と仲良く死んだたら世話がない。
 俺は壊れかけたアナログテレビを叩く要領で、空元気だろうとも自分自身に活を入れながら、意識が残っていそうなオペレーターに声をかけた。

「よぉ・・・お前さん無事か?」
「あ、あなたは?」
「本部からたまたま来てた部外者だ。コードネネームは「狂犬」で通っている」
「ゲッ!あの不死鳥の「狂犬」かよ!?」
「ゲッ!?とは何だオイ?しばくぞ」
「し、失礼しました・・・」

 俺の悪運・・・不死鳥武勇伝もとい死神伝説はここまで伝わっているらしい。いつ頃からかは覚えてないが、どんな危険な任務を引き受けても、たった一人だけ必ず生き延びてくる様を皮肉られているだけで、不名誉な称号でしかない。
 こちとら気色悪い変態寄生携帯獣の群に凌辱された末に死の運命を預言されているというのに、人の気も知れないでまったく失礼なヤツだ。まぁ今はそんな事を気にしてる猶予はない。どんなに罵られようが嫌味を言われようとも、こんなところでつまらなく死ぬのだけは真っ平ゴメンだ。
 ・・・・・・というよりも日頃から聞こえるガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャ!!耳障りで不快な耳鳴りと、今の状況と結び付いてしまい自分の死期が迫ってきているような錯覚に陥ってしまう。冗談じゃないまったく。

「通信機材は生きてるか?」
「いや・・・どれも激しいノイズが混じりこんで使い物になりません」
「他に現場の状況を確認できるカメラは?」
「全滅です」
「ヤベーな。それじゃ防衛班の安否も不明だな?」
「はい・・・」
「こりゃ詰みだな。撤退しよう」
「早くない?諦めるの早くないですか?」
「化物との対決は引き際を見誤らない事が重要だ」
「なるほど・・・不死鳥さんの言うことは説得力がありますね」
「不死鳥じゃねーよ俺は狂犬だ馬鹿野郎。さっさと脱出するぞ」
「でも負傷者こんなにいるのにどうやって・・・」
「お前組織に何年いる?分かるだろう?」
「分かるだろうって・・・まさかみんな見捨てるんですか?汚いないさすが死神汚い」
「違うだろ間抜け!この基地には「脱出王」はいないのか?」
「嗚呼・・・!なるほど!!さすが不死鳥さんだ!!!オベッ!?」

 とりあえず間抜けがムカつくからひっぱたいた。ポケモンマフィアが三度も我慢すれば十分過ぎるくらい寛大だろう。それはさておき「脱出王」とはテレポート能力に特化した改造フーディンである。
 今じゃメタモンとトリオを組む戦闘特化した「奇術師」の方が人気だが、こういう緊急事態の時こそ「脱出王」の独壇場だ。
 冗談みたいなコードネームだが、精神感応能力を広域化させることにより、支部内に存在する団員を感知し、余す事なく全員同時に本部の非難シェルターに転送する神業はコイツだけに許された専売特許である。
 一方、頬を叩かれたオペレーターは突然我に帰り大事な事を思い出したらしい。

「あー!!でもうちの「脱出王」は今ボックスに預けてるから・・・」
「「脱出王」なら俺が連れてる」
「さすが不し・・・狂犬さん!」
「よし良い子だ。そうだそれでいい」

 何で俺はこの緊急事態に間抜けと即興コントをしてるのか?只でさえ酷い頭痛に襲われてると言うのに余計に頭が痛くなる。んでもって頭痛の種は予想だにもしないところからも芽吹き出す。
 そいつは間抜けの同僚だが、何やらいつの間にか復旧したパソコンのモニターを目にして酷く狼狽している。
 その画面に映し出されているのは、巨大な怪物でも徒党を組むポケモンたちでもない。ガシャガシャガシャガシャ喧しい騒音をあげ、森の木々を次々となぎ倒しながら進撃していたのは、頭を項垂れさせながらとぼとぼと歩く見たことのない小型ポケモン・・・・・・いいや、よく見れば見覚えがある。頭蓋骨の被り物を失い、素顔を晒している孤独ポケモン・カラカラだ。
 
「おい、この映像はなんだ?」
「か、監視カメラにシルフスコープ・プログラムを起動させた映像です」
「・・・・・・おいおいおいおいおいおいおいおい!ありえねぇ!寝言は寝てから言ってくれ!頼むからな!おい!」
「シルフスコープっていたらあのシルフスコープですよね・・・これってもしかして、ひょっとすると幽霊ってヤツじゃないですか!ヤダー!!」

 間抜けと初めて意見が一致した。シルフスコープ・システムとは、かつてシオンタウンに存在したポケモンの共同墓地・ポケモンタワーに巣食う幽霊と称される謎の怪異の正体を暴くため、シルフカンパニーが開発したトンデモアイテムの機能をそのまま流用した装置だ。
 幽霊などと騒いで持て囃されていたが、実際の所はポケモンタワーに生息するゴースやゴーストたちが人を驚かせる為に編み出した術・固有フォームの一種であるとされている。この幽霊の姿にカモフラージュしている時はどんなポケモンだろうとも相手に絶対的な恐怖心を与えて戦意を喪失させる事ができるらしい。
 今はなきポケモンマフィア・ロケット団はポケモンタワーを占拠し、幽霊の正体を暴いてその仕組みを解明し「テラーエフェクトシステム」なる装置を開発しようとしていた噂もあるが、実現までには至らなかったそうだ。
 ポケモンタワーが移転して取り壊されて以来、幽霊と呼ばれる存在は確認されておらず、他の地方でも前例のない事例故に今となっては検証不能な案件とされ、シルフスコープもそれ以来お役御免、過去の遺物でしかなかった。
 しかし、シルフスコープシステムで正体を捕捉したという事は、あの殻無しのカラカラは目撃談のように、自分の姿を巨大な怪物の幽霊であるかのように偽る事ができるらしい。
 ヤツが何故この支部に迫ってきているのかは、余所者の俺には分からないが、その原因は顔面蒼白な間抜けの同僚から明かされそうだ。

