[掲示板へもどる]
一括表示

  [No.4185] 【明け色のチェイサー×ポケットモンスターSoul Divide コラボ小説企画】 獄炎の恐怖、万緑の憎悪 投稿者:伊崎つりざお   投稿日:2022/02/21(Mon) 16:14:03   11clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

※本作品は、空色代吉さんの「明け色のチェイサー」及び、私・伊崎つりざおの「ポケットモンスターSoul Divide」のクロスオーバー作品となります。
※時間軸は明け色のチェイサーが12話〜15話。SDが本編開始以前となります。
※ただしSDは12章までの情報が登場します。未読の方は注意してください。





イジョウナ地方、フウジジム内にて。
バベル教団司教、クランガはモニター越しに何者かと会話を交わす。
「いやいや、ご協力感謝ッスよ。〈スバル〉所長のレインさん!」
「……それは表向きの肩書ですよ。今は〈ダスク〉の人間です。それに此方は、眠っていたプログラムをそちらに提供しただけです。」
応答していたのは〈スバル〉所長……兼、〈ダスク〉主要メンバーのレイン。
「いやいや何を言うんスか!あれだけの技術、流石としか言いようがないッスよ。お陰で完成したんスからね……そう、『ユニオンルーム・ディープエリア』がッ!!」

『ユニオンルーム・ディープエリア』とは、バベル教団とダスクが共同開発した独自の通信システムだ。
交換や対戦など、世界各国の様々なトレーナーが交流を行うための仮想空間『ユニオンルーム』。
そのユニオンルームとは全く別のサーバーに依存し、各地方の通信検知に引っかかることもない。
誰にも気づかれることなく秘密裏に展開される、まさに裏の仮想空間……というわけだ。

「まぁ……今はイジョウナ地方とヒンメル地方の一部地域でしか使えませんがね。いずれはもっと広大に展開したいものです。」
「えぇ、そりゃ勿論ッスよ。まぁ……今はあくまでプロトタイプっつーことで!」
そう、この2つの裏組織が手を組んだのには、明白な理由があった。

レイン所長の居る〈ダスク〉側は、レンタルポケモンシステムの良質な訓練場を〈エレメンツ〉管轄外に確保するため。
クランガの居るバベル教団側は、『凍雪の秘鍵』の適合者を効率的にマッチングするため。
こうして互いの目的のための過程が一致した彼らは、手を組むこととなったわけである。

このシステムが発展すれば、いずれは互いの組織にとって強力なツールとなりうる。

「んで、そっちの人員はどうッスか?ウチからは頼れるトレーナーを送ったんスが……」
「問題ありません。此方からも、腕は確かな方を選ばせて頂きました。」
こうして今、彼らの監視下にて……ユニオンルーム・ディープエリアの試運転が始まろうとしていた。





ーーーーー「……此処が、仮想の世界か。」
無機質な白い床と、宇宙のごとく無限に広がる夜空……まだ未完成な関係で、酷く殺風景な風景。
周囲を見渡しつつ歩を進めていくエンビは、どこか退屈そうな様子である。
……が、だからこそ。
すぐに目的の人物と接見することが出来た。

「……貴様か。〈ダスク〉代表のソテツという人物は。」
「あぁ、如何にもオイラが〈ダスク〉所属のソテツだ。」
緑髪にヘアバンドを巻いた男・ソテツは、〈ダスク〉の部分を少し強調して伝える。
小柄な体躯ではある……が、その表情を見た瞬間。

エンビは察知した。
「……貴様、トレーナーだな。それも、相当の凄腕ッ……!」
「……へぇ、分かるんだ。流石だな、元チャンピオン。」
事実、このソテツという男はヒンメル地方の自警団〈エレメンツ〉の中でもトップクラスの実力の持ち主であった男だ。
その腕を持って、闇隠し事件で荒れ気味のヒンメル地方を守ってきた経歴がある。

対するエンビも、数年前にイジョウナ地方のリーグにて頂点に立った男である。
即ち彼らは……奇しくも互いに『最強』の名を背負う者同士なのだ。

「驚いたな……貴様はどうにも悪人には見えない。加えて指折りの実力者………が、〈ダスク〉という組織の手駒として此処に来た。何か訳アリか?」
「そういう君こそ。元チャンピオンが、なんだってそんな怪しい宗教団体に居るのさ。」
互いのその発言は、心の地雷を踏み抜くには十分過ぎる一言であった。
特にアサヒとの一件を経た直後のソテツには、尚更だ。
最も……その背景は、互いの組織のエンジニアたちから概要を聞かされていたのだが。

