5

 案の定、緑葉は未だに何を買うか悩んでいた。
 そんな緑葉の肩に手を置き、一言「俺が全部買ってやるぜ」なんて言葉を吐いてやろうと思ったのだけれど、僕にそんな度胸があるはずもなく、さらに昨日無駄遣いを怒られたばっかりだったという要素も加わって、最終的に「何で悩んでるの?」と尋ねるところに留まった。自分でも悲しくなるほどへたれである。
「うーん……防御か特殊防御か……」
 結局、攻撃と素早さは諦めたらしい。
「電気属性って、概ね特殊攻撃じゃないの?」
「違うんだよねぇ。ていうか、最近『特殊も物理もあるんじゃないの?』っていう結論に達したらしいの」
「へえ?」
「だからー、火でも水でも、パンチしたら防御力が高くないとダメでしょ?」
「ふむ?」
 ポケモンバトルにおいて使われるポケモンの技である、所謂『攻撃』は――物理攻撃と、特殊攻撃に分けられる。『防御』は、物理防御と、特殊防御。そのうちどちらかが優れているかによって、そのポケモンが得意とする戦術も変わってくる。
 まあ、それはゲーム世界のように簡単な話では無いのだけれど、物理攻撃というのはつまり物理的な攻撃であって、パンチなりキックなり、『物体と物体が触れ合う』というような攻撃だ。一番分かりやすいところだと、体当たりとかだろうか。
 それを防ぐには防御力――つまりは皮膚、体毛、甲殻の『硬質化』が求められ、それが強ければ強いほど、防御力は高くなる。僕が記憶に残している話で言えば、随分と前の話になるが、まだポケモンの種類が少なかった頃だとパルシェンというポケモンが、防御力の鬼と謳われていたらしい。今ならきっと……ツボツボかな? まあ、概ね貝系は防御力が強いということか。つまりは甲殻が硬いというわけである。
 しかし、防御力が強いからと言って、全ての攻撃に耐えられるわけでは無い。この世には『特殊攻撃』と呼ばれる、まあ――物理攻撃では無い攻撃が存在する。その特殊攻撃、簡単に言えばどういうことかと言うと、『物体と物体が触れ合わない』というような攻撃である。分かりやすければ何だろう、水鉄砲とかだろうか。
 そういう、『属性』――あまりにゲームっぽくて言うのが憚られる単語ではあるが、その属性を含む技というのは全て『特殊攻撃』と考えられているはずだ。だから、電気タイプのポケモンを多様する――というか電気タイプしか使わないマチス少佐なら、特殊攻撃を上げておくのが一番なのでは無いかと思うのだが――
「属性付きの特殊攻撃が、現れたとか?」
「現れたっていうか、元々そういうものだったらしいの」
「ふうん……じゃあ何だ、エスパーの物理攻撃もあるってことなのかな」
「多分……あった気がする」
 へえ、随分と、僕の周りで世界は動いていたらしい。
 ああ、ということは、緑葉はそのお陰で色々と悩んでいたということか。物理防御と、特殊防御。その両方が、読み間違えれば失敗してしまう問題であるから――ということは、電気タイプのポケモンを相手取る場合においても、特殊防御だけを上げておけば良いという問題でも無いわけか。全く、ポケモンバトルというのは、面倒臭くて仕方が無い。
 見ている分には楽しいけれど。
「……ん、ってなると、それでも特殊防御力が高い方がいいんじゃないの?」
「どうして?」
「マチス少佐が使うのって、ライチュウと、マルマインと、エレブーだからさ」
 まあ、詳しいことは知らないけれど、その三匹は確か、物理攻撃力より、特殊攻撃力に優れたポケモンだった気がする。元より電気タイプというのは、特殊攻撃に優れたポケモンが多いように思える。
 ……まあ、電気タイプのモンスターに関して、マチス少佐に粘着質に自慢されたから覚えているだけなのだけれど。
 そうなれば、物理攻撃によるダメージで即死、ということも無いだろうし、危険視すべきは特殊攻撃。そこに重点を置いて、即死だけを免れれば、後は傷薬などなど、回復手段は沢山ある。
 ジム戦では、ジムリーダーにこそ回復アイテムの使用制限があるが、挑戦者にそんなものは無いのだから。
「……何でハクロが知ってるの?」
「え? いや、あー……いや、この前見たからさ、ジム戦。先月のやつで、その三匹使ってたんだよ。うん。いや、今回もどうかは分からないけど、きっとそうじゃないかなーなんてね、アハハ。はぁ……」
「ふうん」
 危ない危ない。勘弁してくれ。はあ、そうか、マチス少佐と僕が仲がいいってのは、緑葉は知らないことだもんな。僕だって出来れば言わないでおこうと思っているわけだし。
