[掲示板へもどる]
一括表示

  [No.4129] サイコロの欠けた角達:分かり易いバージョン 投稿者:まーむる   投稿日:2019/07/30(Tue) 00:09:24   46clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

1. 23番目に誕生したカイリキー:コブシと98番目に誕生したコジョンド:イワクダキ

「いけー! そこだー!」
「ああ、そうじゃないだろ! 今は腹を狙うべきだろ、腹を!」
『赤コーナー、中々攻めきれない! 必死に連打を浴びせるが青コーナーじっと耐えている!』
 怒声が、飛び交う。ポケモン達の様々な声を浴びながら、中央でニンゲンが二人、何の防具もつけずに裸同然のまま、戦っている。司会を務めるカイリキーのコブシは、喉が枯れそうな勢いでマイクを手に解説をしていた。
 みしみしとマイクは壊れそうで、その度に隣のコジョンド、イワクダキに窘められていた。
『おおっと、ここで青コーナー反撃だー! 連打の隙を突いてアッパーカットォォォオオオオッ!! ブツッ』
「あ」
 しかし、そんなイワクダキの窘めも空しく、その拳の中でマイクの柄がとうとう握り潰された。
「ほら、言わんこっちゃないよ。代わりは?」
「後二本あるぜ!」
「あんまり壊さないでよ。もう、取って来るの大変なんだから」
「分かった分かったって」
 コブシはマイクを取り出すと、ちょっともたつくもののスイッチを入れて、前を向く。
『大変失礼致しました、私、怪力なもので、マイクを握り潰してしまいました』
 毎度恒例となっているその言葉に、乾いた笑いが少し。逆に冷めたのを自覚しながら、コブシは前を向き直した。
『さて戦況はっ! おー、青コーナー! 赤コーナーを畳みかける! 戦闘力の差は推定200以上ある赤コーナーに青コーナー、王手を掛けているー!! 赤コーナー後が無いぞ!』
「赤―! お前に今日の晩飯掛けてるんだぞー!」
「青行け―! 赤をぶちのめせー!」
 次第に赤コーナーに対して、罵声が混じり始めた。
『青コーナー馬乗りになって赤コーナーを殴る殴る殴るー! これは赤コーナー、もう意識が無いぞ! 青コーナーの勝利だあああああっ!』
 歓声と罵声が混じる中、戦っていたニンゲンの二人は介添えによって舞台裏へと下がっていった。赤コーナーの歯は半分以上が欠けており、そしてそこまで殴り続けた青コーナーの拳も青ざめ、そして血に染まっていた。
『さてさて、今日の闘いも終わりです、皆さまお疲れさまでした!
 えー、次の日程は……』
 コブシは、マイクの頭を握って音が出ないようにしながら、隣のイワクダキにこっそりと聞いた。
「いつだっけ?」
「……貸しなさい」
「……すまん」
 コブシは頭をぽりぽりと掻きながら、そのままマイクを手渡した。
 コブシの手がマイクの頭から離れると、イワクダキがすらすらと話した。
『日程を忘れてしまったコブシに代わりまして、私、イワクダキがお伝えします。次の日程は、三日後となります。青、戦闘力推定820、対、新参となる黄の、戦闘力推定170との戦いとなります。
 どうか、お楽しみに』
『そこまで言う必要ないだろ!』
 コブシの叫びは、マイクを通して皆に伝わった。
 今度は皆が笑った。

