朝から何だかすげーやる気がでねえと思ってこれおかしいんじゃねえかと思ったら、なんか外が暗くてもう夜だった。
 時計を見る。十一時。そりゃ暗いよ。そりゃくれーよと自分自身に突っ込み入れて、さてじゃあどうしようかこれからどうすっか眠くもねーし何もする気起きないしって感じになって、結局外に出ることにした。
 二十四時間開いてる〜、フレンドリィ〜ショーップ!
 結構前。それも数年レベル前に流行った(のかわからんけど耳には残った)CMソングに乗せて、俺は夜のシオンを自転車でかっ飛ばす。十一時回ってるっつーのに、なんでこんなに人がいるんだよとか思いながら。ほんと、おかしいよ。人いすぎだよ。みんな寝る時間じゃねーのかよ。とか。
 まあ俺も起きてるんだけど。
 自転車にガーッとブレーキしてフレンドリィショップの駐輪場にズバッと止めて自転車から降りて自動ドアをくぐる。ほんと、二十四時間営業のフレンドリィショップは独り身で私生活が不規則な俺にとってオアシス以外の何物でもねーなと実感する。
「らっしゃせー!」
 うぜえ店員の挨拶を完全に無視して、俺は本のコーナーに回る。ポケモンの友とかポケモン手帳とかかわいいポケモンとか、そういうどうでもいいメジャー雑誌も完全に無視して、週間少年誌を手に取る。
 週間少年『ドーブル』
 これを読まない俺は俺じゃない。俺は『ドーブル』の読み専(フレンドリィショップで買わずに立ち読みする専用として暗黙のうちに存在しているやつで、その一冊だけはぼろっぼろだけど立ち読みしても文句を言われない)を手に取って、早速立ち読みを開始する。店員の視線とか全然気にならない。何故なら俺は自己中心的人間だから。
 バーッと『ドーブル』を開くとたまたま毎週読んでる冒険幻想漫画に出くわして俺はそれを最初っから読むことにする。先週作者取材とかで休みやがったから続きが気になってて俺はこの一週間微妙に悶々としてた。
 主人公のトレーナーが伝説のポケモンとかと出くわしてそいつ倒さないと手持ちがやばいけどゲットもしたいとか二兎追う一兎得ず的な展開になって、今の世の中ポケモンゲットとか言ってるバカはいねーよな、とか、ポケモントレーナーを目指すガキとかただのバカとされる時代だしなあ、とか考えてたらケツのポケットに突っ込んでたポケギアが振動しやがった。電話かメールかどっちか判断がつかないのがマナーモードのクソなところだ。俺はポケギアを取り出す。電話だ。
 ガガガと通話ボタンを連打して通話する。
「あー吉岡? お前今どこ」
「今? 今すげーフレンドリィショップでドーブル読んでるけどなに?」
「ああ、悪いな。何読んでんの?」
「伝説少年ロットオブ」
「お前またデンオブ読んでんの? そろそろ卒業じゃね? ていうか、ドーブル自体卒業だろ」
「うるせーな俺はいつまでも少年なんだよ。で、何だ。用事はよ」
「いや、今如月が俺んち来てるからさー、お前も此処こねえ?」
「あ? ああ」
「もっと喜んでもいいと思うけど。如月だぞー? 女の子だぞー?」
「いや、如月とか昔酷い目合わされてるから嬉しくもなんともねーわ。まあ来いっつーなら行くけど」
「まじ? じゃあ頼むわ。あ、ついでに食いモンとか買ってきてくんねえ?」
「は? ああまあいいけど、何。何食うんだよお前」
「飲み物は大量にあるからさー、カップラとかポテチとか適当に頼むわ。あとプリンとどら焼き必須な」
「どら焼き? 百円の?」
「いや、二百五十円のやつ」
「メガキングどら焼きな。おっけ」
「ほんじゃ待ってるわ」
 って言葉を聞いて俺は電話を切る。あーどうせ出費すんならたまには貢献してやるかってことで俺はついでに綺麗な『ドーブル』を一個取ってカゴも取ってぶっこむ。そんでチキラーとかカップラとかポテチとか適当にぶっこんで、プリン(俺らはミルクプリン派)とキングどら焼きを三つずつぶっこんでさて会計することにする。
 値段は見ない。フレンドリィショップで買い込んだところでたかが知れてる。俺はレジにドンとカゴ置いて店員に袋詰めしてもらって金払って袋を受け取ってフレンドリィショップから出る。
「くそだりーしさみー」
 言いながら俺は店から出て駐輪場で自転車に乗ってガッとバーを蹴って発進する。シオンからヤマブキまで行くのはだるいけど友達んちでだべんのは楽しいからがんばる。木島にも如月にも会いたいからがんばる。
