『薬屋』

「それ、効くんですか?」
 子どものポケモントレーナーに、私は尋ねられた。コガネシティの地下通路。無許可で露店を展開している、この私にだ。
「ああ、すごく効くよ。そこらで売ってるものよりも効く。何せ天然ものだ」
「へえ……これは?」
 少年は粉の入った袋を掴んで私に聞いた。
「それは万能粉さ。状態異常を全て治す」
「ふうん……それじゃなんでも治しと一緒じゃん」
「ところが、この粉は四百五十円で売ってる。なんでも治しより、百五十円安い」
「へえ。じゃあ、こっちは?」
「それは力の粉。ポケモンの体力を回復するのさ。五百円だ」
「傷薬の方が安いじゃん」
「傷薬より効果が良い。良い傷薬くらいだろう」
 少年は次々に、私に商品の説明を仰いだ。私は示された商品ごとに、説明と値段を言ってやる。少年は値段が安い事に惹かれたのか、次第に表情を悩ましげなものに変えていった。
「うーん……ほとんど効果は同じなんだね。でも値段は安い。それって、なんか悪いものでも入ってんじゃ無いの?」
「いや、それは本当に無いね。何しろこっちは天然ものさ。本当。嘘だと思うなら警察に突き出してもいい。もっとも……露店をしてることは、無許可だがね」
「ふうん……まあいいや。万能粉ってのと、力の粉ってやつ、二つずつ頂戴」
「まいどありー」
 私は少年に粉の入った袋を四つ渡して、二千円受け取った。百円玉を返して、少年を見送った。
「……おい兄さん」
 隣で同じように無許可で露店を出している男が、私に声をかけた。
「なんだい?」
「それ、本当に怪しいもん入って無いのか? ポケモンが嫌がるって、良い噂聞かないぜ?」
「入って無いって。良薬は口に苦しってことわざがあるだろ?」
 それに、怪しいもんが入っているのは、正規の薬品の方だ。
 あっちの薬にゃ、ポケモンが嫌がらない麻薬が入ってるんだからなぁ。

『マスターボール』

 シルフカンパニー開発部の我々は、ついに最強のモンスターボールである、マスターボールを完成させる事に成功した。試す事は出来ていないが、恐らくは伝説のポケモンや、幻のポケモンにも効果を成すと思われる。何故ならこのマスターボールは、従来のモンスターボールとは捕獲までのプロセスに違いがあるからだ。
 通常のモンスターボールは捕まえてからポケモンの抵抗力に応じて捕獲出来るかどうかが決まる。そして、スーパーボールやハイパーボールになると、予め様々なポケモンのデータを入力しておくことで、データの書き込みを早める。だから抵抗力に対して書き込みスピードが上回る場合が多いのだ。
 しかしモンスターボールのデータには限界がある。以上の理由から、我々はネットボールやダークボールなど、一部ポケモンに特化したボールを開発したが、それでもデータの問題は解消出来なかった。既に規定としてボールのサイズが決められてしまっている以上、これ以上データを増やす事は出来なかったのだ。
 そんな折、開発部部長であり現役の博士である司倉院博士は、我々の固い考え方を打ち砕いた。リピートボールのようにポケモン図鑑と提携するのでは無く、クイックボールのようにポケモンの興奮状態に左右されるのでも無い。
 宇宙からのデータ転送という、恐ろしい技術であった。
 考え方はパソコンのポケモン預かりシステムと同じだった。パソコン自体には、ポケモンは入っていない。パソコンにデータを転送する事で、ポケモンを架空の存在として表示するのである。司倉院博士はそれを利用した。宇宙にデータを転送してマスターボール起動時にそのデータを送り込むことで、最強のボールを作り出そうというものだったのだ。
 そのボールは、すぐに完成した。やることは難しくはなかった。何しろパソコンの預かりシステムと同じだったのだ。
 我々シルフカンパニー開発部の面々は、声を上げて喜んだ。ついに歴史上最強のモンスターボールを開発する事が出来たと喜んだ。
しかし、司倉院博士だけは、喜んでいなかった。
 我々は司倉院博士に尋ねた。
「博士、何故喜ばないのですか?」
 司倉院博士は、沈痛な面持ちで、答えた。
「マスターボールの利用には、二つ難点がある。一つは、マスターボールの持ち主を常にGPSで追跡しておかなければならないこと。もう一つは、マスターボールに膨大な数のデータを転送する際に、少なくとも五人以上の人間が待機していなければならないということだ」
 我々は今までの喜びを忘れて、素直に落ち込んだ。
 以上の理由から、マスターボールが製品化する予定は、今のところ無いのである。