「じゃあ……でもやっぱりセオリー通り、特殊防御を上げるスペシャルガードを買おうかな……一回に二個使うとして……六匹で…………」
「三百五十円×二×六匹で、合計四千二百円」
「ぐ」
「貸してあげようか?」
「……やっぱ一個ずつでいいや」
 妥協。しめて二千百円。
 緑葉はスペシャルガードと他に商品を幾つか買って、レジに向かって行った。ふう、まあ、僕だって金に余裕があるとは言えないのだけれど、そのくらいは出してやりたいというのが、幼馴染としての心境なのだ。
 まあ、僕と緑葉の立場が逆だったら、僕は絶対に、緑葉の好意にNOと言うことだろうけれど……人の心ってのは、難しいものだ。相手の立場にならないと、結構分からないものである。
「お買い物しゅうりょー」
「そうだね。んー……丁度昼時か。せっかくだし、何処かで何か食べていこうか? 勿論僕の奢りで」
「んー……だね。これから帰って作ると遅くなっちゃうし。それに、せっかくのデートだしね」
 あぅ。
 本気で言ってるんだろうか。いや本気じゃないにしろ、僕には相当のダメージを与える言葉だ。デート。デパートからパを抜いただけでここまでのダメージ量となると、僕は今後『デパート』という言葉を聴くだけでも反応してしまう下劣な少年に成り下がる可能性がある……とか何とか、馬鹿みたいなことを考えて感情を抑える。
「それじゃ……南の方に、レストランがあったっけな。いや、食堂って言ったほうがいいのか? まあとにかく、そこに行こうか」
「おっけー」
 僕はさりげなく、緑葉の荷物に手を伸ばし、奪い取る。緑葉も何か言いたげな視線を送ったのだが、僕はあえて無視して、エレベーターへと向かった。エレベーターなんて、そういえば久しぶりに乗るなあ、なんて考えている内に、二人を乗せた箱が降下していく。ふむ、なんだか本当に、デートらしくなってきたんじゃないだろうか。見た目だけは。
「そういえばハクロ、お金大丈夫? 計画的?」
「ああ、まあ一応。食材とは言っても、三日分くらいしか買ってないしね。それに僕、趣味も何も無いから、元々買い物しないし」
「よろしい」
 何が宜しいんだろう。僕が堅実な人間であることが宜しいのだろうか。しかして僕の無駄遣いにそんなに抵抗を示すなんて、なんだか本当に、デートとか言うよりはもはや……新婚さんとか、そんな気分だ。
 ……どうにも、緑葉がこっちに来てから、何度かそんなことを思ってしまう自分が情けない。
 でも、心の底ではそうありたいと思っている自分もいるのだけれど……。

 さて、そんなこんなで僕らは玉虫市の南に位置する食堂にやってきた。テーブル席が二つと、カウンター席が八つの食堂で、以前は夫婦で経営していたらしいのだが、現在は息子が店長をしているらしい。と風の噂に聞いていた。夫婦は……他地方に店舗進出でもしているんだろうか。ここ数年、姿を見た人はいないらしい。かく言う僕も、息子さんが店長を務めて始めてからは、ここに来るのは初めてだ。
 まあともかく、僕らは二人という人数も考慮して、カウンター席を選択した。テーブル席を二人で使うのは、何だか無駄な気がしてならない。ただ小心者なだけかもしれないけれど。
「ここに来るの久しぶりだなー」
 カウンター席に座るなり、緑葉が言う。
「ん、緑葉と来たことあったっけ?」
「んーん。二年前くらいにね、お父さん達と来たことがあるんだー」
「へえ」
 お父さん達。
 ……うーん。
 幼馴染ということがあったからか、必然的に家族ぐるみの付き合いである僕の家と、緑葉の家。
 僕の家が裕福である、ということを全く考えずに付き合ってくれる数少ない人間関係だったので、上都で隣同士だった頃は特に仲良くしていた。そのお陰で僕と緑葉の仲がここまでになったというのなら、緑葉の両親と僕の両親には、してもしきれない感謝が生まれることになる。
 しかし、僕の両親が行方不明になってしまった頃に、僕は緑葉の親父さんから「養子になったらいいんじゃないか? 俺は大歓迎だぞ」と軽いノリで提案されたことがあるのだが、まあ緑葉のお父さんはそのくらいパワフルな人物であって、小心者の僕とはソリが合わない気がしてならない。母親もノリのいい美人な女性で、何というか、あまり得意では無い感じだ。まあ、その二人の結晶が緑葉だとするのなら、僕にも付き合える人柄なのだろうけれど……やはり年上だと、何かと遠慮というものが存在してしまうので、僕は苦手なのだ。