「……ま、同じ穴の何とやらって奴だろう。俺らは互いに、何か辛いことから逃げている。」
そう……エンビは二度、大切な誰かを救えなかった過ちから。
ソテツはアサヒを振り回してしまった弱い自分から……共に逃げていたのだ。
「……さて、どうだか。少なくとも……君と一緒にはされたくないかな。」
無論、ソテツ側にそんなシンパシーを認めるつもりは毛頭ない。
両者の間に流れるひりついた空気は、いよいよ本格的に加熱する。

「んで……時にソテツとやら。今回はこの仮想空間の試運転だったな。そして俺たちはポケモントレーナーだ。」
「あぁ、そして今こうして目を併せている。……加えてオイラは、お前が死ぬほど気に入らない。だったらやることは一つだ……!」
そう言いつつ、彼らは互いに距離を取る。
その間合い、約30m……つまり、ポケモンバトルの間合いである。

「……君、敗北を知りたいそうじゃないか。だったら教えてやるよッ……!」
「あぁ。だがそれは貴様じゃない……それだけは確かだな……!」
既にソテツもエンビも、苛立ちは最高潮に達していた。


ーーーーー「あちゃー……最悪なファーストコンタクトだこりゃ!どうしてこう言葉を選ぶセンスが無いんだ、ウチのエンビさんは!!」
「いや……此方もお伝えし忘れていました。彼は今、とてもセンシティブでして……」
険悪な空気の中で始まろうとしていたバトルに、監視していた2人は頭を抱える。
……果たして、この勝負の行方はどうなるのか。



ーーーーー「ここならフィールドの破損も気にしなくていい……行け!フシギバナッ!!」
「行って来い、ファイヤー!」
呼び出されたのは、フシギバナとファイヤー(ガラルのすがた)……互いの最も手慣れたポケモンだ。
無論、この人選は……相手を本気で叩き潰そうとするが故のものだ。

「吹きとばせッ、『ぼうふう』だッ!」
先に攻撃を仕掛けたのはエンビの方。
ファイヤーの羽ばたきが、凄まじい旋風を数束巻き起こし、フシギバナを容赦なく飲み込もうとする。
「愚直だねぇ!『だいちのちから』で応戦しろッ!!」
直後、ソテツのフシギバナが繰り出したのは『だいちのちから』……地殻を融解させ、地下のマントルを噴射する攻撃だ。


ーーーーー「ふむ……『本来その場に存在しない物質の再現』は出来ているようですね。地下を使う系統の攻撃は滞りなく行えそうです。」
「流石はレイン所長!しかし……ソテツさん、この技のチョイスは一体どういう判断で……?」

ーーーーー高密度の液体にヒットした風は、その場で弾けて消える。
周囲には、マントルが水滴となって飛び散った。
本来であればこのマントルの雨は、恐るべき防御手段と化す。
……が、相手が悪かった。

「正気かソテツ……『だいちのちから』はひこうタイプのファイヤーには無効だッ!!」
タイプ相性の関係でじめん技が効かないファイヤーは、そんな防壁などお構いなしに飛び込んでくる。
相手の死角から、『ふいうち』による一撃を決めようと突っ込んできたのだ。

強烈なキック攻撃が、見事にフシギバナの顔面を上空から叩きつける。
エンビの想定通り、攻撃がうまくヒットした瞬間であった。
怯んだフシギバナの元へ、更にエンビは容赦なく攻撃の指示を加える。
「追撃だッ!『ふいうち』ッ!!」
更に脳天を叩きつけるように、もう片方の脚が衝撃を加えていく。


……しかし、妙だ。
仮にも〈エレメンツ〉五属性の一角を担っていた男が、その程度のことも知らないわけがない。
『だいちのちから』の
加えてあまりに一方的すぎる展開……エンビの想定通りに事が運びすぎている。

「いやぁ、鋭い攻撃。加えて全く無駄のない、流れるような動きだ。最も……その短慮さで全部台無しだけどね!」
「ッ……!?」
エンビは驚愕する。
それもその筈……あれだけの攻撃を受けても尚、フシギバナは平然と立っていたのだから……!

