※ 今回の話は、連載小説のアクジェネと合わせてご覧になる事をお勧めします。

 

 

 

「くそっ……何故だ!! 何故なんだッ!?」

 薄暗い洞窟の中……その少年の声は、洞窟内の壁によって反響する。

「ちくしょう、お前みたいな甘い奴が、俺より強いはずない!! なのに、最強最高のポケモンを手に入れても、俺は負けた。一体、何故だ!!?」

 彼の目の前には、1匹のポケモンが倒れた姿がある。
 メガニウムと呼ばれる、大型の草タイプのポケモンだ。
 そして、その更に向こうには、青く巨大なワニのようなポケモンの姿も。
 オーダイルという、これまた大型の水タイプのポケモンである。

「正直、凄いと思ったわよ。まさか、チャンピオンロードまで追っかけてくるなんて思わなかったもの」

 少年と同じ位の年齢と思われる少女が、そう言った。

 彼女は持っていたモンスターボールに、先程まで戦っていたオーダイルを戻す。
 これを見て、少年の方もまた、悔しそうにメガニウムをモンスターボールに戻した。
 そして、そのまま少年は少女に対し言い放つ。

「……ちっ。クリス、お前に同情される筋合いは無い!」

「っ! シルバー、あなたねぇ……!」

 シルバーという名の少年にひねくれた態度を取られ、ムカッときた様子の少女クリス。
 クリスは最後に、次の言葉をシルバーに残す。

「とにかく、シルバー。今のあなたじゃ、絶対に私には勝てないわ」

「な……何っ!?」

「ポケモンに対する思いやりも愛情も、何1つシルバーからは感じられない。力だけが全てと思ってる内は、まだまだよ」

「ぐっ……! ま、待て、オイ!」

 彼の制止には一切反応を示さず、クリスはそのまま洞窟の出口へ向かい去って行った。
 1人残されたシルバーは、しばらく頭の中で悩み続ける事を余儀なくされる。

「(俺は、最強のポケモントレーナーになると誓ったんだ! なのになぜ……あいつばかりが、各地のジムリーダーを倒し、とうとうポケモンリーグにまで到達しているんだ?)」

 ……これまでシルバーは、幾度となくクリスの前に立ちはだかった。
 彼が自分のポケモンを手に入れる為、ポケモン研究者のウツギ博士からチコリータを盗んだのが事の始まり。
 以後、そのウツギ博士からワニノコを貰い旅立ったクリスとは、これまで幾度となく衝突。
 ところが勝敗は、いつもシルバーの完敗に終わるのだった。

「(最強のポケモンをかき集めた俺が挑んでも、クリスはことごとく俺を倒していく。ポケモンへの愛情が足りないだと? それが俺が勝てない原因だとでもいうのか!?)」

 

 

 

銀の刃

 

 

 

 ジョウト地方、キキョウシティ。
 イラ立った気分で、シルバーはこの町を歩いていた。

「(愛情だなんて……俺は今まで、考えた事も感じた事も無い。今更それが重要だと言われて、それで俺にどうしろというんだ)」

 どうやら、あまり人気(ひとけ)のない所を歩いているようだ。
 彼はウツギ博士からポケモンを盗んだという事で、警察からも指名手配されている身である。
 人通りの多い道を通るのは得策ではない。

「(この辺りは林だ。人目につく事もないだろう。)」

 ところが……ガサッ!

「! 野生ポケモンか?」

 背後の草木の中から、確かに何かが動く音が聞こえた。
 次の瞬間にはもう、彼はメガニウムをボールから繰り出して攻撃。
 鋭い葉の刃で全てを切り裂く、葉っぱカッターである。

「うわぁ〜!!?」

「……何?」

 直後に聞こえたのは、誰かの叫び声。
 それもどうやら、声の感じからして小さな子供のようだ。

「脅かしやがって。ポケモンじゃなかったのか」

 シルバーは念のため、メガニウムをボールにしまいながら声の方へと近づく。
 案の定、そこには小さな男の子の姿があった。

「ったく、貴様はこんな所で何をしている?」

「……えっ……」

 どうやら相当びびったらしく、男の子は腰が抜けたように芝生の上に座り込んでいる。
 年齢は、4〜5歳だろうか?
 幸い切傷が見あたらなかったので、どうやら葉っぱカッターには直接当たらなかったらしい。
 ただ、明らかに切傷とは違う、体の所々についている傷跡がシルバーも気にはなったが。