 ちなみに養子については――まあ、言わずもがな、断った。緑葉と兄弟関係になったら、色々と……まあ、出来ないことも出てくるだろうし。
「ハクロは何食べる?」
 そんな僕の不埒な回想を断ち切るように、緑葉がメニューをつっついて尋ねてくる。
「何でもいいけど……まあ、僕の常識では外食はラーメンだね」
「ラーメン好きだねえ」
「うん」
 大好きだ。
 カップラーメンとインスタントラーメンが常備してある程度には、ラーメンが好きだ。
 カレーも好きだけど。
 どうでもいいか。
「じゃー私はオムライスで」
「はいよ。飲み物とかは?」
「別にいいや」
 お金を気にしてか、本気でいらないのか。少々図りかねるが、まあいらないのならいいだろう。
「おっけー。すいませーん」
 早速注文をするために、カウンター内で一人慌しくしている店長に話しかける。店長……というか、店員? いや、調理師か? 全てを一人でこなす、随分とキャラの立った人物だ。ふむ、これだけのことを一人でやりくりして、一人で店舗経営をするとなると、かなり出来た人物なのだろうと容易に想像がつく。経営、提供、店舗維持。どれを取っても難易度の高い技術。それを一人でやるのだから大したものだ。それにまだ若いように見えるし、それでいて近隣との付き合いも上手くやっていることだろう。きっと世渡り上手じゃないと色々難しいだろうし、とすると――僕みたいに愛想も悪く無いはずだし、客商売であるのだから、きっとにこやかな対応をしてくれるはずだ。僕みたいな若造が生意気にも女の子とデートに来ていても、聖人のような笑顔で受け応えしてくれるはずだぜ!
「あぁ?」
「ひぃ」
 無愛想だった。
 完膚無きまでに。
 あまりの表情に、一瞬で僕の素早さががくっと下がったほどだ。
「なんだよ」
「あ……すいません、注文を……させていただけないかと……」
「ああ、注文な。何が食いてえんだ」
「えっと……醤油ラーメンと、オムライスを……出来れば、食べさせていただけないでしょうか……」
「そうか。待ってろ」
 言って、店長は調理場へと向かって行った。
「お、おぉ……」
「すごい人だねー」
「二年前に来た時はまだあの人じゃなかったの?」
「仲の良さそうな夫婦だったよ? 二人だけでやってたみたい」
「この二年間で、一体何があったと言うんだ……」
 僕はこの店の行く先が不安になる。
 いや……玉虫唯一の飲食店だし、存在しているだけで将来安泰なのかな。
 競争率少ない感じだし。
「おら」
 どんどん、と水をカウンターに置いていただく。思わずお礼を言いそうになるくらいの無愛想さだ。
 しかし、出された水は普通に美味そうだ。さらにコップも、曇り一つ無い美しさである。うーむ……店長の愛想に反して、店のレベルは高いようだ。むしろこのギャップを面白がって来店する客すらいそうな雰囲気だ。
「ふう、ま、とりあえずお疲れ様だね」
 緑葉がコップを手に取って、僕のコップに打ち付ける。ああ、乾杯か。僕はそれに応じて、「お疲れ様」と返す。
「昨日は何だかどたばたしてたし、ちゃんと挨拶してなかったかもしんないね」
「ああそういえば……そうか、あれ昨日のことなのか。何だか、緑葉が来てから一日の密度が濃いなあ」
 一人でいる時は、カップラーメンの前で「あれ!? まだ二分ですか! あと一分待つんですか!」というくらい、一日の経過が遅いのだけれど……緑葉といると、随分と速く感じる。それこそ麺が水分と吸い切るくらいのことを平気でしそうなくらいに。
 自分の好きなことをしていると時間が経つのが速く感じるとは言うが、つまりは、そういうことなのだろうか。好きなこと。好きな子と。緑葉と一緒に居る事が――いや、何だかこのまま考えを続けると顔から火を噴く結果になりそうなのでやめておこう。
「どれくらいぶりだっけ? 一年ぶり?」
「いや、二年ぶりかな。手紙とか電話はよくしてたから、あんまり久しぶりって印象では無いけど……それでも、二年か。結構、長い間会ってなかったんだなあ」
「あーそっか。前は上都で会ったんだ」
「そう。僕がお婆ちゃんに会いに行った時、丁度緑葉もいたんだよね。あの時は……一ヶ月くらいかな? 今思うと、結構一緒にいたんだなあ。それから二年経ってるっていうのに、変わらないものだね」
「ハクロとは、離れてても遠くにいる気がしないしね」
 ……ん。
 それは、そういう方向性の意味合いなのか?