「馬鹿なっ……!?致命傷を与えたはずだぞッ……!?」
「まぁ落ち着きなよ。自分のポケモンに目を向けなって。」
「ッ………!?」
ふとファイヤーの方へと視線を向けるエンビ。
なんと彼は……全身に紫色の傷を負っていたのだ。

「『もうどく』状態だと……!?ッ、そうか!!あの『だいちのちから』に……!」
「あぁ、『どくどく』を混ぜた。自ら突っ込んでくれるお陰で、とても当てやすかったよ。」
そう……『だいちのちから』はあくまでもブラフ。
本命は、『どくどく』をファイヤーに食らわせる事にあったのだ。
『もうどく』を罹患したファイヤーは、その身体能力を大きく削ぎ落とされる。
故に形だけは完璧に決まった『ふいうち』も、威力が足りずに十全なダメージを出せなかったのだ。

「どうにも君は、視界が狭くなりやすいようだね。バトルだけの話じゃなく、人としても……ッ!!」
こんなときにすら、『師匠』としての老婆心を隠せないソテツ。
……が、それが逆にエンビの神経を逆撫でした。
「ッ……ほざけッ!『ふいうち』ッ!!」
全身からエネルギーを放出し、頭から突進していくファイヤー。
……が、その直撃はあまりにも愚直がすぎた。

「『つるのムチ』だッ!!捕らえろッ!!」
直線で突進していったファイヤーは、フシギバナから伸びた2本のツルに絡め取られてしまった。
その身体が届く前に、止められたのである。

「しまった……!」
「そのままブン回せッ!!」
捕えただけに飽き足らず、フシギバナはファイヤーを円形に振り回す。
生み出される圧倒的な横向きのGが、ファイヤーを襲う。

「っ……!『ふいうち』だっ!離脱しろッ!!」
「無駄だよ……今、ファイヤーに君の指示は届かないッ!!」
「ッ……!!」
ソテツの言う通り……ファイヤーは今、ほとんどの感覚を奪われている。
というのもこの回転こそが……『もうどく』の症状をより凶悪にさせているからだ。


ーーーーー「いやはやソテツさん……エッグい戦い方っすねぇ!」
「えぇ。『もうどく』を浴びせた相手を、水平回転で遠心分離。身体の毒は中心から最も遠い場所……即ち、脳天に集中する。まさに合理的な戦い方です。」
そう、これはバターの製法と同じ原理だ。
最も大切な器官に毒を集中させることで、ポケモンそのものの判断力を低下させているのだ。
これでは如何にトレーナーが指示を出せど、ファイヤーは思うように動けないのだ。


ーーーーー「どうかなエンビくん。2度もオイラの罠に引っかかった感想は。」
「………。」
ニヤリと笑うソテツ。
黙って唇を噛むエンビ。
ファイヤーは闇雲に藻掻くが、不調な身体で相手の拘束を解けるわけもない。
一方のフシギバナは、『もうどく』が相手を蝕むまで回転を続けていればいいのである。
まさに勝負はついたようなものだ。


……と、思われたその時。
「ッそこだファイヤーッ!『うっぷんばらし』ッ!!!」
なんとファイヤーの回転が、急速に止まる。
そして絡まれていたツルに力を込めると……なんと逆に、そこからフシギバナを空中へ放り投げてしまったのだ。

「チッ……!『ぎゃくじょう』か……思ったよりも速い!!」
そのギミックを見抜くソテツ。
そう……『ぎゃくじょう』は体力が低下すると、突如として身体能力が底上げされる特性だ。
その特性が起動される瞬間に、逆境で身体が強化される『うっぷんばらし』を重ねることで、フシギバナの巨体をも持ち上げる怪力を生み出したのである。

「その身体で宙を踊ればもう動けまいッ!トドメだファイヤー、『もえあがるいかり』で焼き尽くせッ!!」
投げ飛ばされたフシギバナに向かって、黒色のブレスを吐きつけるファイヤー。
長い時間窮地に陥っていたことで、その威力は恐ろしいほどに増大していた。

……が、ソテツ側も負けていない。
なんと投げ飛ばされたフシギバナは、空中で姿勢を整えてすぐにファイヤーの方へと向き直ったのだ。
「生憎、空中戦は得意でね……受け身は寝てても取れるように教えこんであるのさッ!!」
加えてその表情は鬼気迫るもの……既に『しんりょく』を起動し、修羅の領域に突入していた。

