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  [No.4107] 大蔓主の住む森 投稿者:砂糖水   投稿日:2019/01/12(Sat) 19:57:00   93clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:モジャンボ】 【光宙法師

 最近になってのぞみ野と名を改め、真新しい住宅が並んでおりますこの土地は、かつて草木も碌に生えぬ荒野でありました。
 しかしその前。さらに時代を遡ると、それはそれは緑豊かな森が広がっていたのです。
 それは昔。人々がポケモンたちへの畏敬の念を忘れ始めた頃のお話です。

 豊かな森のほど近くには村が一つありました。
 ある日、一人の僧がその土地を訪れますと、何やら村人たちは大層困った様子で何事かを話し合っておりました。僧が如何したのかと声をかけると、村人たちは顔を見合わせて何か言葉を交わしました。やがて一人の村人が進み出て、事の次第を説明し始めたのでした。
 曰く、村の近くにある森の主が狂ってしまったというのです。なんでも、昔からこの村では森から恵を頂いて生活してきたのだと言います。それはもちろん、森の主の許しを得てのことであり、時には供物を捧げ、森の主とは長い間うまくやっていたのだということでありました。
 しかし近頃、村人が森へ足を踏み入れるだけで、森の主が襲ってくるのだというのです。あわや命を落とすところだったものもおりますが、けれど森へ入らねば日々の薪にも、食べるものにも事欠きます。
 それで村人たちは困り果てていたという話でした。
 僧は何か心当たりはないかとお尋ねになりましたが、村人は首を横に振りました。突然のことで何もわからず、さらには直接尋ねようにも、こちらの姿を見るだけで怒り狂い、襲ってくるので、どうしようもないということでした。
 そうして、村人たちはこんなことを頼んできたのでした。
 もしかしたら、森に何か異変があるのかもしれない。一度、森の主を森の外へと連れ出してはくれないだろうか。森の外へと出たなら、森の主も落ち着いて話ができるだろうし、それが叶わなくとも、森へ入って原因を調べることができるだろう、と。
 僧はその言葉にしばし考え込んだあと、相わかったと仰せになりました。
 その昔、僧というのは知恵者であり、さらにその中でも旅僧は優れた操り人、すなわち優秀なポケモントレーナーでもありました。
 人里を一歩でも離れますと、そこはもう人の世界ではございません。獣たちの世界を通るには、同じく獣の力を借りる他ないのです。故に長く旅を続ける旅僧ほど優れた操り人であることが多く、それを見込んで村人たちは僧に頼み事をしたのでした。