 がーっとシャカシャカ自転車漕ぐ。広くていい道だけどその分寒い。俺はシオンとヤマブキの間の道を爽快に駆け抜ける。自転車ってすげーいい。夜の自転車ってすげーいい。冬は空が澄んでる感じがしてもっといい。そんな感じで。
 老朽化してもう警備員もいない連絡路を通って俺はヤマブキまで来る。ヤマブキはシオンみたいな田舎と違って夜なのに煌煌としてちょっとうざいくらいだ。
 俺はヤマブキにあるアパートに来て駐輪場に勝手に自転車を止めてカゴからフレンドリィショップ袋バッと引っつかんでさて階段を上がって木島の部屋を目指す。目指すつっても二階の一番奥だしそんなでもないけどそんな気分で歩く。
 カンカンカンと階段上がってコンクリ通路を歩いて木島の部屋の前にたどり着く。
「おーい、吉岡様が来たけどー」
「あーお前はやいなー。寒いだろ、コタツ入れよ」
「吉岡おそいぞー」
「てめー如月ぶっ殺すぞ」
 言いながら俺は靴脱いで木島の部屋に入る。袋はプリンとか入ってるから投げないで床に置いて、勝手に冷蔵庫開けてプリンを突っ込む。
「お前ら酒飲んでねーだろうな」
「飲んでないよー」
「飲んでねーならいいけどさ、お前飲むとうぜーから」
 如月に言って早速俺はコタツに入る。あったけー。あったけーなって思った次の瞬間如月の足が俺の足に当たってうぜーとか思う。ちょっとしたコタツ戦を繰り広げて結局俺が折れる。惚れた弱みとか多分そんな感じだ。俺は如月が好きだけど一回振られてるから距離感が微妙すぎる。
「あーそういや木島さ、何か小さいどんぶりとかある?」
「どんぶりとか何使うの」
「チキラー食う」
「何お前普通に飯買ってきたの」
「いや俺起きたの数十分前だから。十一時とかそんくらい」
「いやそれは生活リズム狂いすぎだろ、直せよ。一刻も早く」
「自分で直せたら苦労しねーからほんと」
 言いながら俺は木島からどんぶり貰ってさあチキラー食うぞつって袋開けてチキラーぶちまける。そんで木島の冷蔵庫から勝手に卵を取り出してぶっかけて近くにポツンと存在してた電動湯沸し機にがんばってもらってお湯をぶちまけた。
「ねー、これ残っちゃった」
「は?」
 突然如月から俺はカップラの残りを渡されてドキドキする。おいおいまじやめてくれ。俺はお前を忘れたいんだからほんと、恋心的なものを。しかも箸までてめーのじゃねーかって顔が赤面しそうになるのを堪える。
「お前それくらい自分で食えよ」
「二、三度挑戦したけど、やっぱり無理です。これは化学兵器です」
「そーなんすか。へー、すごいっすね」
「そーなの。だから食べて」
「ふぁっく!」
 親指と人差し指と薬指と小指以外の全部の指を立てて俺は如月に抵抗する。本当はしたくないけどこんくらいしないと俺の未練は断ち切れそうにない。つーか俺にちょっかいかけんなよこのびっちとか、そんな心にも無いことを心の中で思う。
「ああそんで、吉岡様、どら焼きは?」
「ああ買ってきた。つーかお前らちゃんと金払えよ」
「当たり前だろ払うよ。レシート寄こせ」
 俺はケツのポケット(ポケギアの反対側)につっこんでた財布を開いてレシート取って木島に渡す。そんとき箸で如月がレシート摘もうとしたから手を払おうとしたけどあんま手と手が触れるのもアレだしと思って箸を封印することにした。
「そんじゃ計算するわ」
「ていうか吉岡、足になんかついてない?」
「は?」
「コタツの中で足以外のものに触れるんですけど」
 如月が言うから何言ってんだこいつと思ってコタツに手突っ込んで足に触れる。何も無い。もう一方の足に触れる。なんかあった。
「あれ、これホッカイロだわ」
「何足にホッカイロつけてんの」
「いや、ホッカイロすげー使えんの。超あったかい。これはもう温かくないけど」
 何日か前に靴に突っ込んでそのまま忘れてたんだなっつー感じのホッカイロをゴミ箱に捨てる。冬に靴にホッカイロ突っ込むのは完全にデフォだろって思いながら、さてそろそろ俺チキラー食う時期だろってことでチキラーを食べ始める。卵は最初から崩すのが俺。
「でさ、今日何集まってんの?」
 俺はチキラー食べながら聞く。
「ん、ああ、ちょっとお前に話あって」
「まだ言わなくていいんじゃない?」
「話? つーかお前木島、どら焼きにジャムはねーだろ。舌壊れてんじゃねーの?」
「いや、ジャム美味すぎだから。普通どら焼きにはジャムつけるだろ。しかもイチゴ限定」
「つけねーよ。で、何? 話って」
「ああ、正直言うの気重いけど、お前に言っとかなきゃいけないから言うわ。俺と如月な、今度結婚するから」
「は?」
 は?