「全力で放てッ……『はっぱカッター』だっ!!」
そして背中から飛び出すのは、突き刺す勢いの鋭い無数の葉。
最早それは、バルカン砲にも等しい火力の攻撃であった。

『はっぱカッター』と『もえあがるいかり』は空中で衝突。
そのまま大きな爆発を叩き起こし、互いのポケモンを吹き飛ばした。
体力の残り僅かだった2匹はその場で倒れ……勝負は引き分けに終わった。

「ふーん……ミスをリカバリーする技術は素晴らしいな。腐ってもチャンピオンってことかな。」
「貴様こそ。あんな低威力の技でファイヤーと張り合えるとは……やるじゃないか。」
先程まで歪み合っていたはずの二人だが、一勝負を終えて地が固まったということだろうか。
両者は互いに、やや強めの握手を交わす。


「……よし。ひとまずバトルのサンプルデータはいくつか取れましたね。」
急に始まった戦いが一段落し、画面の向こうでホッと胸をなでおろすレイン所長。
新たに仲間になったばかりのソテツの人となりを掴めていないせいか、やや辟易気味である。
「次は此方の指定通りに戦ってもらいます。……よろしいですね?ソテツさん。」
やや強めの口調で、念を押す所長。
『好き勝手に戦うな』という意味を込めての言葉だったのだろう。
「はいはい、分かってますよ……っと?」

その時……ソテツは違和感に気づく。
「ちょっと待て……アイツは何だ……!?」

それとほぼ同時刻。
画面の向こうで様子を見ていたクランガも、仮想空間内の異変に気づいた。
「変だ……気温や気圧のパラメータが明らかに狂い始めている。それに、参加者の精神状態がブレている……だと!?」
そう、ユニオンルーム・ディープエリアの空間が歪んでいたのだ。
しかもそこに居るエンビとソテツの精神状態も、急速に揺らぎ始めたのである。

「ちょ、ちょっとエンビさん!身体に不調は無いッスか!?」
「俺はなんとも無い。……が、マズいな。遠くに……見えるッ!」
「み、見えるって何が……!!?」

ソテツとエンビが見据えるその先……そこから飛んできたのは、一本の大剣であった。
「危ないッ!!」
間一髪、両者はその一撃を回避する。

突き刺さった剣は、すぐさまホログラムと化して消えていった。
「な……何だコレは……!?」
剣の飛んできた方向へ二人が目をやると……

そこにいたのは、モザイク状の物体だった。
それが灰色と黒で交互に点滅し、徐々に形を為しているのである。
大きさは1.6mほどのものが1つと、2.8m程度のものが1つ。
まさしく電子生命体……といったところだろうか。

大きさ以外のあらゆる情報が謎に包まれたその生物……だが、そのシルエットには見覚えがあった。
「あれは……ザシアンと……」
「サーナイトッ……!」


ーーーーー「ざ、ザシアンとサーナイトだって!?」
急に現れた謎の存在に、驚きの声を上げるクランガ。
それもその筈……こんな局所的な仮想空間内にポケモンが生まれるなど、断じてありえないからだ。
……が、その原因にレイン所長はいち早く気づく。

「……クランガさん。もしかして、エンビさんは過去にザシアンと何かありましたか?」
「ッ……どうしてそれを!?」
驚くクランガ……しかしそれは図星であった。
そう、エンビとザシアンは切っても切り離せぬ関係があるポケモン……言い換えれば、一生消えることのないトラウマだ。

「やはりか……!クランガさん、落ち着いて聞いて下さい。この仮想空間は、『ユニオンルームへ参加した者の精神を反映してしまっている』可能性があります。」
「なっ……どういうことだよ……!?」
「仮想空間も精神も、共に『物理的な質量を持たないもの』です。故にこのふたつは、ちょっとしたことですぐに干渉し合います。今回の場合、参加者の精神……とりわけその中でも、『参加者のトラウマ』が具現化してしまったのでしょう。」

そう……このユニオンルーム・ディープエリアには重大な欠陥が存在した。
それは、参加者の精神に影響を受けてしまう可能性が高かったことだ。
更に運の悪いことに、今回の参加者であるソテツとエンビは大きく精神が揺らいでいる状態でこの仮想空間に足を踏み入れ、あろうことかバトルまでをも繰り広げてしまった。
結果……そうした精神の瑕疵が、こうして獣の形となって現れてしまったのだ。

