それはある種の都市伝説だった。殺し屋、それもアングラ系インターネットの掲示板でだけ接触できるなどというのは、一歩間違わなくても既に厨二病などと馬鹿にされる発想である。
「……今日未明、コガネシティアオギ通りの交差点でマッハ自転車による交通事故が発生し二人が重傷を……」
殺し屋になど頼まなくても死の可能性などそこら中に転がっている。誰も気がつかないだけで。
その日その日の自分の選択が自分の運命を決めていて、生きている限り自分の手で死に繋がる糸を辿り続けているようなものだというのに。
そんなに他人を死に急がせたいのか。そんなにも他人に死を願うのか。
自分の事など一切合切棚に上げて。
「……一人に命の別状はないということですが、もう一人は現在も意識不明で……」
人間が生きているのなんてただ単に電気信号のルートがあるだけだ。思考すること、身体を動かすこと、生きていることそのものを認識すること。そのすべてに電気信号が関わっていて、例えば心臓に向かう微細電流を少し止めれば人間なんて軽く死んでしまう。
脆い。実に脆いタンパク質の塊だ。一般的生物に似通ったものという条件をつければポケモンも似たようなものだが、それにしたって脆弱に過ぎる。
「……続いてのニュースです。ヒワマキシティ在住の11歳のポケモントレーナーが、手持ちのグラエナに噛みつかれ死亡するという事件が……」
ポケモンの牙の一噛みにも、刹那の電流にも耐えられない。そのくせ、どこまでもその技の力を、殺傷力を上げるように要求して、それが通らなければ容赦無く罵倒を浴びせたり、捨ててしまったりする。人間の中でも、ポケモントレーナーというのは実に奇妙な存在だ。
自分がその鍛え上げた技の対象になったら到底生きては帰れないというのに。
ピピッと無味乾燥な電子音が、私のテレビからの声に割って入る。メールの着信。人の声は時折ヒステリックに、あるいは無意味な明るさで私の耳に障る。これくらいの電子音が丁度耳に合う。そうでないのは、ニュースを読み上げるアナウンサーの平坦な声くらいだ。
「最近は多いな」
「書き込みが多くなってねぇ」
向かいのパソコンから顔を出すポリゴンZは、ポリゴン種であるくせに私よりも生物らしい表情を持っているように思える。
それもプログラムか。予定された通りに電気信号が走り回っているだけか。それを思えば、人間の中に発生する「自然な」感情とやらも似たようなものだろう。あれも所詮、神経細胞の集合体の中を走り回る電流に過ぎない。
「サーバの6660から接続で、大体3時頃までいつも触っているらしい。一人暮らしのようだから、何か無い限りバレやしないだろう」
「了解した」
テレビから抜け出る。電子らしくない感覚は、この合間にどうも苦手になってしまった。向かいのパソコンまでの距離がやたらに遠く感じる。ポリゴンZが、無表情なはずの目にどこか心配そうな表情を浮かべているように見えた。錯覚か。それとも、お前は本当に人間らしい電気信号を持っているのか。
「行ってくる、主人」
その声の相手だけは、ポリゴンZではない。私の主人はずっとこのパソコンの前に座りっぱなしだ。預けられてばかりだった私が、腹いせに軽く電撃を浴びせたその日から、ずっと。
もうそろそろ肉が腐り落ちて骨が見えている。我々には無いが、嗅覚があったのならきっと近づきたくもない状態なのだろう。視覚的なレベルで既にそうなっているような気もするが、ほとんど無法のインターネット上にばらまかれた画像にはこれより酷いものもごまんとある。慣れたものだ。
そうして人間が簡単に死ぬことを覚えたポケモンが、簡単に死ぬ人間を殺している。少しばかりパソコンを通して電流を流してやるだけでいい。
人間の電気信号を邪魔するだけの簡単な仕事は、私の電気信号ひとつでできるのだから。
インターネットにしか居ない殺し屋は、今日も電子の海へと潜航する。
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お題【電気タイプ】
ロトムとポリゴンが組んだら電脳的に最強だと思うんですよ。
インターネット接触の殺し屋の話はとあるTRPGから。
【好きにして下さい】