『非売品』

 私は莫大な給料を貰って、薬品の開発をしているしがない研究員である。
 莫大……と一言に言っても分からないとは思うが、それは私が口にするのもおこがましいほどの大金であるからなのだ。そう、つまりは……決して犯罪など起こそうという気にならないほどの金額。人生を三回、働かずに生活出来るほどの金額である。
 何故私がそんな金額を貰っているかと言えば、私が一人だけ、とあるアイテムの作り方を知っていたからであった。そのアイテムとは、ピーピーエイドを含む、ポケモンの技のポイントを回復するアイテムのことである。
 私はこの薬を完成させた際に、すぐにシルフカンパニーに売り込みにいった。しかしそれは実現とならず、何故だかポケモンリーグの人間と、直接話し合う事になったのだ。
 何故そんな事になったのか。それは、ピーピーエイド等を製品として販売してしまうと、危険なダンジョンに潜ったまま帰ってこないポケモントレーナーが増えてしまう、という理由だった。そんな事は無いだろう、と思ったのだが、実際、傷薬が安価で販売されるようになってから、そうして『籠もる』トレーナーが増えている、とのことだった。
 そんな彼らが人里に降りてくるのは、ポケモンの技ポイントが切れた時だけだという。そんな彼らの悩みを解消してしまうアイテムが完成し、販売されてしまえば、彼らはダンジョンに籠もってしまうだろう、ということだった。
 だから製品化は諦めてくれないか、と、ポケモンリーグの人間は私に言った。しかし、私はこのアイテムを発明するために、五年の年月を費やしたのだ。
 引き取るよう言われた私は、去り際に、こう叫んだ。
「買い取ってくれないのなら、私はこのアイテムをそこら中の洞窟にばらまいてきてやる!」
 その後私は犯罪者にでもなった気分で、洞窟にピーピーエイドをばらまいた。他、上位に位置するアイテムをも、ばらまいた。追っ手から逃げ、何とか日本中のダンジョンにばらまいたが、しかしそのうち、私は捕まってしまった。
 そして今の生活を、保障されている。
 私がばらまいたピーピーエイドが原因で、そのアイテムについていくつかポケモンリーグに問い合わせが来たらしい。そして製品化を希望されたそうだが、そこは上手く「作るのが難しい」とごまかしたようだ。
 結果として、ピーピーエイドはごく稀に、イベント等で配布されるだけとなった。
 そのための薬を、私はごく稀に、精製する。
 そう……もう私は、働く必要も、研究する必要も無いのだ。
 だけど今でも、私は当時ポケモントレーナーだった頃に夢見た、永遠に洞窟に籠もる事が出来るこのアイテムをトレーナーの手に届けたいという夢を、持ったままでいる。