サーナイトは〈ダスク〉の責任者……ヤミナベ・ユウヅキのポケモンだ。
不意打ちを仕掛けられたとはいえ敗北し、屈辱を味わった相手である。
しかもトレーナーはユウヅキ……即ちそれは、彼の執着したアサヒの好意が向いている先。
つまりは、ソテツのトラウマ足り得る存在なのだ。
それが、レイン所長にユニオンルーム・ディープエリアの欠陥を気づかせるに至った。

更に事態はそれだけに留まらない。
「ッ……ちょ、レイン所長ッ!?ワープパネルがバグってるんだけど!?」
「えぇ……私の方でも確認できています!これは……かなりマズいッ!!」
なんと仮想空間へと踏み入るためのワープパネルが、灰色の火花を上げ始めたのだ。
異常事態の発生は、仮想空間だけにとどまっていなかった。
「ま……まさかこれって!?」
「間違いありませんね。あの仮想空間の獣は……現実世界に侵攻しようとしているッ!!」



ーーーーー「……だってよ、エンビ君。聞いていたかい?」
「あぁ。話は簡単……今此処で、奴らを倒せばいいだけだ。」
両者は共に、唸る仮想獣の方向へと向き直る。

「しかしエンビくん、大丈夫かい?どうにも両膝が震えているようだけど。」
「ハッ……そういう貴様こそ、顔が歪んでいるぞ。」
事実……彼らの考察は正しかった。
その是非は……後の勝負で明らかになる。

「行くぞッ……アマージョッ!!」
「叩き潰せッ、カラカラ!!」
ふたりが呼び出したのは、アマージョとカラカラ。
共に肉弾戦を得意とするポケモンだ。

「流石に相手が相手だからなッ……俺も出し惜しみはしないッ!!」
そしてエンビはカラカラを呼ぶや否や、ポケットナイフで首元を損傷する。
やがて傷口から吹き上がる朱色の炎……そう、『獄炎のSD』を起動したのだ。
まもなくカラカラは姿が変わり、精神を完全にリンクさせる。

「うおぉ……凄いもん使うね、君。オイラも流石に始めて見たよ。」
「ッ……!」
が、エンビがこの力を起動するということは……余程のことが在るからだ。

「すぐに仕留めるぞソテツッ、俺はサーナイトを殺るッ!お前はザシアンを頼むッ!」
そしてエンビは脚を踏み出し、意識の下でカラカラに指示を出す。
まもなく繰り出されたのは、『フレアドライブ』の一撃。
10000℃を超える熱源の塊が、列車の如き勢いで仮想獣のサーナイトへと直撃する。

「続けアマージョッ、『トリプルアクセル』だッ!!」
そんなカラカラに負けじと、上空へと高く跳躍して頭上からの攻撃を狙うアマージョ。
1発目のキックでザシアンの爪の攻撃を弾き、2発目のキックをクリティカルに顔面に食らわせる。

両者とも、無駄のない動きで相手を追い詰めていった……と、思われた矢先。
サーナイトの放った『ムーンフォース』の光が、上空からカラカラを飲み込んだ。
「なっ……!?」
相打ちの形で攻撃を受けるカラカラとエンビ……更に自体はそれだけに留まらない。

なんとアマージョの方も3発目の『トリプルアクセル』を出そうとした瞬間、ザシアンの『かみくだく』のカウンターを受けてしまったのである。
「あ、アマージョ……!」
そしてそこから、爪の一撃が『せいなるつるぎ』を放って追い打ちをかける。


ーーーーー「う……嘘だろ!?いつものエンビさんなら、こんな攻撃に引っかかるわけがない……!」
「ソテツさんもですよ!指示に普段のキレがない……やはり……相手が悪い……!」
そう、相手が悪いのだ。
今回敵対しているのは、それぞれのトラウマの具現化だ。
エンビは失敗の恐怖に……ソテツは拒絶の憎悪に。
それぞれが、負の感情に支配されかけていた。
その影響が、最悪な形でバトルに現れてしまったのである。
この仮想獣は、『その姿をしている』だけで、トレーナーに多大な影響をもたらすのだ。
「……だからこそ、彼らは攻撃先を自分とは関係ない方のポケモンにしたんです。……が、それでも!心の傷は、そう簡単に拭えるものではないッ……!!」
「ッ……!」