「幽霊なんて生優しいものじゃない。あれは復讐鬼だ!我々がしていたことを忘れたのか?」
「すみません、俺ここに配属されたばかりで」
「俺はそもそも部外者だから諸々の事情が分からん」
「どうりで呑気でいられるハズだ!我々はかつてロケット団が手掛けていた「テラーエフェクトシステム」を再開発しようとしていた!その過程で大量のカラカラやガラガラを乱獲して研究材料として消費していたが結果は出せずプロジェクトは白紙に戻ったが・・・・・・この現象はまさに我々が構想していたテラーエフェクトシステムそのものなのだよ!」
「なにそれ?エフェクトガードシステム?」
「もういいから分からんなら黙ってろ」
「超展開すぎて置いてきぼりじゃないですか」
「俺も置いてきぼりだから安心しろ」
「なにそれ?すげー安心できないですよ」

 間抜けは至極真っ当な突っ込みを入れてくれた。この緊急時に何度も話の腰を折られては堪らないが、暴走機関車のような超展開なのは間違いない。「テラーエフェクトシステム」なんてロケット団も途中で匙を投げたような突飛なオカルトプロジェクトを今になって再現しようだなんて正気の沙汰ではないし、何よりも腑に落ちない事がある。

「ところでなぜ研究材料はゴースやゴーストでもなく、カラカラやガラガラなんだ?」
「なんだアンタ知らないのか?ポケモンタワーで起こった怪現象の原因はカラカラやガラガラにあるんだ。タワーに生息していたゴースたちは、その影響を受けていただけに過ぎない」
「そりゃ初耳だ。それにしても凄い情報通だな?」
「そりゃ俺は元ロケット団員だからな。この支部の大半は元ロケット団員で構成されていて、当時の研究もここで引き継がれているんだ」
「マジでか」
「先輩って元ロケット団だったんだ!すげー!サインくださいよ!」
「サインなら後でいくらでも書いてやる!それより今は早くここから脱出させてくれ!さもないと・・・・・・!」

 元ロケット団員は、これから自分たちの身に降りかかるであろう災いを想像し身をワナワナ震わせる。早く脱出しなければならない事は同意せざるを得ない。
 ガシャガシャと騒音はすぐそこまで聞こえる。支部内にいる団員を避難させるべく、俺はボールから「脱出王」を解放した。
 その瞬間、天井から巨大な何かがすり抜けて現れた。支部が崩壊することなく、するりとそいつは壁を通り抜けたらしい。
 見れば至るところに様々なポケモンね骨や骸骨がひしめきながら集合している。真っ暗闇の虚ろな二つの孔がこちら見つめている。

「脱出おーーー」
「⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛!!!!!!!!!!!!!」

 ▼

 記録 20××年8月 ××地方 ××支部付近。

 テラーエフェクトを発現した幽霊フォームのカラカラが出現。
 その擬態した姿を複数の市民・及び団員が目視で確認するが、監視カメラにその姿を捉える事は出来ず映像記録は存在しない。
 緊急事態のため基地の防衛班が出動し迎撃するが部隊は全滅、基地も襲撃を受けて全壊。
 偶然その場に居合わせた本部所属の団員が所持していた改造フーディン・コードネーム「脱出王」の大規模瞬間転移術により、基地内にいた全ての団員は本部の緊急避難シェルターに転送されたが、団員の半数は発見された時点で死亡していた。生存者の中には精神に異常をきたす者が大半を占めた。

 テラーエフェクトを発現したカラカラは、××基地破壊後、姿を消し行方不明である。


  [No.4097] 餓者我遮、我捨我赦・・・前編 投稿者:造花   投稿日:2018/12/17(Mon) 23:58:45   75clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

※残酷な表現があるかもしれません。


 遠い日の記憶が甦る。
 俺はガキの頃、奇妙なポケモンに出会った。
 初めてみるポケモンなんて大抵は奇妙に見えるかもしれないが、あいつは本当に奇妙な奴だった。
 頭にバケツを被り、誰かが近づこうものなら手に持つ鉄パイプをぶんぶん振り回して追い払おうとするんだ。でもバケツなんて被ってるから視界は最悪で、大抵の場合は自滅してワンワン泣いていた。
 幼心に「こいつアホだなぁ」と馬鹿にして苛めてたりしてたが、ある日そいつは頭に被っていたバケツを壊してしまい踞って動けないでいた。
 さすがに不憫に思い、俺は自宅から兄貴が使い古したバイクのヘルメットを持ってきてやったら、あいつはヘルメットを俺から強奪すると草むらに逃げていった。
 恩知らずな奴だなと最初は腹が立てたが、あいつはどうにも素直になれない性格らしく、俺につきまといお礼を言うタイミングを伺っていたらしい。こちらからすれば苛めていたポケモンにストーキングされてしこたまビビっていたが、ある日、俺が野生のポケモンの群に襲われていたところに颯爽と駆けつけてくれて俺を助けてくれた。
 それから俺とあいつは一緒に遊ぶ中になり、所謂トモダチのような関係になっていたのだろう。
 時が経ち俺とポケモンマスターを志し、あいつを引き連れて武者修行の旅に出た。近所にポケモン博士なんて都合の良い人はおらず、御三家と呼ばれる初心者向けの人気ポケモンやポケモン図鑑とは縁がなかったが、俺にはあいつがいればそれだけで十分だった。
 あいつはヘルメットに鉄パイプなんか装備しているから、他のトレーナーからはよく不振がられた。ポケモンバトルで実力を示せば大抵の場合は俺たちの存在を受け入れてくれたが、中には「インチキだ」「ヘルメットを外せ!」とか、勝負で負けた腹いせに因縁をつけるヤツもいた。
 俺たちら小五月蠅いヤツ等を見返してやろうと、なりふり構わず戦い続けた末に、ポケモンリーグに挑戦する権利を得た。
 しかし、そんな努力も水の泡。いざ参戦してみれば戦いを挑む前に小五月蠅い審判達に門前払いにされた。
 障害のあるポケモンは、他所の部門に参戦してくれだとか、持ち物はポケモン一匹につき一つまでとか、まるで腫れ物のように扱われて、俺たちのポケモンマスターの夢は潰えた。
 それから当てもなく旅を続けるうちに、俺たちはルール無用・何でもありな非合法の闇の地下闘技場に行き着いた。
 そこは少なくともポケモンリーグよりは居心地が良かった。新しい見世物がやってきた!と冷ややかな歓迎だったかもしれないが、戦うことを認めてくれただけでも俺達には十分過ぎる。
 勝つときもあれば、こっぴどく負けることも当然あるが、そこで戦い続ける内に観客も俺たちの実力を認めてくれるようになり、あいつも花形の一匹に数えられるようになった。
 誰かに認めて貰えるってとても喜ばしいことだねぇ。でも持ち上げる奴等の中には、悪いおトモダチがいたりする。ポケモンリーグの大舞台に居たならまた違っていたかもしれないが・・・・・俺たちは糞溜めにドップリ浸かりながらヘラヘラ喜んでる間抜けだった。
 それから俺たちは・・・・・・俺たちは・・・・・・



