この小説は、以前書いた短編小説にほんの少し手を加えたリメイク版です。
ちなみに最初は無題だったのですが、ユルカさんという方に素敵なタイトルをつけてもらった事を覚えています。
昔書いた小説にしては自分自身かなりお気に入りの内容なので、ご覧になっていただければ幸いです。
この世界には、不思議な形や能力を持った生き物が存在する。
人はこれを、『ポケットモンスター』と呼んだ。
この世界では、人とポケモンはとても仲良く共存しあっている。
もちろん、必ずしも……100%そうとは断言できないのが、現実ではあるのだが……。
「ふう……暑いな〜」
ゆらゆらと景色が揺れて見える。
その様相から、今の気温がいかに高いか、想像するに難くない。
時はすでに真夏。その中でも特に今日は気温が高く、とても蒸し暑い日であった。
じりじりと焼けるような日差しの中を、帽子をかぶった少年が1人で歩いている。
彼は、仲間のポケモンを連れて旅をしている、いわゆる『ポケモントレーナー』と呼ばれる存在。
年齢は11歳で、この世界においては彼ぐらいの年頃ならば、ポケモンを連れて旅をするのも、そう珍しい事ではない。
この少年は自分の町から旅立って、およそ1〜2ヶ月程度が経ったぐらい。
実力的には中級クラスといった所だ。
「それにしても、ほんと今日は立ってるだけでも汗がだらだら出るな」
少年は、水筒の水をがぶ飲みしながら歩いていた。
そうでもしないと、汗として出ていく水分を補えない。
「とにかく、このままじゃ下手すりゃ日射病だ。もうすぐ次の町だから、着いたらとにかく休むか」
暑さを必至で耐えながらも、少年は帽子のつばを手でつかんでかぶり直しつつ、そう言いながら足を速めるのだった。
やがて、少年の目の前に1つの町が見えて来た。
ところが同時に、変な臭いも感じる事ができてくる……。
「な、何だ? この臭い……」
それは、明らかに悪臭と言える物だった。
とても好き好んでかぎたいような臭いではない。
何より『つ〜ん』と鼻につくし、思わず鼻を手で覆いたくなるほど強い。
しかも、町に近づくほど臭いはキツくなっていく。
「やだな。どうしよう?」
はっきり言って、近づきたくない臭いである。だがしかし、この辺には他に休める場所も無い。
生憎、近くには大きな影になりそうな物も無かったのだ。
草むらこそあるが、大きな木は見当たらない。従って当然、木陰も存在しない。
しばらく少年は葛藤するが、やはり今の暑さをしのぐ方法は町に行く他無い。
少年は鼻をつまみながら、なるべく早く町に行って臭いと暑さをしのげる場所を探そうと、より足を速めて進んで行った。
しばらくして、とうとう少年は町に辿りついた。
だが、臭いもまた充満している事がよく分かった。
「一体、何の臭いなんだ? これは……」
その時、どこからか大人の声が聞こえてくる。
「コイツ! あっち行けよ!」
「家の前にいてもらっちゃ、困るのよ!」
聞こえて来たのは、この二言。
「……行ってみるか」
耳に入った言葉が気になった少年は、声の方へと向かってみる事にした。
人とポケモンの衝突……。
それは時たま発生する、やむを得ない出来事。
この世界に住むほとんどの人はポケモンの事が好きだし、両者間での問題が発生する事は滅多に無い。
……が、それがゼロとも言えない。
それはここまで旅してきた少年にも、なんとなく分かっている。
しかしながら、今回ばかりはさすがにたじろいだ。
「うっ……こ、これかぁ!?」
少年は鼻を再び手で抑えると同時に、全てを悟ったのだった。
少年の目の前にいたのは、1匹のポケモンである。その名も、『ベトベトン』と呼ばれる種類のポケモンだ。
ドロドロベトベトの半ねり液状体の毒ポケモン。
冷静に考えると凄く安直な名前と思えるのだが、今の状況はそう笑っていられるものでもない。
簡単に言えば、ベトベトンは1件の家の目の前に居座っていた。
そこには生ゴミが散乱しており、ベトベトンはバリバリと生ゴミを食いあさっている。
「一体、何があったんですか?」
少年は、町の人に話を聞いた。
「何があったと言われても……とにかく、このベトベトンが突然現われたんだよ。下水道のマンホールからね」
「マ、マンホールから……か」