ーーーーー思わぬ攻撃を受けてしまったカラカラとアマージョ。
しかも事態は更に悪化していく。
この両者が怯んだ隙に、『サイコカッター』の斬撃が2つ……重なるように飛んできたのである。

「ッ………!!」
「アマージョッ、伏せろッ!!」
カラカラに回避の指示を送るエンビと、アマージョに切り返しを要求するソテツ。
……が、残念。
気の迷いが身の動きに影響されていたのだろう。
攻撃の回避は間に合わず、更に追撃を受けてしまった。

「ッ……!!」
カラカラの痛覚が共有され、ふらつくエンビ。
その身を、隣りにいたソテツがなんとか支える。
「お……おい、大丈夫かエンビ君!」
「あぁ……俺はまだ行ける。だが……!」

そう……既にポケモンたちが疲弊気味である。
エンビと精神を共有しているカラカラも……いつもより殺気立っているアマージョも。


「……なぁ、ソテツ。……目の前のアレは、なんだろうな。」
「何って……オイラたちのトラウマだろ?」
「違う。その『トラウマ』の具な内容だ。」
エンビは考えた。
時に自分たちは、相手のことをしっかりと把握していないのではないか……と。
目の前のソレが、何であるかが見えていないのではないか……と。

「……さっきお前が言っていたことだ。どうにも俺は、視界が狭くなりやすい傾向にあるらしい。だから考えた。目の前のアレは、俺にとっての何か……ってな。」
「え……エンビ……。」
「……アレは、俺が断ち切らなくてはいけない呪縛だ。俺の中で背負いつつも、決して引きずってはいけない『事実』だ。」
「……。」
「ハハッ……あんな悍ましい生き物の正体も……言葉にすると、思いの他怖くないもんだな。」
苦笑いを浮かべるエンビ。
ソテツにとってどうにもその姿は、他人のようには思えなかった。

「……お前も一度状況を整理してみろ。得意分野だろ?そういうの。」
「オイラは……」
一度深呼吸を挟み、目の前を見据えるソテツ。
その答えは……案外すぐに見つかるものだった。

「……オイラは憎かった。じいちゃんを攫った闇隠しの事件も……ユウヅキも……自分自身も。」
「ッ……。」
「それはきっと、アマージョだって同じだ。オイラはソイツを見抜けていなかった。ただただ自分の感情に任せて、自分の傷口を広げていたんだ。」
そこまで言って、ソテツは自分の表情が変わったことに気づく。

「……ははっ、何だよコレ……簡単なことじゃんかよ。」
「……ま、俺達は似たもの同士だったってことだな。」
「君と一緒にされたくはないけど……どうにも、今だけは納得しなくちゃいけないみたいだね。」
そうして彼らは、互いの掌を鳴らす。
彼らを鈍らせていた足枷を、振り切れたようだ。

「悪かったなアマージョ。オイラはお前の心を理解していなかった。……冷静に行こう。オイラたちなら出来る。」
その言葉に、ゆっくりと頷くアマージョ。
そしてその前に立ちはだかるのは、エンビと共に決意を抱いたカラカラ。
「……全力で飛ばすぞ。ついてこい、ソテツッ!!」
「言われなくてもッ!!」

瞬間、カラカラの背中に装填されていたホネのミサイルが射出され、『ホネブーメラン』の雨を降らせる。
その攻撃から回避するように、サーナイトとザシアンがフィールドを駆け巡った。
『獄炎の秘鍵』の特徴は圧倒的なパワー……決して素手で止めることなどはできない。
ダメージを受けたくなければ、回避以外の選択肢は存在しないのだ。

しかしそれを、仮想獣たちの千鳥足が許さない。
彼らの判断力は、どういうわけか著しく低下していたのだ。
「甘いなッ!君たちは既に、『フラフラダンス』の術中に堕ちているのさッ!!」
そう……これは背後で援護をしていた、ソテツとアマージョの影響であった。
視界にアマージョの舞を捕えてしまった彼らは『こんらん』状態に陥り、冷静な行動が取れなくなっていた。


ーーーーー「う、動きが違いすぎるッ!迷いが振り切れたら、こうもパフォーマンスが向上するのですか!?」
「この空間は、参加者の精神が大きな影響を及ぼす……それは負の方面だけでなく、正の方面も該当するってことッスね。」
そう……自らの壁を乗り越える時。
或いは過去の確執と決別する時。
人は実力以上の力を発揮することが在る。
それが『最強』の名を持つ者達であれば……其のポテンシャルは計り知れないのだ。