2. 179番目と181番目のバンギラス:オナガとボスゴドラ:スイギン

「あー、負けちまった」
 バンギラスのオナガがクソッ、と地面に転がっていた石を踏み砕くと、隣を歩いていたボスゴドラのスイギンがニコニコと、オナガの肩を強く叩いた。
「じゃあ、今日の夜飯、お前持ちな」
「わーかったよ」
 はぁ、とため息を吐いて、今日の試合を思い出す。
「何か、今日の赤、途中から失速してたよな」
「そうだな〜」
 鼻歌混じりに言ったスイギンを、オナガは訝しんだ。
「……何か、知ってたのか?」
「まーな。前の闘いの時な、あいつ、膝を痛めたっぽいの見えたんだ」
「……だから青に駆けたのかお前」
「そういう事」
 畜生ッ、とオナガは歯ぎしりをした。それから、もう一度、今度は長く溜息を吐いた。
「……何戦勝ち続けたんだっけ? 赤の奴」
「五、六回位じゃなかったか?」
「そんなもんか。戦闘力1000越えって言っても、そう大した事無えな」
「ま、戦闘力は強さを示す値でもねえからな。面白がってコブシが言っているだけでさ」
「もう馴染んじゃったよな、それでも」
「そうだなー」
 コブシが言っている戦闘力、それはニンゲンの罪の重さを示していた。無邪気に強さを求めてサイコロを振り続けた罪の重さだ。
 闘技場から帰って来る雑踏に紛れて、オナガとスイギンは一つの店に入った。
「らっしゃーい」
 店主のウォーグル、シキサイがいつもの声で出迎え、オナガは言った。
「おっちゃん、いつもの二つー」
「わかったー」
 オナガとスイギンは広めのテーブルを選んで、ずん、とその体重を支えられる頑丈な椅子に座った。
「後、オレンさんの良い酒、今日はあるかー?」
 オナガはスイギンをジト目で見つめた。
「……俺が払うのは定食代だけだぞ」
「分かってるって」
「何かオレンの奴、新しいの試してみたとか言ってるのあるが、それで良いか―?」
「新しい奴?」
「スターの実が手に入ったからそれを酒にしてみたんだと」
「へぇ面白そうだ、頼むな」
「りょーかいー」
 はー、とオナガは青天井を見つめた。きらきらと光る星空は、雲一つない。
「お前、予定は?」
「明日と明後日は何もなーし」
「あー、ちくしょ、俺も酒飲みてえよ。俺は明日は哨戒の仕事だ。でも、俺も明後日は何も無いな、何かするか?」
「そうだな、良い情報があるんだ」
「ん?」
「オレンさんに弟子が出来たんだとさ」
 ツボツボであるオレンさんの仕事は、その身を活かした酒や薬作りだった。
「へえ。ちょっと珍しいのにな、居るもんなんだな」
 ツボツボ。その種族の長所と短所は尖り過ぎていて、バトルに使うニンゲンはそう多くない。
「そうだなー……今になってもな。でな、オレンさんによると、中々癖のある酒を造るらしいんだ。
 客に出して良いのかどうか迷うって言ってた」
「そりゃー、興味湧くな」
「じゃ、決まりな」
「りょーかい」
 シキサイが若干ふらふらとしながら、オナガとスイギンが頼んだ定食を持ってきた。
 岩石と鉱石、バンギラスとボスゴドラにとっての食物であるそれは、中々に質の良いものだった。
「おまちどお」
「よっしゃ」
 そう言って、オナガとスイギンは定食をばりぼりと食べ始めた。

