かげぼうず

 ◇◆◇

 きょうからずっと、おともだち。
 かのじょはとっても、よろこんだ。
 ずっといっしょの、おともだち。
 かのじょはいつでも、よろこんだ。

 ◇◆◇

 ぬいぐるみに意志なんてないんだ。
 のうみそが無いんだから、当たり前だよね。
 もしものうみそ以外に、何かを決められる場所があるとしたら、似た何かくらいは、あったのかもしれないんだけど。
 でも、わたしがぬいぐるみだった時は、意志なんてなかった。
 ……あれ?
 なんだか違う。おかしいや。
 わたしは今、ぬいぐるみなんだっけ。
 ぬいぐるみに入ってきたんだから、ぬいぐるみだった時なんて、無いんだ。間違えちゃった。
 わたしはどこか、すごく暗いところで生まれて、ここに来たんだ。
 そしたらすごく居心地の良さそうなぬいぐるみがあったから、おじゃましたら、長く居すぎちゃった。
 だって、こんなに居心地がいいんだもん。
 わたしが抱いている、辛いって気持ち。悲しいって気持ち。もっと生きていたかったって気持ち。
 そういう気持ちが、すごく共感できるんだ。
 もしかしたら、この子も、過去に辛いことがあったのかもしれないね。
 かわいそうなぬいぐるみ。
 わたしもかわいそうだったから、わかるんだ。
 だから、記憶だけは残ってしまった。
 わたしは一体何だったっけ。
 人間だったかな?
 動物だったかな?
 わからないけど、生きてたと思う。
 だからこの子が憎んでる人間が、本当は悪い人間じゃなかったんだよ、って言ってあげたいんだ。
 だけどこの子は、わたしだから。
 憎んであげなきゃいけないね。
 わたしは今、この子と一緒。この子自身だから。
 だから、この子がしたいことは、わたしがしてあげなきゃいけないんだ。
 動けないぬいぐるみ。
 動けるぬいぐるみなんて、いないから。
 だからわたしが、動かしてあげるんだ。
 呪いの気持ちは、強いんだよ?

 ◇◆◇

 しょうじょはおとなに、かわってた。
 かわれたともだち、すてられた。
 しょうじょはおとなを、わかってた。
 わかれたともだち、のろわれた。

 ◇◆◇

 この子の持ち主なんて、知らなかった。
 だからわたしは、がんばって、この子の記憶をさがしたんだ。
 もちろん、のうみそなんてなかったから、記憶って言い方はよくないんだけど。だけどわたしはそれ以外に、言葉を知らなかったから。
 この子は、友達だった子の気持ちを知ってた。心で通じ合ってた、ってことなんだと思う。
 だから今、この子になってるわたしには、よくわかる。
 一緒に遊んで。
 一緒に笑って。
 一緒に眠って。
 一緒に泣いて。 
 一緒に歩いて。
 一緒に走って。
 別々に別れた。
 彼女は成長していったんだね。
 だけどこの子は、育てなかった。
 一緒にいてあげることは、出来なかったのかな?
 一緒にいてあげたら、わたしに呪われることなんて無かったのに。
 わたしが乗り移ることなんて、なかったのに。
 ゴミ捨て場に捨てられて、車に乗せられて、連れられて、大きなゴミ捨て場に、忘れられちゃった。
 わたしが見つけてあげなかったら、きっとそのまま、ずーっとずーっと、忘れられたままなんだろうね。
 でも、わたしが見つけてあげたから。
 今はわたしが、この子と一緒。
 だからわたしは、この子の持ち主を探してあげるんだ。
 そしてこの子に、ごめんなさいって、言ってもらうんだ。
 でも、昔のお友達が会いに行ったくらいで、驚いたりしないよね? 大丈夫だよね?
 肩も、足も、耳も、取れかかってて、中からわたが出ちゃってたから、ちょっと痛々しいけれど。
 ……ああ、でも、私が乗り移ったから、姿も変になっちゃったかな?
 ちょっと気になったから、森の途中の湖に、自分の姿を映してみたよ。
 何が見えるかな?
 ……うーん、ちょっぴりどころじゃなくて、すごく変わっちゃった。
 意地の悪そうな目、すごく暗い色、そして口につけられたチャック。
 不気味だな。
 こんな姿で、持ち主の女の子は、ちゃんと分かるのかなあ?
 不安だけど、わたしはずっと歩く。
 この子を持ち主のところに届けるまで、ずっと歩く。
 ほんのりと、記憶は残っていたんだ。この子の記憶。記憶って言うのはよくないって、分かっているけれど。
 気持ち?
 思い出?
 とにかくそれがあったから、この子が女の子と遊んだ景色が、少しずつ、思い出されてくるんだ。
 わたしはその道が示す通りに、森を進んだんだ。
 そして、森を抜けたら、世界は暗くなっていた。
 これなら人に見られないよね。今のこの子は、暗い色をしているから。
 歩いて、歩いて。見慣れた景色を見つけたよ。
 あ、このおうちは、この子が何度か来たことのあるおうちみたい。きっと、女の子のお友達だったのかな?
 あ、このおみせは、この子が何度か来たことのあるおみせみたい。きっと、女の子とよく来たんだろうなあ。
 そうしてわたしは、この子が住んでたおうちにやってきた。
 懐かしい気がしたんだ。
 すっごく、懐かしい気がしたんだ。
 私は小さい体を動かして、おうちに忍び込む。おうちの中に入ると、すごく沢山のことが、思い出せた。
 この子のお友達の部屋は、ここにあるよ。
 そんな思い出が、流れ込んできた。
 まだ、女の子はこのおうちにいるかな? 大人になったから、いなくなっちゃったかな?
 がんばって、お部屋のドアを開けてみた。
 女の子はいるかな?
 女の子はいるかな?
 薄暗い部屋の中で、目を凝らしてみた。
 ……あ! 女の子がいた!
 わたしは女の子に近寄った。
 でも、顔に白い布をかけていたから、顔が分からなかった。
 おかしいなあ。
 涙が出てきちゃった。

 ◇◆◇

 かげをわすれた、かげぼうず。
 かのじょのことは、おぼえてた。
 かげをみつけた、かげぼうず。
 かのじょのことは、わすれない。

 ◇◆◇

 白い布を、取ってみたんだ。
 そうしたら、わたしがいた。
 女の子は、わたしだった。
 大人になって、なくなっちゃった。
 動かなくなっちゃってたんだ。
 だからわたし、こんなになっちゃってたんだ。
 ああ、そっか。この子のこと、探しに来たんだ。
 大きくなって、お友達もみんな、ぬいぐるみなんて捨てちゃって。
 ぬいぐるみを持ってるのが恥ずかしくなったんだっけ。
 みんながポケモンばっかりするから。
 だからわたしも、ぬいぐるみに飽きちゃったんだ。
 それで、動けなくなっちゃったから。
 この子のこと、探しに来たんだ。
 わたし、そっか。
 この子にお別れをしに来たんだ……。
 わたしはわたしから白い布を取ったまま、お布団の中に入った。
 このままずっと、このお部屋に置いておいてはもらえないだろうから。
 だから今日だけは、一緒に眠ろう?

 ◇◆◇

 しょうじょはずっと、なげいてた。
 かのじょをすてたの、なげいてた。
 しょうじょはきっと、わらってた。
 かのじょとねむれて、わらってた。

 ◇◆◇

 影忘ず。
 おしまい。