おんがえし

 僕は沢山捕まえられた僕らのうちから、一匹だけ、特別に扱われた。
 色々と、条件を満たしていたんだと思う。強さとか、僕の性格とか。色々と、色々なものが、揃っていたんだと思う。
 だから僕は、ご主人様に大切に扱われた。
 まだ戦う前なのに、色々なものを飲まされた。けれど不味くなかったから、僕はそれを飲んだ。嫌な顔一つせずに、飲んだ。
 二十本くらい飲んだかもしれない。けれど僕は、僕らのうちの特別な一匹だったから、それに耐えた。
 ご主人様の手持ちに入った時、ずっと病気を持った子と隣同士だった。けれど、気分が悪くなる病気じゃなかったから、困らなかった。ご主人様も、僕が病気に感染すると、喜んでいた。
「よし、これで次の段階だな」
 きっと、悪くなる病気じゃないんだ。
 だから僕は、ご主人様の為に、笑ってみた。
 そして次に、僕はご主人様におかしな装置を付けられた。これをつけていれば、強くなれるみたいだった。ご主人様のために強くなれたらいいな、と思っていたから、僕はそれにも従った。
 そして、ご主人様は僕を連れて、戦いの場に繰り出した。
 僕は特定の種族と戦う時以外は、逃げることを強制された。だけれどご主人様の命令だから、仕方なく、従った。
 嫌じゃなかった。
 何匹倒したんだろう。
 何匹殺したんだろう。
 僕は僕の気持ちを押し殺して、敵を倒した。
 敵を殺した。 
 ……でも、ご主人様の命令だから、堪えた。
 嫌じゃなかった。
「よし、次だな」
 ご主人様はそう言うと、同じように、おかしな装置をつけた。今度は違うところを鍛えるものらしい。
 ご主人様は強くなれるって言っている。これをつければ、僕は強くなれるんだ。だから僕は従った。
 ――強くなれたら、冒険に出られるのかな。
 僕は願いを叶えるために、ご主人様の命令に従った。今度は赤い魚を倒した。倒して倒して倒した。殺して殺して殺した。
 元々赤い魚だから、血は目立たないみたいだった。
「これで素早さも終わりだな」
 ご主人様はそう言った。分からなかったけれど、満足そうだったから、僕は気にしなかった。装置も外されて、僕は身が軽くなった。
 それから何匹か。少しだけだったけど、同じ子を倒した。僕はその時、強いっていう自覚があったから、その子達をすぐに殺せた。
 ご主人様は喜んでいた。
 僕も嬉しかった。
 嫌じゃなかった。
「よーし、後はレベル上げるだけだ」
 ご主人様はそう言ってくれた。
 僕はその言葉を聞いて、これからご主人様と冒険に出られるんだと思った。一緒に色んな所を旅して、仲良くなっていくんだ。
 僕の心は躍った。
 ご主人様は僕を連れて、とある町にやってきた。そこまで、数々のトレーナーを見たけれど、ご主人様に挑戦する人はいなかった。
 ご主人様は、とある建物に入った。
 僕はご主人様に連れられるままに、その建物で待っていた。
「じゃ、お願いします」
 ご主人様は、老夫婦に向かって、そう言った。
 お願いします。
 何をするんだろう。これから何が始まるんだろう。
 その答えはすぐに分かった。
 僕は、老夫婦に預けられたんだった。
「これからよろしくねぇ」
 お婆さんはそう言った。優しそうに、そう言った。
 嫌じゃなかった。
 多分、ここで色々と勉強しなさいって意味なんだろうと思った。まだまだ未熟な僕だったから、ここで修行しなさいって意味なんだ。
 それから何日も経った。
 何日も。
 何日も。
 何日も。
 何日も。
 何日も。
 何日も。
 何日も。
 ――気づけば僕は、育ちきっていた。
 これ以上、強くなんてなれない。本能がそう告げていた。これ以上僕は、成長出来ない。
 それを見計らったかのように、ご主人様は僕を迎えに来た。
「おー、強くなったなー」
 ご主人様はそう言った。
 僕はご主人様が嬉しそうにしているので、忘れられていた日々のことを、すっかり忘却しようとした。
 無理だったけれど。
 それから僕は、完成しきった強さを持って、ご主人様が指示する通りに戦った。
 信頼することは出来なかったけれど。
 ご主人様と一緒にいられたから、それだけで良かった。
 嫌じゃなかった。
 僕はご主人様に連れられて、とても大きな建物にやってきた。
 どうやらここで、僕は戦わされるらしい。
 一緒に冒険には行けなかったけれど、ここで戦うことだって、冒険に見えないことも……ないよね。
「よし、いくぞ!」
 僕を含めて三匹。ご主人様に連れられて、決戦の舞台に上がった。
「百連勝目指して頑張ろう!」
 ご主人様は僕達三匹に向けて、力強く叫んだ。
 僕達はご主人様に喜んでもらうために、本気で戦った。
 ……。
 ……。
 ……。
 ……。
 戦う相手は、とても強かった。
 僕達は、無残にも負けてしまった。
 それでも何回も、勝ち進んだのだ。
 だけれど百回連続で勝ち続けられるほど、強くは無かった。
 ご主人様の知り合いらしい人は、強すぎた。
「……やっぱ、厨ポケ使った方が早そうだなー」
 ご主人様はもう、僕達のことなんてどうでもよさそうだった。
 負けてしまったから、用済みになったのかもしれない。
「友達と戦う時はこいつら使えばいっか。バトルタワーなら別に誰も見てないし、何も言われないだろ」
 ご主人様はそう言って、僕達を何処かに預けた。
 一匹。友達が預けられた。
 二匹。友達が預けられた。
 三匹。僕が預けられた。
 それからずっと暗闇。
 もう用済みだったのかもしれない。沢山の同じ僕らから、僕が選ばれたっていうのに。
 それなのに、勝てなかったら、用済みになってしまった。
 それからは暗闇。
 それからは暗闇。
 それからは暗闇。
 永遠みたいな、永久みたいな、永劫みたいな暗闇。
 ずっと息を潜めて待っていた。
 僕はまだ頑張れるってところを、ご主人様にわかって欲しかった。
 それだから僕は、ずっと待った。
 ご主人様の事を、ずっと待った。
 逃がされていないなら、まだチャンスはある。
 ご主人様と会えるチャンスが、きっとある。
 僕はひたすら待った。
 ずっとずっと待った。
 そして――
「よし、今日は友達とのバトルだから、お前を使おう」
 僕はご主人様に、会えた。
 嬉しかった。
 今の僕はとても強かったから。
 ご主人様が育ててくれたお陰で、とても強かったから。
 何でも出来ると確信して。

 ご主人様に、怨返しをした。