「がしゃがしゃがしゃがしゃ」

 気がつくて薄汚れた白い天井が視界に入る。ここは病院の大部屋らしく、俺の横には壊れたラジオのようにうわ言を垂れ流す××支部の団員がいた。
 ナースコールを押すと看護師が慌ててやって来る。ここは組織傘下の病院らしく、××支部の団員が多数入院しているようだ。
 俺は一週間程意識不明だったが、目覚めた後は後遺症も見られず、すぐに退院できた。
 他の団員は辛うじて命をとりとめてはいるが、昏睡したままだったり、精神に異常をきたし治療を受けている者が殆どで、重度の精神汚染を患った団員は、記憶の改変に特化した改造オーベム「脚本家」に頭を弄り回されているらしい。
 俺以外に後遺症を発症しなかった奴は、部外者や新人ばかりで、司令室にいたあの間抜けなオペレーターは俺より先に意識を取り戻し「こんなヤベー組織に関わってちゃ田舎に残した母ちゃんと妹を泣かせることになりそうだから辞めます!」とか何とか言って、早々に脱退を希望したらしく、今頃「脚本家」とご対面しているだろう。

 退院後に俺を待ち構えていたのは、怒濤の事情聴取と報告書の作成で退院前より体調は悪化したと思う。
 ××支部を強襲した骨を寄せ集めた傍迷惑な大怪獣は、頭の頭蓋骨を失ってもなお生き長らえた孤独ポケモン・カラカラが、視覚や聴覚に恐怖心を植え付けて威嚇する擬態能力(テラーエフェクト)を発現・攻撃に転用する事に成功した「ゆうれい」フォームとされる姿と結論づけた。
 しかし、ガス状ポケモンすら通り抜けられない改造メタグロス「玄地八領」の絶対侵入不可領域「楯無」を、小型ポケモンが容易くすり抜けて通る事は絶対にありえない現象らしく、実は本物の幽霊ではないのかとも囁かれている。××支部の壊滅後、骨の虚像とカラカラの行方が一切掴めない点、××支部が過去に取り組んでいたテラーエフェクト再現計画が明るみになり、妙な噂に拍車がかかっているようだ。

 俺たちを救出してくれた今回の立役者・改造フーディン「脱出王」は死亡した。
 後に判明した事だが、テラーエフェクトを前にしたポケモンは恐怖のあまり技を出すことができなくなるハズなのだが、「脱出王」は恐怖に臆することなく、一世一代の脱出劇を最期まで演じきったのだ。
「脱出王」の開発者「ドクトル・ジョン・ピーチ」に話を聞いてみると、フーディン固有の特性・どんな攻撃を受けても怯まない不屈の「精神力」と、集団同時テレポートを実行する前に精神感応(テレパス)能力を広域化させて××支部の全団員と精神を繋げた事により、テラーエフェクトの本来抗えないはずの絶対的な恐怖感を瞬間的に緩和した可能性が考えられるらしい。
 もっともテレポート成功直後には、全ての団員の精神と繋がっていた事が仇となり、途方もない数の恐怖が洪水のように流れ込みショック死したそうだ。さっさと一人で脱出すりゃ良かったのにな。

 俺が引き受けていた任務「暮れなずむ人狩りの会」はどうなっていたかと言えば、俺の入院中に他の連中に引き継がれていたらしく、なんと件のキリキザンを捕獲する事に成功し、連中のアジトまで発見できたようだ。
 復帰早々、俺の任務は「暮れなずむ人狩りの会」を一網打尽にする作戦となった。
 今回の作戦の司令官は、キリキザンを捕獲した幹部の「白狼」で、俺は実動部隊の隊長を任された。手柄を横取りされたのは癪だが、まぁかったるい仕事なので早く片付くのであれば良しとしよう。
 連中のアジトは意外や意外、××シティの団地だった。そこは南ブロック(1-6街区)・中央ブロック(7街区)・北ブロック(8-14街区)に別れた大規模な集合住宅地だが、現在は住民の半数以上が高齢者で老朽化の進んだ寂れたマンモス団地らしい。かつては夢のニュータウンなどと謳われていたらしいが、今となっては時代に取り残された限界集落ならぬ限界団地のようだ。
 連中はそこに目をつけて、何らかの手法を用いて住民たちを洗脳し、いいように利用しつつ、都合の良い隠れ蓑にしている。
 団地周辺をよく観察すれば、多種多様なポケモンたちがたむろっており、住民と共に団地を出入りしている姿もあった。住民の中にもいつの間にか蒸発した者も多数いるらしい。
 奴等の手口は夕暮れ時、町と町を繋ぐ道路を行き交うトレーナーの中から品定めをして、狙いをつけた獲物を数に物を言わせて集団で襲いつつ、人気のない場所に誘い込んで殺害、洗脳した団地の住民を呼び出し、解体作業を手伝わせて、闇のルートに臓器を流しているようだ。流された臓器を購入し、徹底的に検査したところ不特定多数のポケモンのDNAと強烈な催眠波が計測されたらしい。
 こんな物騒な品物を密売して何をしようというのか?なんとなく予想はつくが、こればかりは妄想であって欲しい。
 ドクトル・ジョン・ピーチは早速人体実験に取りかかり、経過を観察しているが今のところは異変は観測されていないようだ。しかし博士はいつになくニタニタ薄気味悪い笑みを浮かべており、あの破廉恥な変態面を目の当たりにした日には、もう嫌な予感しかしない。
 人狩りマニアの野良ポケモンが集う変態倶楽部とばかり思って馬鹿にしていたが、連中は本気で何かヤバイ事をしでかそうとしているようだ。
 今回の指揮を執る「白狼」も俺と同意見らしく捕獲作戦は綿密に練られた。今回の戦場の舞台は寂れた団地とはいえ市街地のど真ん中である。下手をすれば世間に俺たちの存在が明るみになってしまうだろう。
 会議を重ねに重ねて一週間が過ぎて作戦はいよいよ決行されようとしていた。
 俺は部下たちに作戦のあらましを説明し、明日に備えて本部にある自室で準備にとりかかっていた。