「おい、聞いてるのか!?」

「ひぃっ!!」

「……迷子にでもなったのか? あいにく、俺はいそがしいんだ。貴様にかまってる暇など無い」

 鋭い、まるで刃のような眼差しを向けながら、シルバーはその子に言い放つ。
 そしてきびすを返し、そのまま立ち去ろうとした……のだが。

「あっ……お兄ちゃんは、誰?」

 小さい子供の方が、シルバーに声をかけた。
 シルバーは、再びギロリと鋭い目つきで子供に振り向く。

「っ!?」

 子供は即座に、側にあった木の後ろに隠れてガタガタ震えだした。

「貴様に名乗る義務などない」

「あっ……そっ……そうだよね……ごめん……」

 睨みつけられた子供は、よりいっそうガタガタ震えながら謝る。
 しかし、懲りずに再び口を開いた。

「あっ、待って! えっと、僕の名前は詩空(シクー)……」

「貴様の名前など、誰が聞いた!?」

「わぁっ!! ごっ、ごめん……なさい……」

 シクーと名乗った少年は、再び木の後ろに隠れる。

「まったく。恐けりゃ、俺が立ち去るのを大人しく待ってればいいだろ」

「う、うん……そう、だよね……」

「…………。シルバーだ」

 不意に、シルバーは自分の名前を言った。

「え?」

「名前だ、俺の! 聞きたかったんだろ?」

「ひぃっ!! う、うん……」

「で、シクーだったか? 貴様、俺に何か用があるのか?」

「いや……特には……」

「(ハァ、何なんだこのガキは)」

 だんだん、呆れてきてしまった……。
 しかし同時に、このまま何も言わず立ち去るのも、不思議と気が引ける気分になってきてしまう。
 そこでシルバーは、唯一気にかかった事を子供に尋ねた。

「(やれやれ……)シクー、お前その傷はどうしたんだ?」

「え?」

「顔とか手とかについてる傷の事だ! 今の、俺の葉っぱカッターによる傷ではないのは明らかだし、手当をした様子も見えない。ケンカでもしてたのか?」

「ち、違うんだ、シルバーお兄ちゃん。これは、家に人に殴られて……」

「……! 何だと?」

 怪訝そうな表情で、シルバーは再度尋ねる。

「親に殴られたのか?」

「ううん、親は……いない……」

「!」

「僕は、ある家の人に拾われたんだ。そこで住まわせてもらう代わりに、働かさせられてる。でも、上手くいかない事があると、すぐ殴られて……。あ、でも平気だよ、シルバー兄ちゃん。もう慣れてるから。」

 『へへへ……』と、作り笑いを浮かべながらシクーは答えた。
 それに対し、シルバーは無言のまま。

「…………」

「こら、シクー!! てめぇ、んなトコで何やってる!?」

 と、その時だった。
 荒々しい声と共に、1人の男がやって来たのだ。

「あっ、ごめんなさい! 今、帰ろうかと……」

 怯えるシクーに対し、現れた男は荒々しい声を変えずに怒鳴り散らす。

「てめぇは、俺等の家に置いてもらってる分際なんだ! 無駄に道草くう時間があるなら、帰って仕事しやがれってんだ!」

 バキッ!
 男は、幼いシクーは思いっきり殴り飛ばす。

「うっ……!」

「ケッ! まったく、うちのジジイがこんなガキを拾ってくるからだぜ。捨て子だか何だか知らねぇが、拾ってきて自分で育てるならまだしも、その後すぐおっ死んじまってよ。残ったガキの世話をする、俺の立場にもなってみろってんだ!」

「…………」

「おい、シクー! 何、ボサっとうつむいてやがる。早く帰って仕事しろって、さっきから言ってるだろうがよ! こうなったら、お前にはたっぷり働いてもらわなけりゃ割にあわねぇ!」

 すると、それまで見ているだけだったシルバーが口を開いた。

「なるほど、そういう事情か」

「あ? 何だ、そこのクソガキ」

 まるで、今までシルバーの存在に気づいてなかったかのように、男は言う。
 だがシルバーは、態度を変えずに言葉を続けた。

「別に……貴様がそのガキをどうしようと、俺の知った事じゃない。ただ、見ていて妙に胸くそ悪いんでな」

「なんだそりゃ? 俺はなぁ、ここいらでは結構有名なポケモントレーナーの名門家出身なんだ。あまりガキがナメた口利いてると、痛い目をみるぜ!」

 男は、突然モンスターボールを投げつける。
 数は3つ。
 そしてそこから、ラッタが3匹飛び出てくる。

「……!」

「けけけっ! 貴様みたいなガキは、この俺が一瞬で……」

「ふっ、思った程でもない」

「何? ……な゛っ!!」

 バタバタバタ……!
 気づくと、男の放ったラッタは全滅していた。
 当然、彼は訳が分からない様子で慌てる。

「何故だ!? 一体、何が……」

「なんだ、貴様。見えてないのか?」

 その時、上から落ちてきてシルバーの横にストッと着地する、1つの黒い影が見えた。
 それは、ニューラと呼ばれるポケモンである。

「俺のニューラのスピードがあれば、この程度のザコなど一瞬で片づく」

「ぐっ……てめぇ! あまり、俺を怒らせるなよ!」

 完全に頭に血が上った様子で、男は次のポケモンが入ったボールを投げる。
 それが割れて、中からポケモンが出てくる瞬間、シルバーは相手のシルエットがみるみる大きくなっていくのを見た。