 こういうことを臆面も無く言ってしまう緑葉に、僕はいつも動揺を隠せない。
「小さい頃からずっと一緒だったし、ハクロは特別だよ」
「そりゃ……まあ、嬉しいな。ありがとう。僕も、まあ、緑葉は特別だよ。そりゃあね」
 そりゃまあ、色々な意味合いにおいて、特別である。特別に決まってる。
 しかしまあ、小さい頃から一緒、という意味では、僕のパートナーであるポケモンも同じだ。出会った時期は緑葉の方が早いけれど、一緒にいる時間は、絶対的にこいつの方が長い。けれど、そういう意味合いとも、また違った特別性を、僕は緑葉に感じているんだろう。ふむ、我ながら何を言っているのか分からなくなってきた。普段冴えない頭に、ポンコツ補正がかかっているようだ。
 緑葉が絡むと、僕は本当にろくでもない人間になってしまうらしい。
「今度はハクロも一緒に旅に出ればいいのに」
「僕が緑葉と? そんな、足手まといになるだけだぜ? 運動不足の僕なんて、すぐにへばっちゃうよ」
「毎日歩いてれば大丈夫だって」
「そんなものかなぁ……まあ、それも楽しそうだね。コレと言ってやることがあるわけじゃないし、緑葉のセコンドを務めるのも楽しそうだ」
 真剣に考えるのも悪く無い提案。
 けれど、やっぱり、男女二人旅ってのは……色々な面で、問題もあるだろう。
 十五歳。
 色々と複雑な年齢だ。特に男は。何歳になってもガキである男が、少し大人に興味を持つ年頃である。今二人で家にいるだけで色々と危ういのに、何ヶ月も二人でいるなんて、まあ考えるだけで末恐ろしいものだ。
「……まあ、おいおい、ね。でも、今はジム戦に備えるのが先決だよ」
 無理矢理話題を逸らして、現実から目を背けることにした。
「まー、それもそっか」
「そうそう」
 幼馴染である緑葉をそういう対象として――いや、むしろ幼馴染であるからこそそういう対象として見てしまう自分が、あまり好ましくない。
 かと言って、誰かに緑葉を取られるというのも、好ましくないのだけれど。
 そのためには緑葉の近くにいなければいけないのに、近くにいすぎると、緑葉を傷つけそうだ。
 ……どうにも、よく分からない感覚。
 ……色々と、複雑な年齢だ。

 ◇

「ジム戦と言えばさ、ハクロ」
「ん?」
 何とか軌道修正が出来たらしく、緑葉はバッグからメモ帳なんぞを取り出しながら尋ねてきた。
「マチスさんの使ってるポケモン、何て言ってたっけ? ライチュウと……」
「ああ……ライチュウと、マルマインと、エレブーだったはずだよ」
「ふーむ……」
「考えてみたらあれだよね、緑葉のポケモンって、電気に強いってわけじゃないんだよね」
「そうなんだよねー」
 キュウコン、ワタッコ、シャワーズ、モココ、オオタチ、ヨルノズク。
 炎、草、水、雷、無、飛。
 そして電気に効くのは……地面、か。よくよく考えると、電気タイプってのは、弱点が一つだけということもあって、かなり優秀な属性なのかもしれない。
 弱点。まあ、言うまでも無いとは思うが、存在する全ての物体には、ウィークポイントというものが存在する。目の前のガラスのコップに対しては、過度な衝撃だったりするし、カウンターの木材に対しては、火とかだったりする。僕に対するマチス少佐であったり、緑葉であったり……いや、それは違うか。
 まあともかく、地面。土に電気は通らない、という理屈で電気は地面に通じないようだ。厳密には電気は地面に対しても有効だし、効果を成さないってことは無いとは思うんだが……まあ、その辺、ポケモンが持っている『地面』というタイプが、岩石や無機物をベースとした、人間の立っている土壌とは別物だということだろう。ポケモンが使っている『電気』も、人間が日常的に呼んでいる『電気』と、性質が違うという話だし。
 じゃあ逆に……地面が電気に効果的、というのは、どういう理屈なのだろう。電気が地面に通じないのは良いとして、地面が電気に強いなんて、意味が分からない。
