アクアラングの泡がのぼっていく。
濁った水の中から、水面は見えない。
幼馴染の親友と一緒に、水を蹴って水面へ顔を出す。
僕たちの見えるのは曇った空と、町を囲む頑丈な石壁。
灰色の空に、茶色の小鳩の群れが飛んでいくのが見えた。
壁に囲われた空を、端から端まで飛んでいったのを見て、安堵する。
時たま、ここまで落ちてくるポケモンがいる。
残念ながら、彼らはほぼ助からない。ここには彼らの餌となるものも、石壁を登る手がかりも、足を休める止まり木さえもないからだ。
この町が水の底に沈んだのは、僕たちが生まれるずっと前だったという。
なぜ沈んだのか、その理由はもう誰も知らない。
親友のおじいさんであるポケモン博士の話では、隣の海の神が怒って海流が変わったとか、南の地方の海の神が海を広げようとしたせいだとか、そんな説もあるとか。
確かに、この町は雨が多い。雨が多いから、この堀も干上がらない。
だからと言って、そんな遠くの海の神か何かの気まぐれ何かで、僕たちの町が水の底になっていいのか。それはあまりにも不条理じゃないか。
僕たちの町はいつからか、『堀の中の町』と呼ばれるようになった。
町を囲むあまりにも高い石壁が、まるで城の周りを囲む堀のようだからという理由らしい。
家すら完全に沈む水から顔を出しても、石壁は未だ空に向かって聳え立っている。
時折隣町の住人が物資を投げ入れてくれる他は、この町に近寄る人はいない。
万が一堀の中に落ちたが最後、外に出ることはほぼかなわないからだ。
親友はいつも、目を輝かせて同じ話をする。
ずっと昔、この町に現れたポケモントレーナーだ。
彼は堀の中に落ちた人間を、大きな飛ぶポケモンと一緒に救いあげた。
その姿を見たのは、僕と親友だけだ。
町の人たちは、水面から顔を出すことすら極力避けようとする。
どうしてもこの水没した町から、離れようとしない。それがなぜなのかは、僕もわからないけれども。
生まれた頃からそれが当たり前だった僕も、町から出る気は全くなかった。
だけどその人は、僕たちに向かって言った。
ポケモンと一緒なら、こんな堀の壁、簡単に乗り越えられる。
ここから出て、広い世界を見てみないか。
生まれた時からアクアラングを背負って、水の中で生きてきた。
堀の中で産まれ、堀の中で生き、堀の中で死ぬ。
それが半ば当たり前だと思ってた僕たちにとって、彼の言葉は衝撃だった。
この堀の外には、僕たちには全くわからない、別の世界があるんだ。
僕たちの力だけじゃどうしようもないかもしれないけれども。
ポケモンが一緒なら。
「俺はいつか、絶対、」
水没した町の上で、親友が言った。
「この堀を超えて、広い世界へ旅立ってやる」
灰色の空から雫が落ちた。
僕たち以外誰もいない水面に、波紋が広がった。
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※どう見てもギャグです
イケズキさんとボイスチャットで朗読会していた時
久方「次は何読みましょうか?」
イケズキさん「じゃあ……『堀の外』で」
久方「……???」
イケズキさん「?」
久方「……それはまさか『塀の外』のことですか」
イケズキさん「はっ! あれ『塀』ですか! 『堀』じゃなくって!」
そんなノリで産まれた『水没都市マサラタウン』。
イケズキさんがいつまで経っても書いてくれないから勢いで書いた。反省はしていない。
【続きはイケズキさんに任せた】