『裏番組』

 ラジオ業界も大変なんだと、私は実感しているのです。
 人気番組の『葵の合い言葉』は、合い言葉を覚えてラジオ塔にくればポイントカードにポイントを加算してもらえて、それを溜めておくと素晴らしいアイテムが貰えるという事を毎日のように行っている。
 もちろん合い言葉以外に、葵さんはパーソナリティとして様々なトークを展開している。女性であり、しかも美しい外見と声を持っていることからも、彼女に人気がある事は明白だ。私はそれに太刀打ち出来るとは、思っていない。
 しかし……私だって、ディスクジョッキーとして、諦めるわけにはいかないのだ。
 ラジオを聞けるようになって数年。コガネシティのラジオ局は最初にあった、という知名度を武器に、今でも安定したラジオ放送を続けている。コガネシティのラジオ局が開局してから数年後、いくつかのラジオ局が開局したが、そのいくつかは、今では廃局となってしまった。生き残っているのは私が働いているラジオ局と、他に三つ程度だろうか。
 テレビが活動的な昨今。ラジオなんて、流行らないのかもしれない。それでも私は、テレビを見る事が出来ないポケモントレーナーのために、星空の下、電波が届けば聞けるラジオを彼らのために届けたいのだ。
「CM終わりまーす」
 吉田の声が聞こえる。このラジオは危機的なことに、三人体勢で行っている。私がディスクジョッキー。他に番組の構成を行う木下と、他の様々な業務を行う吉田だ。
 私達は三人で、ポケモントレーナーに向けたラジオ番組を放送している。時間帯は、『葵の合い言葉』にて合い言葉が発表される時間帯の裏である。『葵の合い言葉』で合い言葉が発表されるタイミングはいくつかあるが、最後の午後十一時から深夜零時までの間が、最後のタイミングだ。そこの裏を、私達は担当していた。現在の時刻は、十一時二十二分である。
 CMが明ける。
 私のマイクのスイッチがオンになった。
「それで……ああ、そう。あのねー……最近ね、ポケモンを捕まえに行こうかなと、仕事もしないで昼まで寝てたら、ふと思ったんですよ。ほんと、ガキじゃねーか! って感じだけどね。もう僕も三十ですけどね、まあちょっと初心に帰ろうかなーなんて思いまして。そんで、久しぶりにフレンドリィショップに行ったんです。まあ適当にモンスターボール買うかー! つってモンスターボール十個買ったら、十一個あるんですよ。おやおや、これは店員がミスしたんじゃねーか? ぶち殺すぞ! と思って、でそれよく見たら白いんですよ。ふざっけんなこれ不良品じゃねえか! と思ったけど僕は心の清いラジオDJですから? 店員さんにね、しずかーにやさ
しーく『あの、これ』ってその白いボールを差し出したわけ。そしたらその無愛想でブッサイクな店員がさ、『あ、それ、なんか、十個買った方に差し上げてるやつですんで』って滑舌悪く言いやがりましてね。しょうがないから貰ってやりましたよ。ええ。でねぇ、なんかボール買ったらそれだけで満足しちゃいまして、結局ポケモンゲットとかどうでもいいやってなって、今日そのままラジオ局来たんですけどね。ただ二千円損しただけになっちゃいました。……んで! ここからが重要なんですけど、僕は天才なんですごい企画を思いついちゃいましたよ。いいですか。その名も『吉田の合い言葉!』です。どうですかねこれ。特許取れませんかねー? まあ、これは僕が母体の中に芽生える前から考えてた企画なんで、誰かがやってたらそっちがパクったってことで裁判には勝てるんですけど。とにかくそういう企画思いついたんで、やります。あのね、関東のラジオ塔の近くをうろついてるリスナー。お前らちょっと寝るの我慢して、ラジオ局まで来い。そうしたらモンスターボールを一個やるから。あーいい、いい。今夜はおじさんの奢りだから。で、合い言葉は『ていうかプレミアプレミア言うけど全然プレミアじゃねーじゃんこれ! なり損ないかよ! 赤の塗装ハゲたのかよ!』です。一語一句間違えないように気をつけてくれ。受付は今からかける曲の間だけ! まあ大体五分間だね。そんじゃ、えー……ブラックダークライオットで、『呪いのお人形』。はいスタート!」
 私のマイクのスイッチが切られ、ブラックダークライオットの『呪いのお人形』が流れる。暗黒的清涼感という意味の分からないジャンルの曲らしい。私は流行りの曲など分からない。これは上からかけるように指示されただけだ。利用の仕方は完全に構成の木下の仕業だが。
「いやー、マジでやっちゃいましたねー」
 吉田がガラス越しに、私のヘッドホンに話しかけてきた。私は乾いた笑いを浮かべる。また偉い人に怒られるかもしれない。でも裏番組なんてそんなものでいいのだ。
 いつか私達の番組が表と認識される日はくるのだろうか。葵さんにまで喧嘩を売ってしまった以上、きっと永遠に、私は裏の部分を担当するのだろう。
 だけど別に、それでもいい。私は一番にはなれないのだし、特別にもなれないのだ。流行り廃りはあろうとも、この世に全員が特別になれる方法は無い。
 だったら私はこれでいい。夢を持つポケモントレーナー達のために、自分の身を削って、少し力になれればそれでいい。不安な夜の悩みを、笑い飛ばしてあげられるなら、それ以上に望む事は無い。
「あ、一人来たみたいですよ」
「ああ、じゃあ……木下、悪いけど行ってきてくれる?」
「俺ですか?」
 再び乾いた笑いを浮かべて、私は言う。
「DJの顔は、見ない方がいいだろう」