 そういう「お約束ですよ」と言われて納得出来るほど、僕はゲーム脳では無いのだけれど……。
「……うーむ」
「どした?」
「いや、電気って地面に通じないんでしょ?」
「うん。無効化だね」
「じゃあ地面って何で電気に効果的なんだろう、って思って」
「へ?」
「緑葉様はご存知かと」
「むぅ……」
「さっぱり?」
「さっぱりー」
 緑葉も分からないらしい。まあ、ポケモントレーナーは、どのタイプがどのタイプに効く効かない、ということだけを押さえておけばいいのだろうし、仕方ないか。そういう分野は、今や星の数ほどいるポケモン研究家の皆さんが考えればいいことだしな。まあその辺は、今度暇があったら調べておこう……。
 と、そこで。
「ポケモンが持つ電気は性質上微弱ではあるが常に放電している。そして電気タイプのポケモンにとってその『電気』は生命力そのものだ」
 調理していたはずの店長が急に解説をし始める。
 会話聞いてたのかよ。
 ……惚気話しないでよかったぜ。
「地面タイプが持っている『地面』という性質は、貪欲に様々な物を吸収する物質だ。炎の熱量、水分、電気、草の持つ養分、毒成分。まあ様々だな。そのうち炎、電気、毒は地面に効果的なダメージを与えない。そして電気は、地面の攻撃を受けると、体内から放出している電気を吸い取られて、余分に体力を削られるってことだ。ほら、ラーメンとオムライス出来たぞ」
 説明の傍ら、店長は僕と緑葉に、かなり量の多いラーメンとオムライスを提供してくださる。あれ、大盛りとかにしたつもりは無かったけれど……これで普通サイズとでも言う気なのだろうか。この器はもはや鍋サイズだ。
「わー、すごい大盛り」
 緑葉のオムライスも、何だろう、何か別の、黄色く巨大な物体だった。緑葉は痩せの大食いなのできっと躊躇無く平らげるだろうが、それにしても……女の子相手に出す量では無い。
「不服か?」
「いえいえ! 滅相もございません! うわあ、こんなにらあめんが食べられるなんて!」
 僕の不審そうな表情を読み取ってか、店長は僕の防御力が下がりそうな睨みを利かせた。やめてください。
「それじゃいただきまーす」
「僕も、いただきます」
 出されたからには食べるしか無いだろう。ううむ、僕が昔来た時はこんなに大盛りじゃなかったはずだけれど。
 小さい時大きく感じたものが、大きくなって小さく感じる……という現象はたまにあるけれど、逆の現象があるなんて、考えにくかった。
 と、いうか。
 料理の大きさに圧倒されている場合では無かった。
「そういえば、ですけど」
 僕はラーメンを食べながら、テーブルマナー違反上等で問いかける。
「何だ」
「何だか随分と、ポケモンのタイプについて詳しいみたいですね」
「ああ、属性の性質か」
 丁度客の入りもまばらで暇なのか、店長は何処からか椅子を持ってきて、僕の前に腰掛ける。片手にはお酒の瓶を持っているようだけれど、仕事中にそれはどうなんだろう。
「地面タイプの『地面』が、吸収する性質を持っている……って話は、初めて聞きましたね。緑葉は知ってた?」
「ひららい」
 知らないらしい。
「知らなくて当然だ。基本的に、そういう情報っていうのは、研究されてから公開されるまで、確固とした確証を得る必要がある。特に昨今はな。あれだ、最近だと攻撃の種類とか、誤報があっただろ」
「誤報?」
「あれだよ、さっきデパートで話した、物理攻撃と特殊攻撃のやつ」
 ああ、誤報。つまりは研究員達が流した情報と、現実が食い違っていたということか。
「まあ、最近はそういうこともあって、あんまり情報を流せないんだ。研究所って何やってるかあんまり知られてないけどな、情報を流せないだけで、日夜研究に励んでいるようだ」
「ほお……」
 僕は美味すぎるラーメンを食べつつ、店長の話に聞き入る。