ガシャガシャガシャガシャ・・・

 聞き慣れた耳鳴りが近付いてきているように聴こえる。××支部の一件以来この耳鳴りは酷くなってきているが、音がするだけで馬鹿デカい大怪獣に襲われるような事はない。ただ、誰かに覗き見されているような妙な視線や気配を感じ、妙な幻覚が紛れ込む。体の内側に巣くうアンノーンたちとは別の何かだ。街中を行き交う人々の顔が醜悪に歪ませたり、群衆が一斉にこちらを凝視している。瞬く間に掌が血塗れになっていたり、ポケモンの死骸が足を引っ張る時もある。そして、ふと目の前に「あいつ」が現れては一瞬で消える。
 病院にいた時は何ともなかったが、日に日に症状が悪化しているようだ。しかし病院に戻るのは面倒だし、これが今更病院の治療で治るとは到底思えないし、下手すりゃドクトル・ジョン・ピーチの新しい研究対象にされてしまう。それだけはごめん被りたい。
 いっそのこと「脚本家」に糞みたいな記憶を全て取り除いて貰えば、この不愉快な症状も治まるかもしれないが、組織の改造ポケモンだろうと身を委ねるのは気が引ける。臆病なヤツだと笑われるかもしれないが、腹の底で何を考えているかわからない連中に、自分の弱味を見せたくない。「脚本家」を頼るのは、どうしようもなくなった時の最終手段だ。
 明日に備えて早く床につくが、この音は決して鳴り止まない。何となく直感でわかる。あと何か、ちょっとしたきっかけで、俺の中で塞き止められている何かが決壊しそうな気がする。それが何かは考えたくもない。



 翌日の早朝、まだ日が昇らない暗がりの中、件の団地周辺の一角に大型トラックが一台停まっている。
 トラックのコンテナの中には無数の通信機材と大画面のモニター前に座る今回の作戦を指揮する男「白狼」と精霊ポケモン・ネイティオが一匹いる。
 俺たち実動部隊は40人で構成されており、俺を含めた30人が前線部隊で、残りの10人は後方支援部隊となっている。改造ポケモンを収納をしたモンスターボールだけでなく、ガスマスクや催眠術や洗脳といった脳に干渉する超能力を寄せ付けないアンチPSIヘルメット・光学迷彩スーツ・アサルトライフル等で武装している。戦闘は基本的にポケモン任せだが、手数は多いに越したことはない。
 前線部隊は五人で一組となり六班に別れ、既に定位置に待機しており作戦開始の合図を待っている。
 団地の敷地内には予め、カクレオンの細胞を移植して周囲の景色に溶け込む力を備えた改造ネイティ「天眼」の群を解き放ち、ネイティと視覚を共有し自分が見たものを念波に介してモニターに送信する改造ネイティオ「天眼通」の能力により、敵の動向を探りながら内部の様子を伺い、敵の本陣が北ブロックの13街区である事が判明した。
 作戦は手始めに後方支援部隊が改造メタグロス「玄地八領」を解き放ち、内外問わずにあらゆる干渉を拒絶する結界「楯無」を起動する。
 外野の乱入や獲物の逃亡を防止する不可視の壁で13街区を覆い尽くし、さらにゾロアークに幻影をつくらせて周囲の景色をカモフラージュ。戦闘に生じる騒音は、音を自在に操る改造バクオング「響」のノイズキャンセリング技法でカバーする。
 環境の偽装工作は完了、後は敵の制圧だ。今回の標的は有象無象のポケモンが寄せ集まった大群である。個の力が乏しくても、各々の個性や得意分野・数の力にモノを言わせてくる連中だ。
 そういう連中は何もさせないうちに叩くに限る。それなら品種改良を繰り返して産み出された改造ラフレシア「黄霧(こうむ)」の出番だ。こいつがばらまく花粉は、抗体を持たない者が浴びれば、瞬く間にアナフィラキシーショックを引き起こして卒倒、最悪の場合死に至らしめる。さじ加減一つ誤れば大量殺戮を容易に引き起こせる凶悪なバイオ兵器だが、今回もあくまで捕獲が目的なので致死性の低い個体を集めているそうだ。さらにだめ押しと言わんばかりに、戦闘を主眼に置いた武装携帯獣も複数投入している。
 過剰すぎる戦力かもしれないが、奴さんたちも能無しの集まりでなければ何らかの対抗策を講じてくる。自分達に酔い潰れたような組織名を掲げる馬鹿っぽい連中たが油断は禁物だ。この決戦は互いの切れる手札の数の多さが勝敗を分けるだろう。
 団地の住民の安否?俺たちは人命を優先する程お人好しじゃない。

 耳元につけた無線イヤホンから『準備はいいか?』と指揮官の「白狼」の声が聞こえてくる。

「準備万端、いつでも突撃OKだ」
『健闘を祈るぞ。作戦開始だ』
「了解、野郎共行くぞ!ポケモン狩りの時間だ!」

 俺の号令と共に、実動部隊は闇夜に紛れて行動を開始する。13街区の周辺や建造物の内部には無数のポケモンがたむろっている。
 そいつ等を突破すべく24匹の「黄霧」をモンスターボールから解き放つ。「黄霧」が花房を軽快に揺らしながら進行する度に花粉はバフバフ景気良くばらまかれて行くが。

『無駄だ。愚劣な人間とその隷属たちよ』
 
 人間様を小馬鹿にしているような声が闇夜の向から聞こえてくる。つられるように夜空を仰ぐと、ひたひたと小雨が降り始めたかと思えば、瞬く間に滝のような豪雨に様変わりする。
 今まで軽快なフットワークで闊歩していた『黄霧』たちだが、その大きな花房は豪雨に押されて地に伏してしまい身動きをとれずにいる。空中ひ飛散していた花粉も雨に洗い流されてしまった。
 さらに追い打ちと言わんばかりの暴風が襲いかかり「黄霧」たちは次々に吹き飛ばされていく。