『釣り名人』

 フィーッシュ!
 俺は天才釣り師である。狙った獲物は逃がさない。まあ、獲物を狙って釣り上げすぎた結果、俺はもう狙う獲物を失ってしまったんだが。
 クーラーボックスを椅子にして、俺は一日中、釣り糸を垂らす。収入源は、ポケモンの密売と、勇敢にも俺に挑戦してくる旅のポケモントレーナーを負かす事で手に入れる賞金である。
 俺は今日も、コイキングを筆頭に、何匹ものポケモンを釣り上げていた。コイキングは美味であるのだ。コイキングの甘露煮は絶品である。舌鼓を打たずにはいられない。骨は多いが、えらく美味いのである。その美味さと、ポケモンであることから、基本的にはコイキング料理は禁止されている。しかし、お偉いさんも会食の際にはコイキング料理を食べているのだから、俺らに強く言えないのだ。
 そんな折、旅のポケモントレーナーが、俺の近くで釣り糸を垂らし始めた。営業妨害で訴えようとも思ったが、ガキであることだし、俺は何も言わないでおくことにした。もう釣り糸や浮きなどを見ていなくても魚がかかった事は分かるほどの手練れである俺だったので、ガキの方を見ながら、煙草を吹かしていた。
 すると、ガキの釣り竿が反応した。ガキのくせに、中々やるものだ、と俺は素直な感想を抱く。と、そのガキが釣り上げたのは、なんとギャラドスだった! その後も見ていると、シェルダーを釣り上げたり、ネオラントを釣り上げたりしている!
 おかしい。俺はここでいくら釣っても、ドジョッチが連れれば良い方だったのだ。それなのにこのガキは、どんな裏技を使っていやがるんだ!
「おいガキ!」
 気づけば俺は、そのガキに食ってかかっていた。ガキは俺の方を向くと、不思議そうな顔で俺を見る。
「なんでしょう」
「てめぇ、なんでそんなもんが連れてやがんだ! どんな手ぇ使いやがった」
「手? いや、釣り竿ですけど」
「そういう話をしてんじゃねえ!」
 俺は持っていたそのガキの反応が腹立たしくなり、持っていた釣り竿を橋に叩き付けた。少年はそれを見て、合点のいった顔をして、俺に告げた。
「ああ、釣り竿の違いですね。今は良い釣り竿や、もっとすごい釣り竿も出てるんです。一度釣り具店にでも行ってみたらどうですか? ずっとここにいても、世界から取り残されるだけですよ」

『ギガドレイン』

 投入、停止、停止、停止。
 投入、停止、停止、停止。
 殺人的にコインゲームに夢中になる。年中無休で二十四時間営業しているもんだから、俺はここで腐っている。もう何日目になるだろう。四日目くらいだろうか。流石にそろそろ、色々やばそうだ。
 モンスターボールが出て来た。俺は目押しで柄を揃える。最近のスロットは面白い。要素が沢山あるのだ。
 モンスターボールからピッピが出て来た。ピッピの行動に合わせて俺はボタンを押した。七が三つ揃い、ボーナスに突入する。
 その後はずっとリプレイを狙う。ピッピの示すボタンを押し、一度に十五枚ずつ、コインを得る。背後の月が赤く光った時はわざと外す。これがコツだと気づいたのは、二日前くらいだったか。
 死ぬほどに俺はボタンを押した。機械的に、機械的に。何故こんな事をしているのか分からなくなるくらいの状態になった。だがまだボタンを押す。コインを貯めなくてはいけない。コインを貯めなくては。
 色々な事をするためにコインを貯めるのか何か一つの事をするためにコインを貯めるのか。俺はコインを貯める。何かを得るために。その何かが何だったのかは、俺には分からない。思い出せないのだ。今はピッピの指示通りにボタンを押す事が大事だった。
 俺は一体何がしたいのだろう。
 生気や人生の一部を、スロットに吸い取られてしまった気分になった。
 吸い取る。
 吸い取る。
 何か思い出せそうだったが、俺の視界には、ピッピしか映らない。