3. 87番目のサーナイト:ハクギンと203番目のバクフーン:カザン

 月夜の下、負けた赤コーナーのニンゲンが切り株に座っていた。
 その肉体を、サーナイトであるハクギンが触って傷の度合いを確かめ、近くにはバクフーンのカザンが居た。
「赤さん、負けてしまいましたねー、あー、鼻も折れてますね。それに歯も数本折れてしまってますね。
 カザンー? 歯、探して持ってきてくれないー?」
「居るのか? どうせ捨てられるだろ」
「だとしても、見栄えも良くするのが私達の仕事じゃない」
「はいはい」
 体に付いた血などの汚れを丹念にふき取り、同時に傷の度合いを見ていく。
 時々、その赤さんと呼ばれたニンゲンは痛みを我慢するように歯を食いしばるのを、そのハクギンはしっかりと観察した。
 表面的に傷が無くとも、骨には罅が入っている事もある。肋骨が数本、それから膝にも傷があった。
 その赤さんが、何か聞いて来る。
「何で勝ったときは治療しなかった?」
 それを聞いたサーナイトは言った。
「ごめんねえ、私。そっちの言葉は理解出来ないのよ。……嘘だけど。でも、どうせ、私達の言葉、理解出来ないでしょ」
 そして、表情を抑えながら小さく続けた。
「まあ、そりゃ、貴方がやって来た事を思い返せば分かるでしょうに」
 ただ、ハクギンは、ニンゲンの言葉では答えを返さずに治療を始めた。
 特殊な力で罅の入った骨を繋ぎ直し、殴打されて痛んだ筋肉を、関節を癒していく。
 質問は、他にも飛んできた。赤さんは自身の傷を癒してくれるハクギンに対して、多少心を許しても良いのかもしれないと感じて、この時初めて口を開いていた。
 ただ、ハクギンはそのどれにも答える事は無かった。
 暫くすると、何も話さなくなった。
 カザンが戻って、聞いて来る。
「取り敢えずさ、二本だけみつかったんだけど、そもそも何本?」
「えーっと、一、二、三、四、五本だね」
「えー……後三本も?」
「まあ、見つからなければいいよ。時間までそんなに無いし」
「見栄え悪くならないか?」
「時間を守る方が大事」
「ああ、そう」
 ハクギンはカザンから受け取った歯を、じっくりと見て、それから赤さんの折れた歯の部分と照らし合わせて、そっと正しい場所に当てて、また先ほどと同じように治療した。
 折れた歯に触れようとする赤さんの手を、ハクギンは止めた。
「治療が滞るでしょうが」
 そう言って、二本目の歯も元通りに治した。
 それからもう一度、体全体をくまなく調べて、後は時間が来るか、カザンが戻って来るのが先か。
 背伸びをして、ハクギンは大体終わった、と呟いた。
 少し疲れたけど、まあ、これが私の仕事だ。私以外に出来る仲間も少ないし、慣れてしまえば楽だった。
 カザンがまた戻ってきて、手渡されたのは二本の歯。
「後一本見つからないや」
「んー、青さんが持ってっちゃったかな?」
 時計を見ると、もうそろそろ時間だった。
「でも、もう時間もないし、もういいや」
 歯をさっくりと治して。
「……あ、間違えちゃった。まあいいか。どうせ捨てられるんだし」
「おいおい……」
「くっついていれば良いのよ、くっついていれば。
 さ、赤さん、行きましょう?」
 にっこりとハクギンは微笑んだ。
 赤さんと呼ばれるニンゲンも立ち上がって、引っ張られるがままにハクギンに付いて行った。

4. 47番目のフーディン:王様と328番目のゲッコウガ:シノビ

 夜、辺りが暗くなろうともまだまだ賑わいを見せる中、歓声が遠くから聞こえて来た。
 聞こえる皆の喜びを、ひっそりと胸に受け止めながら、王様は耳を澄ました。
 歓声はその内自然とリズムに乗っていき、どん、どん、と誰かが作ったのか太鼓の音も聞こえて来た。
「……、ぃさ、えっさ、えぃさ、えっさ! えいさっ!」
 絶頂へと近づいていく、段々大きくなる掛け声。
 そして、同時に僅かに聞こえる声。
「やだっ、頼む、許してくれ! 誰か! 誰か! 嫌だ、死にたくない! 死にたくない! 許してくれ! もう二度とやらないから! 誓う! 誓うから! 誓うから! もう二度とポケモンに卵を産ませないから!! 頼むから!!」
「えっさっ!! えいさ!! えっさっ!! えいさ!! えっさっ!!! えいさ!!! えっさっ!!! えいさ!!!!」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 そして、一瞬の静寂の後に、今日、一番大きな歓声が聞こえた。
「今日も見事だー!」
「やったぜーっ!」
「ヒュー! ヒューッ!」
 興奮が落ち着いて来るまで耳を澄まし続け、それから目を開いて、休みを終えた。

