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  [No.4173] 明け色のチェイサー外伝 雨の日とエネココア 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/02/14(Sun) 22:28:47   8clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




 雨の日になると、温かいエネココアが飲みたくなる。


 お客さんの少ない時間帯、カフェのカウンターテーブルを拭きながらそんなことを思う。
 正確には、思い返す、なんだけどね。
 あたしの仕事の相棒でパートナーのミミッキュも、同じことを思い返していたようで、じっとエネココアのパウダーの入った容器を眺めている。

 「掃除、一区切りしたらいただこうね、エネココア」
 
 あたしの提案を聞き、張り切ってちり取りを再開するミミッキュを横目に見つつ、自分も拭き掃除に戻る。けれどガラスに映る自分の姿を見て、ミミッキュには悪いけどまた思い出に浸ってしまっていた。

 それはあたしがまだ彼と、トウと今の関係になるだいぶ前の思い出。
 その日も、こんな風に冷たい雨が降っていた。


 ● ■ ● ■ ●


 当時のあたしは、ピカチュウの化けの皮を被ったミミッキュと、ウェイトレスの恰好をした自分が似ているなと思ってしまっていた。ウェイトレスのかわいい制服から着替えた、素の自分に自信がない……臆病なところも含めて似た者同士だなと勝手に思っていた。

「そんなことない、ココチヨさんかわいいって。そこまで言うならヘアアレンジ挑戦してみない? あとせっかくだし、うちの下の階の仕立屋で仕立ててもらったらどう?」

 月に一度の散髪中、ユーリィさん(私より年下なのに、美容師として店を切り盛りする凄くておしゃれな女の子)はそう言ってくれる。

「いや、遠慮しておくね、あたしにウェイトレス服以外に可愛いのとか、似合わないし……」

 逃げようとするあたしに、目つきを鋭くするユーリィさん。ユーリィさん普段はかわいいんだけど、睨んだ顔怖いって! ミミッキュに助けを求めようとするも、ミミッキュも背筋が凍り付いたようにピンとしている……!
 あたしたちがビビっているのを見たユーリィさんはハッとして、眉間のしわを緩める。
 彼女の手持ちのニンフィア(超かわいい子)も申し訳なさそうにリボン状の触手で頭を撫でてくれる。片手で頭を抱えたユーリィさんは、手の影からこちらを申し訳なさそうに覗きつつも……引き下がらない。

「……そう言わずに挑戦、してみない?」

 ニンフィアが「めっ」という軽く責めるような表情を彼女に見せる。流石にニンフィアにも言われると、渋々、本当に渋々と引き下がろうとした。顔に見せないようにしても隠し切れずにしょんぼりしているユーリィさんを見て、私は捻くれつつもため息を吐く。

「……一回だけならいいけど」

 その小さいつぶやきに、彼女とニンフィアは優しい表情を浮かべた。

「……その勇気ある一歩は、大きい一歩だよ。おいで」
「え、ま、ちょっ!」

 ニンフィアのリボンがあたしとミミッキュの手を引っ張る。そのまま一階の仕立屋さんへと降りていくこととなった。


 ● ■ ● ■ ●


 いつも通り過ぎるだけの一階の仕立屋のチギヨさん(ユーリィさんの幼馴染の男の子。仕立屋で男の子ってのも珍しい気もする)にユーリィさんは臆せず声をかける。

「チギヨ、お客さんよ。可愛くしてあげなさい」
「おう、任せとけ! どちらさんを……って、ああ。ようやく来てくれたんだな。お姉さん!」
「ど、どうもー」

 シッポのような後ろで結んだ髪を揺らしながら笑顔で話しかけてくるチギヨさんに緊張していると、彼の手持ちだと思うクルマユ(めちゃめちゃかわいい)と目が合った。
 ユーリィさんがチギヨさんにざっくりと経緯を伝える。
 それからチギヨさんは、あたしに質問をした。

「お姉さん……ココチヨさんは、可愛く見られたい。だから可愛い服が着たい。それでいいんだな?」
「……ちょっと、違うかもしれないわ。例えばピカチュウみたいに可愛い服を着たって、あたしには似合わない……と思う。でも、私服で可愛く見てもらいたい、けど可愛い服を着こなす自信がないの」
「可愛い服を着こなす自信がない、ねえ……ココチヨさんはミミッキュ、可愛いと思うか? 外側から見て、で」
「可愛いわよ」
「似合っているとは?」
「個人的には、似合っていると思う」
「……そうかい。でもそのミミッキュの布って、ピカチュウの擬態だよな。別に、ほかの選択肢もあったはずだ。ぶっちゃけ一般的に可愛いと言われやすいピカチュウじゃなくてもいいよな。でもミミッキュはピカチュウを選んでいる。それって可愛く見られたくて可愛い服着るのと、その上自分に合うように着こなしているのと何が違うんだい?」

 ミミッキュと目が合う。ミミッキュはじっとあたしを見上げていた。
 今のあたしには、チギヨさんの問いかけを否定できなかった。正直、恥ずかしい。そしてミミッキュに申し訳なく思ってもいた。

(自信がなくて挑戦すらしていないあたしより、ミミッキュの方が、頑張っているじゃない……)

 チギヨさんは、さらにあたしにはっぱをかける。

「ココチヨさんには、可愛いって言わせたい相手はいるかい?」
「……いるわ。でも、いままで背伸びしても、言ってもらえなかった相手がいるわ」
「なら、そいつの目が節穴か、そいつの口がとても口下手なだけだ。手段は選ばなくていい」
「チギヨ、さん……」
「着飾って可愛くなることが悪いことだったら、俺は悲しいからな」