「しかし、だとすると、店長さんは何故そういうことを知っているんですか」
「何故も何も、そういうことを話し合っていく研究員とか博士が、よく店に来るからよ、自然と頭に入るんだ」
「頭に入るって……一度聞いただけで分かるもんですか? 僕、未だにその『地面』という性質の吸収っていうのが、よく分からないんですけど」
「俺は記憶力が良くてな。一度聞いたら何も忘れない。吸収っつーのは、もう勝手に何でも吸収すんだよ。お前らが飯を食うような、自発的な問題じゃねえ。自動的な問題だ。だから、電気の攻撃は吸い込むし、炎の攻撃も吸い込む。そうして、効果的じゃない攻撃は、体内で分解して抑止するわけだ」
「はあ、何となく分かりますけど……じゃあ、草とか水とかはどうなるんですか?」
「あと氷もね」
『地面』タイプが持つ弱点について、緑葉が付け足してくれる。
「ああ、草の場合は、地面が草の養分を吸い取る前に、『地面』に存在する養分を吸い取られる。分解する前に、分解されちまうんだ。だから効果的な攻撃に繋がる。水については――さっき、『電気』は生命力って話をしただろ、あれと同じで、『地面』も生命力だ。で、水の場合は、草のように吸い取ったりはしない。逆に、与えすぎるんだ。ハクロ、俺達が立ってる地面が何で出来てるか知ってるか」
「えーと……岩石と無機物ですか? ていうか名前――」
「一度聞いたら忘れないつっただろ。で、地面は土壌。土壌は岩石と無機物ってとこまでは合ってる。その他に、液体と気体だ。まあほとんど液体、水分、水だ。H2oだな。気体の中にも水蒸気――つまりはH2oが多く含まれている。さて、その『水』を地面に多く吸収させると何が起こる」
「水を含んで――湿りますね」
「……はあ」
 溜め息をつかれた。
「過剰摂取で機能が低下するとかですか?」
 落第生の僕の代わりに、もう半分くらいオムライスを食べ終えている緑葉が答える。
「そんな具合だ。例えば人間が水を過剰摂取すると、水中毒っつーまあ面倒な症状が起きる。そうだな、もし俺くらいの人間が三十リットルも水を飲んだら、間違いなく死ぬだろう。そういう、まあ『地面』という性質に対して、過剰な水分摂取による症状名ってのは正式にはまだつけられてないみたいだが、そういう原理で、『地面』に『水』は弱点として扱われている。もっともその『水』ってのは、元素記号H2oの水とは酷似してこそいるが、詳細を辿ると別物らしい。ま、草と水は、奪うか与えるかの違いはあれど、効果的な攻撃なわけだな」
 土壌はH2oを含んでいるけれど、タイプとしての『地面』が含んでいる『水』は、H2oとは別物、ということか。つまりそこに存在する『水』は、ポケモンが有するタイプの『水』であって、人間が日常的に使う『水』とは、似て非なる物というわけだ。
「なるほど……大体、理解出来ます。それで、氷はどうなんでしょう」
「ラーメンを食えよ、美味いうちに。……で、氷か。氷ってなんだ? おい緑葉、言ってみろ」
「ふぇ、わたひれふか」
 呼び捨てにするなよと一瞬言いかけたけれど、その後が怖いのでやめておく。というか、緑葉の名前も普通に記憶しているのか。この人本当に記憶力いいな……。
「氷ってなんだ?」
 もぐもぐ、ごくん。と急いで口の中身を飲み込んだ後、緑葉は答える。
「えっと……水が冷えて固体になったもの?」
「まあそうだ。凝結だな。だがまあ、ここで言う『氷』は現物の――丁度いいもんがあるな、こいつみたいな氷じゃねえ」
 店長は、巨大冷蔵庫の中からジュースなんかに入れる小さく四角い氷を取り出して、僕らに見せた。
「氷っつーのは溶ける。溶けると水になる」
「なるほど、つまり溶けて水のような働きをするということですね」