 がやがやと続くその賑わいを聞きながら、この国を纏める王様であるハクギンは、本を開き直し、ペンを握った。
「支配権は神から与えられたとする絶対的な王政は、人民が権利とそして平等を求める力に逆らえなかった……」
「しかし完全なる平等は一方的な支配の元でしか実現せず、長くは続かなかった……」
 ぶつぶつと呟きながら紙に本の内容を纏めていく最中、その部屋の扉がキィ、と開いた。足音など全く聞こえなかったが、警戒する様子もなく、王様は前を向いた。
「……シノビか」
 ゲッコウガのシノビが、するりとその部屋に入って来た。
「調査部隊からの報告です。問題の建物がまた一つ、見つかりました」
「……そうか、また、か」
「また、ですね……」
「どこにある?」
「カントー地方、郊外ですが、最大の都市……タマムシシティとも近い距離にあります」
「構造は?」
「地下に埋まっている形です。カミナリが調べたので呼んでくれば、中の詳細もある程度分かるかと」
「明日の朝一番で呼んでくれ」
「了解です。他には?」
「……オナガとスイギンに声を掛けてくれ」
「という事は、その準備もしておいた方が?」
「頼む」
 バンギラスとボスゴドラという同じニンゲンに捨てられ、そして互いに支え合ってきて生きて来た巨体の二体には、互いの力を合わせる技があった。
「了解です。後は何かありますか?」
「……取り敢えず、無い」
「了解です。それでは、失礼します」
 扉は、ゆっくりと閉まった。

 はぁ、と王は握り直して時間の経っていないペンを置き、机に突っ伏した。
「……まだまだ、あるのか……」
 湧き上がって来るのは、無力感だった。
 皆が理想個体という完璧を追い求める時代は、終わった。終わらせた。しかし、やって来たのはその理想個体と言う完璧が裏で作られる時代だった。
 何故、どうして、そこまでして追い求めるのか。
 そんな疑問は、その完璧を壊す事に躍起になればなるほど理解が深まっていくようで、自分にすら嫌悪感を抱き始める。
 ……やるべき事は、まだまだ山積みだ。
 王は、その賢い頭を使って必死に国を守ってきた。孵化厳選の犠牲となった皆が安心して暮らせる、ポケモン達だけの国だ。
 敵であるニンゲンの事を知り、不幸な仲間を救って増やし、理想に向けて走り続け。
 ただ、必死に無視し続けてきた疲れは、次第に無視出来なくなってきていた。
 元から体力は無かった方だ。
「……けれど、まだ、休んではいけない」
 あるだけの力で、もう一度ペンを握った。
 隣の分厚い本のページをめくり、ざっと目を通していく。学ばなければいけない。敵であるニンゲンの積み重ねて来た数千年という歴史から、数多の失敗と成功から自分は学び、そして崩れない国を作り上げていかなければいけない。
 ……ただ。
 それが正しいのか? と心の声が呟く。
 国を作り上げる事が。必死に守って、戦っていくことが。それに皆を引っ張っていくことが。
 止まっていたペンを動かそうとして、けれどもう、今日は集中出来なさそうだった。
 もう一度息を吐き、外に出る。水で顔を洗い、明日やるべき事を考える。
 空を眺め、煙も立ち上る星空を見つめる。必死に逃げ惑い、空腹にうなされている時も、初めてこの手を汚し、決意した時も、とうとう王国を樹立した時も、そして今も変わらない星空。
 綺麗に見えた時は、そう多くない。
「潰さなくては」
 王はそう呟き、目を閉じた。

5. 65番目のガブリアス:ジェット

 シノビはまず、今日、一番盛り上がっている舞台へと足を運んだ。
 舞台の上では炎が苦手なジュカインのツルギが、今日も煙で涙目になりながらもその腕を振るっていた。
 今日敗北したニンゲンがそのツルギの手によって、綺麗に切り分けられ、焼かれ、煮られ、時に生のまま皆の口に入っていた。
「おお、シノビ。お前が居るって事は、……またか?」
 近くのテーブルに座っていたジェットが、ジューシーに焼かれたもも肉を頬張りながら聞いてきた。
「また、です」
 細身の体で、ため息を吐きながらシノビは言った。
 その近くでは、嫌気の差す顔をする者も、自らを奮い立たせる者も居た。
「ところで、オナガとスイギンを探しているのですが、どこに居るか知りませんか?」
 遠くから声が聞こえた。
「あー、シキサイさんの店に入っていくの見たよー」
「分かりました、ありがとうございます」
 シノビはぺこりと頭を下げて、歩いて行こうとして、一度呼び止められる。
「お前も少しはゆっくりしろよ? 根詰め過ぎて、倒れたら困るのこっちなんだからさ」
「それ、王様に言ってくれません?」
「だなー……」