 何もさせないハズが逆にこちらが封殺されている。明らかにこちらの出方が判っていたような見惚れる鮮やかなカウンターだ。内通者でもいるのか?敵の動きが不可解だが、戦いはまだ始まったばかりである。

『団地上空にハクリューと複数の飛行タイプのポケモンを確認、奴等が雨ごいを発動し、一斉に暴風を巻き起こしているようだ。後方支援部隊に日本晴れを要請する。前線各隊員は直ちに武装携帯獣を解放して反撃しろ』
「白狼」は「天眼通」たちの視界を頼りに、敵の正体を見破った。タネが解ればどうという事はない。

「了解、上空の敵は俺の班で対処する。他の班は地上戦に備えてくれ。日本晴れ発動後行動再開だ」
『了解』

 俺はモンスターボールから武装携帯獣・改造ガブリアス「竜穿」を解放する。体の半分以上をサイボーグ化し、背中に補助推進装置を装備した他、頭部の先端部にはエネルギーシールド発生装置が組み込まれ、両腕の鰭と爪にはエネルギーサーベル等の武装が施されている。
 ガブリアス本来の面影は薄れているが、その戦闘能力は並の原種では到底相手にならないだろう。
 ポケモンのサイボーグ化など可能かと疑問に思うかもしれないが、ポケモンは自分が所持する持ち物を巻き込みながら縮小する特性があり、表皮や内蔵を機械化してもポケモンがそれを自分の一部だと認識していればモンスターボールの中に収まってしまう。かつてイッシュ地方に存在したポケモンマフィア・プラズマ団が古生代の虫ポケモン・ゲノセクトを改造して証明している。

 豪雨が途端に止む。日本晴れにより闇夜の中心に疑似太陽が出現し、辺りが真昼のように明るくなる。突如発生した強烈な日光に、闇夜に滞空していたハクリューたちの視界は真っ白に眩むだろう。その絶好の隙に狙い定め「竜穿」に攻撃の指示を出す。

「今だ!ドラゴンダイブで蹴散らせ!」

 俺の号令と共に「竜穿」は背中の推進装置から火を吹き上げながら空に浮かぶハクリューたちに突撃する。ドラゴンダイブのエネルギーを全身から放出させながら、双眸に映る獲物を殺気で威圧する。常軌を逸した肉体改造の末に手に入れたら必殺且つ神速の一撃は、並の野良ポケモン相手には過剰過ぎる攻撃である・・・・・・空から何かの肉片が飛散する。
 その光景を一部始終観測していた「白狼」からイエローカードが出た。

『今回の任務はあくまで幹部と総統の捕獲だ。言語能力を有するポケモンは不必要に殺すな』
「悪い。どうにもこいつは加減が難しくてな」
『次からは気を付けてくれ』
「努力はする・・・そんな余裕があればだな」

 別に今さら仕事を横取りした「白狼」に因縁をつけるわけではない。これでも気の知れた少ない同期の一人だ。言葉を濁す理由は単純、殺気立つ大群を相手に、小器用に上手く立ち回れる自信がないだけだ。
 俺たちの班を取り囲むように、多種多様なポケモンの群・・・百匹は有に越える大群が押し寄せてきているのだから。これじゃどこに幹部やら総統がいるかなんて分かったもんじゃない。

「大群の中心に幹部がいるぞ。五匹でまとまって動いているマニューラの内の一匹が幹部だ。絶体に殺すなよ」
「それって殺してもOKって前フリか?」
「ふざけているのか貴様?」
「悪い怒るなよ。善処はするさ」

 ・・・なんて言ったがどうしたものか。とりあえず応戦しなければ始まらない。こちらが繰り出したのは「玄地八領」に、イシツブテを乱射するサイボーグ化した改造ドサイドン「破城」、機関銃と大砲を融合させたマルマイン射出銃「雷の十字架」を四丁同時に武装する精鋭中の精鋭な改造カイリキー「爆撃鬼」、スプーンに仕込んだ改造メタモン「八百万」を自在に使いこなす白兵戦のプロフェッショナルな改造フーディン「奇術師」の四匹、それに加え滞空しながら眼下の獲物に狙いを定める「竜穿」もいる。

 攻撃の指示を出せば「破城」と「爆撃鬼」が同時にイシツブテとマルマインを有象無象の大群に向けて掃射する。それだけで雑魚なら一網打尽にできるが、そうは問屋が卸さない。
 アスファルトを突き破ってハガネールが強襲、爆発攻撃をものともしないで「爆撃鬼」を尻尾で凪ぎ払う。さらにナゲツケサルのグループが飛び出てきたかと思えば、「破城」が射出するイシツブテを爆発させる事なく軽々キャッチしてみせる神業を披露し、「破城」ではなく俺たち人間に投げ返してくる。
 やはりこちらの戦法を直ぐ様攻略してくるようだ。「竜穿」のドラゴンダイブにはピッピをぶつけて無効化。さらにピッピは指を振り、アスファルトを突き破りマグマの柱を無数に突き立てる大技「断崖の剣」を発動させやがる。
「玄地八領」がいなければ俺たちの方が一網打尽にされていた事だろう。
「奇術師」はスプーン の柄尻が上を向くように持ち換えると、スプーンの表面に仕込ませた「八百万」を変幻自在に蠢く蛇腹の刃に変身させて敵陣に切り込むが、ニダンギルを二匹装備した四刀流のカイリキーが「奇術師」たちの剣戟を強引に捌いて割り込んできた。
「奇術師」がサイコキネシスで反撃しようとすると、カイリキーの手からニダンギルが離れて襲い掛かり不発に終わる。
 それを良いことにカイリキーはニダンギルを再び手元に呼び寄せて、クルクル器用に回転させながら、こちらを挑発しているようだ。
 普通のカイリキーならこの時点で腕が絡まり、ニダンギルが頭部に突き刺さってそうだが、こいつは曲芸みたいな剣技を自在に使いこなしている。
 こちらの「爆撃鬼」も品種改良と訓練を繰り返して銃器を四丁同時に扱えるように仕込んだが、野良であんな事ができるカイリキーはまずいない。カイリキー界のエリートってか?
 他の班もポケモン軍団と交戦しているが、戦況はどこも予想外な拮抗状態にあるらしい。まったく余計な手間をかけさせる連中だ。