ーーーーーそして遂に……仮想獣達は背中合わせに一箇所へと固まる。
死角をなくすための本能的な策だろう。
……が、それも全てエンビとソテツの計算ずくであった。

「今だっ、決めるぞッ!!」
「おうよっ!」
その瞬間を見越したかのように、『あおいほのお』を射出するカラカラ。
更にそこへ重ねるように、アマージョの『トロピカルキック』が仮想獣へと着弾する。




遂に仮想獣……基い、彼らの迷いは灰燼へと帰したのだった。
それと同時に、現実世界のワープパネルの異常も収まった。
「や……やりましたね……一時はどうなることかと思いました。」
「(……ま、あのままくたばっててくれた方が楽だったんだけどな。)」
画面の向こうの監視者たちも、ほっと胸を撫でおろす。


戦いを終えたエンビとソテツは、憑き物が落ちたような顔で再度握手を交わしたのであった。
「ふぅ……一件落着って……ワ………れ……?」
が、その直後……ふたりは魂が抜けたように気を失ってしまった。
精神力を使い果たしてしまった影響だろうか。
或いは、自分の心の中の何かを振り切ってしまったからか。
……その詳細はわからない。

その後の彼らは、それぞれの監視者たちが用意した緊急離脱システムによって現実世界へと帰還した。
しかし……目を覚ましたときには、仮想空間での出来事は一切覚えていなかったという。
……が、少なくとも。
ソテツは今までの作り笑いよりは幾らかマシな表情になった……気がしないでもない。




そしてこの記録は、レインとクランガの間でのみ共有され……仮想獣の脅威を考慮し、このプロジェクトは凍結となった。
最も……彼らはこのあとそれぞれの舞台で、さらなる脅威と向き合うことになるわけだが。


  [No.4186] Re: 【明け色のチェイサー×ポケットモンスターSoul Divide コラボ小説企画】 獄炎の恐怖、万緑の憎悪 感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/02/23(Wed) 20:52:51   7clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


伊崎さんコラボ小説を書いてくださりありがとうございます!!

ソテツさんとエンビさんがバトルしている……! センシティブなダスク所属時のソテツさんめっちゃレアで興奮しました。
お互いの地雷をどんどん踏み抜く場面申し訳ないですが面白かったです。どくどくバターめちゃめちゃえっぐい!!
はっぱカッター全力だとバルカンみたくなるんだ! とまだ描けてない全力の一端をみた気がします。
モニター越しに見ているクランガさんとレイン所長のやりとりも好きです。クランガさんがエンビさんに対して心の中であのままくたばっていれば……とか思っちゃう辺りも好きポイントです。しかしヤバイ研究を生み出してしまうこの二人、スペック高い。

そしてトラウマとのバトル。トラウマ……エンビさんがダイレクトに対し、ソテツが間接的? なあたり境遇の違いが表れていますが……。
エンビさんが言葉にして向き合って、お前はそういうの得意だろう? ってソテツさんに渡すくだりが大好きです。エンビさんの観察眼……!

アマージョの痛み。そして自分自身の憎しみに気づくソテツさんにソテツさん……表情……!(語彙の消失)となりました。
今回の出来事は記憶には残らなかったですが、それでも二人の中に何か残ったと信じて……!

この二人の邂逅を描いてくださり、ありがとうございました!! 面白かったです!!


  [No.4187] Re: 【明け色のチェイサー×ポケットモンスターSoul Divide コラボ小説企画】 獄炎の恐怖、万緑の憎悪 感想 投稿者:伊崎つりざお   投稿日:2022/02/24(Thu) 06:10:23   2clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

感想ありがとうございます。

ソテツ師匠の戦い方は色々と考えましたが、結果的にいつもの伊崎節に落ち着いてしまい、中々のやべぇ奴となりました。バルカンなのかマシンガンなのか………イメージとしては、ピッチングマシンからナイフが次々飛んでくる感じです。

クランガもレイン所長も、正直中々のオーバーテックを持ってますよね…………まぁこうでもないと裏組織のメカニック担当は務まらないのかもです。

僅かでも変われたソテツ師匠と、結局忘れてるエンビ…………


ともあれ書いてて楽しかったです。こちらこそありがとうございます。