『非売品』

 私の事を覚えているだろうか。そう、人生を三回遊んで暮らせるほどの大金を持っている、私だ。
 既にそれだけの金を貰っている上に給料まで継続して貰っている私だが、何やら外では事件が起きたらしい。そう、木の実の発見だ。
 昨今は木の実というものが流行っているそうだ。ポケモン程度の知能でも、危機的状況になると持っている木の実を自分で食べるという行動に移るらしい。それを利用して、元々ポケモンに木の実を持たせる事で、戦闘を有利に働かせるという現象が起きているようなのだ。
 私がトレーナーの頃は考えつかなかった事である。まして、ポケモンにアイテムを持たせるなんて……。
 ともかく、事件が起きたのだ。
 ヒメリの実という木の実が、なんと、ポケモンの技ポイントを回復するというのだ。
 非売品であるこのピーピーエイドと同じ効果を持つ木の実が発見されてしまった事で、ポケモンリーグは頭を悩ませているらしい。それはそうだ。私が作った薬と同じものが、無料で、しかも育てれば無尽蔵に手に入るというのだから、それは恐ろしい事である。ポケモンリーグが危惧した事が現実に起きてしまったのだ。
 私は首を切られる事を覚悟していた。もはや十分な蓄えが私にはある。だから職を失っても生きていけるし、それでピーピーエイドを開発して、自分で店でも開ければいいと思ったのだ。しかしそうはならなかった。ポケモンリーグは、今と同じ体制を続けるという事だった。
 理由を聞くと、ヒメリの実は洞窟内の土では育てる事が出来ず、あの手の木の実は育てるのに必要な土があるとの事だった。だからトレーナーが洞窟に籠もる事は稀になり、むしろ頻繁に、木の実を育てに人里に降りる、ということだった。
 そうして私は引き続き研究所にこもり、ピーピーエイドをごく稀に精製することとなった。日常は変わらない。しかし少しだけ、規正が緩くなった。ピーピーエイドの販売は出来ずとも、たまに少しずつ、世界に配布しよう、という考えが出されたのだ。
 だから今、例えば地面に落ちているものを拾いたがるポケモンを連れて歩けば、ピーピーエイドや、上位の薬品が手に入るかもしれない。
 いずれ、こういう考えも無くなり、ピーピーエイドが販売される世界が来るのだろうか。
 世界は変動するのだ。出来れば、私はその世界を見てみたい。
 ああ。しかし、三回遊んで暮らせる金を持っていても、私は一度しか、生きる事は出来ないのだ。

『赤い糸』

 私は研究者である。何の研究者かと言えば、ポケモン同士が卵を産む事についての研究者である。
 育て屋、と呼ばれる場所にて発見されたのが始まりである卵。これは無論、大昔から、ポケモンと共にあるべきものであるはずだったのだが、最近になるまでその存在は人間の目に及ばなかった。何故か? そういった事を研究するのが私のすべき事であるのだが、専門は別にあった。私の専門とは、ずばり、ポケモン同士の分類である。
 一般にも浸透した言い方で言えば、卵グループというもの。つまり、どのポケモンとどのポケモンで番にすれば卵が出来るのか、という事なのだ。私はそれを研究している。そして最近になって、ようやくその卵グループの全貌の尻尾の部分を掴んだのだ。
 似た形のポケモンは、卵グループになりやすい。こんな事は、恐らく子どもでも発見出来る事だろう。他に、水の中にいるポケモンにも共通点と違いがあることが分かった。水のポケモンでも、怪獣に分類されるものは怪獣として。魚に分類されるものは魚として。
甲殻類に分類されるものは甲殻類として違いがあった。当然、同時に複数のグループに分類されるポケモンもいる。それは、一匹のポケモンが二つの属性を持つ事にも共通する事なのだろうと私は考えた。
 しかし、問題点が二つほどあった。
 一つは卵の未発見である。珍しいポケモンを持つトレーナーに協力してもらうことで、私は伝説とか、幻とか呼ばれるポケモンの繁殖を試みた。しかし、この手のポケモンから卵を発見することは出来なかった。がしかし、彼らも生物である。卵を産まないという事は考えにくい。恐らく、彼らには卵を産むのに適した場所があり、用心深い彼らは、その場所以外では卵を産まないのだろうという仮説を、私は打ち立てた。
 そしてもう一つは、性別の無いポケモンであった。無機物――ポケモンである以上そういう呼称は正確では無いが――なポケモンによくあるものであり、両性具有に近い感覚のポケモンが存在している。人工的に作られたポケモンにも、性別は存在しない。そんな彼らは、ではどうやって卵を作るのか、という疑問が残った。
 例を挙げるとすれば、コイル。このポケモンは、コイル同士を番にしてみても、卵を作ったりはしない。これも伝説のポケモンと同じく、卵が発見出来ないグループに属するのかと思った。しかし、コイルの卵が発見されているという前例は既にあったのだ。それについて思い返してみると、どうやらコイルを含む性別の無いポケモンは、メタモンと番にすることで卵を産むという事であった。
 実際に試してみると、短い時間で卵を発見する事が出来た。当然、我々がそれを直接目にする事も、映像として記録する事も出来ない。ポケモンは卵を産む時、非常に敏感になるらしく、卵を産む瞬間を見るものは誰もいないという事だ。……と、話がずれた。これは私の専門では無い。
 つまり、卵グループにおいて、メタモンというものは非常に特殊な分類になる。言うなればそう、『メタモングループ』とでも言うべき存在である。ほぼ全てのポケモンと番にさせる事で、卵を産むのだ。卵未発見のグループ以外では、雌雄に関係無く、卵を産む。それがどのような方法で行われるのかは、前述した通り、ポケモンが非常に慎重な生き物である以上分からない。しかし、こうしてポケモンの卵グループを全て作り終えた今、私が次に目指すべきなのは、メタモンと他のポケモンの交わり。そして、何故伝説のポケモンの卵は発見されないのか、という事なのだ。
「今日も熱心じゃのお」
「あ、どうも、お爺さん」
「お前さんもたまには外に出たらどうじゃ? まだまだ若いんじゃし、冒険したい年頃じゃろう」
「いえ、今はもう室内にいながら様々なポケモンを手に入れる事が出来ますし、それに、この場所にいるのが、卵の発見に一番効果的だという事が分かりましたので」
「そうか……ま、無理にとは言わんがのお」
 やはり卵を発見するには、育て屋が一番だ。それに、たまにGTSに行けば、欲しいポケモンを手に入れる事は容易である。少々こちらに不利な条件ではあるが、わらしべ理論でポケモンを交換していけば、いずれはヒットするのだ。
 私は冒険にうつつを抜かしている場合では無い。卵グループについて研究に研究を重ねなければならない。
 しかし、それにしても、様々なポケモンと卵を産むポケモンという生き物は、私の固定された考え方から言えば、非常に浮気癖の高い生物である。