 ちょっと一瞬木島の言ったことが分からなくて、俺はその後少しずつ木島の言葉を理解する。結婚ってなんだっけ。結婚結婚結婚結婚結婚結婚結結結結結結糸吉糸吉糸吉糸吉婚婚婚婚婚婚女昏女昏女昏女昏。
「え? なんで」
「なんでって……普通に」
「ガキ?」
「いや、出来てないけど」
「え、へー……あ、そう」
 突然ガンガン涙が出てきて俺は憂鬱ドン底になる。喉がからからして目がじんじんして結構やばくなってチキラーが食えなくなる。
「すまん」
「いや、謝らなくていいだろ別に……お前らが決めたんだし、俺一回振られてるし。つーか如月なんか言えよ。俺超きもい男じゃん。泣いてるとか流石に男としてまずいだろ」
「うん……ごめんね」
「お前ごめんとか言うなよ……空気読め」
 別にそりゃ好きだったけどもう忘れようと思ってたしどうでもいいけど……とか思って、ああ木島と結婚するんだってようやく遅れてきた意識が理解して、そんでやっぱ泣けるとか、俺如月が好きだったんだなとか思った。
「あー、もうさ、お前そういうこと先に言ってから呼べよな」
「いや、言ったらお前絶対来ないだろ」
「だよな……いいや、もういいや。もうどうでもいいや俺。お前ら、今日吉岡様がプリンとか奢ってやるから。あー、酒ねーの? もう酒飲もうぜ。酒飲まないと俺もう色々やばいから」
「ああ、飲もうぜ。つーか、そのつもりでお前待ってたんだよ」
 だろうな。正直そう思う。別に木島好きだし、じゃあいいかって気もする。他のやつと如月が結婚したりするより、全然いいかって気もする。だけどやっぱ、俺がその場所にいたかったなって気もする。
「つーか……この際だから言うわ」
「は? まだあんの? 俺まだ横隔膜ひくひくしてんだけど。これ以上何か言われたら俺ほんとやばいけど」
「いや、お前の夢」
「夢? そんなんねーけど」
「あんだろ、ポケモンマスター」
「……」
 ここで言うのかよ。って思う。正直俺はもうポケモンとかどうでもいーって思って、バイトして、そんだけで生活して、適当に生きられりゃいいやって思ってたから。今更そんなこと、考えない。
「つーか如月も何か言えよ。俺と木島で話すとすぐ喧嘩になんだから。俺酒出すし」
「んー……私ね、吉岡のこと好きだよ」
「いや、お前今の今でそれはねーだろ。もちっと空気読めよ。木島も如月に振るんじゃねーよ」
「ううん、本当に。だけどやっぱ、私は吉岡に夢を叶えてほしいと思うよ」
「なに? それだから俺じゃなくて木島と結婚するってこと?」
「木島が一番好きなのは本当」
 言われて、なんか事実なのに、すげーグサっとくる。色々、色んな攻撃を喰らった感じになる。
「だけどさ、吉岡私が一人だと、ずっとそのままじゃん」
「そりゃ……いや、そりゃ、さ……諦めないでもいいんじゃねえかとかは思ったよ」
「だから、吉岡はポケモンマスターになれると思うから。ちゃんと挑戦してほしいの」
「もう出来るわけねーだろ。俺ら二十四だぞ? 遅すぎだよ」
「遅いとか無いよ。やる気になったらいいじゃん」
「あー……吉岡さ……俺は、まあ、ポケモンのことわからねー。普通に小学校行って、中学行って、高校行って、大学行って、社会人になった。普通にな。だけど、お前ずっとそのことばっか考えてたんだろ? 小さい頃からずっと、がんばってたじゃん、ポケモンのこと」
「うるせえなあ……」
 だけど俺は泣いてた。何か知らんけど、すごい泣いてた。ボロボロボロボロ、どっからか知らんけど、すげー数の涙が出てきた。俺枯れるんじゃねーかなってくらいの涙が出てきた。
「いや、まじで。俺、なんか……金とか、そんくらいなら応援すっから」
「うん……私も」
「つーかお前らこれから一緒になんだろ、金の出所一緒じゃねーか」
 笑いながら泣いて、俺は言った。ようやく笑えた。泣いてたけど、もうなんか、それは嬉しいのとか、悲しいのとか、悔しいのとか、どうでもいいやってのとか。そういうのが混ざってたから、見せても全然恥ずかしくなかった。
「あーあー分かった。いいよ、じゃあ俺殿堂入りしてくるから。それでいいだろ」
 チキラーも食えないし、プリンも食えないしで、もう何も喉通る気がしないから。俺はそれから一言も喋らなくなった。酒だけ飲んだ。バカみたいに酒だけ飲んで、木島と如月が喋ってくれんのに、頷いたり首振ったりした。そうやってなんか、もう今日で全部リセット出来たらいいんだけどなって思ったりした。