「慌てれば相手の思う壺だ!地力の違いを見せてやるぞ!」

 前線の隊員やポケモンたちを鼓舞する言葉をかけ、さらに切り札を惜しみ無く切る。

「玄地八領、お前の出番だ」

 俺が戦闘解禁の許可を与えると「玄地八領」は四足をどっしり踏みしめながら敵陣に進撃を始める。
 かかさず連中は一斉に「玄地八領」に攻撃を加えるが、その全てが「玄地八領」のボディを何重にも覆う不可視の防御壁によって尽く阻まれ、成すも術もなくコメットパンチの餌食になって吹き飛ばされる。
 人型の格闘タイプのポケモン・ダゲキとチャーレムが同時に飛び掛かり、鋭い手刀の一撃・瓦割りで防御壁を破壊しようとするが、何層にも重ねられた守りを全て破壊するには至らず返り討ちにされる。
 割れた防御壁は瞬く間に自動修復されるが、今度はその一点に狙いを定めたように、二対のコンクリート柱を自在に操る筋骨ポケモン・ローブシンがコンクリート柱を突き立ててきた。
 その一撃で「玄地八領」にダメージを与えられず、ローブシンもダゲキたち同様に軽くあしらわれるが・・・・・ローブシンの狙いは別にあり、自動的修復される多層の壁にコンクリート柱を紛れ込ませる事に成功した。
 するとポケモンたちはその一点を狙い定めて袋叩きを行う。ポケモンの大群が次々と入れ替わりながらコンクリート柱を「玄地八領」に打ち込むように攻撃してくるのだ。
 小賢しい。まったく舐められたものだ。その程度で攻略されてしまっては最強と謳われる切札は務まらない。
「玄地八領」は四本足を折り畳んで宙に浮かぶと勢いよく回転、そのまま敵陣に飛び込んで無慈悲な蹂躙を開始する。ああなっては一点突破は望めないだろう。敵わないないならガン無視を決め込むのも立派な戦術だと思う。しかし連中は無理に喧嘩を売り、怒らせてはいけない相手を怒らせてしまったのだ。
 他の武装携帯獣も噛ませ犬で終わるような玉ではない。 
「雷の十字架」が効かないと判るや否や「爆撃鬼」は得意な得物を投げ捨てると、ハガネールに肉弾戦を挑む。こいつの雛型である「轟」はδ因子により電気タイプの適合を得ているが、10万ボルトや雷といった電気を放出する特殊技は専門外であり、専ら体内の電気信号に干渉し、自分の肉体を100%以上の力を発揮して操る。2秒間に千発のパンチを繰り出せるカイリキーがである。
 ハガネールは再びアイアンテールで「爆撃鬼」を凪ぎ払おうとするが、それはどう考えても悪手だ。奇襲ならともかく真っ正面から来ると分かっていれば、鋼タイプの攻撃など容易く受け止められる。攻撃を受けきった「爆撃鬼」はハガネールの尾先をがっつり掴むと、そのまま強引に自らの体を回転させると力任せにジャイアントスイングを繰り出した。先程の倍返しと言わんばかりにポケモンの大群を薙ぎ払って殲滅する。
イシツブテの乱射を無効化された「破城」は相手を替えて自分の仕事とをこなし続ける。ナゲツケサルたちのグループがそこに割り込んでくるが、邪魔者は「竜穿」が排除する。
 当然向こう側もフェアリータイプをけしかけてドラゴンダイブを無効化してくるが、それならドラゴンダイブなんて使わなければいい。
 推進補助装置をフル稼働させた突撃は、ドラゴンダイブを掛け合わせなくても殺傷力は申し分なくある。
 周囲が圧倒されるなか、ニダンギルを得物にした四刀流のカイリキーは「奇術師」相手に善戦している。剣を振るったかと思えば手元から離れて追撃し、それに気をとられていれば別の剣戟、さらには銃弾の如き電光石火の拳骨が襲いかかる。
 怪力無双の四腕と意志を持つ魔剣の変幻自在なコンビネーションはタイプ相性をものともしない洗礼された戦闘技術と化しているようだ。
 しかし戦闘技術を張り合うなら「奇術師」以外にするべきだった。「奇術師」は手数で敵わないと分かるや否や、カイリキーとの距離をとりながら「八百万」の剣先を伸ばして切り裂こうとする。カイリキーはそれを当然のようにニダンギルで受け止めるが、受け止められた瞬間「八百万」は「奇術師」の手元から離れて、ニダンギルごとカイリキーたちを鎖になりきって捕縛する。
 笑わせるなと言わんばかりにカイリキーはその拘束を力任せに振りほどこうとするが、不意に全身に力が入らなくなる。背筋に巻き付いていた鎖の一部が鋭い刃に変化して突き立てられたのだ。

 身を預けた相棒を卑怯な方法で殺されたニダンギルたちは当然怒り狂い、激情に駆られて刀身を振り回すが、仇が視界に入ることなく、その単眼は生き物のように動く鋭利な刃物に潰されて、目の前が真っ暗になったようだ。地に伏した魔剣たちは二度と動かない。
 まともに戦えばこんなものだろう。戦局はこちらに傾いてきたが、連中は次から次へと臆することも逃げることもなく沸いて出てくる。
 雑魚ばかり相手にしてられない。今回は「暮れなずむ人狩りの会」の幹部や総統と呼ばれる連中の中枢を捕獲する事が目的なのだ。
 雑兵と一緒に一部の幹部は出張って来ているが、肝心の総統は集合住宅の一室のどこかに潜伏して姿を見せないでいる。
 そこは11階建ての建物で、内部は狭い共用廊下と無数の住居がひしめいており、迎撃する敵はどこからでも奇襲可能。「玄地八領」や「竜穿」のような大型ポケモンは狭さに囚われ戦い辛く、籠城戦にはうってつけの本丸だろう。
 わざわざ相手の土俵に立つことはない。潜伏しているならあぶり出してやればいい。