 ユーリィさんとチギヨさんが横目を合わせて、うなずく。

「俺とユーリィに任せろ。ココチヨさんらしく、可愛くしてやる」
「ココチヨさんの勇気に、必ず応えて見せるから」

 ニンフィアとクルマユ、そしてミミッキュもあたしを応援してくれていた。
 初めは一歩のつもりだった気持ちが、もうちょっと走ってみようという思いにかわっていた。
 まるで、魔法のようだなと思った。


 ● ■ ● ■ ●


 チギヨさんもココチヨさんも、いろいろオススメしてくれたけど、最後は全部あたしに決めさせてくれた。あたしの好きなものを、うまく組み合わせて似合うようにしてくれた。
 正直、みんなに言ってもらえたけど、自分でも似合うと思える仕上がりだった。
 あたしは勇気を出して、その節穴で口下手な幼馴染にその姿を見せに行った。

 波導使いの修行中の幼馴染、トウ。彼は修業を始めてから普段は目隠しをしている。
 波導の気、とかが目隠ししてても見える、らしく目で見てなくても誰が近づいたとか分かるみたいだ。
 今までも目隠しを取った状態で何回か見てもらったことはあった。彼のポケモンのルカリオは尻尾を振って笑顔を見せてくれるものの、トウ本人はいつも「よくわからないが、似合っているんじゃないか?」で済まされてきた。思えばあたしが自信を失ったのはトウのせいなんじゃとも思いかけたけど、今はぐっとこらえる。

「トウ!」
「……ココ、か。どうした?」
「目隠し取って、あたしを見てほしいの!」

 すでにあたしを目視しているルカリオはめっちゃ目を輝かせてくれている。これは、行けるか?
 心臓の音が高鳴る。彼が目隠しをしてあたしを見る。目を細めて、まじまじと見られる。顔のほてりが自覚できるほど、緊張する。

 そして、トウは言った。
「俺にはファッションはよくわからないが、似合っていると思う」と。

「……それだけええ?」

 かけすぎた期待の反動でぼろ、ぼろ、と熱くてしょっぱいものがあふれ出てくる。ミミッキュが怒ってトウにとびかかった。

「ばか!! もう知らない!!! くたばれ!!!」

 だいぶオブラートに包んだ理不尽な罵倒を浴びせ、あたしはたまらずその場から駆け出して逃げた。


 ● ■ ● ■ ●


 走って、走って、走って。空から冷たい雨が降り出した。街の外れの方まできたうっそうとした緑の中。なんとか雨よけになるような場所を見つけ出してそこで雨宿りした。
 体育座りをして冷たい雨をただひたすら眺め続ける。しばらく頭と心と顔を冷やしていたあと、それでもやっぱり悔しさがこみあげてつぶやく。

「トウのばか」
「ばかですまない……ココ」
「?!」

 返事が返ってきたことに驚いていると、「波導を追ってきたからすぐ見つけられた」と傘をさして、もう一本の傘を持って頭にミミッキュを乗せたトウが隣に座った。ルカリオはボールの中。目隠しはしていない。「目隠しはミミッキュに没収された」と本人は言っていた。
 仏頂面で黙り込むあたしに、トウは保温のできる水筒に温かい飲み物を注いで差し出した。匂いですぐエネココアだとわかった。
 そのエネココアはとても甘くてえおいしかった。でもなんかちょっとだけしょっぱくも感じた。

「しかし、せっかくの……その、可愛い顔がぐしゃぐしゃだな」
「誰のせいで……って、今。なんて、なんで?」
「俺は……波導が見えすぎるんだ。だから、目隠しを外すと波導の流れと現実の姿が重なって見えてはっきりとよく見えないんだ……」
「え……そう、だったんだ……それじゃ顔も、格好もわからないんじゃないの……?」
「気合いを入れてよく見ればわかる。いつもと見違えるくらい、頑張っておしゃれしているぐらいは、わかる」

 まったく見てくれていなかったわけじゃなかった。そのことが分かっただけで、報われた気がした。
 熱い顔を曲げた膝の上に乗せながら、尋ねる。
 今日はとっくに壊れているアクセルをもうちょっとだけ、踏み込んでもう一歩、踏み出す。

「今日のあたし、可愛かった?」
「いつもだが。いつもより可愛かった」
「そう……ありがと」

 その直後……トウの頭上のミミッキュがバシバシと彼の頭を叩いていたのを見て、私は思わず笑ってしまった。


 〇 □ 〇 □ 〇


 カフェの掃除が終わってミミッキュとエネココアを飲んでいると、トウとルカリオがやってきた。傘を傘立てに入れてカウンター席に座る彼らは注文をする。

「のどが渇いた……飲み物をくれココ」

「またお冷で済ますつもり?」と半分茶化すと、意外な返答があった。

「いや、今日はエネココアをいただこう」
「…………」
「こう冷える日にはエネココアに限る」
「あはは、そうね」

 あたしにつられてみんな笑う。そんな晴れやかな雨の日だった。

 あたしはトウとルカリオに出すエネココアの隣に、そっとチョコレートを乗せたミニバスケットを置いた。
 それを彼は、目隠しを外してまじまじと眺めていた。



あとがき

カフェ【エナジー】のウェイトレス、ココチヨさんの外伝でした。


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