「全然違うから黙ってろ。いいか、日常的に使われる氷は氷だ。熱すれば溶ける。が、戦闘に用いられる――ポケモンが持つ性質としての『氷』は、こいつみたいに零度じゃ溶けない。そもそもが『水』の凝固体じゃねえのさ。まあ、例外はいくらでもあるがな。で、その氷は、ひたすらに周囲の熱量を奪う。地面みてーにだ。その結果どうなるかっつーと……どうなると思う?」
 ラーメンを食べながらだった僕は、麺をすすりながら首をかしげる。黙れと言ったり問うてみたり、どうにもやりにくいお方である。
「土壌内に含まれている水分が凝固するんだ。水は氷になると、体積が増える。すると容器だ何だをぶっ壊す。深奥とかじゃよくあるんだが……水道管とか、貯水タンクとか、ああいうのは中の水が凍って壊れちまうんだ。そういう状況下を、『氷』は一瞬のうちに作り出す」
 はあ。
 えっと、つまり……『地面』に含まれる水分が、『氷』がもたらす温度低下によって、凝結。水分は凝固して氷となり、『地面』を破壊すると、そういうことなのかな……。
「つまりは内側から壊すってことですね!」
 既にオムライスを完食し、熱心にメモを取っている緑葉がそこには存在していた。なんたる努力家。やっぱり僕には到底見習えないクラスの天上人である。
「そういうことだ。草は吸収、水は投与、氷は破壊だ。その点、氷が一番有効的と言えるだろうな。とは言っても微々たる違いだから、全てが全て、同じ程度の威力と捉えて問題無いだろう。まあ、『地面』っつー属性は、そういう性質だっつーことだな」
「はあ……詳しいですね」
「勉強になります!」
 しかも中々教え方が上手い。いや、決して、初心者に分かりやすいという意味合いでは無いけれど。適度な……一般教養と、それに準ずる程度の学を身につけていれば、中々に分かりやすい説明だったと、言えなくも無いだろう。まあ、学校に行っていない僕にとっては、少しばかり、レベルの高い講義だったけれど。
「ん、でも、地面が攻撃に回るとどうなるんですか?」
 勉強熱心な緑葉の質問ターンになったらしい。僕はその隙に、ラーメンを平らげてしまうことにする。
「地面の攻撃は、一般的に言って『地面』の性質をこちら側から与えるという考え方だな。『地面』が自動的に吸収する性質だってことは言ったな? それを――ああ、まあつまり、こういうことだ」
 言って、店長は新しい氷を手に取り、僕のおでこにつけた。
「ひゃっ」
 口から奇声が漏れる。
 緑葉の前で何故恥さらしをしているんだ……!
「今お前が冷たいと感じたのは、氷がお前の熱量を奪ったからだ。それと同じように、『地面』が『電気』に触れると、『電気』を吸収する。そして、『電気』はイコールで生命力だ。それを吸い取られれば、大ダメージは免れないだろうな」
「なるほど。ハクロ、店長さんの話はためになるよ」
「そりゃよかった……」
 僕は全然ためにならない。むしろ損害だ。
「でもでも、地面タイプじゃなくても、地面タイプの技を使えるポケモンもいますよね」
「ああ、あれはただ地面を使用しているに過ぎない。地面、というか――土台、か? まあ、土壌やら岩石やら鉱物やら、色々だ」
「それだと、電気に効果的じゃなくなりませんか?」
「効果的だ。『電気』は微弱だが常に放電してるとは言っただろ。そして土壌は水分を含む。そこに『電気』が放流されて、生命力が奪われていくわけだ」
「えっと……」
 ラーメンを食べながら、僕は頭の中で整理する。つまりは地面にせよ、『地面』にせよ、そこに存在する水や『水』は電気を効率良く通す。そして、だからこそ『電気』を吸収することで、『電気』を持つポケモンへ、効果的な攻撃が出来ると、そういうわけか。ふうむ、難しい話だ。まあ別に知りたいわけでは無かったけど、勉強にはなった。
「地面と『地面』は、似て非なるというだけで、ほとんど同じ物質なんですね」
「まあ、そういう考え方でほぼ正しいだろうな。例えば水と純水の違いみたいなもんだ」
 なるほど。水は電気を通すけど、純水はほとんど電気を通さない、という、そんな感じの違いか。まあ、別に深く考えることでも無いだろうし、適度に、頭の片隅に置いておこう。