 闇夜の中、ぼちぼちと灯の立つ店を傍目に見ながらそのシキサイの店へと歩いていく。
 視界に入り、店の近くまで来て、一旦足を止めた。
 オナガとスイギンの笑い声が聞こえてきた。
「でさー、持ち物も全て失ったそいつがなんて言ったと思う?」
「えぇー、なんていったのさぁあー」
「もうしません、だってさ! やってたことが駄目だってのに笑っちゃうよなー!」
「ふぇえー……ひどぉいねぇえ」
「……シキサイさん? スイギンさ、酒強い方だったよな? 一杯飲んだだけでこれって何なのさ」
「知らんぞ」
「これ、俺が担いで帰るパターンじゃねえの」
「よろしくねぇえええ」
「……」
 中を想像して少し笑い、しかし顔をしっかりと戻してから、店の中に入った。
 入ると、中に居たスイギンを除く、皆の顔が引き締まった。
「……らっしゃい」
「……また、か」
 何の為にシノビがここに来たのか誰もが分かっているようで、オナガは鬱屈そうに目線を逸らした。
「お願いします」
 はー、とオナガは溜息を吐きながらも言った。
「まあ、やるよ。俺達じゃないと出来ないからな。やるよな、スイギン?」
 スイギンはその巨体でじたばたとしながら叫んだ。
「ぼくあしたやすみーっ!」
「早くても明後日かと」
「あさってもやすみーっ!!」
「諦めてください」
「やだやだやだやだやだあああああああああああん!!!!」
 半ば侮蔑の目でシノビは、ボスゴドラの巨体で赤ん坊のように駄々を捏ねるスイギンを見た。その巨体が酔っ払って駄々を捏ねるものだから、色々と物が壊れていく。
 シノビはオナガに聞いた。
「…………だそうですが?」
 オナガは途轍もなくにっこりとした目で言った。
「ビデオカメラはあるか?」
 それを聞いた瞬間、シノビが腹を抱えて、大きく笑った。
「あっははははは、ははは、うふふふふ、ふふふふ、はぁ……はぁ……ええ、ありますあります。今すぐに持ってきますね」
 そうと決まれば、シノビは早かった。
 とん、とん、とゲッコウガ特有の身軽さで屋根を伝い、戻って来るまで数分と掛からなかった。

6. 563番目のレントラー:イナズマ

 遠くから、時々風に乗って潮の匂いが届いていた。
 集中と舞、そして気合と分身等、そんな様々な自身の能力を高める技をバトンタッチで全て身に受け継いだジェットの耳には、波音がはっきりと聞こえていた。
 とても、とても静かな夜だった。
 そんな暗闇の中でじっとしているのは、やはり小さい時の事を思い出してしまう。
 でも、心細くはない。今は、同じ境遇の皆が居るから。
 隣を見ると、ムスっとしたスイギンが居る。
「もう、二度と酒は飲まねえ」
「この前も言ってなかったっけ?」
「あったあった、この前は派手に物壊して、炎天下の中ずっと修理させられてたな」
「あの時のお前、肉でも置いておけば多分焼けた位に熱かったよな」
 小声で皆が笑う。
「うるせー」
 スイギンとオナガは、頑丈な荷台に乗せられていた。
 小声で皆、笑い話をしながらその時を待って。そして、唐突にハクギンが口を閉じ、何かに集中し始める。皆がそれに気付き、静かになる。
 ハクギンは、その胸の赤い突起に手を当てて、口を開いた。
「……来たわ。電子機器の無力化に成功したって」
「よし。じゃあ、行くか」
「ああ」
 ジェット。音速で駆けるガブリアスが国の皆が作った毒ガスを防げるマスクを被り、先陣を切った。次いで、沢山のガブリアスが駆けていく。
 数多に用意された、周到に、自然に隠されていた罠は、全ての能力を限界まで引き上げたそのガブリアスの音速飛行の前に、瞬く間に破壊された。
 その後を、コブシ達カイリキーが荷台を引っ張り、足の遅いスイギンとオナガを走ってその場所へと連れて行く。

