ポケモン。

 深奥地方にいるらしい友人から手紙が来た。来週、関東に遊びに来るとのことだ。
 深奥シンオウと言えば北東にある島国で、関東(カントー)では見られない種類のポケモンが見られることで有名だ。僕が連れているポケモンも深奥から連れてきたポケモンだが――まあ、数多く見られる種類では無いので、深奥地方のポケモン、と称するといささか語弊があるかもしれない。
 僕は訪問の時刻や日程の詳細に目を通さずに、手紙を机に置いて、昼食の準備に取り掛かることにする。来週なら、急ぐ必要も無いしね。
 昼食は何にしようか。ああ、確かインスタントのラーメンが残っていたはずだから、それにしよう。
 関東地方の港町、朽葉クチバ市。
 潮の香りと広々とした敷地の中で、僕は悠々自適な生活をしている。深奥地方から来る友人のようにポケモンと世界を旅するでも無く、少年少女のようにジムリーダーに憧れるでも無く、ただただ、両親の残した家に住んで、両親の遺産を食いつぶして毎日を消費しているわけだ。
 両親は三年前に、僕の前から姿を消した。世界一周の旅を企画したサントアンヌ号の沈没によって、行方不明になってしまったのだ。
 死体は上がらず、行方不明扱いにはなっているが――恐らく死んでいるだろう。帰りを待つことにも退屈してしまった僕は、何をするでもなく、こうして三年間この家にいる。――いや、実はこうして三年間、朽葉市から動かずに、両親の帰りを待ち続けているのかもしれないけれど。
 とにかく、今年で十五歳になった僕は、しかしこうしてただ生きている。両親の事故のせいか、旅は危険だという先入観がある僕は、何処へ行くでも無く、ただただ生きている。
 十五歳なので仕事が出来るわけでも無く収入も無いのだが、世界一周旅行に参加するだけの財力があった一家――というだけで、生活に困らないだけの財産は相続しているということは明らかになるだろうか。親戚も少なかったことだし、用心深い両親のお陰で、僕は財産をほぼ独り占めしている。このまま一生、働かなくても食っていくのに支障は無いほどの蓄えだ。
 これと言った趣味も無く、強いて言えば朽葉ジムで行われるバトルや、路上バトルの観戦くらい。自分から戦うことは好ましくないし、僕のポケモンは、そういった意思の無い争いとは縁遠い性格に思える。それに、僕のポケモンはあまり頻繁に目にすることが出来る種類のポケモンでは無いので、人の目につくと興味本位で観察されてしまうことが多い。僕もポケモンも、そういう視線はあまり好きでは無い。
 茹った麺を器に移して、僕はテレビをつけてラーメンを食べ始める。また何処ぞでポケモンの異常発生……最近はどうも、自然界での生態系が破綻してきているらしい。
 ずるずるずる。一心不乱にラーメンを食べ、サッパリとした醤油味に大変満足し、食事終わり。今日は久々に散歩にでも繰り出すことにしよう、と器をシンクに置いて水につけておく。さて今日は何処に行こう、広い敷地で路上バトルに最適な十一番道路か、山吹ヤマブキ市、ハナダ市からのトレーナーの多い、六番道路か。いや、久々に山吹市の道場に顔を出してみるか――などと考えを巡らせていると、机の上でポケギアが振動し始めた。電話だ。
 面倒だと思いながらも、発信者の名前を見てすぐに電話に出る。
「もしもーし」
 緑葉リョクハだった。手紙の差出人だ。
「もしもし、どうした?」
「どうした? って……あれ、手紙行って無い?」
「来てるよ。来週来るんだろ?」
「へ? いや、今週だけど……」
 意味不明になりながら僕は机の上に放っておいた手紙に手を伸ばす。
 近況報告、関東に行く旨、しばらく泊めて欲しいという要望、そして期日の詳細――
「ていうか、今着いたんですけどー……」
 急に音声がステレオになって、僕は家のドアを振り向く。ガチャリという控えめな音と共にドアが開いて、ポケギアを片手にした旅人が、ばつの悪そうな顔でこちらを見ている。
「……て、手紙が届くのって、時間かかるんだね!」
 何処から怒ってやろうかと考えたが、期日の詳細をしっかりと見ていなかった僕にも非はあるし、旅で疲れている相手に酷なことを言うのも、躊躇われた。
 なので。
「……お帰り」
「……ただいまぁ」
 疲れきった顔、汚れきった服。トレードマークの帽子はくすんでしまって、可愛い色が台無しだ。
 僕は電話を切って、緑葉も同様に切る。「荷物置きなよ」と僕が言うと、居心地が悪そうにはにかんだ後、緑葉は荷物を置いた。
 そんなわけで、僕と緑葉は、実質二年ぶりの再会を果たすこととなった。