 流石に量が多すぎてスープが飲めなかった僕は、麺だけたいらげて食事を終了させることにした。横では緑葉が熱心にメモを取っている。こんなことを熱心にメモに取る必要無いとは思うけど……まあ、緑葉がしたいなら、好きにすればいいか。
 と、僕はそこで一つ疑問に至った。
「ん……」
「あ? 何だ?」
「あ……いや、えっと……『地面』は『電気』を吸収するから、『電気』は『地面』の攻撃に弱いんですよね」
「そうだな」
「でも、『地面』が『電気』を吸収するなら、『地面』は『電気』の攻撃を無効化出来ないんじゃないんですか? いくら何でも、一切合切無効化って訳にはいかないでしょう」
 地面が電気を吸収するということは、電気は地面に効果を成すということだ。それに間違いは無いだろう。だとしたら、絶縁体で無い以上、電気を無効化させることは不可能である気がする。
「そもそも電気が何故生物にダメージを与えるのか、その辺から考えた方がいいだろうな。……ん、そうだな、また来い。その時に説明してやる。宿題にでもしとけ」
 店長が立ち上がったので振り返ると、どうやら来客らしかった。
 流石に自営業とは言え、客を放って僕らの質問に答えている暇は無いのだろう。僕らは食事も終えていたことだし、料金を払って退散することにする。
「すいません、最後に一個だけ」
 が、そこで緑葉のまさかの質問が飛び交った。
 努力人間緑葉。結構押しが強いらしい。まあ、勿論既知の事実だったが、よくこの店長を相手取って、ここまで精力的に質問出来るな……。
「何だ?」
「『地面』タイプのポケモンが出す『地面』タイプの攻撃と、他のタイプのポケモンが出す『地面』タイプの攻撃って、さっきの説明だと同じように聞こえましたけど、やっぱり威力とか違うんですか?」
 ふむ。そういえば、『地面』タイプでは無いポケモンが使う地面の攻撃は、土壌を用いたものだと言っていたはずだ。そこに違いが無いのだとすれば、攻撃面に関しては、地面タイプに存在価値が無くなってしまう。
「タイプ的な『地面』という物質と、土壌は、別物だ。似ているが、別だ。だから、ことタイプ的な『電気』を相手にする場合は、『地面』という物質の方が効果的だな。いや、同様に土壌であれ、『電気』に対して効果的な攻撃はするのだが、『地面』という物質のほうが、より効果的だ。倍率で言えば……二倍には満たなくとも、一、五倍くらいは行くんじゃないか? お前のパーティには地面タイプはいないようだが、まあそれは諦めるしか無いだろうな。『地面』タイプが『地面』タイプの攻撃をして、『電気』タイプに効果的なダメージを与える。これはもう、生まれもった才能みたいなもんだ。後から足掻いたところで、炎タイプのポケモンだとかは地面攻撃を効果的に扱えないのさ。こればっかりは、いくら努力してもどうにもならない事実だ。……そんなとこでいいか? もう勉強会はお開きだ。んじゃ、飯代払え」
 と、催促してくる店長に対して、僕が少しばかり怒りを覚えたのは、別に言い方が気に食わなかっただとか、払うつもりだったのに勘定を催促されたかだとか、そういうものでは、決してなかった。
 才能――努力。そういう、まるで僕と緑葉のことを言うかのように、「いくら努力してもどうにもならない事実」なんてことを口にしたことに、不快感を覚えた。
 けれど、それに対して反応してしまえば、緑葉に対してその事実を認めているようなものだ。
「……ご馳走様でした」
「また来い」
 だから僕は、少し気まずい想いを秘めたまま、勘定を終え、出来るだけ普段通りに、緑葉と店を出る。
 別に、特別気にかけるようなことでも無かったのだけれど。
 最近自分の才能について思うところがあるせいか、ちょっとばかり、僕はその手の話題について、敏感になっているのかもしれない。