 ポケモンリーグとか。
 もう廃れてるって分かってんだよな、俺も。
 だけど小さい頃さ。ガキの頃、すげー輝いて見えてたもんだから、俺は未だに諦めきれない。諦めきれなくて、就職する気も出なくて。で、ポケモンマスター目指したやつらが挫折してなる研究員とかには絶対なりたくなくって。俺はやっぱ、一番が良かった。てっぺんしか目指したくない。
 だけど、それはよく考えたら、俺は如月と結婚したいとか、そういうことも考えてたから、二兎追う一兎得ず状態になってたんだと思う。ああどっかで見たなそれ。そっか、さっきの漫画か。
 今まだ俺が冒険漫画読んでるのだって、楽しいからだ。『ドーブル』を卒業できねーのも、そういうことだ。
 あんな冒険してみてーからだ。
 だけどもう、世間はそういう空気じゃないし、俺もう二十四だし。だからもう、そういうことできねーんじゃねーかって思って、やってなかった。
 けど、出来るんじゃねえ? 別に。
 だから、とりあえずもう、如月のことは忘れるかって思った。
 いや、違うか。
 ずっと覚えてようと思った。
 木島のこともずっと覚えてようと思った。
 この夜のことを、ずっと覚えてようと思った。
 二回目の、本気になった俺が生まれた日を、覚えてようと思った。


「……んあ」
 朝だった。
 飲んで、食って、寝たんだっけ。
 如月の寝顔と、木島の寝顔がある。やっぱ、未だに如月は可愛いなって思う。だけど、木島ならいいかって気にも、今ならなれる。
「ん、朝か?」
 俺の動きで気づいたらしい木島が起きた。俺は、こっそり帰ろうとしていたから、ちょっと気まずい。
「おう、おはよ」
「ああ……悪いけど、如月が起きる前に帰るわ」
「ん、そっか。分かった、言っとくわ」
 俺は身支度……つっても上着着て財布とポケギアがあるか確認して、立ち上がった。
「あと、結婚式すんの?」
「うん、する」
「俺、呼ばなくていいから」
「いやそういうわけにはいかねーだろ」
「いや、俺本気でポケモンリーグ目指すから」
 もう何かまた泣きそうだったから、俺は木島に背中向けて、玄関に向かう。
「俺本気だから。だからもうアパート出るし、住所不在になる。だから呼ばなくていい」
「……分かった、呼ばねーわ」
「うん。だから、俺がポケモンマスターになったら、俺んとこ訪ねてくれよ。そんで、俺お前らよりなんかすげーってことになって、幸せになるから」
「ああ、分かった」
「そんでお前らに自慢する。俺殿堂入りしたって」
「ああ、頼むわ」
「じゃ、本当に行くわ。マジでいくわ」
「行って来い」
「じゃ、またな」
 言って、俺は木島の家から出る。
 もう色々と溢れそうだった。
 だけど俺はそれを無駄にしない。
 溢れたもんを一個ずつ大事に受け止めて、そんで吸収してやろうと思った。
 ポケモンバトルっつー、冒険っつー、廃れた時代遅れの何かだって、俺が信じてるなら、まだ輝いてるはずだ。
 ポケモン。
 俺がずっと一緒にいる仲間。
 そいつらと一緒に旅に出ようと思って、今まで何度も、何度も、何度も何度も何度も断念した旅に出る。
 もう子供じゃない。
 危なくない。
 金だってある。
 二十四歳?
 遅くない。
 丁度いい。
 準備が整った。
 失うもんを失った。
 覚悟も決まった。
 そんじゃ今日から、俺はポケモントレーナーだ。
 俺はポケギア取り出して、ついさっき劇的な別れを告げたばっかの木島に電話する。
「どうした?」
「木島、頼みがあるから聞いてくれ」
「なんだ?」
「俺のアパート、適当に引き払ってくれ。もう帰らねえから」
「……おう、任せろ!」
 言って、俺は通話を切った。
 ポケギアも地面に叩きつけた。
 もう、後ろ髪を引くもんなんて、全部断ち切ればいい。
 アパートにも帰らない。
 シオンにも帰らない。
 この寒空でも、俺は春になってから旅に出ようなんて思わない。
 死んだって、もう構わない。
 夢も信じられない人生のほうが、死んだも同然だ。



※作者注
 ポケモンの名前が、約二十匹程度紛れています。
 お暇でしたら、探してみるのも、一興かもしれません。