『スピードパウダー』

 その紫色の生命体は、非常にゆったりとした歩みで、草原を進んでいた。否、這いずっていると言う表現が似つかわしいのかもしれない。何しろ彼には足が無く、歩行という事が出来ないのだ。となればゆったりとした歩み、という表現すら、彼には不確かな表現なのかもしれない。とにかく、その紫色の生命体は、他の生物に比べて非常に警戒心が無かった。
 獰猛な生物の多く存在するこの世界において、彼の警戒心の無さは、異常であった。同じ生物同士でも同士討ちをする種族である。そんな彼らに囲まれながら生き、そして生き延びるという事は、非常に困難を極める。否、彼のような警戒心も力も無い生物が生き残るのは、不可能と言っても過言では無かった。
 しかし彼らには生き残る術があった。それは変身能力であり、敵対した生物と性質をほぼ同じにした複製を可能としたのである。その生き物は一括りにメタモン(=【Metamorphose Monster】)と総称されている。その生物ごとに多少の違いはあれど、ほぼ全てが紫色で、ゼリーのような感触である。彼らはその特異な性質を持ちながらも、生物に化ける事で同等の力を得て、種としての存続を続けてきたのである。
 しかし、いくら変身が可能だとは言え、変身する事に多少のリスクを負うものである。その差を埋めるものは何なのだろうか。 それは粉であった。
 メタモンの皮膚(と、そう呼んで良いのかは難しいところであるが)にのみ付着する粉が存在し、それは現在、二種類確認されている。一つはメタルパウダーと呼ばれる、衝撃吸収性に富んだ粉であり、もう一つは、スピードパウダーと呼ばれる、摩擦抵抗を軽減させる粉であった。
 この粉を付着させたメタモンは、それを持たない同種に比べて動きが速かった。すなわち、変身する事への行動も速いのである。とは言っても、変身の途中で攻撃を受けてしまう場合もある。メタモンの中にも、行動を速くし相手を制すものはスピードパウダーを、耐久に重きを置くものはメタルパウダーを使用していると考えられた。
 変身能力を使用し、敵対する生物と同等に渡り合う。そしてそれより少し秀でるために、粉を付着させる。弱気生物でありながらも相手の力を利用し、それに自らの能力を上乗せする事で敵から身を守るこの生命体は、非常に重宝されている。
 しかし……ここで疑問が残るのは、何故そのスピードパウダーとメタルパウダーを同時に体に付着させる事無く、別の存在として分けているか、という事である。
 粉であるのだ。両者を混ぜてしまっても、効果に差が出るとは、考えにくい。まばらに付着させればメタモンへの利益は上がると思われるのだ。しかし、何故彼らは、粉を分けたのだろう?
 それについて、私は一つの仮説を立てた。
 生き物として、強くも無く、そして変身能力という類を見ない能力を持っている生物であるにも関わらず、それを悪戯に利用しない。さらに、変身能力以外の攻撃手段を持たないメタモンが、生き残るための手段として生み出した『粉』という存在。
 それは――生き残るためだけの存在なのでは無いだろうか、という事である。
 つまり、両者を混ぜる事で必要以上の能力を持つ事を、彼らは望んでいないのでは無いだろうか。そして、それは同時に彼らが獰猛な生き物たちの中で、非常に温厚な性質の生き物なのでは無いだろうか、というものである。
 だからこそ、彼らは戦いの舞台で利用される事が少ない。抵抗する程度の力は持っていても、制圧するだけの力を得る事は、彼らには出来ないのだ。
 だとするなら。
 メタルパウダーは、防御として。
 そしてスピードパウダーは――逃走のために生み出された粉なのでは無いだろうか。
 それについての真相は、メタモンに直接聞くか、或いはメタモンを研究するしか無いのだろう。しかし、それは叶わない。恐らく永遠に、叶う事は無い。
 何故ならメタモンは、研究しようとすると、研究者の姿に変身してしまうのだ。