いかにも、ベトベトンが現れそうな所から出て来たものだ。
少年は、即座に思った。
「それで町が臭かったんですね。僕、旅をしてるポケモントレーナーなんですけれど、近くの町に近づくにつれてドンドンきつい臭いが強くなって行ったもんだから、何かと思いましたよ」
「何? ポケモントレーナーなら、丁度よかった!」
その大人の人は、急に顔を明るくした。
野生のポケモンとまともに対抗できるのは、常識的に考えればポケモントレーナーだけ。
少年も、なんとなく言葉の意味を察する。
「はい……。それじゃ、やってみます」
少年は自分のパートナーであるポケモンを繰り出した。
「よし、いけー!」
少年の合図と共に、彼のポケモンはベトベトンに攻撃を加える。
意外にもベトベトン自身は大して強くなかったらしく、攻撃を受けるとすぐによろけてしまい、そのままズルズルとドロの体を引きずり退散していくのだった。
「ふう。あんま強くなくって助かったなぁ」
こうして、町からベトベトンは去って行った。
すると、みるみる空気が新鮮になっていくのが分かった。
嫌な臭いがすっかり無くなり、む〜んとした重い空気は消え去って行く。
もはや暑さなんて、どうでもよく思えるほどだった。
少年はというと、当然この町を救った事で町の人達にもてなされた。
「なんか宿代も食事代も払わなくていいだなんて、すみません」
「な〜に、気にする事は無いわい。ちょっとした、わしからのお礼じゃよ」
その宿の主は、とても気さくなお爺さんだった。
「にしても、どうしてベトベトンがいきなり現われたんでしょうね?」
素朴な疑問を、少年は口にする。
「ふむ、それはやっぱりアレじゃろうな」
「はい?」
「ゴミじゃよ」
「ゴ……ミ……?」
思わず少年は首を傾げた。
「知らんかね? ベトベトンというポケモンはな、汚い物や臭い物が大好物なんじゃよ」
「う……なんか、ベトベトンなら分かる気がします」
「どうも最近、道端にゴミを捨てる輩が多くてな。以前よりも町内掃除をする事も減ったから、町そのものが汚くなっていったんじゃろう。そこへ、たまたまやってきたベトベトンが居座ってしまった訳じゃな」
「じゃあ、もしまた別のベトベトンが来たら……」
「うむ。また、同じような事になるやも知れぬ。生憎、ここには手練のポケモントレーナーもおらんからのう。困ったもんじゃわい」
頭をポリポリかきながら、お爺さんは話を続ける。
「君は知っとるかね? 昔、『ベトベトンに来られたくなかったら、まずは美化運動を!』というキャッチフレーズがはやったほどなんじゃ。この町に限らず、な」
「はぁ、なるほど」
「どこの町でもベトベトンが来たら当然臭くなるから町の者達は嫌がるし、ベトベトンに長期滞在されてしまった場合は、臭いや汚れが町に染みついてしまう事もあるんじゃよ。とにかく、ベトベトンは嫌われた存在じゃったからな。皆やっきになって美化運動を心がけたものじゃ」
「その頃は良かったんですね」
「ところが、そうとも言えぬのじゃ」
「……へ?」
少年は、お爺さんの予想外の答えを聞いて、思わず力の抜けた相づちを口にした。
「元々嫌われ者じゃったベトベトンが、この時期辺りからますます忌み嫌われだしてのう。ベトベトン虐待事件なんかまでが発生して、荒んだ現実が浮き彫りにされたりもしたんじゃよ。
冷静に考えれば、ベトベトンには悪意はない。ただ、自分の住みやすい場所や食べ物がある所を探して、やってきただけじゃからな。それでもベトベトンを嫌う者は、今でも沢山おる。かくいうわしも、そんなに好きなポケモンではないからのう。じゃが、それでもベトベトンはれっきとした生き物であるし、自分達の意思も持っておる。……難しい所じゃな」
「人とポケモンの問題……といった所でしょうか?」
「もっともベトベトンは人間のみに限らず、他のポケモンからも嫌がられているそうじゃがな。彼等は嫌われる事を宿命として背負いながら行き続ける、そんな運命の持ち主なのかも知れないのう」
……ベトベトンに悪意はない。
……それが彼等の生態なのだ。
しかし、だからと言って彼等を受け入れられる存在が、果たしてどれだけこの世にいるのだろうか。
生まれつき嫌われ者の宿命を背負わされた彼等の、その心の内は果たして……?