 さて、僧がそのまま一人で森へ入った時のことです。森へ入って幾許もしないうちに、僧は何か妙だと思い首を傾げました。
 森が静かすぎるのです。獣一匹おりません。もしかしたら森の主を恐れて皆、逃げ出したのかもしれませんが。
 しかし本当にそれだけだろうか。そんな疑問を抱えつつも、僧の足は止まることはなく、奥へ奥へと進み続けました。
 静かな森の中を進んでいきますと、やがて、おおう、おおうと唸り声のような人ならざる声が聞こえてきました。
 声のする方へ、奥へ奥へと進みますと、それはそれは大きな緑の蔓の山が蠢いておりました。どうやらこの蔓の山が声の主のようでありました。
 そう、そこにいたのは大蔓主(おおつるぬし)と呼ばれる、今で言うモジャンボでした。小屋ほどはあろうかという巨体を震わせ、大蔓主はまるで泣いているかのように声を上げ続けていました。
 けれど、それも束の間のことでした。すぐそこに僧がいることに気がつくと、大蔓主は耳を塞ぎたくなるような一際大きな金切り声を上げ、その蔓でできた腕を僧へと振り落としました。
 あわや、という時です。何処からか梔色(くちなしいろ、黄色のこと)の雷獣が現れますと、その尾で蔓を叩き落としました。
 僧は少しも慌てた様子もなく、大蔓主へと呼びかけました。
 何故(なにゆえ)人を襲うのだと。
 けれど大蔓主はそれに答えず、殺した、殺したと譫言(うわごと)のように繰り返すのみ。何を殺したと尋ねても、答えの代わりに返ってくるのは、無数の蔓だけでありました。
 僧は、なるほど確かに正気を失っているようだと思いました。幾度呼びかけてもまともに答えがないとなれば、一度力を削いで落ち着かせたいところです。
 しかし、森から力を得る大蔓主は強力無比の存在。振るわれる蔓を切り落としたとしても、瞬く間に蔓は蘇り、力を削ぐことは並大抵のことではありません。そうであるならば村人の言うとおり、森から一旦引き離し、その力を幾分か弱めることが必要です。
 雷の力は草の獣には効きづらく、まともに戦ってもこちらが不利なのもあり、僧は雷獣と共に駆け出しました。事前に、西に開けた場所があることを聞いていた僧は、そこへ大蔓主を誘導することにしました。
 とはいえ、ここは森の中。先ほども申し上げたように、森は大蔓主にとっては己に力を与え、また家も同然の勝手知ったる場所であるため、正気を失っていようともやすやすと動き回ることができます。しかし人間にとっては碌な道もなく足元も悪いですから、思うように走るのは中々難しい話でございました。
 おまけに大蔓主は容赦なく幾度も腕を振るっては、数多の蔓をしならせ襲いかかってくるのです。厄介なことに時折岩を飛ばしてくる上、さらには幾度かの後に突然大蔓主の動きが早くなり、また振るう力も増したように思われました。
 これらをいなしながらとなると、その苦労たるや筆舌に尽くしがたいもの。しかしながら、僧と雷獣は見事それを成し遂げたのでございます。
 襲いくる無数の蔓や岩を、雷獣は鋼鉄の如く硬くした尾や、あるいは雷撃で弾き返し、そうしてようよう森の外れまで辿り着きました。
 僧がちらと外へと目を向けますと、そこには村人たちが待ち受けていました。ええ、話をすると言っていたのですから、そこにいてもおかしくはありません。おかしくはありませんが、けれど僧は、おや、と思いました。
 いつ出てくるかわからない大蔓主を、わざわざ大勢で待ち受ける必要があるのでしょうか。待ちきれなかった、ということも考えられますが。それに何故だか大量の荷物があるように見えました。大蔓主に捧げる供物でありましょうか。いえ、供物というには何かがおかしいようにも思えました。
 そうは思いましたが、大蔓主が僧の後を追ってきているので、あまり長い間外に気を逸らしているわけにもいきません。また、奇妙だからといって、もはや止まることもできません。そのまま僧は森を飛び出しました。
 森の外は平地でしたので、先ほどまでと異なりとても走りやすく、あっという間に森から十分に離れることができました。そして傍らを走る雷獣が体勢を整えたのを横目で確認すると、僧はここで初めて、雷獣へ攻撃を命じました。
 雷獣は僧の言葉に答えるように、ばちばちと雷の力を纏わせ、身を翻したかと思うと、瞬く間に真正面から大蔓主に突進しました。
 無我夢中で僧たちを猛追していた大蔓主は、避けることも出来ずまともに雷獣とぶつかります。
 大蔓主と比べ小さな体躯の雷獣は無数の蔓に埋もれてその姿は隠れてしまい、まるで大蔓主に飲み込まれたかのように思われました。
 しかし、すぐに大きな音がしたかと思うと、大蔓主はたたらを踏んで二歩、三歩と後ずさり、そうして大きな体をぐらり、ぐらりと揺らします。
 寸の間の静寂の後。どう、という音と共に大蔓主は倒れました。
 雷獣はというと、たちどころに蔓の間から抜け出し、主人である僧の元へと戻ります。耳がひしゃげ、頭から血を流していた雷獣はふるり、と身を震わせるといつの間にかその姿を消していました。
 それを確認した僧はそのまま村人たちの元へと向かいます。
 ふと村人たちを見れば、幾人かが弓を持っており、そして、村人たちの背後には火が灯っているのが目に映りました。草の獣にとって大敵である火が、何故ここに。
 村人の幾人かが、何かを投げると、それは僧の背後へと飛んでいきました。ぷんと油の匂いがしたかと思うと、あ、と思う間もなく、ひゅんひゅんと何かが、ああ、火が、火矢が、飛んでいきました。僧が止める間などありませんでした。
 ぼう、と大蔓主は燃え上がりました。耳をつんざくような凄まじい悲鳴が響き渡りました。炎の勢いは時とともに増すばかりであり、そしてまた、大蔓主が暴れるものですから近づこうにもどうにもなりません。
 僧はすぐに火を消し止めるように怒鳴りましたが、村人たちは笑って首を横に振りました。やっと化け物を殺せるのに、何故消さねばならないのです、と。
 大蔓主は転げ回っています。そしてその途中途中で、叫んでいました。
 殺した! お前達が殺した! 返せ! 我が子を、一族を返せ!
 僧はそれで、森の中がやけに静かだった理由を悟りました。大蔓主以外の獣の姿がなかったのは、大蔓主を恐れて逃げ出しただけではないということです。
 やがて大蔓主は声を上げることも、動くこともなくなりました。
 大蔓主は死んだのです。
 人々は、僧を除く人間たちは、歓喜の声を上げました。
 何故このようなことを、と僧が村人の一人に詰め寄りますと、村人はこのように述べるのでした。

 昔から森からの恵みを得て暮らしてきた。大蔓主には感謝を捧げてきた。
 しかしこの数年、森から恵みを得ようとしても、大蔓主はだめだだめだと言って、思うように採らせてくれなくなった。村では人も増え、薪も食べ物も入用(いりよう)なのに。
 だからわからず屋の大蔓主の子である蔓の子を攫って脅した。けれどそれでも言うことを聞かないから、蔓の子を殺した。蔓の子は賢くなかったので、簡単におびき出せたから、幾度も幾度も、子を攫っては殺した。
 しまいには殺せる蔓の子もいなくなり、森に人が入るだけで、大蔓主が襲ってくるようになった。
 それで困っていたが、それも今日で終わり。これからは自由に採れる。