『しあわせの味』

 駄目。全然駄目。
 私にポフィン作りの才能は無いのかもしれない。何度も何度も挑戦したのに、全部焦げちゃう。ポケモンが綺麗になるって聞いたから作ろうとしても、どれもこれも失敗してしまうのだ。
「もー、木の実が無くなっちゃう!」
 小屋の中で私は叫んだ。同じようにポフィン作りに来ている人に視線を向けられて、しまった、と口を押さえる。
「あらあら、どうしたの?」
 ポフィン料理ハウスのおばさんが、落ち込んでいる私を見かねて、声をかけてくれる。
「ポフィン作りが上手く行かないのー」
「あらあら。じゃあ、おばさんと一緒にやりましょうか」
「でも……私、へたくそだよ?」
「大丈夫。それに、ちょっとくらい焦げたって、大丈夫なのよ?」
 おばさんは鍋に木の実を入れて、椅子に座った。私も鍋の中に、ポケモンが好きそうな木の実を入れて、椅子に座る。
「大勢でポフィンを作ると、すごく美味しいポフィンが出来るって、知ってる?」
 おばさんは木の棒を鍋に入れる。私も同じようにした。
「うん、聞いたことあるよ」
「一人じゃ作れないような美味しいものも出来るの。あなた、どうしてだと思う?」
 おばさんは余裕の表情で、私は必死で鍋の中の木の実をかき混ぜた。
「分からない。木の実を一杯使うから?」
「それもあるわね。でも……ほら」
 ポフィンが焼き上がり、私とおばさんは木の棒を引っこ抜く。そしておばさんは焼き上がったポフィンを小分けにして、お皿に載せて私に差し出してくれた。
「ポケモンに美味しいものを食べさせてあげたい! って思う気持ちが一杯混ざるから、ポフィンは美味しくなるのよ」
「そっか」
 私はおばさんから差し出されたお皿の上からポフィンをつまんで、食べてみた。ポケモン用のお菓子だけど、人間だって食べられないわけじゃない。
「わ、甘くて美味しい」
「でしょう? ほら、あなたのポケモンにも分けてあげてね」
 おばさんは笑顔で私にお皿を渡してくれた。私はそれを受け取って、さっそくポケモンに分けて上げる事にする。
 そっか。綺麗にしようとか、そういう事よりも、まずはポケモンに喜んでもらおうって考えないといけないんだ。
「ごめんね、みんな」
 六つもある尻尾を振っているロコンに、ポフィンをあげてみる。美味しそうにポフィンを食べるロコンの表情は、何故だかいつもの笑顔よりも、幸せそうに見えた。