「「破城」「爆撃鬼」目の前の建物に撃ち込め」

 二匹の武装携帯獣は俺の指示に何の躊躇いもなく従い、イシツブテとマルマインを乱射する。
 止めどない連撃は爆炎と衝撃を解き放ち、集合住宅の壁を容易く破壊し、住居だった空間が晒しものとなり辺りに黒煙を撒き散らす。
 さらに寄せ餌で誘う。拘束具により自由を奪われたキリキザンをモンスターボールから出して晒し者にする。
 抗戦していたポケモン軍団の視線が一点に集まる。こいつは連中の幹部の一匹に数えられる有力者らしい。

『おぉ・・・!勇敢なる同士たちよ!俺には見えるぞ!堰堤に亀裂が走り決壊を引き起こす未来が!俺のことは構わないで見殺しにしてくれていい!俺の屍を越えて行け!そして悪しき人間とその奴隷共を殺して!殺して!殺しまくれ!この聖戦を制し、世界を水に流すのだ!我等は常ち総統と共にあり!恐れることなど何も(ry」

 少しでも口の拘束を解けば壊れたラジオのように、危なっかしさと安っぽさが同居したような思想を喧伝してくる。拘束具から電気ショックを流して、気絶したのかようやく静かになった。
 人間の言語を操る特異個体だが、こんなヤベー奴に人質としての価値があるのか正直分からない。しかし利用できるなら取り敢えず試してみるしかない。仕上げは拡声器を使って小っ恥ずかしい演説をする。 

「聴こえるか総統さん?大事な仲間たちが命を張ってるのに、お前は安全な場所にこそこそ隠れたままなのか?結局お前も他のポケモンを利用したいだけだろう?綺麗な御託を並べても俺たちと何ら変わらないぜ!同じだよ!同じ!いくら正義を気取ったところでやってることは俺たち人間様と変わらないなぁ!お前が受けるべき苦しみをいつまでこいつ等に肩代わりしてもらうつもりなんだ?おーい!!!」

 今どきこんな安っぽい挑発が総統に通用するとは思わない。しかし、姿を見せないカリスマの為に奮起するポケモン軍団はどうだろう?
 現実に立ち塞がる圧倒的な戦力差を前にして、どこまでカリスマの幻想を信じきる事ができる?武力だけでなく精神的に追い詰めれば集団はそのうち瓦解する。真実に抗う本物の理想主義者なら鍍金が剥がれる前に集団の指標となるべく出現するし、理想を騙るだけの詐欺師なら逃げ出すことも忘れて隠れるだけ、皆殺しにした後じっくり探してやる。

 一方的な戦いを繰り広げていると、思惑とは裏腹に嫌な奴等がやってきた。

「た、助けてくれ〜!」

 崩壊しつつある集合住宅の入口から数人の住民が飛び出てきたかと思えば、こちらに助けを求めて逃げ込んでくるのだ。ジジイやババアの他にカップルと思わしき男女や十歳にも満たないガキまでいる。
 それをやるか・・・・・残念ながら俺たちはポケモンマフィアだ。ポケモンだろうと人間だろうと身内以外は平等に扱う。

「分かってるなお前等?こんな馬鹿騒ぎのど真ん中に突撃してくる素人は異常だって・・・・・撃ち殺せ」

 俺の指示に従い、部下たちはアサルトライフルをこちらに接近する住民たちに向けて一斉掃射する。住民たちは断末魔を上げながら地面に倒れ伏す・・・・・・その手には包丁や鉄パイプが握られていた。
 この団地の住民はポケモンたちに洗脳されて様々な犯罪に手を染めており、こちらに助けを求めて近寄ってこようとも油断はできない。事後処理は面倒になってくるが脅威の芽は摘むに越したことはない。
 銃撃を受けて次々と住民が崩れ落ちる中に「あいつ」が現れた。何をするわけでもなく、銃弾をまともに食らって全身から血を流しているが、決して倒れ伏すことはなく立ち尽くしたまま、アスファルトに血の海を広げながら、こちらをじっと見据えている。
 鬱陶しい。言いたいことがあるなら直接言えばいいのに、まどろこしいヤツだ。相手にするほど暇ではない。銃撃を受けて息絶えたと思わしき住民たちの身に異変が起こったのだ。

「狂犬さん、あれ・・・・・ヤバイですよ」

 部下の一人が震えた声を出しながら指差す。その先には屍と化した住民たちが一斉に激しい痙攣を起こしながら、身体を不規則に変形させている。
 ゴボウみたいに痩せ細ったジジイは全身が肥大化し、腰の曲がったババアは背筋をすらりと伸ばし、カップルぽい男女は角と尻尾が生え、十歳にも満たないガキは頭が避けて頭蓋骨が剥き出しになり、さらにその頭蓋骨がおぞましく変形し出す。

「な、なんですかアレは?」
「ヤベーな。とりあえず化け物には違いない・・・白狼見えてるか?アレどうする?」
『ピーチならきっと欲しがる。捕獲できるならしてくれ』
「了解」

 人間だったそいつ等はみるみる内にポケモンの姿に変身する。ジジイがカビゴンでババアがサーナイト、カップルはニドキングとニドクイン、そしてガキはよりによってカラカラだ。
 人間のポケモン化、数世紀先を往く未来的な科学技術を追求する我等が組織すら実現できなかったタブー中のタブーをポケモンが先に実現させていたなんて想像もしていなかった。
 しかしだ。この戦場でそれがどうしたと言うのだ?人間がポケモンに変身したところで、この戦況をどう覆す?

「よし、てっとり早くサンプル回収だ」

 俺たちはポケモンに変身した人間相手に一斉にマスターボールを投げつけた。伝説級だろうと幻級だろうとポケモンならば問答無用で捕獲してしまうハズなのに・・・・・・連中は掌サイズの大きさのボールの中に収まる事はなかった。

「おいおいおいおい、どうなってやがる!?」
『ウヒョヒョヒョヒョ!その反応、いいね!驚いてくれたね!嬉しいから特別に種明かしをしよう。彼等はポケモンの習性を克服したんだ!』