「(でかい……今度は、かなりの大型か!)」

「ひゃははっ! このバンギラスは、俺のとっておきだぜ。後悔しやがれ!」

 途端に男は勢いづく。
 それを見ていたシクーは、口を開けたまま怯えていた。

「あ……だ、だめだよ、シルバー兄ちゃん! このポケモンは、物凄く強いんだ!」

「ふんっ、面白い!」

 シルバーはニヤっと笑みを浮かべてそう言うと、ニューラを再び向かわせた。
 確かに、ニューラのスピードは物凄い。
 目にも止まらぬ早さで、瞬時にバンギラスに接近。
 そのまま、鋭いツメを叩き込む……が!?

「!?」

 ツメは、鎧のようなバンギラスの堅い体に、全く歯が立っていなかった。
 実際バンギラスは全く痛がる様子もなく、ニューラをなぎ払う。

「なっ!」

「へへっ。思い知ったか、ガキめ。俺のバンギラスは最強だ」

「……チッ! 役立たずが!」

 シルバーはニューラをボールに戻すと、すかさず次のポケモンを繰り出す。
 今度はゴルバット♂、そしてレアコイルだ。

「ゴルバット、かみつけ! レアコイル、10万ボルトだ!」

 2匹同時に攻撃をしかけるものの、バンギラスは全く堪えてる様子が無い。

「ムダムダァ! マルマイン、パルシェン♂……大爆発だ!」

「何だとッ」

 ズガーンッ!!
 男が繰り出した2匹が一瞬にして爆発し、ゴルバットとレアコイルを吹き飛ばす。
 当然、これでどちらも戦闘不能。
 シルバーはここで、ようやく自分が追いつめられてきている事に気づいた。

「(クッ、どうする? ゴーストやユンゲラーでは、バンギラスには相性が悪い。いや……相性がいい攻撃をした所で、今の俺のポケモンの力で、あの鎧のような体にダメージを与えられるかどうか……)」

 歯を食いしばり、次の手を考える。
 だがシルバーに、良い作戦が思い浮かぶ事はなかった。

「(くそっ、どいつもこいつも役立たずが!)」

「いい加減、降参した方が身の為だぜ! 俺のバンギラスは、最強だからな」

「(くそ……くそぉっ! 最強を目指していたこの俺が、こんな野郎にまで負けるというのか!?)」

 悔しそうに手を握りしめるシルバーに、バンギラスの鋭いツメが迫っていた。

「逃げないなら、とっととぶっ倒れろ!」

 男が言葉を発した、次の瞬間。
 バンギラスのツメは、体に鋭く食い込んだ!
 ……だが?

「……!?」

 シルバーは一瞬目をつぶったが、自分の体に痛みが走らなかった事に気づく。
 疑問に思い、そっと目をあけてみると……そこには、彼のメガニウムの姿が!
 そう、ツメが叩き込まれたのは、彼をかばって自ら盾となったメガニウムの体だったのだ。

「なっ、メガニウム!? お前、どういう事だ!」

「チッ、ポケモンに助けられたか」

 バンギラスが、一端後退する。
 今の一撃でメガニウムはかなりのHPを失ったが、相手はバンギラスの苦手な草タイプ。
 念の為という事らしい。

「バカがッ!! 俺の命令を無視して、何を勝手に……」

 一方でシルバーは、信じられないといった様子でメガニウムに声をかけた。
 ダメージはかなり大きいようである。

「お、俺は……今までお前に、何かしてやった事があったか!? 俺はお前達を道具として、ただの武器として扱ってきたんだぞ。それなのに……何故……お前は、何故そんな俺なんかかばった!?」

 もちろん人の言葉を喋れないメガニウムから、返事は返ってこない。
 しかし、何故かメガニウムは、苦しみながらも笑って見せる。

「……ッ!!」

 それがシルバーには、胸に何かが鋭く突き刺さったように感じ取れた。
 シルバーは震える声で、メガニウムに語りかける。

「本当……バカ野郎だな、お前。……だが、俺はもっとバカだったみたいだ。何で……こんな事に気づかなかったんだろうな……俺は」

「けっ。さっきから、何を訳の分からない事を言ってやがるんだ。行け、バンギラス!」

 と、男は再びバンギラスを向かわせた。
 シルバーは落ち着いた様子で正面を向くと、バンギラスを睨みつける。
 相変わらず鋭い刃のような、しかし何処か先程とは違う、明らかに強さを込められたような目だ。