○○○○○○
 二十一世紀初頭。ポケモンの六つの能力は、生まれつき三十二の段階で区分される事が判明した。
 その能力はまた、生物学を伴う計算式から導き出される確率によって、親から子に遺伝する事が後に発覚した。
●●●●●●

 全ての罠が作動し荒れた地面を、荷台をガタガタと言わせながら押し走るカイリキー。隣には、全てを見通す目を持つイナズマ、レントラーが居た。
 国の中では珍しいポケモンであった。

△△△△△△
 トレーナー達はこぞって強いポケモンを求めた。優秀な親と親を掛け合わせて、残酷な確率の中でより優秀な子を作り出す作業にペダルをこいだ。
 優秀な能力を持つポケモンは時に高価で取引され、時にそれを巡って殺人までもが起きる程だった。
 また、その確率から弾かれた者達は逃がされ、幼いままに親も無く、無情な自然の中で生き延びる事を課せられた。
▲▲▲▲▲▲

「ここだ!」
 イナズマが叫び、よろよろとしながらも、荷台からオナガとスイギンが降りた。
 そこには、黒い霧が立ち上っていた。能力の上昇を無効化してしまう、特殊な霧だった。
 しかしそれは、皆が作ったマスクでまた、無効化出来ていた。
 そのマスク越しに、天然のストローで口にジュースを含んだ。オレン特製の、疲労が一気に飛ぶ程の強い力を持った薬だった。
 飲み干すと、オナガは力強く言った。
「さて、やるか」
 スイギンも元気に応える。
「おう!」
 そしてオナガとスイギンは、同時に大きく四股を踏んだ。
 すると、ずん、と地面が鳴り響いた。
 そして、また同時に踏み鳴らす。
 踏み鳴らす度に、揺れは強くなっていく。それは次第に共振となり、二匹の作り出す揺れは乗算されるように、より激しさを増した。
 遠くの海も揺れ始め、地割れが至る所で引き起こされる。
 徐々に地面の下に隠された頑強な施設が、次第に姿を現しつつあった。

□□□□□□
 数年も経つと、強いトレーナーになる為の最低条件は、その残酷な確率を追い求める事になり果てていた。
 金を持つトレーナーは強いポケモンを買い、それを基に更なる強さを追い求めてペダルをこいだ。
 金を持たないトレーナーもそのお零れから強さを追い求めようとして、とにかくペダルをこいだ。
 結果、様々な生まれたばかりのポケモンが野に溢れ、そしてそのポケモン達は元々野生で生きるポケモン達にとっては、馳走でしかなかった。
 その中で運良く、必死に生き延びたポケモン達は、皆こぞって復讐を誓った。
■■■■■■

 電子制御されていた施設は、スーパーコンピュータ並の能力を持つメタグロスや様々なエスパータイプのポケモンの力と、ポリゴン達によって無力化されていた。
 そしてそうなってしまえば、どんな分厚い壁も、どんな罠も、どんな攻撃も、能力上昇の恩恵を最大限に受けた所謂厨ポケと呼ばれるようになったポケモン達の、統率の取れた力の前には及ばなかった。
 灼熱と絶対零度の波状攻撃によってあらゆる障壁は劣化し、そこに強大な力を叩きつけられて崩壊していく。
 施設の構造は前もって理解されており、そこで働いていた人間達は次々に捕らえられ、運ばれて行った。

♡♡♡♡♡♡
 その当時はユンゲラーだった王様は、そんな皆を纏め上げ、一つの勢力として作り上げた。
 自転車でひたすらに野を駆ける人間達を殺した所から始まり、一つのビジネスとして頭角を現し始めた育て屋を崩壊へと導いた。
 駆除と言う名の反撃を受ける事もあれど、王は、同じ目的を持った皆は諦めなかった。確率から外れたポケモン達は逃がすのではなく、殺処分する事が義務付けられた頃には、しかし復讐の炎を鎮火するには遅過ぎた。
♥♥♥♥♥♥