 驚愕する俺たちの前に連中は突如姿を現した。
 筋骨隆々なカラマネロに、メガシンカした色違いの黒いサーナイト、青白い炎を全身から灯す真っ白なキュウコン、氷で巨大な体躯を造り出したオニゴーリ、四つ指の黒い巨大ゴースト、何の変鉄のないネイティオ・ムウマージ・ルカリオ・ヨノワール・ゾロアークが紛れ込んでいるかと思えば、イッシュ地方に言い伝えられる伝説の聖剣士コバルオン・テラキオン・ビリジオンまでいやがる!
「暮れなずむ人狩りの会」の主要メンバーが雁首揃えて姿を現したが、何か言い知れぬ胸騒ぎがする。この戦力差を前にして、なぜ見世物でも披露するかのような余裕な口振りでいられる?
 何より実際に対峙してみると余計に信じられない。「総統」と呼ばれる親玉は聖剣士の面々や異様な姿のカラマネロたちでもなく、とても集団を率いるようなヤツに見えない精霊ポケモン・ネイティオらしい。
 ネイティオは過去と未来を見通す力があると言い伝えられているが、自分が見た未来を変える為に自ら行動を起こすような事は決してしない徹底した傍観主義の種族で通っている。こっちの「天眼通」たちも監視役に徹するのみで、それ以上の事は絶対にしない。未来予知に特化した改造計画が浮上した事もあったが、ネイティオはどの個体も一貫して未来予知能力をさらなる技術に昇華・発展しようと言う意思や行動を見せる事がなかったぐらいだ。
「総統」は双眸でこちらをじっと見つめるだけ、奴の意思を代弁するように、マッシブに発達した触手のカラマネロは妙な笑い声を上げながら語り出す。

「ウヒョヒョヒョヒョ!モンスターボールに束縛されないポケモンの出現!それが台頭していけばどうなる?今まで使役していた下等生物が突然お手軽に封じ込められる事ができなくなれば!嘘で塗り固められた人間たちが醜い正体を現すだろう!しかもそのポケモンの正体が元人間だったと分かれば?最高の喜劇が幕を開けるぞ!」

 嗚呼やっぱりやべー奴等だ。
 自分達に泥酔している質の悪い連中だよ。
 こっちが何も喋らない事をいいことに勝手に怨嗟の声を連ねてくるが、酔っ払いのお喋りに真面目に付き合う事はない。

「勘違い野郎のポケモントレーナーは死ね!ポケモンマスターもくたばれ!何故お前たちは自ら戦わないで強くなった気でいる?ジムリーダー?四天王?チャンピオン?目糞鼻糞に違いがあるのか?ポケモンは本能が戦いを求めてる?凡てのポケモンがその都合の良い解釈に当てはまるのか?ポケモンバトルなんて娯楽化した奴隷の代理戦闘だろう?モンスターボールなんて壊れてしまえ!ポケモン預かりシステムも崩壊しろ!誘拐魔と監禁魔はあと何匹閉じ込めれば気が済む?個体値の厳選もクソ食らえ!どれだけ生れたての幼子を廃棄すればいい?夢の楽園のような牧場生活なんて嘘っぱちだ!卵が発見された?どこからか運んできた?笑わせるな破廉恥な変態共め!ポケパルレ?汚い手で触んな!人間に尻尾を振るポケモンも同罪だ!人間に隷属になる事に何の疑念も持たず、自分で考えることを放棄した能無し共め!強くなったと思い込んでるだけの木偶人形に誇りなんてものはあるのか?他人に飼い慣らされたペットの癖に?人間とポケモンは絆や友情を育んでいる?皆やっている当たり前の様式が当然になっているだけで、洗脳されている事に気がついていないだけなのだ!」

「言いたい事はそれだけか?悪いがお前達の思想なんてすこぶるどうでもいいんだ。抵抗するならしてくれていい、お前ら全員半殺しにして捕まえてやる」
「それはこっちの台詞だ。いつまでも支配者でいられると思うなよ人間?我々は勝利を確信してお前達の前に現れたのだ!沢山の同士が犠牲になったが、その尊い死が我々を支えてくれている!お前たちも目を背けていないで見つめ直すといい・・・・・・苦痛を!我々がいつまでも肩代わりしてくれるなんて思うなよ!」

 いきり立ちながら捲し立てる雄弁なカラマネロの後方で、沈黙し続けていた「総統」の双眸が青白く輝きだし、辺りに眩い閃光が走る。

 刹那、俺は激しい豪雨に押し潰されて動けないでいる。身動きすら許されない中、追い討ちをかけるように暴風が巻き起こり吹き飛ばされた。そのまま宙を舞い上がり、冷たい雨と共にアスファルトに激突した。
 視界が暗転したかと思えば、今度は豪雨が降り注ぐ空の中心に浮かんでいる。真下からは何かとてつもない速さでこちらに迫っ−−−
 再びは豪雨が降り注ぐ空の中心にいるが、今度は羽ばたいている。真下からは何かとてつもない速さでこちらに迫っ−−−
 三度豪雨が降り注ぐ空の中心にいるが、またもや羽ばたいている。回りにはハクリューやペリッパーが同じように宙を舞う。そして真下からは何かとてつもない速さでこちらに迫っ−−−
 いつまで続く!俺の意思とは関係なく俺は突撃している。あの「爆撃鬼」と「破城」に向かって、マルマインが飛んできて炸れーーー
 嗚呼、止めてくれ!止めてくれ!!止めてくれ!!!おびただしい数の苦痛の瞬間が視界を通して全身に流れ込んでくる!
 洗脳の類はアンチPSIヘルメットで防いでいるハズなのに!「玄地八領」の鉄腕に押し潰される。ハガネールに吹き飛ばされて、ハガネールに押し潰されて、「竜穿」に粉微塵に吹き飛ばされて、「奇術師」に串刺しにされて、俺たちに撃ち殺されて、水溜まりの底から暗闇が吹き上げて飲み込まれて、水溜まりの底から暗闇が吹き上げて飲み込まれて、水溜まりの底から暗闇が吹き上げて飲み込まれて水溜まりの底から暗闇が吹き上げて飲み込まれて、水溜まりの底から暗闇が吹き上げて飲み込まれて・・・



 トラックの荷台で戦況を監視していた「白狼」はモニターに飛んでもないモノが映り込み戦慄した。
 雨乞いにより辺りに出来た水溜まりの中からシンオウ地方の神話に伝わる伝説のポケモン、ギラティナが真っ黒な闇を噴き上げながら顕現したかと思えば、そこにいたポケモンと人間たちは一瞬にして消えてしまったのだ。
「天眼 」たちに辺りを探らせるがどこにもいないが、ふと一匹の「天眼」がアスファルトに出来た水溜まりに目をやると、そこには見たこともない「世界」が広がっていた。


続く