 それを聞いた僧は諦めたように、報いはすぐに来るだろう、と告げました。そうして、大蔓主のために経を読むと、あとはもう何も仰せになることはなく足早に去っていきました。

 さて、それからの数年は、森からの多くの恵みで村は潤いました。けれど、いつの頃からか薪も食べ物も手に入りにくくなりました。以前は少し探しただけで、どっさり手に入ったというのに。
 やがて、探しても探しても、思ったような量が得られなくなったのです。それで人々は、以前と同じ量を得るために森の中を歩き回りました。
 ふと気がつけば、森は姿を変えておりました。
 あれだけ生い茂っていた木々は、今や疎ら(まばら)にあるばかり。辛うじて残っている木も、実をつけることはほとんどありません。残っている木は枯れかけているものばかり。茸も見当たりません。草花も疎らです。獣の姿もありません。
 目に見える茸も野草も木の実も採り尽くし、食べるものがないからと木の皮さえも剥ぎ、薪に使える枝が落ちていないからと木を切り倒し、手当たり次第何でもかんでも採っていったからです。
 それで人々はようやく、自分たちが採りすぎたことに気がつきました。
 かつて森は大蔓主やその子らが世話をしていました。木を切ったあとには苗を植え、茸や野草や木の実も、採り尽くしてしまわぬよう、気を配っていました。
 人々は、そんな風に森を守り育てる大蔓主に感謝を捧げ、敬っていたのです。けれど、いつしか人々はそれを忘れてしまっていたのです。
 もしここで全ての人が己の行動を悔い、省みていたならば、あるいは違った未来もあったのかもしれません。しかし人々は恵みの減った森から全てがなくなってしまう前にと、我先に何もかもを奪い尽くし、ついには森は完全に失われたのです。
 森からの恵みを得られなくなった村から、人々は一人、また一人と姿を消し、そうして荒れ果てた土地だけが残りました。

 かつてここは荒れ果てた土地でありました。
 けれど、そのずっと前は、緑豊かな森がありました。森には大蔓主と、その子らが住み、近くに住む人々は森から恵みを得、大蔓主に感謝を捧げて暮らしておりました。
 それは、ずっとずっと昔のお話。


 さて、この話に限らず昔話ではよくポケモンが喋りますね。
 特に、古い古いお話ではその傾向が強く、人と変わらない扱いであることもしばしばあります。シンオウ地方では人もポケモンも同じ、という古い言い伝えが残っているほどです。
 しかしながら、時代が下るにつれ、ポケモンが喋ることは減っていきます。光宙法師のお話は、その過渡期に当たるとも言われ、この時代を境に言葉を使うポケモンのお話も一気に減っていきます。
 その辺りのことを頭に入れて昔話を聞くのも面白いかもしれません。
 ところで、各地を行脚していた光宙法師智史(こうちゅうほうし ちし)が連れていた雷獣に関しては、話によってその記述がまちまちなのも相まって、現在でも大変な議論の的となっています。
 一般に有名なのは、児童書の表紙にもなったピカチュウでしょう。
 このお話で雷獣が大蔓主に使った技は、スパークや、あるいはとっしんなどの技が考えられますが、もしピカチュウであったなら、ボルテッカーかもしれませんね。

 機会がありましたら、また光宙法師のお話をいたしましょう。


――
いえーい、何年ぶりでしょうか、光宙法師シリーズ第三弾です。
前のお話が2015年投稿ということで…ええ…(白目
本当は去年のうちに出そうと思ってたんだけどなー…(遠い目
昔、一粒万倍日スレに出したと思ったけど見つからなくて、おそらく以前、精神的にアレになって消したと思われる。
まあなので、いつ書き始めたかは定かではないんですけど、でもかなーり時間経っていると思われる。
書くの遅い…。
周回遅れになった挙句、ちょっぴりタイムリーになっている。
この話考えたときは鰻もそこまで話題になってなかったんですけどね…。
ていうかわりと軽い気持ちで書いてたんですよ。
ただ今回ちゃんと書くにあたって、厚みというかそういうのを出そうとした結果、まあこうなりましたよね。
ちなみに細かいとこつっこまれると大変厳しいので、大目に見てもらえると嬉しいです!

このシリーズ、地味ーに書いていきたい気持ちはあるのですが、いかんせんネタがないので、今回みたいに忘れた頃に突然出すことになりそうです。
もし書くなら、前回今回と人間が悪い!って話なので、次回は暴れるポケモンに困ったわ…みたいなの書きたいですね。
まあ予定は未定なんですけど!


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