 そして、ジェット達は辿り着いた。今や非合法となった確率を追い求める事を、今でもそれを生業とする組織の中核に。
 ただ。
 その扉を開けた途端、怪しげな色をした煙が流れ出てきて、ジェット達は畜生! と叫んだ。それは、見るからに毒ガスだった。中から、物音はもう、一つもしなかった。
 怒りに任せて捕えた人間を掴み、中に入れようとするジェットをシノビが止めた。
「ここで殺すより、連れ帰った方が良いでしょう?」
「…………まーな」
 ここで単純に殺すよりも、見世物にした後、処刑し、皆で食べる方が。

☆☆☆☆☆☆
 王様は、滅ぼしたい程憎む人間達の事を調べ上げ、そして一つの事柄に辿り着いた。
 人間はその潤沢な生活の根幹、インフラを電子機器に頼りきって生活をしている事に。そして、そのインフラに干渉出来る沢山の仲間達……自分を含む強力なエスパータイプは電気タイプのポケモン、またポリゴンやロトムが居た。
 そして元々人を上回る知能を持てる者達も多く、学習のきっかけさえ掴めてしまえば、どこを、どうやって破壊すれば効率的なのか理解は早かった。
 もう、その気になれば都心のインフラさえも破壊する事が可能だった。
 ただ。
 人間達から自分達が一つの脅威と見做されても、まだ本気で怒らせてはいけないと王様は気付いていた。
 力を持とうが、仲間が増えようが、人間がキュウコンの寿命よりも長きに渡る年月で築き上げた社会、文明全てを敵に回せるとは全く思えなかった。
★★★★★★

 毒ガスが薄れた中、皆はその中へと入った。
 産むだけ産まされ続けたポケモン達がそこに、物言わぬ体となって倒れていた。
 しかし、その体の下には、卵が時々あった。
 それは奪われなかった、唯一の、最期の卵だった。その親達の顔は、無念と共に、強い祈りが籠められていた。
 どうか、幸せになりますように。どうか。
 時々動くその卵を、皆は丁寧に、丁寧に持ち帰った。そして、人間達も乱雑に持ち帰った。

♢♢♢♢♢♢
 王様は、地方都市の電気を、数日、数分間だけ停止させた。
 それだけで、損失に相当する金額は一般人が平均して稼ぐ生涯金額の何百、何千倍となった。
 それは脅しとして、とても有効に働いた。駆除する勢力が、一気に弱まった事が体感出来るほどだった。
 また、学びの最中に通信交換の影響も自在に発生させられるようになり、王様は進化してフーディンとなった。
 そして、王様は山奥を切り開いて小さく国を作った。
 国に攻めてくるような輩は、今はまだ、居ない。
♦♦♦♦♦♦

6. 1番目に誕生したニンゲン達

『さーて! 先日は皆様お疲れ様でした!
 本日も司会を務めますコブシが、罪に塗れたチャレンジャー達を紹介するぞ!
 青コーナー! 戦闘力推定820! フスベシティのドラゴン使い!
 黄コーナー! 戦闘力推定170! ミナモシティのとり使い!
 緑コーナー! 戦闘力推定……5780!! タマムシシティ外れの裏研究所の所長!!
 赤コーナー! …………せ、戦闘力不明!!!! 同研究所で、……排卵促進剤の研究に勤しんでいた、ブツッ』
『……失礼しました、はい。排卵促進剤の研究に勤しんでいた、研究者!
 今回はデスマッチとなります! 最後に立っていた一人以外が敗者です!
 それでは、それでは!』
 怒声が既にマイクで拡散される音よりも遥かに強く、飛び交っている。
 その中央に立つ、もう既にボロボロな、神経衰弱な大人達が、それでも目を不自然な程にぎらつかせていた。
 ハクギンが、陰で洗脳を続けていた。
『スタートォォォォオオオオオオオッッッッ!』