ほとんどのポケモンは、人と仲良く共存し暮らしている。
だが、その中でもまれに人間と相容れにくいポケモンも存在する。今回のベトベトンも、正しくそれだった。
ベトベトンに悪意も悪気もないし、もちろんそれは町に住む人達も同じ事。
それでも町の人にとっては、ベトベトンの臭いや汚れは大いに困る。
自分の町を綺麗にしなかった為にベトベトンが来たのだから自業自得、と言えばそれまでかも知れないが、しかしそれだけでは解決しきれない何かがある。
仮に町を綺麗にし尽くしてベトベトンを寄りつかせないようにしたとしても、それでもベトベトンという種の生物が消える訳ではないし、消えてよい訳では無い。
ベトベトンは、そういう特徴を持った生物の一種に過ぎないからだ。
少年はこの日の夜、ずっと考え続けていた。
自分が撃退した、あのベトベトン……あいつは今、どこに行ったのか? それをずっとずっと考えながら、やがて眠りについたのだった。
それだけ深く考え続け心配していたというのに、その答えは翌日あっけなく出る。
少年が町を出て少し歩いた所に、そいつは待ち受けるかのように堂々と立って(?)いた。
「……何?」
冷汗混じりで、少年はベトベトンに尋ねる。
言葉がわからないので、ベトベトンはジェスチャーで色々と訴え始めた……が、結局何をやってて何が言いたいのか、その動きをみててもサッパリ分からない。
大体、文章でも表現のしようがない変な動きをし続けるだけなのだ(オイ)。
「……ひょっとしてさ。お前は、僕等と一緒に旅について来たいの?」
まるで「それそれ!」と言いたげに、ベトベトンは指を少年の方へ向けて2度ほど頷く。
1人で歩く少年が『僕等』と表現したのは、つまり自分と自分のポケモン達を合わせての意味。
要するにベトベトンは、自分も彼のポケモンの一員として仲間に加えて欲しいようだ。
それにしても、この状況でよくベトベトンの心の内を理解できたものだと、少年本人も思わず自分に感心してしまう。
続いて、ベトベトンは道端にあったゴミを次々と食べ始めて見せた。これも少年には、すぐ分かる。
「『自分はゴミ箱代わりになるから役に立つよ』……ってところかな? 言いたい事は……」
再び先ほどと同等の仕草で、ベトベトンは少年の言葉を肯定する。
確かに少年としては不要なゴミを持ち歩く必要は無くなるし、ベトベトンにしてみればエサに困らない。
何しろゴミや汚い物なら、何でも食べれてしまうのだから。
「(ベトベトンは、一般的に多くの人から嫌われている。それはある意味、当たり前の事なのかも知れない。それを悪いとも言い難い。ベトベトンが嫌いなのは人に限らず、他の種類のポケモンとかもそうらしいし、汚い物を好む奴なんてそうそういないからなぁ。それでも……そんな嫌われ者と仲良くなるのも、いいかも知れないな!)」
少年はしばらく考えて、結論を出した。
結果、彼は空のモンスターボールを取りだし、投げつける……ベトベトンを捕獲し、自分のポケモンにする為に。
「いいよ、一緒に行こう!」
ベトベトンは嬉しそうに、モンスターボールに吸いこまれていくのだった。
かくして旅の少年は、ちょっと風変わりな仲間を得たのである。
「う゛! モンスターボールに入ってもまだ臭いとは……。こりゃ、何か対策を考えないとなぁ」
それから……2、3日後。
「ベトベトン、小さくなる!」
レベルが上がり、新しく覚えた技をベトベトンは実践。
みるみるベトベトンの体は小さくなり、とうとう豆粒サイズにまでなった。
その状態のベトベトンを、少年はモンスターボールの中へと戻す。
「さすがに、これだけ小さいサイズにしてボールに収めれば、臭いはしないや。……ま、これでいっか!(この数日で臭いが少し体についちゃったから、早くどこかで風呂に入らないとだけれど(汗))」
……彼を嫌う事に、罪は無い。
しかし、彼がただの嫌われ者じゃない事もまた事実。
世界は広い。
彼を受け入れる存在も、中にはいる事だろう。
終わり
適当に書いた短編小説でしたが、いかがだったでしょうか?
いや、ホント適当な事しまくりなんですけどね(駄)。
少年の名前や手持ちポケモンを指定しなかったのは、ベトベトンというこの小説内で唯一名のついた存在を強調する為。
べ、別に名前を考えるのが面倒だった訳じゃないですよ!!(……でも、ちょっとはそれもあるか♪(蹴))
……と言った所で、上記までの手直しは終了。
書いたのが随分前にも関わらず、手直しを要したのはほんの些細な部分だけでした。ある意味、希少。
むしろ、自分よくこんな小説を書けたものだなぁと、何となくベトベトンのジェスチャーを理解した時の少年の心境に近いものがあります。
今でもココまで興味のひける作品が書けるかどうか、怪しいものですし……。