「メガニウム、立てるか? 俺がおとりになるから、その隙をつけ。どんな頑強な奴でも、攻撃後の隙をつかれれば必ず防御が脆くなる」

「お、おとりだと? てめぇ、正気で言ってるのか! 一歩間違えば、自分が大怪我を……」

「ふっ……!」

 しかしシルバーは、そんな言葉になど耳を貸す気もない。
 ただ、不敵に笑うだけだった。

「な……にっ!?」

 

 

 

 ……それから、ほんの数十秒後。
 立っていたのは、シルバーだった。
 相手の男はもう、惨めにも逃げ出してしまって何処にも見あたらない。
 まさかこんな子供がバンギラスほどの大型ポケモンを倒すとは、よっぽど信じられなかったのだろう。

「行くか、メガニウム」

 シルバーは、モンスターボールにメガニウムを戻しながら言った。

「あ、あの……シルバー兄ちゃん」

 そこへ、シクーが恐る恐る声をかけた。

「……何だ、シクー。まだいたのか」

「えっと……た、助けてくれてありがとう」

「勘違いするな。お前を助けようと思った訳じゃない。ただ……お前は、小さい頃の俺と境遇が似てたような気がしたからな。少しだけ、気にかかっただけだ」

「え? シルバー兄ちゃんも……?」

「俺も小さい頃は、1人だった」

 みなまで言わず、その一言だけを口にすると、シルバーはシクーに背を向け歩き始めた。

「シルバー……兄ちゃん?」

「うるさい、俺に構うな。お前こそ、これからどうするか自分で考えろ。もう俺は手を貸さんぞ」

「え!?」

「再び殴られコキ使われるのを承知で奴の元へ戻るか、1人で別の道を探すか……。自分で決めるんだ」

「…………」

「別の道を探すからって、必ず幸せがつかめるとは限らない。もしかしたら、今よりも辛い道が待ってるかも知れないがな」

 何も言わずにうつむいたままのシクーを、最後にちらっと伺うシルバー。
 けれど、今度こそそれで終わり。
 彼は、そのまま歩き始めた。

「だが……俺なら、後者を選ぶ」

「え……」

「自分の力で、新しい可能性に賭けてやるさ」

 ……やがてシルバーの姿は、完全に見えなくなってしまう。
 ただ1人、シクーは呆然と立ち尽くすのみだった。

 

 その、すぐ後。
 血がつながらなくても姉と呼び親しめる、大切な存在に出会える事を、この時の彼はまだ知る由もなかっただろう。

 

 

 

 7年後。

「……って、何で俺がお前なんかに、こんな話をしてるんだよ!」

「あなたが、勝手に話してくれたんじゃないの」

 そこには、18歳に成長したシルバーとクリスの姿があった。
 シルバーの言葉を、クリスは実にあっさり返しているようだ。

「けどまぁ、シルバーもその子には感謝するのね。あなたがポケモントレーナーとして一番大事な物を見つけられたのは、その子のおかげでもあるんだし」

「ふんっ。それにしても、ウツギの野郎もお人好しが過ぎるよな。あの後、俺はわざわざ研究所に盗んだメガニウム(元チコリータ)を返しに行ったのに、『このまま君に任せてもいい』とか言って受け取り拒否しやがって!」

「そりゃ、その時のシルバーになら任せても平気だと判断したからでしょ。……でも、その後のシクー君の事も少し心配ね」

「クリス……。あぁ、そうだな」

「シルバーの小さい頃と同じような境遇らしいし、シルバーみたいにひねくれてなきゃいいけど」

「そっちかよッ!」

 

 

 

 同じ頃。
 カントー地方グレン島にて、道を歩く2人の少年の姿が……。

「はっくしょん!」

「どうした、シクー?」

「あぁ、ソウト……。ちょっと、くしゃみがね」

「誰か、シクーの噂でもしてんじゃねぇか?」

「う〜ん……???」

 

 終わり

 

 今回の話は、1回書き直す前のアクジェネにおいて番外編として書いた話です。
 一応、見直しつつ以前の僕としての読みにくい書き方については修正しましたが、大筋は前と全く同じ。
 なので、見た事あると感じた人もいるでしょうね。

 今回はシルバーが主演的な役割を果たしました。
 アクジェネはゲームのポケットモンスター(クリスタル)から7年後の物語なので、シルバーがどのように変化し、そして成長したかを描いた物語だった訳です。
 何にせよ、シクーは無事ひねくれずに成長してましたとさ(何)。

 それでは、アクジェネ本編の方も引き続きお楽しみに。